双星の雫   作:千両花火

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Act.24.5 「暴虐の魔女 」

 イギリスには魔女がいる。

 

 それは、財界や政界など多くの業界で知られるあるひとりの女を示している。

 

 曰く、血も涙もない女。

 

 曰く、敵に回してはいけない女。

 

 生ける伝説とも言われる彼女の名は、イリーナ・ルージュ。イギリス最大の、そして世界でも最大規模を誇る巨大企業カレイドマテリアル社のトップである妙齢の美女。彼女の名前は泣く子も黙るとすら言われ、一部ではもはや人間扱いすらされていない。

 

 そんな彼女に付けられた異名は数あれど、的確に現す呼び名はただひとつ。

 

 『暴虐の魔女』

 

 逆らうものをすべてひれ伏させる、暴君である。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「そ、そんな条件がのめるわけが………!」

 

 そう苦渋の表情を浮かべて呻くのはデュノア社の社長であるアルベール・デュノアである。彼は目の前に悠然と座っている女を睨むが、その女はそんなアルベールをつまらなそうに見返すだけだった。

 その女、イリーナ・ルージュは足を組み、見下すように冷徹な目をするという到底企業同士の会談における対応とは思えない姿勢をしている。

 その背後にいる秘書であるイーリス・メイはいつものことながら、傍若無人な社長の態度に冷や汗をかいていた。

 

「おいおい、わざわざ私が来てんだ。無意味なことは時間の無駄だからさっさとしてもらおうか」

「無意味、だと?」

「おまえに選択の余地があるとでも思ってるのか? おまえは条件をのむしかないんだよ」

「ぐ………!」

「わかりやすくもう一度言ってやろう。………私は交渉に来たんじゃない。命令してるんだよ」

 

 イリーナはめんどくさいと言わんばかりにアルベールに告げる。

 セシリアからシャルロットのスカウトを受諾したイリーナは自ら敵地ともいえるデュノア社へと乗り込んだ。社長でありながら、秘書ひとりしか連れずにやってきたイリーナに驚きながらも、デュノア社は面会を受け入れざるを得なかった。それほどまでに、このイリーナ・ルージュという女の影響は大きい。

 そして面会したイリーナが告げたのは一方的な要求であった。それはまさに命令といってよかった。

 

 まず、アルベールの娘であるシャルロットの親権を含めた引渡しとシャルロットのフランス代表候補生資格の破棄。

 同時にシャルロットの専用機であるラファールリヴァイブカスタムⅡの買取り。

 これまでのシャルロットの不当待遇の賠償として今後三年間、つまりIS学園に在学中の学費をすべて支払うこと。

 さらに今後、シャルロット、及びカレイドマテリアル社に対する諜報活動、および非公式な接触を禁じること。そして現在カレイドマテリアル社が極秘に捕えたデュノア社の産業スパイを買い取ること。

 

「なにが気に入らない? シャルロットとかいう小娘はどうせおまえも持て余していたのだろう? 男装させIS学園に放り込むなど、明らかに使い捨ての駒にするものだ。捨てるくらいなら私がもらってやると言っている。……そして専用機と代表候補生の破棄、これを含めて相場の三倍の金を出すと言っている。そしてひとりの学費くらい、企業としては大した額ではあるまい?」

「………」

「それとももっと派手にしたほうがいいか? デュノア社が、男性と偽らせた娘に盗人の真似事をさせていたと、いったいどれくらいの人間を敵に回すかね?」

「そんな証拠は……!」

「だからそういう議論は無駄だ。証拠がご所望ならすぐにでもIS委員会とフランス政府に送ってやるぞ」

 

 それがはったりでないことは、イリーナの顔を見ればわかる。イリーナとしてはどちらでも構わないのだ。手っ取り早くするためにこうして内々の話にしているだけで、出るとこに出ても結果は変わらない。

 

