決して裕福ではなかったが、それでもシャルロットは幸せだと確かに感じていた。フランスの片田舎で大好きな母との暮らしは大変なことも多かったが、それでも毎日を精一杯に生きていた。
世間の喧騒からはやや離れたそこではシャルロットはただの少女であり、そんな彼女を見守る母と、近所に暮らす村の仲間たち。そんな小さな幸せに囲まれているだけで十分だった。
それが一変したのは、母の死―――二年前に急死した母の葬儀の後、少ししてやってきたのがデュノア社の関係者だった。
はじめはなんのことかわからなかったシャルロットだったが、つまりは自分の父親がいたらしいということだけを理解して、ただ単純に会いたいと思ってデュノア社へと赴いた。
シャルロットを待っていたものは、ただ所有物のように命令を下す父親らしい男と、自身を殴ってきたその妻らしい女。
いつのまにかデュノア社の所属とされ、自由などない日々の始まり。たまたまIS適正が高かったためにIS訓練と勉強の日々。
そして気がつけば二年もそんな生活をしていたシャルロットは、いつの間にか多くのものを諦めていた。
自分の人生を妥協した。自分の青春を妥協した。自分の運命を妥協した。
すべてを仕方の無いことだと思うことでしか彼女は耐えられなかった。
そして会社の経営が傾き、世界初の男性適合者である織斑一夏の出現。これを機にシャルロットに下された命令は、「織斑一夏の専用機のデータを盗む」こと。完全に犯罪であった。
もうどうでもいいと諦めていたシャルロットは、男装をしてIS学園へと入った。そこにいたのは、自身とは違い、目を輝かせ、多くの夢を語る同年代の少女たち。
なぜ、ここに自分がいないのだろう。こんなに近いのに、なぜ仲間に入れないのだろう。
そんな憂鬱になることを思いながら過ごしていたとき、一夏に正体がバレてしまう。ちょうどいいと思った。男と偽って入学したとあれば、デュノア社も、フランス政府も黙っていまい。もちろん、シャルロット自身も罪に問われるだろう。でも、もうどうでもよかった。
自分を偽っていることに疲れきっていたシャルロットは簡単に諦めた。
それを救ってくれたのが、一夏だった。
「本当にそれでいいのか? そんな風に諦めて満足なのかよ!」
満足などするはずがない、できるはずもない。でも、どうしろというのか。
「俺にも、どうしたらいいかわからない……でも、頼れるやつならここにはたくさんいる。一人で悩むことなんてないんだ」
そう真摯に訴えてくる一夏に推されて向かった先は、セシリア・オルコットとアイズ・ファミリアという二人の存在だった。
アイズ・ファミリアはわからないが、セシリア・オルコットという存在はシャルロットは何度も耳にしていた。
カレイドマテリアル社が誇る天才。名家オルコット家の令嬢であり、同い年でありながら既にIS操縦者としての実力は欧州最強とすら言われる、まるで自分とは真逆の輝かしい人生を送っている少女。
本当に、彼女がこんな自分を助けてくれるのだろうか。そんな疑念を抱きつつも、言葉を交わしたシャルロットは、そのセシリアの高潔なあり方に感銘を受けた。
そして既にある程度の事情を察している洞察力もさることながら、厳しくもしっかり救済の道を示してくれたことに驚いた。
カレイドマテリアル社所属になること。それがセシリアの示す方法。もともとデュノア社に未練はない。あるとするなら、母から受け継いだデュノアという名前を捨てることに抵抗があった。
しかし、その名前は既にシャルロットにとって呪いと同義だった。母の最後の言葉は「幸せになりなさい」。それを為すために、シャルロットが選んだ道は、セシリアの提案を受け入れることだった。
確かに、デュノアという名前はこだわりがあるが、それでも………シャルロットは、自分が幸せになる道を選びたかった。母も、きっと許してくれる。そう思った。
しかし、そこでセシリアが出した条件は、この学園でも屈指の実力者であるセシリア、アイズと同時に戦うこと。この戦いでシャルロットの運命を決めるという。
シャルロットは、久しく感じなかった恐怖に震えた。諦めていた今までとは違う、本当の意味で現状から脱却できるかどうかの瀬戸際なのだ。
二人を倒さなければ、自分は一生デュノア社に縛られたままだろう。下手をすれば、もう日の光を浴びることすらできなくなるかもしれない犯罪に加担しかけているのだ。獄中生活すらありえる。
