双星の雫   作:千両花火

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Act.21 「簪の戦い」

 更織簪。

 対暗部のカウンターとして代々続く家系に生まれ、頭首となった姉の実妹である簪は昔から比較をされる対象であった。

 なんでもできる姉、自分より優れた姉。それを否定したくて、闇雲に努力をした。しかし、簪の努力を姉は才能だけで超えていく。天才、とはこういう人のことを言うのだろう、と半ば諦めるようになったのはいつの頃だったか。

 それでも今なお、姉に劣ることを認められない。認めてしまえば、そのとき自分の揺らいでいる価値すらなくなりそうで―――。

 

 いや、きっと違う。

 

 認められないんじゃない。簪は例え姉になにをしても劣るのだとしても、それでも誰かに認めて欲しかった。

 自分では自分を認められない。ずっと先を走る姉を知っているから、認められない。

 

 いつか姉が言っていた。「簪ちゃんはなにもしなくていい」と。

 

 それが簪を心配して言ってくれた言葉だということもわかっている。危険なことは全て引き受けようとする姉の気遣いもわからないほど幼稚ではない。

 

 しかし、それでも。

 

 簪は、その言葉に打ちのめされたのだ。

 

 姉と並びたい、なのに姉はその必要はないという。姉を避け始めたのはその頃だった。

 

 悔しい。何度も味わった苦い思い。しかし、そのときほどそう思ったことはなかった。姉の優しさを受け入れられなくなった。

 子供みたいに拗ねていると言われても言い返せない陳腐な反発だった。

 

 

 

 ―――私は、どうして。

 

 

 

 しかし、一番悔しく情けないのは、なにも言えない無力な自分だった。姉の隣に立てない。姉のようにできない。姉にはなれない。

 

 

 ―――どうして、こんなにも弱いんだ……!

 

 

 あまりにも遠く、追いつけない背中から逃げたくなったことなど一度や二度ではない。それでも簪は今、姉を避けてもなお、絶望してもなお、泣いてもなお、―――目の前に映る姉の幻影から逃げない。この絶望に変わった目標に挑み、抗い続けることが、簪に残された最後の自己同一性なのだから。

 

 そう、思っていた。

 

 アイズ・ファミリアに出会うまでは―――。

 

 

 

『簪ちゃんは簪ちゃんにしかなれない。でも、だからこそ、一緒に見れる夢がきっとあるよ』

 

 

 

 それが簪にとってどれだけ救いになったか、アイズは気づいていないだろう。簪を慰めたり宥めたりする気すらなかったはずだ。

 アイズの本心から漏れた言葉は、簪の荒んだ心に大きな衝撃を与えた。そして気がつけば、簪はその言葉を胸に生きていた。

 

 アイズの見ている世界が見たい。

 

 そうすれば、自分の見ている世界も、変わるかもしれない。

 

 なにより、……。

 

 アイズと一緒に夢が見たい。

 

 アイズと一緒に、この世界に夢を見たい。

 

 苦しむほどに辛いものじゃない、思うだけでときめくような、そんな夢が、欲しい―――!

 

 そんな想いをくれたアイズが大好きだ。

 

 だから、―――――。

 

 

「私が、アイズを守る」

 

 

 ―――更織簪は、好きな人のために、強くなるのだ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「そこっ……!」

「甘い……!」

 

 武装のほとんどが依存するレーザーに著しい制限をかけられながらも、セシリアの優位は崩れなかった。確かに簪も代表候補生にふさわしい高い技量を持っている。しかし、セシリアの経験とセンスはそれを悉く上回る。

 ただ狙いをつけてトリガーを引くまでの時間はもはや刹那しかない。簪からしてみれば銃口を向けられたと思ったときには既に目の前にレーザーが迫っていると感じているはずだ。それだけでなく、機動の先を読んで放たれる狙撃の命中率は脅威としかいいようのないものだ。

 

 簪はほとんど直感でセシリアのレーザーを回避する。いかにERFによる防御があるとしても、レーザーを受ければ足が止まる。それは制限時間のある簪にとってはマイナスにしかならない。このレーザー減退フィールドはあくまで緊急用だ。回避するに越したことはない。

