簪と一緒に整備室に篭ったアイズは、まず現在の簪の専用機『打鉄弐式』の現状を知ることから始めた。目の見えないアイズは特殊な手段で認識しなければならないため、『レッドティアーズtype-Ⅲ』を展開し、機体へデータを転送してもらうことにした。そこでデータを確認していたアイズに、簪が疑問を声を上げた。
「その、機体は……」
「察しの通り。目の見えないボクが、擬似的に視力を得ることができる調整がされてる。『AHS』っていう特殊なシステムなんだ」
束がアイズ専用として搭載したシステム『Artificial Hyper Sensor』。擬似超感覚と名付けられたそれは、五感を補強するのではなく、五感を代替することを目的としたハイパーセンサーの派生型だ。まだまだ発展途中であるが、それはアイズにとって希望となる技術であるし、これが医療転用されれば多くの人に希望を与えられるだろう。未だ、この『AHS』に適用できる条件があるため、アイズしかこのシステムの恩恵を受けることができないが、カレイドマテリアル社では日夜これらの研究が進められている。その研究の貴重な実験体が、アイズであった。
「そんな技術があったの」
「まだ世にはでないよ、問題も多いから。その問題をなくすためのデータ取りも、ボクの役目」
そう言いながらアイズは簪の機体のチェックを進める。テストパイロットをしていたアイズは、専門家には敵わないまでも、知識としてかなりのものを蓄えている。
まずはじめの、開発途中で投げ出された時点での機体データと、今現在、簪が作り上げた機体データを見比べる。
「やっぱり簪ちゃんはすごいよ。よくここまで……」
虫食い状態だったプログラムも、ある程度の基本的な動作はこなせるくらいまで汲み上げられている。これだけでも、簪がいかに優秀かわかるというものだ。束の下でこうしたプログラム関連の技術を教わっていたアイズは簪の能力の高さが本物だとすぐにわかった。これほどのものを独力でやってのけるとは、あの束も興味を持つかもしれない。
「あとはマルチロックオンシステム、それに兵装運用のためのシステム周り、あとはフレーム類が少々、か」
「でも、今のままじゃ互いにメモリを食い合って正常な動作が厳しくなる……」
「リソースが決まってるから、複数同時が必須なのに、個別作動しかできない、か。たしかにこれはまずいね」
簪もアイズの知識には舌を巻く思いだった。普段はほわわんとした雰囲気のアイズであるが、今はまるでベテランの研究者のようにプログラムを精査しながら思考に没頭している。
「アイズはどこで覚えたの?」
「ん? ああ……ボクにいろいろなことを教えてくれた人がいるんだ。その人はボクの知る限り、人類最高の頭脳の持ち主だよ」
「あの、篠ノ之博士よりも?」
「あー、うん。少なくともその博士と同じではあるかな。うん」
まさにその人です、というのは流石に言えない。簪に隠し事はしたくないが、自分だけの問題ではないために束の存在は漏らせない。以前にも口に仕掛けてセシリアに説教されたこともあるのでアイズはあまり下手なことは言わないようにと気をつけている。
「でもアイズはすごい。テストパイロットって、そう簡単になれるものじゃないもの」
「あはは、まぁ、セシィはともかく、ボクがテストしてるのはちょっとベクトルが違うんだけどね」
「どういうこと?」
「さっきも言ったけど、ボクが主にテストしてるのは『AHS』関連なんだ。光を失った人が再び光を得るための技術、……なんだけど、まだ問題も多い。………ボクの目には、安全性が確立されてないナノマシンが入ってる」
「え?」
「そのナノマシンが、IS起動とともに活性化されて、ハイパーセンサーと同調して視覚を回復させる。ハイパーセンサーで得た視覚情報を、機能しなくなった視神経を補っているナノマシンに送って、それでようやく認識できるんだ。…………ちなみに、起動中はこんな変化がある」
アイズがバイザーを解除して、素顔を晒して簪を“見た”。