それがたまらなく嫌だった。そう、ほんの小さな希望が見えたとき、シャルロットは今まで封じ込めていた心を顕にした。
救いの道を示してくれたセシリアが、その道の前に立ちはだかる壁なのだ。シャルロットは感謝の念が敵意の念に変わっていくことを自覚した。
そうだとも、まだやりたいことだってある。やってないこともたくさんある。
こんなところで、自分の人生を諦めたくない。
だから、―――――目の前に立ちふさがる恩人を、倒さなければならない。こんな自分の話を聞いてくれて、手をさし伸ばしてくれた人を、倒さなくちゃならない。
それがセシリアの出した条件。超えなければならない壁。
シャルロットは、自身のすべてを賭けて戦いに臨んだ。
母の死から、諦めることで耐えてきた少女は、このときから再び抗い始めたのだ。
***
「堕ちろおおっ!」
「甘いよ! わたあめみたいに!」
シャルロットの放つ弾幕を信じられない機動で回避するアイズに、負けじとさらに弾丸をバラまく。サブマシンガン二丁の弾幕を完全回避という無茶苦茶な技量を持つ目の前の赤い存在に畏怖の念を覚えながらも、それでもシャルロットはアイズを落とそうとショットガンに切り替えて連射する。
さすがに至近距離でショットガンは回避しきれないと思ったのか、アイズが離脱する。逃がさないように武器を切り替えて追撃をしようとする。
しかし。
「Trigger」
迫り来る極光を辛くも回避する。
またしてもセシリアの狙撃に阻まれた。ここぞというときにいつもいつもその行動を潰される。一夏がセシリアに挑んでいるが、距離を詰めることすらできずに射撃にさらされている。そしてセシリアは一夏の相手だけでなく、アイズの援護を行う余裕すらある。優位性は一目瞭然だ。
やはり一対一で戦おうとしてもダメだ。かといって二対二の形になればセシリアとアイズの連携の前に抗う術はない。
だから、シャルロットと一夏が勝つ方法はひとつ。
二体一で、戦うこと。これしかなかった。そのための案は、持ってきた。
「シャル!」
「わかった!」
シャルロットが新たな武器を構える。シャルロットの機体ラファールリヴァイヴカスタムⅡは数多くの武装を搭載し、それらを高速切替ができることが強みだ。その中から、この一戦のために急遽用意した武装を選択して放つ。
「っ! 煙幕……!?」
しかもただの煙幕ではない。チャフを混ぜ込んだ電磁ジャミングスモークを発生させ、ハイパーセンサーの視覚もを一時的に無効化するスモークチャフ弾だ。チャフを有効化するには対象の攻性レーダー波の周波数を解析しなければならないが、その解析はすでに済んだ。セシリアがバンバン撃ってくるおかげでサイティングにおける周波数の解析はすぐに終わった。それがなくても目視で当てられそうなのでスモークも発生させた。
これによりセシリアの射撃を一時的にだが、止められる。さすがのセシリアもレーダーを攪乱した上で見えない的を撃つことはできない、と踏んでの賭けだ。
この隙にアイズを二人がかりで倒す。起死回生の突破口はここしかない。
一夏とシャルロット、二人がかりでアイズへと襲いかかる。
「なるほど、そうきたか!」
嬉しそうにアイズが叫ぶ。目は変わらずにバイザーで隠れているが、嬉々とした様子を見せるアイズに構わずに二人はありったけの攻撃を放つ。シャルロットが弾幕を張り、一夏が零落白夜を発動させて突っ込んでくる。アイズはそれを真っ向から対抗する。
脚部展開刃「ティテュス」を展開、四刀を構えて二人を迎え撃つ。シャルロットの弾幕はたしかに厄介だが、一夏は近接武装のみ。近接格闘でアイズとまともにやりあえるのは鈴くらいだ。アイズにしても、ここで一夏を堕とせば勝負は決まったも同然。
「くらえぇ、アイズゥゥ!!」
「やぁっ!」
一夏とアイズが激突する。零落白夜のエネルギーブレードを実体剣であるはずの「ハイペリオン」が受け止める。当然の如く、こうしたエネルギー兵器に対抗できるコーティングがされている「ハイペリオン」は難なくその必殺の一撃を止める。しかし、零落白夜が発動しているために余波でアイズと一夏のシールドエネルギーが徐々に削られている。まさか、自爆まがいの道連れをするつもりか、と思ったとき、アイズの感覚がそれを捉えた。
真上――――!?
