ラウラとクロエの戦いは一種の膠着状態に陥っていた。
姿を消し、人形を操りラウラを攻め立てるクロエと、単機戦力としては規格外とされるオーバースペック機を駆るラウラ。特別製というだけあってクロエの操る無人機群――【二十八機夜行】は手強い。単機ではラウラの敵には成りえないが、連携という点でその差を埋めるどころか覆してくる。
数の暴力ではなく、数の巧さを前面に出しての戦い。多数であることの利点を最大限に活かす戦いは完全に統制のとれた軍隊そのものだ。しかも、個々人の意志の疎通など必要なく、すべては統制機であるクロエによって支配された連携は付け入る隙さえ見つからない。
包囲することでラウラの機動そのものを制限し、装甲の薄いオーバー・ザ・クラウドを落とせる最低限の火力を維持しながら多数による砲撃で砲撃範囲の拡大と密度を増大、最も被弾率の高い近接型は防御力に特化させた上で天衣無縫でも弾けないビーム兵器を主武装としている。
確かに文句のつけようのない対策だろう。ラウラ自身、よくここまで準備をしたものだと呆れるほどにクロエの言う特別製は対ラウラに特化していた。
それでもラウラの力は確かなものだ。この程度で攻略できるほど温い訓練は積んでいない。IS学園に通っていたときよりも、ドイツ軍に従事していたときよりも、今のラウラは遥かに多くの、そして密度の濃い戦闘経験を積み上げていた。IS分野において世界最高位の人物である篠ノ之束による全面的なバックアップを受けた上で虐待と言われても否定できないほどの実戦を繰り返してきた。そうしてラウラに限らず、セプテントリオンに所属する少年少女たちはその年齢に不釣り合いな戦闘能力をモノにしてきた。
その中でもラウラは篠ノ之束が作り上げた最高峰の機体を任されている。
「―――――遅すぎる」
ただ翔ぶことだけを追求した機体。本来は戦闘用として造られたものではないために、クロエが狙ってくるように弱点も多い。特に防御性能に関しては量産機並。専用機として見れば最低値しかない装甲強度は一度の被弾がそのまま致命傷にも成り得る。そして同時に攻撃手段にも乏しく、固有火器を持たないために単純に破壊力という点ではとても第五世代機とは言えるようなものではない。
だが、特化している“翔ぶ”ということだけでオーバー・ザ・クラウドは世界最高峰とされるISに数えられる。その速度、敏捷性、機動力は防御力や火力の不足など、差し引いてもお釣りがくるほどの圧倒的な性能を誇る。防御力不足の前に、そもそもオーバー・ザ・クラウドに直撃させること自体が至難を極める。ミサイルよりも速く、銃弾が発射されてから回避を間に合わせる機体をどうやって撃ち落とせというのか。
そして単一仕様能力――――【天衣無縫】。機体の姿勢制御のために搭載された能力が意図せずにとんでもない化物へと変貌させてしまった。引力、斥力を操る極めて特異な力。対象が物理的な性質を持つ限り、この能力から逃れる術はなく、斥力行使によって近づくことすらさせない。この能力がある限り装甲の薄さなど些事だろう。ライフルの弾さえ止めてしまう斥力の結界に、装甲防御など考える必要もないのだから。
この結界を突破するためにはレーザーやビームといった光学兵器や熱量兵器、またはそれすらぶち抜く規格外のパワーが必要となるが、それ以前にその速さに追いつける機体などいないのだからまさに付け入る隙がない。防御力不足でありながら、その実オーバー・ザ・クラウドは極めて落ちにくい機体だった。
「この程度で、私を落とす気だったのか? 随分と舐められたものだ」
『―――舐めているつもりはありませんよ。だからこそ、こうして消耗戦をしているのですから』
あくまで位置を特定させずに周囲から響いてくるようなクロエの言葉に、ラウラは内心で舌打ちをする。挑発に乗る様子がないことにわずかに焦りが生まれる。
クロエの対処はラウラから見ても適切だった。ラウラを――オーバー・ザ・クラウドを撃破するための最適解を既に導いているのだろう。それは正しい。クロエが仕掛けてきた戦い方は、ラウラを倒すために最も効果のあるものだ。
