「さて、と……」
黒煙が辺り一面を覆う中、束はその海域の上空に佇んでいた。
束が纏うのは自らが作り上げた専用機『フェアリーテイル』。区分でいえば、第四世代相当となる機体だ。その名の通り、まるで妖精のようなデザインがされた機体であり、淡い緑色を基調とし、特徴的な尻尾のように長く伸び、ゆらゆらと揺れる三本のコード状のテイルユニット、そして背部ユニットから発生する虹色に輝く巨大な光の羽が見える。正体を隠すため、顔や身体をすべて覆う全身装甲となっているため、やや無骨な装甲となっているが本来はかなりスマートな機体だ。
そのコード状のテイルユニットは銀色の機体を絡めて吊るしており、そのひとつがその機体の首筋に刺さるように接続されている。
「コアの一時停止を確認、ウィルスは………ここでの除去は危険か。ごめんね、あとでキレイにして起こしてあげるからね」
まるで労わるようにその機体……『銀の福音』へと声をかける。もちろん、返事が返ってくることはない。操縦者ごと眠らせているのだから当然だ。
母性を垣間見せる表情を仮面の下で見せる束は、一転して冷たい視線を正面に向ける。そこにはさきほども何機か破壊した無人機がいた。半壊しているが、まだ動けるようだ。それを束はつまらなそうに見ている。
「まだいたの? いいからさっさと壊れてよ」
無人機が体当たりでもするように突撃する。束は動かない。ただどこまでも冷たくゴミを見るような目を向けるだけだ。そして五メートルほどまで近づいたとき、無人機の動きが止まった。それだけでなく、バチバチと内部から放電して発破解体でもされたかのように綺麗に崩れていく。海へと残骸が落ちる頃にはパーツ単位にまで分解された無人機はもはや原型など残さずに海の藻屑と成り果てた。
よくよく見れば、同じように無人機だったと思われる細かい残骸が辺りの海面を漂っており、その中に混じって巨大な艦体が煙を上げて沈黙していた。『銀の福音』を強奪しようとしていた潜水艦だ。束によってシステムそのものを乗っ取られ、海上に上がった瞬間に『フェアリーテイル』によって物理的にも機能を停止させられた。ソフトとハード、両方をズタボロにされた艦はただ海を漂うしかない。
できた抵抗といえば、わずかに残された無人機による攻撃くらいだが、一分も経たずにすべて破壊された。そして敵船に突撃、中で拘束されていた『銀の福音』を強奪。ウィルスによって抵抗を見せたが、テイルユニットを突き刺し、そこからアンチウィルスのプログラムを直接コアに流し込んで黙らせた。
艦を海中へ沈められなかっただけでも束の温情だろう。中にはそれなりの人数の人間がいるようだったが、束は人の命を奪いたくはない。だからこの程度に抑えた。もっとも、もし万が一に箒やアイズにもしものことがあれば躊躇いなく今も中で怯えている人間もろとも艦を海中に沈めただろう。
生き残った人間は作戦失敗に感謝したほうがいい。だからこそ、生き延びることができたのだから。
「ふん………」
最後にもう一度だけ無残な姿と成り果てた艦を一瞥して『銀の福音』を吊るしたまま飛び去った。虹色の羽が大きく波打ち、そのまま空を泳ぐように飛翔して遥か上空の雲の中へと消えていった。
***
「やぁっ!」
「っ!」
赤い機体、『レッドティアーズtype-Ⅲカラミティリッパー』が最大の武器、『ハイペリオン・ディオーネ』を振るい、敵機を切り裂かんと迫る。対して白い機体はその最大の特徴でもある巨大な白い翼を折りたたみ、まるで盾のようにしてその斬撃を受け止める。実体剣にエネルギーを纏わせ、切れ味を増した剣を完全に受け止めている。
ただの盾ならば纏った粒子の熱で融解させられ、ただのフィールドなら実体剣が切り裂く。『ハイペリオン・ディオーネ』はそういう剣だ。それをなんともなく受け止めるということは、あの翼も同等の代物だということだ。
「エネルギーを纏わせた実体の盾……!」
よく見ればその翼状のユニットは淡い緑色の粒子を纏わせている。おそらくエネルギーフィールドの類だろう。細かい羽根のように動く稼働箇所から粒子が放出され、それが翼全体を覆っている。なるほど、これもハイブリットシールドというわけだ。だからこうも簡単に受け止めることができるのだ。
とはいえ、それでも翼に少しずつダメージを与えていく。時間をかければ押し切れるだろうが、それでもこの防御力は驚異的だ。
あの翼はおそらくこの白いISの主武装。翼そのものが機動ユニットであり、絶対防御の盾でもあるのだ。そして、それは攻撃にも転用される。
