双星の雫   作:千両花火

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Act.138 「贋作因果」

 その言葉が響いた瞬間、場の空気が一変した。その高い感受性でそれを敏感に感じ取ったアイズはぶるりと身を震わせた。アイズは、直視してしまった。シールの眼にあった、わずかだが穏やかな感情が見える色が、一瞬にして凍りつくその瞬間を――――。

 

「シール……?」

 

 文字通りに感情が抜け落ちた。そう感じざるを得ないほどの変化……いや、それはまさに変貌だった。困惑するアイズに対し、シールがその声質すらも変化させて言葉を発した。

 

「よく気づいたものです。それを褒めるべきか、恨むべきか」

「それは、肯定なんだね……」

「ええ、賞賛として、理由を教えましょう。あのとき、あなたを殺そうとした理由は……」

「それもなんとなくわかる。あなたが、以前言ったことが理由なんでしょう?」

 

 アイズが、自分と並び立つことが許せない。完全な存在として生み出された自分と比類することそのものが侮辱である。

 かつて、シールはそう言った。今ではその理由は薄れてきているようにも感じられるが、それは間違いなく本心だったのだろう。

 

「ボクが、あなたと並ぶことが、シールにとっては耐え難い屈辱なんでしょう?」

「ええ、そして、それは今も変わってはいません。あなたの生存を知ったときの私の気持ちがわかりますか? 失敗作であるあなたが、私と同じなど……」

 

 その殺気がいよいよアイズの本能に死を予感させる。その濃密な殺意は圧力となってアイズの肌を刺激した。

 自身の心を閉ざすかのような鉄仮面の表情を作ったシールは、手に持つ細剣を向けながら宣告する。

 

「到底、許せるものではありませんでしたよ。だから、あなたを消そうとしたのです」

「………」

「あの時はそれはできなかった。それを悔いているわけではありませんが………ですが、あなたがそれまでの存在だというのなら、……やはり、ここで殺すだけです。今度こそ!」

「………嘘つき」

 

 意外にも、ずっと語りかけていたアイズのほうからその会話を一方的に打ち切った。左手は先と同じように腰にあるブルーアースの柄に添えられており、それを隠すように半身に構える。シールのような突き刺すような殺気はアイズにはない。だが、なにを言われてもまったく動じない不動の覚悟が、迷いも躊躇もしない鋼の精神がそこに在った。

 

「もういいよ。結局、ボクたちは言葉だけじゃなにも変わらないんだもの。それはわかっていたことだった」

 

 シールの冷たい殺気とは真逆といってもいい闘志。マグマのような熱と、水のような心。アイズは、誰にも教わることなく、その心を明鏡止水の領域に置いていた。自身を俯瞰し、そして主観によって動く。ここでシールとの殺し合いすら理解し合うために必要だと完全に許容する。先にあるかもしれない後悔など、理解した上で考えない。

 それはシールですら正気を疑うような精神性だ。

 

「そうでしたね…………あなたには、言葉は必要ないのですね」

 

 諦めのような、納得のような言葉はシールの本心だろう。安っぽい挑発をしたことを少しだけ恥じながら、シールは容赦も手加減もすべて思考の外に放り出して襲いかかる。

 速さも、鋭さも、明らかに先のものよりも数段上の攻撃。それは確実に相手を殺しかねないほどのものだが、そんな暴威にアイズは顔色ひとつ変えずに迎え撃った。

 真正面から突撃するシールに対し、間合いに入った瞬間にアイズが再びブルーアースを抜刀。これまでシールすら見きれなかった斬撃を繰り出すも、今度はしっかりと右手の細剣で受け止める。いや、想定以上に重い斬撃に体勢がわずかに崩されるが、それでもしっかりと受けきった。

 

 

 

 ―――――さすがに三度目となれば通用しないか。まぁ、そうだよね。

 

 

 

 正面からの突撃ならば奇襲とは違って攻撃するタイミングも軌跡も読みやすい。さすがに冷静な対応をしてくる。しかし、アイズにとってはそれも想定内。誰よりもシールと戦ってきたアイズにはシールの実力も、その脅威となる即時対応力もわかっている。どうやらブルーアースの特性もすべてではないにせよ解析されたようだ。

 このブルーアースは確かに奇襲においてはこれ以上ない力を発揮する性能を持つが、真正面からの斬り合いでは普通の剣と大して変わらない。相手の油断や死角の隙を突かなくてはそのすべてを十全には発揮できない。その最大の理由は、この剣にはあるアクションが必要となるためだ。

 

 

 

 それを悟られる前に、決着をつけたいところだけど……! 

