双星の雫   作:千両花火

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Act.146 「雷霆の剣」

「薙ぎ払えッ、白極光ォッ!!」

 

 一夏の戦意に応えるように零落白夜がその猛威を振るう。戦場を塗りつぶしていく白い極光が無数の無人機を呑み込み、蹂躙する。広範囲かつ高威力という、まさに反則ともいえる唯一無二の能力。白兎馬によってブーストされた零落白夜はその暴虐的ともいえる性能を思う存分に発揮していた。

 

「撃ち漏らしを頼むぞ、箒! 敵の本隊に突っ込む! ここですべて破壊してやる!」

「無茶するな、とは言わんさ。好きなようにやれ、援護は任せろ!」

 

 背後を箒に任せ、一夏はとにかく視界に移る敵機を屠ることだけを考えて剣を振るう。IS単機だったならばとっくにエネルギーがエンプティだが、白極光と合体している白兎馬に蓄積されたエネルギーにはまだ余裕がある。

 零落白夜を纏うという最高峰の防御能力を展開していることで、今の一夏はほぼすべての攻撃を無力化している。だからこそこんな無茶な特攻が成立しているが、当然これほどの力はリスクを伴う。湯水のようにエネルギーを使うことでこの破格の戦闘能力を得ているが、それは同時に戦闘可能時間をどんどん削っていることでもあった。

 支援機があるとはいえ、諸刃の剣ともいえる零落白夜の過剰使用はそれだけ一夏の身を削る。鈴や簪に“博打型”と言われた一夏の戦闘スタイルは変わらず、むしろそのピーキーさに磨きがかかったほどだ。

 セシリアからも末恐ろしいと称されたほどの天賦の才能を宿すとはいえ、経験という点においては一夏はまだIS搭乗経験はわずか一年だ。多彩なことを覚えるより、一点特化で鍛えたほうがいいというコンセプトを貫いた結果、一撃離脱の上、高威力、広範囲を誇るブーストされた零落白夜を振りまく強襲制圧型へと進化することとなる。

 ゆえに、弱点も多い。特に遠距離戦、長期戦に対しては反撃する手段に乏しく、とにかく零落白夜で押し切るしかなくなる。それでもほとんどの相手を押し切れるが、相手が一夏以上の技量を持つとなると厳しい。

 特にセシリアに遠距離狙撃戦を仕掛けられた場合、一夏に対抗できる手段はほぼなくなる。近接型相手なら勝機はあるが、特に高い技量を持つアイズや鈴が相手ではやはりそれでも勝率は低い。基本的に大振りとなるスタイルの一夏では隙も大きいというのが最大の理由だ。

 しかし、それはもちろん一対一で戦った場合の話だ。アリーナでの試合のようなタイマンは、既にない。戦場においてタイマンを仕掛けるような大馬鹿はせいぜい鈴くらいなものだろう。既に試合形式の戦いは懐かしいとすら思えるほどに久しい。敵は無人機という数にものを言わせる物量戦術を仕掛けてくるのだ。IS学園の防衛線以降、一夏も常に数で勝る敵を相手に戦ってきた。それも、圧倒的に多くの、とつくほどの物量差。

 この軌道エレベーター戦では援軍として参戦しており、主力となるセプテントリオン隊、シュバルツェ・ハーゼ隊を有するカレイドマテリアル社が味方にいるとはいえ、それでも数は大きく劣る。

 そして、敵勢力のさらなる増援も確認されている。大暴れしている一夏だが、次の増援まで迎え撃てるほどの余力はない。

 だが、それは悲観することではない。それは一夏が自身の役目を理解しているからだ。

 

「惜しむな! このままの出力を維持しろ!」

『了解』

 

 白兎馬に命じ、零落白夜ドライブを高水準で維持する。敵を圧倒しているとはいえ、周囲は敵機に囲まれているのだ。下手に手加減などすればすぐさま包囲殲滅される。一夏は全力の一歩手前の力加減で容赦のない暴威を振りまいていく。

 あとのことなど、考えてはいない。それは、仲間の役目だ。今の一夏に課せられた使命は、この戦場を制圧すること。このあとに控えている敵増援の迎撃は余力があったときに限り参戦すると決められている。それでも白兎馬さえ無事ならば、一時的に戦場から離脱し、リカバリー後に再突撃が可能となる。