翼が羽撃く度にアイズの機体にわずかにキズができる。『オーロラ・カーテン』の防御を突破しているのだ。エネルギー装甲とはいえ、常に粒子を流動させている『オーロラ・カーテン』はある程度の物理衝撃も許容して受け止める。それを切り裂くということは、あれは最強の盾であると同時に矛でもあるのだろう。
そして厄介なのが、ラウラを追い詰めていたあの小型の群体ビット。個々が小さすぎて狙うのが難しく、完全な迎撃ができない。さすがに個別に操るのは不可能なようで、ほぼ全てが同じ機動をすることで回避することはたやすいが、まさに肉食昆虫の群れが襲いかかってくるようなそれはかすめただけでも装甲を削り取っていく。
確かにこれは受け続ければまずいだろう。互いに攻撃が防御をわずかに上回る状況では、いずれ先に破綻したほうが負ける。
ならば、違う攻撃手段を試すまで―――。
「捕まえる!」
機体下部から新たなアームが展開する。ブレードを展開するのではなく、対象を捕獲や機体固定をするためのアンカーアームだ。そのアームを射出、つながったワイヤーを引きながらクローを展開してその翼を捉えようと迫る。
「………!」
しかし、相手もそうくることはわかっていたのだろう。大きく翼を動かし、まさに鳥のように空気を圧して機体そのものを急速に離脱させる。大型装備という点を差し引いても、やはりあの機体はレッドティアーズと同等の機動性と旋回性を有している。しかし、あの翼の形状をしたユニットがレッドティアーズとは違う独特な動きを実現している。それこそ鳥のように、機械的でない生物的な動きとでも言える挙動が目立つ。
それほどまでに、あの機体はしなやかなのだ。
今までのような戦い方では捉えきれないかもしれない。もっと、それこそ空を飛ぶ鳥を捕まえるつもりでなければあの独特な機動で逃げられる。ならば―――。
「レッドティアーズ! パンドラ!」
パッケージを装備しても使用可能にしてある『近接仕様BT兵器レッドティアーズ』とそこに装備された『微細切断鋼線パンドラ』を展開する。何度か打ち合った感触で、武装中最大の切断力を持つ『パンドラ』ならあの翼を斬れると判断した。
しかし、一度見せたことのある武装だ。それは敵機も警戒するだろう。それでも構わない。動きが制限できれば捕まえるチャンスが得られる。
二機のビットを左右から包囲するように操作する。セシリアと比べれば拙い操作だが、それでも素早く動き、その軌跡には死線となるパンドラを残していく。
対する敵機はレギオンビットを群ではなく散開させてアイズを包囲する。ひとつひとつの脅威は下がるが、回避しきれない。密度を捨て、当てにきた敵機のビットに苛立ちながらもソードを振って数十機を消滅させるが、数は減ったようには見えない。
敵のビットひとつひとつはレッドティアーズには微小ダメージしか与えられないが、それでも塵も積もればそのダメージは無視できない。
「鬱陶しい!」
『オーロラ・カーテン』の出力を瞬間的に上げてまとわりつく小型ビットを跳ね飛ばす。一時的な対処でしかないが、その隙を逃さずに『オーロラ・カーテン』を解除してサブアームを再展開。この四つのサブアームによる大型ブレードは『オーロラ・カーテン』と同時展開できないのが難点だった。
「だけど!」
サブアームのブレードを展開。規格外の六刀を構えて勝負に出る。攻撃こそ最大の防御だというように最大展開したパッケージで強襲をかける。
「このカラミティリッパーなら!」
アイズの集中力がそれを為した。残像を残してカラミティリッパーが一瞬で消える。
「……っ!?」
巨大パッケージを装備しての瞬時加速。即座に敵小型ビットの包囲網を抜け出し、インレンジへと入り込む。すべてのブレードを前面へ。その速度をもってすべてのブレードによる斬撃を叩き込む。大質量の機体をそのままぶつけるような特攻に、回避すらままならない敵機は盾となるウイングユニットを重ね合わせて防御する。
瞬間、巨大な破砕音が響く。
敵機の最大の盾であったウイングユニットの一つが粉々に砕け、同時にレッドティアーズの三本のブレードが折れる。完全な痛み分けに終わり、その衝撃で弾かれるように密接していた二体が離れる。
「ぐうっ……!」
「っ……!」
その衝撃で一瞬平衡感覚が麻痺するも、すぐに立て直して互いに相手を確認。追撃や回避行動へと移る。
アイズは回り込ませていたビットを背後から突撃させ、それを察知した敵機は片翼になりながらも上昇して回避しようとする。それを見たアイズがわずかに笑みをこぼす。
―――――かかった!
