双星の雫   作:千両花火

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Act.26 「仕組まれた戦場へ」

 喜びの再会と、一通りの武装を渡し終えた束はほっと一息ついて、笑顔でアイズとセシリアを見送った。もっとゆっくり話したかったが、自分がここにいることがバレると面倒なことになるので、これ以上二人を拘束するわけにもいかなかった。篠ノ之束という存在の意味をわかっている束は自分がこの場にいるということを知られたらイリーナをはじめとした面々に多大な迷惑がかかることをわかっている。ここに来ることを許可してくれただけでも温情だったのだ。

 名残惜しいが、まだ臨海学校は始まったばかりだ。これから三日、アイズ達の様子を見るつもりの束は気を取り直して温泉へと向かう。イーリスは付近に危険がないか哨戒へ行った。相変わらず真面目なイーリスに苦笑する。

 今の束は変装として髪を赤く染め、メイクで少しごまかしている。髪型も後ろで纏めており、一見すればトサカみたいな頭だ。一週間は落ない特殊染料を使っているので洗っても色が落ちることはない。アイズみたいに気配で判断するような人には無意味だろうが、見た目で束と判断するのは普段の彼女をよく知る者しか無理だろう。

 

「そういえば日本に戻るのも久しぶりだっけ………最後はいつだったっけ、……あ、そっか、私が逃げたときか」

 

 過去、監視の目を掻い潜り、日本から逃げた時以来の帰郷だ。あのときから束の逃避行は始まり、それは今でも続いている。イリーナに匿ってもらわなければ、今頃どこでなにをしていただろうか。ふらふらとアテもない逃走を続け、出会ったのがイリーナだった。出会った当初はまだ彼女のことも信用しておらず、すぐに袂を分かつつもりだったが、アイズ・ファミリアという存在がその関係を繋ぎ留めた。

 今にして思えば、アイズとの出会いは束の運命だった。アイズに出会わなければ、束はきっと諦めたままで終わっていた。

 

 束はしんみりしてきた感情を無理やり変えるようにケラケラと空笑いをする。

 

「あー、やめやめ、センチなのは束さんに似合わないよ。うん」

 

 気を取り直して女湯の暖簾をくぐり、脱衣所でせっせと服を脱ぐ。鈴が見たら怨嗟の念を抱くような曲線美が現れる。普段は引きこもっているくせにこのスタイルを維持している束はそんな自分の身体にまったく無関心のように堂々と温泉へ向かう。もう遅い時間ということもあり、人は少ない。束は軽く身体を洗い、温泉に浸かって身体を癒す。

 引きこもってはいるが、束は身だしなみには気を使っているのでやはりこうした温泉に入り、身体をきれいにすることは気持ちが良い。ここしばらくはゆっくりできていなかったので、ほっとしながら久しぶりの故郷の湯を楽しむ。

 

「ん?」

 

 束の視界にふと入ってきた人影に視線を送る。長い黒髪と、メリハリのあるモデルのような肢体。そしてなにより、そのややぶっきらぼうに見える顔を見た瞬間、束の心臓が跳ねた。

 

「ほ、箒ちゃん……!」

 

 完全に予想外だ。まさかこんなところで出くわしてしまうとは束の優秀な頭脳をもってしても予測できなかった。しかし、よくよく考えれば箒もこの旅館にいるのだ、エンカウントの確率はあってあたりまえだ。わざわざ学生の使用時間外を選んだのに、まさか箒まで来るとは思っていなかった。

 箒がこちらを振り向く。すぐに束は顔をそらした。今、箒にどんな顔をして会えばいいかわからないし、なにより箒にかける言葉を持っていなかった。

 いや、本当ならいくらでも言いたいことはある。しかし、今の束にその覚悟はなかった。

 

「……っ」

 

 箒と会うことが怖い。罵倒されることが怖い。恨み言を言われることが怖い。嫌い、と言われることが怖い。

 そんな想像が現実のものになりそうで、束は箒から逃げるように距離を取る。幸い、髪の色と髪型で雰囲気をガラッと変えているので気付かれてはいないようだ。

 

 かつて、自分がしたことが箒を追い詰め、他人と壁を作るようになってしまったことは既に知っている。そしてなにも箒に告げずに逃げ出した束は、いったい何といって謝罪すればいいのかさえわからない。