無敵とも思えるオーバー・ザ・クラウドだが、当然弱点は存在する。装甲や火力といったスペックの不側面の問題ではなく、それは操縦者であるラウラのほうだった。
ラウラでは、オーバー・ザ・クラウドの力を十全に扱うことはできず、その能力のすべてを発揮することができない。
しかし、それは恥ではない。もともと束が先行試作型第五世代機として、モデルケースとして造り上げた、ただただ革新的な技術を詰め込んだISだ。ゆえに操縦者のことなど考慮されておらず、安全面すら確立されていない最高峰の機体であり、同時に最大の欠陥機体だ。
超高速機動、そして天衣無縫の能力行使。強力無比なこれらを使うほどに、ラウラはその代償を支払うことになる。
その代償とは単純明快にラウラの体力である。使えば使うだけ疲労すると言い換えてもよい。
それはISに限らず、身体を酷使するスポーツでも当然の話であるが、オーバー・ザ・クラウドで全力を出す場合はラウラは片目のヴォーダン・オージェを使ってようやく扱えるのだ。アイズやシールと違い、ラウラの眼は不完全。システムのバックアップがあるとはいえ、この魔眼は使用者の精神状態に大きく左右される。ラウラは常に綱渡りでもするかのような極限の集中状態を強いられることになるのだ。
はじめから完成された肉体と絶対的な自信と自負を持つシールや、根性論で限界を超えてきた鋼メンタルのアイズと違い、ラウラは安定して長時間発動させることはできない。
つまり、長期戦を行うだけでラウラの対抗策となる。
「………ふん、舐められたものだな」
そしてラウラも当然そういった自身の弱点は把握しているし、現状も時間の経過と共に悪化していくことも理解している。しかし、それでもラウラは焦りを見せない。
「消耗させれば勝てると? あまり私を舐めるなよ、小娘」
『あなたにだけは言われたくないです。製造された時期はほぼ一緒だろうに』
「私は自分の運命に感謝しているよ。なにか違えば、私はおまえのようになっていたかもしれん。あのような天使モドキではなく、姉様に会えたことは私の人生において最優の運命だった」
『それは私を………ひいては、私を受け入れてくれたあの人を侮辱しているのですか?』
「そう聞こえたか? 否定はしない」
『――――死ね』
無人機たちの動きが変わる。クロエの殺気に反応するようにラウラへの攻撃が苛烈となり、その攻撃密度が増加する。単機を相手に仕掛ける弾幕としては過剰な砲撃が降り注ぐも、しかしラウラはそのすべてを回避してみせる。
身体が上げる悲鳴を無視し、ただの精神論で潰れそうな過負荷を抑える。影すら追いつけない速度域に突入したラウラはその速さを維持したまま三機をさらに屠る。ヴォーダン・オージェを持つことでようやく認識できる人外の速度域。反射と同等の反応速度と、それに追随できる高速思考でもってはじめて可能となる超高速機動。
機械の反応速度すら置き去りにする速さで次々に襲いかかるラウラを抑える術はクロエにはない。いかに強化された無人機で包囲しているとはいっても、銃弾より速いラウラをどうしろというのか。まともに最高速のラウラと相対して正面から迎撃できるのはアイズやシールといった格上のヴォーダン・オージェを持つ二人くらいなものだ。純粋な性能で見ればラウラの眼のほうがクロエのそれよりわずかに上だ。クロエの反応ではラウラを捉えきれない。
「時間はかけん。すぐに終わらせてやる」
『そうですね、……あなたに時間をかけるわけにはいかないのは、こちらも同じです』
クロエの命令によってまたも無人機が一斉射撃がラウラを襲うも、今更こんなものは脅威にすらならない。次の狙いを定めたラウラが即座に接敵。ほぼゼロ距離からステークで無人機の頭部を粉砕する。
順調に敵機を破壊していくラウラだが、しかし、この瞬間こそがクロエの狙いだった。
その機体を破壊した瞬間に、空間ごと無人機が爆ぜた。空間そのものが歪むように歪曲場が形成され、侵食する。これは明らかにただの自爆ではない。周囲に広がる爆発ではなく、その逆、減退、圧縮といった現象を引き起こしていた。
油断していたつもりはないが、ラウラもそれの完全回避はできなかった。自爆攻撃というのは無人機を多く用意していたときから想定していたが、その効果範囲がラウラの予測を超えていた。
