双星の雫   作:千両花火

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Act.141 「炎」

 鈴は自身でも珍しいと自覚するほどに困惑していた。戦いの最中で意識がどこかへ飛んだところまでは理解できている。

 しかし、ふと意識が再浮上したとき、そこは戦場ではなく、ただ広い空間の中でぽつんと立っていた。足元にはやたらと透明感のある水。そして頭上には夜空が広がり、巨大な満月からの光が鈴を照らしていた。立っている場所は水なのにそれは地面のようにしっかりと踏みしめられる。鏡のように水面には反射した月が映し出されており、鏡花水月という言葉が現実になったかのようだ。

 そんな中に、いっそ不釣り合いとでも思えるような巨大なオブジェがあった。仰々しい龍を模した巨大な玉座。そこに腰をかけているのは一人の少女。幼く見える容姿に反し、妖艶な瞳で鈴を見下ろしている。

 

「ふん。ざまぁないの。あれほど大口を叩いておきながら負けるとか、情けなし」

「…………」

「それでも我の相棒か? 我がいかに強かろうと、そなたがその様では形無しではないか。そうは思わんか、我が操者よ」

「…………」

「うん? なにを黙っておるのだ。我がどういう存在か、理解はできておるのだろう?」

「あー、うん、まぁ、なんとなくあんたが誰かはわかるけど。ん、まぁ、うん」

 

 混乱する思考を追い払い、鈴は改めて目の前でふんぞり返っている少女を観察する。外見年齢でいえばいまだ幼女ともいうべき未熟さ。足元まで伸びる黒曜のような艶やかな黒髪と、その髪の間から覗く切れ長の瞳は鋭く、目の前の鈴を睨むように見つめている。

 勝気な幼い少女に見えるが、その瞳の中には人間離れしたような蒼い炎が浮かんでいる。宝玉の中に炎を閉じ込めたような瞳。おおよそ人離れした威容に、鈴はこの少女の正体に確信を得る。

 

「あんた………甲龍、ね?」

「はじめまして、といっておこうか。以前はこうして顔を合わせるまではいかなかったからな」

「それにしたって、あんた………あたしが思っていたより偉そうね?」

「はははッ! それはおまえのせいだろう。我は操者のイメージを栄養にして進化した、わかるか? 我のこの姿は、おまえの理想だよ」

「え、地味にショックなんだけど! 前にセシリアの記憶で見たレアとルーアとかすっごくかわいかったのに! なんで甲龍はこんな唯我独尊幼女なわけ!? あたしはもっと慎ましいわよ!」

「面白い冗談だ。だが、我の姿には心当たりがあるのではないか?」

「ぐぬぬ……、まさかと思ったけど、なんかお師匠をそのまま小さくしたような……」

「そう、紅雨蘭こそ、操者の持つ最強のイメージだからだ。おまえが我に求めたことでもある。“最強であれ”、とな」

 

 やはりというべきか。アイズやセシリアのパートナーであるレアやルーアはそれぞれの子供時代の姿に瓜二つだというのに、鈴の場合は鈴の他に師匠の雨蘭のイメージが大分影響されているらしい。姿だけでなく、この尊大な態度もその影響を受けているだろう。そして、それが許されるほどの強い力を持っていることも同じだった。

 束の解析でも、甲龍はとっくに第三形態に移行してもおかしくなかったようで、特にコアに内包されたエネルギーの総量はスペックを遥かに超えているらしい。甲龍は他の機体のように特殊能力に秀いているわけではない。“空を踏む”という、空中戦でも地上戦と同等に戦うために発現した単一仕様能力【龍跳虎臥】も、言ってしまえば戦闘スタイルを維持するためのものでしかない。

 甲龍の真価は、純粋なスペックの向上にある。本来適正となるエネルギー量を無視して無尽蔵にその出力を上げていくという、まさに龍が天へと昇るかのような暴力の化身であることだ。甲龍のコアひとつで大型機を五機を賄えるといえばそれがどれだけ破滅的なまでのキャパシティなのかわかるだろう。つまり大型機五機分以上のエネルギー総量を通常のISサイズに押し込んでいる。操作性は最悪を通り越して極悪仕様。レーシングマシンで入り組んだ路地裏を接触せずに爆走するようなものだ。人間離れした反射神経と、それに追随できる精密な人体制御。それができて初めて完成する凰鈴音にしか動かせない世界最高峰の一角。ただ単純に強い。それを極限まで突き詰めた物理系最強の機体。

