双星の雫   作:千両花火

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Act.28 「介入する者たち」

「姉様? 返事をしてください姉様!」

 

 ラウラが通信機の前で焦ったように叫ぶが、返ってくるのはただノイズばかり。傍にいる千冬も難しい顔をして苛立ったように腕を組んでなにかを思案している。

 

「繋がらない、か」

「おかしいです。これは明らかにジャミングされています。『銀の福音』にはそのような機能があったのですか?」

「いや、それはないだろう。いくら隠している情報は多少はあるにしても、ジャミング機能を隠すことはありえない……」

 

 アメリカ軍からもらったスペックデータにはそんなジャミング機能を有しているなどという情報はなかった。知られたくなかったという可能性もあるが、そんな重要なことを隠して対処させようとすれば非難を受けるのは目に見えている。それに広域殲滅型の機体にジャマー装備をさせることもおかしいし、なによりISのハイパーセンサーすら騙すようなジャマー兵装はセシリアの持つジャミングビットくらいだ。

 おそらくは、『銀の福音』の機能ではない。と、なればそれは他の機体、もしくは大掛かりな装置が作戦区域に存在することになる。しかし、そこは海上だ。そんな装置があったとしても、どうやって持ち込むのか。まるで情報が足りず、嫌な想像ばかりをしてしまう。

 

「これは妨害行為です! どこかはわかりませんが、姉様たちを罠にはめたとしか思えません!」

「確かに、な。……通信だけでなく、作戦区域の情報すら入手できないとは」

「機体を貸してください。私が直接行って……」

「ダメだ。今は情報収集に務めろ」

「教官!」

「落ち着け!」

 

 千冬の一喝でラウラも我に返る。そうだ、今はまだなにも確定した情報がない。それにたとえなにかの不調だったとしても、ラウラがスペックの劣る量産機で向かってもなんのプラスにもならない。そもそも作戦区域に行くまででも時間がかかりすぎる。

 それに緊急事態が起きていたとしても、いきなり乱入すればアイズたちにもマイナス要素を与えてしまいかねない。ラウラの冷静な理性がそう言っている。しかし、それとは逆に興奮状態にある感情はすぐに助けにいきたいと思っている。なにもできない、なんて嫌だ。なにか、なにかできるはずだ。そんな思考がぐるぐると回る。

 

「少し頭を冷やせ。私は山田先生たちと上のほうから情報を得られないか聞いてくる。おまえは引き続き呼びかけろ。私もすぐに戻る」

「……了解」

 

 千冬が出ていき、ラウラは一人残される。回線は未だに繋がらず、ただエラーを表示するだけだ。ラウラは自分の無力さに唇を噛む。こんなとき、専用機があれば……、そんな意味のないことを考えてしまう。

 状況的になにかあったのは明白だ。しかし、それがわからない以上、焦って動くわけには行かない。今のラウラは軍人ではない。ただのラウラだ。動かせる部下もおらず、専用機もなく、できることはただ繋がらない呼びかけをするだけ。それが情けなくてたまらない。

 

 

 

 

「おーおー、君が例のイリーナちゃんがドイツからかっさらったっていう子かい?」

 

 

 

「っ!?」

 

 いきなりかけられた声にラウラが反射的に飛び退いた。ナイフを取り出して油断なく相手に向ける。いったいいつこの部屋に入ってきたのか。気がついたら真後ろに立たれていたことがラウラの警戒を強めていた。

 赤いトサカみたいな変な髪型と、なぜか大きなカボチャ型のカバンを背負っているというエキセントリックな格好をしている。こんな目立つ姿で今まで気づけなかったことが信じられない。

 

「ふむ、なるほど、さすが軍人さんだけあって反応はそこそこだねぇ。名前なんだっけ、イーリスちゃん」

「ラウラ・ボーデヴィッヒさんですよ」

「っ!?」

 

 二度目の驚愕。もうひとり、ラウラの死角に立っていた女性に気づく。フィットしたスーツを着こなしたクールビューティーという女性がごく自然体でラウラに微笑みながら立っていた。

 

「うーん、まだ名前覚えるのは難しくてねぇ。でも努力はしてるよ?」

「存じてますよ。それにしても、あなたは本当に引きこもりですか? 護衛なんていらなかったんじゃないですか?」

「ん? まぁ束さんは頭も身体もハイスペックだからね!」

「貴様ら、何者だ? なぜここにいる?」

 

 まったく無警戒に見える二人だが、しかし隙なんてものは微塵も見当たらない。こうして相対しているだけでラウラにはわかる。わかってしまう。

 

 

 

―――――この二人、確実に私より強い……!

