双星の雫   作:千両花火

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Act.140 「切り拓くもの」

「予想より数が多いな。敵も包囲網を敷こうとしているぞ」

「まだ少し数が多いか? 簪、もう一度頼む」

「もう用意してる。チャージまであと五秒」

 

 観測していた箒からの言葉に頷き、一夏は再び手にした剣を構える。その横では同じく簪も一夏の補佐ができるように再び自身のISの特殊ユニットを再起動させ、攻撃の準備をすぐさま整える。

 

 一夏の駆る白式―――改め、第二形態改装特異型IS【白極光】。

 

 第二形態に進化し、さらに束の改装プランによってIS学園の技術班が総力を上げて作り上げたIS学園最強とされる機体だ。

 二段階加速を標準機動として行える機動力と四連ブースターを装備、装甲はティアーズ系統機体のようによりシャープな形状に変化し、白銀の装甲色と相まって氷細工のような印象も与える。手に持つのは零落白夜を展開可能な大型のブレード【裏雪片】。さらに腰には以前から使用していた雪片弐型がある。

 それを纏う一夏が再び大型剣を構えるとその刀身へとエネルギーを注ぎ込んでいく。

 白極光の特性は白式と同様に極端な一芸特化だった。支援機の白兎馬がなければまともな銃器すら持っていない。機体の方向性はアイズのレッドティアーズtype-Ⅲや鈴の甲龍と近いものがあるが、一夏の駆る白極光はまた違ったタイプの特化型だ。

 手数と機動性に特化して眼の能力と掛け合わせた奇襲、強襲を主体とするアイズ。純粋なパワー特化型の甲龍を駆り、その卓越した武技で敵をねじ伏せる鈴。

 そして一夏はその唯一無二の能力である零落白夜による攻撃手段に特化していた。

 第二形態に移行したことで最も進化したのは、まさにその運用するためのシステムであった。対象のエネルギーを消滅させるという強力無比な効果を持ちながら、使う事に自身のエネルギーも犠牲にするというハイリスクハイリターンの力。そんな尖った性能を持つ零落白夜を極限まで活用させる。それがこの機体の真価だった。

 剣として使用することは基本だが、今ではその形状は千変万化。一夏が独自に作り上げた零落白夜の形状変化は既に武器だけには留まらない。白兎馬の補佐なしではできなかった零落白夜の防御フィールド化も、いまでは一夏単独で可能だ。零落白夜を“飛ばす”ことも可能となった今では射撃兵装不足も大きな弱点とはならない。

 とにかく長所を伸ばして伸ばしまくるという束の魔改造プランを忠実に守り完成したこの白極光を完全にモノにした一夏は楯無が卒業する直前に一対一で勝利をもぎ取り、ついにIS学園最強の称号を勝ち取った。

 大分マシになってきたとは言え、無意識下での女尊男卑の風潮がわずかに残る中で一夏が楯無を破るという快挙を成し遂げたことで織斑一夏は名実共にIS学園現生徒会長として認められた。そしてIS学園の人間の全員が知っている一夏の代名詞にして最強の証。それがこの白銀に輝く光の刃であった。

 

「零落白夜、最大出力」

 

 天へと掲げられた剣から光の刃が発現する。いや、それは刃というよりはもはや柱といっても過言ではない。天を衝くかのように巨大な刀身が形成され、その余波で周囲の空気が歪み、蜃気楼を起こす。

 武装の性能ではなく、自前の能力だけで対艦ブレードであるシャルナク級の規模のブレードを形成する一夏はもう十分にセシリアや鈴といった人外魔境の領域に足を突っ込んでいるだろう。白式が進化し、白極光となった際に、最も際立って上昇したのはそのコアに内包されるエネルギー量と、その変換効率だった。展開中はシールドエネルギーを犠牲にする諸刃の刃である零落白夜の出力をただ上げるだけならばリスクも倍化し、先頭継続時間の短縮という本末転倒な結果となっただろう。しかし、それを逆手に取るように白極光は零落白夜使用時、そのシールドエネルギーすらソースとして用いたのだ。つまり、この能力を発揮しているときの一夏はISの防御能力を自ら無効化させる。防御力は半減以下、純粋な装甲と、機動維持に必要な最低限のシールドしか残さない。当然のように絶対防御すら捨てている。

