双星の雫   作:千両花火

158 / 163
Act.144 「天空の塔」

「ふんッ!!」

 

 気合と共に放たれた一撃を受け、大型無人機の胸部に巨大な穴が空く。純粋な力によって穿たれた機体はそのまま痙攣でもするように振動し、やがて沈黙して崩れ落ちる。それを確認してからゆっくりと残心を解いた鈴が息を吐きながら周囲に目配せをした。

 

「これでだいたいは掃除したかしらね」

 

 周囲には無残に破壊された無人機があちらこちらに転がっている。そのすべてが凰鈴音というただ一人によって敗れた哀れな無人機の末路であった。鈴はセシリアに宣言した通り、接敵した敵機すべてを破壊した。間合いに入った敵機のほぼすべてが一撃、大型機に多くてもせいぜい五撃ほど費やしただけだった。まさに無双といえる戦いぶりを見せつけた。

 第三形態にならなくとも、完全覚醒によって今の鈴と甲龍の基礎スペックだけでも無人機を圧倒している。第二単一仕様能力がなくとも、より密接に操縦者とコアが繋がり、人機一体の境地に届いたことであらゆるスペックが最適化され、結果より高い質の機動を可能としている。

 今の鈴を止めるには有人機、しかもトップエース級でなければ不可能だろう。ただの機械やそこそこ程度の操縦者なら鎧袖一触だ。

 

「さて、作戦はプランB……あれ、プランCだったかしら? まぁ、どっちでもいいわ」

 

 天を見上げれば、燃え落ちる軌道エレベーターが否応にも目を引いた。流星雨のごとく戦場に降り注いでいた破片は危険度の高いものはおおよそ破壊したようで、破壊された直後はともかく、そのあとは半ば自壊するように粉々に砕け散り、想定よりもはるかに被害が少なかった。

 もともとこうなった際には、接近戦特化型の鈴にできることはなく、セプテントリオンのメンバーが破片の除去をする中、鈴だけは眼もくれずに無人機を排除し続けていた。その甲斐もあり、軌道エレベーター付近の敵機はほぼ排除できた。なにより脅威度の高い大型機をはじめとしたいくつかの特殊型をすべて破壊できたことは大きい。小癪にも無人機の中にもいろいろなタイプの特化型を紛らせていたようだが、暴虐的ともいえる今の甲龍の前にはすべて塵同然だった。

 足元に転がっていた、まだかろうじて機能停止していた無人機を踏みつぶしながらようやく一息を入れる。

 

「雑魚を残して主力は一時撤退……このタイミングで撤退? むしろ攻め入る機会でしょうに。と、なると……」

 

 もう一度空を見上げる。炎と灰が落ちてくる焼けた空を見ながら、その先にある天の城塞へと意識を向ける。

 

「やっぱり推測通り、本当の狙いは地上じゃなくて、宇宙………衛星軌道ステーションか」

 

 それはずいぶん前から予想されていたことだった。宇宙進出を目的とした、宙への玄関口となる軌道エレベーターと衛星軌道基地。カレイドマテリアル社にとって、それは二つそろって意味のあるものであるが、亡国機業にとってはどちらかでも破壊すればそれで済む。片方を失えば、カレイドマテリアル社の計画は頓挫する。少なくとも十年近くは停滞するだろう。それは致命的な遅れとなる。

 攻める側、守る側の事情を考えればカレイドマテリアル社が圧倒的に不利なのだ。少数精鋭であっても、この両方を守り切るのは難しい。

 

「だからこそ片方をくれてやる、ね。まったく、どういう頭してんのかしら、ウチのボスは」

 

 そうした中でイリーナが下した決定は「衛星軌道ステーションを奪取させる」ことだった。だからこそ、あえて戦力を地上の軌道エレベーターの防衛に集め、宇宙の衛星軌道ステーションの防備を薄くした。もともと宇宙戦ができる無人機は確認されておらず、そして世界を巻き込んでの戦いをしたがっている亡国機業にとっても宇宙戦よりも地上戦を選ぶと読んだ。

 懸念は軌道ステーションを破壊されることだが、それはないとイリーナは断言した。マリアベルなら軌道ステーションを破壊するのではなく、奪取する。これは確信に近かった。

 マリアベルにとって、……正確にいえば、マリアベルが利用しているIS委員会の委員長という立場を考えたとき、軌道エレベーターは無益でも軌道ステーションは有益だからだ。宇宙へと飛び立つために作った軌道ステーションだが、使い方を逆転させれば地球の制空権を抑える絶対監視衛星となる。