その瞳は昨夜の白濁したものではなく、透明感のある黄褐色をしたものへ変化していた。それは琥珀を思わせる、温かみのある優しい瞳だった。
「綺麗……」
簪は知らずにそう呟いていた。そう言われたアイズも、くすぐったそうに頬を緩ませた。
「ありがとう。……でも、以前はナノマシンが適合しきれなくて、スタンピードを起こしちゃったり、ね。だからそうしたリスクを常に負ってるんだよ。ああ、リアルに血の涙を流したこともあったっけなぁ」
「そんな………それじゃまるで………!」
人体実験ではないか。そう言いかけた簪の言葉をアイズが制する。
「違うよ。これはボクが望んだこと。それに………ナノマシンについては、これとは違う理由で、仕込まれたものだから。このナノマシンは、本来医療用じゃないんだよ」
医療用ナノマシンならば、スタンを起こすような危険性など孕んではいけない。なのに、アイズのもつそれは違う。なぜなら、このナノマシンは、本来は医療ではなく、まったく別の思惑でアイズに埋め込まれたものだから。
それを医療転用させた束には本当に頭が上がらない。これを利用してカレイドマテリアル社では、ゆくゆくはアイズのデータから、はじめから完全な医療用の移植ナノマシンを開発し、『AHS』による治療を可能とすることを目的とした研究が進められている。
「それにね、ボクは後悔なんてしてないもの。だって、おかげで今、簪ちゃんの顔を見られたんだから」
屈託のない、純粋な笑みを浮かべるアイズ。今度ははっきりと瞳を合わせて行われたそれは、簪の頬を赤くするには十分すぎたものだった。
「バ、バカ……」
「えへへ、照れる簪ちゃん、かわいい」
傍から見れば仲のいい友達を通り越してもはや付き合い始めた恋人がいちゃついているようにしか見えない光景だ。そもそもアイズは恋愛方面には未だ疎く、恋愛だろうが友情だろうが親愛だろうが、すべてを『愛』に集約される。だから好きな人には、どこまでも好意をもって接する。
そんなストレートな好意に慣れていない簪は羞恥に悶えながらも、決して拒否はしない。ISを起動させなければならないが、こうした簪の姿を見ることができて、アイズはご満悦だ。
「さぁ、がんばってこの子を仕上げよう。この子もきっと、簪ちゃんと一緒に空を飛びたがっているよ」
「……うん」
どこまでも暖かなアイズの言葉に、簪は心が穏やかになっていくのを、確かに感じていた。アイズと一緒にいると感じられる、この穏やかな時間が簪は好きだった。
しかし、その時間は突如として現れた乱入者によって断たれてしまう。
「や、やっと見つけた~! あれ、かんちゃん?」
整備室へと入ってきたのは、アイズと並ぶ一組の癒し系マスコット。通称のほほんさんであった。彼女は中にいたアイズ、そして簪を見て意外そうな声をあげた。
「二人って知り合いだったんだ?」
「本音、どうしたの?」
「本音ってのほほんさんの名前? そういえばボク、本名って聞いてなかったっけ……」
「布仏本音だよ、アイズ。私とは幼馴染みたいなものなんだけど」
「おお、意外な事実!」
のほほんさん改め、本音はいつもの笑みを浮かべて二人に近づく。彼女が混ざっただけで場の空気がさらに緩やかに和むものへと変化した錯覚さえ覚えてしまう。
「かんちゃんが楽しそうにしてるのも珍しいね~。最近はずっと難しい顔してたのに~、あーちゃんのおかげ?」
「ほ、本音!」
「うんうん、でもそうやって笑ってたほうがいいよ~、かんちゃん。あーちゃんもそう思うよね~?」
「そうだね、簪ちゃん可愛いから、笑顔が似合うもの。もっと、ボクに簪ちゃんの笑顔見せてほしいなぁ」
「う、うう………」
二人の褒め殺しに簪もたじたじである。もう首まで真っ赤だ。この癒し系マスコット二人が組んだとき、その愛らしさに骨抜きにされた人間は数知れない。
しかも、さらにタチが悪いのは、この二人は狙っているわけじゃなく、ただの天然だということだ。無邪気な子供の笑顔のように、ただまっすぐに好意を向けられるということは、その人に言葉にならない暖かいなにかを胸の内に芽生えさせるという。