前回も同じように『パンドラ』を回避されたことから、今回は文字通りに網を張った。直上は相手にとっての死路だ。
すでに、二機目のビットが『パンドラ』による網を張っている。敵機がそれに気付いたとき、すでにもう片方のウイングユニットが斬り飛ばされていた。文字通りに羽根をもがれた鳥のように落下する。
当然、ここで手を休めるつもりのないアイズはそれを追撃する。
「これで終わり……!」
残されたブレードでトドメを刺そうと振りかぶる。あと一撃、それで敵の絶対防御を発動させて捕える。
しかし、そううまくはいかなかった。
「えっ!?」
敵機は外装をパージし、残されたブースターを使いアイズへと向けて射出した。パッケージを捨てて武器として使用したのだ。多少驚きはしたものの、それを切り落とそうと『ハイペリオン・ディオーネ』を振り下ろした。
瞬間、爆発。爆炎がアイズを包む。
「ぐうっ!?」
咄嗟に『オーロラ・カーテン』を展開させてダメージを緩和させるも、少なくないダメージを受けた。まさか特攻用に爆薬を積んでいるとは思いもしなかった。
「パッケージが……!」
さらに悪いことに今の特攻でパッケージのシステムにもエラーが生じた。もともと緊急で調整したOSに、突発的に機体ダメージを受けたことでバランサーと推進システムにエラーが生まれた。
つくづく、自分はセシリアのようにスマートにできないことに舌打ちしたくなる。束にもらったパッケージをあっさり壊してしまうことに申し訳ない思いもする。才能の塊であるセシリアと違い、自分は努力をしなければ巧く扱うことはできない。ぶっつけ本番でパッケージを使用したツケがここできてしまった。嬉しい誤算は、この爆発と衝撃で同じく至近にいた小型ビットが一掃されたことくらいだ。
アイズは己の不甲斐なさを悔しく思いながらパッケージをパージする。外部装甲を捨て、残された一本の『ハイペリオン・ディオーネ』を持ち離脱する。同時にビットを戻し、体勢を立て直して敵機と相対する。
ここまで戦った感触では、実力は完全に互角。パッケージはアイズが上回っていたと思うが、緊急作動の影響で押しきれず、結果的に差し引きゼロ。
アイズはパッケージ装備である大型ハイブリットソード『ハイペリオン・ディオーネ』を構え、敵機は細剣とチャクラムシールドを構えた。
「………」
「………」
互いに実力が拮抗しているとわかるからこそ、互いに動けない。両者ともにバイザーをしているために、目の動きすら察せない。
静の膠着状態が一分が過ぎたとき、アイズが動いた。アイズの今の武装は通常では規格外の大きさの大剣。下手な小細工は不要、渾身の力を込めて上段から振り下ろす単純にして最善な手段を選択。
「はぁっ!!」
真っ向から突撃。間合いに入った瞬間、『ハイペリオン・ディオーネ』を敵機の頭部を狙って振り下ろす。だが、それは当然の如く取り回しの利く武器のカウンターを受ける。必殺のタイミングのカウンターだった。
そして、それは空を切る。
「!」
そのときには既にアイズは目の前から消えていた。『ハイペリオン・ディオーネ』を捨て、しゃがみこむように体勢を低くさせ、足払いの要領で脚部展開刃『ティテュス』による攻撃に移っていた。カウンターを狙ったカウンター。相手は腕が伸びきっている。そこへがら空きの腹部目掛けて回し蹴りによる斬撃を放つ。
完全にとった。これを回避など、アイズでも不可能だ。
キィン………!
「え?」
アイズが思わず呆けた声をあげる。見れば、『ティテュス』が止められていた。脇から伸ばされたもう片腕のシールドチャクラムが紙一重のタイミングでそれを止めた。
――――嘘でしょ!? 間に合うはずないのに!
