双星の雫   作:千両花火

34 / 163
Act.32 「蠢く闇は、未だ晴れず」

「どういうことだ?」

 

 千冬は目の前に立つ人物に鋭い視線を向けていた。世界最強の女と言われる千冬の視線は肝の小さい者なら失神してしまうほどの威圧感があったが、それを向けられているイーリス・メイはまるで柳のようにそんなプレッシャーを受け流している。

 

「言ったとおりです。ラウラさんに機体を渡したことは我が社の意向ですが、それをどう使うかまでは本人の意思によるものです」

「このタイミングで、そんな言い訳が通用するとでも?」

「えっと、そう睨まれても困るんですけど。私はあくまで、社長の指示に従い、演習を行うとして急遽、カレイドマテリアル社に所属となったラウラさんに渡しただけですので……納得してくれませんか?」

 

 イーリスは困ったような表情を浮かべている。それはまるで、新人社員が謂れのない不手際を怒られ、それでもただ聞くしかないというような姿であった。

 事のはじめは、連絡がつかなくなった六人が戻ってきたときだ。そこには、いつの間にかいなくなっていたラウラの姿もあった。しかも、見たことのない新型のISに搭乗していたのだ。

 ラウラは相当消耗しており、戻るやいなやすぐに気を失い、そのまま病院へと送られた。ラウラがどんな事情で出撃したのか知るべきことであったが、それは無理であったために比較的軽傷であった一夏、簪、シャルロットそしてセシリアから事情を聞くこととなった。

 重体だったのはラウラ、鈴、そしてアイズであった。

 ラウラは傍目には怪我はなかったが、身体に大きな負荷がかかっており、内蔵にも痛手を負っていた。鈴も同様にダメージを負っていたが、鈴の場合はさらに二本の骨を骨折していた。

 ラウラの場合は『オーバー・ザ・クラウド』の機動に耐えられなかったことが原因であり、鈴は『オーバー・ザ・クラウド』の『天衣無縫』をその身で受けたことが大きかった。

 一番ひどかったのはアイズだ。全身の打撲と内出血、骨には罅が入り、左目からは血の涙を流していた。あの白い機体、シールの操るISとの戦闘によるダメージ、そして完全開放したヴォ―ダン・オージェの代償がこの有様であった。

 この三人はすぐさま救急車で病院送りとなった。

 

 残された者のなかで、セシリアがどこか上の空な顔をしながら説明を行った。

 

 『銀の福音』とのエンカウント後、すぐにかつて襲撃されたときと同じ無人機の大群に襲われた。撤退ができずにいたとき、援軍としてラウラが合流、ラウラが運んできた装備を駆使して無人機をようやく撃退、帰還した。

 一緒にいた他の面々はセシリアが意図的にある情報を隠したことに気付いたが、それを指摘することはなかった。今回、無事に帰還できたのはセシリアの貢献度が大きい。それに病院送りになった三人の文字通りに身を挺した戦いがこの結果を生んだとわかっている三人はその情報開示の有無をセシリアに任せたのだ。

 

 セシリアは意図的にある存在を隠蔽した。白いIS、そしてシールと名乗った白い少女の存在だ。

 

 その理由はただひとつ。あのシールの目、アイズやラウラと同じヴォ―ダン・オージェ。しかも、AHSのバックアップなしであれほどの能力を発揮する上位互換であろう金色の瞳。

 それは脅威だ。そして、それが実現できると知られることがまずい。もし外部に漏れれば、いくつもの組織が研究に乗り出すだろう。

 そして、それを持つアイズとラウラが真っ先に目をつけられる。リスクを背負うとはいえ、シールの目に限りなく近い目を持つ二人だ。そして同時にそれを制御するAHSシステムも知られることになる。

 それはアイズたち、そしてカレイドマテリアル社にとって悪影響にしかならない。おそらく表と裏からさまざまなアプローチをかけられるだろう。イリーナがいるためにそういった謀略の対抗策は万全ではあるが、強硬手段を取らないという保証はない。

 時間稼ぎにしかならないかもしれないが、それでも懸念される事態は可能な限り抑えておきたい。

 

 そしてあらかたの説明を終えたとき、タイミングを見計らったかのようにイーリスがやってきた。イーリスはセシリアとその場でばったり出会ったような反応をして、誰にもわからないようにセシリアにアイコンタクトを送る。「あとは任せろ」という意図を受け取ったセシリアは軽く頭を下げ、退室。すぐに全員でアイズたちが送られた病院へと向かった。

