戦うために生まれた存在。それがラウラ・ボーデヴィッヒという存在だ。
ラウラの最古の記憶は、鉄のゆりかごの中で聞いた、誰かが話している声だった。朧げな記憶の中で思い出すそれは、しかし愛情のあるものではなかった。
戦うために強化され生み出された試験管ベビー。己の認識が広がるまではそれが普通であると思っていたし、他者とは争い、蹴落とす存在。それがラウラの学んだ生き方だった。
ラウラは優秀だった。ありとあらゆる武器を習熟し、あらゆる戦略・戦術に通じ、どんな訓練でも常にトップの成績をたたき出してきた。最強であること、それがラウラにとっての存在意義。
しかし、それはある転機をきっかけとして崩れ去ってしまう。
インフィニット・ストラトス。兵器としてすべてを超越し、君臨したそれを操り、どんな争いにも勝利することがラウラに求められたもの。
そしてISとの適合性向上のために行われた事が、ヴォーダン・オージェの移植であった。理論上は不適合などは起こさないとされていたが、ラウラは適合しなかった。その影響から、左目は金色に変色してしまう。ヴォ―ダン・オージェからもたらされる膨大な情報を処理できず、振り回されるしかなかったラウラはたちまち落ちこぼれへと転落してしまう。つい先日まで褒めちぎっていた軍からも、出来損ないの烙印を押される始末だった。
ラウラはこのときすでに追い詰められていた。自分には力しかない。最強であるしかないのに、すでにそれは叶わなくなってしまった。そう思い、自殺しようと思ったことすらある。精神崩壊の限界まで追い詰められていたラウラが出会った人が、織斑千冬であった。
彼女の訓練により、ラウラはヴォ―ダン・オージェに頼らずに戦う術を身につける。出来損ないの証とされる金色の左目を眼帯で封印し、兵士として大きなハンデをあえて背負いつつもかつて自分の後ろにいた者たちを再び蹴落として舞台最強の座を勝ち取る。
千冬を尊敬し、慕うことは当然であっただろう。もはや崇拝とすらいえる域にまで高められた思いは、ラウラがはじめて他者に抱いた感情だったかもしれない。ゆえに、千冬はラウラにとって絶対不変の最強の象徴として君臨することになる。
よくも悪くも、千冬は強すぎた。だから、千冬が教えることはそのすべてが力によるものだと理解してしまう。
親兄弟という概念すらわからないラウラは、千冬の名を傷つけた者がたとえ千冬の弟でも許せなかった。
もし、織斑一夏がいなければ、千冬は名実共に世界最強となっていたはずだ。一夏が下手をしなければ、一夏さえいなければ。
そんな病的な考えを当然と思うほど、ラウラの情操は成熟していなかった。
一夏を認めない。一夏を認める者も認めない。自身より強いものは千冬だけ。だからセシリアやアイズも認めない。
だから所詮は取るに足らない存在だと証明する。それがラウラの問題行動の根底だった。
しかし、そんなラウラを差し置いて、セシリアと鈴は強かった。二対一だったとはいえ、完全に封殺されたあの戦いはラウラにとって屈辱でしかなかった。
なぜ、あんなにも強いのか。鈴も強いが、それでもやはりセシリアの強さは別格だった。
自分の知らない強さがあるのか。自分と違う強さが、存在するのか。
ラウラは悩む。それはいったいなんなのか。
ラウラは知らずに、他者が持つ力を見極めようとしていた。まずは、織斑一夏。倒すべき存在、否定すべき存在であることに変わりはない。だが、一夏も持っているのだろうか。
ラウラの知らない強さを持つ存在は、いったいどんな存在なのか。
「本当になにもしないが、いいんだな」
「くどい」
試合前に、ただタッグ戦に出るためだけに組んだ篠ノ之箒との会話を思い出す。
「おまえは一夏を敵視しているようだが……」
「だったらなんだ?」
「言っただろう。なにもしない。私はISに関わるつもりはない」
「ふん、腰抜けが。ならばなぜここにいるのだ?」
「………」
「なにも言えないか。不甲斐ないやつだ」