 この一年でインフレ化した敵味方のISの攻撃手段を見るうちに、絶対防御の信用性は低下していたのは確かだが、「だったらはじめからないものとしてその分を攻撃力に注ぎ込む」という発想に至ったのは十分に狂っていると言える。

 しかし、一夏はそのハイリスクに見合った、いや、それ以上の攻撃力を得ることとなる。

 増加したコアから排出されるエネルギーを効率よく零落白夜へと変換。これまでの変換効率を遥かに上回る性能を実現したことで大出力の大技を連発することも可能とした。そして外部バッテリーの役目も担う白兎馬の支援と合わせれば長時間の継戦能力すら獲得している。

 ここまでが進化した白極光、そして支援機である白兎馬の能力。そしてその膨大なエネルギーを掌握し、完全に制御下においたことが一夏が死に物狂いで会得した能力だ。

 言うなれば、一夏と白極光は鈴と甲龍の関係に近い。暴力の化身と言える純粋な力の具現である甲龍に、武術に通じた鈴が操ることで圧倒的なパワーと高い技量を掛け合わせたのが鈴と甲龍だ。同じく、零落白夜を最大限発揮できるように進化した白極光の力を、一夏が最適な形として出力する。結果、その能力ですべてを賄うという無茶が成立している。違うベクトルに特化した機体と操縦者を掛け合わせることで高いレベルに至ったハイブリット。狙撃特化、あるいは近接特化の機体と操縦者を合わせたセシリアやアイズとはまた違った方向から突き詰めた一点特化型。

 それはまさに―――――凶悪、という他になかった。

 

「神機日輪、起動」

 

 その凶悪に、さらに凶悪を重ねがける。

 日輪を模した巨大な円形のユニットが一夏と白極光を囲むように展開され、攻性エネルギーの付与、及び増幅というチートとしか言いようのない権能がよりにもよって零落白夜へともたらされる。

 威力、攻撃範囲を爆発的に高める神機日輪の第三の権能。対無人機用に束が魔改造して作り上げた天照の唯一無二の力。意のままにエネルギーを操り、焼き払う太陽の熱波。それを戦場で具現してみせる簪はなんのためらいもなく最強の剣に最凶の光を与えていく。

 

「チャージ、完了」

「薙ぎ払え!!」

 

 極光が刃の形となったそれを全力で横薙ぎに振り抜く。同時に内包された零落白夜が開放され、檻から解き放たれた猛獣のように荒々しく空を駆けた。拡散するように戦場に広がるその光はこちらを迎撃しようと近づいてきていた無人機に接触した瞬間に装甲を破壊し、すべてのエネルギーを消滅させて駆逐する。零落白夜の前にエネルギーシールドの意味はなく、また天照の力が付与されたことで物理的な装甲や盾すらも破る破壊力を有している。どうやって防げばいいんだ、と文句を言っても許されるレベルの理不尽さだろう。

 さらに至近距離ではただ光が視界を埋め尽くすようにしか見えないが、俯瞰して見た場合しっかりと巨大な斬撃としての軌跡を戦場に残している。その範囲は広域殲滅兵器と言っても過言ではない。

 二度に渡る広域斬撃によって戦場に群がる無人機がその数を半減させる。空を覆っていた無人機はその多くが残骸にすらなれぬままこの世界から消滅する。ノートの落書きを消しゴムで綺麗に消し去ったかのように極光が塗りつぶした。

 

「相変わらず、馬鹿げた範囲と恐ろしい威力だな。本当に近接型か、一夏?」

「剣しかないんだ。どう見ても近接特化だろう」

「よく言う、まだ先は長いんだ。途中でへばるなよ」

 

 箒が自身が纏うISの剣を振るい、調子を確かめる。箒もIS学園内で上位に入るほどまでに成長している。束が用意した実質的な専用機である紅椿をようやく扱えるようになったといったところだ。

 そんな箒も、一夏や簪、楯無には及ばないものの、今では立派なIS学園の主戦力の一人だ。もともと剣の腕もあり、下地は整っていたのだ。IS学園での実戦を経験したことで箒も燻っていた殻を破ったのだろう。

 

「楯無さん。みんなを頼みます」

「任せておきなさい」

 