「そ、それより! 本音はなにか言いにきたんじゃなかったの?」
「ん?」
アイズと並んでニコニコしていた本音が「うーん」と考える。たしかにここに来た当初、なにかを伝えに来たようだった。本音はしばらく考えていたが、やがて思い出した! と言わんばかりに手を叩いた。
「そうだった~! 大変なんだった~! 喧嘩だよ喧嘩! それも大乱闘!」
「喧嘩?」
「専用機持ち三人の大喧嘩なんだよ~!」
その三人、というのが簡単に想像できてしまうアイズは冷や汗を流す。いや、しかし、まさか。そんな言葉が頭に響くが、アイズはとにかく確認しようとその三人とは誰なのかを問いただす。
まず喧嘩の原因となったらしいドイツ代表候補生ラウラ・ボーデヴィッヒ。彼女の学園内の生活態度を見ていればそれはまだわかる。
次に中国代表候補生凰鈴音。鈴の激しい気性や、挑発は喜んで買うといった性格を知っているため、これもまだわかる。
そしてイギリス代表候補生セシリア・オルコット。………それを聞いてアイズは目を回すかと思った。セシリアが乱闘に加担するとは信じられない。いつもノブレス・オブリージュを忘れないあのセシリアが、私闘なんてするはずがない、と……アイズはまるで、ウチの子にかぎって、というような子供の不祥事を知らされた保護者みたいな反応をしてしまう。
「ボーデヴィッヒさんって、たしかドイツ軍の部隊長なんでしょ? そんな人と乱闘なんて……!」
軍人と戦うこと自体が無謀なんじゃないかという簪の心配は、正しい。しかし、今回において心配するべきことはそこではない。
もし、理由はわからないが、セシリアが本当にキレているのだとしたら……。
「こ、殺されちゃう………」
「早くセシリアさんたちを助けにいかないと……!」
「違う! セシィを止めないとラウラちゃんが殺されちゃう!」
***
時は少々遡る。
ラウラが言い放った言葉は、セシリアの耳から脳に達した瞬間、セシリアの理性を奪うものだった。しかし、わずかに残された、ほんのわずかな自制心をかき集めてセシリアは口を開く。
「………聞き間違いかしら。今、なんと言いました?」
「二度も言わねばわからんか。目の見えない役たたずしかお守りのできない低能だと言ったのだ」
ご丁寧に同じ言葉を繰り返す目の前の黒兎に対し、セシリアは思考を回す。ここで暴れては、代表候補生としての素行、所属するカレイドマテリアル社への不利益など、数多くの問題が起きる可能性がある。
そして、アイズを理由に暴れるなど、アイズに申し訳のないことだ。だからここは我慢するべきなのだ。
そんな思考をどこか遠くに感じながら、セシリアはスターライトMkⅣを構えた。その銃口はラウラへと向けられている。
「撤回しなさい」
「ふん……」
「今の言葉を撤回しろと言っている」
「なぜそこまで気にかけるかわからんな。まぁいい。いずれあいつも取るに足らないやつだとすぐに証明してやるさ」
「………それは今のようにアイズを襲う、ということですか?」
「だったらどうした?」
セシリアは、今まで考えていた自制を彼方へと捨て去った。残っていたわずかな自制心は木っ端微塵に砕け散った。
代表候補生として非行である。それがどうした。カレイドマテリアル社に迷惑をかける。それがどうした。アイズに迷惑をかける。これだけは避けたいが………そのアイズに危害を加えようというのなら。
その前に、この黒兎を駆逐しなくてはならない。
アイズに仇なすものはすべて――――この、セシリア・オルコットの弾丸によって貫かれるのだから。
「なら、ここであなたを駆除しないといけませんね」
「ふん、できるものなら………ぐがっ!?」
突如として、ラウラが側面から放たれたレーザーに直撃して吹き飛んだ。ラウラが信じられないものでも見るかのように首を向けるが、そこにはなにもない。ただ虚空から攻撃されたとしか思えない、ナニカによる攻撃だった。
「貴様……! なにをした!?」