 しかし、その回避が問題だ。レーザーを無効化されたにも関わらずにセシリアはさきほどと同じように執拗にレーザーをあてにきている。もともとこの防御フィールドはカレイドマテリアル社のもの。ならばそこに所属するセシリアは簪よりもこの武装の弱点を知っているのだろう。

 確かにレーザーを受け止めることができるが、その分だけエネルギーを使うために稼働時間が短くなる。五分というのはあくまで展開持続時間であるため、何度もレーザーを受ければその時間はみるみる減っていく。セシリアはそれすら知っているはずだ。でなければさきほどまでの狙撃狙いではなく、弾幕を展開してとにかく当てにくる戦術へと移行した意味がない。

 回避に専念して五分を凌ぐよりも、攻勢に出て簪の制限時間を削りにきたのだ。攻撃は最大の防御、なんて生易しいものじゃない。防御する必要などないというような激しい攻撃だ。

 

 それでも簪とて、ただやられるわけにはいかない。手にした武装はブレードとマシンガン。ERFの影響を受けない装備は現状ではこれしかないが、それでも近接と射撃兵器があるのだ。いくらでもやりようはある。セシリアやアイズのティアーズのようにどちらかに特化したものではなく、汎用性に優れていることが打鉄弐式の特徴でもある。

 射撃による牽制を繰り返し、距離を詰めてブレードを振るう。そんな教科書通りのことしかしていないが、それでも今なら多少強引でも通用する最適な手段だ。

 機を見て、レーザーを受ける覚悟で瞬間加速を用いて強襲をかける。簪が実戦で瞬間加速の使用に成功したのは初めてだったが、もちろん本人はそんなものを意識する余裕はない。

 

「ぐっ……!」

 

 真正面からレーザーの直撃。ERFによって減退、拡散させる。しかしフィールド維持の時間は早くも残り二分にまで削られる。

 しかし、これでセシリアを射程に収める――!

 

「やぁぁっ!」

 

 ブレードを突き出すように構えて突撃する。数少ないチャンスを活かすために、当たれば大きなダメージが期待できる突きでセシリアを狙う。威力をさらに乗せるために全速でもって突撃する。

 

「くすっ」

 

 しかし、セシリアは笑う。そんなセシリアにあとわずかで届くというところで、まるで彼女との間を隔てるように簪の目の前に光の網が現れた。

 

「っ!?」

 

 いったいなんだ、新兵器か……いや、違う。簪はその正体に思い当たる。

 それはビットによるレーザーだ。わずか一秒も持たない瞬間的にしか形成されないレーザーネット。ビットそれぞれから発射されたレーザーが編みこまれるようにネット状に交錯している。ほんの一瞬でも簪がブレーキをかければただ無意味に霧散する曲芸でしかないそれを、簪は回避するわけにはいかなかった。

 このレーザーの網を突破しなければセシリアに逃げられる。いや、既にこんな神業のようなものを見せられたときに誘い込まれたと理解はしたが、これさえ突破すればセシリアに一撃入れられる。さらにスピードも出ていたことから、もう止まることもできない。簪はその罠に真っ向から突っ込んだ。

 

「うぐっ……!」

 

 それは合計八つのレーザーを受けたに等しい。ベクトルが向いていなかったために直撃よりダメージは少ないが、それが八つ同時となればダメージは深刻だ。ERFがなければシールドエネルギーを間違いなくゼロにしている。そしてそのERFも、既に展開持続時間をがっつり削られた。この瞬間だけで展開時間は残り二秒にまで削られる。結局、五分どころか三分も持たずにERFを無効化された。

 

―――しかし、耐えた。そして捉えた。

 

「この距離、もらった……っ! ……とったよ!!」

 

 簪のブレードがセシリアに突き刺さる。左腹部の装甲にブレードが食い込む。この学園において、はじめてセシリアに直撃を与えたのだ。威力は多少殺されたが、それでも十分な勢いを乗せられた。いくらセシリアといえど、かなりのダメージを受けたことは間違いない。

 簪は知らずに頬を緩めていた。

 

「こちらもとりました」

「え?」

 

 カコン、と簪の頭部になにかが当てられた。

 簪の視界には、苦悶の表情をにじませながらも、口は笑ったセシリアが右手を突き出している姿が見えた。

 

 右手、なにを、持って――? 