 

 

 

 しかし、シールの猛攻はその余裕を与えない。的確に急所を狙う刺突は、主にアイズの眼を狙ってくる。人間は本能で眼に危険が迫れば瞼を閉じてしまうが、そういった自己防衛本能が壊れているアイズは恐怖を無視して冷静にそれを対処する。だが、眼はアイズの生命線だ。眼を失えばアイズは満足にISを操ることすらできない。片眼でも使えなくなろうものなら瞬く間に殺されるだろう。

 最も、それはシールとて同じこと。ヴォーダン・オージェがその戦闘力の根幹となる二人にとってこの眼は心臓よりも重要だ。

 アイズも多少の傷は許容できてもこの眼だけは失えない。眼を狙われるということはそれだけ守勢に回らなければならなくなる。これがシールの対アイズの戦術のひとつなのだろう。

 幾度となく戦ってきた。その度にアイズはシールに勝つためにいくつもの戦術を編み出し、シールの癖や戦闘傾向を解析し、もっともっとシールを理解しようとした。その手段が目的となってしまったことに気づいたのはいつだっただろうか。理解するために戦うのか、戦うために理解しようとするのか。似て非なる動機はアイズにとって、己の感情の変化と同じだった。

 そしてそれはシールも同じだったのかもしれない。同じようにアイズに勝つために解析し、考え、こうしてアイズと戦う術を繰り出している。

 それを脅威と思うよりも、嬉しいと感じていることはアイズ自身でも甘すぎると理解している。でも、言葉とは裏腹に、それはアイズがシールにとってどんなものだったとしても気にかける存在だということには違いない。

 アイズにとってシールは、自身の半生という犠牲―――人体修正という消えない傷痕をつけた要因でもある。アイズだけではない同じようにシールを生み出すために犠牲になった多くの子供たち。その中でたまたま生き残ってしまったのがアイズだっただけ。それを思えば、シールは憎むべき存在なのかもしれない。

 

 しかし、それ以上に。

 

 そんなシールという存在が、アイズ・ファミリアという一人の少女を宿敵として捉えていることが嬉しくてたまらない。それは、アイズを認めていることと同義なのだ。

 セシリアがくれるような揺り篭のような安心感とは違う。死を感じさせるほどの刺激、試練を与えるかのようなそれは、アイズにとって自分自身を確立させるひとつの支柱だ。

 “宿敵”という絆。アイズは、シールのことをそう受け止めていた。自己を確固なものとする他社との絆―――アイズの中で、それは“愛情”といっても差し支えない。

 

「愛は痛みを伴う……誰の言葉だったかな」

 

 そんなことを呟きながらアイズは剣を振るう。これまでと同じように、千日手となった膠着状態を経て少しづつお互いに防御を捨てて攻勢に出る消耗戦へと移行していく。

 アイズの剣が届き、シールの剣もまた傷をつけていく。

 

 そのひと振りに精一杯の愛情を。

 

 その痛みに無抵抗の許容を。

 

 次第に無心に、無我の境地へとなっていく精神を俯瞰しながら、鏡合わせの魔眼がその光景を映していく。

 

 そして、ただ剣戟の音のみが響き渡る。

 

 どちらかが、倒れるまで―――。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「やばい、これはやばい。敵だらけ、敵だらけ! 斬っても斬っても、減った気がしない」

 

 軌道エレベーターを建造する人工島の内陸部。そこは海上の防衛を突破した次に待ち受ける陸上の防衛線。その一角を受け持つリタは小隊を組むシトリー、京と共に侵入してくる機体の対応に追われていた。

 奇声を上げながらも止まることなく次々と無人機を斬り捨てていくリタの背後には京、そして最後尾から援護射撃を飛ばすシトリー。専用機持ちではないにせよ、三機連携なら相手が専用機でも凌駕してくるコンビネーションを持つ小隊である。

 内陸部も当然、セプテントリオンに有利な戦場に作り変えており、木々が生い茂る森の中を三機が疾走している。この森も背丈の高い木で構成されており、これより高く飛べば対空迎撃とセシリアの狙撃の餌食となるために半強制的に森林内でのゲリラ戦を強いられる。

 そしてこのフィールドこそが少数精鋭のセプテントリオンが最もその力を発揮できる舞台だ。三機編成による一撃離脱を主軸に縦横無尽に敵部隊に打撃を与えてその戦力を削り取っていく。