 だが、すべては今、この戦場から。

 ここを抑えられれば、せっかくのIS学園の総戦力と、借り受けた虎の子であるIS運用母艦であるスターゲイザーを投入した意味がない。

 そのスターゲイザーの直衛にはIS学園の主力部隊と、楯無を残している。IS学園で最も指揮官適正が高く、そして単機の戦力としても規格外の楯無がいればそうそう落ちることはないだろう。

 ならば、一夏は目の前にいる敵を破壊することだけを考えればいい。背後は箒が守ってくれている。

 

『残り戦闘時間、五分を切りました』

「それだけあれば、この場のすべてを破壊できる!」

 

 残り五分。それがタイムリミット。それを過ぎる前にこの戦場を制圧しなければ、その負債を楯無たちに押し付けることになる。そうなれば負傷者の数も倍になるだろう。そんなこと、IS学園最強の座を自ら望んで請け負った一夏が許すはずがない。

 

「一夏、まだ行けるのか!?」

「当然だろッ!」

 

 余裕がないため強がり半分の言葉であったが、それ以上にはじめから一夏は戦い抜く強い覚悟をもってこの戦場にいる。

 楯無たちと共に、現在のIS学園の立場、生き残るための条件、それに伴う課題をさんざん話し合ってきた一夏はこの戦いがセシリア達への援護であると同時に、IS学園存続のための絶対条件であるとよくわかっている。

 この戦いで負ければカレイドマテリアル社と共倒れすることは間違いない。既にIS学園はイリーナ・ルージュと手を組んだのだ。イリーナの敗北は即、IS学園の滅亡だ。

 そしてこの戦いでイリーナが―――カレイドマテリアル社が勝利すれば、IS学園もこの先、大きな発展と地位を得ることができる。権力にはさほど興味のなかった一夏でも、今の世界情勢を鑑みればそれが必要になることは理解している。

 

「負けられない! すべて、薙ぎ払ってやる!」

 

 良くも悪くも、感情の起伏で強さが変化するのが一夏だ。普段も決して手抜きや慢心をしているわけではないが、一夏は負けられない理由を与えられたときにその潜在能力を引き出す傾向が強い。追い詰められたときほどその力を発揮するため、セシリアが在学中に彼女に鍛えられていたときも基本的に追い込まれてからが本番というようなスパルタ訓練を施されていた。

 鈴も似たようなタイプだが、彼女の場合は戦闘になると意識が完全にソレに切り替わる。一種の自己暗示だ。戦いになれば常に戦意高揚となる、戦闘民族のような女だ。

 セシリアはそれとは逆に、常に一定の精神状態を保ち、コンスタントに実力を発揮できるタイプだ。だからこそ、マリアベルとの戦いではそのショックのあまり精神が崩壊しかけたともいえる。このあたりはセシリア自身も弱点だと自覚していることだ。セシリアとしては、一夏や鈴の気質のほうが戦士として上だろうとすら思っていた。

 そして人畜無害そうなアイズだが、彼女こそがある意味で一番おかしい。戦いを好んで行うような性格でないにも関わらず、戦いにおいてアイズは一切の躊躇も油断もしない。驚くことはあっても混乱はしない。本人は無自覚だが覚悟を決めたアイズはオリハルコンとすら例えられるほどのメンタルを誇る。

 アイズの例は特殊としても、土壇場に真価を発揮するという点だけでも一夏の資質は戦士にふさわしい。憶することなく、数では圧倒的な不利となる状況でこうして敵集団に突貫できる気迫こそ、その証左であった。

 

『警告、ロックオンされています』

「ッ!?」

 

 白兎馬からのアラートに反応した一夏が死角から放たれたレーザー狙撃を知覚する。振り抜かれた一夏の手元を狙ったその一射を回避。それは絶対的な防御機構を持つ本体ではなく、武装を狙ったものだ。無人機には到底できないであろう、針の穴を通すようにわずかな硬直を狙われたそれは無人機の密集地帯の隙間を縫うように放たれていた。