「……産業スパイなど、知らんぞ」

「そうか。それはそれで構わんさ。どうせそいつらが流していた情報はすべてデコイだからな。うちの馬鹿だが優秀な技術者か暇つぶしにつくったウィルスはどうだった?」

 

 アルベールの顔は隠そうとしているが素人がみてもはっきりと歪んでいた。

 カレイドマテリアル社から得た情報を解析しようとした途端、ウィルスが流れ込み社の機密情報を破壊したのは彼にとって屈辱的な失態であった。

 ちなみにそのウィルス入りの偽情報をもってきたスパイはすでに処分済みである。

 本当なら、ここで目の前の笑う魔女にそれを言及して罵倒してやりたいが、そうすれば自らスパイ活動をしていたと認めることになる。それがわかっているからなにも言えない。

 それに対し、イリーナはどちらになっても優位であることは変わらないために面白そうに百面相をするアルベールを見てクスクスと笑っていた。

 

「まぁ、あとは気長に証拠を一緒に司法の場で裁いてもらうとするさ。さて、長引けばこの会社の企業イメージはどうなるかな? どちらが損をするか、天秤にかけることもできないか?」

「ぐ、ぐぅ……!」

 

 産業スパイが表に出て裁判になった事例は今までもある。そのときの加害側の企業に対する世間のイメージは当然の如くマイナスとなる。そして刑事訴訟となればよくて司法取引、民事損害賠償訴訟も起こされれば大金を失う可能性が高い。

 

「あんな小娘を使うくらいだ。よほど追い詰められていると見える。まぁ、それはおまえの能力ゆえだ。それ自体はどうでもいい。だからといってウチの情報を盗もうなど、よくまぁ、身の程知らずなことをしようと思ったものだ。ウチがいったいなんの分野を専門としているのか、知らぬわけではあるまい?」

 

 そう、カレイドマテリアル社は量子通信をはじめとした通信技術、そこから派生する防諜技術において他の追随を許さない企業だ。ゆえに、その技術はほぼ独占状態であり、その技術を得ようとする企業がいろいろなアプローチをかけてくる。

 

「私は善人ではないが、そう悪人でもないつもりだ。きっちりと義理と道理を通してウチの傘下に入りたいという企業は等しく受け入れているつもりだしな。だがな、おまえのとこのように無駄にプライドが高く、裏からこそこそ犯罪まがいのことでウチの利益のおこぼれをもらおうなんて下衆な根性は気に入らん。……………分け前が欲しけりゃ、頭のひとつでも下げてみろ、青二才」

 

 もはやマフィアのボスみたいな貫禄を見せるイリーナにアルベールの額に青筋が浮かぶ。年下の、アルベールから見れば小娘といっていい年齢の女にここまで言われること自体が許せないのだろう。アルベールは背後に控えていた護衛に手を挙げて合図を送る。

 それを受けた護衛たちが懐に手を入れ――――。

 

「がっ!?」

「うっ!」

 

 ガチャン、と拳銃が床に落ちる。彼らの手には、細長い銀色のものが突き刺さっていた。一見すればそれは食事に使われるようなナイフのように見える。殺傷力はそれほど高くないはずのそれがあっさりと人の皮膚を貫通し、骨の隙間を正確に射抜いている。

 そんな神業といえる投擲術を見せたのは、イリーナの背後にいた秘書のイーリスであった。彼女は困ったような顔をしながらも、片手に同じナイフを三本持って投擲の構えを見せていた。

 

「あの、すみませんが動かないでくれますか? でないと、ちょっと困ります」

 

 そう弱気に言う彼女目掛け、学習しないひとりが銃を取り出す。……が、それは一秒後には投擲されたイーリスのナイフによって弾き飛ばされる。

 

「あの、困るって言ったんですけど……理解してもらえませんでしたか? 私、お願いしてるわけじゃないんで、従ってくれないと困るんですけど」

 

 イリーナと違い、あくまで低姿勢を崩さないが、手に持ったナイフは雄弁に語っている。「動くな、殺すぞ」と。

 

