アイズが気絶から目覚めたとき、視界に入ってきたのは心配そうにこちらを覗き込んでいる簪とセシリアだった。二人の顔を見たとき、試合に負けたことを思い出して小さくため息をつく。
「負けちゃった、か」
そう、負けた。結局は一人も倒せずに負けたのだ。完敗だろう。
簪の危機を救うために左手を犠牲にして救援に向かったが、その時点でおそらく絶対的な優位はすでに得られないほどのハンデを負った。
鈴を相手にすればアイズは八割以上の率で倒すことはできると思っているが、あのように時間稼ぎをされればいかにアイズとて難儀する。その隙にセシリアがダメージを受けつつも簪を封殺。最後には鈴のヒットアンドアウェイにセシリアのオールレンジレーザーにじわじわと削られ、トドメに簪もろともに狙撃で落とされた。
タッグ戦として、すべてにおいて上をいかれた。ここの戦力が拮抗していただけに、それがすべてを決してしまった。
「大丈夫ですか、アイズ?」
「うん、大丈夫……ていうか、トドメさしたセシィに言われるのは複雑なんだけど」
「アイズだからこそ、手加減も容赦もしませんから」
花が咲くような笑顔のまま怖いことを言うセシリア。いつものことなのでアイズもその笑みに笑って返す。
「アイズ……」
そんなセシリアと対称的に、落ち込んだように俯いているのが簪だった。簪の表情は暗い。そんな簪の顔を見ることが、アイズには悲しかった。
「ごめんなさい………私、アイズを守れなかっ……」
「それは違うよ、簪ちゃん」
ぺた、と簪の頬にアイズの小さな掌が当てられる。簪は触れば壊れるんじゃないかというように、繊細にその手に自身のそれを重ねる。
「簪ちゃんがいたから、二人をあそこまで追い詰めたんだよ。セシィたちだって、余裕じゃなかったでしょ?」
アイズがそう聞けば、セシリアも鈴も苦笑してそれを肯定した。
「そうですね、あそこまで粘られたのは、ちょっと怖かったですよ?」
「あそこまで追い詰めて十五分耐えられたのはショックだったわ」
この二人にしても、手負いの二人にああまで粘られたことは想定外だった。あと少し、なにかが違っていれば勝者と敗者は違っていたかもしれない。それほどまでにアイズと簪の抗戦は凄まじかった。
「そういえば、あのときなにをしたの?」
「ああ、ミサイルのロックを外したことですか? 私のビットの特殊内蔵兵器のひとつですよ」
二つ目の特殊ビット。それが今回、簪のミサイルを不発にさせたジャミングビットの能力であった。姿を消すステルスビットとは逆に、相手のセンサーにありもしない幻影を映したり、誤作動を起こさせるような対象の電子機能を攪乱するビットだ。
本機であるセシリアと、二機のビットの三点にて囲んだ領域がその効果範囲となり、あのときセシリアがビットを飛ばしたのも、ジャミング範囲を広げてミサイルのロックオンシステムに誤作動を起こさせるためだ。
「ビットの特殊運用は私の切り札です。まさか使わざるを得ないところまで追い詰められるとは思ってませんでしたけど」
セシリアとしても、ここで切り札のひとつを明かすつもりはまったくなかったが、それを使わねば簪を倒せなかった。
「簪さん、あなたは強い。……アイズのこと、これからもよくしてやってくださいね」
「セシリア、さん……」
笑みを浮かべて手を差し出すセシリアに、簪はやや驚いたように目を見開いていたが、自身を認めてくれたのだと理解すると目に涙を浮かべながら嬉しそうにその手を取った。それを見ていたアイズも、嬉しそうにセシリアと簪の握手を見守っている。
「よかったじゃない、これでアイズと交際できるわね?」
「こ、ここここ交際っ……!?」
ニヤニヤした鈴がそんなことを言い、簪が顔を真っ赤にしてうろたえる。アイズはよくわかってなさそうにそんな簪の姿を見て首をひねっている。
「なによ、あんたアイズが大好きなんでしょ?」
「そ、そそれは……!」
「アイズも簪が好きなんでしょ?」
「ん? そりゃ簪ちゃんは大好きだよ?」
「ほら、両思いじゃない。なにか問題ある?」
「大アリです。……簪さん、交際をしたいならまずは私を通してからにしてもらいましょうか」
「おお、怖い保護者がいたわね。あひゃひゃひゃ!」
下品な笑い方をする鈴に、冗談だか本気だかわからないセシリア。簪はうろたえるばかりで、アイズはやはりわかっていないようだが、みんなが楽しそうでケラケラと笑う。
アイズはこんなみんなで笑い合えることがたまらなく好きだ。そして、そんな光景を見ることが、こんなにも幸せで―――。
―――――。
―――――?