左手は後方へと流れていた。見てから対応などできるはずがない。だが現実にそれは完全に防御されている。アイズは驚いて目を見張る。そのせいだろうが、目の中のナノマシンがざわついたように目が疼いた。
…………いや、違う。これは、この感じは……、この感じを、知っている。
「あなたは誰!?」
それに気がついたとき、アイズは叫んでいた。それは悲痛な声となって海上に響く。しかし、それを無視するように敵機は剣を振るう。
それをかすめ、装甲にキズを入れながらも離脱する。そのアイズの顔は、泣きそうに歪んでいた。
「どうして! どうしてその目を持っているの!?」
そう叫びながら、AHSのリミッターを解除。『ヴォ―ダン・オージェ・プロト』を発動させる。レッドティアーズの頭部バイザーが解除され、アイズの両目が顕になる。直視こそが、もっともその力を発揮できるためでもあるが、今のそれは相手を直に確認したいという気持ちが大きかった。
「死にたいの!?」
アイズの危惧はそれだった。少なくとも、この『ヴォ―ダン・オージェ』が完全適合した場合、リスクは視神経の喪失と脳へのダメージという致命的なものとなる。それを抑え、安定させるAHSシステムは束が作り上げたもので、『レッドティアーズtype-Ⅲ』と『オーバー・ザ・クラウド』の二機しか装備されておらず、目の前の機体には搭載などされていないはずだ。
あの攻撃を回避し、反撃するということは間違いなく適合率の高いもの、それこそアイズやラウラのような高いリスクを負って発動するレベルの代物だ。
それをAHS無しで使うなど、アイズには信じられない。それがどんな苦痛をもたらすのか、身をもって知っているからこそ、アイズはこの期に及んで敵の心配をしてしまった。
それが癇に触ったのか、はじめて敵機が感情を現した。
「………………それは私に対する侮りですか? それとも哀れみのつもりですか?」
透き通る声だった。まだどこか幼く、それでいて芯の通った、よく響く声だ。
それが目の前の白いISの操縦者の声だとわかると、アイズは驚きの表情を浮かべた。まさか返答があるとは思っていなかったのだ。
「あなたに心配される理由などありません。不愉快です」
「その目がどういうものか、わかってるの!? それは、人が扱えるものじゃないんだよ!?」
「なら、なぜあなたは目を持っているのです? 一度は目を失いながら、それでも未だにそれで見続けている。見苦しいことこの上ない」
「あなたは……!」
アイズを見下すように言ってくる。いちいちそんな言葉で腹を立てたりはしないが、それでもなぜこうも自分を敵視するのか、その疑問が湧き上がる。しかし、そんなアイズの心情に付き合う気はないというように『ヴォ―ダン・オージェ』を駆使しての攻撃を仕掛けてくる。アイズも対抗するが、わずか三手目で遅れを取ってしまう。
「ボクの目より上……!?」
「欠陥品風情が、いい気になるな」
「ぐぅっ!?」
完全に反応速度で先を行かれている。機体スペックは互角でも、これでは負けは目に見えている。それに対し、アイズはわずかに迷うも、すぐに決意する。すなわち、AHSリミッターの完全解除。リスクを最大に、そして能力を最大にするアイズの最大にして禁忌の奥の手。頭が割れるほどの痛みと引き換えに得る、人間の領域を超えた戦闘能力を発揮する―――!