「くくくっ、ちょっと挑発しただけでこれか。おまえは謀略には向かないな。素直に商売だけやっていればよかったんだ。おまえ、社長やめろ。そのほうがここの社員の給料はよくなるだろうよ」

「貴様……!」

「わからねぇか? おまえが踏み入れてんのは、ドロドロに溶けた魔女の釜の中なんだよ。弱みを見せたら食われる。お前は肉食獣の足元でタップダンス踊ってる間抜けなんだよ、この阿呆」

 

 非合法の手段を使った時点で、やりかえされても文句は言えない。でなければ自分の首を絞めることにしかならないからだ。まっとうな企業がすることではないが、一部の企業はこうした陰謀と裏切りの渦巻く混沌とした場での駆け引きを常としている。そこで絶対的な強者として君臨するのがイリーナであった。多くの敵を持ち、同時に多くの味方を持つ。そして謀略が渦巻く先の見えない深海のような中を悠然と泳ぐ魔女、それがイリーナ・ルージュの恐ろしさである。

 

「で、どうする?」

「………わかった、条件を飲もう」

「結構。娘の件は三日中にすべて済ませろ。スパイの皆さんは入金が確認できたと同時に観光バスで送り届けてやるよ」

「魔女が……!」

「ん、なにか言ったか、小悪党?」

「っ………」

「今回は“見逃してやる”ということをよく覚えておけよ? 悪党になってから出直してこい」

 

 最後まで唯我独尊の姿勢を崩さずにイリーナは退室していった。イーリスが最後にペコリとお辞儀をして退室すると、アルベールをはじめ、デュノア社の面々は滝のような汗を流す。

 時折見せる、まるで毒蛇に睨まれたかのようなプレッシャーがアルベールたちの身体と思考を麻痺させていた。魔女、と聞いていたが、まさしくあれは人間ではない。人間の形をしたナニカだと本気で思わせるようなイリーナに、心の底からの畏怖を覚えた。

 誇張かと思っていたが、とんでもない。まさにあれこそ暴君といえるだろう。

 

 歯向かうものすべてを食らう暴虐の魔女。

 

 その二つ名に、嘘も誇張もなかった。

 

 

 

 そんな戦慄しているデュノア社の面々のことなど既に記憶の隅にやりながらイリーナはイーリスと町外れにある小さなカフェでコーヒーブレイクと洒落こんでいた。

 イリーナが贔屓にしている店らしく、珍しく上機嫌なイリーナの奢りとしてイーリスも美味しく頂いていた。

 

「美味しいですね、社長」

「だろう、この店は穴場でな。たまにここのコーヒーが飲みたくなるんだよ。だから今回はついでの用事があったからちょうどよかったな」

「確かに美味しいですけど…………でも、こっちがついでですよね? デュノア社のほうがついで、じゃなくて」

「…………。決まってるだろう」

「で、……ですよね?」

 

 あはははは、と笑う二人だが、その笑顔は完全に別種のものであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「社長、時間ですよ」

 

 デュノア社に交渉という名の命令をした二日後、イーリスが通信機を準備しながらやってきた。イリーナはめんどくさそうにイーリスを見返している。

 

「あ? なんかあったか?」

「社長、娘になるシャルロットさんと会談するって言ったじゃないですか」

「シャルロット? ……………ああ」

「今完全に忘れてましたよね? 名前すら覚えてないってどうかと思いますけど」

「忘れていたわけじゃない。思い出す優先度が低かっただけだ」

「そんなことだから暴君とか外道とか言われるんですよ、社長」

 

 呆れたようにしながら特別性の通信機を起動させ、イリーナの前へと設置する。イリーナが無造作にスイッチを押すと、十秒ほどでセキュリティロックの解除がなされ、さらに十秒ほどかけて暗号化された通信が結ばれる。