爆発ならば、それよりも速く動けるラウラには脅威とはならない。だが、この空間圧縮の範囲と速度は、ラウラが離脱するよりも速く展開される。確かにラウラ用に仕上げてきた、というクロエの言葉に嘘はないようだ。
効果範囲に引っかかった装甲が拉げ、隠していたいくつかの武装も失った。しかし、そんな痛手にショックを受ける間もなく仕掛けられた追撃から逃れるように距離を取ろうとするも、それを見逃すクロエではなかった。
無人機ではなく、その高いステルス性能を活かして直接の奇襲を敢行した。その気配を察するも、自爆攻撃の余波で回避が遅れてしまったラウラはついに直撃を許してしまう。
「チィッ……!!」
致命傷こそ避けたが、躊躇いなく頭部―――より正確に言うのならヴォーダン・オージェが宿るラウラの片目を狙っていた。眼が狙われることは想定していたのだろう、咄嗟に左腕で庇い、腕一本と引き換えに撃墜の危機を回避する。同時に武装を残していた右腕の仕込みナイフを展開して反撃を行った。この防御と反撃は同時に行ったためにラウラの一撃もクロエの頭部を覆っていた仮面を切り裂いた。
クロエが離脱しようとするも、今度はラウラがそれを許さない。クロエが接近したこの好機を逃せば、もう二度と接近戦に持ち込むことはできないだろうという確信もあった。
「今の奇襲で落とせなかったおまえの負けだ」
「っ……!?」
離脱しようとしたトリック・ジョーカーの機体が止まる。オーバー・ザ・クラウドの持つ単一仕様能力の一端、引力操作――――完全にクロエを捉えたことで、自身とクロエの機体間に強力な斥力を発生させ、強制的にショートレンジに持ち込んだラウラはその拳を力の限り振るった。
アイズと共に鈴から習ったゼロ距離で高威力を出す技法。寸勁の亜種ということだが、IS戦においてもその効果を発揮する鈴が独自に作り上げたほとんどオリジナルの体術といえる。その拳が引き寄せられたクロエの頭部を捉え、半壊した仮面を完全に砕く。クロエの闇夜に浮かぶ満月のような瞳が顕になり、その瞳が激しくラウラを睨みつけていた。
「貴様ッ!」
「いい顔をするじゃないか、自称欠陥品。だがおまえは間違いなく人間だ。そんな顔を見せるのならな」
「知ったような、口をッ!」
「納得はしないが理解はしてやる。おまえにとってのシールは、私にとっての姉様なのだろう」
クロエは自身とラウラを偽物であり贋作だと言ったが、ラウラもそれを否定はできないし、するつもりもない。どう言い繕っても、ラウラもクロエもシールの成りそこないだ。それが生まれた意味。だが、そんなものに悩むことは既にやめている。生まれた意味に苦しみ、しかし今は生きる意味を見出している。
「ならば、なおのこと……ここで貴様を倒す」
それがラウラの役目だと自らに課した。姉と慕うアイズのために、アイズの宿命の相手であるシール以外の邪魔を許す気はなかった。
「私のもうひとつの可能性……おまえはここで沈めばいい」
「……その時は、あなたも道連れになるだけです」
ラウラとクロエの二人の周囲を残った無人機が取り囲む。もしこの無人機すべてが自爆すれば、その連鎖爆発から効果範囲は拡大するだろう。それはおそらく、先の自爆を見る限りオーバー・ザ・クラウドの速さをもってしても回避は不可能だ。
しかし。
「今更私がそんな脅しに退くと思ったか? あまり私を見くびるなよ!」
「見くびってなどいません。だからこそ、ここまでするのです」
二人はどちらも退く気配すらみせない。そうしている間にも周囲を囲む無人機の数体が明らかに挙動がおかしくなり、エネルギーのオーバーフローが発生する。
このまま先のように自爆すればラウラも、そしてクロエもただではすまない。クロエはラウラ以上にそれを理解しているだろう。この無人機に搭載した自爆機構はマリアベルのISを作製する際に生まれた副産物だ。炎熱と衝撃による破壊ではなく、空間そのものに作用する防御不可の縮退破壊だ。かなり威力を絞っているとはいえ、出力次第では戦場そのものを消滅することもできる代物だ。冗談でもなんでもなく戦略級兵器に届くものだ。出力を落としているとはいえ、その破壊力はISを葬り去ることも十分に可能だ。