 

 そして残されたイーリスがややおどおどしたような態度で千冬や真耶と相対した。そこで告げたのは二人が疑問に思っていたラウラの件であった。その態度とは裏腹に一方的に告げる内容に千冬の表情が曇るのはすぐであった。

 一緒にいた真耶は少し同情的な視線をしているが、千冬は気づいていた。イーリスは見た目こそ怯えたような顔を見せているが、その姿勢はまったくぶれていない。体幹はいっさいぶれずにまっすぐとしており、それはまるでいつ不意打ちを受けても大丈夫なように備えているようでもあった。そんなベテランの傭兵のような挙動を垣間見せるイーリスに千冬が疑念を持つのは当然であった。

 

「けしかけた、と取られても仕方ないと思うが?」

「この学園は中立ですが、所属する操縦者のバックアップは我々のような企業の役目です。それを全うするのは条約違反ではありません。ちなみにあの機体……『オーバー・ザ・クラウド』のデータ開示は拒否させていただきます」

 

 たまたま渡しに来ただけで関係ない、と言ったそばからそんなことを言うイーリスに千冬の表情がなおも険しくなる。普通なら管理する側であるIS学園に機体データを開示しないということはありえない。開示できないものならばそもそも送り込んできたりはしない。

 しかし、学園側はそれを強制的にデータを見る権限もないのだ。こうしたところが、複雑に絡み合った思惑の中で作られたIS学園の矛盾点のひとつであった。

 

「あの機体は欠陥品ですので、不必要にデータ開示はしないというのが我が社の決定なんです。ラウラさんを見ればわかるでしょう? 操縦者をいっさい考慮しない機体、そんなものを公表などできませんよ」

「そんな機体にラウラさんを乗せたんですか!?」

「なにかおかしいですか? それがテストパイロットとなった彼女の役目です」

 

 きっぱりと言い切るイーリスに真耶の顔も険しくなる。まるでラウラを実験動物のように扱う言い草に反感を覚えるのも仕方ないだろう。

 しかし、イーリスは内心で「こんな悪役っぽいこと言うのやだなァ」と思っていた。こうした交渉の進め方はイリーナのやり方だった。挑発を兼ねて強引に話を進め、相手の反感を買ったところで感情的にさせてこちらのペースに引きずり込む。どんなときでも、話し合いや交渉は最後まで冷静なほうが有利なのだ。

 

「ラウラさんを信用していなければ、そのような役目は任せません。それが社長の回答と思っていただいて結構です」

 

 遠まわしに「おまえらよりずっとラウラを信用している」と言っている言葉に二人は言い返す言葉がない。いやらしい言い方だ、と言ったイーリス自身が思っていた。

 

「………ラウラの件に関してはひとまずはそれで納得しよう。今のあいつはそちらの所属だ。私たちがとやかく言える立場ではないことはわかっている」

「ご理解、ありがとうございます」

「だが、もうひとつは別だ。…………『銀の福音』は確かに回収させていただいた。だがなぜ、暴走していたあれをあなたがたが確保できたのだ?」

 

 さて、問題はここから。さすがにカレイドマテリアル社の者がたまたま『銀の福音』を確保したので渡しに来ました、なんて言っても納得はしてくれまい。だが、納得してもらわなければならないのだ。

 束も無茶な注文をつけてくるものだ、と本当に困ってしまう。

 イーリスは彼女自身のポーカーフェイスである困った顔を浮かべながら、対話という戦いを続けるのであった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 およそ一時間ほど前、束は強奪された『銀の福音』をさらに強奪するということをやってのけ、緊急時のベースとして使えるようにしておいた拠点へと降り立つ。ステルスモードでなおかつ、光学迷彩を施したために誰にも見つからずに山中にある隠れたハンガーへと入って行った。

 ここは、かつて束がひとりで逃亡していた際に使っていた拠点のひとつで、もう引き払っていたが、身を隠す場所としてはちょうどいい場所だった。

 

「やれやれ、またここにくるとはねぇ……さて、と」

 

 『フェアリーテイル』のテイルユニットに吊るされた『銀の福音』をゆっくりと下ろし、テイルユニットを突き刺したまま、いくつもの空間ディスプレイを表示する。表示されたのはウィルスに侵されたコアの情報だ。それを目で追いながら束は思考制御でアンチプログラムを作成、リアルタイムでウィルスの除去を行う。

