双星の雫   作:千両花火

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Act.29 「Over The Cloud」

 蝶が羽ばたくように青白く光るバーニア炎を纏い、ラウラの駆る『オーバー・ザ・クラウド』が飛翔する。通常ブーストが、まるで瞬時加速を行っていると錯覚するほどの圧倒的な推進力。それでも最適なバランスを保つ四枚の翼と搭載された単一仕様能力による姿勢制御。それはまさに飛ぶための機能。空気の壁を切り裂き疾走するその機体は、発進して瞬く間に陸地を遥か彼方に置き去りにした。

 

「出力わずか十五パーセントでこの機動性……! なるほど、たしかに私には使いこなせないな……ッ!」

 

 これで最高出力での瞬時加速など使用したときには間違いなく命を落とす。束が欠陥機と言った理由が、搭乗して一分も経たないうちに理解する。人間のことなどまったく考慮に入れずに、技術だけを積み込んだ第五世代機のプロトタイプ。おそらく、これから先に現れる第五世代機と呼ばれる機体は、この『オーバー・ザ・クラウド』をダウングレードして作られるのだろう。

 

 いわば、これは未来で多くの次代を担う機体を生み出すマザーマシンなのだ。

 

 そんな機体を託されたことが、ラウラには嬉しく、そして恐ろしい。束は、いったいなにを作るのか、どこまで行くのか、それがまったく想像できない。 

 しかし、今はそんなことはどうでもいい。大事なことはただひとつ。

 

 この機体を、皆を助けるために託されたということだけだ。ラウラは、決してその期待を裏切らないと自分自身に誓う。

 

「機動が独特だ……飛ぶというより、まるで滑っているようだ」

 

 滑空、という言葉を連想させる『オーバー・ザ・クラウド』の機動は、まるで空そのものが駆けるための道となっているかのようだ。今までの機体のようにブースターで力づくで速度を上げるのではなく、まるで自由落下でもしているかのようにごく自然に前へと進む。空が本来の領域である、とでもいうように、それはまったくの自然な動作で行われていた。

 本来人間は空を飛ぶ生き物ではない。よって、鳥などと比べると飛行することに求められるスペックがまるで足りていない。たとえ、ISという飛ぶためのパワードスーツを得たとしても、その認識は人間のものであることは変わらない。だから、足りないものを補わなくてはいけない。ISのハイパーセンサーなど、まさにそうだ。

 しかし、この『オーバー・ザ・クラウド』は違う。搭乗者そのものが空と一体化していると思わせるほど、この空と馴染む。ラウラは、自分が本当に鳥にでもなったかのように感じていた。

 

「やれる……! この『オーバー・ザ・クラウド』なら、たとえ六十機の敵機だろうが、突破ができる……! だが、私にできるのか……?」

 

 今のラウラは自身の技量を過小評価も過大評価もしない。それができずにいたラウラは、結果セシリアと鈴に敗れ、一夏に追い詰められ、アイズに救われた。あのような情けない姿は、もう二度と見せないと誓い、自己分析を徹底的にやり直した。おかげで何度も凹むことになったが、その度に慰めてくれたアイズには感謝の念しかない。おかげでラウラは冷静に自身と周囲を見ることができる。

 今のラウラでは、束の言うとおり、三割の性能を発揮すれば奇跡だろう。加えて、今の武装はなんの変哲もない近接ブレードのみ。戦闘が目的ではないとはいえ、これだけでアイズたちと合流し、圧倒的な物量を相手に攪乱して時間を稼ぐという任務を全うしなくてはならない。機体スペックだけを見れば、それは可能だ。しかし、操縦者であるラウラ自身が、そうするための能力に届いていない。

 

 しかし、それがどうした。

 

 やらなくては、いけないんだ。

 

 自分を信じ、受け入れてくれたアイズをはじめとした仲間たちのために、やり遂げなければならないのだ。死力を尽くす。それでも届かないというのなら、この左目を使ってでもやり遂げる。

 

 ラウラは不退転の覚悟を宿し、そして――――――――戦場を、視界に捉えた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「大丈夫なんですか? ラウラさんを疑うわけではありませんが、あの機体って誰にも扱えないって言ってませんでしたか?」

 

 ラウラを見送った束にイーリスが話しかける。なぜか、やや赤く湿ったハンカチで顔を拭いており、その手にはどこから持ってきたのか、拳銃が握られていた。そしてそれをまるで知恵の輪でも解くようにあっという間にパーツへと分解してしまう。