 

 答えは、ひとつしかない。スターライトMkⅣの銃口をゼロ距離で押し当てている。まずい、と思った瞬間、簪の耳は確かに捉えた。

 

 セシリアが、トリガーを引く音が―――聞こえた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 危なかった。

 それがセシリアの正直な気持ちだった。セシリアの予測では、あのレーザーネットトラップで簪を倒しているはずだった。

 しかし、ERFを削りきれずに耐えられた。ほんのわずかにレーザートラップにはめるタイミングがズレた。簪があの一瞬で、迷わずに踏み込んできたためだ。

 あの場面で迷わないその度胸は大したものだ。簪の不退転の覚悟を確かに感じた。

 

 そのために近接ブレードの一撃をまともに受けてしまった。レーザーネットで勢いを殺せたから耐えられたが、あの勢いのまま受けていれば反撃することもできずに吹き飛ばされていただろう。

 ダメージを流して離脱することはできたが、簪の覚悟のある一撃を受け、セシリアもその覚悟で反撃を決意した。

 その場に踏みとどまって耐えることはダメージをまともに受けることになるが、そうして簪の覚悟を真正面から打ち破りたかった。

 

 ゼロ距離からの射撃を受けた簪は、直撃した頭をがくんと揺らしながら転落していく。

 

 落ちていく簪を見下ろしながら、簪の覚悟を確かに認めた。アイズのパートナーとなり、アイズを守ろうという意思は、虚勢ではなかった。それは確かに強い力となってセシリアに迫ったのだ。

 

「認めましょう………更織簪さん、あなたは、強い」

 

 

 

 

 

 

 

「その証明は、あなたに勝つことで示してみせる…………!」

 

 

 ハッとなって簪を見た。

 簪は意識がやや混濁しているように目の焦点が合っていなかったが、それでもセシリアに向けて笑ってみせた。

 

 まだ、倒せていない――っ!?

 

 簪は驚愕するセシリアの顔を満足そうに見て、最後の切り札を発動させる。八門のミサイルポッドが六機展開される。

 

「誘導ミサイル……!?」

「本当はマルチロックオン式だけど未完成………単一ロックオン式だけど、………四十八発、すべて捉えた……!」

「っ! ERFは、ロックオンまでの時間稼ぎ……!!」

 

 やられた。制限時間があったのはセシリアのほうだったのだ。四十八発すべての独立誘導ミサイルがロックをする時間を与えてしまった。

 セシリアが慌てて距離を取ろうと動き出したそのとき、簪はうっすらと笑ってそのミサイルを全弾発射した。

 

「フルバースト」

 

 

 

 ***

 

 

 

 迫るミサイルに対し、セシリアは即座にパージしていたビットのレーザー掃射による迎撃行動に移る。しかし、距離が近すぎた。全弾撃ち落とすには引き撃ちするための距離が足りない。

 これが簪の本当の狙い。

 ERFによる安全時間を作り、切り札の誘導ミサイルすべてがセシリアをロックする時間を稼ぐ。ずっと攻めるようにしていたのも、セシリアに疑念を抱かせないため。

 ERFの効果時間があるにも関わらずに時間稼ぎをするようでは、なにかがあるとセシリアは気づく。完全に不意打ちでこのミサイルを使うために、あえてERFの限界時間を削ってまであのような無茶な突撃までやったのだ。

 ミサイルを使うまでに落とされるリスクのほうが高かったはずだ。それでも簪はやってのけた。

 

 だからこそ、セシリアはここまで追い詰めれている。

 

 しかも先のブレードのダメージが軽くない。このままいけば、直撃を受けるまでに、ミサイルを五発程度撃ち漏らす。すべて撃ち落とせないと判断したセシリアは、簪の実力に敬意と畏怖の念を抱きながら、背部ユニットに残されていた最後の二機のビットをパージする。

 

「いきなさい」

 

 その二機のビットはレーザーを発射するのではなく、セシリアから大きく距離を取る。迎撃行動を取らず、ただ射出しただけに見えるビットに簪も観客たちもいったいなんのつもりかと疑念を抱く。

 そして、それはすぐに起きた。

 

「え?」

 

 突如として、誘導ミサイルが目標を見失う。残ったミサイルはふらふらと揺れながらアリーナの地面や遮断シールドにぶつかって爆発する。セシリアは自身のほうへ向かうミサイルのみを余裕を持って対処する。

 

 いったいなにが起きたのか、なぜロックオンが外れたのか――?