 コアそのものはまったくの無傷。しかし、コアから機体へと繋げているプログラムがめちゃくちゃにされている。いわば、この機体はコアが命じた行動とは真逆の行動をとるように設定されてしまっているのだ。

 アクセスしたコアからは、必死に暴走を止めようとする信号が発信されていたが、ウィルスがその信号を『暴走信号』に変換しているのだ。そしてある場所までの強制誘導と、妨害が入った際の迎撃行動をとるようにも仕組まれている。コアに干渉できないから、コアと機体の伝達系を狂わせようという魂胆がよくわかる。

 

「ま、束さんにかかれば、ちょちょいのちょいっと」

 

 バグを生み出すウィルスを少しずつ解体する。無理やり除去すればコアと機体の同調系統を破棄することに繋がるために時間をかけて浄化するしかない。

 それでも束にかかれば、ほんの五分ちょっとの時間があれば充分であった。

 

「ほいっと、バグの完全除去完了。IS強制解除っと」

 

 『銀の福音』の装甲が粒子変換され、気絶した操縦者がその場に倒れる。束はその操縦者の女性がただ気絶しているだけで、命の危険性があるような怪我もないことを確認する。

 

「うう………」

「お、目が覚めた?」

「こ、ここは……あ、あなたは誰……!?」

 

 流石は軍人というべきか、目の前にいる正体不明のISを見て即座に距離をとって警戒体勢へと移行する。丸腰でISに勝てるわけもないのだが、咄嗟にその反応ができるというだけでも優秀な人物だとわかる。

 

「銃もないのに、よくやるね。あ、ナイフはあるけど、使う?」

「っ!?」

 

 束が転がっていた果物ナイフを拾って女性へと投げる。山なりに投げたソレを女性はついキャッチしてしまう。敵かもしれない人物から渡された武器を受け取るなどありえないが、予想外の束の行動につい手にしてしまう。手にした以上は、それを構えるしかない。

 

「事情説明はいる? えーと、なんだっけ、ナ、ナ、ナタ………なっちゃん中尉」

「誰ですか! ナターシャ・ファイルスです! それに私は大尉です! …………あ」

 

 ついつい本名と階級を言ってしまう女性、ナターシャ・ファイルスはしまった、というように表情を引きつらせる。まさかこんなふざけた誘導尋問に引っかかるとは、と己のミスにショックを受けながら目の前の怪人物に畏れの念を抱くが、束は完全に天然で言っていた。

 

「あー、そうそう、なっちゃん大尉」

「結局その言い方は変わらないんですか………もういいです。あなたは誰で、私をどうする気なんですか?」

 

 ナターシャは諦めたように額を押さえる。自分は丸腰同然で、相手はIS装備。勝目はないと判断して抵抗するよりも対話することを選んだ。かなりエキセントリックな人物のようだが、それでもまったく意思疎通ができないわけではないので妥当な判断であった。

 

「さて、なにから話そうかな。というか、私のほうからも聞きたいことがあってね」

「なんですか? 内容によりますが」

「『銀の福音』を調整したのは、誰?」

「………それは軍の機密に関わります。お答えできません」

「ふーん、裏切られたのに、大した忠誠心だね」

「っ!? ど、どういうことです……?」

「まぁ座りなよ。埃っぽいけど、落ち着いて話そうじゃないかね?」

 

 束はそう言ってなんとISを解除した。あっさりと絶対優位性を放棄したことに驚くが、同時に制圧しようとも考える。しかし、ISを解除してもまったく隙を見せないことにその考えを諦めざるをえなかった。

 束はISを解除してもハロウィンカボチャをかぶっており、顔はしっかり隠している。しかしそれはどう見ても不審人物でしかない。

 それでも選択肢のないナターシャは勧められた通りに安っぽいパイプ椅子に腰をかけ、束もテーブルを挟んで同じように座る。

 

「とりあえず現状から説明しようか。あなたは軍で開発された『銀の福音』の操縦者で、起動実験と演習を行っていた。ここまではいい?」

「ええ」

「で、そこで『銀の福音』が暴走。あなたは取り込まれたまま意識を失い、すべてが終わったあとでこうして意識を取り戻したの」

「ぼ、暴走……?」

「なにか覚えてない?」

「………まさか、あれは」

 