 画面に現れたのは、金髪で中性的な顔立ちをした少女。件の当事者であるシャルロットであった。

 

『あ、あのっ! は、はじめまして! シャルロット・デュノアです!』

「イリーナ・ルージュだ。話は聞いていると思うが、おまえの母親役になってやる女だ。覚えても忘れてもどっちでもいいぞ」

『え、え?』

「母親ヅラする気はないってことだ。だから妙にかしこまる必要はない」

『え、えっと……』

「あの二人が認めるくらいだ。おまえの働きには期待している」

『…………イリーナさん!』

「なんだ?」

 

 一方的に話すイリーナにシャルロットがたまらず声をあげる。イリーナは表情を変えずにそんなシャルロットを観察していた。

 

『………ボクは、いままで幸せを諦めていました』

「………」

『でも、これからボクは幸せになると決めたんです。そのための機会をくれたことには本当に感射しています』

「で?」

『だから、ボクの親になってくれる、というイリーナさんには感謝の念が絶えません。ですから…………ボクは、あなたにも幸せになって欲しいんです』

 

 ピクリ、とイリーナの眉が動く。話を聞いていたイーリスはビクッとイリーナの雰囲気が変わったことを感じ取って身体を震わせていた。

 

『ボクとあなたは他人です。でも、家族になるんです。ボクは、“母”の幸せを願わないほど親不孝ではないつもりです』

「それ以上は口を閉じろ小娘」

『閉じません。ボクは、あなたの娘です』

「ほう、会ったばかりの私を母と呼ぶか。ずいぶん尻軽な娘だな、そうやって男にも尻尾ふってんのか?」

「しゃ、社長! 顔と言葉に気をつけてください、泣かせる気ですか………!?」

 

 とても十代半の少女に言うセリフではない。しかもマフィアのお手本のような顔までしている。女の子一人くらい簡単に泣かせることができそうなほどの悪人面であった。

 しかし、シャルロットはそんなイリーナに少々ビビリながらも、それでも毅然とした態度を崩さなかった。

 

『……セシリアさんたちが言ったとおりですね』

「なに?」

『イリーナさんの優しさは勘違いされたがってるくらい、って言ってました。暴言を吐くときは相手が気に入らないときか、気遣っているときのどちらかだって。今のは後者みたいですね』

 

 シャルロットはくすっと微笑を浮かべている。やたら絵になるその少女の笑顔は、しかしイリーナにとっては気に食わないものであった。しかし――――。

 

『あなたを母と思う必要はない、………それはつまり、ボクの死んだ母さんのことを考えてくれているんですね?』

 

 そのシャルロットの言葉にイリーナが固まった。それは一見すればなんの表情も変わっていなかったが、わずかに動揺しているように肩が震えていた。

 

『ボクの母さんを忘れる必要はない、だから私を母と呼ぶ必要がない。そういうことじゃ、ないんですか?』

「…………」

『ありがとうございます。母にまで気を遣っていただき、嬉しいです。でも………ボクは、あなたを他人としたいとは思いません。ボクは、あなたの娘としてありたいと思っています。だから、ボクは、あなたの幸せも願うんです………だって』

 

 シャルロットが真剣味を増した目で、その言葉を告げる。それは、シャルロットの覚悟の証でもあった。

 

『ボクは、幸せになるんです。だから、“母さん”には、幸せに、いつまでも笑ってもらいたいんです』

 

 イーリスが恐る恐るといった様子でイリーナを見る。イリーナは無表情だが、その目はもうキレる寸前のように鋭い。

 しばらくの間静寂が続いたが、やがてクスクスと小さな笑い声が響く。それはイリーナのものであった。

 

「…………くくっ、あっはははははは! ま、まさかおまえみたいな小娘にそこまで言われるとは思わなかったぞ! くく、くはははっ! くきゃはははっ!」

 

 狂ったように笑うイリーナにイーリスはドン引きしており、シャルロットは画面越しに苦笑して見守っている。

 