 視認できないそのスナイパーのいる方向へとおおよその狙いを定め、一夏は迷うことなくエリア攻撃ともいうべき広範囲に及ぶ零落白夜の一閃を繰り出した。

 光の波に飲み込まれていく無人機たちの影からひとつの機影が飛び出してくる。

 その機影に見覚えのある一夏は鋭い視線を向けながら構えを取る。周囲の無人機はすでに有象無象も同然だが、あのISを相手にするならわずかな油断もできない。

 スマートな形状の装甲を持ち、ビットを搭載した、一夏もよく見慣れた機体と酷似したISだ。一夏の戦友の中でも最強に位置するセシリアのブルーティアーズの同型機。名をサイレント・ゼフィルス。

 しかし、今の姿はそれだけではない、外部強化アーマーと思しきパッケージが装備されており、さすがにドレッドノート級には及ばないが、通常のIS装備から見れば大型にカテゴライズされるほどのものだ。意識したのかはわからないが、それは奇しくも一夏の白極光が纏う白兎馬のアーマーのようだ。しかし、こちらが近接特化装備とは反対に明らかに射撃特化といった様相だ。

 

「来たか、マドカ……!」

「言ったはずだぞ。呼び捨てを許した覚えはない、とな」

 

 一夏の気迫を跳ね返すような、激しい呪詛のような殺気が込められた視線を向けながらマドカが応えた。先のIS学園での戦いでは奇妙な共闘をした関係であったが、今ではそのときの姿とはあまりにもかけ離れていた。

 

「さぁ、約束を果たしてもらうぞ。その命、ここで貰うとしよう」

「……戦う約束はしたが、命を渡す約束をした覚えはないんだがな」

「結果的にそうなる」

「結果まで保証した覚えはねぇ」

 

 挨拶でもするように互いに煽る一夏とマドカ。この期に及んで戦いを避けられる等、そんな可能性は考えてすらいない。一夏は姉によく似たその相貌を見据えながら、疑念と困惑を胸の内の奥底へと押しやった。確かに気がかりはある。その正体が気にならないわけがない。

 だが、今この場においてそれは雑念だ。マドカが姉のクローンだろうが、生き別れの家族だろうが、ただ他人の空似だろうが、関係ない。わかっていることはただひとつ。すべては、この戦いに勝った先にしかないということだけだ。

 

「約束は守る。ここで決着をつけてやるさ。どんな因縁があるかなんて、この際どうでもいい。お前が敵であることには変わらないんだからな。……だが、その前にひとついいか」

「なんだ」

「お前は、……“織斑”なのか?」

 

 そう言った瞬間、マドカの顔から表情が抜け落ちる。感情をよく表していたその顔は無味乾燥な殺意だけを残して漂白され、その分目の奥で燻る暗い炎が顕になる。一夏の背後でその様子を見ていた箒ですら、気圧されて思わず手に持つ武器を強く握りしめてしまう。

 

「……忌々しい名だ。貴様の口から出されれば余計に、な」

「その反応は肯定か」

「だったらなんだというんだ? 敵であることは変わらない。貴様が言ったことだ」

「ああ、その通りだ。だが、俺が勝てば、おまえの正体くらいは教えてもらうぞ」

 

 一夏のその言葉には答えず、マドカが戦闘態勢に移行する。パッケージに搭載された火器のターゲットをすべて一夏にロックし、高速機動に突入する。パッケージを装備しても、やはり戦闘スタイルは高機動射撃戦。セシリアと近い戦い方だろう。確かに手強いが、それは一夏も幾度となく経験してきたものだ。セシリアの在学中は多くの模擬戦を繰り返したし、今でも比較的近い戦闘タイプの簪を相手にした経験も重ねている。高機動戦を仕掛ける相手に対し、足を止めることは愚策だとわかっている一夏もまた加速を開始する。とにかく距離を詰める必要がある一夏は防御を固めつつ、接近を試みる。

 

「一夏め、タイマンをする気か? ……いや、そうせざるを得ない、か」

 

 援護に入ろうとする箒だが、周囲の無人機が自身を狙いだしたことを感じ取り警戒を強める。おそらくはマドカの仕業だろう。この状況で一騎打ちはあまりにも危険だと箒もわかっていたが、かといって箒が援護に入ることも難しかった。周囲の無人機が邪魔だし、なにより一夏とマドカの機体は広範囲攻撃を可能とする殲滅戦仕様だ。今も流れ弾で周囲の無人機が次々に鉄屑へと変わっている。一夏はともかく、マドカも周囲を気にするそぶりもなく高火力、広範囲の重火器を放っている。