 

「まぁ、出力リミッターつけたし、大丈夫でしょ。それに、大事なのは強い意思だからね。…………それより、やっぱりいたんだ?」

「ええ、この近辺に潜んでいた工作員、確認できただけで十二人いましたよ」

 

 そう言いつつ、二丁目の拳銃を分解するイーリス。鮮やかな分解は、まるで手品のようだ。

 

「………狙いは?」

「半数は、いろんな国の諜報機関です。まぁ、当然ですね」

 

 IS学園は中立であり、いかなる干渉も受けない。

 しかし、それは表向きの建前であり、裏では世界を動かすといっていいISの最重要施設を放っておくような組織はいない。様々な国が秘密裏に諜報を放ち、情報を得ようと躍起になっている。ラウラ・シャルロットのように直接息のかかった者を送り込んでくることもそうした理由が強い。

 今回のように学園の施設外へ出る機会は情報収集の絶好の機会だ。昼間の専用機持ち達の特別演習も、確実に監視が入っていた。それがわかっているからこそ、演習では誰もが見せてもいいものしか使っていない。一夏などはまだそのあたりは理解しきれていないだろうが、鈴や簪といった面々はそうした理由を十分に理解していた。

 もちろん、IS学園側もそれは黙認している。あからさまに動かれない限り、そうせざるを得ない。水面下で様々な思惑が絡まり、交わる場所。それがIS学園なのだ。

 

「で、もう半分は?」

「亡国機業に雇われた傭兵です。ちょっと脅したらいろいろ面白いことを喋ってくれましたよ」

 

 いつもの微笑みでそう言うイーリスだが、その顔はどこか薄ら寒い影があった。束はそれでもマイペースに先を促す。

 

「緊急事態になったのちに、手薄となった施設からある生徒を誘拐しろ、と命令されていたようですね」

「誰を?」

「………篠ノ之箒さんです」

 

 ピシリ、と空気が凍った音がイーリスの耳に届いた。

 目の前の束の表情が変わる。嘲笑していた顔から、まったくなにもない、虚無のような顔になる。束が放つプレッシャーが鋭利な刃物のようにイーリスの肌にピリピリと突き刺さるが、イーリスもまた、そんな束の放つ威圧感を柳のように受け流している。

 

「彼らが知っていたのはここまでです。一応、念入りに拷も……いえ、尋問したので、間違いはないかと」

「へぇ、そうなんだ。箒ちゃんを、ねぇ………」

「理由は、束博士への当てつけでしょう。あわよくば、コンタクトをとって確保、といったところでしょうか」

「ふぅん……」

 

 束がうっすらと笑う。それはさながら羅刹のようだというのがそれを見たイーリスの印象であった。

 

「そいつらどうしたの?」

「勉強代をいただいて丁重にお帰り願いました。ちゃんと次回の受講料を教えておきましたけど………あんまりこういうのは趣味じゃないんですけどね。社長命令ですし仕方ないですけど」

「………緊急事態になることを知っていた。それはつまり、……」

「はい。おそらく『銀の福音』の暴走も、予定通りなのでしょう。これは確実にアメリカ軍関係者にも、草が入り込んでますね」

「しかも、それを私たちに気づかれることを承知でやっている、と」

「意図的に情報漏洩を行っている節があります。金で傭兵を雇うなど、守秘しているとは言い難いです。回りくどい脅しや警告だと思われます」

「まぁ、どうでもいいよ。大切なのは、箒ちゃんを巻きこもうとしたってことなんだから、さ」

 

 それは束にとって宣戦布告されたに等しい行為だ。箒に手を出せば、地の果てまで追いかけてその報いを受けさせてやると決めている束は、優秀な頭の中で報復のやり方をとりあえず十五通り考え出す。

 そしてとりあえず一番てっとり早くできる八つ当たりを兼ねた報復を実行することにした。手製のパソコンを起動させ、ものすごい速さでスクロールしていく画面を見ながら高速でキーをタイプする。

 

「コアコンタクト………捕捉。『銀の福音』……コアネットワーク介入開始。……ふぅん、なかなかよくできたウィルスだけど、束さんを出し抜こうなんて百年早いってね」

 