 イリーナが軌道ステーションを使い世界の経済面から支配したように、マリアベルが制空権を掌握すればあっという間に世界征服が完了してしまう。冗談ではなく、本当に世界を手に入れられる。使い方を誤らなければ、それが為せる土台ができている。そして、マリアベルはミスなどしないだろう。

 

 亡国機業としては、軌道エレベーターは破壊、そして軌道ステーションは鹵獲。これがベストなのだ。

 

 だからこそ、正面からの全面衝突で軌道エレベーターを陥落させることを選択した。戦力を冷静に分析すれば、数で押せば軌道エレベーターを破壊することはほぼ確実にできる。その裏で軌道ステーションを確保すれば完勝だ。

 そして、それは成った。束が独断専行して、勝手に軌道ステーションでマリアベルを待ち伏せして戦闘行動を起こしたことは誤算だったが、おおよそ予想通りに戦闘は推移していた。さらに言えば軌道ステーションの確保に乗り込んできたのがマリアベル単機によるものというのも誤算といえば誤算だが、今となってはむしろそのほうが都合がいい。主力同士の激突にこだわったマリアベルは思った通りに地上に戦力を集中させた。

 無論、この策を読まれる危険性も考慮されたが、イリーナ曰く、読まれても問題ない、手間暇かけて用意した罠なら間違いなく乗ってくる。……などと言って押し切った。そして実際その通りになった。殺し合いをする仲でも、やはり姉妹ゆえに考えがわかるのかもしれない、と皆が心中で苦笑していた。

 

「で、とりあえず押されて敗けるとこまでは予定通り……と」

 

 セシリアや鈴をはじめとした専用機持ちを中心にかなりの時間を粘ったが、それでも結局は無残に軌道エレベーターは焼け落ちた。

 地上での戦いは戦略的に見てもカレイドマテリアル社側の敗北だ。あとは後詰めの部隊を送り、セプテントリオンを壊滅させれば敵対勢力は完全に無くなる。

 

「上を押さえられた時点で敗北確定ね」

 

 この状況をして、敗北同然だと鈴は言う。そしてそれは正しい。地上を守っても、宇宙における拠点を失った時点でカレイドマテリアル社の計画は終わる。

 

 

 

 ただし―――――それは、前提条件をひっくり返せば容易く逆転する。

 

 

 

 鈴の目の前で、大地から光が爆発するように溢れ出す。同時に地震かと思われるほどの大きな揺れが一帯を包んだ。しかし、海上に浮かんだ人工島でここまでの揺れがあることは不自然だった。どこか一定のリズムを刻むように揺れ続け、次第にモーターのような機械音すら周囲に響き渡る。

 それは自然現象ではなく、島そのものが振動していたことによるものだった。正確には、この人工島の地下中枢部。そこに設置された大型ジェネレーターと、そこに接続された装置の稼働による振動の余波だ。

 広大な地下空間に作られたそこから生み出されたそれが、光や振動、音となって島全体を鳴動させていく。

 そして大地から溢れ出したひときわ激しい光が質量でも持つかのようにひとつの形状へと収束していく。たった今破壊された軌道エレベーターを再現するように円柱の形となって天へと伸びていく。

 それを呑気に見上げながら、鈴がケラケラと笑い声をあげた。

 

「あたしたちの敗北だけど…………でもそれって、本当に軌道エレベーターが破壊されていれば、っていう前提なんだけどねぇ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「電磁レール、展開完了。問題ありません」

「量子スピンからの抽出、正常値を維持。歪曲率上昇により空間干渉を確認」

「起動エネルギー、確保しました」

「SDDシステム、スタンドバイ。カタパルト、稼働可能です」

「重畳。さすが束さん。理論通り」

 

 中枢部の軌道エレベーターの制御室にて、束の代役として技術班を取り仕切る火凛がオペレーターからの報告を受けて満足そうに笑う。本格的な稼働は初だったが、問題らしい問題もなく束が提唱した理論通りに稼働していることに自然と笑みを浮かべていた。

 こればかりは事前に実験するわけにもいかず、ぶっつけ本番となったが、束を中心に技術班の総力を挙げて考えられるすべての問題点を徹底的に是正したことでほぼ完璧な仕上がりを見せていた。