 

 

 

 その態度から一見すれば隙だらけだが、二人の視線は一瞬たりともラウラから離れない。表情に騙されて軽はずみな行動を起こせば、すぐに制圧されてしまうだろう。そして相手は二人。いや、たとえ一人だけでもラウラには勝てる想像ができない。

 

「…………」

 

 ラウラの頬に嫌な汗が流れる。いったいこの二人はなんなのか。敵なのか。アイズたちと音信不通になったタイミングでの登場にどうしても嫌な方向に考えてしまう。この場に千冬はいない。ラウラだけで乗り切らなくてはならない。

 手元にあるのは護身用の鈍らのナイフのみ。戦闘は無理と判断し、救援を呼ぶことを決意する。千冬を呼べば、少なくとも対抗することはできる、という可能性に賭けるしかない。

 そのためには緊急コールをすることだ。ラウラはすぐさま行動を起こそうとする。

 

「やめときなよ」

「っ………」

 

 しかし、それすら許さなかった。言葉だけでラウラは金縛りになってしまう。まっすぐに見つめてくるハロウィンみたいな格好をした女が笑顔で制する。

 

 ―――――この女、……!

 

 見誤っていた。思った以上に、目の前の存在は遥かに格上だ。どうする、どうすればいい。こうなれば、制御できない左目を使うしか………、そう覚悟を決めたときだった。

 

「ふふっ、なるほどなるほど、たしかに優秀な子だね」

 

 放っていたプレッシャーを霧散させ、ラウラを褒めるような言葉を口にしてくる。それを怪訝に思いながらも油断せずに構える。

 

「彼我の実力差をわかるっていうのは、賢い証拠。そして諦めることなく打開しようとする意思も合格。うんうん、アイちゃんもいい子を妹にしたね!」

「姉様のことを……?」

「自己紹介しよっか。えっと、カンペどこやったっけ……」

 

 ごそごそとカバンを漁り、メモ帳を取り出すとわざとらしい台詞を言い始めた。

 

「はじめまして。私の名前は篠ノ之束です。お友達になってくれると嬉しいです。………これでどう?」

「博士、小学生の自己紹介でももっとマシですよ」

「うーん、束さん、こういうのしたことなくて」

 

 漫才のような茶番を見ながら、ラウラは耳にした名前に驚く。しのののたばね、と確かに言った。そんな特異な名前で思いつく人物は一人しかいない。

 ISの生みの親、そして現在は行方不明とされる天才科学者、篠ノ之束。

 本人なのか、なぜこんなところに、いくつもの疑問がラウラの表情に驚愕として表現される。そんなラウラの混乱を察したのか、スーツを着た女性が申し訳なさそうに話しかけてきた。

 

「はじめまして。カレイドマテリアル社、社長秘書を務めているイーリス・メイと申します」

「カレイド社……! じゃあ姉様たちの……」

「はい。彼女たちの同僚、という認識でよろしいかと。束博士は現在、非公式で我が社に所属しております。ただし、これは決して口外しないようにお願いします」

 

 二人の所属にも驚いたが、まさか世界中が探している天才がカレイドマテリアル社が匿っていたとは思わなかった。しかし、なるほど、篠ノ之束という存在がいたからこそ、IS部門でも異例の急成長を遂げてきたのか、と納得する。

 

「………その証明は?」

「うんうん、さらに高評価。鵜呑みにするのはバカのすることだもんね。ちょっとまってね………もしもしセッシー、アイちゃん、聞こえてる?」

 

 いきなり束がやたらゴテゴテした通信機のような端末を取り出して目の前で二人に通信をつなげた。そこから聞こえてきた声は、いままさにラウラが聞きたかった声だ。

 

 

 

『束さん? ……なにかあったのですか……!』

『ちょっとまって、ひゃっ!? 危なっ!?』

 

 

 

 そこからは二人の声とともに激しい戦闘音が響き、他の面々の悲鳴染みた声も漏れ聞こえている。文字通り、戦場のど真ん中にいるであろう彼女たちが必死に戦っているとするにわかる。

 

「姉様……!」

 

 束たちの言ったことが本当だと理解する。さらにイーリスから現在も通信できるのも妨害不可能な量子通信であり、ティアーズのみ実装されている特殊回線だと言われて疑問を氷解させる。そうした特殊回線を積んでいるのはカレイドマテリアル社製であることを考えれば納得できた。