 開発者である束しか知らない『銀の福音』のコアに接続し、さらに複数のウインドウを開き、複数同時になにかのプログラムを流す。

 

「………現在地捕捉。海上……いや、海中か。どうやら、あちらさんの母艦みたいだね」

「海中………潜水艦ですか?」

「みたいだね、これはますますきな臭い。潜水艦を持ってるとこなんて、それこそヤバイ組織ばっかだってのに」

「では、『銀の福音』はセシリアさんたちを釣る餌であると同時に、そのまま盗むつもりだった、と」

「本当に忌々しい……。まぁ、そううまくいかせないけど、ね」

 

 束は実際かなり怒っていた。箒を狙っていた、というのもそうだが、アイズやセシリアたちを罠にはめ、さらにISをこんなくだらないことに使っていることが、ISの生みの親として許せない。世界はそんな綺麗事ばかりじゃないことは嫌というほど知っているが、それでも感情は納得しない。

 

「こんなことなら、緊急用のISコアの強制停止命令のシステムを作っておくべきだったかな」

「コアのクラックはできないのですか?」

「コアネットワークはあくまで相互監視と相互自浄作用のために備えたものだし。……まぁ、しかたないか。そんなもの作ったら、独裁の温床になりかねなかったし」

 

 世界にとってもはや無視できない存在となったIS。それらをすべて統括し、停止させることもできるシステムなど、それを握った存在が世界を手に入れることが可能になるほどの危険な代物だった。だから束も構想はあったが、それを取り入れることはなかった。束ならコアの製造段階で組み込むことは可能だったが、強すぎるといえるスペックを持ったISにそれは危険と考え、今はそのデータはすべて破棄している。万が一にも悪用されないように徹底的に破壊したので、サルベージも不可能だろう。

 もっとも、こんな事態になることがわかっていたら安全装置として残しておいたほうがよかったかもしれないと思ってしまう。しかし、そのリスクはやはり高すぎるために一概にどちらがよかったのか、という問には答えられないだろう。

 

「さて、あっちはラウちんに任せるとして………私は、コレを潰してくるよ。いいよね?」

「本来ならダメ、と言いたいところですけど……聞くつもりはないのでしょう?」

 

 困ったようなイーリスの問に束は苦笑して返した。

 

「仕方ないです。社長からも博士が無茶をするときは最低限に抑えろと言われてますが、これは我が社に対する敵対行為でもあります。社長なら確実に報復行為をするでしょう」

「ごめんね、イーリスちゃん。悪いけどイリーナちゃんへの言い訳を考えておいてね」

「でも、博士だと特定される証拠は残さないでくださいよ? 怪しまれることは今更なのでいいですけど、それだけは絶対条件です」

「わかってるって。束さんにおまかせ、ってね!」

 

 だんだんといつものゆるい口調に戻ってきた束であるが、目だけは相変わらず剣呑な光を宿している。これは本気でガス抜きをしておかないとまずいかもしれない、とイーリスが内心で大きくため息をつきながら判断する。

 イリーナにしても、束にしても、とことん貧乏くじをひかせてくれる人たちに本当に退屈とは無縁の職場だと思い知らされる。心労は増えるが給料は増えないというのも泣けてくる。

 そんなイーリスの内心を知ってか知らずか、束は服の中にあったペンダントを取り出していた。そこペンダントは鍵の形をしており、鎖から外してその鍵を握り締めた。

 

「起きて、『フェアリーテイル』………お掃除の時間だよ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 ラウラは速度を落とすことなく無人機の大群へと突っ込んだ。そのラウラの機体『オーバー・ザ・クラウド』の突然の乱入に人間ならば反応が遅れるものであるが、機械である無人機は反応してすぐに迎撃行動へと移行する。

 ………しかし、それでもなお遅かった。いや、ラウラが速すぎた。

 

 一機がビーム砲を向けたときにはすでにその首が飛ばされていた。すれ違いざまにブレードで切り飛ばしたのだ。その常識はずれの速さに無人機たちも警戒を強めるように連携行動をとり始める。

 途切れることのないビームとミサイルの雨がラウラを襲う。しかし、ラウラは最高速度を維持したまま旋回、不規則な回避機動でそれらを悉く避けていく。海面すれすれを低空飛行し、腕を海へと突き立ててそのまま水しぶきによる壁を作る。その数秒あとに打ち上げられた水の壁を突き破り、ラウラが再び突撃する。