 反則ともいえる“これ”を隠すために、わざわざ正攻法の建築方法でも軌道エレベーターを建造したのだ。ここでなにかミスを犯せばすべてが水泡に帰するところだ。火凛も内心では不安が大きかったが、束が自信満々に「束さんの作るものにミスはない! そして自重もない!」と言っていた通りに自重も設計ミスもないものが出来上がったようだ。途中からこのプロジェクトに参加した火凛は客観的視点からの俯瞰した意見を求められたが、その時点で既に大きな問題は取り除かれていた。

 

「でも、実際に見ると感無量。こんなものができるなんて、あの人の頭の中って何年先の未来なんだろう?」

 

 しかも、この技術を応用してスターゲイザーにSDDシステムなどという機能まで搭載する始末だ。距離の概念を覆す宇宙船が、まさか“派生作品”だとは誰も思うまい。

 当の本人は独断で姿を消してしまったが、おそらくは初めからそうするつもりだったのだろう。でなければあらかじめすべてのマニュアルと対処法を火凛に托したりはしないだろう。

 

「さて、それじゃあ起動しよっか。座標位置を確認後、リ・ディストーションを開始。カタパルトを開放して。全世界に向けて、真の軌道エレベーターのお披露目だよ」

 

 そしてそれはイリーナの指示によって、リアルタイムで世界に晒された。

 

 それはイリーナの用意した、亡国機業とIS委員会を始末するための一手。そして世界全てに対し、味方か敵かの選択を強いる、暴君からの問いかけであった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

『あなたは本当に恐ろしい人だ。イリーナ・ルージュ』

 

 モニターに映った通話相手にイリーナは「御冗談を」と愛想笑いをしながら言葉を返す。見ただけでわかる営業スマイルだが、その内心では悪魔めいた顔を浮かべているだろう。

 

「では、契約を?」

『ふむ。結びましょう』

「ありがとうございます。では約束通りに………」

『ええ、今軌道エレベーターに向かっている我が軍……いえ、脱走した反逆者がどうなろうと、こちらから責任や補償を要求することはありません。そして鎮圧するための部隊を、“カレイドマテリアル社を友軍として援護する”ことを特例で認めましょう』

「感謝します。なるべくは返却できるようにはしますが、手加減はできそうにありませんので」

 

 イリーナは軽く手を振り、控えていたイーリスに指示を送る。イーリスが静かに礼をして部屋を出ていく姿を見届けてから改めて画面に映る人物へと礼を述べる。

 仕立ての良いスーツを着た、四十代と思しきハリウッド俳優のような端正な顔つきをした男性であった。名をジェームズ・ウィルソン。肩書は、合衆国大統領。ISによって女尊男卑の風潮が強くなっていた中、その強烈なカリスマと、元宇宙飛行士としてのキャリアを持つ異色の政治家として大統領にまでのし上がった英雄であった。イリーナ個人の知古であり、敬意を払う数少ない人物の一人である。

 極秘の対談ではあるが、それは間違いなく世界の行く末を左右する契約がはっきりと結ばれた瞬間であった。片や、経済と通信の大部分を支配し、さらにISを利用した宇宙開拓を推進する首魁たる女傑。そしてもう片方はその圧倒的な国力によって世界の覇権を握るといっても過言ではない大国のトップである。モニター越しとはいえ、この二人が会話していることが知れただけで世界が揺れるだろう。これまで水面下で様々な取引をしてきた相手であるが、はっきりと協力関係を結んだことになる。情勢への影響が大きすぎるために、互いに表立って関わってこなかったが、正式に契約することで世界は再び大きく揺れるだろう。

 かつて、男女共用コアを世に出す際にも大きな混乱が起きたが、その混乱を早期に収めるためにイリーナはあらかじめ主要国には話を通していた。国としては共用コアのほうが莫大なメリットを生み出すので反対する理由はない。そこで躊躇ったり、批判がでればそれは亡国機業の手が中枢まで伸びている可能性が高くなる。新型コアはイリーナにとって敵かどうかの判断材料にもなっていた。

 その中でも合衆国は、いくつもの勢力がひしめく万魔殿のような国であったが、幸いにしてその大統領はよく知る人物であった。彼が大統領になってから、密かに技術協力や量子通信機器を融通することでその繋がりを太くしていた。もちろん、後々のことを考えてスキャンダルになるやり方は一切していない。知己だからと量子通信機器の販売でも値切りなど一切しなかったし、それ相応の対価をもらっている。むしろ多少値を上げて優先して販売してやったくらいだ。それに対してジェームズは苦笑しながら応じてくれた。ビジネスにおいてイリーナが容赦しないことは彼もわかっていたのだろう。