 しかしそれは同時に現在六人が危地にいることの証明だった。ラウラの焦りがさらに増していく。

 

「なんとか時間を稼いで。束さんがなんとかするから、信じてくれる?」

『すみません、お願いします』

『束さんを疑ったことなんてないですよ』

 

 即座に返ってきた二人の返事に嬉しそうに束が笑う。この事態でも頼られていることが本当に嬉しそうであった。そのまま一度回線を切ってラウラへ顔を向ける。ラウラは頷き、二人への警戒を解いた。そこへイーリスが詳しく状況を説明する。

 

「彼女たちは現在、六十機超の無人機と交戦状態に入りました。勝ち目のない撤退戦の真っ最中です」

「ッ!? 無人機………六十機!? そんな馬鹿げた数……!」

「だよねぇ。こりゃあイリーナちゃんの予想通り、いくつかの企業や、下手したら国も落ちてるね」

「ですね。以前、デュノア社に見られた不穏な動きも、おそらくは」

 

 これだけの数の無人機を製造できるとなると、それはもう大企業や国レベルだ。イリーナは以前からいくつかのそうした組織や政府ごとが乗っ取られているだろうとの予想を言っていたが、それがここに来て真実味を帯びてきた。

 

 

「なんなのですか……!? いったい、どこがそんなものを……!」

「詳しくはわからないけど、ずっと影があるんだよ。ずっとずっと、裏から世界を操ろうっていう、幻影みたいな存在が………私たちは亡国機業、って呼んでる」

「そんな組織が……」

「ちなみにアイちゃんの事情は知ってるね? アイちゃんをおもちゃにして目にナノマシンを仕込んだのもそいつら」

「っ!!」

 

 ラウラの顔が歪む。それはラウラとしても許せないことだった。たとえ、それが今のアイズとラウラを結んだものだとしても、姉を苦しめた存在は許せるものではなかった。

 

「とうとう表立って動いてきたみたい………狙いは、まだわからないけど、機体とアイちゃん、かな」

「姉様を? なぜ……!?」

「あなたならわかるでしょう? 片目とはいえ、その目を適合させたあなたなら」

「っ……で、でも姉様は捨てられたと」

「そこまで聞いてるんだね。でも、今のあの子は制御してる。理由は、私がAHSを作ったから」

「機体もろとも、姉様を?」

「どこまでも恥知らずだよねぇ、ほんと……、ああ、忌々しい……!」

「ど、どうすれば……!」

 

 そう簡単にやられるとは思えないが、聞いた通りの戦力差なら不利なのは間違いない。すぐさま救援に向かわなければならない。

 しかし……。

 

「半端な増援は被害者を増やすだけ。そして下手に追い詰めれば、多数の無人機が無差別攻撃に出る可能性すらある。わかってるね? できることなら、無人機はここで殲滅させておきたい」

 

 ラウラの思考を読むように束が言葉にする。そう、ラウラもそれをわかっていた。しかし、打開策がまるで思いつかない。こうしている間も仲間たちが危険となっているのに、自分はただこうしてうなだれているだけなのだ。

 

「………」

 

 結局は無力なのか。ラウラは言いようのない不甲斐なさに唇を噛み締める。共に戦いたい、助けにいきたい。だが、今のラウラにはそんな手段は与えられていない。ただのラウラである今、ラウラに戦う力はないのだ。ラウラはあまりの情けなさに目に涙すら浮かべていた。

 

「………助けたい? まだほんの数週間程度の付き合いでしょう?」

「関係ないっ! 私は、姉様たちを見捨てることなんてできない! 姉様は私を救ってくれた! みんなは情けない私を受け入れてくれた! 私はそんな仲間たちを見捨てるような、そんな恥知らずになるつもりはない!」

「そんなにお姉ちゃんが大事?」

「私は、姉様のうしろをついていきたいわけじゃない………姉様の隣で、共に戦いたい」

 

 まっすぐに束を見つめるラウラ。束はじっとラウラの目を見つめ、まったく揺らぎのないその瞳に満足そうに頷いた。

 

「わかったよ、ラウちん。ならば、君にこれを渡そう」

 

 そして束はラウラにまるでルービックキューブのような形状をした黒と白のモノトーンの物体を手渡した。ラウラはそれを受け取り、まじまじと観察する。

 

「これは……ISですか?」

「そう、………先行試作型第五世代機の、ね」

「だ、第五世代機!?」

 