未来予知でもしているかのような速度で敵の攻撃を回避し、反撃に移る。アイズの攻撃も、敵にかすめるようになる。これで『ヴォ―ダン・オージェ』の性能は互角。互いが回避よりも攻撃を優先しているため、ある程度の被弾は許容しており、互いの装甲が少しずつ削り取られていく。
「ぐ、ぐうううう!!」
「しつこい……!」
たった数秒の攻防でも、戦う二人にとっては何時間のようにも感じているだろう。互いが後出しをし合うように読み合い、ダメージを代償に攻め、落とされないと判断する攻撃は受ける。
消耗戦の様相を見せ始めた戦いは、しかし、呆気なく終わりを迎えた。
「―――――あ」
突如として、アイズの目の輝きが失われる。その目は、ただ白く濁った色へと落とされる。AHSが、アイズの危険度がレッドゾーンを超えたと判断して強制的に『ヴォ―ダン・オージェ』を解除したのだ。
一瞬にして視力を失い、暗闇へと戻る。そして、衝撃。まともに攻撃を受けたと考える間もなく、アイズの意識も、闇の中へと落ちていった。
操縦者の意識が消えた『レッドティアーズtype-Ⅲ』も、その動きを止めて海へと落下していった。
***
「アイズ!?」
セシリアがアイズの異常に気付いたのは、アイズが『ヴォーダン・オージェ』を使用したときだ。ティアーズには互いにある程度のコンディションを知ることができるネットワークがあり、そこからレッドティアーズのAHSのリミッターが解除されたと警告があったのだ。それはすなわち、『ヴォ―ダン・オージェ』を使っているということにほかならない。
それを使わなければならない状況に陥ったと判断したセシリアは、残る三機の無人機を三連射の狙撃で仕留めるとすぐさまアイズのもとへと向かう。既にほぼすべての武装を撃ち尽くし、外部ジェネレーターによるエネルギー供給も限界であったパッケージはお荷物としてパージ、『ブルーティアーズtype-Ⅲ』本来の最大出力でアイズのいる戦域へと向かう。
セシリアには、嫌なイメージが浮かんでいた。かつて、アイズが自身を庇い、両目の視力を失ったあの過去の忌まわしい出来事が脳裏にフラッシュバックする。
そんな予感を振り払いながらセシリアはアイズを探す。通信の呼びかけは応えない。応える余裕がないのか、トラブルがあって通信できないのか、どちらでもいい状況ではないだろう。
反応のあった海域へと到着、しかし、アイズはおろか、戦っていたはずの敵機の姿さえ見えない。ハイパーセンサーを最大にして二機の反応を探す。
反応。――――下方、小島の岸部。
目を向けると、海から這い出てきたと思しき白いISがいた。そして。
その手に、ぐったりとしたまま動かない、『レッドティアーズtype-Ⅲ』―――アイズが掴まれていた。
「――――――ッ」
それを見た瞬間、セシリアの思考が止まる。なぜ、なにが、という疑問を一切捨て去り、あの敵機目掛けて残されている六機のビットを射出。さらにセシリア自身もライフルを構えながら突撃する。
そのセシリアに気づいた敵機はアイズを手放し、回避運動へ移行する。しかし、アイズによって受けた機体ダメージは深刻で、セシリアの狙撃とビットのオールレンジ攻撃を完全には回避できずに何発かのレーザーに装甲を撃ち抜かれる。
しかし、いきなり反応が増した敵機が、それ以降のレーザーを紙一重で回避した。それを疑問に思いつつも、それでも攻撃の手を休めずにトリガーを引き続ける。
そうしつつセシリアがアイズの傍へと着地、ビットによる射撃を行いながらアイズの容態を確認する。『レッドティアーズtype-Ⅲ』の診断データを同期させ、抱き起こしながらアイズの状態を確認する。
全身が衰弱状態。さらに目、特に左目の視神経に多大な損傷と、肋骨などの骨に罅が入っている。打撲・裂傷の数は数えるのもバカバカしいほどだ。今すぐ命に関わるというような怪我がないだけまだマシと言うべきか。それでも、重傷には違いない。機体はすでに操縦者の生命維持モードへとなっていた。
それを見たセシリアの表情が曇る。いつも自分はこうだ。アイズが傷つく様を見るだけで、肝心なときに助けられない。セシリアは血が滴り落ちることも構わずに唇を噛み締める。
そんな視線を外したセシリア目掛け、敵機が接近して細剣を振るってくる。セシリアの視線は未だにアイズに向けられており、意識すら向けられていない。
「…………邪魔です」
「っ!?」
スターライトMkⅣで背後から迫る細剣を受け止める。そのまま細剣を弾き、銃口を至近距離から敵機に向ける。視線は変わらずアイズにしか向けられていない。にも関わらずに正確に頭を狙っていた。そして躊躇いなく発砲。頭をかすめていくレーザーに敵機が警戒をしながら距離をとる。