ハッとなってそれを気付いたときはすでに遅かった。一夏の背後から飛びかかってきたシャルロットが手に巨大なパイルを持って既に攻撃態勢をとっていた。
――――パイルバンカー!
やられた、とアイズは思った。
一撃必殺の威力を持つ零落白夜を囮にして、シャルロットの近接武装が本命とは―――!
アイズの超能力といえる危機察知の感覚も一夏の零落白夜のプレッシャーを隠れ蓑にして見事に強襲を成功させた。もしセシリアの射撃が通る状況ならここで狙撃されて終わるだろうが、今はスモークチャフで射線が通っていない。しかも零落白夜を受け止めているために回避しようとした瞬間に零落白夜によってシールドエネルギーをごっそりもっていかれてしまう。
「もらったよ!」
シャルロットの切り札「灰色の鱗殻」。楯殺しと呼ばれる絶大な貫通力を持つ武装。
アイズは零落白夜のダメージをもらうことを承知でハイペリオンを盾にするしかなかった。そして、そのパイルが激突。まるで交通事故にでもあったように轟音を纏わせてアイズが吹き飛んだ。半分ほどは衝撃を逃がしたが、今のは効いた。シールドエネルギーも半分を切った。さらに悪いことに主武装である「ハイペリオン」と「イアペトス」を今の衝撃で手放してしまった。
おそらく至近にいた一夏のシールドエネルギーもごっそり減ったはずだが、それでもいい仕事をした。体勢を整えたときには二人の追撃が間近に迫っていた。
「これで終わりだ!」
「いけぇっ!」
零落白夜を発動させて突っ込んでくる一夏と、もう一撃「灰色の鱗殻」をぶつけようと迫るシャルロット。両手の武器を失い、脚部ブレードだけで二人の攻撃を受けきるのは難しい。
「お見事……!」
だがそんな状況でも、アイズは二人を賞賛した。即席ながら、よくデザインされたコンビネーションだ。正直、ここまで追い込まれるとは思っていなかった。
―――――――だが。
「まだ甘いよ。チョコみたいに!」
アイズは両手を二人へと向ける。拳を握り締めた状態で左右の腕をそれぞれ真正面からロックする。
一夏とシャルロットもアイズがなにをするつもりなのかわからない。しかし、両手の武器は失った今しかチャンスはない。二人は構わずに突撃して――――。
「なっ!? がはっ!?」
「え? うわぁっ!?」
飛んできた拳に吹き飛ばされた。予想だにしない攻撃に防御すらできずに弾かれる。
「ロ、ロケットパンチだと!?」
一夏が驚愕の叫びをあげる。
まさかそんな武器があったとは――!
