双星の雫   作:千両花火

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Act.27 「悪意の再来」

「では先に行きます。用意はいいですか、一夏さん」

「いつでもいいぜ、頼む」

 

 セシリアの『ブルーティアーズtype-Ⅲ・ストライクガンナー』が背部バーニアを覆う装甲に白式を乗せてゆっくりと上昇する。一夏の白式を自機と同期させ、質量差による機動の差異を修正する。高機動モードでの飛行の前にもう一度全プログラムをチェックし、オールグリーンを確認する。

 

「無茶しないでね、セシィ」

「アイズに言われると、ちょっと複雑ですね」

「む。なんかそれじゃ、ボクがいっつも無茶してるみたいだけど」

「「「「自覚しろ」」」」

 

 セシリアだけじゃなく、全員から総ツッコミをもらいアイズが少々いじけたように頬を膨らませる。そんなリスみたいな表情に全員が和む。特に簪などはそんなアイズを見て頬まで赤くしている。

 

「まぁ、なんだかんだいって俺が一番不安要素なんだけどな」

 

 一夏がそんな弱気とも取れる発言をするが、それは冷静に自身の力量と経験を知った上での発言だった。一夏は確かに実力を伸ばしているし、そのセンスはセシリアをはじめ、全員が認めている。ただ、それでもまだこの中では総合的な実力では最弱だ。ISに触れて間もない一夏が、何年も努力してきた彼女たちに勝てるほどの小さな差ではなかった。

 それにセシリアの援護があるとはいえ、今回のような高速戦闘ははじめてなのだ。不安を感じていないほうが蛮勇といえた。

 

「織斑一夏」

 

 そんな一夏へ声をかけたのはラウラであった。

 あの一件以来、ラウラの一夏への態度はかなり軟化している。八つ当たり同然に悪意を持って接したことを謝罪し、そしてそんな盲目的だった自身を受け止め、真摯にぶつかってくれた一夏には感謝の念もある。しかし、ラウラとしてはどこか後ろめたさが残ったし、一夏もまだラウラとの距離がうまくつかみきれていなかった。

 そんなラウラが、一夏をじっと見つめ、頭を下げた。

 

「今の私は、戦えない。どうか、姉様や皆を頼む」

 

 そのラウラの姿に、一夏だけでなく全員が驚いた。刺々しさがなくなったとはいえ、ラウラは軍人であったときの強いプライドは今も持っていることは全員が知っている。そんなラウラがこんなときに戦えないことを悔しく思わないはずがない。しかし、それを口に出すことなく、誰かにそう頼んだのだ。

 

 それが、一夏の戦意を滾らせた。ラウラとじっと目を合わせ、彼女のそんな気持ちを汲み取った一夏は力強く頷いてみせた。

 

「……任せろ!」

 

 交わした言葉は少なくとも、ラウラもそんな一夏に満足そうに笑みを返した。

 そして機体を十分な高さまで上昇させたセシリアが、下で待機する面々を見て、最後に全員で頷き返す。

 

「ミッションスタート。………ストライクガンナー、ブースト!」

 

 青白い推進光を残し、セシリアと一夏が猛スピードで海上を突き進む。瞬く間に視界から消えた二機を見送り、今度はアイズと鈴がISを起動させる。

 アイズも高機動パッケージ『ストライクリッパー』を装備しており、大きなスカート部装甲の内側に大型ブースターを装備。さらに各部に備えている旋回用のブースターもすべて直線加速のための調整をする。その背部装甲に伏せるように鈴の甲龍が乗った。

 

「いくよ鈴ちゃん。じゃあ、ボクたちも先に行くね」

「姉様、どうかご無事で」

「私もすぐに行くから。大丈夫、アイズは私が守る」

「あんたら、少しはあたしの心配もしろ」

 

 アイズにぞっこんの二人の意見に鈴がツッコミを入れる。シャルロットがそんな鈴を見てくすくすと笑っていた。

 

「さて、あたしたちも行くわよ!」

「高機動モード起動。……ストライクリッパー、ブーストオン!」

 

 アイズと鈴が先のブルーティアーズtype-Ⅲと同じように青い光を散らして飛翔する。直線加速はやや劣るが、それでも超音速の速度で進むアイズたちは音を置き去りにしながら瞬く間にセシリアたちを追いかけていく。

 残されたシャルロットと簪もそれぞれISを起動させる。この二人はティアーズのような高機動パッケージはないが、機体に使い捨てのブースターを増設している。さすがに超音速は無理だが、短時間なら亜音速機動が可能だ。