それを理解して、クロエはそのオーダーを実行させた。破滅へのカウントダウンのスイッチを自ら押したのだ。
「貴様……!」
「あの人の邪魔はさせません。ここで共に消えてください」
「おまえは……、なにを守っているのか理解しているのか?」
「わかっています。それが、私の今ここにいる理由なのです……!」
「この……馬鹿がっ!!」
ミシミシと周囲が軋むような音が響き渡る。ラウラの頭の中で危険信号が鳴り響くが、それでもクロエを離そうとはしない。ここでクロエを逃すわけにはいかないのはラウラとて同じ。この場で相手を倒さなければ、後に脅威となることは間違いないのだ。
「ここで、私と一緒に消えろ………!!」
***
軋むような独特の破砕音を捉えたシールはわずかに目線を動かしてそれを視認する。スパークする黒い球体のようなものが発生しており、その正体をシールも知っていた。
「………」
口を閉ざしつつも、眉をひそめて紫電のような爆発光を見つめた。そんなシールの真後ろから高速で投擲されたブレードが飛来する。風を裂きながらシールの首を狙って投げられたそれはパール・ヴァルキュリアの翼が波打つように稼働して弾かれる。完璧に防御してからシールがゆっくりと振り返る。しかし、視界には襲撃者の姿はない。視界のほとんどを覆うのは森であった。
アイズと空中戦を繰り広げていたシールは現在、陸部に広がる人工的に造られた森林地帯にいた。アイズに誘導されて戦場をこの森へと移行したシールであったが、もちろんアイズの思惑に気づいていた。あの手この手で攻めてくるアイズが、今度は地上戦を誘ってきた。全周視界が確保されていた空中戦から一転して視界確保も難しい森林地帯でのゲリラ戦を仕掛けてきたのだ。
もともと奇襲や強襲を得意とするアイズにとって、この戦場は恐ろしい相乗効果を発揮した。
シールの眼をもってしても、アイズの攻勢をなんとか捌けているという状態にまで追い込まれた。もちろん、それでも決め手をやすやすと許すシールではないが、ほぼ防戦一方となっていた。
「………こういうところは、さすがと言っておきましょう」
こうした泥臭い戦い方はシールには真似できないだろう。格上を倒すための戦術を数多く用意しているアイズと違い、シールはこれまでその高すぎるスペックとすべてを見通す眼によって敵は真正面から叩き潰してきた。はっきり言えばこのような戦術などシールには不要だった。それは対処においても同様だ。どんな奇襲にも反射速度で反応し、後出しで対処できるシールにとってはアイズの戦い方はただいつもどおりに戦えばいいだけのはずだった。
今にして思えば、慢心だったのだろう。
シールの力を誰よりも思い知っているアイズはそんなシールにも通用する舞台を用意してきた。
「電磁波、高周波、光、おまけにトリックアートまで使いますか」
シールが誘い込まれたこの森にはシールの眼を阻害する仕掛けがこれでもかというほどに用意されていた。頭蓋の中をかき乱すような不快な音や意図的に視界不良を起こそうとする点滅する光源、さらに距離感を狂わせるように計算されて配置された大小様々な樹木。シールの持つ絶対優位な解析能力を半減させていた。むしろその高すぎる解析能力がどんな無意味で不快な外部情報も拾い上げるので、シールの頭の中はひどい騒音が常に鳴り響いているかのようなひどい状態になっていた。
ヴォーダン・オージェの特性と性能を理解していなければここまでタチの悪い仕掛けはつくれなかっただろう。おそらく、アイズ自身が実験体となって対ヴォーダン・オージェの阻害装置を作り上げたはずだ。
当然、アイズ自身もその眼の能力を大きく制限されるはずだが、もともとアイズはヴォーダン・オージェは手段のひとつとしか考えていないことはシールもわかっている。それどころか邪魔になると判断すれば両目を閉じて戦おうとするほどだ。
かつてのアイズとの戦いを思い出しながら、アイズの執念に少しばかり尊敬の念すら抱いてしまう。
「薙ぎ払ってもいいですが………まぁ、隙を見逃してはくれないでしょうね」