ゆらりとセシリアが振り向く。その目は、『ヴォ―ダン・オージェ』のような力などなにもない、なんの変哲もない目のはずなのに、それは見る者に怖気を走らせるほどの冷たさが宿っていた。
そのままゆっくりとスターライトMkⅣを掲げ、まっすぐに狙いをつける。緩慢な動作なのに、セシリアの放つプレッシャーに圧され、まるで金縛りにあったように動けなくなる。
セシリアの指がトリガーにかかる。文字通りの一触即発の状態。セシリアが指に力を込め………。
「………………やめて、セシィ」
弱々しい声で響いたそれに、セシリアの力が抜ける。
セシリアに抱かれるように横たわっていたアイズが、セシリアを見上げていた。しかし、その目は白濁しており、見えていないことがすぐにわかる。それでも、アイズはセシリアへと定まらない視線を向けた。
「アイズ……」
「ごめん、セシィ。でも、見逃してあげて」
「なにを………」
「お願い、あの子は、ボクを助けてくれたんだよ……」
その言葉にセシリアが眉をひそめる。アイズはたどたどしく説明をする。
あのとき、限界が訪れ視界がブラックアウトした際、アイズは一撃をまともに受けて意識を失った。そのまま海の中へと墜落したのだ。いかにISとはいえ、意識を失った状態で海底へと沈むことがどれだけ危険なことか、言うまでもないだろう。
しかし、そんなアイズを海中から引きずり上げ、陸地にまで運んだのはほかならぬこの敵の少女であった。意識がわずかに戻ったとき、彼女に岸へと引きずり上げられたとおぼろげに理解したアイズは、どうして助けてくれたのか疑問を持ったが、それでもまずその事実を受け止めた。
アイズは、気配を頼りにその敵であるはずの少女へと視線を向ける。なにも見えない、でも、なにかを見ようと目を閉じることはなかった。
「…………どうして、ボクを助けたの?」
「…………」
「ボクを、あんなに敵視していたのに」
「私は、……」
その少女は少し弱々しい声を発した。セシリアは未だに銃口を向けているが、それでもその少女の言葉を待った。
「私は…………あんなつまらない形で、あなたに死んでほしくないだけです。あなたが死ぬとき、それは、私の手で、あなたのすべてを凌駕して、その命を奪うと決めているのです」
「………そうなんだ」
アイズはその言葉も受け入れた。自分の不甲斐なさによる決着ではなく、すべてをぶつけあった上で自分の命を奪う。それが目的なのだと、静かに受け入れた。
「しかし………二度は、ありません」
「うん。でも、ボクもそう簡単には死ねない。ボクは、まだ死ねない」
アイズも、静かに決意を表明する。
アイズには、まだやることがある。やりたいことがある。やるべきこともある。こんなところで、終わるわけにはいかない。そのための力が足りないとしても、それでも死ぬわけにはいかない。
「覚悟しておいてください。次は、こうはいきません」
その少女がゆっくりと機体を浮上させる。損傷があっても未だに飛行はできるようだ。セシリアは撃ち落とすことも考えたが、結局は甘すぎるアイズの願いを聞き入れ、引き金を引くことはなかった。
「待って…………名前をきかせて」
飛び去ろうとする間際にアイズが声をかける。その声を受け、少女は動きを止めた。セシリアからみても、あの少女もアイズに対してなにか特別な思い入れがあることは確実だろうとわかる。でなければ、敵に対してかける言葉としては戯言でしかないアイズの言葉を聞くことすらしないはずだ。
少女は顔だけ振りむいて、顔を隠していたバイザーを解除する。やや幼い顔立ちに金色の瞳。そして真っ白な髪が風に靡いた。雪のような白い肌と相まって、まさに『白』が人の形になったような姿であった。
そんな白い少女はアイズには見えなくても、素顔で対峙しながらそれを告げた。
「シール。…………私の名は、シール」
「ボクは、アイズ。アイズ・ファミリア。…………助けてくれて、ありがとう」
互いに傷つけ合ったあとの自己紹介は、滑稽な光景だっただろうか。しかし、少なくともその場にいたセシリアは、二人のその会話に口を挟むつもりはなかった。
親しいはずなどないのに、敵同士であるはずなのに。
それは、まるで友人同士であるような、そんな不思議な穏やかな声色でもって交わされた言葉であった。
気がついたら一万字超えだった(苦笑)
これにて戦闘は終了。アイズも普通に強いんだが、背負ったハンデや敵もチート級だったりでなかなかスマートに勝つことが少ない(汗)
謎が謎を呼ぶ感じになりましたが、これから幾度となくアイズ対シールの戦いが繰り広げられていきます。彼女の正体などはまたしばらくあとになります。
次回は後始末。多少の裏事情が明かされます。
それでは、また次回に!