 

「そんな我の操者ならば、“コレ”くらい簡単にものにしてもらわなくてはならぬ」

 

 甲龍のコア人格の手には青い炎が握られていた。それはまさしく第三形態移行で得た甲龍の力の具現たる【龍雷炎装】。搦手なしの真っ向勝負においてはまさに無敵といっても過言ではない能力。IS学園での戦いのときは半ば無我夢中であったために完全に制御したとは言えなかった。

 それを未熟といっているのだ。しかし、鈴はそれを否定しない。それが正しいことは鈴自身がわかっていた。アイズやセシリアと違い、自己の意思でこの力を発現できないことがまだ鈴が未熟である証拠なのだ。

 そして、今も結局は追い込まれて敗北を目前にして、未だに完全に開花させることができなかった。

 

 そう、今、この瞬間までは―――――。

 

 

 

「まぁ及第点か。土壇場で、我の領域に来たことは称賛に値するぞ」

「ほほう、なるほど。アイズもセシリアも、こうやってコアと対話していたのか。てことは、ここが博士の言っていたコアの深層領域ってやつか。確かに、以前はせいぜい朧げな声までしか聞こえなかったのに、今じゃあ甲龍の存在をずっと強く感じるわ」

「誇っていいぞ、凰鈴音。おまえは世界最初の“純粋な人間による”第三形態到達者だ。まぁ、母上は除くがな」

 

 含むような言葉に、鈴はわずかに眉をしかめる。悪意はないのだろうが、それはアイズとセシリアが純粋ではないと言っているのだ。そして、おそらくはアイズが言っていたようにシールもそうなのだろう。

 アイズもセシリアも、共に望まぬ人体改造を受けた身だ。シールはその最たるものだ。脳をナノマシンで侵されるという、鈴では想像もつかない苦痛と葛藤を経験してきたであろう友に、しかし鈴はただなんでもないように言うのだ。

 

「あいつらは強い。そして勇敢で、尊敬に値する戦友よ。あたしが誇らしく思うのは、そんなあいつらと同じステージに到達できたってことよ」

「ほう」

「そしてそれはあなたも同じよ、甲龍。あたしの最高の相棒、あたしの半身。あんたのことはあたしが誰よりも知っている。あんたが、あたしと同じ望みだってこともわかっているつもりよ。声が聞こえなかった時からずっとそう感じてた。だからこそ、あなたはあたしの前に現れた。そしてあたしがあなたに出会えた。そうね、運命ってやつよ」

 

 にやりと笑う鈴にはすでに困惑したような色はない。なにかを悟ったように不敵に笑い、コア人格の目の前に手を差し伸べる。

 

「お師匠にそっくりになっちゃったのは複雑だけど、あなたとあたしは最高のコンビになれるわ」

「ふん、我がいるのだ。最強になって当然だ。……では契約の儀式だ、我が操者よ」

「儀式?」

「名前だ。レアもルーアも、名前をもらうことで自己意識を完全なものとした。我も、名を得ることでこの存在を確固としたものになる。パールのやつはちと知らんが……あいつはコアネットワークから離れているからな、コミュ力のないやつだ」

「ふぅん? 契約みたいなものかしら? そうね、………ふむ、よし」

 

 あまり悩まない鈴は直感でそれを決める。むしろそれしかない、というほどに迷いはなかった。

 

「炎〈イェン〉。燃え盛るように、激しく苛烈に共に駆け抜けましょう」

「我は、イェン。その名の通り、炎となって操者の敵を焼き尽くそう」

 

 力強く握手を交わす。これで鈴と甲龍は、名実ともにアイズやセシリアと同じステージへと到達した。イェンの手を通じて蒼炎が流れ込んでくる感覚に、鈴は抑えられないほどの興奮を覚える。戦意が高揚して仕方がない。溢れるほどに湧きあがる力、それはイェンからもたらされる力を証明するためのもの。

 

「もう待たせないわ。あなたの存在は覚えた。アイズ風に言うなら匂いと気配を覚えたってところかしら」

「では往こうか、戦場へ。我らの願いを叶えるために」

「あたしたちの力を証明するために」

 

