双星の雫   作:千両花火

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Act.143 「空と宙の狭間へ」

「あははっ、上から見る花火もなかなか趣があるわねぇ」

 

 眼下に広がる光景を見ながらマリアベルはけらけらと屈託のない笑みを浮かべている。崩れ落ちていく天へと伸びた塔。その引き金を引いた本人は楽しそうにその惨状を鑑賞している。

 腹黒さを感じさせない、子供よりも無邪気な顔で本当に楽しそうに笑う彼女はただその笑顔だけを見れば本当に幸せそうで、見るものを穏やかにさせるほどのものだった。

 しかし、だからこそマリアベルの笑顔は不気味としかいえなかった。それは周囲の凄惨たる状況の中で浮かべる表情としては、もっとも不釣り合いであったからだろう。

 周囲一帯は破壊痕で埋め尽くされ、激しい戦いの余波によって刻まれた傷跡は地獄のようでもあった。炎で焙られ、ねっとりとした火に照らされたマリアベル。背徳的な美貌を浮かび上がらせながら、その目線をゆっくりとそれに向ける。

 

「でもさすがは篠ノ之束。ここまで私を追い詰めたのはあなたが初めてよ。正直言って、あなたならもしかしたら私を殺せたかもしれないわ。うん、惜しい!」

 

 くすり、と笑うも、どこか称賛したような声。それは頑張ったことに対して褒め称える母親のような仕草だった。その言葉は正しく、マリアベル自身も血化粧が施され、身に纏っているIS、リィンカーネーションも多くの破損が見て取れた。かつてセシリアとアイズを瞬殺したマリアベルを相手に、束が一人でここまで追い込んだのだ。その実力はISの性能だけではない、操縦者であり、そして開発者である篠ノ之束の知識と経験、判断力、そのすべてがセシリアたちよりも高い水準でまとまっていたということに他ならない。

 事実、アイズにとって束はあらゆる意味で先達であり、師匠ともいえる人間だ。その実力はアイズはおろか、セシリアでさえも届かないだろう。

だが―――。

 

「でも、まぁ」

 

 そんな束でも、この魔女を始末できなかった。それが現実となったことにマリアベルは自慢げに笑い声をあげる。

 

「やっぱり、私のほうが強かったわね」

 

 そう笑いかける先には、血の海の中に倒れ伏した束の姿があった。うつ伏せに倒れ、顔は見えないが纏っていたISは無残に破壊され、辺りにはバラバラにされた装甲片が散らされている。

 身じろぎ一つせずに血だまりに沈んでいた束であったが、マリアベルの言葉に反応したのか、ゆっくりと顔を上げる。血まみれになりながら、その表情には未だに激しい憎悪が浮かび、壮絶な表情となってマリアベルを睨みつけている。

 しかし、そんな身も凍るような激しい視線を向けられても、マリアベルはただ笑って何事もないように受け入れる。

 

「あらあら、そう睨まれても困るわ。恨むのなら、あなたの力不足か、私をこんな化け物として作ったオリジナルのレジーナを恨んでくれないと。あ、でももうこっちは私が殺していたわ。じゃあしょうがない。恨まれておきましょう。今更だけど、ねぇ?」

「…………」

「うふふ、そんなに軌道エレベーターを破壊したことが許せないの? でも、別にいいでしょう? だって、はじめから守り切れるとは思っていなかったでしょうに」

 

 その言葉に黙っていた束がピクリとわずかに反応する。忌々しいことに、セプテントリオン側の作戦を知るような言動に警戒を強める。

 

「うふふ。どうかしら、私の推測は?」

「……そこまでわかっているのなら、私が言うことはひとつだよ、このアバズレが」

 

 力の入らない体を無理やり動かし、束ははっきりとマリアベルに向かいサムズダウンを突き付ける。死相すら見えるような顔で壮絶に笑い、悪鬼のような顔で恐怖を与える笑みを浮かべて宣告する。

 

「お前は、忌々しい、本当に忌々しいことに私だけではダメだったけど」

 

 そう言う束はかろうじて動く右腕を動かし、手元に空間投映されたコンソールを出現させる。

 

