双星の雫   作:千両花火

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Chapter 1 IS学園編
Act.1 「夢の胎動」


 その日、ボク、………アイズ・ファミリアは恋をした。

 そのときは、ただ漠然と、しかし、確かな心の激動に揺れるだけだったが、あとになって思えば恋というものが一番言葉にするならふさわしいと思った。

 

 まだ手足も伸びていない幼いとき、ボクは自分の名前すら持たずに、路地裏でその日を生き抜くことだけを考えるような生活を送っていた。

 当時は考える余裕もなかったが、いわゆる捨て子、ストリートチルドレン、そんな子供だった。ただ、その日を、明日を、生きていくことしか考えない日々。それがボクの世界だった。

 

 誰もボクを見ない、見ようとしない。そのへんに転がる石ころと同じ存在、それがボクだった。

 

 それが当たり前だと思っていたし、ボク自身、なにも知らなかったから疑問も覚えなかった。

 

 でも、そう。

 

 

 ただ………ボクは、ボクを見てくれる誰かに会いたかった。

 

 

 ボクを見て。

 

 ボクの声を聞いて。

 

 ボクの、ボクを、ボクは……。

 

 ボクは、ひとりは嫌だ。

 

 だから、あなたに精一杯の感謝をしたい。

 

 ボクを、ボクにしてくれた。そんなあなたが、ボクは―――。

 

 

 

 

 

 

「――――――アイズ。あなたの名前は、アイズです」

 

 

 

 

 

 ボクは、アイズ。

 

 

 それが、ボクの名前。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「んぅ………」

 

 茫洋としながらアイズの意識が浮上する。

 

 太陽の匂いがたっぷりする布団と、とても柔らかい枕に顔を埋めていることを認識する。だけど、寝る前にあったはずの手のぬくもりがない。途端に不安になり、暗闇の中で手探りでぬくもりを探そうとする。

 

「セシィ……?」

 

 隣にいるはずの存在を呼ぶ。返事はすぐに返ってきた。

 

「ん、……どうしました? また、怖い夢でも見ましたの?」

「セシィ……」

 

 手を伸ばすと、セシリアがしっかりと震えるアイズの手を握り、安心させるように小さな体を抱き寄せる。アイズはただセシリアに抱きしめられながら、その存在を確かめていた。肌を触れ合わせることが、一番その存在を認識できる。

 それは、アイズならなおさらに。

 

「アイズは怖がりですわね。心配しなくても、私はずっと側にいますのに」

「うん……わかってる。わかってるけど」

 

 セシリアはまるで母親のようにアイズを包む。アイズには、見えなくてもそれがわかる。とはいえ【母親】という存在がわからないアイズにとってそれは想像でしかない。それでもきっとこんな風に暖かくて、気持ちのいいものなのだろうと思っていた。

 以前に一度セシリアにそう言ったら、本人は複雑そうに笑っていた。セシリアも、アイズと同じように両親がいない。

 アイズの場合ははじめからいなかったが、セシリアは数年前に両親を事故で亡くしている。そのときのセシリアの悲しみはアイズもよく覚えている。それでも、セシリアは涙を流さずに、ひとりで実家の立て直しを行った。凋落寸前だった家を、以前よりももっと大きくした。それを、まだ年端もいかない少女が為したのだ。

 

「明日からは、しばらくこの家ともお別れなんだね」

「不安ですか?」

「セシィがいるから、大丈夫だよ」

 

 そう言うと、セシリアが笑う気配が伝わってきた。そのままアイズの頬に柔らかい唇の感触。アイズを安心させてくれる、セシリアの魔法だった。

 

「また明日から、一緒にがんばりましょう」

「うん……」

 

 明日、アイズとセシリアは日本へと向かう。IS学園へ入学するためだ。

 本当なら、それは意味はあるが絶対に必要なことではなかった。ここを離れるデメリットも大きい。しかし、ほかならぬ敬愛する束から後押しされ、入学を決めた。裏の理由としてもっとドロドロしたものがあるが、そのほとんどをセシリアが引き受けている。アイズは、純粋に同年代の人と一緒の学生生活を楽しんでこいと言われている。

 しかし、アイズも自分が表舞台に出る意味をわかっている。それは、自身の特殊性を明らかにすることだ。この身に宿る呪いのような力も、託されている力も、すべて。

 それすらも、未来のための布石にしなくてはいけない。ほかならない、アイズの夢のために。

 

「がんばろうね、セシィ」

 

 だから、アイズは迷わない。

 

 いや、迷っても、止まることはない。

 

 決して。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 翌朝、アイズはセシリアに手を引かれながらお世話になっている企業の研究所へと向かった。イギリスに本社を置く【カレイドマテリアル社】。アイズとセシリアはそこのIS研究部門のテストパイロット兼助手として登録されている。