 圧倒的な物量差ということを無視すれば確かにセプテントリオンは圧倒している。綱渡りに近い戦況ではあるが、たった一機で制空権を五分にしているセシリアが奮戦しているために他のメンバーはほぼ地上戦のみに集中できている。

 リタ達のISでは単機で敵のオータムやマドカといった特化戦力を抑えることは難しいが、無人機程度ならば想定外の事態にならない限りは確実に撃破できる。とはいえ、さすがに十倍以上の物量差での侵攻はこれまで経験したことがない。斬っても斬っても現れる敵機にリタは苛立ちを感じ始めていた。

 三人が駆けてきた戦場では無数の無人機の残骸が残されている。接敵した敵機はすべて撃破してきた三人も、そろそろ消耗が無視できないレベルになりつつあった。

 

「状況確認を」

「武装は残り半分を切ってます」

「同じく。これはもうダメだね」

 

 小隊長を務めるシトリーの確認に京もリタも簡素に応える。この二人は特に武器の消耗が激しい。共に近接物理型。エネルギーの燃費がいいとはいえ、しれは機体エネルギーをほぼすべて機動に回しているためだ。攻撃力としてあるのは実体剣。高性能ではあるが、酷使すれば劣化も早まる。

 リタは切れ味を落ちた【ムラマサ】をぽいっと投げ捨てる。そしてストレージから同じ【ムラマサ】を顕現させて左手に持った。今回の戦いにおいてリタは五本の【ムラマサ】を持ってきているが、既に三本を限界まで使っており、これで残りは二本。そろそろ補給を考えなければならないが、戦況はそんな暇を与えない。

 

「やっぱり特機を落とさないと戦況は動かない……今は鈴やラウラたちが迎撃しているんでしょう? 横槍で奇襲しましょうか」

「あとで怒られる気もしますけど、……」

「戦場でタイマンをするほうが悪い。で、一番近いのは?」

 

 直後。

 三人の前方、およそ三百メートル先から炎が舞い上がった。一瞬遅れてここまで届くほどの衝撃と熱風が一帯をなぎ払った。頭がおかしいとしか思えない威力の何かがあそこで使われたらしい。

 

「あれは?」

「あの方向は、確かシャルロットさんかと」

「シャルにあんな武装はない。あれは敵の攻撃だよ」

「やばそうだね。援護に行こうか」

「そうしましょう」

「異議なし」

 

 夕飯の相談でもするような軽さで目標を決めると直様最短距離で炎の柱が上がった場所へと向かう。途中で接敵した機体はもちろんすべて処理している。そして近づくにつれてその戦闘のもと思しき発砲音や爆発音が大きくなる。流れ弾が落ちたであろう場所は焼き尽くされて炭化しており、その威力の程が嫌でも理解できる。

 やがてハイパーセンサーでその姿を捉えられるまでになると、近場にあった岩陰に姿を隠し、同時に簡易的なものであるがステルスシェードを用いた隠密行動に移行する。

 介入するにも状況把握が必要だ。ぱっと見ではまだシャルロットが持ちこたえるだろうと判断して状況分析を優先して行う。とにかく目を引くのは敵の攻撃手段だ。

 見たところ相手は一機。金のカラーリングをした特機。炎を操り、その高い汎用性を持つ攻撃的な能力で重火力型のシャルロットと撃ち合っている。しかし、戦況は敵のほうが上だ。シャルロットも多彩な重火器で応戦しているが、その手数を上回る引き出しの多さでシャルロットの攻撃をさばいている。機体性能もおそらくは敵のほうが上だろう。ラファール・リヴァイブtype.R.C.が決して劣っているわけではないが、単純な機体の相性の問題だろう。シャルロットは後方からの砲撃を得意とする重火力タイプ。しかし相手はハイレベルな万能型といったところだろう。どの距離でも的確に対応し、かつ部隊連携が望めないタイマンにおいてはシャルロットが苦戦することは当然と言えた。

 

「なにあれ? 炎の単一仕様能力?」

「鈴のとっておきに似てるけど……さすがにあそこまでのものじゃない」

「ライト版龍雷炎装、といったところですかね……」

 

 炎を操り、縦横無尽に戦場を蹂躙する。それはまるでIS学園での戦いにおいて発現した鈴と甲龍の第二単一仕様能力――――無尽蔵とも言える過剰放出エネルギーを雷炎という形で操る【龍雷炎装】。敵の機体能力もそれに類似するものだ。攻撃力もさる事ながら、特筆すべきはその汎用性。炎という無形ゆえにどんな状況にも対応できる。実際にシャルロットも苦戦している理由がそれだ。