「それでも私たちが、おまえを地獄に落としてやる……必ず……!!」

 

 呪詛の言葉を残し、指先がコンソールに触れる。

 

 瞬間、この衛星軌道基地そのものが激しく揺れるほどの衝撃が二人を飲み込んだ。

 

 

 

 ***

 

 

 

「そんなっ……!?」

 

 落ちてくる軌道エレベーターの残骸を茫然と見ながら、アイズは必至に動揺を抑え込む。ほんの数秒だけ見せてしまった隙を恥じるようにしながら再び目の前のシールへと意識を戻す。どういうつもりか、今の決定的な隙を見逃したシールもまた、興味なさげにしながらも破壊された軌道エレベーターをぼんやりと見つめていた。

 その様子を見て仕掛けようとするも、しかし隙らしい隙を晒していないことに踏みとどまる。もし仕掛けていたら、逆にカウンターを受けていただろう。

 

「……まったく、まだ時間はあったでしょうに」

「どういうこと?」

「予定通りとはいえ、少々あっけない。あなたもそう思うでしょう、アイズ?」

「そんな言葉で、すまされたくはないんだけど」

 

 そう抗議するアイズの言葉に興味を示さずにシールはアイズの視線を流す。言葉にはしなかったが、このときのシールは内心ではせっかくの戦いに水を差された格好となったのことで少し不貞腐れていた。

 確かに予定通りの作戦進行であるし、とりあえず“ここまで”なのは理解していたが、ここまで盛り上がっていたところに勝手に予定を早めて勝負を流されると思った以上にストレスが溜まっていた。シールとしては、個人の理由ではあるが軌道エレベーターの破壊よりもアイズと心行くまで戦っていたかった。少々残念だが、シールにとってマリアベルが最優先だ。彼女がやれと言うのなら私情は捨てる。アイズとの決着は持ち越しだ。

 

「残念ですが、勝負を預けます」

「逃げるの? そんなこと、ボクがさせると思ってるの?」

「いいんですか? ご自慢のタワーが焼け落ちていますけど」

「ボクに与えられたオーダーは、“なにがあろとも”あなたを自由にはさせないこと。もうしばらく、ボクに付き合ってもらうよ!」

「……余計なときだけしつこいですね」

「シールには、言われたくないね!」

 

 アイズは防御重視の戦い方から一転して離脱しようとする気配を見せるシールに果敢に攻め入る。なにが目的かまではまだ確信が持てないが、よくないことだけはわかる。だからここでシールを自由にさせるわけにはいかない。

 確かに軌道エレベーターが破壊されたことはかなりの痛手だが、まだそれでも手遅れじゃない。ここで食い止めれば、まだ巻き返せる。

 

「あれが折れたというのにずいぶん冷静ですね」

 

 アイズの攻撃を危なげなく捌きながら皮肉そうに告げる。しかし、事実として起動エレベーターを完膚なきまでに破壊されたというのに、アイズは驚愕してもあまり大きく動揺しているようには見えなかった。なによりシールのヴォ―ダン・オージェにはアイズの心拍数が平静であることを見抜いていた。

 

「もしかして、そちらにとっても予定通りでしたか?」

「ん、なんのこと……ッ?」

「嘘が下手ですね」

 

 くすりと小さく笑い、シールは思考を即座に戦闘状態に戻す。頭上から破壊された軌道エレベーターの破片が降り注ぐが、シールもアイズも意にも留めない。ただ振ってくる障害物など、二人にとっては大した脅威にもならない。むしろそれを利用しようとすら考えるだろう。

 アイズを誘うように空へと飛び、IS戦の本領となる空中戦に移行する。小細工なしの真っ向勝負への誘いに、アイズは自身の不利を承知で挑む。反応速度でわずかに劣るアイズは両手の剣、さらに脚部のブレードを展開し、変則四刀による手数で押し込む。剣技においてはアイズとシールにはほぼ差はない。むしろ引き出しの多さでアイズがやや勝るといったところだ。