 

 いきなりのことに困惑する簪に向けてセシリアがレーザーを放つ。切り札が不発に終わり、しかもまだゼロ距離射撃のダメージが残る簪は呆然と迫るレーザーを見つめている。

 

 茫洋とした意識の中、簪はただひとつだけ理解した。

 

 

―――――ああ、私は、負け――。

 

 

 

 「まだ負けてない、簪ちゃん!」

 

 

 

 負けを認めようとする思考を断ち切るような自身を呼ぶ声に我に返る。

 そして真横から体当たりをするようにぶつかってきた赤い機体……アイズのレッドティアーズtype-Ⅲによって、レーザーの回避に成功する。

 そのまま不格好に二機で転がるようにアリーナに着地する。簪もようやく正常な思考ができるようになり、わずかに頭を振って自身を救ってくれたアイズに向き直る。

 

「アイズ……」

「まだ、まだだよ簪ちゃん。ボクたちは、負けてない」

 

 そう力強く言葉にするアイズに、簪にも戦意が戻る。

 アイズの言う通り、まだ負けたわけじゃない。まだ、終わっていない。

 これはタッグ戦だ。たとえ自分がセシリアを倒せなかったとしても、アイズがいる限り力尽きるまで共に戦うのだと決めたではないか。簪の胸に決意が戻ると、再びレールガン『フォーマルハウト』と荷電粒子砲『春雷』を起動して構える。

 

 見れば、やや離れた距離にいるセシリアと鈴も並ぶようにしてアイズ、簪と対峙していた。

 

「悪いわね、抜かれたわ」

「いえ、問題ありません」

「その代わりアイズの左手は潰したわ。しばらくは麻痺して武器も握れないはずよ」

「上出来です。こちらも肝を冷やしましたが、切り札を使わせました」

「それじゃ、仕上げといきましょうか。………こちらも全力であの二人を潰すわよ。いいわね?」

「わかっていますよ。………あの二人は、間違いなく強者です。全能を持って、倒します」

 

 未だ余裕があるセシリアと鈴に対し、ダメージを受けた上に武装の大半を使い切った簪と鈴の発勁で左手を麻痺させられたアイズ。かなり悪い状況の中でも、それでもアイズと簪は諦めなかった。

 

「簪ちゃん、まだいけるよね?」

「もちろん」

「でも………やっぱり強いなぁ、二人とも」

「うん……」

「でも、ボクたちだって決して負けてない!」

「うん!」

 

 不利でも、未だ衰えぬ意思を顕にして二人が迎え撃つ。アイズと簪の意思とは裏腹に、それは誰が見ても結果の見えた戦いだった。

 

 その十五分後、ビット五機を破壊し、さらにセシリアと鈴のシールドエネルギーの七割を削るという脅威の粘りを見せたアイズと簪は、全力で抗い、一回戦で敗退した。

 

 最後に狙撃でアイズと簪を同時に落としたセシリアが呟く。

 

「………見事です、簪さん。認めましょう、あなたは、アイズのパートナーにふさわしい方です」

 

 そのセシリアの視線の先には、アイズを庇うようにして気絶している簪の姿があった。最後の最後で、アイズにトドメを刺そうと放ったレーザーは、アイズを抱くようにしてかばった簪ごとアイズを貫いた。

 

――――アイズを守る。

 

 最後までその意思を貫いた簪に、セシリアは敬意を込めて礼をするのだった。




完全な簪回でした。
結局アイズvsセシリアはまたの機会に持ち越し。アイズがあまり目立ってませんがこのあとで活躍します。

そしてセシリアに簪が認められました。よかったね、これで交際ができるよ!(違う)

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