 過去、束がISを作り上げたとき、もっとうまくやっていたら、兵器にさせなかったら、こんなことにはならなかったかもしれない。ISが認められなくても、箒を喜ばせるプレゼントにはなったはずなのに、欲を出して世界に認められたいと思ったことが悪かったのか。

 今更過去を悔やんだところでなにも変えられないことはわかっていても、束はそれが悔しくてたまらない。

 

 束がISを作ろうとした最初の理由は、ただ妹に空を見せてあげたかっただけなのに。

 

 極力顔を逸らしてじっとしていると、しばらくして箒が出て行った。その後ろ姿を見ながら、束はのぼせそうな頭でほっと安堵の息を吐く。しかし、それはすぐに自己嫌悪に変わった。

 妹がいなくなって安心した自分を嫌悪した。会わずに済んだことを、よかったと思った自分を殴りたくなった。

 ここに来たのは無茶をしたアイズが心配になったこともあるが、箒の顔を見たかったという理由もある。それなのに、顔を見せることすらできない自分の臆病さが嫌になる。

 

「…………」

 

 束は左手を掲げ、手首にある赤く腫れた線を見つめる。大分薄れてきたが、それは束が過去に味わった絶望の象徴だった。この傷跡が消えるとき、それは絶望がなくなったときになるのだろうか。はたまた、また再びこの線をなぞるときが来るのだろうか。

 そんな意味のないとわかっていることを考えてしまう。

 気分が最悪になってしまった束は、力なくノロノロと湯から這い出るのだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 臨海学校の二日目。

 この日はISの演習が主である。しかし、一般生徒と違い、専用機持ちだけは別行動にて本国から送られてきた新装備のテストや、学園のアリーナでもできないほど広範囲を使った演習を行う予定となっている。

 参加者は代表候補生であるセシリア、鈴、簪に加え、特例専用機持ちであるアイズ、一夏、シャルロット。そしてつい最近まで代表候補生であったラウラが参加している。ラウラに関しては候補生資格を破棄し、専用機も返却したのだが、IS操縦者として学園でも上位に入ることからデータ解析などのバックアップを行うことになっている。

 

 セシリアは昨日渡されたデータとは別の、イギリス政府を通して送られてきた装備を確認する。セシリアのバックアップはカレイドマテリアル社が全面的に行っているため、これを作ったのもやはり束だが、昨日のあの化け物装備のようなオーバースペックはない。対外用に抑えて作ったのだろう。

 送られてきたのは高速戦闘を可能とするパッケージ『ストライクガンナー』であるが、これとまったく同じものが昨夜束から渡されたデータにもあった。どうもそちらのほうが真の高機動パッケージであるらしく、『ストライクガンナー』は政府の審査を通すために性能を20%以下にした劣化版らしい。もちろん、劣化版といえど、世界の最先端といえる技術の結晶であることには違いない。

 

 オリジナルの高機動パッケージのデータを見たセシリアの反応は言うまでもないだろう。機動力どころか、火力も何倍にもするとんでもない代物だった。まさに移動要塞と呼ぶにふさわしいパッケージに、セシリアは頭痛を抑えられなかった。これを使えば、ISの一個大隊でも相手にできそうなほどの過剰火力、いったいなにを想定して作ったのだと問い詰めたい気分にさせられた。

 

 アイズは天然が多分に入っているので、束から渡された装備を見て無邪気に「すごいすごい、さすが束さん!」と喜んでいた。セシリアはそのアイズの純粋さが少し羨ましい。

 

「どんな化け物装備かと思えば、普通ね?」

「いったいどういう印象を持たれていますの?」

「いや、ほら、アンタの装備っていろいろぶっ飛んでるじゃない」

 

 セシリアは鈴の言葉を否定できず、曖昧に笑ってごまかす。その通り、本当はブッ飛んだものを渡されています、とは言えなかった。

 とにかく劣化版高機動パッケージを装備し、飛翔して長距離加速の演習を行う。もともと直線での加速は現存するISの中でも最高峰であるブルーティアーズtype-Ⅲであるが、高機動パッケージを装備したことでさらにその速さが増している。スペック上は軽く超音速機動もできるほどだが、なぜだろう、少し物足りなく感じてしまう。

 束製のオーバースペックウェポンに慣れすぎただろうか、と少し自身の常識に危機感を覚える。

 