 それでも総合的に見ればシールが上をいく。

 どれだけ手数を増やしても後出しで対処を間に合わせるシールはアイズにとってまさに理不尽といっていい存在だ。反応速度、そして強化された身体能力。鍛えているとはいえ、アイズは眼と脳以外は普通の人間の枠内に収まっている。鈴のような規格外の肉体は持っていない。結果、基礎スペックですでにシールと大きな隔たりが存在する。

 もっとも、そんなことはわかりきっていることだ。これまで幾度と戦い、その差がどれほどかということも理解している。ならばそれを超えられる手段を考えるだけだ。

 

「あっ」

「……?」

 

 気迫を見せていたアイズが突如として視線を右に向けた。戦いの中では隙としか言えない動作に、しかしシールもそのあまりにも唐突なアクションに反応してわずかに意識を向ける。

 同時にアイズが左手の武器をノーモーションから投擲。余所見のフェイントという子供だましとしかいえないことを平然と行うアイズの胆力もそうだが、速過ぎる反応で一瞬でも引っかかってしまっても余裕で対処を間に合わせる。だがこんな古典的な手に僅かでもかかってしまったことに羞恥を覚えたのか、シールの表情は少し強張っていた。

 

「そんな古典的な手を……!」

「一瞬引っかかったくせに」

 

 アイズの狙いはおおよそ成功した。シールは確かに投擲した剣をはじき落としたが、はじめから回避ではなく防御させることがアイズの狙いだ。回避ではなく防御なら二秒ほどはその場所に足止めできる。即座に瞬時加速を慣行し、一瞬で距離を詰めてクロスレンジに持ち込む。まずはここから。空での中距離戦では勝てる要素がないためにまずはこの距離に持ち込まなければならない。

 常に密着状態を維持して剣を振るう。距離を詰めれば厄介なパール・ヴァルキュリアの翼を無力化できる。しかし、この距離は同時に読み合いの早さがモノをいう。言わば、即打ちの詰将棋。最速最適を選ぶ能力が勝るほうが勝つ。ヴォ―ダン・オージェの本領が発揮される場面だ。

 

「やああっ!」

「…………」

 

 気迫を滾らせて攻めるアイズをシールは冷静に捌ききる。しかし、その顔には余裕は見られない。明らかにこれまでとは違う警戒を見せている。

 それはアイズが持つ剣。未だに完全にその全容を把握しきれない未知の剣【ブルーアース】。その脅威が無視できないシールはアイズがその剣を抜刀する瞬間を警戒している。

 アイズもそれがわかっているからこそ、切り札のブルーアーズを見せ札として立ち回っている。名刀は抜かなくても効果がある、とは誰に聞いた言葉だったか、アイズは抜刀する構えを見せながら決して使わずに剣戟を繰り広げている。

 実際に多用できない理由があることが大きい。確かに強力な剣だが、その性能を完全に解析されればシールには通じない。これを使う時にミスは許されない。だから千載一遇のチャンスを待ち続けている。

 シールとアイズ、二人ともに攻めつつも警戒と観察を主眼にいるために膠着状態に陥っている。アイズは決定的な隙を待ち続け、それがわかっているシールもブルーアースを警戒して踏み込みを避けている。結局はこの二人の戦いはまともに戦えば膠着してしまう。

 

「このままではいつも以上に千日手ですね」

「シールが踏み込んでくれたら一瞬で終わるかもよ?」

「今更あなたを過小評価はしませんよ。とはいえ、ふむ……少し、趣向を変えましょう」

「んっ?」

 

 一転して翼を広げ、さらに上昇するシールに少し驚きながら、アイズもそれを追う。今更高度を上げることになんの意味があるのかと思ったが、その意図はすぐに悟った。

 シールは、あろうことか高高度から降り注いでくる軌道エレベーターの残骸の密集エリアに突っ込んだのだ。直撃すればISでもただではすまないような大質量の破片も存在する危険エリアに飛び込むなど、正気の沙汰ではない。だが、シールはそこでの戦いを誘ってきた。

 

「……無茶苦茶な、でも、それはボクにとっても専売特許! 望むところ!」

 