「あー、お腹いたい………こんなに笑ったのは久しぶりだ。……シャルロット、だったな。おまえの言い分はわかった。だがな、私がお前をとったのは、会社利益のためだ。そこに愛なんてものはない。おまえは優秀な人材だ。デュノア社と事を構えてでも欲しい、というほどな。私の評価はそれだけだ」

『ありがとうございます』

「ふん、礼はいらん。つまらん横槍を入れられるのが嫌だから娘とした。それでも、おまえは私を母とするか?」

『…………』

 

 シャルロットはなにを言わず、ただじっとイリーナを見つめている。そんなシャルロットを感心したように見返したイリーナは、小さく笑って両手をあげた。それは、いわゆる降参、のポーズだった。

 

「………私の負けだよ、シャルロット。はっきり言って、おまえを娘とした理由は母としては最低な理由だが………これからは、おまえの母であろうとしてやろう」

 

 あくまで傲慢な言い方をやめないイリーナに、イーリスはため息をつくが、彼女の内心がわかるのか、その顔は少し嬉しそうだった。

 

「今度会ったときは、うまいものでも食べにいくか。おまえのことは何も知らないからな。いろいろ話をきかせてくれないか」

『はい、………母さん』

「その呼び方は、お互いに愛が備わってからでいい。ではな、シャルロット。おまえは私が手塩にかけて、立派な魔女にしてやるよ」

 

 通信が終わり、やたら上機嫌になったイリーナは秘蔵のはずのワインを開けて勝手に一人で飲み始めてしまう。あと五分で勤務時間が終わるとはいえ、いきなり酒盛りを始めたイリーナにイーリスが苦言を呈する。

 

「社長、まだ勤務時間なんですけど」

「かたいことを言うな。おまえも飲め。これは命令だ」

 

 ため息をつきながらもグラスに注がれたワインをこくりとのむ。イリーナ秘蔵の品だけあって、イーリスがはじめて飲むほどの美味だった。

 

「いい子ですね、シャルロットさん」

「そうだな」

「でも社長がデレるなんて、そんな面もあったんですね。ただの傍若無人で唯我独尊で暴君なだけじゃなかったんですね。私、感動しました」

「……あァ?」

「すいません、調子乗りました」

 

 頭を下げるイーリスを小突き、社長室の中央にある大きな机の前に座る。その引き出しの中からフォトフレームを取り出した。大切に保管されているそのフレームには、一枚の写真が収められていた。

 

「………娘、ね」

 

 イリーナはそれをじっと見つめ、イーリスにも聞こえないほど小さく呟いた。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「束、新型の機体がいくつかあったな? それを一機用意して欲しい。あとリヴァイブの改造も考えておけ」

「ん? 誰に渡すの?」

 

 突然己の研究室へとやってきたイリーナとイーリスに束がキャンディーを舐めながら聞き返す。ちなみにそうしている間も束の手はキーボードを叩いており、目は画面から離さない。凄まじい速さで行われるタイピングの音をBGMにしながら二人は会話を繰り広げている。

 

「アイズと同じ目をもったやつを手に入れた」

「ヴォ―ダン・オージェを? あれって確かあいつらがドイツ軍に売ったものなんじゃなかったっけ~?」

「そのドイツ軍のIS部隊の隊長だったやつがいてな。ドイツが馬鹿をしたおかげで身柄を手に入れたというわけだ」

 

 これもセシリアからの進言によるものだ。VTシステムを搭載したドイツの代表候補生が暴走を起こしたという。もはや揉み消せないレベルの事件となった今、おそらくその当事者であるラウラは確実に処罰される。それをなんとかして身柄を確保して欲しいというのがセシリアの要求だった。