 まだ第四世代機すら満足に作れられていないにも関わらずに、それをすっ飛ばして第五世代機をぽんと差し出す束にもう驚きすぎたラウラが、それでも大声をあげてしまう。世界の先端、それすらも遥か彼方に置き去りにして突き進んでいる束に畏怖の念しか持てない。

 

「とはいえ、モデルケースとして作った欠陥機だけどね。操縦者のことなんかなにも考えずに、ただただ技術を結集させただけの機体。断言してもいいけど、誰が乗ってもこの性能の半分も発揮できない。それに第五世代機としてるけど、方向性はこれまでと違って戦闘向けじゃないから、まったくの別物とすら言える特別な機体だけど。区別すれば第五に相当するからそう呼んでるだけ」

「それは、どういう………」

「詳しいことはまたあとで、ね。時間がないから簡単に言うよ。あなたはこれでアイちゃんたちと合流して、対多数戦用の装備を渡してほしい」

「武器を運べ、と?」

「そうすれば即席だけどティアーズの強化ができる。アイちゃんとセッシーがいれば、それでなんとかなる。もちろん、ラウちんにはそのために敵に飛び込んで攪乱っていう危険行為が必須だけど」

 

 そう言って束が端末をラウラに投げ渡す。ISへプログラムをインストールするための機器だ。これがあれば、これを届ければ救えるというのなら、ラウラに迷いなどなかった。

 

「で、やる?」

「……もちろんです。やらせてください!」

「いい返事。場所を変えるよ。ちーちゃんたちに見つかったら面倒だし、すぐにフィッティングを終わらせる。もうちーちゃんが戻ると思うから、うまく抜け出してここの裏手まで来て。それまでに準備しておくから」

「はい!」

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ぐううっ!」

 

 機体にビームがかすめ、体勢を崩しながらも一機のビーム砲を狙撃して破壊する。しかし、それでも今度はミサイルを撃ってくる。こちらの十倍の数で単純な火力制圧を仕掛けてくる無人機に勝てる可能性はほとんどないと即座に判断したセシリアは引き撃ちをしながら戦闘区域から離脱を図っていた。

 セシリアの近くでは同じ射撃型の簪とシャルロットが銃器を連射しながら牽制をし、アイズ・鈴・一夏の近接型の三人は退避進路上の敵機と戦いながら後退中だ。

 しかし、状況は最悪に近い。圧倒的な物量で大出力兵装を放ってくる敵機に対し、こちらは半数が近接型。あの数の群れを相手に接近戦を仕掛けるわけにもいかず、ルート上の邪魔な機体の排除行動しかとれない。そして射撃型三機の弾幕だけでは敵の侵攻速度をわずかに緩めることしかできない。

 

 なによりまずいのは、撤退ルートが確定しないことだ。明らかにこちらを狙っている無人機に追われている以上、戦闘手段を持たない学生が多くいる旅館に戻ることはできない。退避させようにも、ここ一帯に広範囲でのジャミングがかけられているために連絡がとれない。セシリアとアイズの機体にはジャミングを無視できる量子通信が実装されているが、対策本部に量子通信機がない以上、それも無駄になる。

 救いは、同じ場所に束とイーリスがいることだ。既に二人にはこちらの状況を伝えている。しかし、表に出られない束と、身分を明かせないイーリスではできることは少ない。つい先ほど束からは「なんとかする」と言われたが、おそらく生徒たちを逃がすのは無理だ。

 この無人機たちの狙いがこちらである以上、いつIS学園の生徒たちを攻撃目標にするかもわからない。遠くへ離脱しようとすると、一部の無人機はあからさまに旅館の方向へ向かう素振りを見せている。撤退するだけなら高機動パッケージを持つために比較的迅速にできた。しかしそれに気付いた面々は、逃げたくても逃げられない、ギリギリのところでの交戦を強いられていた。完全にIS学園の生徒たちを人質に取られたようなものだ。もし生徒たちが避難するような動きを見せれば、どんな行動を起こすかわからない。これほどの数を相手に防衛戦など不可能だ。リスクが高すぎてそんな真似はできなかった。

 

「セシィ! もう限界だよ!?」

「そうですね、このままでは……っ? ショートメール?」

 

 セシリアの機体に束からメールが入る。そこには短い文があるだけだが、それを見たセシリアが自分たちが取るべき行動を決定する。

 直撃すれば落とされるほどの威力のビームに全員のストレスも溜まっている。ストレスは疲労を早め、疲労はミスを誘発する。このままでは嬲り殺しにされるのは目に見えている。