 鈴のものと比べれば、あそこまで理不尽ではない。鈴の能力は時間制限付ではあるが、大型機を消滅させるほどの火力を持つ―――はっきり言ってISに不釣り合いなほどに突き抜けた過剰火力ではない。“ほどよい”大火力といったところだ。そしておそらく操作範囲は鈴のそれとは比べ物にならないほどに広い。接近戦に特化した鈴よりも使い勝手はこちらのほうが上だろう。

 そしてまずいことにこの能力は対多数戦でも効果的だということだ。シャルロットと合流しても、戦況を大きく覆すことは難しいかもしれない。数の利こそあれど、あの金色のISを駆る女はこの場で誰よりも強いだろう。

 ならば、取る手段は限られる。

 

「シャルロットを囮にして奇襲しよう」

 

 そのリタの言葉に京とシトリーも頷く。これは試合ではない。負ければ終わりの戦争だ。堂々とタイマンが許されるのは、鈴のようにそれが最善だった場合だけだ。この状況での最善は追い詰められているシャルロットを囮にしてその隙を突くことだと全員が同じ結論に至っただけの話だった。

 すぐにシトリーがシャルロットへ量子通信を介してメッセージを送る。内容は至ってシンプルに【敵の注意を引け】。

 そしてシャルロットが顔色ひとつ変えずに、目線も動かさずにほんのわずかに頷く動作をしたことを確認すると三人は散開、距離を取りつつ包囲するように敵の側面と背後へと回る。準備ができると同時に合図を受けたシャルロットが動いた。

 

 

 

 ***

 

 

 

「薙ぎ払えェッ!!」

 

 隙が大きいために使用を控えていた一斉射。合計六つの重火器による暴虐ともいえる制圧射撃。貫通力に特化したレールガンである【フォーマルハウト】。圧倒的な弾幕により離脱を阻むガトリングカノン【フレア】。さらに両手に持つのは広域を焼き払う拡散ビーム砲【アマルテア】。カタストロフィ級兵装を除けばウェポンジェネレーターによるエネルギー供給をフル可動させてようやく可能となるラファールが持つ中での最大制圧攻撃だ。

 特にアマルテアの実戦使用はこれが初となる。初見で対応できるような代物ではない。

 

「ふふっ」

 

 しかし、それでもスコール・ミューゼルは格上の操縦者だ。最も危険な高威力のレールガンをあっさりと回避して上空へと離脱する。逃がさないとばかりにフレアとアマルテアで追撃するも、拡散ビームが直撃する寸前でなにかしらの防御膜に弾けれ減退する。カレイドマテリアル社でもその類の技術は確立しているために驚きはしないが、ビームの効果が薄いのは痛い。おそらく狙うべきは物理攻撃、しかも接近戦における高威力打撃が最も有効だ。もちろん、そのためにはあの縦横無尽に周囲を焼き尽くすあの炎を突破しなければならないためにシャルロットにとって相性はかなり悪い。

 もっとも、それならば適任に任せればいいだけだ――――。

 

「……ッ!」

 

 スコールがそれに気づくが、もう遅い。爆煙と砂塵に紛れて突撃してきたリタがスコールの右後方から強襲。地を這うように疾走するリタがスコールの迎撃を受ける前に間合いに捉えた。

 

「斬り捨てる!」

「ちぃっ」

 

 直前で身を捻ったために直撃とはならなかったが、それでもはじめて明確なダメージが入る。スコールのIS【ゴールデンドーン】に浅くない裂傷が刻み込まれた。しかし、リタからしてみれば絶好の機会に仕留めきれなかったことが悔やまれる。すぐさま追撃をかけようとするも、リタとスコールを隔てるように燃え上がった炎の壁に阻まれる。

 しかし、これくらいは想定内だ。上空から京が時間差で強襲を仕掛けていた。

 頭上から剣を次々と投擲。内、二本が装甲に突き刺さるも、やはり急所は避けられ、装甲の厚い箇所で受けられている。奇襲を受けても的確に対処し、ダメージを最小限に抑える対応力はさすがといったところだろう。この対応を見ていたシャルロットも自分たちとの間にある経験の差を如実に感じ取っていた。

 

「なら勝てるもので勝負するだけだよ」

 