なにかおかしい。
アイズはふとそれに気づく。いったい今のなにが変なのか、すぐにわからない。こんな幸せな光景を見れたことに喜んでも、おかしいと思えるようなものはなかった。
「そういえば」
アイズがそういった思考に陥り始めたとき、セシリアが少し不思議そうに声をかける。
「見えているようですけど……AHSを作動させているのですか、アイズ?」
「え?」
そう、見えている。見えていた。おかしいのは見えていたものじゃない、見えていたこと自体がおかしいのだ。
戦闘から気絶してこの保健室に連れてこられたから、見えていることに疑問を抱かなかった。
そうだ、見えていることはおかしい。アイズはISのバックアップを受けなければ視神経は死んだままだ。AHSだけを起動させれば短時間であるが日常生活でも見ることはできるが、アイズは極力これを使おうとはしなかった。
間違って起動したままなのかとも思ったが、ISは完全に待機状態になっており、AHSも作動はしていない。
「え……え?」
「アイズ?」
「どうして……ボクの目、なんで……?」
アイズが困惑した声をあげる。視力が回復するなど、ありえない。
なぜなら、アイズの目の視神経は完全に死んでいるのだ。目に埋め込まれたナノマシンを介さない限り、擬似的に視力が戻ることはありえない。そしてそのナノマシンを制御しているISは待機状態のままである。では、いったいなぜナノマシンが起動しているのか。
「っ……」
目が突然疼く。いや、疼くなんてものじゃない。それはまるで……。
かつての、悪夢のような痛みが襲う前兆のようで―――。
「がっ、ああああっ!! うぁ、ああああああああああぁっ!!」
アイズが目を抑えて悲鳴をあげる。これに驚いたのはセシリアたちだ。突然苦しみ、暴れだしたアイズを慌てて押さえつける。
「ちょ、アイズ!? どうしたの!?」
「まさかこれは……! 鈴さん、アイズを抑えていて!」
「アイズ、アイズ……!」
泣きそうな声で簪が呼びかけるが、アイズに応える余裕はなかった。まるで目の中でなにかが暴れるような痛みに、ただただ悲鳴をあげるしかなかった。そして閉じられた目からは、ぽたぽたと赤い液体が溢れ出る。文字通りの血の涙を流すアイズに、簪の顔が真っ青になる。
それは、いつだったかアイズ本人から聞いたことを思い出させた。
「ナノマシン、スタンピード……!?」
本来まったくの別の思惑で埋め込まれたというアイズの目にあるナノマシン。それが暴走状態となることでアイズを傷つけてしまうスタンピードが起きる。
それを思い出した簪は、今のアイズがまさにその状態なのではないかと思い至る。
「セシリアさん……!」
「アイズ、すぐにISを起動させなさい!」
簪の助けを求める声を遮るようにセシリアが叫ぶ。
レッドティアーズtype-Ⅲには、ナノマシン制御の機能が備わっている。暴走状態のナノマシンを制御して沈静化させるにはそれしかない。アイズはそのセシリアの声をなんとか聞いたのか、必死になってレッドティアーズtype-Ⅲを起動させる。即座にISを纏い、AHSが暴走状態のナノマシンの制御のためのプログラムを作動させる。
「う、うう……!」
完全でなくとも沈静化はできたのか、アイズの声も力はないが、しっかりとしたものになってくる。未だに目は痛みが走っているが、我慢できないほどではない。動けるようになった今のうちに、こうなった原因を排除しなければISを解除することもできない。
「アイズ、大丈夫なの……!?」
「う、うん、大丈夫だよ、簪ちゃん。今は痛みも少しはよくなったから……」
「でもいったいなにが起きたのよ……? よくわかんないけど、なにか起きてるんでしょう?」
そう、いったいなにが起きているのか、それが問題だ。
原因はアイズの目のナノマシンがAHSを介さないで作動してしまったことだ。AHSの制御下でないと、たちまちナノマシンは暴走状態へとシフトしてしまう。では、AHS以外で、その制御下にある休眠状態のナノマシンを作動させることができるものはいったいなんなのか、ということになる。
ナノマシンとAHSについて理解が浅い簪と鈴は見当もつかず、アイズ本人もまるでわからない。
「まさか……」
その中でただひとり、セシリアだけは違った。セシリアは今まで消してあったモニターのスイッチを入れる。いったいなにがしたいのかわからない面々はそのモニターに映されたものに唖然とした。
「な、なにあれ?」
それは続いて行われている第三試合、一夏とシャル、ラウラと箒の試合中継であった。