 

「行ってくるね、ラウラ」

「うむ。姉様を頼むぞ、簪」

 

 アイズを慕う者同士、最近この二人も仲がいい。とはいえ、はじめはあのラウラのアイズへのキス事件のせいで簪が相当お冠だった。話を聞いた簪が「この泥棒兎が!」と怒ってラウラとキャットファイトを繰り広げたのは記憶に新しい。その際、アイズの「ボクのために争わないで(要約)」によって喧嘩は仲裁されることになったが、その後は三時間にも及ぶ話し合いがなされ、それが終わるころには仲良くなっていた。いったい三人でどんな話をしたのかは不明だが、今では簪とラウラは普通に遊びにいくほど仲が良くなっていた。

 そんなラウラの変化がいい影響を与え、クラスで浮いていたラウラも今では徐々に受け入れられるようになっていた。

 

「ラウラってけっこう可愛いよね」

「む。いきなりなんだシャルロット」

「いや、なんだか見てて癒されるよ。最近のラウラは」

 

 特にアイズと一緒にいるときのラウラは本当に可愛らしい。人を慕うということに幸せを感じている、ということがすぐにわかるほどラウラは自覚せずとも無邪気な愛を抱いている。それがシャルロットにはよくわかる。まだ、母が健在であったとき、ラウラのように自分も母にそうやって甘えていたのだから。

 いつか、イリーナにもそうなれるだろうか。あの性格だ、もしそうなったらイリーナがどんな反応をするかちょっと楽しみだ。

 シャルロットはどんどん変わっていく自身の周囲の人間関係をどこか楽しく思いながら飛翔していく簪のあとを追った。最後の二機もどんどん離れていき、やがてラウラの視界から消える。

 

 全員の出撃を見送ったラウラに千冬が近づいてくる。千冬は教師陣の統制もしているために、今も端末を手放さずに握りしめている。

 

「あいつらは行ったか、ラウラ」

「はい」

「おまえも、一緒に行きたかった、か?」

「………はい」

 

 ラウラの声は少し固い。本当なら自分も共に戦いたかった。しかし、今のラウラに専用機はなく、量産機では如何にラウラとて足でまといにしかならない。ラウラの最善は、こうしてここで皆の無事を願い待つだけであった。

 

「教か………いえ、織斑先生。私になにか手伝わせてください。私は、戦う以外のことをまだ知りません。戦うべきときに戦えない。こんなとき、なにをするべきでしょうか?」

「やることはたくさんあるさ。おまえも本部へ来い。おまえにはあいつらのバックアップをやってもらう」

「はい」

 

 形は変わっても、皆と共に戦うために。ラウラは千冬のあとを小走りで追っていった。

 

 

 

 

 *** 

 

 

 

 

 少し前、セシリアによって提案された作戦はいうなれば時間差同時攻撃を仕掛けるというものであった。

 

「今回の作戦ではこのメンバーを三つに分けます。まず第一陣として、私と一夏さん。第二陣にアイズと鈴さん。そして最後に簪さんとシャルロットさん」

 

 セシリアが提案するという作戦の説明はそんな言葉から始まった。

 

「分ける、ということは同時に攻めないの?」

「はい、つまり作戦を段階的に分けるということです。最終的には全員で包囲して撃破します」

「でも、そう簡単に包囲なんて……できるの?」

 

 銀の福音の機動性はこのスペックデータを信じるなら、追随できるのは高機動パッケージを装備したティアーズくらいだ。他の専用機でも一度接敵して仕留め損なえば逃げられてしまう。

 

「はい。そのための三段構えです。まず私が接近しながら可能な限り狙撃を狙います。ただし、直撃ではなく、進路コースを変更させ、相手の機動を制限します」

「ふむ………なるほど、速度を削るか」

 

 千冬の言葉にセシリアが頷く。相手が速いなら遅くすればいい。作戦の要はそこだった。

 

「その後、一夏さんは零落白夜で銀の福音を強襲。ただし、これも当たらなくても問題ありません。ただし、当てるつもりで全力で攻撃してください。ここで落とせるなら落としておきたいですしね」

 

 必要なのは相手に零落白夜のプレッシャーを与えること。たとえ効果を知らなくとも、零落白夜の発動は多大なプレッシャーを相手に与える。たとえ操縦者の意識がなく暴走していても、それは間違いなく警戒をする。そうなれば自ずと足が止まる。

 