 

 そのとき、すでにラウラは量子通信によって位置特定していた場所へ小さなコンテナを投下していた。そしてすぐにラウラへと通信が入る。

 

『ラウラちゃん!』

「姉様、ご無事で……!?」

『大丈夫! 荷物、受け取ったよ! インストールが終わるまで、あと少し時間を稼いで!』

「まかせてください!」

 

 アイズの声を聞き、ラウラは一安心するが、気は全く緩めない。今も限界ギリギリのところで『オーバー・ザ・クラウド』を制御しているのだ。おそらく長時間の戦闘はラウラの体力が持たない。しかし、アイズとセシリアのティアーズが制圧装備をインストールするまでの時間を稼げればそれでいい。可能な限り時間を稼ぎ、かつ可能な限り敵機の数を減らす。

 羽ばたくように背部ユニットの翼が動き、機動が突然変化する。直線から上昇へ、垂直に変化した機動は機械の目すら追いきれないほどセオリーから外れた動きだった。こんな機動、普通ならば操縦者にも多大なダメージを与える代物だが、ラウラにはまだわずかだが余裕がある。

 

「これほどの速度を出しながら慣性力を軽減している……凄まじい機体だ」

 

 とはいえ、完全に慣性力を緩和できるわけではないのでこんな無茶苦茶な機動をしていればラウラにもダメージが溜まることは避けられない。しかし、それでもこの機動性の前には安い代償と思えた。

 そしてこの機体の真価はまだ見せていない。この高性能な慣性力緩和機能すら霞むほどの単一仕様能力。ラウラはその説明を受けたとき、束は生まれた時代を間違えたと本気で思った。

 

 速すぎる『オーバー・ザ・クラウド』にビームは当たらないと思ったのか、ミサイルや機関砲での弾幕を展開する。スペックで上回っていても、数は圧倒的に劣る。少数に対し、包囲して集中砲火を浴びせるという戦術は正しい。

 

 それが通用するのなら、という話だが。

 

 迫る弾丸とミサイルを目の前にし、しかしラウラは慌てずに両手を前へと突き出す。まるでそれらすべてを受け止めようとでもするように手を開き、まずは右手を押し出すように振るう。

 それと同時にミサイルがまるでオーバーフローを起こした乗り物のように動きが鈍り、銃弾はなにかに妨げられているかのように急速にその速度を目で追えるほどにまで減衰させる。そして左手を同じように押し出すと、それらすべてが叩き落とされたかのように弾かれる。

 

「今の私では一度では落としきれないか………!」

 

 まるで魔法のような現象を起こしたラウラだが、本人は不満そうだ。しかし、そんなことを言ってる場合ではないため、すぐにまた攪乱させるために不規則な高速機動を行う。『オーバー・ザ・クラウド』の機動性なら大出力のビームは回避することは容易であり、回避しきれない物量の銃弾やミサイルの雨は跳ね返し、叩き落とす。

 

「なによあれ? どんな武器なの?」

 

 セシリアとアイズを除く四人が援護のために戦列へと戻る。ラウラに攪乱され、隙を見せた一機を叩き落とした鈴がラウラの起こしたであろう不可解な現象に首をひねる。シャルロットや簪、一夏も鈴と同じように驚いた表情を見せている。

 

「本当ならこんなものではないのだがな……今の私では、あの程度が精一杯だ」

「あれで、あの程度?」

「本来なら、無人機をまとめて吹き飛ばすこともできるはずだ。こんな風に、なっ!!」

 

 ラウラが接近してきた一機を軽くいなし、静かに右手を無人機の頭部へと添える。そして次の瞬間、接触していた無人機の頭部がまるで殴打されたかのように破砕音を響かせながら砕け散った。一見すればただ手を添えただけ、武器を持っているようには見えない。

 

「衝撃砲の類? いや、でもあんな密着して放つなんて……」

「少し違う。やっていることは、斥力を操作しているだけだ」

「斥力操作……!?」

「正確に言えば虚弦斥力で、純粋な斥力とは違うらしいが……現象としてはそうらしい。私も詳しい理論はさっぱりだったが」

 

 斥力操作。それが束が説明した『オーバー・ザ・クラウド』の単一仕様能力、その一端であった。本来、単一仕様能力も操縦者とISが高い適合をしてはじめて現れる固有能力であるが、この機体ははじめからこうした能力が付与されていた。