 下からは破片を破壊しようとセプテントリオン隊から数々の砲撃が飛んできており、あちこちで破片を打ち落とし破砕している。フレンドリーファイアの危険性もあるが、それでもためらいなくアイズは飛び込む。既に多くの破片に隠れ、シールの姿は視界から消えかけていた。完全に見失えば奇襲されるが、それは向こうも同じこと。“追いかけっこ”と“かくれんぼ”の変則高機動戦に突入する。

 空中でありながら障害物の多いフィールド。空中戦に長けるシールと、障害物の活用に長けるアイズ。空中機動が制限されるシールが不利かと思えるが、シールはその翼を活かした独特な機動で破片の隙間を流れるように回避しながら速度を落とさずに飛び回る。鳥のような有機的な稼働を可能とするウイングユニットは無駄のない動きを可能とする。この機動の前では通常のISの機動では追随できない。滑らかな変則機動に直線の動きでは対処できないのだ。

 だからこそ、アイズも変則機動にシフトする。

 普通に飛んでいたらシールには追い付けない。ゆえに、アイズは“走る”。次々と落下してくる破片を地面に見立て、それを足場にして跳ねる。生身で壁走りをしていた鈴の動きを参考にした、普通ならばまずしないIS機動。それはさながら義経の八艘飛び。邪魔な破片はブレードで斬り払い、微かに視界に映るシールを追う。シールも追ってくるアイズに気づいているだろう。互いに死角を取り合うようにさらに速度を上げ、よりトリッキーな機動で翻弄する。

 二人の金色の瞳はぎょろりとせわしなく動き回り、周囲の情報を拾い、解析を繰り返している。リアルタイムで変動するフィールドの未来予測と、同時に相手の動きを観測、予測し、未来位置を解析しての先回りからの奇襲を図る。

 

 そしてついに、シールがアイズの背を取った。

 

「……っ!」

 

 死角から飛び出してきたシールにいち早く気付いたアイズがすぐさま迎撃する。降ってきた手近な破片を蹴り砕き目くらましとするとカウンターの刺突を放つ。

 当然、この程度でどうにかなる相手ではない。シールは折りたたむように翼を稼働し、刺突を防ぐ楯として突撃の勢いを殺すことなくタックルを慣行した。翼を前面に出してのチャージはさながら砲弾のようだった。アイズはそれを避けられないと悟るや、機体を回転させて衝撃を拡散、抵抗せずにあえて大きく弾き飛ばされダメージを軽減する。

 シールはそうやって衝撃を逃がされたと理解した瞬間に翼を広げて空気抵抗によりブレーキをかけ、すぐさま反転。左腕のチャクラムを射出しての追撃を行う。

 それを視界に捉えていたアイズは頭上から落下してきた巨大な破片を盾にするように回避し、さらにその陰に隠れてシールの視界から外れ、一時的にヴォ―ダン・オージェの解析から逃れる。

 その視界から逃れた瞬間に、アイズが両手のブレードを手放し、腰に携えた剣に手をかけた。半身になり、抜刀姿勢を取る。

 ガシャン、となにかが動く音が鳴り、抜刀から切り払い、斬り下ろし、斬り上げと続く三連撃を放つ。一呼吸の間に放たれた三つの斬閃。視界を塞いでいた巨大な鉄塊片がバラバラに分割され、その明らかに刀身以上の間合いを持つ斬撃が壁越しにシールに襲い掛かる。

 二つほど当たった手ごたえを感じたアイズだが、その軽さから直撃には遠いことを悟って内心で舌打ちをする。剣で壁抜きをするアイズもそうだが、それを不完全とはいえ回避するシールもおかしい。現状、互いにどんな攻撃手段をとってもすべてが決定打に遠い。

 再び視界に入ったパール・ヴァルキュリアの装甲には二つの小さな斬痕が刻まれていたが、それだけだった。斬撃の間合いは十分だったはずだが、どうやらアイズが視界から消えた瞬間に即座に離脱していたようだ。攻撃の予備動作を完全に隠したというのに、相変わらず理不尽な対処能力だ。