 リタと京の強襲によって若干の余裕が生まれた。

 今なら使えると判断して後退しつつウェポンスロットからとっておきの兵装を召喚する。カタストロフィ級兵装のひとつ、極限圧縮粒子崩壊収束砲【アルタイル】を構えた。アルタイルの収束ビームならどんな装甲や防御機構であろうと無意味だ。たとえあの炎があったとしても鎧袖一触に薙ぎ払えるだろう。

 他の追随を許さない圧倒的な破壊力で粉砕する。脳筋のような選択だが、現状はこれが最善だと判断した。

 チャージに気づいたスコールが妨害をしてこようとするも、後方からシトリーのレールガンの援護射撃でそれをさせない。格上でも三機に包囲されて波状攻撃を仕掛けられればそう簡単に振り切ることなどできないだろう。

 三人が稼いだ貴重な時間で、ついにアルタイルのチャージが完了する。

 その特徴的な細長い砲身がスコールに向けられる。IS一機に使うには過剰威力となる代物だが、シャルロットは一切躊躇わない。

 

「これで、終わりだよ――――!!」

 

 リタが地に伏せ、シトリーと京が上空へ離脱する。瞬間、開いた空間に向けてアルタイルのトリガーを引いた。

 

「アルタイル、ディスチャージ!!」

 

 空間を切り裂く収束ビームが戦場を貫く。

 遥か後方にいた無人機が運悪くそれに接触し、熱したナイフで切り裂かれたバターのように一瞬で融切される。射撃武器というよりはもはや射程の長いビームソードともいうべきアルタイルは可能照射時間が二秒しかないが、その二秒間はすべてを斬り裂く魔剣と化す。

 

「これでッ!!」

 

 その砲身を左から右へ大きく振るう。文字通りに戦場を薙ぎ払うアルタイルから発せられた収束ビームは大地と海水を瞬時に蒸発させて陸地と海面を抉り取る。

 触れた瞬間に消滅する威力を持つそれを見てスコールも表情を変える。ISの絶対防御をもってしても死ぬのではないかというほどの威力。ISに搭載する火器ではないと設計者の常識を疑うようなそれを、躊躇いなく使うシャルロットに対しても背筋を冷やされる。

 シャルロットもかろうじてアルタイルにセーフティをかけていたために、直撃しても運が悪くない限りは生き残るはずだ。それでもISは木っ端微塵、操縦者も重症を負うだろうがその程度で躊躇うような甘い考えはとうに捨て去っている。

 

「死なせはしないよ。あなたには聞きたいこともあるからね………だから今は、大人しくくたばっておいてくださいよ!!」

 

 義母から学んでしまった口汚い台詞を叫ぶシャルロット。そうしてその幕引きとなる光の魔剣で戦場そのものを斬り裂いた。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 青い宝石。

 そう形容できる景色を眼下に収めながら一人の女性がその無機質な通路を歩いていた。

 周囲には飾り気のない金属と特殊強化ガラスの壁で造られたその外は人類の生活圏外――――真空の宇宙空間が広がっている。

 衛星軌道上に造られた基地の一角。宇宙と地球、双方に大してのデータ収集と宇宙開拓の玄関口として作られた施設、観測衛星基地オービット・ベース。

 現在、セシリアたちセプテントリオンが守っている軌道エレベーターの終着点であり、この真下では今も激しい戦いを繰り広げている。

 それを知ってか知らずか、その女性は楽しそうに鼻歌を交えながら宇宙から見える地球を楽しみながら足を進める。

 内部構造を熟知しているわけではないのか、気まぐれに散歩でもするようにゆっくりと様々な場所に足を向けながらやがてひとつの広大なエリアへと入り込んだ。

 基地構造でいえば管制エリアの真下、地上とを繋ぐエレベーターの接続部分。地表から、または宇宙から物資や人を送り込む際の保管エリア。言ってしまえば倉庫ともいうべき広大な格納エリアだった。そこでは様々な基地建設用と思しき物資が積まれており、見る人が見れば宝の山にも映るだろう。

 

 そして、そのエリアの中央に小柄な人影があった。兎の耳を模したような特徴的なカチューシャと、マントのような大きな白衣を纏ったその人物はやってきた女性を見やると無表情だったその貌を歪めて笑みを浮かべた。

 

「やっぱり来たね、………そうじゃないかと思っていたけど。おまえなら簡単にここに来れるだろうしね」

「あら? あらあらあら? もしかして待っていてくれたのかしら? 私が来ることを見越して警備もつけなかったの?」

「そうだよ。おまえ相手じゃ警備なんて無意味だし、……セッシーには悪いけど、私はおまえを許す気はないし、情けをかける気も、おまえの事情にも興味はない。ただ、おまえが大嫌いなだけ。だからこうしてここで待っていたんだよ」