 事前に一夏から、マドカが出てきたら俺が相手をする、と伝えられていたが、そうさせてやるしかないようだ。

 

「仕方あるまい。因縁深いようだからな、意地を通すのは男児の本懐、か」

 

 良くも悪くも、武道に身を置く箒も一夏の意地も気持ちも理解できていた。間違いなく、自身と因縁のある相手、しかもマドカからも強い敵意を向けられていたのだ。どうあれ、自身の手で決着をつけたいという気持ちは理解できる。そういう因縁を乗り越えてこそ、と考える箒も一夏の一騎打ちを黙認した。

 とはいえ、この一年でIS学園の中核に関わり続けていた箒も以前よりも広く、俯瞰して情勢を見る視点を得ていた。個人の事情を優先して負けるわけにはいかないことも理解している。このあたりの思考は以前の箒ならば成しえなかったものだろう。

 しかし、現状ではそれが最善だ。アイズとシールがぶつかればその反応速度に追いつけずに横槍もできない、というのは簪が悔しそうに言っていたが、今の一夏とマドカの戦いもそれに近い。互いに大火力、広範囲の武装を惜しげもなくぶつけ合うその様は、さながら台風同士の衝突だ。ただそれだけで周囲に猛威を振りまく二機の前に、箒では乱入することはできない。いくら箒のISが防御能力を重視しているといっても不可能だ。それに一夏の零落白夜に巻き込まれれば簡単に落ちてしまう。そんな間抜けなフレンドリーファイアを受けるわけにはいかない。

 箒は結局、一夏を信じるしかない。一夏が背中を気にする必要がないよう、露払いをすることがその役目だった。

 

「男を立てることが女の甲斐性とでも思うことにしよう。……まぁ、露というにはいささか、……」

 

 自身を囲む無人機の多さに苦笑する。

 後ろから追ってきているはずの簪と蘭がなかなか来ないかと思えば、どうやらあちらも敵の有人機と交戦しているらしい。つまり、箒は単独で戦うことを強いられていることになる。はっきり言って無謀に近い。しかし、耐えることはできるだろう。姉の過保護な親愛が生み出した箒のIS【フォクシィ・ギア紅椿】は耐久力と防御能力に秀いた機体だ。殲滅は不可能でも、時間を稼ぐことはできるだろう。

 箒は一夏は簡潔に通信で告げた。

 

「一夏、周囲は引き受けてやる。存分にやるがいい」

 

『……すまないな、箒。だがヤバくなったらすぐ撤退しろ』

 

「私を気にしていられる相手でもないだろう。なに、そこまで心配ならさっさと勝ってしまえ」

 

 それだけ言って通信をカットする。心配されること自体は悪い気はしないが、それで足を引っ張るような真似はごめんだ。周囲を囲む無人機を見据えながら、再び両手に持つ剣を握りしめる。一人だけでは勝つことはできない。だが、一夏が勝つまでの時間を稼ぐことはしてみせる。

 それは、箒にとっての意地だった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 その瞳をはじめて見たとき、アイズが思ったことは純粋に“綺麗だ”ということだった。

 虹を閉じ込めたかのような、極彩色に輝く瞳。万華鏡のように光の模様を描く瞳孔はひとつの芸術品のようにも思えた。

 アイズも持つヴォ―ダン・オージェも神秘的な琥珀の輝きを宿すが、それ以上に見る者の心を魅了するその瞳に、ただ純粋に惹かれたのだ。

 しかし、それは死を齎す告死天使の瞳。その瞳に魅入られたら最期。掌で踊る人形になってしまう。

 

「やっぱり、解析がズラされてる……!」

 

 アイズは、代償を払いながらもその瞳の力を朧げだが理解する。第二単一仕様能力である未来予測が、悉く外されている。数秒先ならほぼ確実な予測ができるこの能力が外れる現状に、妨害を考えることは当然だった。そして思考と試行を繰り返し、シールと眼が合った瞬間、未来予測が覆されていることに気づいたアイズは、シールのあの虹色の瞳の能力を察した。