 適当に流していると、真横にアイズがやってくる。アイズも同様に高機動パッケージを装備して超音速での機動を実践しているようだ。形状はセシリアのものよりもシャープであり、所々に各部に備え付けられたバーニアはブルーティアーズのパッケージよりも多い。IS本機と同様に旋回性能を優先したもののようだ。ブルーティアーズには不可能な角度での旋回を可能としている。さらに特徴的なのは、折りたたまれている四つのウィングだろう。未展開でこの速度が出せるなら、これはおそらく武装の類だろう。

 

 そんな推察をしているとISを通じてアイズから通信が入る。

 

『セシィ、なんか物足りないね』

「アイズ、これでも一応、世界最高峰の技術ですよ?」

『でも束さんって常にその最高峰を軽く超えるもの作っちゃうじゃない?』

「……あの人の頭は人類の規格を超越してますから。それより、パッケージを使用した連携機動をしますよ。パターン、HSCからいきますよ」

「了解。……エンゲージ、3・2・1……イグニッション」

 

 そんな会話をしつつ、アイズとの連携演習に入る。双子機と言われるだけあり、ティアーズはどんな状況下でも可能な二機連携を考えられている。

 ブーストを維持したまままるでドッグファイトをしているかのように交互に前へ後ろへとポジションチェンジを繰り返し、上昇、降下を絡めて曲芸飛行を披露する。二機が通った軌跡が空というキャンバスに描かれていく。

 息をするかのようにあっさりと高レベルな連携を見せる二人に、遠くから眺めていた他の面々は感嘆の声を上げる。

 特にその機動演習のデータ取りをしていたラウラは驚きを隠せない。

 

「機動コースの誤差はほぼゼロ………信じられない精度だ……」

 

 しかも二人はあの高速機動中はなにも喋っていない。相手のわずかな挙動だけで自身の機動を修正し、常に理想的な連携を維持している。以心伝心を体現したかのような二人に、ラウラはいったいどれだけの鍛錬を積めばあの域に届くのかもわからずにただただ自身の姉となった人のすごさを再確認していた。ラウラもヴォ―ダン・オージェをあのときのように十全に使えればなんとか追随することはできると思うが、もちろんアイズは目を使っていないし、セシリアにそんな特殊能力はない。

 アイズも、セシリアも、互いのことをわかりきっている。そうでなければあれほど完璧な飛行はできない。ラウラはいつだったか、ふと耳にした二人の異名を思い出す。

 

 互いを輝かせる、煌く双子星…………双星の雫。

 

 その名に、偽りなど微塵もなかった。

 

 ラウラはその輝きに畏怖を覚え、そして同時にいつかあの隣に並び立つまでに強くなると決意する。あくまで自称から始まったアイズとの姉妹の関係も、アイズは喜んで受け入れてくれた。過去から今まで、そのすべてを晒し、そして受け入れてくれた姉のために、ラウラは強く願う。

 妹を名乗るには、慕う姉を守れるようになりたい。ただ守られるだけの妹になどならない。あの姉の輝きに恥じない妹でありたい。

 

 ラウラは遠く、しかし力強く光る星を見上げるように、空を駆けていく赤い軌跡を見つめていた。

 

 しかし、そんなラウラの耳に事態の急変を告げる声が届く。

 

 

「織斑先生っ! た、大変です!」

「どうしましたか、山田先生」

「こ、これを見てください……!」

 

 急いで駆けてきた真耶から端末を渡された千冬がそれを見て眉をしかめる。ラウラはその顔を見て軍人としての直感から、なにか緊急の事態が起きたことを察する。

 

「ラウラ、全員を至急戻らせろ。演習は中止だ」

「……はっ」

 

 千冬の雰囲気から、思った以上にまずい事態が起きているようだ。ラウラは思考を軍人のものへとシフトさせる。冷静に全機へと回線を繋ぎ、至急帰投するように伝達する。全員がラウラのその緊張感を与えるような声になにか不測の事態が起きたと察し、文句ひとつ言わずに了解の旨を返した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「………以上が現在の状況だ。質問があれば受け付ける」

 

 人払いがされた旅館の一室で特別演習を行っていた面々が揃い、千冬から現状説明を受けていた。一通りの説明を終えたあと千冬からのそんな言葉を受け、全員が与えられた情報を精査する。