 いくらなんでもシャルロットのときといい、イリーナを便利に使いすぎだと拒否しようとしたが、セシリアは頭を下げてイリーナに訴えかけた。

 多くの言葉を語ったが、セシリアが言うことは集約すればこれで済む。「アイズが助けたいと願った子を、助けて欲しい」と。つまり、セシリアはアイズのためにラウラを助けて欲しいと言った。ラウラのことなど無視も同然であり、ただただアイズのことしか考えていない。

 その厚顔でありながらも、純粋な願いにイリーナが折れた。ラウラ自身の実力は候補生だけあって高いし、確かに得ておいて損はない。それに個人的にもイリーナはドイツを嫌っていた。それはかつて非公式であるが、ISを使って抗争までしたからということもあるし、今でも執拗に社にちょっかいをかけてくるためでもある。ここらで一度やり返しておくのも悪くはない。

 最終的にドイツがラウラの処罰を決定する前に取引を持ちかけた。

 イリーナの要求は、ラウラの身柄の引渡し。そのために支払った金額は、大隊規模の軍隊の装備を丸ごと買い取れるほどの大金であった。その裏取引があったため、本来は本国に呼び戻した上で軍法会議にかけられるはずであったラウラは、専用機の没収と除隊のみとなった。

 取引自体はすぐに済んだ。VTシステムを搭載したことが本部の指示である証拠を示した上で金を積めばすぐに終わった。すんなりいきすぎてつまらないと思ったほど、金を前にあっさりと要求を飲んだのだ。

 

「貴重な人材を無駄に浪費するしか能のないクズどもが。いい人材は揃えているくせに、それを使う人間は無能ばかりときた。まぁ、そのおかげで金さえ積めば首を縦に振るという、これ以上なく扱いやすいわけでもあるんだがなぁ」

「イリーナちゃん、言い方が悪党だよ? で、どんな馬鹿をしたの?」

「VTシステム」

 

 ピタ、と束の指が止まる。振り返って訝しげな目でイリーナを見返した。表情も見るからに不機嫌、というものになっている。

 

「あんな不細工な代物、使ってたの? ねぇ、ドイツ潰していい?」

「まだ時期ではない」

「あ、潰すこと自体はいいんだ?」

「あれは私も気に入らないからな」

 

 息を吐くように物騒なことを話す二人に随伴したイーリスは冷や汗を流していた。頼むから公式の場でこんな発言はしないでくれ、と祈りながらもただただ口を挟まずに控えている。

 

「でもウチに引き込んで大丈夫なの? つい最近、フランスの候補生も攫ってきたばっかじゃん。今度はドイツ? なんか企んでるって確実に疑われるよ?」

「証拠など残さん。それに企業が優秀な人材をスカウトするなど当然だ。いくらでもごまかせる」

「まぁ、今更か。私がここにいる時点で、この会社はやばいからね。今更そんな黒いことがひとつやふたつ増えたって変わらないもんね。イリーナちゃんマジ暴君!」

「感謝して欲しいわけではないが、おまえが言うな、束」

 

 カレイドマテリアル社にとってこの篠ノ之束という存在は切り札であり、弱点だ。いつかはバレることでも、時期がまずければ潰されることも有り得るほどの諸刃の剣である。まさにジョーカーだ。

 

「アイズも目を使ったらしい。幸い大事にはならなかったがな、AHSのおかげだそうだ。アイズが感謝していたぞ」

「アイちゃんめ、あの目は使うなって言ってたのに………その、ドイツの子も同じ目を持ってるんだっけ? じゃあその子にあげる機体にもAHSを組み込んどかなきゃねぇ~」

 

 束がリズムゲームでもするように軽快にキーボードを押していくと、スクリーンにひとつの設計図が表示される。そこには『Fifth generation type』とあった。

 