 それは二人の掲げる野望。ただただ純粋な願い。

 

 

 

 

「さぁ――――最強を証明しよう」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「うおおおおおおおッ!!!」

 

 咆哮が響き渡る。その気迫と共に変状した機体装甲から激しく炎が噴出する。蒼く燃える炎は互いの干渉による余波でプラズマが発生し、機体すべてを炎と雷の鎧で覆う。

 コアから吐き出される純粋なエネルギーが鈴の意思で支配される。指向性を与えられたそれは炎となって周囲の空気を焦がす。

 闘志を燃やす鈴は、しかし思考は水のように澄んでいた。明鏡止水、正しくその境地に至った鈴は己の内から聞こえる声をはっきりと認識する。

 

 

―――――さて、まずは周囲の掃除からだ。我の炎の扱いは覚えたな?

 

 

「ええ、当然よ」

 

 前回のときと違い、甲龍のコア人格【イェン】の覚醒によってただ振り回すのではなく明確なイメージを付与して炎を操る。アイズやセシリアもそうだが、この第三形態に完全覚醒すれば操縦者とコア人格の二心同体となるために機体の出力制御や索敵などのオペレーターの役目を分割して行使し、そしてそれを同期することでより高いレベルの、かつ倍近い情報処理を可能とする。これだけで覚醒していない人間より遥かに優位に立つアドバンテージだ。

 鈴の意識するままにイェンが能力を行使。鈴のイメージを投影するように炎がその形を変える。

 全身を覆っていた炎を右足へと収束。そのまま地面に震脚を叩き込む。

 何気なく行われた動作にも関わらず、叩きつけられた大地は悲鳴を上げるように爆散する。岩盤が叩き割られ、地割れが走り陥没。たったそれだけで巨大なクレーターを作り出す。さらに地割れから蒼炎が噴き出した。大地に叩き込まれた龍雷炎装が行き場をなくして漏れ出したのだ。

 同時に発生した衝撃が熱気の壁となって周囲を薙ぎ払う。転がっていた残骸や、今なお稼働している無人機も等しく抗う間もなく吹き飛ばされる。耐えられたのは大質量をもつアラクネ・ギガントだけだった。

 しかし、次の瞬間にはアラクネ・ギガントを爆炎が包んだ。色は青。間違いなく鈴が操る炎だった。

 

「ぐおッ!? てめぇ……!!」

 

 大型機とは思えない機動性を見せてアラクネ・ギガントが後退する。その厚い装甲ゆえに致命傷は受けていないようだが、それでも焙られた装甲は赤熱して一部は融解している。機体の真下から炎が直撃したのだ。

 

「ふぅん……、完全に“底”を突いたってのに、腹の下までしっかり装甲をこしらえてるたぁ用心深いじゃない」

 

 鈴は初手で放った奇襲の効果がいまひとつだったことを認識しつつも笑みを浮かべる。まるでいいサンドバックが見つかったかのような獰猛で獣じみた顔だった。

 それに奇襲といっても大したことをしたわけじゃない。アラクネ・ギガントの足元を目標に蒼炎を地面の下からぶつけただけだ。炎を繊細にコントロールするためのテストだ。そのために力は加減していた。もっとも、それでも軽く要塞の防壁すら破壊できるくらいの威力はあったはずだ。

 オータムが自信満々に言うだけはある。たしかに大した装甲を持っているようだ。

 

 

 

 

――――操者よ、言っておくが時間はそうないぞ。第三形態もせいぜい五分がいいところだ。

 

 

 

「時間制限付きなのは理解してるわ。まだ戦いは続くし、慣らしをしながら早々に片づけるわ」

「慣らし、だぁ……? てめぇ、その慢心、後悔するぞォッ!!」

「ああ、言い方が悪かったわね。……“あんたには、あたしたちの全力の慣らし相手になってもらうわ”。その頑丈さだもの、あたしたちの炎、それなりには耐えてくれるんでしょう?」

 

 鈴としては今の攻撃は破壊するつもりで放ったのだ。しかし予想を超えた防御力に小破程度に抑えられてしまった。やはり、侮れない。そして同時にちょうどいい相手だ。これくらい頑丈なら、この甲龍の全力を試す相手にふさわしいだろう。慢心するわけではないが、“今後のこと”を考えたとき、甲龍の全力を把握することは必要だ。