この森そのものを焼き払うことは可能だ。だがその時は、必ずアイズが隙を付くだろう。シールといえ、大火力兵装を使用すればどうしても隙を作ってしまう。この戦況では確実に後の先を取られてしまう。かといって上空に逃げようとしても数々のトラップと、そしてやはりアイズの奇襲を受けるだろう。よく練られた檻だ。素直に感心してしまう。
「ふん……」
しかし、それでもシールは余裕を崩さない。どれほどの罠と策を用意しても結局はアイズがシールを仕留めるためには最終的に接近戦に持ち込むしかないのだから。
アイズではセシリアのように遠距離からシールを倒す手段はない。アイズの能力も、レッドティアーズtype-Ⅲも極端なまでの近接特化型だ。必ずアイズ自身が接近してくる。そうなればこれらの罠も意味はなくなる。アイズにとっての勝機はそのままシールにとっての勝機でもある。アイズもそれを理解してそのタイミングを図っているのだろう。少しでも優位になるように揺さぶりをかけている。
「とはいえ、もうそう時間をかけるつもりもないようですし………」
時間をかけられないのはこの戦場では誰もが同じだ。それに――――。
「あなたは、こんなチマチマとした手段を取るようなタイプではないでしょう?」
「当然ッ!!」
挑発するようなシールの言葉に触発されたようにアイズが死角から飛び出してくる。手に持つのは可変型複合剣ハイペリオン・ノックス。しかし、変形途中のまま形状を決めずに曲芸のようにくるくると手の内で回転させている。直前まで変形せずに武装を悟らせない小技だが、武装のリーチを悟らせないだけでも意味はある。
だが、アイズの初撃は足………脚部展開刃ティテュスによる蹴斬撃だった。意表を突く隠し武装による蹴り技を起点に猛攻撃を仕掛ける。剣、大鎌、槍、と次々に武装を瞬時に変形させながら反撃の隙を与えない。
「相変わらず器用ですね」
「余裕で捌いておいて、よく言うよ!」
強襲をかける前に仕込んでおいた背面からのBT兵器レッドティアーズの奇襲もあっさりと回避されてしまう。同時に回避コースを潰すように仕掛けたパンドラによる鋼線トラップも軽やかに針の穴を通すような正確さですり抜けてしまう。ヴォーダン・オージェの能力を阻害しているはずなのにまったくその戦闘力には衰えを見せない。アイズは内心で舌打ちをする。アイズもこの森の阻害領域内では満足に眼を使えない。だから適合率を低下させているというのに、シールは焦った様子すらみせていない。
「この距離なら、単純な実力の勝負しかできないでしょう」
「…………」
「わかっているとは思いますが、正面から私に勝てるとは思わないことです」
失敗したな、とアイズは認める。
接近戦の膠着状態からシールを押し切ることはできない。一撃離脱を繰り返して攻めるしか手がないのだ。
「そう悠長にしていていいのですか? 時間をかけられないのはそちらのほうが深刻なのでしょう? このままでは押し切られてしまいますからね」
「………嫌な言い方するね」
しかし、それは事実だった。エース級であるアイズ、鈴、ラウラ、シャルロットが完全に抑えられており、セシリアだけでは大型機も混じる無人機の大群すべてを仕留めることは不可能だ。セプテントリオン隊も奮戦しているが、少数ゆえに手が回りきれない。単機での力量は上回っているも、数の差が圧倒的すぎた。
現状のままではそう遠くないうちに押し切られるだろう。アイズたちがシールといった亡国機業側の主力を抑えているとはいえ、それは逆も言えるのだ。主力同士がぶつかっている以上、数で劣るセプテントリオン側が劣勢となるのは当然だった。
「しかし、それはあなたたちも理解していたはずです。少数精鋭のあなたたちでは防衛戦など不可能でしょう」
「そうだね」
「隠し玉でもあるのでしょうが………この戦力差を覆せるものですか? 言っておきますが、あなたを自由にはさせません。今しばらく、私に付き合ってもらいますよ」
そんなシールの言葉に、しかしアイズはここではじめて笑みを見せる。その笑顔は普段の爛漫なものではなく、アイズに似つかわしくないわざとらしいほどに作られたものだった。