セシリアはラウラの言葉を無視してスターライトMkⅣの引き金を引く。それは正確にラウラの頭を狙っていた。ラウラは緊急回避をしつつその射撃を避けていくが、しかし突如として背後からまたも見えないなにかに撃たれてしまう。
「ぐうっ!?」
「あらあら、どうしました? 実験兵器なんて取るに足らないのではなくて?」
「BT兵器だと……!?」
たしかに、オールレンジによる攻撃ができる兵器はBT兵器しかないだろう。しかし、ラウラのハイパーセンサーにはそのような反応は一切なく、『ブルーティアーズtype-Ⅲ』の背部ユニットには八つのビットが装着されたままだ。もしあれ以外にビットを搭載していたとしても、それがパージされた様子などまったくなかった。これではまるで……。
「ステルス機だというのか!?」
それは正しい。セシリアの持つビットの中でも二機だけに搭載された光学迷彩とステルス機能を有する特殊ビット。不可視のビットから放たれる予測不可能な奇襲は、アイズのような超感覚がなければ回避することも難しい鬼畜兵器。
そして、セシリアの持つBT兵器は、それぞれ異なる特殊な追加装備をされており、レーザーによるオールレンジ攻撃など、基礎中の基礎でしかない。合計十機のビットは、それぞれ二機づつに特殊機能を付加させているため、このステルスビットの他に四種の特殊運用が可能である。
「小細工を! だがそんなレーザーだけで私を倒そうなどと!」
「あんた、あたしを忘れてない?」
「っ!?」
ラウラの頭上から鈴が強襲する。両手に持つ「双天牙月」を真上から振り下ろす。レーザーとは違う、圧倒的な物理的な衝撃が頭上から襲う。それをかすめながらもなんとか直撃を避けるが、その隙をついてまたも見えないビットから放たれたレーザーを受けてしまう。
「あたしにとってもアイズは大事な友達なのよ。………悪いけど、一方的に潰させてもらうわ」
鈴はあえて空中機動を取らず、地上戦を選択。地を這うように回避運動をするラウラに向け跳躍。それはISのスペックを使った、ただのジャンプ。高く跳んでも、すぐに重力に従って落下する。もともと武道家である鈴にとって、人間には実現不可能な空中機動よりもこうした人間の延長のような動きのほうが鈴にとっては馴染み深いものだ。空中でブースターを使わず、身体能力だけで姿勢制御を行い、武器を上段に構えて再度上空から強襲を仕掛けた。
「舐めるな!」
鈴の持つ双天牙月がラウラに接触する直前、その動きがピタリと留まる。それはあたかも時間が止まったかのようであった。鈴が空中に縫い止められたかのように静止してしまった。
「っ!?」
さすがの鈴もこれには驚く。あそこまで勢いを乗せた一撃が、こうもあっさり止められるとは思っていなかった。
目の前では左肩に装備されていたレールガンを向けてくるラウラの姿がある。しかし、鈴は心配などしていなかった。
「くらえっ!」
「それはあんたよ、この阿呆」
「なに………!?」
ラウラのレールガンが即座に撃ち抜かれる。暴発するレールガンをパージして、その場から離脱すると同時に鈴にも自由が戻る。
そんな鈴が後ろを振り返ると、思ったとおり狙撃態勢をとっているセシリアがいた。かつての無人機襲撃事件のときにわかったことだが、セシリアの援護射撃は信頼に値するものだ。自身が止められても、セシリアが必ずその隙を突く。一度組んだからこそわかる鈴は、セシリアの援護に一切の疑いを抱いてはいなかった。
「アクティブ・イナーシャル・キャンセラーですか。たしかに有効な武器ではありますが、それは一対一のときでしか使えませんよ」
対象の動きを封じる慣性停止結界。しかし、それは対象をひとつしか取れず、しかも発動中はラウラ自身も動きが制限されるため、今のように複数を相手取る場合はむしろ隙を晒す武装でしかない。
「しかも、物理的なものでしか止めることは不可能。ビットとレーザーを持つ私には、カモでしかないですね」
セシリアはさらにビットを六機パージする。不可視のビットと合わせて合計八機のビットがラウラを囲み、レーザーを打ち込んでいく。