 IS学園側の戦力は一部を除けば志願兵の域を出ない。もちろん、相応のレベルでなければこの戦場への同行を許可しなかったが、それでも実戦慣れしているとは言い難い若者ばかりだ。数奇な運命から命懸けの修羅場をくぐり抜けてきた一夏や簪、そして対暗部として暗躍していた楯無と比べればその実力も心構えも天と地ほどの差がある。

 ゆえに彼らは後方からの支援がメインとなる。楯無を補佐として残しておけばおおよその問題は対処してくれる。戦場へと突入するのはたったわずか四人。四人編成の小隊とする精鋭のみ。

 織斑一夏。更識簪。篠ノ之箒。そして最後の一人は赤い髪をバンダナでまとめた少女。緊張しているように身体がわずかに震えているが、それでもその強い眼差しは変わらずに目をそらすことなく炎に彩られる戦場を睨んでいる。しかし、そこには不安が見え隠れしており、一夏はそんな少女の陰を感じ取って気遣うように声をかけた。

 

「きついようなら、無理はしなくてもいいんだぞ」

「いえ、大丈夫です……! 一夏さんがかけてくれた期待に応えますッ!」

 

 そう強気に返す少女は男女共学となった一年生の中でトップの成績を持ち、新入生でありながら学園でも上位に入る。

 名を五反田蘭。

 一夏の中学時代からの友である五反田弾の妹であり、一夏本人もよく見知った顔なじみでもある。高いIS適正と、本人の尋常ならざる努力の末に一夏、簪、箒の小隊に入ることを許された新人だ。

 当然、二人と比べればまだまだ実力不足であるが、それでも楯無からも及第点を与えられた期待の新人である。

 

「ふふ、そうです、あの地獄を乗り越えた私なら無人機などなにするものぞ……! 見ていてください一夏さん、この蘭、必ずや首級を上げてみせます!」

「え、ああ、うん……」

「一夏だけ? 私の期待には応えないの、蘭?」

「ひっ!? も、もちろん簪先輩のご期待にも添えてみせます! 五反田蘭、奮起します!」

 

 簪の視線に対しほぼ条件反射で背筋を伸ばして声を震わせながらも即答する。身体に染み付いた“教育”は蘭に絶対的な服従を強いていた。

 蘭が短期間で実力を伸ばした理由は一夏にいいところを見せたいという実に単純な乙女心を動力源に努力したこともある。世界の変革など実感のない現状よりも身近にある想い人のためにこそがんばれる少女であった。

 しかし、その手段が問題だった。頭角を現してきた蘭に目をかけ、教育係となったのはよりにもよってIS学園で最も盲目・狂信的な愛を抱える更識簪であった。直感的に愛情が蘭の原動力と感じ取った簪は「愛があればこのくらい耐えられるだろう」という理由で蘭が一日に五回は気絶するほどのスパルタ訓練を施した。それは姉の楯無をしてドン引きするレベルのものだったが、もとより中学でも生徒会長をするほどに責任感と実直さを持つ蘭は恐怖を刻まれつつもそれに耐え、ひたすらに修練を積んだ末に魔改造化が成ってしまった。箒は蘭とは適度に接しつつも、そんな簪と蘭の関係は見て見ぬふりを決め込んでいる。

 

「頼もしいな、背中は任せるぞ」

「は、はい! 私の命に代えても一夏さんを守ってみせます……!」

「馬鹿言うなって。蘭になにかあれば俺が弾に殺される。俺が必ず無事に帰してみせる」

「い、一夏さん……」

「もういい? 出撃するよ」

 

 ラブコメの空気を読まずにレールガンとビームマシンガンを構える簪に急かされるように一夏と蘭も戦闘準備を整える。一夏の脇には支援ユニットである白兎馬が控え、簪と蘭のISにも追加装備である強化ブースターが装備されている。使い捨ての吶喊兵装を展開する三機はゆっくりと機体を上昇させる。

 

「蘭、俺のそばから離れるなよ!」

「は、はい!」

「………アイズはどこだろう? 今行くよ」

「問題児ばかりだ。なぜ私が苦労人枠にならなければならんのだ……」

 

 鈍感な一夏に乙女回路の蘭、そしてアイズ以外眼中にない簪。いつのまにかこの三人をまとめあげることがこの小隊における箒の役目となっていたことに箒自身は軽く絶望していたりする。楯無も時折大きく溜息をついていた理由がよくわかる。