「だけど、そうすぐに動きを止めないでしょ?」

「ええ。おそらくブレーキをかけ、緩急で躱すでしょう。直線の加速が乗った状態での回避は、それが一番確実ですから」

 

 それでなくとも急旋回できるほどに速度を落とせば、それはそれで構わない。速度を落とせば、第一の目的は達成となる。そしてそこで二の手だ。

 

「そこでアイズと鈴さんで追撃をかけます。タイミングは、敵機が回避して再び加速しようとする直前がいいですね」

「なるほど、出鼻を挫くってわけね」

 

 この二人の強襲で銀の福音を完全に捉える。アイズも鈴も近接格闘を得意としている。相手の離脱を阻害し、常に間合いを詰めて攻勢に出る技術は最も高い二人だ。ここで簪やシャルロットの機体でも追随できるほどまで速度を殺す。そして三の手。

 

「そして最後に簪さんとシャルロットさんが弾幕を張りつつ包囲します。その頃には、一夏さんも後方への離脱コースを潰しつつ包囲網を構築します」

 

 そして簪とシャルロットが銀の福音の逃げ場を完全に無くす。二人は中距離射撃型だ。弾幕を張り、面制圧をかけるには最適だった。

 ここまでクリアできればあとは簡単だ。足の止まった高機動型など、なんの脅威でもない。広域殲滅兵器が残る障害だが、セシリアはそれすら使わせる前に倒す気でいる。

 

「もし、銀の福音が回避ではなくこちらとの交戦を選んでも同様です。それぞれが時間稼ぎをしつつ包囲し、撃破します。……これでいかがですか?」

「ふむ………いいだろう。パッケージの準備にどれくらいかかる?」

「幸いにもテスト直後でしたので、すぐにでも可能です」

「では今から10分後に作戦を開始する。最終確認と機体調整を済ませておけ」

 

 全員の「了解」という返事を機に、すぐさま慌ただしく動き出す。時間はあまりない。すぐさま作戦行動に移らなければ『銀の福音』に逃げられる恐れもある。

 各々が機体状況のチェックと調整をしながら、セシリアを中心として作戦の細かい手順を再確認していく。

 

 即席ではあるが、確かに勝率が高いと思わせる作戦。しかしそれに加え、細かい作戦指示と考えられるトラブルとその対処法、各段階での作戦目的と優先行動と禁止行動、それらを時間の許す限り詳細まで詰めていく。

 そしてメンバーの鼓舞も忘れない。まさに部隊を率いる隊長としての姿に、アイズ以外はセシリアという人間の底知れなさを感じていた。

 セシリアが率いる限り、負けはない。そう思わせる信頼を得ているセシリアだが、そんな本人がおそらく一番この作戦に懸念を抱いていた。

 

 なにも邪魔がなければ、おそらくこれで『銀の福音』は止められる。しかし―――。

 

 なにもない。それがおそらくはありえない。そんな確信にも似た直感がセシリアの不安を誘っていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 セシリアのブルーティアーズtype-Ⅲのハイパーセンサーは狙撃のために通常のものよりも遥かによく見える『目』を持っている。一夏にはまだ捕捉できていないが、セシリアはしっかりとその影を捉えていた。

 

「ターゲットインサイト……狙撃を開始します」

「この状況下で狙えるのか?」

「私に狙い撃てないものなんて、それこそ星や月くらいですよ」

 

 そんな自信の言葉とともにセシリアが超音速機動を維持しながらライフルを構える。狙撃用のバイザー越しに同じ超音速で移動する目標『銀の福音』に狙いを定める。流石にこんな高速戦闘での狙撃は難しい。サイティングに二秒強もの時間をかけてしまう。

 しかし、捉えた。それと同時に引き金を引く。

 

「Trigger」

 

 放たれたレーザーが高速移動を続ける『銀の福音』の目先を通過する。これに反応した『銀の福音』がわずかに速度を落とし、こちらを捕捉する。しかし、反撃には転じない。射撃型といえど、未だセシリアと一夏は射程に入っていないほどの長距離にいた。完全に射程外。

 そんな距離から正確に狙うセシリアの技量が如何に凄まじいかわかるというものだ。『銀の福音』は再び速度を上げようと姿勢制御をする。

 

「させるとでも?」

 

 セシリアがさらにレーザーを発射する。この速度ではさすがにビットまでは使えない。しかし、このレーザーライフル『スターライトMkⅣ』さえあれば十分だった。

 二射目、三射目が離脱しようとした『銀の福音』を牽制、悉く目の前に現れるレーザーに否応にも速度が落ちる。

 

「逃しませんよ」

 