 そう判断した鈴は思考を捨てる。常に冷静に保っていた精神の堰を外す。師である雨蘭の教えである明鏡止水の境地からあえて外れ、その心を湧きあがる感情に委ねた。

 それはよく言えば闘志。言葉を飾らずに言うなら蹂躙欲だ。強大な力を持ち、目の前に敵がいる。ならば容赦も慈悲もなく排除する。敵と見なす者の生存を許さない本能が刺激される。それは野生の動物が自らのテリトリーに侵入した外敵を排除しようとすることとよく似ていた。

 力を誇示するのではなく、ただ敵を排除する、純粋な敵意でもって鈴はオータムの駆るアラクネと相対する。オータムを純粋に“敵”とみなし、倒すことだけを考える。それしか考えない。

 精神のリミッター解除。雨蘭の精神鍛錬によって枷がかけられていた凰鈴音本来の闘争本能を、あろうことか鈴は自力で開放する。それは武道家から一匹の獣―――龍へと変生することであった。

 

 瞳孔が開き、血流が加速する。全身を巡る気が暴れるように活性化し、ISの機能でもヴォ―ダン・オージェのような特異能力によるものでもなく、精神の在り方だけで強烈な自己ブーストをかける。いわば自己暗示によるドーピングだった。

 そうして活性化した鈴に引っ張られるように甲龍も最適化される。第三形態からさらに変化を促す。完全な攻撃特化型。より鋭く、より猛々しく。そしてよりしなやかに。

 指先には鋭い爪が展開。より獣に近づいたかのような前傾姿勢となり、鈴の頭を覆う兜が生成される。だが、兜というには生物的であり、大きな咢と牙を持つ龍を模した頭部装甲が鈴の顔を隠す。背から噴き出す炎は巨大な翼にも見える。

 

 

 ―――――控えめにいっても、バケモノだな、操者よ。

 

 

 イェンは第三形態に至ったのみならず、あろうことか気合でさらなる変化を促す自身を操る少女に戦慄する。皮肉にも、イェンが“畏怖”という感情を自らの操縦者によって学んでしまった。

 甲龍が第三形態に至ったことで、鈴自身も一皮むけたらしい。明らかに先よりも強さが跳ね上がっている。言葉は安く、陳腐ではあるが間違いなく、限界を超えた、ということだろう。まさかISに変化を誘発させる気迫を放つなど、誰も思うまい。ISの可能性以上に、人間の可能性を見せつけられたようだ。

 そしてリンクしているイェンには鈴の精神がダイレクトに伝わってくる。恐ろしく澄み切った純粋な闘志。混ざり気のない闘争という本能。さきほどまであった思考は薄れ、ほぼ反射だけで動く鈴に、しかしイェンも笑みを浮かべてしまう。

 

 ああ、確かに凰鈴音はバケモノと呼ばれるような人間だろう。この若さで師である紅雨蘭や世界最強と称される織斑千冬の領域に間違いなく届いている。それは恐ろしいことだろう。だが、それがどうした。このイェンを、甲龍を駆るのならそれくらいなってもらわなければ失望するというものだ。そうでなければ、どの口が“最強”を目指すと言えるのか。

 やはりイェンも鈴の精神から学び、成長したコア人格。半身ともいうべき鈴の破天荒さが心地よい。

 

 ―――それもいいだろう。存分にやるがいい。我は炎。害為すもの悉くを消し去り、すべてを焼き尽くそう。さぁ、我の力、存分に振るうがいい!