 

『しかし、これで反対意見も封じ込める。これはそれだけのものです』

「大変ですね。経営者と違い、政治家というものは」

 

 おおよその意見がまとまったことで二人の会話も穏やかな色合いを帯びる。もともとの始まりは共通の親しい人間を通して知り合った二人だ。公私では別人かと思われるほどにギャップがあるが、もともとは気軽に談笑するような仲だった。

 

『あなたほどではないかと思いますがね。今や世界を支配する企業にまで成長させたその功績、真似できる者などいないでしょう』

「大統領にそう言われるとは、私もそれなりにはなれたらしい」

『謙遜を覚えたのですね。昔のあなたからは考えられませんが』

「……あの時は、私も若かったからな」

『そういえば娘を引き取ったとか。少し意外でしたよ』

「駒のひとつだよ。……そういうことにしておけ」

『相変わらずですね』

 

 イリーナの口調から次第に敬語も抜けていくが、これが本来の姿なのだろう。不敬や軽蔑の色はなく、ただ友人相手に悪態をついているだけだ。

 

『これで、準備は整いましたか?』

「……ああ、亡国機業を始末すれば、あとは私の邪魔をするものはいなくなる」

『あの組織は我々にとっても邪魔ですからねぇ。内部の腐った馬鹿どもの掃除もできて、まさにwin-winでしょう』

「よく言うものだ。私より亡国機業と手を組んだほうがいいと判断すれば切り捨てるつもりでいただろうに」

『正確にはIS委員会、になるんですがね。まぁ、それが国を背負うものということです。それに、それはお互い様では?』

「違いない」

 

 物騒な会話を笑いながら交わす様はもし第三者がいれば顔を青くしていたことだろう。場合によっては手を取り合うことも、見捨てることも許容しているやり取りは人情や妥協といった不確定要素を一切考慮せず、ただただ目の前の現実だけを見据えた機械のような判断を是としている。公私混同をしないことは社会人として当然のことだが、ここまで明確に切り離すことができる人間もそうはいないだろう。

 

「さて、では確認だ。そちらが出すのは現在軌道エレベーター施設にて発生している“小競り合い”の援護と、今後の世界情勢における宇宙進出への賛同だ」

『ええ、約束しましょう』

「その対価として用意するのは、量子通信、その他IS関連の技術協力、そして―――」

 

 最後に切るカードこそ、イリーナが束と共に五年の歳月をかけて作り上げた宇宙進出のための、スターゲイザーと並ぶもう一つの切り札。正真正銘、カレイドマテリアル社の持つ最高機密。

 

 

「“ディストーションドライバー”の貸し出し、及びD2カタパルトの基礎理論と設計図だ」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「……ッ?」

 

 視界の隅に移った奇妙な現象にシールは視線をアイズからそちらへと向けた。

 アイズの左後方、つい先ほど焼け落ちた軌道エレベーターがあった位置……ヴォ―ダン・オージェの解析でも寸分も違わずに同じ座標に現れたそれを見たシールが、解析を終えてその正体を悟ると同時に驚愕に目を見開いた。

 そんなシールの様子を見ていたアイズが自慢げに笑みを浮かべる。

 

「気が付いた?」

「……あれが自信の根拠ですか」

「ふふん。ボクは基礎理論すら理解できなかったけど、なにが起こって、どういうものかはわかる。あれがある限り、ボクたちの夢が終わることは、……ない!」

「正直に言いましょう。さすがに驚きました。あの仰々しい軌道エレベーターはただのハリボテですか」

「いやあれも本物だよ。ものすごいお金かかっているから、普通に大赤字。でも、アレはシールにだって破壊できないでしょう?」

「壊せる殻に、壊せない中身を用意していましたか」

「それがどういうことか、わかるね?」

「ええ、それはもう」

 

 シールの視線の先にあるのは、地上から天へと伸びていく光の塔。電磁的に発生させられた宇宙へと届くレールだった。先ほどまで存在していた鋼鉄の塔ではなく、下から上へのベクトルを内包した純粋な力場だった。解析した試算でも、それこそあの大型艦であるスターゲイザーすら宇宙へ押し上げることが可能なほどの強力なものだ。安全性はともかく、あの中に飛び込むだけでISごと宇宙へと射出されるだろう。