 これ以上は逃げられない、戦えない。降参もする意味をなさない相手。ならば残された選択肢はひとつ。

 

「シャルロットさん、スモークチャフの準備を!」

「っ、わかった!」

「アイズ、地形把握は!?」

「終わってる! あと三百メートル南へ!」

 

 アイズの言うとおり南へ進路を向け、最後の力を振り絞るように必死に交戦する。やがて、小島が転々と浮かぶ海域へと入る。それを確認したセシリアが合図を送る。

 

「ジャミングビット・パージ! ………シャルロットさん!」

「撃つよ!」

 

 セシリアが電子妨害機能を持つビットを射出。同時にシャルロットがかつて対ティアーズ戦で使用したスモークチャフを全弾撃ち出し、これによる目くらましと一時的な電子阻害を引き起こす。

 同時に全機が一箇所に固まり、射撃兵器を一斉発射。レーザーが、ミサイルが、衝撃砲が、マシンガンが、一時的に強烈な弾幕となって煙幕の向こうへと放たれる。狙う必要はない。あの数ならどれかには当たる。

 もちろん、無人機も応戦する。手前にいた何機かが破壊されるが、それを補って余りあるほどの物量に物を言わせた火力を撃ち込む。密集した場所へ次々に撃ち込まれるビームは、しかしどの機体にも当てられずに海を焼いて消えていった。

 

 周囲を飛んでいたビット二機が破壊され、同時に煙幕が晴れる。しかし、向けられた銃口からビームが放たれることはなかった。

 

 なぜなら、既にその場には誰一人として、その姿が消えていたからであった。しかし、この一帯の空域に動体反応はない。おそらくこの島のどれかに身を隠したのだと判断する。

 無人機は動かずにその場で静止していたが、やがてこの海域にある島々を探すように動き始めた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 人気のない小さな無人島郡。そのひとつの島の付近の海から六つの人影が姿を現した。

 

「はぁ、はぁ……みなさん、無事ですか?」

「なんとか、ね………アイズ、生きてるわね?」

「げほげほっ! うう、海水飲んじゃった……」

 

 戦闘区域からわずかに離れた小島の目立たない岸部で六人が海から這い上がってきた。ISは解除されており、全員がインナースーツ姿だ。全員が疲労の色を強く見せる中、アイズは鈴と簪に支えられながらぐったりとしている。海の中を泳いできたことが相当きつかったようだ。

 

「それにしても、よく逃げられたな」

「一夏さん、逃げられてませんよ。隠れただけです。いつ見つかるかもわかりませんが、どうやら私たちを探すみたいですし、少しは時間が得られるでしょう」

 

 ここでIS学園の宿泊施設へ向かわれたらまずかった。その場合は敗北覚悟で戦うことになっていただけに、イチかバチか、隠れて時間を稼ぐ策が当たって安堵する。今のセシリアたちに必要なのは時間だ。時間が経てば増援も見込めるし、あの大量の無人機も長時間展開させないだろう。

 それに流石に疲労がピークだし、機体も損傷が激しい。実弾の装備はほとんど弾切れを起こしており、エネルギーもかなり減っている。

 上空からは見えない木の生い茂った場所を見つけ、ようやくそこでほっと安堵の息を吐く。

 

「しばらくはここで機体のリカバリーを優先してください。交代でハイパーセンサーによる索敵は行いますが、一度休息を取りましょう」

「賛成。もうクタクタだわ……ああ、全員あたしが順番に集気法で回復早めるから。微々たるものだけどやらないよりマシでしょ」

「まずは………アイズからだね。海中通って逃げたとき、溺れてたし。警戒と索敵は僕からやるよ」

「私も。私とシャルロットさんはみんなより損傷は低いから」

「それではまずは二人にお願いします。交代は十分後に、私と一夏さんで」

「わかった」

「鈴さんも無理をせず休んでください」

「あいよ~」

 

 ハイパーセンサーのみを限定的に起動させて周辺の索敵を行う簪とシャルロット。機体そのものは展開せずにリカバリーモードで回復を図る。アイズはまだ気分が悪いのか、簪に膝枕をされながらぐったりしながら横たわっている。鈴がそんなアイズの疲労を集気法で回復をわずかでも促進させる。

 そしてセシリアも木を背もたれにしながら目を閉じ、静かに寝息を立てていた。

 

「この状況で寝れるのか」

「必要なことよ。睡眠は最大の回復手段。セシリアもそれがわかってるのよ。それに、一番神経をすり減らしてたのはセシリアよ」

 