 それぞれの脳内ではまるで噛み合っていない四人。しかし、それでも一夏を先頭に戦場へと突入していく様は一切の澱みなく、流れるように戦場を切り拓いていく。それに追随するように楯無が率いる後方支援班も行動開始。後方支援とはいえ、戦場にくるだけあってIS学園の中でも腕利きを集めた精鋭だ。無人機相手でも多勢で押されなければ十分に対処できるレベルの人間ばかり。後方からの援護もあり、決して無理をせずにじわじわと亡国機業側の戦力を削り、戦域を押し返す。

 スターゲイザーを擁することで容易に戦場からの離脱が可能ということも実戦慣れしていない学生たちの緊張を緩和させているのか、ほぼ訓練通りに動けている様子を見て楯無も満足そうに頷いている。

 

「一夏くんたち以外はせいぜい後方支援がやっとだけど、これで戦力比は2:8から4:6くらいにはなったかしら」

 

 奇襲の零落白夜で大分削れたが、それでもまだ数は負けている。おそらくは亡国機業側もこれで全戦力というわけではないだろう。未だ敵側もエース級が健在である以上、楽観はできない。IS学園側で、敵のエース級に対抗できるのはたった三機。一夏、簪、そして楯無の三人だけで、蘭ではまだ実力不足だ。それでもあの四人の小隊ならばよほどの強敵でない限りは対処できるだろう。

 

「こんな化物艦を貸し出すなんて、はじめて聞いたときは卒倒するかと思ったけど……」

 

 いったいどこにこんな機密の塊としか言えない船を貸し出す馬鹿がいるというのだ、というのが楯無の正直な感想だった。

 飛行するものとしては常識外の巨大な船体など序の口で、ISを運用するための設備を備えた世界初のIS空母艦、そして大気圏への単独の突入と離脱を可能とする宇宙航行艦、極めつけは距離の概念を破壊する空間歪曲航法【SDD】によって地球のどこにでも短時間で移動できるという時代を二つ三つ先取りしたかのような規格外機能を搭載した世界最高峰の艦だ。おまけに太陽光さえあればおおよそのエネルギーを賄えるため、物資が潤沢ならば長期間の単独活動も可能という、もはや不可能なことを挙げるほうが難しいという化物としかいえない代物だ。

 楯無としては軌道エレベーターよりこの艦のほうがよほどヤバイと思える。むしろこの艦があったからこそ、軌道エレベーターの建造を可能としたのだろう。

 本来は宇宙空間での活動拠点としての意味を持つが、使い方を少し変えただけでこのように戦略級の成果をあっさりとたたき出せる。実戦未経験者が多くを占めるIS学園側の戦力でも、この艦があれば十分に戦えるのだ。実際に使用してわかる。スターゲイザーがあれば戦場からの即時離脱も容易い。全員が志願しているとはいえ、学生の彼らを犠牲にするつもりは楯無にはなかった。もし火急の際は撤退してもいいというのがイリーナ・ルージュとの契約だ。

 

「暴君となんて契約したくなかったけどなぁ。しかもなんで引退した私が窓口にならなきゃいけないんだか……」

 

 やれやれ、と首を振る。既にIS学園は卒業し、対暗部としての使命を果たす一方でそのままIS学園に残り、生徒ではなく特別講師という肩書きに変えている。表向きは生徒たちの助言役や運営のサポート、裏ではイリーナとの連絡役をこなし、目まぐるしく変化していく世界情勢の中でIS学園が生き残る道を模索していた。イリーナが世界にバラ撒いた男女に適合する新型コアのおかげでIS学園の意義も価値も大きく変わったが、それでも世界最先端のISの国際的教育機関という立場は重い。

 かつては失敗に終わったが、マリアベルが台頭する前のIS委員会のようにIS学園そのものを傀儡とし、戦力に組み込まれてしまうリスクも以前として残っている。

 千冬たち、教員すべてと連日相談を繰り返し、内外の出来うる限りの協力を募り、そして出された結論は“IS委員会ではなく、カレイドマテリアル社と手を組む”ということだった。

 

 本来ならばIS委員会の下部組織と言えるIS学園が、委員会の意向を無視して独自に動くことなど許されないが、恭順していれば待っているのは間違いなく破滅だ。

 それが穏やかに消えていくのか、または呆気なく使い潰されて終わるのかはわからないが、当初この軌道エレベーターの制圧に同行しろと通告してきた時点でどのみちマリアベルにとっては使い捨ての駒でしかないことは確実だった。