 執拗にレーザーの狙撃で進路妨害を仕掛けるセシリアに苛立ったかのように『銀の福音』が方向転換をする。それを見たセシリアが口元を釣り上げる。それはまさにセシリアの狙い通りのものだった。

 そして、いつの間にか一夏がブルーティアーズから離れている。敵機に捕捉される前にすでに別行動をとっていた。

 その一夏が、上空から『銀の福音』に向けて零落白夜を発動させ突っ込んでいく。そのプレッシャーに気づいたか、『銀の福音』が慌てたように回避行動に移る。もちろん、ただではやらせない。セシリアとしてはできることならばここで落としたいと思っていた。

 しかし、さすがにそう簡単には行かない。『銀の福音』はいくつもの銃口を一夏へと向け、高密度に圧縮されたエネルギー弾をバラまく。本来ならこの射撃と同時に加速をする特殊武装『銀の鐘』を使うのだろうが、足止めが目的のセシリアがその加速をさせない。加速しようとした瞬間にレーザーでその足を止める。よって、ただ一夏に向けて弾幕を張るだけにとどまった。一夏は零落白夜を盾にしてその弾幕を防ぐ。言われているように無理な突撃はしない。

 一夏の一撃必殺の零落白夜を回避した『銀の福音』はセシリアと一夏の間を縫うようにその場から離脱しようとする。

 

 それが、罠とも知らずに。

 

 

「いらっしゃいませ、ってね!」

「一名様ご案内っ!」

 

『………っ!?』

 

 

 離脱しようとした矢先に、目の前にさらなる増援が現れる。

 鈴とアイズ、二人とも大型近接武器を振り回しながら『銀の福音』を待ち受けていた。二人は即座に接近戦を仕掛ける。突然目の前に現れた近接型二機にさすがの『銀の福音』も動きを鈍らせる。あのまま強引に離脱しようとしていたら鈴の発勁で内部にダメージを負った上でアイズによって微塵切りにされていただろう。

 目の前に迫る二機を大きく距離をとるように迂回しようとする『銀の福音』だが、そうやすやすと離脱などさせるわけがない。

 鈴の衝撃砲が唸り、アイズが武器を持ったまま腕部突撃機構を起動させる。剣を持った腕が射出され、つないだワイヤーを利用して振り回す。即席の中距離武装として使える、と思いながらまるで鎖鎌を扱うように『銀の福音』を追い詰めていく。

 

「ちっ、でも相手も早いわね!」

「時間が稼げればいい! 鈴ちゃん、挟撃するよ!」

「任されたわ!」

 

 息の合った二人のコンビネーションが続く。細かく動いて二人の攻撃を回避していくが、そこへ後方から一度は振り切った一夏が合流してくる。近接型三人に囲まれた『銀の福音』は多少のダメージ覚悟で高機動で強引に突破しようとする。

 

 しかし、それすらも狙い通り。

 

「お待たせ!」

「……逃がさない!」

 

 そして二度目の増援。シャルロットと簪が遅れて合流する。二人は増設されたブースターをパージするとサブマシンガンや荷電粒子砲を連射、敵機の正面に弾丸の雨を降らせる。一転して広範囲の攻撃を仕掛けられたことで『銀の福音』の足が完全に止まる。正面からは弾幕、背後からは三機の近接型。もはや交戦するしかない、として『銀の福音』が攻撃へと転じようとする。

 

 その瞬間こそが、この作戦の最大の好機であった。

 

 この包囲網に参加していなかったセシリアが、遠方から狙撃を狙っていた。包囲し、足を止めたその瞬間に狙撃する。それがこの作戦の最後の一手。足が止まれば、セシリアにとってそれはどんなに小さくてもただの的だ。

 ファーストコンタクト以来、ずっと狙撃の機を伺っていたセシリア。すでにチャージも完了し、今なら最高出力での一撃を与えられる。バチバチと青白い放電をする銃身を掲げるセシリアの目は、既に『銀の福音』を完全に捕捉していた。

 

「狙いはもうついています」

 

 攻撃姿勢へとシフトしようとするその一瞬。高機動を削がれ、包囲された『銀の福音』を落とす絶好のチャンス。

 スナイパーとして、この機を逃すようなセシリアではない。

 

 まるで、それ自体に意思が宿っているように狙いがついた瞬間にセシリアの指が動いた。

 

「Trigger―――」

 

 迅雷の極光が、走った。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 作戦通り。包囲し、敵機が応戦しようとした瞬間を狙いセシリアの狙撃で仕留める。これで『銀の福音』は落とせる。

 その場にいる全員がそう思った。思っていた。

 

 しかし―――――。

 

「え?」

 

 その声を上げたのは誰だったか、しかし、まるで信じられないような事態に、全員が目を見開いた。隙だらけとなった『銀の福音』に向かって放たれた大出力のレーザーが、『銀の福音』のおよそ三メートルほどの真横をを通り抜けた。

 そのレーザーはそのまま青い白い光の矢となって彼方へと過ぎ去ってしまう。

 

 

 ―――――セシリアが外した!?