「ボクからも言わせてもらおうかな」
「………?」
「なにか大事なものを忘れてない? ボクたちは大々的に世界に見せつけたはずだよ? この戦況をどうにかできるものを」
その言葉を受けてシールがほんのわずかだが表情を変える。
シールが言うまでもなく、アイズたちも不利であることは理解しているだろう。それは当然だ。だからこそこの軌道エレベーターを守るように数多くのトラップや迎撃装置を用意していたのだ。だが、それで防げると思えるほどアイズたちもシールたちを過小評価はしていない。予測通りではないにせよ、戦況不利となることはわかっていた。
だから、この状況はアイズたちにとっても想定内のことだった。最も想定外だったことは先ほど部隊通信で知らされた【束が姿を消した】ということだった。それを伝えた火凛は続けて【突拍子もないことをしているだろうから見かけたら臨機応変に】と伝えられていた。
当然これは口には出さないが束ならば無駄なことはしないだろうとアイズは焦ってはいなかった。それにこの後の推移の予測と対応は既にわかっている。
「未だにボクたちはあの“艦”を使っていないこと、不思議じゃなかったの?」
そして、そのアイズの言葉が引き金となったように戦場に閃光が走った。まさに一閃と呼ぶにふさわしい巨大な白銀の光が文字通りに戦場を薙ぎ払った。それを視認したシールは、その光に込められている冗談のような膨大なエネルギー量を悟り目を瞠った。その光に呑み込まれた無人機は一瞬で撃墜され、たった一撃で二十機以上を葬り去ったのだ。一線を画するほどの馬鹿げた威力。こんなものがあることは予想外だったのだろう、シールの顔にも珍しく驚愕の色が見える。
そして、姿を表す巨大な超弩級艦。ステルス状態を解除し、その威容を顕にして戦場に突入してきた。
その艦の名は【スターゲイザー】。
星を見る者、という名を冠する、世界で二隻しか存在しないスターゲイザー級宇宙飛行艦。それは、距離の概念を超越する束が造り上げた最上級のチート艦であった。
***
スターゲイザーの甲板で二機のISが寄り添うように佇んでいた。そのうちの一機を操る男性は、剣を振り切った姿勢で静かに残心をとっている。その顔付は幼さが抜け、少年から青年へと変化していた。
纏うISの装甲は白と白銀。侍を連想させるような形状のその機体が手に持つのは一本の巨大な大剣。その刃からはバチバチとエネルギーが漏れ出している。
そのISの横では、どこか巨大なリング状のユニットを携えたISがいる。それを纏うのは眼鏡をかけた青髪の少女。こちらも一年前よりも落ち着きのある美貌を見せながらも、その眼鏡の奥にある瞳は冷徹なまでの光を宿して戦場を睨みつけている。
「神機日輪、正常稼働確認……どう、一夏?」
「上出来だ。これで突破口は開けた。突入するぞ」
「ふふ、一夏くんももう大分化物染みてきたわね。これならおねーさんも安心して戦場で暴れられるわ」
そこへさらに一人の女性が姿を現した。同じような青髪をたばねて忍服のような黒装束をまとっている。隠密のような格好をしているのに、その声と言葉は大分おちゃらけたものであった。
更織楯無。IS学園の先代の生徒会長にして暗部へと身を置く更織家の十七代目当主である。国家代表をも務める実力者であり、ここにいる更織簪の姉でもあった。そんな楯無に簪が溜息をつきながら口を開く。
「おねえちゃんはもっと慎みをもつべき」
「後方指揮はやらせてもらうわよ。その代わり前線指揮は任せるわよ」
そう言う楯無の背後には多くのISを纏う少年少女たちの姿があった。まだ若年といっていい年齢の彼らではあったが、その顔付には強い決意が見て取れる。そんな彼らを見渡し、先頭に立つ織斑一夏は手に持つ剣を戦場に向けて宣告する。
「さぁ行くぞ―――IS学園部隊、これより全力でセプテントリオン隊を援護する!」
次第に役者が揃ってきた感じです。
久しぶりに登場のIS学園組。こちらも原作主人公が化物級になっていたりします。次回からは反撃開始。そして亡国機業側も本気になってきます。
まだまだ残暑が厳しくて辛いですが、皆様も体調管理にはお気をつけください。それではまた次回に!