ビットをひとつ止めても意味はなく、レーザーを止めることなどできない。しかもそんな真似をすれば機動が制限され、その瞬間にレーザーで蜂の巣にされるだろう。
そして、そんなビットの包囲網の隙間から鈴が近接戦を仕掛けてくる。この鈴も停止結界で止めるわけにもいかない。そんなことをすればその瞬間にやはり蜂の巣だ。
ならばセシリアを先に堕とすしかないが、レールガンは既に破壊され、隙をつくように仕掛けた六機のワイヤーブレードを射出するが、それらは悉くがセシリアに撃ち落とされる。
なにもできずに、ただただ回避するしかないラウラは焦りと悔しさからやや機動がおざなりになってしまう。それを見逃す二人ではなかった。
「ちったぁ頭冷やせ」
懐に入り込んだ鈴が掌打を放つ。ラウラはこれを防御するが、それが間違いだったと悟る。
「ぐっ!?」
防御したにも関わらずに、ダメージがラウラへと浸透した。初めて味合う発勁打撃にラウラが驚愕するも、防御した両腕は既に痺れて動きに支障が出てしまっている。
その後もしばらくセシリアの弾幕と狙撃、鈴の強襲に晒され、徐々に追い詰められていくラウラ。この二人の連携の前に、突破口が終ぞ見つからなかった。
「ウサギを嬲っても楽しくありませんでしたね。……もう、終わりにしましょう」
セシリアが動きの鈍ったラウラに狙いを定める。既にチャージも狙いを完璧。ラウラの命運は今まさにセシリアの指先ひとつに握られていた。
既にセシリアには、ラウラを撃つことにためらいなどない。セシリアのもつ冷たい部分が引き金を引けと命じてくる。アイズを愚弄し、仇なすとまで言った存在を許すな、と。
そんな彼女を止められる存在がいるとすれば―――。
「やめてっ、セシィーッ!!」
突如として聞こえたその声が、セシリアを止める。
その声はセシリアの冷たくも沸騰した意識を瞬時に平静へと巻き戻す。そして反射するように即座に振り返る。
そこで見えたものは、簪と本音に手を引かれながらやってきたアイズの姿だった。二人に先導してもらい、慌ててきたのだろう。アイズはいつもしている目隠布はしておらず、瞳を閉じた素顔を晒したままセシリアへと向き直る。
「ダメだよセシィ、もうやめて」
「アイズ……」
「ボクが理由、なんでしょう? セシィがそこまで怒るって……」
アイズとて、セシリアのことはよくわかっている。ここまで見境なしの暴力に走るほどセシリアが我を忘れて怒る理由には検討がついていた。
「でも、もういいよ。ボクは、セシィのそんな怒った姿、…………“見たくないよ”」
「っ…………」
そのアイズの言葉で完全にセシリアから戦意が消える。そして羞恥を感じているように顔を伏せ、ISを解除してアイズへと近づく。
アイズとセシリア、二人だけにしかわからないなにかがあるように思えて、簪と本音はその場から数歩だけ下がる。
やがて、アイズの目の前までやってきたセシリアがアイズをゆっくりと抱きしめた。アイズも、いっぱいにセシリアを感じながら、両手をセシリアの背に回す。しばし、そうして無言でなにかを確認し合った二人はゆっくりと身を離す。
「ありがとうセシィ。ボクのために、怒ってくれて」
「………ごめんなさい」
いったいいかなるやりとりが、今の無言の抱擁に秘められていたのか、それを知る者はいない。だけど、それはこの二人にとってなにか神聖なもののようでもあった。
いつのまにかISを装備したままではあるが鈴も傍にやってきており、ラウラは歯ぎしりをしながらそんなアイズたちを睨みつけていた。そんなラウラの視線を敏感に感じ取ったアイズが一歩前に出る。そして、誰も予想していない行動に出た。
「ごめんなさい、ラウラちゃん」
謝罪したのだ。頭を下げて。しかし、それで終わらなかった。
「でも、ラウラちゃんも反省して欲しい。喧嘩になるまで人を怒らせるのは………それは、悲しいことだから」
ラウラはなにも言えない。こんな状況で言えることなど、軍人として育ったラウラには考えつくことではなかった。そんなラウラの様子を雰囲気だけで察しながら、アイズは心に秘めた思いを言った。