「不甲斐ないついでに、ひとつだけおまえに忠告しておく」
「忠告だと?」
「一夏を舐めないことだ。あいつは確かに素人みたいなものかもしれないが………あいつの周りは、強いやつばかりだ。そうしたやつらが、一夏に力を貸している」
箒が言っている意味が、ラウラにはわからない。自身の力だけを信じるラウラは、わからない。
「セシリアやアイズ、それに凰……そいつらといることで、一夏は見違えるほどの成長をしている。おまえは敵対するだけだが、あいつは友好関係を作っている」
「……それがなんだというんだ」
「私も人付き合いは苦手だからとやかく言えないが………そういうやつは、強い」
自嘲するように呟いていた箒の姿は、なぜか印象深いものだった。ラウラは一笑して捨てたが、その箒の言葉を忘れることはできなかった。
一人ではないやつが、強いというのか。
ラウラはそんな疑問を燻らせながら、一夏・シャルロットとの戦いに臨んだ。
はじめは優勢に戦っていたが、シャルロットの援護を受けた一夏はしぶとかった。完全に実力は圧倒しているのに、それでも倒しきれない。
なぜ、とラウラは叫ぶ。尊敬する千冬のお荷物でしかないはずの一夏が、なぜこうも戦えるのか。
一夏は言う。
「俺だけじゃダメだった。シャルがこうして助けてくれる。セシリアやアイズ、鈴から多くのことを教わった。そしてなにより、俺は千冬姉の弟だ。今は弱くても、その名に恥じないくらいに強くなってみせる! 千冬姉が、みんながいるから俺は強くなれるんだ!」
ひとりぼっちの強さを持った自分とは違う。千冬を尊敬していても、ラウラが目指したのはあくまでラウラだけの強さだ。誰かと得る強さなど、ラウラは知らない。
その未知の強さは、ラウラを次第に追い詰めていた。
認めない、認めたくない。この強さを認めたら、自分はいったい今までなにを得てきたというのだ。絶望の淵から這い上がってまで得た強さが、仲良しこよしに負けるというのか。
ラウラは恐怖した。
一夏に、ではない。今までの自分が信じてきた、自己を自己たらしめるものが否定されるようで怖かった。
怖い。それはたまらなく怖い。戦うために強くあれと言われ生まれてきたラウラにとってそれは原初の恐怖といってもよかった。
一夏の言う強さは、ラウラはわからない。
だからラウラは、ラウラの信じる強さを求めた。その、はずだった。
しかし―――――。
『Valkyrie Trace System stand by......complete. start up』
その力は、ラウラが求めたものでも、ラウラが知りたいと思ったものでもなかった。ただただ、なんの思いも通わない無機質な暴力となって、ラウラを蝕んだ。
ラウラすら知らなかった機体に積まれたそのシステムは、ラウラの心をトリガーとして発動する。しかし、それはラウラの心を裏切る力でしかなかった。
自由が奪われ、自身がまったく違うなにかに変異していく様を感じ取ったラウラは、それがまるで自己がなにかに上書きされていくような錯覚を覚えた。悔しさすら感じなくなるように心が冷たく、無機質へとなっていく。それをまざまざと感じ取り、恐怖し、そしてラウラのもう一つの封印されていたそれが発動した。
ラウラの左目の眼帯が落ちる。その下にあった金色の瞳が淡く輝き出し、もはや苦痛すら遠く感じるようになった頭に、膨大な情報量と最適な対処方法が流れ込んでくる。
ヴォ―ダン・オージェ。
不適合とされたはずのソレは、使用者を無視して真価を発揮する。
目の前にいる白い機体。オリムライチカの機体。それが敵。
そのデータから最適な対処方法を選別。完全勝利のプロセスの構築が完了。殲滅行動に移行する。
そこには憎しみも葛藤もない。ただ機械のように実行するだけ。
ラウラはまるで幽霊にでもなってしまったかのように、そんな自分の行動を見ていた。これはなんだ、自分はいったいなにをやっている。そんな疑問を抱きつつも、自分はただ戦うだけ。
これが求めた力だというのか。自分が、自分でなくなるこんなものが、欲しかったものだというのか。