 隊長格としての働きをしていたのはセシリアだ。自分も戦いつつ、メンバー全員のフォローを行う。高い集中力と広い視野が要求される役目を長時間、不測の事態への対処も含めて行っていた。傍目にはまったくそんな疲労など見せないセシリアであるが、そうした姿も資質のひとつである。隊長格が落ち着けば、部隊も自然と落ち着く。それがわかっているのだろう。

 だから皆も、いまだ冷静に対応ができている。もしもセシリアが混乱でもしていれば、こうはいかない。

 

「一夏、あんたも休んでなさい。十分でも、けっこう回復はできるはずよ」

「ああ、そうさせてもらうよ」

 

 そうして一夏も身体を休める。いつまた戦いになるかもわからない状況下なので、セシリアのように寝ることはできずとも、ゆっくりと呼吸をして緊張をほぐしていく。

 

 こうして隠れたままで好転すればいいのだが、おそらくそうはならないだろう。あの混戦の中で見失ったが、『銀の福音』のこともある。まだ暴走しているのか、無人機にやられたか、あのまま逃げたか。

 無人機の襲来で余裕などなくなったが、できることなら『銀の福音』も解決させたい。あれを放置することもまずい。しかし、今はこの状況の打破が先決だった。

 

 しかし、セシリアとアイズにはもう焦りはなかった。

 

 少し前、束から二人にメッセージが届けられていたからだ。それがあったからこそ、セシリアは一時的に隠れて時間稼ぎをする決心をした。

 やはり避難させることは無理であったが、その代わりに束が確約したことはひとつ。量子通信を使ったショートメールにあった言葉は、こんなものであった。

 

 

『三十分後、黒ウサギ便で制圧装備をデリバリー』 

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「緊急フィッティング完了、どうだい?」

「はい、これならなんとか動かせます」

 

 ラウラは内心で舌を巻きながら言った。試作型のフィッティングをわずか二分で終わらせた束もそうだが、ラウラに渡されたこの先行試作型第五世代機はそのスペックが驚異の一言に尽きた。

 パッケージを装備せずに、ティアーズの高機動パッケージに追随可能。機体性能はもはや世界最高とすら言えるオーパーツ級の機体。もちろん、そんな規格外の機体をラウラが乗りこなすことは不可能だ。もともと、操縦者のことなど考えずに作ったという実験機。性能はいいとこ三割も発揮できれば御の字と言われた。

 なにより、この機体が持つという単一仕様能力、そのデタラメさに度肝を抜かれた。

 

「あと戦闘することなんて想定してなかったから専用武装はまったくないから。打鉄のブレードくらいなら持っていけるけど」

「十分です」

「くれぐれも鹵獲なんてされないでね。これ、奪われたらまずすぎるから」

「わかっています」

 

 当然だろう、こんな機体を奪われれば、この性能を持つ機体が今度は敵となって襲い来る。それは悪夢以外のなにものでもない。

 全体的にティアーズのようにシャープな形状の装甲はやや淡い黒を基調とし、まるで血脈のように機体の各部に青白いラインが引かれており、四肢をはじめとした各部にはバーニアによく似た形状をした紫色の一見すればスピーカーのような用途不明の装備が取り付けられている。

 背部にあるユニットには二対四枚のウィングがあり、その翼から青い白いバーニア炎を大きく噴かす様は、まるで蝶の羽ようにも見える。

 

「この機体の名前は?」

「Over The Cloud………『雲の向こうへ』だよ」

「雲の向こう………ふさわしい名前です」

 

 そう、この機体は射撃特化でも近接特化でもない。この機体が特化しているものは、『飛ぶ』ことであった。

 この空を駆ける、ただそれを追求した機体。ラウラは眼前を見つめ、青い空と海が交わる水平線を睨む。

 

「私は姉様たちを助けたい……! だから、私に力を貸してくれ」

 

 ラウラがそう語りかけると、機体がまるで返事を返すように出力を上げ、機体そのものが早く飛びたいというように振動する。ラウラは微笑み、新たな愛機となった機体を発進させる。

 

 

 

「オーバー・ザ・クラウド、出撃する!」

 

 




ラウラさんが新しい機体を手に入れました。そして束さんのオーバースペック機が介入開始。次回はラウラが主人公となりそうです。
思ったより話が進まなくて束さん自身の戦闘も次回になりそう(汗)

次回こそ束さん無双を……いや、今も十分無双してるようなものだけど。

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