しかし、映された映像には、黒いナニカがまるで暴走でもしているかのように暴れている。そのナニカと必死に戦っている一夏とシャルロット、そして箒の三人がいる。いったいなにが起きているのか、わけがわからない。しかし、あの正体不明の黒いISの正体はすぐに思い当たる。
「まさか、ラウラちゃん……?」
映像では鮮明にわからないが、その黒いISの頭部の半分が露出しており、中から人の顔が見える。流れる銀髪と、そして眼帯に隠れていたであろう、金色に光る瞳。これらの情報からそれがラウラであろうと思い至る。
だが、アイズにとって問題なのは、そのラウラの目だ。金色の瞳、それは、まるでアイズの目と同じようで―――。
否、あれは間違いない。
「………セシィ。そういえば本社からラウラちゃんの情報が来てたよね? なんてあったの?」
「………」
「セシィ!」
苦い表情をしたセシリアをアイズが問い詰める。アイズは、表情が見えていなくてもセシリアの精神状態は纏う空気だけでわかってしまう。
言いづらい事実を、知ってしまったとき。今のセシリアからはそんな苦悩を感じ取れていた。やがてセシリアは個人のプライベートではあるが、状況説明が必要だと判断して話し出す。
「………ドイツ軍、シュヴァルツェ・ハーゼ所属。そして遺伝子強化の試験体として生み出された試験管ベビー」
「……っ!」
「そしてIS適正向上のためにある処置をされ、その影響で左目が変質。以降、能力を制御できずに何度か暴走経験もあり」
「なによ、その処置って」
重苦しい過去に聞いていた鈴の声も固い。空気が重くなる中、セシリアの言葉が続いていく。
「その処置とは、ヴォーダン・オージェと呼ばれる、直接生体の反射速度や脳への伝達速度の向上などを目的とした擬似的なハイパーセンサーの移植です。これにより高速下での戦闘での反射や、本来得られないほどの広い視野を得ることができるとされています」
「それって……まるで、アイズの……!」
それはまるで、簪がアイズから聞いたAHSのようだ。
ハイパーセンサーに同調した目に埋め込まれたナノマシンを介することで、視神経の代替の役目を果たし、脳へと情報を伝達させるアイズの機体に積まれたAHSシステム。
ヴォーダン・オージェは、AHSによく似ている。
「当然だよ………だって、もともとボクの目は、それだから」
「え?」
アイズが立ち上がる。まだ目が痛むのか、辛そうに目を押さえながらも保健室から出ていこうとする。
「待ちなさい、アイズ。どこへ行くのです?」
「決まってるでしょう? ラウラちゃんを、止めにいくんだよ」
「危険すぎます。わかっているでしょう? アイズの目が暴走したのは、十中八九、あのヴォーダン・オージェの暴走に共鳴したためです。今はAHSで制御はしていても、接触すればどうなるかわからないんですよ?」
「そんなことはわかってるよ。でも、………それは、ラウラちゃんを見捨てる理由にならないでしょ?」
「しかも、あれはおそらくVTシステムです。ヴォーダン・オージェとVTシステムが同時に起動しているアレを、手負いのあなたがどうにかできるのですか?」
VTシステム(Valkyrie Trace System)。過去のモンド・グロッソの戦闘データからそれを再現するシステム。つまり、あれはかつての織斑千冬の再現でもある。それだけでなく、世界有数の実力者達の総体ともいえる代物だ。データで再現しているだけとはいえ、その脅威度は決して小さくはない。
国家や組織での開発が禁じられているはずのこのシステムがなぜラウラが使っているのかはわからないが、非常事態であることは確かだろう。
VTシステムを使うためなのか、はたまたヴォーダン・オージェがあるためなのかはわからないが、この二つが合わさることにより恐ろしい戦闘能力を発揮してしまう。ただの戦闘データに、ヴォーダン・オージェの状況把握能力と反射速度が加わることで過去の戦闘データから常に最速最適な行動を選択・実行できる。しかし、それは操縦者のことをなにも考えていない、ただの無機質な「力」に成り下がるものだ。
アイズは、それが許せない。
「セシィ………ボクは、ラウラちゃんにあんなことをしてもらいたくない。ボクは、あんなもののために生きていたわけじゃない」
「………」
「それに、………あのままじゃ、ラウラちゃんはボクの二の舞になる。目を、失うことになる」
そんな二人の話を聞いていた簪はいったいどんな顔をしていいかわからないというように表情をコロコロ変えている。しかし、どの顔もそれは辛く、悲しいものだった。
アイズとセシリアの会話は、半分もわからないが、それでもアイズの過去に、なにか悲しい出来事があったのだということはわかる。そして、アイズが光を失った原因が、今モニターのむこうで暴れているあの変異したラウラと同じであることも。