 

 

 

「■■■■■■アアアァアアーーーッッッ!!!!」

 

 

 龍面の咢が開き、人と機械が混ざり合ったような声が放たれる。おおよそ言葉にできないような龍の咆哮はそれだけで空気を揺らし、その場一帯を威圧する。

 わずかにかがみ、そして跳躍。強靭な脚力は普通の人間なら消えたようにしか見えない速度での踏み込みを実現させる。簡単にアラクネ・ギガントを間合に捉えた鈴はその腕を無造作に振るう。

 

 空気が切り裂かれる音と、そして刹那遅れて焼ける音が不協和音となって響く。同時に刻まれる五条の斬閃。龍の爪はただそれだけでアラクネ・ギガントの巨体をなます切りにするかのような巨大な斬撃痕をその強固な装甲に刻み付けた。指先だけに炎を集中させることでより高密度の攻撃を可能としたのだ。

 

「ぐぅっ……くっそがぁっ!?」

 

 あっさりと装甲の防御を貫通してくることに焦りを見せるオータム。しかし、そんな彼女の反応にかまわずに鈴は機体を回転させながら炎を纏わせた尾で薙ぎ払う。全面装甲がひしゃげ、巨体そのものを後方へと弾き飛ばす。龍の爪がすべてを切り裂く刃物なら龍の尾はすべてを圧し潰す鈍器のようであった。

 質量差を考えればあり得ないような光景が当然にように生み出される。それは、もはやISではない。理不尽を体現する災厄そのもの。まさに龍の化身と呼ぶに相応しい怪物であった。

 

「舐めてん、じゃねぇぞコラァ!!」

 

 再度、アラクネ・ギガントの突貫。今の攻撃から甲龍のありえないような力を実感したからだろう。半端な兵装では役に立たないと判断し、大質量の巨体を活かした体当たりを慣行する。最大速度で、ベクトルも上乗せした単純な質量兵器と化して鈴を圧し潰そうとする。

 対し、鈴は回避でも迎撃でもなく、あろうことか受け止めることを選択。両足を龍跳虎臥によって空中に縫い付けるように踏みしめ、背面から炎を放出しながら両手を突き出す。隕石を受け止めるような無謀な光景だった。質量差は考えるだけばかばかしい。巨象と猫が体当たりするようなものである。

 

 そして衝突。その衝撃が再度戦場を薙ぎ払う。もはやこの二機以外には周囲にあるのは灼熱の風によって焼け焦げた大地だけであった。

 

「バ、カな……!」

 

 そして、小さな龍が巨大な蜘蛛を止めるという結果がもたらされる。

 あり得ないとしても、ここで茫然としてしまったことがオータムの最大のミスだった。如何に獣のようになろうとも、相手はあの凰鈴音。鈴を相手に密着する、ということがどういうことなのか、一瞬でも忘れていたことが決定付けてしまった。

 瞬間、アラクネ・ギガントの巨大な機体を貫通するほどの衝撃が内部を貫いた。砲弾でも剣でもない、それは炎の矢となって突き抜けていく。

 それは内部にいた本機であるアラクネ・イオスにも直撃はしていないにも関わらずに深刻なダメージを与えていた。オータムはその正体を悟るが、すでに遅すぎた。

 

「あたしに無防備に触れさせるなんて、そっちこそ舐めてんじゃないの?」

 

 龍の面の下から鈴の声が響く。闘争本能に身を任せても、この身に刻み込んできた武は無くなることはない。反射の域で使役できるまで鍛え上げてきた武術はこの程度で腐らない。むしろ文字通りに血肉となるまで鈴が積み上げてきたものだ。

 甲龍の力によって放たれた発勁が堅牢な装甲を軽々と穿つ。衝撃は炎の通り道となり、内部から甲龍の蒼炎が蹂躙する。

 

「人の技と龍の力。まだまだ高みへの余地はあるけど、大方の使い方は掴んだわ。礼を言うわオータム。あたしが第三形態になれなきゃ、負けていたのはあたしのほうだった」

 

 頭部装甲を解除。龍を模したバイザーの下から現れるのは犬歯を見せながら獰猛に笑う鈴の顔だった。しかし、先のものと違い瞳には冷静の色が戻っている。自力でリミッターを外し、果てには自制心だけでリミッターをかけなおしたようだ。少し疲労の色も見えるが、それでも闘志はわずかも萎えていない。

 

「もう終わりね。あんたは、あたしの中で七番目くらいに強い敵だった」

「リアルな数字ほざいてんじゃ………!!」

「さよなら」

 

 同部位に二発目の発勁掌。しかも今度はたっぷりと力と炎を溜め込んで放った鈴の持つ中で最高の破壊力を持つ技。師から直伝された奥義のひとつ――――練巧雀虎架推掌。IS学園での戦いのときに大型機を文字通り消滅させたとっておきだ。