 そうこうしているうちにシールから攻撃後の硬直を狙われる。パール・ヴァルキュリアの翼から放たれた無数の拡散ビームがアイズもろともに周囲を爆撃する。反応できていても回避機動が間に合わないタイミングだったが、不自然なまでの動きで機体そのものが引っ張られるようにして後方へと離脱する。

 事実、それはワイヤーに機体そのものを無理矢理に動かしたのだ。攻撃に出る際に回避手段の保険として残しておいた、ビットを使ったワイヤー機動だ。大質量の破片にワイヤー付のビットである近接型BT兵器レッドティアーズをあらかじめ突き刺しており、そのワイヤーを回収する作用を利用しての変則回避を行った。当然、これもシールに察知されないよう、シールの視界から外れた数秒で仕掛けたトリックだった。

 避けきれない数発が装甲をかすめたが、直撃を避けたのでほぼ問題なく戦闘を継続できる。

 

 だが、それでもこのブルーアースを使ったというのに大した戦果を挙げられなかったことに内心では舌打ちをしていた。これ以上シールの警戒が上がれば、ますます使うタイミングが限られる。

 

「ボクの切り札なんだけどなぁ、この剣」

「ふん……あなたならそれでも、さらに奥の手を用意しているでしょうに」

 

 そして再び互いが落下物の陰に隠れながらの追いかけっこに突入する。真下からは相変わらず破片を打ち落とそうとする砲撃が飛んできているため、戦場はますます混沌とした様相を見せていた。爆炎と衝撃もミックスされた戦場はまともな人間なら逃げることを考えるはずだが、二人は如何にこの状況を利用して相手の隙を突くかしか考えていない。

 時折接触しては二、三度剣を合わせて離脱する。それを繰り返しながらどんどん高度を上げていき、雲を超え、焼け落ちる炎に包まれた軌道エレベーターと、炎によって赤く染められた雲の大海が視界を覆いつくす。

 

 真下には朱に照らされる雲の海。頭上には煌めく星々の天蓋。そして背後には焼け落ちるバベルの塔。

 

 人を超えた、神々の視点から見たような幻想的ともいえる空と宙の境界。その中で二機のISが再び真正面から対峙する。既に周囲にはなにもない。地上からの砲撃も届く高度ではなく、真下から爆発音は響いてくるが、この周囲一帯は静かに凪いでいた。

 

「……ここが終着?」

「さて。まぁ決着の場としては悪くありませんが」

「本当の狙いはなに?」

「…………」

「軌道エレベーターの破壊は、その先にある目的のためだね? なら、あなたたちの目的は……」

「それは質問ではなく確認でしょう?」

「本当ならあなたを連れて距離を取ろうと思ったんだ。そうすればあなたを抑えられるから。でも、シールからこうしてわざわざ戦場を離したってことは、“ここ”はあなたたちの目的にそう悪い場所じゃないんでしょ?」

 

 シールがアイズとの決着にこだわっていたとしても、それでもマリアベルの命令を蔑ろにすることは絶対にない。マリアベルがやれと言えば、私情を捨てることができるのがシールという存在だ。亡国機業側の都合に反する行動を起こすはずがない。

 事実、はじめは離脱しようとしていたことからなにか別目的があることは明白だ。アイズはそれを防ごうとしていたが、今にして思えば戦場の変遷はすべてシールに誘導されていた。それに気付かなかったことは迂闊だったが、同時にシールの目的もおおよそ見当がついた。

 この先にあるものなど、――――ひとつしかない。

 

 

「あなたたちの狙いは―――――………」

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「さすがにすべて狙い撃つのは無理ですわね」

 

 淡々と降り注ぐ軌道エレベーターの破片を狙撃していたセシリアが、その迎撃速度の限界を悟ってつぶやいた。脅威度の高い大きいものは主武装である大型スナイパーライフルで狙撃し、ドレッドノートのすべての武装を開放して範囲砲撃を仕掛ける。

 ほかのセプテントリオンの面々も同様に上空に向けて砲撃を仕掛けている。

 

「ラファールのドレッドノートを失ったのは痛いですが……」

 