 

「観測妨害……、視界を介した、干渉能力!」  

「ああ、さすがに気付きましたか」

「あっさり認めるんだ。そりゃそうだよね、だって対抗策なんて思いつかないもん! ずるい!」

「駄々をこねても手心は加えませんが」

 

 第三形態移行により、より武装化した戦乙女のような姿に変わったシールが、その巨大なランスを振るう。圧倒的な膂力で振るわれるそれは、その大型武器ゆえの大質量そのものが脅威だ。一突きするだけで音を壁を破り、衝撃波がアイズを襲う。接近戦の最中にそんなレベルの攻撃を軽々と繰り出してくるのだからアイズとしてはまさに綱渡りでもしているような心境だ。ひとつ対処を間違えただけで敗北へ一直線だ。

 だが、アイズも食らいつく。衝撃波はすべて受け流し、直撃を許さない。未来予測とアイズ自身の直感。まさに人機一体となって必死の抵抗を見せる。

 防御面でなんとか食い下がるも、しかし反撃に移れない。カウンターを狙ってはいるが、シールが見せる隙はわずかである上にその全てがブラフだった。カウンターを仕掛けて逆にカウンターを受ける始末だ。

 動きを読まれている、というよりは誘導されているような意図を感じた。これは以前、シールと密会したときの戦闘での感覚と同じだった。

 

「ボクの眼を通して、誤情報を認識させているね!?」

 

 シールのその虹色の瞳を見た瞬間、数秒先の未来予測が不確定となる。おそらくヴォ―ダン・オージェの解析能力を利用したハッキングのような能力だろう。目の合った相手に誤った視覚情報を認識させることで実際の動きを誤認させているのだ。

 どこまで誤認させられるかはわからないが、魔法のように幻を見せることはできないようだ。あくまで相手の脳内認識にちょっとしたバグを発生させるようなものだ。目を合わせるという条件が必要なことを考えても、不特定多数ではなく単体を対象にした能力。

 鈴や一夏のような派手さはないが、しかしアイズにとってなによりも厄介な能力といえた。視覚が能力の基点であり、かつヴォ―ダン・オージェを持つアイズにとって視覚情報に干渉されることは脅威となる。これではレッドティアーズの第二単一仕様能力【L.A.P.L.A.C.E.】を封じられているに等しい。

 

「いつぞやのときのように、目を閉じて戦ってみますか?」

「ほんと、いやらしい……!」

 

 具体的な理論や細かい条件はまだわからないが、これまでの事実としてあの虹色に輝く瞳、―――おそらく第三形態移行したことで発現した単一仕様能力だろうそれは、目を合わせるという条件で相手の認識に誤情報を与える、というものだ。結果、アイズの認識ではシールの動きはすべて虚実を織り交ぜた不確定なものになっている。

 シールの言うように、目を閉じて戦えば誤情報を認識させられることはなくなるかもしれない。だが、そうなればシールの反応速度に追いつけない。第三形態となったパール・ヴァルキュリアを駆るシールは、直感だけでどうこうできる速度域ではない。

 見れば認識をズラされ、見なければ追いつけない。対抗策は今のアイズには思いつかない。できるのは悪あがきにも似た抵抗だけだ。

 

「だったら、虚実すべて予測するまで!」

 

 もともと失明しているアイズは視覚情報をそこまで過信していない。ヴォ―ダン・オージェの解析と、そこから齎される未来予測に、“誤認識”を加味しての再分析をかける。情報解析に特化して進化したレアの力をもってしてもかなりキツイが、アイズの直感での修正を入れながら“誤認識予測”を組み立てる。かなりの力技で食い下がるも、再分析するためにどうしてもシールに一手後れを取るため、現状の不利は覆らない。

 

「その往生際の悪さは尊敬しますよ」

 

 シールからすれば、アイズの切り札と戦術の要である視覚情報を封殺しているというのに、ここまで抵抗してみせるアイズに呆れながらも関心させられてしまう。

 

 パール・ヴァルキュリアが第三形態移行して得た能力―――名を、【ヴィクター・オージェ】。

 