違う。
こんなものでは、「私」にはなれない。
ラウラは諦めはじめていた。結局自分は強くなどなっていなかった。信じた強さの終着点は、こんなものだった。
いつか、千冬が言っていた言葉が思い出される。強さとはなにか、と聞いたときの答え―――。
『ひとりひとり違うものだろう。私の信じる強さと、おまえの信じる強さは違う。しかし、それはきっと自分の幸せのためのものだろう。………ん? 私の場合か? そうだな、私は、家族を守れるような強さであって欲しい……そんなところだ』
今なら、その千冬の言葉の意味がわずかでもわかる気がした。
ただ闇雲に力を欲しただけじゃない。なにがしたいのか、なんのための強さなのか。その答えを持たないラウラは、千冬の言うように自分を幸せにするような強さはもてなかった。
ラウラの強さは、自分の幸せのためじゃない。ただただ自分の価値を証明するため、他者を蹴落とし、優れていると証明するため。
戦うことだけを目的に生み出された自分には、それしかなかった。幸せといえるものがあるとすれば、それは戦いに勝つこと。ずっとそうだと思っていた。
だが、ラウラの存在は、存在を確固なものにするために求めたはずの力によって消されようとしていた。
――――嫌だ。
――――私は、私でいたい。
――――だから、誰か。
――――私を、たすけて。
「ラウラちゃん、ボクを見て」
***
既に観客たちの避難が終わっていることを確認する。目の前のラウラだけに集中できる状況なのは好都合だ。
「セシィ、指揮をお願い」
「では、私が指示を出させていただきます。よろしいですね?」
セシリアの言葉に全員が頷く。常に複数のビットを同時操作し、全体を俯瞰することに長けているセシリアは指揮官として最も優秀な人物だ。カレイドマテリアル社の研究部門でも非公式の部隊を率いていたために経験も豊富だった。
「一夏さんとシャルロットさん、箒さんは一度下がってください。アイズ、鈴さんが前衛を。簪さんは二人のフォローを。私は後方から援護と指揮を行います」
「待ってくれセシリア! 俺はまだ……!」
「一夏さん。今は下がってください。どのみち、体勢を整える必要があります」
「………わかった。ここは頼む」
フォーメーションが組まれる。アイズと鈴のツートップに、簪がその後ろから牽制を行い、最後列からセシリアが狙撃を狙う。もっとも単純にして効果的な布陣。
「まずはあれの動きを止めます。とはいえ、全員がシールドエネルギーが半分以下……時間はかけられません。鈴さん、発勁で気絶を狙えますか?」
「当てられれば、ね」
「では鈴さんはそれを狙ってください。アイズは動きの制限を。簪さんは二人の強襲の援護をお願いします」
「わかった」
開戦の狼煙とばかりに簪が『春雷』と『フォーマルハウト』を発射する。即座に対応してくるVTシステムに乗っ取られたラウラに、鈴とアイズが挟撃するように動く。
「せぇい!」
まずは鈴が突撃。『双天牙月』を振り回すが、ラウラの露出した左目がぎょろりと動き、鈴の動きを捉えるとその攻撃をあっさり回避して反撃として鈴を蹴り飛ばす。即座に波状攻撃を仕掛けるアイズが背後に迫る。しかし、それすらも対応するラウラはアイズも同じように弾き返してしまう。
追撃は簪とセシリアの援護射撃によって不発に終わるが、近接タイプの二強であるアイズと鈴をあしらう戦闘力に、否応なく緊張が高められる。
「ちょっと、あの反射速度は反則でしょう?」
鈴の文句ももっともだ。彼女のイメージではあのタイミングで反撃を喰らうことなど、はじめての経験であった。人間には到達不可能と思える域での反射を可能とするVTシステムに改めて戦慄する。
「反射速度は、VTシステムの恩恵じゃないよ。あれがヴォ―ダン・オージェの力……」
「あの目ね。死角はあるの?」
「あるにはあるけど、視野もものすごく広くなるから、高速機動中は死角もないと思ったほうがいい」