予想外の攻撃を受けて動揺を強くする。アイズはそんな一夏の様子を見て苦笑している。
「うん、使ったのははじめてだけどね。でも意外と使えるね、これ」
束が冗談のように言っていた隠し武装のロケットパンチ。正式名称は腕部突撃機構「ティターン」。腕部装甲をそのまま発射するという冗談みたいな機構だが、アイズにとってその有用性は高かった。ワイヤーで繋がれた腕部はそのまま巻き取られるように戻り、再びアイズの両手に装備される。その戻ってきた手には、さきほど弾かれた「ハイペリオン」と「イアペトス」が握られていた。
「あんな方法で武器を回収するなんて……!」
めちゃくちゃだ。そんな文句を言いたかったが、そんな暇はもうすでに存在していない。
「そろそろ私にも構ってもらいましょうか」
いつの間にか上空へと移動していたセシリアがレーザーを雨のように降らせていた。ビットを使い、レーザーライフルと合わせて合計七つの砲門から放たれるレーザーに体勢の崩れた二人は回避しきれずにもらってしまう。
セシリアも復帰された今、一夏とシャルロットにすでに勝利の可能性はもはや存在していなかった。ほどなくしてダメージの大きかった一夏がセシリアの狙撃によって堕とされた。
最後に残った満身創痍のシャルロットは、唇を噛み締めながらも、諦めずにアイズへと向かう。
「まだ、まだだよ! ボクは、まだ……っ!」
諦めるわけにはいかない。シャルロットは決死の覚悟でアイズにマシンガンを放つ。シャルロットは気づく余裕はなかったが、既にセシリアは構えを解いており、実質アイズとの一騎打ちとなっていた。
シャルロットは目の前で待ち受けるアイズに向かって「灰色の鱗殻」を起動させる。もはや深刻なダメージを受け、一撃で堕とす以外に道はなかった。
「僕は、負けられないんだっ!!」
自分を奮起させるように叫ぶシャルロットに、アイズも応える。
「覚悟、見させてもらったよ……でも!」
ここで手加減などできるはずもない。それはシャルロットにとっての侮辱だ。だからアイズも本気で迎え撃った。放たれるパイルバンカーを掻い潜り、振るった「ハイペリオン」がシャルロットを薙いだ。人形みたいに力なくガクリと力尽きるシャルロットがアリーナに倒れる。
かろうじて意識が残ったシャルロットは、なおも立ち上がろうとするが、すでにシールドエネルギーはエンプティ。完全に負けたと理解したとき、それまでの激情は急速に冷やされていった。
「負け、ちゃった……の……?」
「………」
「僕は、結局…………なにも………」
「そんなことはないよ、シャルロットちゃん。たしかに、あなたの思いは届いたよ」
シャルロットは薄れる意識の中、アイズを見た。アイズの頭部を覆うバイザーにはわずかに罅が入り、割れた隙間からアイズの琥珀色に染まった瞳が見える。その瞳はなぜか淡く光っていた。その不思議な瞳の輝きは、シャルロットの脳裏に強く刻まれる。
「次に目が覚めたとき、きっとあなたの運命は変わっているよ。だから………安心しておやすみ、シャルロットちゃん」
子守唄のように紡がれた言葉を聞いた後、シャルロットの意識は闇へと落ちていった。
***
「う、ううん……」
目が覚めたとき、シャルロットが目にしたのはつい先ほどまで戦っていた人物、アイズ・ファミリアとセシリア・オルコットだった。なぜ二人がいるのだろう、とぼんやりと思っていたとき、それまでのことを思い出す。
「ぼ、僕は……!」
そう、負けた。すべてを賭けて臨んだ戦いに、完敗したのだ。シャルロットは絶望したような顔を浮かべてしまう。いや、実際にそれに近い心境なのだろう。
「シャル……」
いつの間にか一夏がそばへとやってきていた。一夏は申し訳なさそうにしながらシャルロットを気遣う。
「すまない、シャル……おまえを勝たせられなかった」
「そ、そんなことないよ一夏……僕にここまでしてくれたのは一夏だけだもの……」
そう、シャルロットは一夏を責める気はまったくなかった。ここまで真摯に自分の味方になってくれた人はいままでいなかった。そんな一夏を責めるなんて、できるわけもない。
これは、今まで諦めてきた結果なのだ。
「さて、シャルロットさん」
セシリアが発した言葉にシャルロットが緊張して身を固くする。いったいなにを言われるのか、悪い想像しかできないシャルロットは顔色を青くして死刑宣告でも待つような面持ちでセシリアの言葉を待った。