 シールのヴォ―ダン・オージェを介して発現する超常能力。視覚を通して対象に誤情報を認識させる、“征服する瞳”である。ただでさえ早すぎる反応速度を誇るシールからすればわざわざ相手の認識に干渉するまでもないのだが、アイズが相手ならばこの能力は恐ろしく機能する。

 同じヴォ―ダン・オージェを持つアイズは常人より遥かに高い情報収集能力を有するため、そのぶんシールの能力も干渉しやすい。シールも同じだからこそ、視覚情報を封殺されることがどれほどのデメリットとなるかよく理解している。

 だが、それにもかかわらずにアイズは食い下がる。誤情報を勘だけで再分析してくるなど、さすがのシールも予想外だった。こんな対抗策など、アイズしかできないだろう。

 アイズを倒すために生まれた能力だというのに、アイズにしかできないやり方で対抗してくる。簡単にやられるような相手ではないとわかっていても、そのサバイバリティとでも言うべきしぶとさには驚かされる。

 

 しかし―――ー。

 

「だからこそ倒し甲斐があるというものです」

 

 そう、これがシールの望んでいたものだ。

 互いに死力を尽くした先にある決着。当然、勝利するのは自身であるという絶対の自信は揺るがない。だが、それでも自身に並ぶ唯一といっていい存在であるアイズとの決着は、シールにとって大きな意味がある。

 

「ギアを上げます。ついてこれますか?」

「手心でも加えていたの? ボクはまだ、戦えるよ! その慢心、敗北の言い訳にならないといいね!」

「慢心? まさか。今の私は、とても高揚していますよ」

「だったらもう少し楽しそうに笑えばいいのに、さっ!」

 

 そう言い返しながら手にしていた大型剣ハイペリオン・ノックスを投擲。突然近接武装を投げ捨てるかのような行動に僅かにシールが反応して動きを止める。早すぎる反応速度が即座に警戒させてしまう。予想外のことに反応して硬直してしまう。これはヴォ―ダン・オージェを持つ者の共通した数少ない弱点とも言えた。無論、弱点というには微々たる隙ではある。だが、それでもアイズが突くべき数少ない勝機でもあった。

 

「やぁっ!」

 

 その小さな勝機にさらに重ね掛け。投擲したハイペリオン・ノックスに向かい即座に瞬時加速を慣行したアイズが、その勢いのまま蹴撃を繰り出した。寸分違わずに投擲された剣の重心を捉えて蹴り抜いた。二段構えの意表を突く行動と、速度を増した剣が音速を超えてシールを襲った。

 

「相変わらず、小手先の技は豊富ですね」

 

 完全に意表を突いたが、それでもシールには通じない。その巨大なランスを振るい、矢のように襲い来る剣を打ち払う。だが、これでいい。受けに回ればどうあっても後手に回るなら攻め続けるしかない。

 小手先の技、確かにそうだろう。だが、そうした技を磨き、戦い方やISの動かし方、そのすべてを創意工夫で積み上げてきた。それがIS操縦者としての強さでもある。小技だろうが、使えるものはすべて使う。シールのように正面からすべてを捻じ伏せることができない。それでもアイズにはアイズの戦い方があるのだ。

 

「……!」

 

 弾いたブレードが不規則に軌道を変えて再びシールを襲う。少し驚いたように目を見張るシールだが、その種はすぐに察する。

 ブレードに極微細のワイヤーが接続されていた。視界に向かってまっすぐ飛ばされていたために気が付けなかった。いったい一つのアクションにどれだけの仕込みをしているのか、アイズの戦い方も十分にいやらしいものだ。

 そして三重の仕込みを見せた瞬間に本命のブルーアースを抜くアイズ。

 アイズの持つ武装の中でただひとつ、シールに解析されていない剣。この剣を完全に見切られていない今ならば最も有効な攻撃手段だ。

 

 刀身以上の斬撃範囲を持つブルーアースを横凪ぎに振るう。一閃がそのまま空間を切り裂くように肥大化し、シールをその射程に収める。

 さすがにシールも反応して回避行動を取るも、攻撃範囲を読み切れていないのか、完全回避はできなかった。

 その白亜の装甲にはっきりと斬閃が刻まれる。

 撃墜にはまだ遠いが、はじめてまともに入った攻撃だった。

 

「厄介な剣ですね」

 