 ナターシャの脳裏に浮かぶのは、演習開始のこと。

 『銀の福音』と空を飛ぶことに胸を躍らせながらナターシャは演習に臨んだ。ナターシャにとって『銀の福音』は共に空を飛ぶ相棒であり、まるで娘か妹のように大切に思いながらその時を待っていた。

 しかし、起動直後、突然『銀の福音』の悲鳴が聞こえた。いや、そんな気がしただけだ。実際にそんな声をISは上げない。しかし、ナターシャには確かにそれが聞こえた気がした。

 そして、瞬く間にシステムがフリーズ。すぐに現状を確認しようとしたところ、システムにまったく見たことのないプログラムが走っていた。

 それがなにかを調べる前に、ナターシャの意識は落ちた。それがナターシャが覚えている最後の記憶だった。

 

「………『銀の福音』には、ウィルスが仕込まれていた。それはコアと機体の同期を妨げ、コアの命令を一時的に麻痺、そして決められた行動を機体に擬態したコアとして命令を与えるものだった」

「そ、そんな!?」

「つまり、あなたとコアはウィルスに擬態されて、暴走………ううん、暴走とは少し違うね、あらかじめ、決められていたんだから」

 

 解析したところ、そのウィルスによって設定された行動とは即座に基地を離脱して高機動で目標地点へと移動、途中に妨害が入れば回避を優先で迎撃。目標ポイントに到達後、別命の指示を待ち、設定された第二ポイントへ移動して誘導に従い、機体を停止。おおまかに言えばこのようなものだった。

 

「で、あなたはそこに待機していた潜水艦に収容され、機体ごと停止状態にいたところを私が襲撃して奪還、ここまで運んで今に至るというわけ」

「…………」

「あ、『銀の福音』に関してはもうウィルスは除去して、今は念入りにプログラムを精査中だから安心していいよ」

「…………」

「証拠見る?」

 

 なにも喋らずにナターシャはこくりと頷く。束はパソコンを取り出し、それをモニターにして戦闘映像や実際の『銀の福音』のプログラムデータを見せながらもう一度説明する。

 やがて、ナターシャがそれが偽装ではなく事実だという結論に至る。

 

「…………さて、その様子だとわかってるみたいだけど、私が『銀の福音』の調整した人を知る理由もわかるよね?」

「……その人が、あの子にウィルスを流したんですね」

 

 どう考えてもその結論に行き着いてしまう。

 軍の新型ISにウィルスを仕込むなど、外部にはまず不可能だ。それに、このようにはじめからプログラム自体に細工をしていたとなると、事前にそういうウィルスを仕込んでいるはずだ。この時点でそれができる人物など、わずかに絞られる。さらに最終調整でそれをスルーしたとなると、現場にいた機体スタッフの中の誰か、もしくは全員がそれに関与している疑いがある。

 

 なるほど、これは確かに裏切り行為としか言い様がない。

 

 ナターシャは乾いた笑みを浮かべるが、その表情は怒りを顕にしていた。

 

「あなたはそうした人たちとは違うみたいだね。まぁ、操縦者を引き込む必要なんてないからそうだろうなとは思ってたけど」

「私は、そんな馬鹿な裏切り行為などしません……! 私は、軍を、この子を裏切ることなんて……!」

「…………」

「いったい、どうしてこんな真似を……、なぜ……」

「さぁ、それは、どこぞのバカしか知らないんじゃないかな。わかることは、そういうバカが軍にはけっこういるんだろうね、ってことくらい」

 

 束のバカにしたような言葉に反論する気力も、言葉もないナターシャはただ項垂れるしかない。

 

「そこで聞きたいんだけど、………あなたは、“この子”をどうしたい?」

 

 束は顔こそ隠しているが、どこか優しげな声でそう言った。

 

「どういう、意味ですか」

「このままあなたが戻っても、『銀の福音』は十中八九、凍結処置だろうね」

「そう、……ですね。おそらくそうなるでしょう」

 

 メンツを守るためにも、暴走したISはコアを凍結処分にするというのが妥当だとナターシャもわかっている。

 

「この子は、操り人形になってただ動いただけ。それで凍結なんて、可哀想じゃない?」

「何が言いたいんですか?」

「この子のコアは、私がもらう」

「ッ!?」

 

 ナターシャがガタっと音を立てて立ち上がる。

 

「どういうことです? なにをするつもりですか?」

「決まってるじゃない。……すべてのISは、空を飛ぶために存在している。それは、コア自身の願いでもある。だから、この子も空を飛ばしてあげたい。そのためにも、凍結処分にさせるわけにはいかない」