 携わっていることは、主にISに関する基礎理論と、そこから生み出せる派生技術の研究。そして、生み出された新技術、新武装の実証試験といったテストパイロットとしての役割を担っている。

 実際、セシリアはIS乗りとしてはすでにイギリス、いや、ヨーロッパ最強と呼び声が高い。現役の代表クラスの実力者ですら操縦不可能と言われた化け物スペックの専用機『ブルーティアーズtype-Ⅲ』を完璧に乗りこなす唯一の女性だ。

 もともと試験機の意味合いが強かったブルーティアーズだが、セシリアの反応速度に機体がついていかないという事態に陥っていた。

 そこでとある天才をはじめとした社の研究者たちが機体を買取り、作り上げたのが現在の【type-Ⅲ】である。実質、次世代機すら凌駕するとまでいわれるその機体はセシリアしか扱えない完全なワンオフ機となっている。訓練を受けた操縦者が乗っても処理が追いつかずにまともに装備を扱うことすらできないほどのハイスペック機。特に代名詞である独立誘導兵器の複数同時展開と並列思考操作を合わせたオールレンジ攻撃は単機でありながら部隊規模の制圧力を持つ。はっきり言って小国ならセシリアだけで落とせる。

 そこまでの魔改造をしてしまった元凶が、今目の前にいる女性であった。

 

「やぁやぁやぁ! よくきたね、アイちゃん、セッシー! 今日も仲がいいね! まるで束さんとちーちゃんのように!」

 

 ペロペロキャンディーを舐めながらやってきたのは、童顔にうさぎ耳のついたカチューシャをつけ、服のあちこちにカボチャを模したバッジをつけた、どこかつかみどころのない女性。

 彼女の胸についている社員証に書かれている名前はトリック・トリート。ちなみに先週の社員証では名前はメリー・クリスマスだった。気分で身分証を改竄する人などこの人しかいないだろう。はじめは上から文句を言われていたが、もう特例で複数名義を許可されている。この人相手に文句を言うだけ無駄だと悟ったらしい。

 

「はい、束さんはいつも通りですね」

 

 篠ノ之束。

 現在行方不明とされ、世界から追われるインフィニットストラトスの開発者だ。世間じゃ変人だの狂人だのと言われている束であるが、アイズにとっては面白くて優しいお姉さんだ。

 

「ダメだよアイちゃん、今はハロウィン博士というナイスな偽名で呼びたまえ」

「はい、束さん!」

「おーい、この子相変わらず天然だよ~、そこが可愛い! でもたすけてセッシー! この子の可愛さに束さんのハートはキュンキュン症候群だよ!」

「束さ……いえ、ハロウィン博士、あなたが言えたセリフじゃないと思うのですが。それと先週はサンタ服着てクリスマス博士と呼べと言ってませんでしたか」

 

 束はいつも楽しそうに笑いかけてくる。アイズはそんな束が好きだった。

 アイズには束のその笑みが、見えなくても、とても尊い価値があると知っている。アイズにとって、束はセシリアと同じくらい大切な人だった。束に会えなかったら、アイズは今でも暗闇の中にいただろう。

 

「あ、そういえば今日から日本だっけ?」

「ええ、午後の便にはもう発ちますわ」

「そっか、寂しくなるね~、………ほんとにいいの?」

「確かにイリーナさんや束さんの頼みでもあるけど、ボクたちはボクたちの意思で行くんです。ね、セシィ」

「勿論です。私たちと束さんは、同じ目的を持つ仲間です。気にする必要などありませんわ」

 

 上品に、そして優雅に笑みを浮かべているであろうセシリアの姿を直感で理解してアイズもつられるように笑う。

 

「………なら、精一杯やっちゃって! 私の可愛いティアーズたちで、他の機体をコテンパンにしてやって! 大丈夫、私が魔改造したティアーズはもう第五世代といっていいくらいのスペックだから!」

「いや、それ冗談じゃないから笑えないですよ。だから私たち以外は乗れなくて、本当に完全な専用機になりましたし。でも、ご期待に添えられるよう、努力いたしますわ」

「大丈夫だよ、ボクとセシィなら、無敵だからね!」

「まぁ二人なら負けることはないだろうね~。いいデータが送られてくることを待っているよ。今も次回の改造の起案を提出したところでね、次はホーミングレーザーでもつけてみようと思っているから楽しみにしてててね! あ、それともドリルがいいかな? いいよね、ドリル! そのセッシーの髪型みたいな!」

「人の髪を兵器みたいに言わないでくださいますか」

「束さん、ロケットパンチはないんですか?」

「ん? アイちゃんの専用機についてるけど?」

「え、そんなのホントにあったの!?」

 