 ハワイ沖で試験稼働を行っていたアメリカ・イスラエル共同開発の新型IS『銀の福音』が暴走。追撃に出た機体を振り切り、今も止まることなく暴走を続けている。追跡の結果、銀の福音が今からおよそ一時間後にここから10キロ先を通過するルートを取っている事が判明。他の付近の部隊も対象に追いつけない為、最も距離が近いこのIS学園側での対処要請が下る。そしてその作戦行動が取れるのはここに集まった専用機持ちとなる。

 スペックの差から打鉄やラファールなどの一般機では対処が難しい。教師陣は海域の封鎖を担当し、実際に銀の福音と対するのはここにいる専用機持ちとなる。

 暴走状態の軍用ISとの戦闘という事態に、部屋の空気も重い。しかし、実際に対峙する専用機持ちたちよりも教師たちのほうが緊張しているようだった。これまで無人機の襲来や、VTシステムの暴走など、不測の事態に遭遇してきた面々はむしろ「またか」というような呆れたような思いさえ垣間見えている。

 もちろん不抜けた心構えになどならないが、鈴などは小声で「呪われてんのかしら」などと呟いている。

 

 そんな中、やはり初めに手を挙げたのはセシリアであった。

 

「機体情報の開示はあるのですか?」

 

 緊急事態とはいえ、軍用の新型ISだ。機密情報の塊とも言えるだろう。しかし、この情報がなければ作戦など立てられない。

 

「既に機体情報はもらっている。ただし、これは決して口外するな」

「承知しております」

 

 モニターに『銀の福音』のスペックデータが表示される。全てではないだろうが、対処するための最低限のデータがあったことに一同は安堵する。広域殲滅を目的とした射撃型。攻撃と機動に特化しており、その最高速度は音速を裕に超える。格闘性能・及び防御性能は不明。しかし、おそらく回避重視の射撃型なのは間違いない。狙撃ではなく弾幕による物量射撃をするブルーティアーズというのが近いイメージかもしれない。

 

「操縦者は?」

「不明だ。回線はすべてシャットダウンしているそうだ」

「………」

 

 セシリアがなにか考える素振りを見せる。隣で座っていたアイズも、同じようになぜか眉をしかめていた。なにか思いつめていたようなセシリアが再び顔を上げる。

 

「織斑先生、これは直接関係はしないのですが……」

「どうした?」

「私たちに対処の要請をしたのは、どこからです?」

 

 その質問の意図に気付いたのは果たして何人いただろうか。千冬も少し怪訝そうにしながらもそれに答える。

 

「IS委員会からの要請を、IS学園上層部が認可した。それがどうした?」

「いえ、別に」

 

 薄く笑ってセシリアは口を閉ざす。しかし、内心では盛大に舌打ちをしていた。

 

 ――――これは、なにか裏があるか?

 

 セシリアが抱いたのはそんな疑念だ。確かにIS委員会を通してIS学園へと指示が下ることにおかしいところはない。国に縛られない中立だからこそ動かせるということもある。将来の国家のIS操縦者の育成機関であるIS学園は複雑な柵はあるが、学生とはいえこうした作戦行動を取るように「命令」を下すこともできる。

 他に対処できる部隊がない以上、仕方ないことかもしれない。

 

 おかしいのは、この状況だ。

 

 まず、わずか二時間でIS委員会の認可を通す手際の良さ。軍の不始末というのは、外部に解決を任せることはメンツを潰すことにつながる。可能な限り身内での解決を図るものだ。

 にもかかわらずたった二時間で、しかもIS委員会を通しているのなら暴走してからおそらく一時間ほどでそれを諦めたことになる。まず間違いなく、今回の機動試験の責任者は処罰されることになるにも関わらず、果たしてそんなことがあるだろうか。

 

 つぎに『銀の福音』の暴走そのもの。これはセシリアとアイズ以外は知るはずもないことだ。二人はほかならぬ開発者である束からISの基礎理論を教わっていた。その束がISの安全性を追求したシステムを二人に教えていた。

 ISはその強大なスペック故に、こうした暴走という事態に対処するシステムがコアそのものに搭載されている。ISコアネットワークを通じ、なにかひとつのコアが制御不能などの事態に陥ったとき、即座に他のコアが感知。すぐさま全てのコアに備わっているシステムの自浄作用のプログラムを送るのだ。相互監視による制御。それを無視して暴走することは理論上ありえない。事実、これまでISが搭乗者の意思を無視して暴走したという事例は皆無だ。

 可能にするならば、搭乗者そのものが外部との通信をカットして暴れているか、もしくはコアネットワークを無効にしてバグを植え付けるか。つまり、人為的でなければ起こりえないのだ。