 そう言うシールだが、動揺は見られない。それどころか、じっとアイズの持つブルーアースを凝視している。さすがに気付かれたか、とアイズが警戒する。その刀身を隠すように再び鞘へと納めた。

 見切られるのは時間の問題だろうが、それでも守勢に回れば押し切られる。

 シールの能力へと対抗策がない以上、ある程度の被弾を覚悟で攻め続けるしかない。

 

 なるべくシールと視線を合わせたくはないが、それも難しい。わずかに視界に入れただけでも少なからず影響があるようで、あの虹色の光が見えた瞬間に警戒を強めるしかない。

 そのせいであと一歩の踏み込みができずにいるが、それはシールも同じだ。奇しくも、アイズの持つブルーアースの存在が同じように強い警戒を抱かせる。

 

 シールに有利ながら、こうした膠着状態が続く以上、アイズが先に勝負に出た。

 

 やられる前にやれ。そう覚悟を決めたアイズが再び高機動戦を仕掛けた。無論、それを待つシールではない。互いに瞬時にトップスピードを出し、ヴォ―ダン・オージェの高速思考を活かした高速戦闘へ突入する。

 アイズはとにかく手数で攻める。両手の剣、脚部の隠し剣、ビット兵器と鋼線、対艦刀、可変剣、持ちうる手札を惜しげもなく使い、シールを防戦へと追い込む。普段ならば攪乱して隙を伺うところだが、強引に攻めてブルーアースを振るう隙を作り出す荒々しい戦法を取っている。

 

「今更、その程度で私に通用するとでも?」

「くっ……!」

 

 パール・ヴァルキュリアの持つ、ISサイズの武装として規格外の大質量兵装である巨大なランス。単純な質量兵器として振るわれるそれを針の穴を通すかのような繊細で緻密な制御で以て放たれる。たった一振り、それだけで空気の壁を破り、アイズを薙ぎ払う。なんのへんてつもない、たった一振りで戦況を覆すことができるシールはまったくもって理不尽と呼べる存在だ。

 体勢が崩れたアイズの隙を見逃すはずもなく、シールが追撃の一突きを放つ。回避が難しい身体の中心線を正確に捉える刺突。そのパイルバンカーのような一撃を、アイズは前転でもするように前へと上半身を倒してスレスレで回避。背部を衝撃波で多少抉られたが、リスクに見合うリターンを得た。

 あえて後方ではなく、前方へ回避したことで得た、シールの懐に潜り込むという千載一遇の好機。長距離からの斬撃ではやはり決定打に欠けてたが、ここまで距離を詰めれば問題ない。

 

「ゼロ距離! 取った!」

「させるとでも?」

 

 パール・ヴァルキュリアの左手に装備されたシールドチャクラムで迎撃する。狙いはアイズの右腕。どれだけ脅威といっても、抜かせなければ問題にはならない。アイズに右腕で防御させることで抜刀を阻止する。

 

「させるわけないでしょう」

「いや、させてもらうよ!」

 

 瞬間。

 シールが最大級の危険を察知する。それを察するときにはすでに遅かった。下方より迫る青白く光る刀身。

 

 

――――足で抜刀!?

 

 

 背面に備えられたブルーアースを右足で抜き放ったのだ。腕は警戒しても、足までは未警戒だったシールは完全に意表を突かれた。油断したわけではないが、それでもまさか背面から足で抜刀してくるなど誰が想像できただろう。

 

「くっ……!」

 

 ここで初めてシールが焦りを見せた。どうあっても回避ができないことを、その眼の力ゆえにわかってしまったのだ。

 

「完全に、貰った!」

 

 蹴り上げる勢いのままブルーアースが、ついにパール・ヴァルキュリアに直撃した。

 その斬撃の余波が青白いプラズマとなって周囲の空気を焼いた。ブルーアース自体が高エネルギーの塊ともいえる剣だ。言うなれば雷が剣の形となって叩き込まれたようなものだ。

 

 まさに天使を堕とす雷霆の剣がシールを貫いた。

 

 

 

 

 

 




お久しぶりです。暑さと仕事に忙殺されてまともに執筆時間も取れず、かなり遅れた更新になってしまいました。
ぼちぼち最終決戦も佳境に向かう頃合いです。次回はもう少し早めに更新したいです。

それではまた次回に!

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