 ラファール・リヴァイヴのドレッドノート級パッケージがあればもっと効率よく撃ち落とせるのだが、先の戦闘で既に失っている。その分多くの敵機を落としたが、こうした大多数のものを攻撃するにはセシリアの持つドレッドノートではやや不向きだ。長射程、高精度の狙撃こそが真骨頂のセシリアにとってこうした大味な砲撃はどうにももどかしく感じてしまう。とはいえ、それでもドレッドノート級パッケージだ。この決戦に備え、対多数戦を想定して調整されたドレッドノートの火力は伊達ではない。とにかく高火力の武器を放ち、同時に射程にいる無人機の狙撃も継続する。上空と地上、両方の標的を同時に狙い撃つという、マルチタスクができるセシリアだからこその力技だった。

 

 

『―――こちらシャルロット。セシリア、応答を』 

「こちらセシリア。無事でしたか」

『そうともいえないけどね。取り急ぎ、結果だけ伝えるよ。スコール・ミューゼルを名乗った専用機を逃した。ダメージは与えたけど、大破にはいってない』

「カタストロフィ級で撃破できなかったのですか?」

『あの人、僕より遥かに凄腕だよ。でも逃げられた。追撃も考えたけど、軌道エレベーターが……』

「………」

『どうも専用機は撤退をしているみたい。無人機は残しているから追撃は難しいけど……鈴が一機落としたみたいだけど、他は健在。ラウラも戦ってたみたいだけど、結局逃げられたってさっき通信で呪詛を吐いてた』

「ふむ。……どうやら向こうも次の段階に移ったようですね。こちらも準備に移りましょう。戦場の無人機をすべて撃破してください。まずは邪魔な機体を排除してからです」

『了解。……あと、悪い情報がひとつ。どうもこっちに増援がきてるみたい』

「増援?」

『“IS委員会主導で作られた、多国籍軍”だよ』

「……なるほど」

 

 この無人機の大群すらただの捨て駒だということは理解していたが、予想通りに質の悪い相手を用意していたらしい。どうやらカレイドマテリアル社の持つ技術を餌に釣られた各国の過激派を取り込んだのだろう。そうした情報は掴んでいたので可能性は考えていたが、ここまで強硬手段に出るとは、どうも亡国機業もあまり後のことは考えていないらしい。文字通り、この戦いを決戦と見ているのかもしれない。イリーナもマリアベルもその権力と要人とのパイプで情報規制は得意分野だ。大抵の無茶は通せるし、隠し通せてしまう。

 

「イリーナさんもそうですが……あの人も、あまりあとのことに執着していないようですね」

『このままだと消耗戦になってこっちに不利だよ。どうする?』

「問題ない、とは言えませんが、対処は検討されてきました。そちらはイリーナさんに任せます。どうやら敵の狙いも見えてきましたから、こちらはその対処をします」

 

 了解、と言ってシャルロットからの通信が切れると、セシリアは一度視線を上空へと向ける。まだ破壊された軌道エレベーターの破片が降ってくるが、おおよそ対処可能範囲だ。もともと守るべきエリアが狭かったこともあり、少数でも対処が可能だったことが大きい、もっとも、それはこの事態もあらかじめ想定していたからこそなのだが。

 セシリアは全部隊に通信をつなげると、手短に宣言を行った。

 

「全部隊に通達。――――“予定通りです”。軌道エレベーターの破壊に伴い、残敵処理と落下物の対処が終了後に作戦を次のフェイズに移行します」

 

 

 




雪国在住で今年何度目かになる大雪に四苦八苦しています。視界のホワイトアウト怖すぎる(汗)

さて、これから戦場は地上から空へ、そしてその先の宇宙へと移っていきます。実は双方にとって予定通りだった軌道エレベーターの喪失。束が用意していた切り札のひとつが明かされることになります。

束さんもやられましたが、それでもただではやられないのが束さん。まだこのあとも活躍の場を残しています。というか、本作のラスボスであるマリアベルさんはラストを飾るセシリア戦の前に相当消耗させてようやくいい勝負になるというチートです。

セシリアとの対決も近づいてきました。それではまた次回に!

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