 

 

 セシリアの代名詞ともいえるビットと狙撃。この二つにおいて他の追随を許さない技量を持つ彼女が、動きの止まった敵機を捉え損ねた。

 それは全員に、敵機の前であるにも関わらずに致命的な隙を作らせてしまう。そして、目の前の『銀の福音』から放たれるエネルギー弾に我に返った面々がすぐさま回避行動に移る。

 

「セシィ? どうしたのセシィ!?」

 

 アイズ迫る光弾を切り払いながら通信をつなげようとするが、それはなぜかエラーとなる。舌打ちしつつ、通常回線ではなく、量子通信を使った特殊回線に変更する。しかし、それでもセシリアは応えない。

 いったいなにが起きたのか、と焦りが生まれそうになったとき、それは起きた。

 

 遠方で突如として爆発。それはなにかが破壊されたように爆煙と残骸を撒き散らし、青い空に不釣り合いな黒煙を生み出していた。

 

 まさかセシリアになにかあったのか、と思うが、すぐにそれはないとわかる。なぜなら、その爆発は先ほどのはずれたレーザーが過ぎ去っていった方向から起きたものだからだ。

 ならば、あれはセシリアがなにかを狙撃したのか、ならばそれはいったいなんだ、という疑問が次々に沸き起こる。

 

 そうしていると高機動パッケージでの全速力でセシリアが合流してくる。その顔には焦りが浮かんでおり、未だ『銀の福音』交戦を続ける全員にノイズの混じった回線でそれを伝えてきた。

 

 

 

 

『……に、……脱を………!』

 

 

 

 

 しかしそれはノイズによって聞き取れるものではなかった。伝わるのは、セシリアの焦った声だけだ。

 そんな中、唯一量子通信を開いていたアイズだけが、セシリアの言葉を聞いた。

 

 

 

 

『全員、すぐに離脱を! 無人機の大群が来ます!』

 

 

 

 

 そしていくつもの光の束がその戦闘区域を貫いていく。直撃すればただではすまない、というような威力をもったそれは、アイズや鈴、一夏に既視感を与えていた。

 

「このビームは、あのときの………!?」

 

 かつてクラス代表戦の際に乱入してきた無人機が放ったビームそのものであった。それが数十という数となって、再びアイズたちに襲いかかってきた。

 

「っ!? みんな、回避して!」

「ちぃっ……!」

 

 口汚く舌打ちしながら、セシリアがさらにもう一射を放ち、遠距離にいた二機目の無人機をスクラップに変える。しかし、それでも次々と放たれるビームはわずかも衰えない。いったい何機の無人機がいるのか、それを正確に確認することすら難しいほどのビームの雨に、『銀の福音』どころではなくなったメンバーの連携が崩される。

 アイズはその襲い来るビームの隙間から、近づいてくる無数の黒い影を捉える。目算だけでも軽く数十機はいる。 

 

 なぜあの無人機がここにいるのか、いったい何機いるのか、なぜこちらを狙うのか。

 

 そんな疑問は、意味をなさない。今は、ただこの場を切り抜けるしかない。セシリアやアイズの予測を遥かに上回るほどの脅威が形となって襲いかかってきたのだ。

 

 

「まさか、ここまでの物量を揃えられるなんて………!」

「セシィ、どうするの!?」

「全員で離脱を! 分断されれば即各個撃破されます! アイズ、先導してください! 私が殿をつとめます!」

 

 セシリアの怒声のような声が、否応にも危機感を増大させていく。数の利を得ていたはずが、圧倒的な数の暴力にさらされてしまう。

 

 海上での戦いは、泥沼の混戦へと向かっていった――――。




こっからずっとクライマックス。
主人公陣営が質のチートなら敵陣営は数の暴力。とはいえ、無人機自体がヤバイ装備もっているのでさすがのアイズたちも不利すぎる状況に。

敵勢力の規模や詳細はまた次回に。そして次回はとうとう最強のチート、束さんが介入します。

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