 そして『空を飛ぶ』ことを追求した機体『オーバー・ザ・クラウド』の能力こそが虚弦力場操作、束がつけた名称は『天衣無縫』。それは引力・斥力という物理学における基本的な力の全てに深く関わる相互干渉における二通りの形、すなわち、引き合う力と反発し合う力の生成と制御。

 これらは本来、物質間における干渉作用であるため、二つの物体がなければ現れることはない。しかし、その作用対象のひとつを“場”へとかけることによって『オーバー・ザ・クラウド』単体でその力場を形成する。

 

 故に、能力範囲内の物理的な存在、実弾やミサイルは『オーバー・ザ・クラウド』と反発する斥力の影響を受けてその動きを止め、あまつさえ弾かれる。ビームを弾くことはできないが、質量を持った物理的なものならほぼ確実に止められる。今のラウラでは二回発動させてようやくできたことだが、この機体の真のポテンシャルを発揮できたのなら、すべての無人機を吹き飛ばすくらいたやすいはずだ。

 

 無人機に手を密着して破壊したこともその応用だった。

 

 『オーバー・ザ・クラウド』の各部に装備された、一見すれば用途不明の円形のくぼみのようなものは、すべてその力場の発生デバイスである。

 そしてそれは両手の掌部にも備えられ、掌部デバイスから限定範囲に高出力で発生させる。瞬間出力を上げることで、密着した部位に直接衝撃として叩き込む。無論、本機にも反作用が働くが、当然反動制御もしているためにほぼすべての力を対象へと向ける。

 

 さらに言えば、作用する力を引力にすれば逆に離れた対象を引き寄せることも可能。もちろん、機体そのものを任意方向へ動かすことも可能。こうした斥力と引力の場を機体各部で限定的、短時間に発生させることで『オーバー・ザ・クラウド』は音速を超える高速機動中の不規則な機動ですら、絶対的な安定性を見せる。それこそ、姿勢制御はすべてこの能力で補えるため、推進力など直進するだけしか必要としないほどだ。

 

 この能力による物理防御や破壊なんて、ちょっとした応用、ただのついでだ。本来、この力はどこまでも飛ぶためにあるものだ。

 

Over The Cloud………雲の向こうへ。

 

 この機体は、そのために存在する。しかし、今のラウラにはそれを実現してやることはできない。この機体は、今、戦い、仲間たちを助けるために必要なのだ。

 しかし、ラウラはこの機体のように戦うためではないISというものに触れ、おぼろげながら敬愛する姉が語った“夢”の形が見えた気がした。戦うためだけにISを駆っていたラウラにとって、それはどこか不思議な温かみのある感情となって胸の奥へと仕舞われた。

 

 だが、今はそんな感情に浸っている場合ではない。援護に復帰した鈴たちは未だ機体ダメージが大きく、実弾装備が多いシャルロットなどはほとんど武装を使い果たしている。燃費の悪い一夏の白式も同様に長時間の戦闘は不可能。

 鈴と簪はまだ戦えるようだが、それでも楽観視などできるはずもない。そしてラウラの『オーバー・ザ・クラウド』だけは十全な状態であり、如何にラウラが半分の性能も発揮できていないとはいえ、その性能差は絶対的ともえいるほどのものだ。少なくとも、一対一であれば無人機に遅れをとることなどありえない。

 だがしかし、この機体は対多数への攻撃手段がない。広範囲の斥力場形成は銃弾やミサイルを弾けても無人機そのものを複数同時破壊するには決定打に欠ける。しかし、いちいち一機ずつ破壊していてはこちらのほうが先に消耗する。

 

「姉様たちが来るまでは、私がなんとしても……っ!?」

 

 突如としてラウラが迫り来る複数の影をハイパーセンサーで捉える。機体に備えられたデバイスをフル活用して上部デバイスで引力場、下部デバイスで斥力場を発生させて跳ねるようにその影を回避する。さきほどまでラウラがいた空間が、数えるのものバカバカしいほどの数の小型のなにかによって埋め尽くされ、まるで群れを為す虫や鳥のように通り過ぎる。

 

「敵の増援……!?」

 