 あの光の塔はいわば対象を運ぶためのレールだ。それはまだいい、問題はそのレールにかかる力場だ。おそらくは電磁レールでその出力を制御しているのだろうが、いったいなにをどうすればあれほどの出力を生み出せるのかがわからなかった。どれだけ低く見積もっても大型の原子力発電所一基を超えるエネルギーが発生している。

 

 

 

「あれがボクたちの切り札――――“D2カタパルトエレベーター”だよ」

 

 

 

 【Distortion Drive Catapult Elevator】―――カレイドマテリアル社内の略式名称は、DDCエレベーター、またはD2カタパルトとも呼称される。類似概念ではトラクタービームを思い浮かべればわかりやすいだろうか。

 簡単に言えば強力な力場を発生させ、そのベクトルを利用した射出装置。地上から宇宙まで、それどころか広大な宇宙空間の移動を短時間で行うことも可能な航行技術だ。名称から察せられるように、スターゲイザーの空間歪曲航法、ディストーションドライブと同じ基礎理論から生まれたもので、この五年をかけて束が作り上げた宇宙進出を現実のものにする、時代を二つ三つすっ飛ばして完成されたオーパーツ級の技術の集大成。

 

「………なるほど」

 

 シールはアイズが言う「破壊できない」という意味をよく理解していた。地上に降り、このD2カタパルトの発生装置を破壊することはできるかもしれない。だが、それだけでは不十分だ。物理的に建造されたものと違い、これはあくまで力場を利用した装置。その気になれば、材料と場所さえ確保すれば地球上のどこにでも宇宙への道を造ることができるのだ。このD2カタパルトが完成されたことが分かった以上、ここでこれを破壊しても大きな意味はない。おそらく用意しているのもこの一基ではあるまい。複数用意できる時点でカレイドマテリアル社の価値はさらに良い方へと激変する。

 IS委員会としての立場から見れば、完全に敗北だった。宇宙にある軌道ステーションを確保しても、情勢は五分より少し不利といったところだろう。

 

 視線を再びアイズへと戻したシールは、その瞳の質を変化させる。金色に輝く魔性の人造魔眼が、その色合いを七色のスペクトルへと分岐させていく。見るだけで魅入られるような、生物とすら思えない超常の色彩を見せるその瞳でまっすぐにアイズを射抜くように見つめている。

 

「ここであなたたちを潰さなければ、消えるのは私たちということですね」

「イリーナさんは、……ううん、ボクたちみんな、もう亡国機業を逃がすつもりはない。この戦いですべての決着をつける気で臨んでいる。シール、だから最期までボクに付き合ってもらうよ」

「結果として罠にかかったのはこちら、というわけですか。まぁ、もとより次などこちらも考えてはいません。少々予定と違いますが……決着を、つけましょう」

 

 徐々に変化していくパール・ヴァルキュリアを見ながら、アイズも覚悟を決める。

 大口を叩いても、アイズが不利なことは変わらない。IS性能はほぼ互角といえるが、操縦者であるシールとの差が未だに大きな脅威といえる。そして、アイズとレアの切り札を封殺し得る力が厄介すぎる。

 だが、それでも。

 

「ボクが戦わない理由にはならない。あなたがどれだけの脅威でも、それがボクの立ち向かう理由を覆すことなんてできないんだ」

 

 変化していくシールに呼応するようにアイズとレッドティアーズも、発揮できるすべての力を開放する。変化していくISに同化するように、アイズの瞳の金色が徐々に紅に染まっていく。

 

「その前向きさは嫌いではありませんが………勝てると思われることが、すでに屈辱なんですよ……!」

「………それは、シールが決めることじゃないよ。ボクが、勝ち取ることだよ」

「そこまで言うのなら是非もありません。力の差、何度でも教えてあげましょう」

 

 虹色の瞳。紅の瞳。

 

 同じ人造の魔眼から生まれた唯一無二の瞳が、再び交わる。

 

 そして、互いにそれを予感していた。どんな結末になろうと、それが訪れるのはこの時になるのだろう、と。

 そして悟る。―――もう、“次”など、ないということに。

 

 

「決着をつけましょう」

 

 

 だからこそ。

 

 

「うん、いいよ」

 

 

 アイズは、微笑みながら受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 




D2カタパルトエレベーターの元ネタはとあるロボット物に出てくるテクノロジーから。詳細は次話にて。今回と同じく、謀略色の強い話になりそうです。

気温の変化が激しくてきつかったですが、ようやく暖かくなりそうで一安心。春から新年度、新生活の時期になっていきます。また新年度からもどうぞお付き合いください。

それではまた次回に!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。