 

 このコアネットワークによる相互自浄作用は公開されていない情報だった。これを知るものは、カレイドマテリアル社の限られた人間だけだ。だからセシリアとアイズだけは、暴走したという話を聞いた時点でなにか嫌なものを感じていた。

 

 そして、なによりおかしいと言えるのは、このタイミングだ。

 

 偶然にもIS学園の人間がこの場にいて、偶然にも軍の起動実験がされ、偶然にも暴走して、偶然にもそれの対処が可能である存在が、自分たちだけなのだ。偶然は二度、三度と続けば奇跡を通り越して必然であると言うが、これは果たして奇跡のような偶然か、偶然を装った必然か。

 後者であった場合は、いったいどこから仕組まれていたのか。それは現状で断言することはできないが、『銀の福音』と関わればおのずとわかるだろう。

 考えすぎだとは思うが、嫌な予感は無視はできない。特に、セシリアとアイズ、二人が同時にそんな予感をしたとき、それは大抵予想以上に最悪な事態となって実現する。

 

 

 ――――とにかく、今は『銀の福音』を止めることでしょう。なにか裏の目的があるのなら、そのときが………。

 

 

 しかし、セシリアの勘は告げていた。これは、なにかある、と。

 アイズのような超感覚の直感はないが、これまで多くの謀略に晒されてきた経験がセシリアに告げている。この背中を氷でなぞられるような嫌な感覚。何者かに銃口を向けられているような、見えない悪意。そんな不吉なイメージが頭から離れなかった。

 

 セシリアは目を閉じる。周囲の音の認識を下げ、思考に集中する。

 

 さらになにか不測の事態が起きるかもしれない。

 ならばどうする。なにか起こると決まったわけではないが、なにか起こるという前提を置いた場合、『銀の福音』は迅速に、確実に対処する必要がある。普通ならば、この高機動型に対処するには少数精鋭による作戦を執る。目標の速度が上である以上、そう何度も接敵する機会もないだろう。つまり、ファーストアタックで落とすことが必要となる。ならば一撃必殺の威力を持つ機体と、速度で追随できる機体による二機連携。

 このメンバーから選抜するなら、アタッカーに零落白夜を持つ白式を駆る一夏か、防御を無視する攻撃が可能な鈴。アイズのレッドティアーズは手数重視なのでこうした面では二機に劣る。むしろ高機動機体の候補に高機動パッケージがあるセシリアとアイズのティアーズが挙げられる。

 二機連携で対処する、というのが妥当なところか。

 

 …………が、これはおそらく悪手。

 

 広域殲滅型、と聞けば多数戦を得意とする機体だが、それでも数の有利が覆されるというものではない。多数の敵機への攻撃手段を持っている、というだけだ。スペックデータを見る限り、『銀の福音』は特殊装備として三十六の砲口をもつウィングスラスターを持つ。一人で挑めば、三十六の銃口が向けられる。二人で挑めば、十八の銃口が向けられる。そう簡単な割り算が成立するわけではないが、つまりはそういうことだ。

 多数で挑めばその分敵機の攻撃は減り、薄くなる。同じ対多数戦を想定されているブルーティアーズを駆るセシリアだからこそ、わかる。

 広域殲滅型といえど、数は脅威なのだ。

 無論、それは対する機体と操縦者すべてが優れていることが前提の計算だ。足でまといがいれば、マイナス要素は激増する。しかし、この場にいるのは実力という点では申し分ないメンバーが揃っている。不安要素を上げるなら一夏の経験不足くらいだが、それを考慮しても多数で挑むほうが勝率は上がると判断する。

 

 なにより。

 

 不足の事態が起きたとき、戦力が多いほうがよい。しかし、もし抜かれたときのためのバックアップも欲しい。

 

 ならば、対処方法は……。

 

 ………。

 

 ―――――――やれる、か?

 

 

 自分一人の判断が必ず正しいとは思わない。だから、これを頼れる皆に判断してもらえばいい。

 セシリアは思考を終え、目を開ける。一度全員を見渡してから、千冬を見た。

 

「………織斑先生、作戦の提案があります」




次から福音戦、そしてオリジナル展開と移っていきます。臨海学校編はほとんどが戦闘になりそうです。
この物語の束さんはアイズ、セシリアに次ぐ第三の主人公です。次回からいろんな意味で束さん無双のはじまりです。




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