「厄介ね……アイズ、あんた同じ目とか言ってたけど、同じことできるの?」
「目を犠牲にするリスクを覚悟すれば、ね」
「じゃあやめときなさい。………仕方ない。あたしが盾になるから、あんたは攻撃に専念しなさい」
鈴は一対一では反応速度の差で遅れを取ると判断して、アイズの攻撃を当てるための援護に回ることを決意する。とはいえ、セシリアのような才能はない鈴ができることは、身体をはって敵の攻撃を止めることだけだ。
「鈴ちゃん……」
「あんたは避けるのは得意でも紙装甲でしょ。あたしが適任よ」
「……おねがい、鈴ちゃん」
「まかされたわ」
不敵に笑う鈴は再びラウラへと強襲をかける。その背後にアイズが続き、二人は簪とセシリアの援護を受けながらラウラをレンジ内に捉える。
「ここまではよし、次!」
鈴はわざとなんの工夫も凝らさない真正面からの攻撃を放つ。当然のようにカウンターを受けるが、それこそが鈴の狙い。カウンターで受けたラウラの右腕を掴み、動きを拘束する。
「今よアイズ!」
「わかった!」
今なら回避は不可能。渾身の力を込めて「ハイペリオン」をラウラへと振り下ろす。またもラウラの左目がぎょろりとアイズを見据えるが、構わない。
しかし、変化が起きる。
ラウラを覆っていた黒い装甲がまるでアメーバのようにぐにゃりと動き、手に集約されたそれがひとつの物体を作り出した。
「っ!?」
結果、金属音を響かせて「ハイペリオン」が受け止められる。受け止めたソレは、黒いという違いこそあれ、「ハイペリオン」そのものであった。
「コピーされた!?」
予想外の出来事にアイズが隙を作ってしまう。そこを突かれ、鈴もろともコピーハイペリオンの薙ぎ払いで再び吹き飛ばされてしまう。
「うぅっ!」
「くそっ、あんなこともできるわけ!?」
あれもおそらくはVTシステムとヴォ―ダン・オージェが組み合わさってできた芸当だろう。VTシステムはあくまでデータを再現するもの、そしてヴォ―ダン・オージェはありとあらゆる情報を獲得して高速処理を行うもの。
推測でしかないが、ヴォーダン・オージェで得た「ハイペリオン」の情報をもとにVTシステムを使って再現したのだ。過去のヴァルキリークラスの人間のデータを再現するだけのシステムに介入していることから、かなり深くつながっているようだ。
しかし、これはまずい。今までは武装までは再現していなかったが、このような芸当ができるなら下手に武装を晒すことも敵に武器を与えかねない。そうでなくとも、過去のヴァルキリーの使用武装すら再現されれば、その戦術の幅は恐ろしいものになる。
そう思っている間にも、今度は簪の持つ『フォーマルハウト』をコピーして連射してくる。あわてて回避行動に移るが、装填数以上の弾を連射するラウラにさらに戦慄する。
「弾数すら無制限なの!?」
「反則もいいところよ!」
そして目の前に現れたものを見てぎょっとする。見慣れた形状だった。なぜなら、それはセシリアがよく使っているものと同じだったから。
「ビット!?」
「まずい!」
本物よりも精度は落ちているが、数機のビットがアイズと鈴を囲み、レーザーを発射してくる。さすがにBT兵器のレーザー照射をコピーするのは無理があるのか、ビットはレーザーを数発打つと形を維持できずにその機能を喪失してしまう。しかし、ラウラはコピービットを次々に生み出して射出してくる。
だがそれ以上の暴挙をセシリアが許さない。ビットを展開し、出来の悪いコピービットをすべて撃ち落とす。しかし、ラウラは次々にこちらの武装をコピーして使用してくる。
想像していた以上に凶悪な組み合わせだった。ヴォ―ダン・オージェによる解析と反射速度、その速度にまかせたVTシステムに記録されたデータの最適選択と実行。そして現在進行形で得ているデータを元に、VTシステムを介して武装をコピーする能力。相乗効果を生み出すこの組み合わせはまさに最悪といっていいものであった。数の利が意味をなさないほどにスペックが違う。ただでさえアイズ達は戦闘後のためにエネルギーが少ない。このままでは不利になるのは数で優っているアイズたちであった。全員が焦燥を募らせ始めていた。