「………そんなこと、軍が黙ってはいませんよ」

「だろうね、だからニセモノのISコアを搭載して返す。どうせ解析できないブラックボックスなんだから、それが本物かどうか確かめる術なんてない」

「そんなこと不可能です。どうやってそんな偽のコアを用意できるんですか?」

「ん? そんな難しいことじゃないけど?」

 

 あっさり言い切るこのカボチャ頭の怪人物にナターシャの疑念が最大に増していく。

 

「………あなたは何者ですか? なぜ、………いったいなにが目的なのですか?」

「私が誰か、目的はなにか。言ってもいいけど、それを喋ったらあなたは消すよ?」

「………構いません。聞かせてください。あなたは、本当にこの子を助けたいというのですか?」

 

 ナターシャは『銀の福音』に並々ならぬ愛情を抱いている。それは、ISを兵器と考える軍の中において異質な思考であった。しかし、ナターシャはそんな自己の感情が好きだった。だから『銀の福音』に空を飛んで欲しいという願いは確かに強く持っている。

 だが、この人物が同じように思っているかはわからない。もしかしたら、なにかに利用する気なのかもしれない。その真意がわからないままでは、信じることなどできない。

 

「あなたの正体、いえ、ここで出会ったことも、私は報告しません。それが、軍に対する背信であろうと、私はあなたの真意が知りたい………すべてはそれからです」

「…………ま、あなたももう予想はしているんだろうけど……」

 

 束はそう言いながらカボチャのメットに手をかける。ナターシャは聡明だ。ISコアをどうにかできると言った時点で、その正体の予想はついているだろう。それでもこう言いきれることは大した度量だと束も感心していた。

 その心意気に答え、束はその素顔を晒した。

 

「私は、ISの発明者、そしてすべてのISの母、………それが私。篠ノ之束さんなのです」

 

 慈愛の笑みを浮かべる束に、ナターシャは抱いていた疑惑が氷解していくのを感じた。

 

「やはり、あなたが……」

「ISを助けたいって思うのは当然だよ。だって、私にとって、すべてのISは、大事な大事な可愛い子供なんだから」

 

 いつものふざけた言い方ではなく、心のままを口にしたような束の言葉を、ナターシャは信じた。それは、自身が『銀の福音』に抱く思いととても似ているから。

 

「私はね、空を飛ぶためにISを生み出した。だから、私はすべてのISに空を見せてあげたい。それが私の思惑だよ」

「………」

「でも、世界はそううまくいかない。いろんな柵があって、いろんな思惑があって、それで私の思いも、そんな渦に飲み込まれちゃった………でも、私は未だにこの願いは捨ててない。こんな答えじゃ不服かな?」

「いえ、もう充分にわかりました。篠ノ之博士」

「そっか。で、どうする? 軍に従い、この子を凍結する? 軍を裏切って、この子をとる? 今のこの子のパートナーはあなた。あなたが決めて」

「………私は」

 

 ナターシャは迷いはしなかった。だが、もう一度考える。

 軍に裏切り者がいたとはいえ、軍の所持するコアを横流しする行為はそれこそ裏切り行為というべきことだ。軍人であるナターシャは、そんな行為に手を染めることに忌避感を持っていることも確かだ。

 だが、ナターシャが抱くのは、それよりも強いただひとつの思いだった。軍人としてのナターシャ・ファイルスが死ぬことを覚悟した上で、その願いを口にした。

 

「この子に、空を見せてあげたい。……お願いします、この子を助けてください」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 覚醒した意識が、真っ暗な視界を認識する。いつもの暗闇、アイズにとってもう慣れきった見えない世界の闇の中で、自分の状態を確認する。

 身体中が痛い。特に目が痛む。やはりヴォ―ダン・オージェをAHSのバックアップなしで使った代償は大きかった。鈍い痛みが断続的にアイズの目を襲っている。そんな痛みにもある程度は慣れてしまった自分が少し悲しかった。

 そうしていると、ふと自分の手に暖かい感触があることに気づく。そしてはっきりしてきたアイズの感覚が、その気配を認識する。

 

「簪ちゃん?」

「っ、アイズ、気付いたの?」

 

 簪がぎゅっとアイズの手を包み込んでいる両手に力を込める。その暖かい感触にアイズの頬が緩む。

 