 アラクネ・ギガントの装甲内部にキャパシティを一瞬で超えるほどの力を注ぎこんだことで内部崩壊を引き起こす。さらに逃げ場を失った炎が装甲を食い破って噴出する。

 触腕が落ち、装甲が弾け飛び、もはや見る影もないほどに崩壊していくアラクネ・ギガントを見つめながら甲龍は全身から蒸気を噴出して第三形態を解除する。

 そして残心をしつつ、ゆっくりと視線を頭上へと向ける。視線の先にいたのは、こちらへと向かってくる――――否、落ちてくる一機のIS。

 

 

「………これで、終わったかと思ったかよ!!」

 

 

 そこにいたのはオータムの駆るアラクネ・イオス。ギリギリで脱出したのだろう。損傷が見受けられるが、殺意の込められた目で鈴を睨んでいる。数を減らした五本の腕を展開し、その毒針を鈴へと差し向ける。炎の鎧を解除した以上、直撃すればたやすく装甲を抜かれるだろう。

 

「最後に気を抜きやがって! その力がなきゃてめぇなんぞ……!!」

「三下のセリフね。ちょっとがっかりよ?」

 

 うっとうしそうにオータムを見ながら、鈴はなにかするでもなくただ泰然と佇んでいる。その姿もオータムにとっては自身が舐められていると感じていた。だが、そうではなかった。鈴にとって、これはもう終わっている戦いだった。

 

「脱出するならこそこそと地面を這って逃げればよかったのよ」

「なにぃ……!?」

「そのでかい人形から出て、空を飛んだ時点であんたの負けは確定したのよ」

 

 その言葉の真意に気づく前に、オータムは遥か彼方から飛来した極光に貫かれた。悲鳴を上げる間もなく思考が止まり、意識が暗転する。高出力レーザーに正確に機体中心部を射抜かれ、そのまま地上へと墜落。ISは完全に機能を停止し、絶対防御の発動したオータムは完全にその戦闘力を奪われた。

 その光は目視できないほどの遠方。ちょうどこの戦場の反対側から放たれていた。この戦場を縫うように正確に狙撃を通せる者など、一人しかいない。

 

 

『こちらセシリア……、横取りになってしまいましたか?』

「ジャックポットよ。空に出たらあんたが撃ってくることはわかっていたことだし。それより次はどう動けばいい。あたしの戦力がどれほどか、今ので把握したわね? うまくあたしを動かしなさい」

『あなたが味方で、本当によかったと思います。ではオーダーです。単機で大型機すべてを排除してください』

「単機で?」

『ええ。できませんか?』

「大型機だけでいいの? あたしの通った道、すべて掃除してやるわ!」

 

 

 通信を終え、鈴は再度機体をチェックしながら戦闘準備を整える。

 第三形態の使い方はもう覚えた。イェンの存在も確かに感じる。オータムとの闘いで力の出し方と今の限界も把握できた。これならまだ十分に暴れることができる。オータムとの闘いは鈴にとて大きな糧となった。

 そんな糧となったオータムに目を向ける。

 

「だから言ったでしょう。空に出た時点で、セシリアの狙撃の餌食になるのは目に見えているってのに。素直に亀みたいに引きこもるか、ネズミみたいに這っていれば撃たれることはなかっただろうに。でも、まぁ……」

 

 そこまで言って、最後に鈴はオータムに向かい小さく目礼をする。

 

「それでも逃げようとはしなかった。あんたは確かに、尊敬に値する戦士だった」

 

 そうして、暴龍は再び戦場を駆ける。

 第三形態を解除しても、戦場を焦がす炎はいまだ消えず。激しく猛る炎を秘めた龍は、その暴威を振りまきながら再び蹂躙を開始した。

 

 

 




これを書き終わって思ったことは「あれ、なんか鈴ちゃんチート過ぎない?」「鈴ちゃんめ、強化しすぎたか………!」でした。まぁいいよね、鈴ちゃんだし。機動武闘伝だし。

でもまだ上には上がいるんだよなー、と思うとインフレ具合がやばいことに今更気付く。そしてまぁいまさらか、と開き直る。次はもう一人の王道主人公タイプの一夏くんの出番かな?


それではまた次回に!

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