「うふふ。嬉しいわぁ。あなたとは改めて話してみたいと思っていたのよ」

「改めて? よく言う。おまえと話をするのははじめてでしょうが、贋作風情が」

「あら、篠ノ之束ともあろう人が、その偽物に構ってくれるの?」

「八つ当たりできるやつは、もうおまえしかいないだろうが、………マリアベル。この名を呪わなかったときはなかったよ。だから、おまえで我慢してやるって言ってるんだよ」

 

 篠ノ之束。かつて、マリアベルによってISを歪められ、その人生を狂わされた悲運の科学者。本人はそれほど悲観しているわけでもないし、現状は紆余曲折があれど満足した研究ができているのだから大きな不満はない。

 だが、それでも。

 自分の子供ともいうべきISを歪められたことを忘れたことは一度もない。その恨みは、憎悪といっていいほどに燻り続けている。

 イリーナの共犯者である束にも、マリアベルの内情もある程度は把握している。今、目の前にいるマリアベルがかつて自身を陥れた存在ではないことも理解している。束が殺したいほど憎んだ“マリアベル”は既にこの世にいない。だが、それがなんだというのだ。まだ、その残滓が確かな脅威として目の前にいる。個人的な感情をぶつけることは八つ当たりだと理解しているし、それを取り繕うつもりもない。

 だが、この女がマリアベルを名乗る限り、八つ当たりをする権利くらいあるはずだ。

 

「そうでしょう? マリアベル」

「ええ、ええ! よくってよ、篠ノ之束。私もあなたと話してみたかったもの。遊んでみたかったもの。あなたを嵌めたのは私じゃあないけど、あの女の忠実な分身たる我が身はきっと同じことをするでしょう。だから気にすることはないわ!」

「気になんてしてねーよバァーカッ! おまえにかける気なんてなにひとつないんだよ。おまえは、私の復讐の“代用品”だ。私の憂さを晴らすためだけに、ここで散っていけよ」

「うふふ。付き合うけど、ここで散るのはごめんなさい、できないわ。セシリアのこともあるし、なにより…………あなたじゃあ無理よ。残念だけどね、イイ線いくと思うけど、ね」

「ふん。セッシーにも内緒でこうして待っていてやったんだ。時間をかけるつもりは、ない」

 

 直後、ISを纏った束がなんの躊躇もなくマリアベルに向けて攻撃を仕掛ける。放たれたレールガンがIS未装備のマリアベルに向かって放たれ、格納庫内の資材を巻き添えにしながらその一帯を吹き飛ばした。

 格納庫自体はIS学園のアリーナと同等の強度で作られているが、それでもISの武装を使うことは明らかにやりすぎであった。

 だが、それでも束は躊躇わなかったし、そして撃ったあとも決して油断をしていなかった。

 

 それを証明するように、束の“背後”から楽しそうな笑い声が響いた。

 

「さすがねぇ、その甘さのない決断力は高評価よ」

 

 振り向いた先にいたのは、やはりというべきか、無傷のマリアベルだった。その身には禍々しくも美しいISを纏い、傘を模した形状をしたそのふざけた武装を肩に担ぎながら束を見下ろしていた。

 いつの間に背後に現れたのか知覚できないことを再確認した束は、それでも焦りなく戦闘態勢をとる。

 かつて、マリアベルにはアイズとセシリアが為す術もなく倒されたこともある。その際の戦闘データからある程度マリアベルの持つ特異能力にアタリをつけていたが、それをはっきりと確認できた。

 確かにこれは厄介だろう。特にアイズにとっては最悪の相性といっていいものだ。

 

「さぁ、ここを壊す前に……少し遊びましょうか」

 

 あくまで楽しそうに語りかけてくるマリアベルに、束は隠そうともしない苛立ちを表面に出しながら自身のISのリミッターを解除する。

 全機能を開放した、束専用のIS【フェアリーテイル】がその姿を変えていく。

 

「魔女のモドキ風情には壊させない。そして、壊れるのは、――――おまえだよ」

 

 そして、人知れず人類の規格から外れた怪物同士が、はるか空の上で衝突した。

 

 

 

 




大変遅れて申し訳ないです。

リアル事情で多忙でモチベーションも下がっていたために時間がかかってしまいました。しかも夏風邪をひいて寝込むなど踏んだり蹴ったりでした(汗)

夏バテには皆様もお気をつけください。

それではまた次回!

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