 仕様書にもなかったはずだが、どうも束が趣味で搭載した隠し機能らしい。こういう遊びを本気でやるから束は油断できない。束は面白そう、という理由だけいろいろしてしまう。何度注意されても直さないし、むしろそこから技術革新レベルのものを作ってしまうからタチが悪い。

 

「今度乗ったら試してみよう。冗談で言ったんだけど、楽しみだなぁ、ロケットパンチ。あれ、どうしたのセシィ?」

「いえ、アイズのその純粋さが羨ましいですわ……いつまでもそのままでいてください」

「……?」

 

 セシリアは首を傾けるアイズの愛らしさにニヤけそうになる表情筋を必死に自制する。小柄で童顔、書類上は同い年だが、特殊な事情でおそらく実年齢はセシリアよりも下であろう親友。セシリアにとってアイズは友であり妹でもある。

 そんなアイズの愛らしい姿を見ることはセシリアの趣味であり癒しであった。

 

「さて、あまり出発まで時間もないでしょ? 本題に入ろうか」

 

 束のその言葉に、二人が姿勢を正す。先程までの緩い空気は一瞬で張り詰めたものへと変わる。

 アイズもセシリアもここのテストパイロットだ。公私の切り替えはしっかりしていた。

 

「さて、二人に行ってもらうIS学園……。IS操縦者の教育機関だけど、二人には今更そんな必要はないけどね。学生レベルなんてとっくに超越しているし。というか、全盛期のちーちゃん相手でも二人でならたぶん、勝てる」

「それも束さんのおかげだけどね」

「感謝したまえ。そしてこれからは束様と呼びたまえ」

「はい、束さん!」

「セッシー、この子天然だよ~!」

「二回目ですが、あなたが言えたことではないですよ」

 

 IS開発者からの最強と呼ばれたIS乗りに勝てるとのお墨付きだ。二対一なら、という条件付きだとしても嬉しい最上級の評価だろう。そして一対一でも勝てないとは言っていない。その潜在能力は推して図るべしだ。

 

「二人の役目は、協力者、賛同者を作ること。IS学園に集まるのはなにかしらの後ろ盾を持つエリートばかり。パイプを作っておくにこしたことはないし、将来、権力がなければ遠回りになってしまうからね。私だと、そういったものは作れないから」

 

 アイズの夢、そしてセシリアの目的のためには、多くの同志が必要だ。夢に賛同してくれる人、利益を見込んで投資してくれる人、同じ目的を持っている人、そんな人と繋がりがもてるチャンスだ。

 権力は欲しい。お金も欲しい。それは、必要なものだ。手段として、必要なのだ。

 束の場合、そのネームバリューがあればお金の投資者くらい楽に見つかるが、それはダメだ。束が表に出ることは絶対にできない。

 

「そして“プロジェクト”実行のための布石。まぁ、こっちはイリーナちゃんがやってくれるから、焦らずに楽しんでくればいいよ。二人とも、マトモな学生生活は初めてでしょ?」

 

 セシリアは高度な教育を受けて育ったが、学校といった類の場所で過ごした経験は少ない。家を守るためにそれどころではなかった、というのが本音だった。

 

「………あとは、その」

「わかっています。それとなくですけど、気にかけますから」

「お友達になります!」

「うん、ありがとう」

 

 束が願ったのはIS学園に通うことになる妹と、そして大事な友である織斑千冬の弟を気にかけてやって欲しいということだった。今はいろいろな事情から会うことすらできない束は、自分の代わりに元気でやっているか見てきて欲しかった。

 もちろん、束の存在を言うわけにはいかないため、ボロを出さないようにするためにある程度の距離を置くことになるだろう。しかし、普通に学友として付き合う分には問題ない。アイズもセシリアも束の身内には興味があるし、仲良くしたいと思っている。

 

 特にアイズは束からもらった恩を―――こんなことで返せるとは思っていないが―――返したいと思っている。束が喜ぶならなんだってやってあげたい。そんな思いもあった。

 

「それでは、セシリア・オルコット。ならびに……」

「アイズ・ファミリア。……夢のため、みんなのため、IS学園へ行ってまいります」

「いってらっしゃ~い。二人の活躍はハッキングして見守っているからね! 毎日授業参観だよ! ひゃっほい!」

 

 こうして、相変わらずの高いテンションの束に見送られ、二人は故郷の国を飛び出して束の故郷である日本のIS学園へと向かう。

 

 あとになって思えば、これが始まりだったのだろう。

 

 アイズにとって、セシリアにとって、束にとって、―――ここから、すべてが動き出したのだから。

 

 




このセシリアはスーパー化しております。機体も魔改造されています。

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