 そして気づく。未だ多く残る無人機の最奥。そこに無人機とは明らかに違う、異質な白い機体が佇んでいた。純白の真珠のような光沢をもつ装甲と、大きな白い翼。その姿は、天使と呼ぶにふさわしいものであった。さらにその機体は高機動パッケージと見える追加装備がされており、まるで大きなドレスを身にまとった天使がこちらを見ているかのような錯覚すら起こさせる。

 

「有人機だと? ……指揮官機か?」

 

 その挙動、雰囲気、それらすべてがその機体に操縦者がいることを示している。無人機とは違う、人間独特の挙動が混ざったそれは、ゆっくりとこちらへと近づいてくる。

 

「あの機体は! あのときの!」

「ええ、装備は若干違うけど、同じね」

 

 一夏と鈴が、その見覚えのある機体に声を上げる。一夏と鈴が戦ったとき、無人機とともに襲撃をかけた機体だ。あのときも関係があると睨んでいたが、どうやら確定のようだ。明らかに無人機たちを統率しているその機体は、ラウラの駆る『オーバー・ザ・クラウド』を見据えていた。

 

「……目的はこの機体か? なるほど、破壊、ないし鹵獲するつもりか」

 

 そのラウラの言葉を肯定するかのように、白い機体が襲いかかる。先ほどの小さな大群の兵器が再び群れを為してラウラへと襲いかかる。よくよく見れば、大きさは違えど、それはセシリアやアイズの持つBT兵器によく似ていた。

 

「BT兵器………!? 群体のビットだと!?」

 

 群れを為すビット。さしずめ、レギオン・ビットとも言うべき兵器。単体での攻撃力は低くとも、おそらくは十センチほどの小さなビットが二百機以上。それらは明らかに近接仕様だ。とりつかれれば、シールドエネルギーを食い尽くされてしまうだろう。それはさながら肉食の昆虫が群がるような不快感をラウラに与えていた。

 いかに『オーバー・ザ・クラウド』とはいえ、そうなればまずい。各部に備え付けられたデバイスが破壊でもされれば、機体性能は一気に半減する。圧倒的な性能を持つこの『天衣無縫』だが、機体そのものがそれに依存する設計であるためにデバイスの破壊はそれだけで致命的だ。

 しかし、回避自体はそれほど難しくない。厄介な武装だが、それでもラウラの優位は崩れない。

 

 問題は、残る無人機。健在な機体は、残り四十一機。やはりアイズとセシリアが制圧装備で戦線復帰をしなければ厳しい。

 

「姉様、あとどれくらいですか!?」

『もう少し! あと二分でインストールが終わる!』

 

 アイズの焦ったような声が返ってくる。アイズとセシリアもこの状況がまずいとわかっているのだろう。しかし、どんなに急いでも二分という時間は無力だ。

 あと、二分。戦場において、それは気の遠くなる時間だ。

 

 

 

 それでも――――!

 

 

 

 

 ラウラは決意して鈴たちに声をかける。

 

「あと二分、姉様たちが復帰するまで私が攪乱して時間を稼ぐ。おまえたちはその隙をついて可能な限り無人機を落としてくれ。それと、あの白い機体には手を出すな。あれは別格だ」

「でも、それじゃあラウラの負担が大きすぎる!」

「私しかいない。それにおまえたちの機体は限界だ。あと二分、私が時間を稼ぐ」

 

 正体不明機と、未だ圧倒的な数を誇る無人機。それらを相手に二分を稼ぐ。それくらいできなくてアイズ・ファミリアの妹など名乗れるものか。

 

 ラウラは覚悟を決める。そして―――――。

 

 

「私の全てを、おまえに預ける! 私と共に戦場を飛べ、オーバー・ザ・クラウド!」

 

 

 ――――――左目の眼帯を取り去る。

 

 

 金色の瞳が、まだ終わらない戦火を映した。

 

 

 




まだ黒兎のターンは終わっていないぜ!な感じで次回へ。
オーバー・ザ・クラウドの能力は一部ラムダ・ドライバを参考にしています。完全にSF技術で現実にはまぁ再現不可能だろうという威力も汎用性もやばいチート能力。第五世代とするからにはかなり強力なものに、と考えていたらこうなった。個人的にこういう固有能力って物理の基礎になるほど強くなると思います。
そして裏側では束さんも武力介入を始めました。束さん専用機の詳細はまだ明らかになりませんが、やはりこれもチート機体です。

………それにしても最近は話数が進むごとに文字数が増えていく(苦笑)

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