「ISは、憎みあって、争うためにあるんじゃない。………ISは、みんなで同じ夢を見るためにあるんだから」
なにかを噛み締めるように言ったアイズのその言葉に、聞いていた簪は、昨夜のことを思い出していた。
みんなで見たいと思える夢。みんなとつながっている夢、それがあるから、アイズはひとりじゃない。そう言っていたアイズの夢とは、なんなのだろう。その答えが、今の言葉の中にある気がした。
―――知りたい。もっとアイズを知りたい。
自分も、アイズと同じ景色を見てみたい。簪の中で、アイズ・ファミリアという少女が大きくなっていることを自覚した。
―――ああ、そうか。私は、…………。
憧れや親しみ。そんな暖かな陽の感情が溢れる。この気持ちを集約したとき、簪の想いははっきりと形になる。
―――私は、アイズが好きなんだ。
このとき更織簪は、その想いをはっきりと認めたのだ。
***
その後、駆けつけてきた千冬によって強制的にその場を収められた。ラウラは最後まで睨んだままだったが、ここまでの実力を見せつければそうそうもう絡んではこないだろう。
ラウラが去っていくときまでずっと警戒を続けていた鈴もようやくISを解除する。その後は全員でセシリアとアイズの部屋へと向かい、先の乱闘の反省会となった。
あの場は温情ではっきりとした処分なしだったが、二度目はおそらくないだろう。冷静になり、それがわかっているセシリアは、いくらアイズのことをいわれたとはいえ、自身が簡単に暴力による憂さ晴らしにも等しい行為に走ってしまったことを猛省。自主的に日本式の反省の姿勢……正座をしながら自身の短慮を恥じていた。
そしてセシリアほど反省はしていなくても、自分も同じように馬鹿をしたと思った鈴もセシリアの横で同じように正座をしており、仲間はずれは嫌だとばかりにアイズも正座をする。ともなれば、ノリのいい本音も正座をし始め、最後に簪もこの場の妙な一体感に逆らえずに結局は正座を行った。
日本人で家柄の都合上、よく正座をする機会のあった簪と本音、そして昔から馬鹿をやってよくこうして反省させられていた鈴は涼しい顔をしていたが、生粋のイギリス人であるセシリアと、正座初体験のアイズは次第に顔色を悪くしていった。
「セシリアさん、大丈夫? あまり無理はしないほうが……」
「い、いえ。これも自身に課した罰です。これくらい、紳士淑女の国の出身である私が屈するわけには……」
「あ、足が痺れて……うぅ、日本人ってほんとにこれ平気なの……!?」
アイズはもう泣きそうだった。そんな姿も可愛らしい、と本音や鈴はあからさまに生暖かい視線を向けている。
そんなとき、新たにこの部屋を訪れる人物が現れた。ノックのあとにかけられた声は、一夏のものであった。
『セシリア、アイズ、いるか? 少し相談があるんだが……』
扉越しにかけられた声に全員が顔を合わせる。一夏が相談事とは、珍しい。IS操縦ではよくあるが、こうしたプライベートで相談事をもってくるのははじめてだ。しかもなにやら声が深刻そうであるし、アイズにはその一夏の傍にもうひとりの気配があることも察していた。
そしてセシリアが扉の外の一夏へ「どうぞ」と声をかける。
扉が開かれ、入ってきた一夏が驚いた顔をする。それはセシリアとアイズの他に、三人もの客がいたこと、そして全員が正座をしているという奇妙な光景を見たからであった。
「えっと………なにかあったのか?」
「お気になさらず……それで、どうしました? まぁ、おおよその予想はつきますが………ねぇ、シャルルさん?」
一夏の後ろからついてきた人物………シャルル・デュノアは不安の混じった表情をしながら、そこにいる全員へと頭を下げた。
セシリアのBT兵器もやっぱりチートだった回。
セシリアを止めるアイズがヒロインすぎる。やっぱりアイズがヒロインだな、うん。
そして簪攻略完了。とはいえ、この簪の好きは恋と友情の中間らへんなのでどうなるかは今後次第です。