 委員会を敵とすればバックを失い、資金面や権利からもIS学園が相続する道はなくなっていたが、幸か不幸か、今や経済のみならず、世界情勢を動かしているカレイドマテリアル社が後ろ盾になることでその問題もクリアできる。

 都合が良すぎるのは気のせいではないことも承知していた。マリアベルとイリーナ、二人が互いにいいように利用し、結果的にイリーナがIS学園が手を組まざるを得ないように整えただけの話だ。マリアベルもおそらくはそれを承知で、IS学園がイリーナにつくことを見越していただろう。

 楯無の苦労と尽力の日々は、暴君と魔女の駒遊びの末に決められた結果が現実となったことで無意味なものとなった。どうあがいても、IS学園はこの立場になるしかなかったのだから。

 

「まぁいいわ。結果は変わらなくとも、得るものはあったもの」

 

 あの一夏を見ていて思う。

 一夏だけではない、簪や箒、他のIS学園の生徒たち。時勢に翻弄されながらも、IS学園の一員としてなにをすべきか、なにができるのか―――そんな葛藤を繰り返し、それでも足を止めることをしなかった。響くにも、この激動する時代が彼らを上へと押し上げた。

 戦う力を、そして時代に抗う意志を。

 その証左が、楯無の眼に映るこの光景であろう。以前はただ翻弄されるだけだった、あの鉄の人形相手に果敢に戦うその姿は、見るものを勇気づけるだろう。

 そして楯無が期待をしたとおりに、一夏はその象徴として皆の先頭に立ち、その刃で道を切り開いている。それは正しく楯無が望み、一夏へと継いでいったIS学園の生徒会長としての体現であった。

 

「さて、その先代として私も負けていられないわね。守りは任せなさい、そうやすやすとこの艦に被弾なんてさせないわ」

 

 こちらに迎撃にくる無人機を見据えながら、楯無は後方に残った部隊の先頭に陣取る。彼女の随伴機は布仏姉妹の二人。楯無の背後に控えていた二人が前に出て射撃を行いながら楯無を援護する。二人の援護を受けながら楯無は準備を完了させる。

 

「さぁ、本気を出しなさい“ミステリアス・レイディ”! 単一仕様能力―――沈む床〈セックヴァベック〉、発動!」

 

 楯無のISミステリアス・レイディを中心として空間が波打つ。水の中にいるように空間が歪み、可視光が歪曲して視界が陽炎のように揺らめいた。その揺らぎが放射状に広がり、戦域を覆うように広範囲をそこにいる無人機ごと飲み込んだ。

 その効果はすぐに見て取れた。

 戦場に現れたスターゲイザーを破壊せんと押し寄せてきた無人機が、その動きを完全に止めていた。

 ミステリアス・レイディの持つ単一仕様能力。機体の根源となるナノマシンを散布し、高出力で空間に溶け込ませて一時的に掌握。散布領域に入った機体を周囲の空間ごと拘束する超広範囲指定型空間拘束結界。単騎で構築された防衛線は敵機の尽くをその場に縫いとめる。

 ただの的と化した敵機は後方のIS学園部隊に狙い撃ちにされる。敵機の侵攻を防ぎ、味方を守ると同時に援護する。

 IS学園側の戦力でも一夏と並んでトップクラスの実力者である楯無を後方部隊の中核として残した理由はこれであった。この能力を持つ楯無がいる限り、スターゲイザーに取り付くどころか、接近することさえ至難だ。少なくとも、専用機持ちのエース級でなければこの楯無の守りを突破することはできないだろう。

 

「切り札ももう一つ残しているしね。戻る場所は私たちがなんとしても守り抜く。だから………一夏くん、簪ちゃん、みんな、頼むわよ」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「あん? なんだ?」

 

 一夏が放った二度の巨大な斬撃による光は距離が離れていたオータムにも届いていた。尋常ではないその光に意識を取られる。このアラクネ・ギガントの防御をもってしてもなんとか耐えられるかという威力に少々危機感を覚える。どうやらセプテントリオン側の援軍のようだが、オータム達に与えられた任務は軌道エレベーターの破壊だ。