そして、それ以上にアイズは焦っていた。
「このままじゃ……早く止めないと……!」
「……? どうしたのよアイズ。確かに短期決戦が望ましいけど、あのスペックを相手取るには焦らず慎重になるところでしょう?」
「違う、時間がないのはボクたちじゃない。ラウラちゃんのほうだよ」
「……どういうこと?」
アイズにはわかる。同じ目……本当の意味で、真のヴォ―ダン・オージェを持つアイズは、ラウラがどれだけ危険な状態なのかわかっていた。
アイズは確かにヴォ―ダン・オージェを持っている。しかし、少なくともここ数年はその力を発揮させたことはない。
なぜなら………ヴォ―ダン・オージェの真価が発揮されたとき、それは使用者の知覚や脳を破壊するものだからだ。
たしかにヴォ―ダン・オージェは強力無比な力だ。こと戦闘において、その力が十全に発揮されれば、同じものを相手取らなければ、ほぼ確実に相手を上回る。
しかし、そのために得られる情報をすべて視覚を通して獲得し、脳によって高速処理するためにその神経に絶大な負荷をかけてしまう。いくらかバックアップはされるが、結局はその使用者の五感を使う以上、そのリスクは避けられない。だから、アイズはこの目を使わない。
かつて、この力を使ったとき過剰負荷のために両目の視神経を失ったアイズは、その危険性を誰よりも理解していた。
ラウラはずっとその力を使用している。このまま時間が過ぎれば、ラウラの目、もしくは脳に深刻なダメージを与えてしまうだろう。その前になんとしても止めなくてはいけない。しかし、今のラウラは強い。簡単には止められない。
ならばどうする……?
「……………」
手段は、ある。少なくとも、拮抗するだけのものが。
これは、こんなときに使うためにあるのではないのか。
「……………」
アイズは、AHSの一部機能を解除する。抑制されていたナノマシンの活性度が上がる。ラウラのヴォ―ダン・オージェの共鳴効果ですぐにアイズの目のナノマシンも呼応するかのようにその機能を発揮する。アイズの琥珀色の目が次第にその色を濃くしていく。瞳孔が震え、視野が急速に広がっていく。
「っ!? アイズ、やめなさい!」
アイズがしようとしていることを察したセシリアが叫ぶが、遅かった。すでにアイズは準備を整えていた。
「ヴォ―ダン・オージェ・プロト……発動」
***
「な、なに、あれ?」
簪の呟きに誰も答えない。否、答えられない。簪も、鈴も、後方にいた一夏たちも、その常軌を逸した戦いに目が釘付けになっていた。
黒い装甲に覆われたラウラと、一見すれば変化のないアイズが戦っている。しかし、その戦いは奇妙だった。
一切の被弾をしない、まるで互いが相手の攻撃を未来予知でもしているかのように相手が攻撃動作をはじめたかと思えば、すでに回避行動を行っている。予定調和のような舞でも踊っているかのように、それでいて針の穴を通すかのような繊細な機動で何度も交錯しながらも、それでも互いに触れることすらできない。防御すらしない。その意味もない。ただただ、相手の動きすべてを互いが見切っている。
「………」
ただひとり、セシリアだけが苦い表情でその戦いを見つめている。そんなセシリアに、我に返った簪が叫ぶ。
「セシリアさん、援護を!」
「無駄です」
「な、なんで?」
「あの状態になったアイズに、外からの横槍はかえって邪魔になります」
おそらく全神経をラウラへと向けているアイズを援護しようにも、かえってアイズにとっての不意打ちになりかねない。それにラウラにも直撃するとは思えない。
極限まで高められた反応速度を見せる二人に、もはやできることはなにもない。
「アイズ………」
ただ、今はアイズの無事を祈るしかない。セシリアは過去と変わらない無力感に強く唇を噛むのだった。