「ボクは行く。ラウラちゃんは、ボクと同じになっちゃいけないんだ」
「………」
セシリアは無言でじっとアイズを見つめている。一見すればポーカーフェイスでも、それはなにかに悩んでいるようでもあった。
おそらく、アイズを行かせていいか迷っているのだろう。
しかし、そんな状況を変える声は以外なところから出た。
「行かせてあげなさいよ」
鈴がセシリアの肩を優しく叩きながら言った。
「たぶん、この中で一番よくわかってないのはあたしだろうけどさ、でも、やらなきゃいけないと思っていることをやらないと、一生後悔するわよ。たしかにマジもんのVTシステムなら千冬ちゃんとやりあうようなもんなんだろうけどさ、ここにはこの一年でも五指に入る実力者が四人もいるのよ?」
そうして鈴は全員を見渡し、ニカッと活発な笑みを見せる。
「アイズが無茶すんなら、私たちがそれを助けてやればいいじゃない。確かに全員ダメージが大きいけど、それでもあそこでがんばってる一夏たちも含めれば七人もいる。ヴァルキリーってのはこれだけいて倒せないほど遠い存在じゃあないつもりよ」
「………そう、だね。私は、アイズを守るって誓ったんだ。アイズがあの人を助けたいっていうなら、私はそんなアイズを助ける。負けたけど、それでも今はアイズのパートナーなんだから」
「鈴ちゃん……簪ちゃん……」
「でも、あとで詳しい話は聞かせてもらうわよ? それでいいわね、セシリア?」
「………皆さん、本当にバカ正直ですね。私も、含めて」
セシリアは苦笑して「負けました」と呟く。アイズをしっかりと見て、そして誓う。
「いつだって、私はアイズの味方です。後ろはまかせてください。だからアイズ………あなたは、あなたの戦いをしてください」
「セシィ………ごめんなさい。……ううん、ありがとう」
いつもセシリアは自分を助けてくれる。我侭を言って申し訳ない気持ちもあるが、それ以上に嬉しさがあった。
「決まりね。一夏たちももうあんまり持ちそうにないわ」
「急ごう。機体ダメージはリカバリーしきれてないけど、戦闘は十分できるくらいにはなってる」
四人とも機体ダメージは撤退するレベルだ。武装も使用不可のものも多々ある。しかし、それでも戦うと決めた四人は、迷いなく戦場へと向かう。
「タッグから一転、今度はチーム結成ね。これまた負ける姿が想像できないチームね」
ついさきほどまで競い合っていた四人。今度は、その四人が共通の目的で戦いへ赴いていく。
***
「くそっ!」
戦闘中、突然変異したラウラに一夏たちは追い詰められていた。実質二体一での戦い。シャルロットの協力もあり、ラウラを追い詰めたが、そのときラウラのISが突然変異を起こした。
一夏はいったいなにが起きたのかわからない。しかし、あの姿は思い当たるどころか、ずっと見てきた姉のものだ。それを見た瞬間、一夏は怒りを覚えた。
あんなニセモノが、姉を真似ることが許せない。そんなものに頼るラウラが許せない。怒りに任せて戦う一夏だったが、次第になにか、声にならない声が聞こえてくるような気がした。
――――けて。
それはラウラの声だった。
ラウラの抱く思いが、まるでテレパシーのように伝わってくる。それがなぜ聞こえるのか、そんなものはわからなくても、確かにラウラの心の声だと直感する。
――――私は、強くあることだけが存在意義。
――――それが私の生まれた理由。
――――しかし、私は未熟だった。失敗作の烙印を押され、私は生きる意味も失った。
――――そんなときに、私を助けてくれたのが教官だった。教官が、私をもう一度「私」にしてくれた。
一夏は抱いていた疑問がようやくわかった。あそこまで姉にこだわっていた理由は、これだったのだろう。
――――だから、許せなかった。そんな教官の栄光に泥を塗った、織斑一夏が。
そう、だからラウラは自身に怒りをぶつけてきたのだ。そして一夏にとって、思い当たることがある。姉が出場した第二回モンド・グロッソの決勝直前に、一夏は誘拐された。姉は決勝を放棄してまで救いにきてくれた。感謝の念と、自責の念を一夏は抱いたが、事実として、姉は自身のために栄光を捨てたのだ。
一夏が強くなりたいと思った原点はここだった。
――――しかし、教官はそんな織斑一夏を許している。いや、恨んですらいなかった。
――――家族だから? 私にはわからない。栄光を捨てるほどの、力を捨てるほどの重要ななにかが織斑一夏にあるのだろうか。わからない。私はそれが知りたい。
――――力より大切なものとは、なんだ? それが、弱さを強さに変えるというのか?