 すでに陸地にまで進攻しているために目標までの距離も近い。どれだけ攻撃力があっても先に破壊してしまえばこちらの勝ちなのだ。それにあれほどの広範囲を薙ぎ払うのならば軌道エレベーターを破壊しかねないためにせいぜい海上でしか使えまい。

 冷静にそう判断し、少し急いで目標へと向かおうとする。

 

「ん?」

 

 機体を動かそうとするも、なにかに阻まれているようにその動きが阻害される。重石でもあるかのような抵抗に違和感を覚える。多少小さくなったとはいえ、未だサイズは大型機にカテゴライズされるほどの巨体だ。当然、そのパワーもそれに見合ったものとなっている。それなのに動けないとはいったいどういうことなのか。

 

「………おいおい」

 

 そして気付く。

 動かないのはこの巨体を支え、同時に外部への攻撃手段となる触腕。そのうちの一つが回収できずに縫い留められているように微動だにしないのだ。それは、先ほどトドメを刺すために仕掛けた腕の一本だ。地盤にでも刺さったのかと思ったが、そうではなかった。砂埃が晴れたそこにいたのは、スラップとなったISではなかった。

 

 

 

 

 

「あの光、………零落白夜ね。一夏たちが来たか」

 

 ダメージは大きいことには変わりない。穿たれ、機能不全を起こし腐食しつつある装甲を纏う操縦者自身も血を吐いたように口元を赤くしている。しかし、そのギラついた鋭い眼光は一切の曇りもなく、先と変わらぬ、いや、先ほどよりも激しい戦意を滾らせている。

 しかし、トドメとばかりに放った触腕は寸でのところで躱され、直撃するはずだった二つの触腕はその左右の腕で鷲掴みにされ止められていた。

 特殊合金製のステークを掴み、あまつさえその指はステークを握り潰している。あの体勢では碌に動けないというのに、腕だけで必殺であったはずの一撃を受け止めていた。

 

 満身創痍でありながら、鈴音はその健在を誇示するように不敵に笑っていた。

 

「さて、あんたに感謝するべきか、あたし自身の不甲斐なさを罵るべきか」

 

 よくよく見れば、青白い光が甲龍の装甲に浮かんでいた。陽炎のように揺らめくそれは光というには存在感が強く、まとわりついたそれは血脈のように装甲を流れ、やがて全身に行きわたると一気に明確な形となって顕現した。

 

 炎。

 

 青く、強く燃える炎だった。鈴の闘志を具現化したかのような炎が湧きあがり、それに呼応するかのように掴んでいたステークを完全に握り潰した。ステークをあっけなく折られ、オータムが警戒したように距離を取る。

 邪魔がなくなった鈴はゆっくりと立ち上がる。その顔には隠し切れない高揚が表れていた。

 

「ふ、ふふ……! 追い詰められなきゃ発現できなかったのはあたしの落ち度だけど………死中に活とはよく言ったもんだわ。今のはマジで走馬燈が見えた。そしてだからこそ、見えた。聞こえた」

 

 装甲が変化する。

 より荒々しく、生物的な稼働を可能とした流動的な連鎖装甲。頭部にはふたつの角、そして大蛇のような巨大なしなる尾が形成される。

 

「でも、今度こそ完璧に至った。明鏡止水の境地………掴んだわ! もうまぐれじゃない!」

 

 その言葉を証明するように、鈴は全身の気を巡らせて甲龍の第三形態移行〈サードシフト〉を促進させる。人機一体の境地、この機械の鎧は正しく鈴の体となった。可能性の具現。それがこの第三形態。その真意を、その止揚を、鈴はついに完全にその手にしたのだ。

 

「さぁ、刮目しなさい! 血よ、滾れ! 気よ、巡れ! 意思よ、奮え! あたしの魂を映し――――“進化”しろ、真の龍となれ、甲龍!!」

 

 

 

 




お久しぶりです。

先日3年ぶりくらいに高熱を出して寝込みました。しかもはじめて救急病院の世話になりました。気温の変化も侮れませんね。

なかなか更新できませんが、次回は鈴ちゃん回になりそうです。地上戦の次はいよいよ最終決戦の舞台へと移っていきます。後半はいよいよアイズ・セシリア組の出番の予定。

ぶっちゃけ、味方がたばになっても勝てるか怪しいラスボスが控えているのがいろいろなプレッシャーになりそうです。

それではまた次回に!


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