そんなシャルロットの様子に苦笑しつつ、セシリアは微笑を浮かべて告げた。
「まぁ、まどろっこしいのは趣味ではないので結果だけお伝えします。先ほど、カレイドマテリアル社の社長であるイリーナ・ルージュから了承の意を伝えられました。おめでとうございます」
「え?」
「今後、あなたの身はカレイドマテリアル社が保証いたします。近いうちに親権・機体もろともあなたの身を正式に譲渡されますので、そのつもりで」
「え? え?」
「これからは同僚ですね。よろしくお願いしますね、シャルロットさん」
セシリアの言葉が理解できないようにシャルロットが挙動不審にきょろきょろと周囲を見回している。
一夏は嬉しそうにシャルロットに笑いかけ、アイズも無邪気に笑っている。そしてそれを告げたセシリアも、初めて見る社交用ではない、暖かい笑みをシャルロットへ向けている。
徐々に状況を理解したシャルロットは、知らずに涙を浮かべながら何度も確認をする。
「本当、に?」
「はい」
「でも、僕は負けて……」
「勝ち負けが基準と言った覚えはありませんよ。事実、予想以上にあなたは強かったです」
「僕は、自由になれるの?」
「まぁ、たくさんのお仕事はありますけど……ウチの会社は、福利厚生はしっかりしてますよ?」
「今まで、みんなを騙して……」
「それは今頃イリーナさんがデュノア社とフランス政府に裏取引でなかったことにしてもらっているころでしょう。まぁ、もう男装する意味はなくなりましたけどね。女子用の制服を申請しておいたほうがいいですよ?」
「そんな、夢みたいなことが……」
「現実です。ほっぺたでもつねりましょうか?」
セシリアの出来の悪い冗談がシャルロットの緊張を徐々に解していく。シャルロットは両手で顔を覆いながら、なんとかその言葉を口にする。
「………あ、ありがとう、……ありがとうございます……!」
「どういたしまして。まぁ、私は橋渡しをしただけですけどね」
ようやく実感が湧いたのか、シャルロットは先ほどとは違う感動の涙を流す。
シャルロットは自ら家族の縁を切り、新たな縁を結ぶことを決意し、それを成し遂げた。幸運と努力が重なったその一戦は、彼女の運命を確かに変えたのだった。
「ひゃっほー! これでシャルロットちゃんもボクたちの同僚だね! ようこそー!」
無邪気に喜ぶアイズとは対称的に、静かに佇むセシリアはあの模擬戦終了直後のイリーナとの会話を思い出していた。
***
シャルロットとアイズの一騎打ちの様子を眺めていたセシリアは、決着がついたことを確認しながら特別に内蔵されている秘匿回線を通じてある人物と通信を行っていた。量子通信を利用した盗聴不可能の暗号通信だ。
相手はイリーナ・ルージュ。画面越しの彼女は愉快そうに笑っていた。
「どうですかイリーナさん。技術も根性も十分あるいい人材だと思いますが」
『デュノア社の隠し子を雇わないかと聞いたときは何を言っているのかと思ったが………おまえがいうだけあっていい素材だ。たしかに多少のことはしても手に入れて損はないだろう』
「では、スカウトをしても?」
『構わんぞ』
ブルーティアーズtype-Ⅲを通して観戦していたイリーナが頷く。シャルロットはカレイドマテリアル社のトップに認められたのだ。
『デュノアの馬鹿にはこちらから交渉しておこう。なぁに、脅迫のネタはたくさんあるからな、あそこは。金を多少積めばすぐイエスというだろうさ』
「恐ろしい人ですね、イリーナさんは……それで、親権放棄までもっていけますか?」
『まかせておけ。あの小娘の親権は私が継いでやるよ』
「イリーナさん自ら、ですか?」
それはセシリアをしてもすこし意外だった。自分の娘にする、というまで気に入ったのだろうか。
『べつに母親面する気はないさ。やるのなら徹底的に、だ。どんな馬鹿でも、“私の娘”に手を出す馬鹿は少なくとも、この業界にはいないからな』
シャルロットの身を保証するためだけに母親となる。愛に欠けるが、シャルロットの安全をもっとも高くする方法というのは間違っていない。イリーナの優しさは相変わらず苛烈だ。
『それにな……今、デュノアではきな臭い動きがある。ある意味、あの小娘は運が良かったかもしれんな』
「どういうことです?」