――――では、そんなものがない私は、………負けたら、なにが残る?
――――なにもない。私は、織斑一夏に負ければ、なにも残らない。
――――負けられない。教官や織斑一夏が持っているという「なにか」がない私は、負けるわけにはいかない。負けたくない……、負けたくない!
――――だが、これは、違う。私は、力こそがすべて。でも、私が私でなくなる力なんて、……。
――――嫌だ、私が消える。私は、私でいたい。
――――だから、……………たすけて――――。
「くそったれ……!」
ラウラの心が伝わってくる。それが一夏の心に良くも悪くも影響を及ぼしていた。
嫌な奴だと思っていたが、ただなにも知らないだけじゃないか。友情も、親愛も、そんな当たり前の感情すらわからないやつを見捨てられるのか? そんなこと、できるわけがない。
ラウラを救う。そのために姉を模倣するあのふざけたものを叩き斬る。
しかし、あの変異したラウラの強さは常軌を逸していた。
圧倒的なスピード、絶対的な攻撃力。そしてなによりも反射速度と感知能力が尋常じゃない。シャルロットと、はじめはまったく戦う気すら出さなかった箒の援護を受けてもたった一撃入れることができない。全身を覆われながらも、唯一露出したままになっている金色のラウラの瞳が無機質に光る。だが、一夏にはあの目が泣いているようにしか見えなかった。
助けたい。しかし、どうする?
シャルロットもそろそろ限界だし、箒はもともとISに積極的じゃないぶん、操縦技術は低い。箒もそれがわかっているから距離をとっての最低限の援護しかしておらず、足でまといになるようなことはなかったが、これでは決定打にかける。零落白夜を当てるには、一夏と変異したラウラのスペックが違いすぎた。
せめて、簪のような切り札となるような武装があれば。
せめて、鈴のような防御を無意味とする技術があれば。
せめて、セシリアのようなビットの援護があれば。
せめて、アイズのような超能力のような直感があれば。
そんな足りないものを欲するようなことを考えてしまったのがいけなかったのか、隙をつかれて接近された一夏は、目の前で攻撃動作に入っているラウラを見てしまったと思い離脱しようとする。しかし、間に合わない。シャルロットと箒が援護に入ろうとするが、これも間に合わない。
万事休すか、と思ったそのとき、一夏にとって馴染みのある光の矢がラウラの攻撃を弾いた。
「これは……!」
一夏が振り返る。
そこにいたのは予想通り、いつものように微笑みながらレーザーライフルを構えるセシリア・オルコットの姿があった。
「油断大敵ですよ、一夏さん」
「セシリア……それにみんなも」
そこにいたのはセシリアだけじゃなかった。鈴が、簪が、そしてアイズが、それぞれが武器を構えた臨戦態勢でそこにいた。この場にいる誰よりも強い四人の登場に、シャルロットや箒も安堵の表情を浮かべていた。
「さて、うまいことアリーナに侵入したけど………」
「あまり時間はかけられない。私たちの機体も、長時間の戦闘に耐えられない」
「もともとそんなつもりはありません。迅速にやりましょう。………アイズ」
セシリアに呼ばれ、アイズが目線だけ振り返る。その目は、変異したラウラと同じ輝きをしている。
「………救ってきてください。あなたが、救いたい彼女を」
「うん」
アイズが一歩前へとでる。ゆっくりと機体を浮上させながら、バイザーを外して変異したラウラを見る。
「ラウラちゃん………」
自身と同じ瞳。しかし、その瞳には決定的な違いがある。アイズの優しさと穏やかさが宿った暖かい目と違い、ラウラのそれはただただ無機質で冷たい印象を与えるだけであった。
その冷たさがアイズには悲しかった。
だから―――アイズは手を差し伸べる。
「お話しよう、ラウラちゃん。ボクに教えて、あなたのこと。そして…………ボクを、見て。ボクを、知って。…………ボクは、あなたなんだよ」
とうとうアイズの過去が見え始めました。
この物語ではヴォーダン・オージェに独自の設定が追加されています。
次回の主役はラウラとアイズ。実はすごい関係があった二人がメインとなります。今回はアイズsideだったのでラウラsideのタッグ戦からはじまります。
それではまた次回。