***
アイズの視界にはすでにラウラしか映っていない。ラウラが動くごとに膨大な情報が頭に流れ込み、その中で確率の高い対処を実行していく。極限の集中状態にあるアイズにはその時間はややゆっくりに感じていたが、実際では一秒でいくつもの並列思考によるシュミレーションを繰り広げている。
見える光景は色褪せており、ラウラ以外のものはすでに形としても認識されない。限界まで不要な情報を破棄しているためだ。それでも脳の処理速度を超える膨大な情報が絶えずアイズを襲うが、それはAHSでのバックアップでごまかしている。束がアイズのためだけに作り上げた機体。この機体でなければアイズはとっくに脳が耐えられなかっただろう。
何度目かになる、二人の視線が交錯する。ガラス玉みたいな無機質なラウラの瞳と、ラウラを気遣い救いたいと願う暖かいアイズの瞳。同じでありながら対称的な二人の視線は、離れ、そしてまた交錯する。
常に最速最適を選び取る二人の戦いは激しさをますばかりで終わりが見えない。このままではだめだと思ったアイズは、ラウラより優っている点を突く。
ラウラより優っているもの。それはアイズ本人の意思が通っていること。
ただ最適な行動を選ぶことしかしないラウラのものとは違う。
「無駄のない、最適な行動をする。………そんな冷たい力なんて、欠点でしかないんだよ!」
そう、いかに最適な行動を最速で選べるといえど、逆にいえば最適な行動をタイムラグなしですぐに実行するしかないということだ。同じ領域に立っている今のアイズにとって、それは「動きを読んでください」と言っているようなものだった。
だからアイズは、………最適じゃない、感情的な行動を起こした。
「っ!?」
ラウラの無機質な瞳が驚愕に揺れる。
ラウラの予測と違う、まったく意味のない、無駄な動き。無駄な行動。アイズがそれを実行したことで、結果的にそれはラウラの予測を超える動きとなる。意味のあるものしか選択できない今のラウラは、アイズの行動が予見できるはずもなかった。
そう、まさか、ただ抱きついてくるなんて、予想できるわけもなかった。
「ラウラちゃん」
反撃を食らい、ダメージを受けながらもアイズはラウラにしがみつく。真正面の至近距離からラウラと見つめ合う。金色の瞳が、まるで鏡写しのように揃う。
「ラウラちゃん、ボクを見て」
二人の視線が重なる。アイズは、ラウラの瞳の奥で揺れるラウラの心を見た。
「ボクは、…………あなたと同じ存在だよ」
そして、それは起こった。
***
ISコアネットワークを通じた現象なのか、はたまたヴォ―ダン・オージェの共鳴なのか。アイズとラウラの意識は、刹那に満たない時間で溶け合うように触れ合っていた。
二人はアリーナで密接して静止した状態でありながら、その心は同じ場所へと落とされる。まるで深海へと沈むような感覚の後に、アイズとラウラはどこか不思議な場所へとやってきていた。
上も下もない。光源がないのに互いの姿ははっきり見える。弱々しく漂うように脱力していたラウラに、アイズが手を伸ばす。ラウラは、半ば無意識にその手を縋るように求めた。
「ラウラちゃん」
「おまえ、は……」
「アイズだよ。アイズ・ファミリア……でも、ボクの最初の名前は………」
アイズは一度、口を閉じる。言いたくないことを言わなきゃいけないというような、覚悟をもった瞳でラウラへと告げた。
「ボクの最初の名前は、……ヴォーダン・オージェの被検体、そのナンバー13。名前、なんていえるものじゃないけど」
「な、に……?」
「ボクはね、人間に適合するヴォ―ダン・オージェを開発、移植するための技術開発で使われた実験体なんだよ、ラウラちゃん」
この作品ではヴォ―ダン・オージェそのものが魔改造されています。
その結果、VTラウラまでも大幅強化に。
そしてついにアイズの過去が明かされ始めました。詳しい内容はまた次回に。このあたりから独自設定が出ますので注意。
次回はアイズのラウラ攻略編………じゃなかった。ラウラ救出の話となります。それではまた次回に。