『デュノア社が現在、経営難なのは知っているだろう? だからこそ、あの小娘を利用しようとしたんだろうが……それだけではない。デュノア社をどこも援助しようとしない中、支援を行おうという組織が出たらしい』
「………」
セシリアは嫌なものを感じ取って顔をしかめる。
『こちらの諜報部が調査しているが、なかなか正体がつかめん。しかし、正体がつかめないというのはそれだけで情報足りうる』
「なるほど……」
カレイドマテリアル社の諜報でも情報がつかめない存在など、世界でも多くはない。それだけでデュノア社と接触したものの正体を絞る要素になる。
そして、それは今なお敵対しながらも全容が知れないある組織と同じであった。
『もしそうなら、この段階であの小娘を離れさせることは間違いではない。まぁ、私たちがかくまうことで厄介事に巻き込むことになる可能性もでかいが……』
「傀儡になるよりはまし、というわけですか。たしかにいいタイミングだったかもしれません」
『そのあたりはまた知らせる。いくら量子通信でもこれ以上はまずい』
「はい」
『シャルロット、といったか。あいつには、私を恨んでも構わんがデュノアは潰すと言っておけ。ではな』
なんとも不器用な人だ、とセシリアは苦笑する。そして通信を切断して何事もなかったかのように気絶した二人を保健室へと連れて行く。
なにはともあれ、これでシャルロットが納得すれば、彼女は同僚となるわけだ。この模擬戦でもシャルロットの力や一夏の成長を見れたセシリアはひとまずは満足することにした。
しかし、とりまく不穏の影が晴れる様子は、未だ見えてはなかった。
***
「ふーん、それであの子は就職先を見つけたってことね。カレイドマテリアル社に就職とは、先が明るいわね」
くすくす笑いながら鈴が言う。シャルロットの事情を知っている鈴や簪にも報告したアイズは楽しそうに笑っている。
「でも大丈夫? そう簡単にいくことじゃないと思うけど」
「大丈夫だよ、イリーナさんがやるといえば必ずやるから」
「あんたもどエライ人とパイプ持ってるわねぇ。私も就職に困ったらそこに就活しようかしらねぇ」
「鈴ちゃんならよろこんで歓迎するよ! あ、簪ちゃんも将来はどう?」
「う、うん! 考えておくね……!」
冗談っぽく言う鈴と、ちょっと本気にしていそうな簪。そう簡単な話ではないが、こうした将来のビジョンを楽しく語ることはいいことだろう。
「でもこのぶんじゃ、あの子も一夏にホの字かしらね」
「うーん、どうだろ。箒ちゃんみたいにわかりやすくはないけど、けっこうな恩を感じてたっぽいなぁ」
身体を張ってシャルロットの助けになった一夏は彼女にとってはヒーローのように映っているかもしれない。そう思えば鈴の言うことも十分に有り得る。そういえばタッグトーナメントも一緒に出るようだし、案外そうかもしれない。
「まぁいいけどね。見てる分には愉しいし。アイズはそういう人いないわけ?」
「ボク? うーん、大好きな人はたくさんいるけど、恋っていうのはまだよくわからないなぁ。簪ちゃんは?」
「わ、私もよくわからない……でもアイズがいるからいい」
「あんたどういう意味よそれ」
そんなガールズトークをしている三人に向かってトテトテと走ってくる女子が一人。布仏本音であった。本音はいつものようにゆるーい感じでやってくると、やや興奮したように三人にそれを教えた。
「みんなみんな! トーナメントの対戦表が出たよ!」
「お、そういえば告示の日だったわね。それで?」
「ほらこれ!」
本音がコピー紙を三人に見せる。どうやら対戦表の写しのようだ。アイズはさすがに見ることができないため、鈴と簪がそのトーナメント表に視線を這わす。
「これは……」
「ほほう……」
やや驚いたような簪と、面白そうに笑う鈴の声にアイズが「なになに~」と緩い疑問の声をあげた。簪が緊張した面持ちでそれを読み上げた。
「一回戦第二試合。セシリア・オルコット、凰鈴音ペア対アイズ・ファミリア、更織簪ペア」
シャルロットさんが一足早く仲間になりました。原作とかなり違いますが、シャルロットさんの魔改造フラグも同時に立ちました。ラファールも束さんに魔改造されるのか……?
そして次回からタッグトーナメントが始まります。ラウラ戦の前に初となるセシリア対アイズの一戦が始まりです。原作ではトーナメントでは目立たない面々が激突です。