「この子なら、AHSを組み込んで仕上げれば……くふふ、なかなか楽しくなってきた。あとでその子の詳細データちょ-だい。早めに仕上げておくよ」

「渡すのは夏に一度戻ってきてからだな。呼び戻すこともできるが、あくまで今のあいつらは学生だからな」

「ふーん、まだ遠いねぇ~。でも学生とか、私なんてあんまり楽しんだ記憶もなかったからなぁ。青春の面白イベントがたくさんなんでしょ?」

「そういえば臨海学校に行く、とか言ってたな。私もこの手の学校行事はあまり縁がなかったが」

「お互い寂しい青春だねぇ、イリーナちゃん。……でも、そっか。臨海学校か。ふーん」

 

 なにか悪巧みでもしているように束が笑う。束は天才だが、性格は悪戯好きの悪ガキみたいなものなので、イリーナとしてはめんどくさい人物でもあった。これで一応常識はわきまえているため、突拍子もないことをすることはあまりないが、ときどき変なことに情熱を傾けるので、抑えるのも大変なのだ。

 そして束は名案を閃いた、というようにポン、と手を叩く。

 

「イリーナちゃん、ちょっと休暇取っていい? 具体的には、アイちゃんたちが臨海学校行くときに合わせて同じ宿泊場所に旅行にいきたいんだけど」

「寝言は寝て言え。おまえは自分の立場がわかってるのか?」

「そう言うと思ったけど、束さんはちゃんと変装してバレないように行くから大丈夫です」

「変装?」

「着ぐるみなら誰だかわからないでしょ? ほらこれ! 束さんの傑作だよ!」

 

 束が示した壁際に、やたら精巧な人間大のウサギがいた。室内のインテリアかと思ったが、着ぐるみらしい。よくよく注視すれば、それは手作り感が溢れる部分が多々見受けられる。

 

「………おまえはなぜそうしたことには馬鹿なんだ?」

「なんでぇ!?」

「わかった、わかったからアレは使うな。変装道具はこっちで用意してやる。ただし、護衛にイーリスをつける。イーリスの指示には従え。それが条件だ」

「あいあい、了解~。さっすがイリーナちゃん! 話がわかるねぇ!」

「イーリス、わかってるな?」

「あ、はい。善処します……」

 

 たまにこうして息抜きをさせないとまた妙なことをしてしまうと危惧したイリーナが束に外出許可を出す。極力軟禁状態にしておくのがベストだが、束の功績を考えれば、無視するわけにもいかない。護衛に関してはイーリス一人がいれば大丈夫だろう。あとは束がハメを外しすぎなければ問題はないだろう。

 付き合わされることになったイーリスは疲れた顔をしていたが、二人は完全に無視している。

 

「束、くれぐれも……」

「わかってる。みんなに迷惑はかけないよ」

「信じるぞ、その言葉」

「束さんにおまかせ! ついでにアイちゃんとセッシーのティアーズの調子も見てくるよ。メンテナンスフリーとはいえ、さすがにそろそろ私の調整があったほうがいいだろうしね。いくらか試作の武器も持ってくよ? どうせアイちゃんのことだから、きっと波乱に満ちた生活送ってるだろうしね」

「おまえはアイズに対しては過保護だな。………まぁ、わからんでもないが」

 

 アイズも束を慕っており、二人は姉妹や師弟のような関係を結んでいる。束としては、可愛い妹分であり、弟子でもあるアイズのことが心配なのだろう。エキセントリックな表現しかできないが、束は身内にどれだけ愛情を注いでいるかはわかっているイリーナは、はしゃぐ束を苦笑して見つめていた。

 

「待っててねアイちゃん、今束さんがプレゼント持って会いにいっくぞい! ひゃっほい!」




ほとんどオリキャラしか出てない話でした。セッシーやアイズが強いのもこうした面々のバックアップがあるからこそ、です。

イリーナさん……暴君。暴言でデレる人。
イーリスさん……良心であり苦労人。実は生身での戦闘なら最強の人。
束さん……おなじみのラスボス系チート。でもうちの束さんはエキセントリックな常識人です。

次回から臨海学校です。そして謎の敵も再び襲来して大規模戦闘となる福音戦へと移っていきます。

それではまた次回!

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