「ボクは、………作戦は?」

「もう終わってる。無人機は全部撃退して、『銀の福音』も確保できたみたい」

「そう、なんだ。他のみんなは無事なの?」

「あなたが一番重傷ですよ、アイズ」

 

 そこへもっとも聞きなれた声がかけられる。セシリアだった。

 

「ラウラさんと鈴さんが極度の疲労と骨折で入院しています。ですが、あなたよりは軽傷です。…………私がなにを言いたいのか、わかりますね、アイズ?」

「…………ごめんなさい」

 

 責めるようなセシリアの言葉に、アイズが項垂れる。わかっていたことだ。あんな無茶をしてセシリアが怒らないはずがない。

 

「今回のことで、左目のダメージが深刻です。AHSがあっても、見えることができなくなるかもしれないくらいの損傷を受けたのですよ」

「…………」

「夢を捨てる気ですか、アイズ?」

「そんなこと、ない」

「では博士の好意を無駄にしたかったのですか?」

「そんなことない!」

「だったら、この様はなんですか!」

 

 セシリアの怒鳴り声にアイズも、傍にいた簪もビクッと身体を震わせる。アイズは見えないが、簪には普段の落ち着いた様子からは想像もできないほど激情を現したセシリアを見て絶句している。

 

「はっきり言いましょう! あなたの行為は、自殺同然です! 確かにそうしなければならない状況というものはあるでしょう、でも! アイズは、その手段をあっさりと選びすぎています!」

 

 リスクを大きさを知ってなお、それを避けるのではなく、覚悟して使うのがアイズだ。過去の体験から、アイズは痛みを許容する傾向が強い。そして、それは自身の命の軽視へと知らず知らずにつながっている。

 

「今回のことだって、“あの人”の温情がなければどうなっていましたか!? 死んでいてもおかしくなかったんですよ!」

「そ、それは……で、でも」

「黙りなさい!」

「うっ………」

「簡単に自己を犠牲にする手段を選ばないでください! たとえそれしかなかったのだとしても! それでも自分自身だけですべてやろうと思わないでください!」

 

 今回もシールに遅れをとったとしても、それでもまったく対抗できないという実力差はなかった。だからセシリアに援護を要請して時間稼ぎに徹すればこのようなリスクを負わずに対処できた公算も高かった。

 それをせずに一騎打ちにこだわったのは、紛れもないアイズの独断だ。

 

「自覚しなさい! あなたはバカです!」

「う、うぅ……」

「でも……私はそれ以上にバカなのでしょう」

「セ、セシィ……?」

「私は、………いつも、あなたを窮地に陥らせて、助けてあげられない。私は、あなたを守るという約束も……守れていません。……ごめん、なさい」

 

 次第に弱々しくなるセシリアの言葉にアイズが困惑する。そして、アイズはその気配で、セシリアが泣いているのだとわかった。

 セシリアも後悔していた。確かにアイズの無自覚な無鉄砲さはアイズの欠点だが、それを一番理解しているはずの自分が、肝心なときに助けてやれない。それがセシリアの心を重くしていた。

 一番叱られるべきなのは自分だとセシリアは思いながら、アイズを怒った。それは、まるで八つ当たりのように思えて仕方ない。そんな自分を嫌悪しながら、セシリアは気づけば両目から涙を流していた。

 

「セシィ………!」

 

 そんなセシリアを彼女の声と雰囲気だけですべてを察したアイズが、まるで呼応するかのように泣き出す。右目からは透明な涙を、左目は赤みがかった涙を流す。

 セシリアを泣かせた。自分が無茶をしたから。それがアイズに重くのしかかる。心が痛い。その痛さは、この目のものより遥かに痛かった。

 

 そんな風に互いを思うがゆえに泣いてしまった二人を見ていられなくなった簪が、セシリアの手を引いてアイズの傍へと向かわせる。そのままやや強引にでも二人の手を重ね合わせた。

 二人が互いに手を取り合い、握り締める。今の簪には、こうしてあげることしかできない。

 

 アイズとセシリアは、「ごめんなさい」と言い合いながらその場で泣き続けた。




後始末編その一。次回で臨海学校編は終了となります。

うちの束さんは人付き合いは上手くないけど社交性は原作よりずっとあります。そして束さんの目的もだんだん見えてきました。

次回では無人機の解析とアイズたち各々の新たな決意のエピソードになります。

夏休み編は「イギリス帰郷編」となります。ほぼオリジナル編となりますが、ラウラや鈴、シャルロットの強化など魔改造が目白押しの予定です。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。