双星の雫   作:千両花火

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Act.137 「因果収束点」

「あの無自覚腹黒娘め、あとで覚えてなさいよ」

 

 ドレッドノート級パッケージのジェネレーターの暴走による自爆攻撃ははじめから想定はされていたが、それをまさか至近距離で自爆させられるとは思っていなかった。確かにオータムのアラクネ・ギガントを盾にできる位置に特攻させたが、その威力は洒落にならない。

 いくら頑強さが自慢の甲龍でも直撃を受けて無事に済むはずがない。だが、それでも鈴ならなんとかするだろうという無責任とも思える信頼だろう。そして事実、鈴はそれを凌ぎ、むしろ好機として触腕のひとつをもぎ取った。

 さすがの巨体もドレッドノートの自爆には耐えられなかっただろう。その半身は既にスクラップ状態だ。それでもこの装甲の硬さは梃子摺るが、あとは丁寧に装甲を剥ぎ取っていけば十分だろう。それなりに時間もかかったが、勝機が見えてきた。

 

 

「このままいけば勝てる……なんて思ってんじゃねぇだろうな?」

「っ!」

 

 

 その声ではなく、アラクネ・ギガントの装甲が稼働したことを視認した鈴が瞬時にバックステップをして距離を取った。数瞬遅れて、ボロボロになった装甲が弾けとんだ。そしてそれは砲弾にも等しい速度で鈴に襲いかかる。攻撃も兼ねた装甲パージ。これもアクティブアーマーの攻撃転用だ。

 

「しゃらくさい!」

 

 飛んできた鉄の塊でなんなく拳と脚で弾き返す。しかし、あのまま至近距離にいたら捌ききれなかったかもしれない。勘でしかなかったが、危機感を覚えて即座に距離を離したことが功を奏した。舌打ちしつつ目を向ければ、そこにはひとまわり小さくなったアラクネの姿があった。しかし、それでも以前として甲龍と比べれば遥かに巨大。ビルほどの大きさがある。【超大型】が【すごい大型】に変わったといった程度だ。しかし、中から再び触腕が展開され、その他にも砲台と思しき武装まで現れる始末だ。

 

「木偶が木偶になったところで!」

 

 いくら一撃で即死級の威力を持つといっても、鈴ならば即死は耐えられる。それ以前に初撃の吶喊を受け止めた以降はすべて回避している。超大型機といえば聞こえはいいが、通常サイズのISとタイマンをするにはその巨体は大きすぎる。必ずどこかしらに死角があり、密接すればおおよそ対処も容易となる。もちろん、相手もそう簡単にそれをさせるはずもない。装甲表面には高電圧のボルトショック機構が施されており、触れただけでダメージを与えるという機能まで備えている。それを無視して発勁でぶち抜く鈴も大概だが、機体の各所に備えられた武器が鈴の体力と甲龍の装甲を確実に削っていた。

 

「それでも、あんたがスクラップになるほうが早いわ!」

 

 既に攻略法は覚えた。攻撃の対処法もわかった。維持するべき間合も理解した。その全てを理詰めではなく戦闘勘によって把握した鈴は迷うことなく突撃する。

 

「小さくなるってことはその装甲も薄くなるってことでしょ!」

 

 襲い来る触腕を躱しつつ、龍跳虎臥で空を踏みしめての踏み込み。その勢いを余すことなく活かしながら渾身の発勁を叩き込む。先ほどよりも確かな手応えを感じ、それを証明するようにアラクネ・ギガントの装甲がはじけ飛ぶ。追撃とばかりに二撃目をはなとうとするが、またしても装甲パージによって防御される。鈴の浸透勁は重装甲を貫通するが、そのたびに装甲をパージされてはせっかくの破壊力も本体までは届かない。

 なるほど、これが発勁の対抗策なのだろう。装甲を無効化する近接型というだけでチート扱いされる鈴だが、事実相手の防御力に左右されない攻撃力はそれだけ有用なのだ。ならばはじめから使い捨てるように装甲を重ねておけばその威力も減退できる。

 小賢しい。しかし有用だ。鈴はそれを認め、だからどうしたと言わんばかりに責め立てる。

 

「マッパになるまで剥いてやるわ!」

 

 有効だが決して無尽蔵ではない防御手段。対して鈴の攻撃力はIS依存ではなく操縦者である鈴自身の純粋な技量によって成り立っている。先に尽きるのはアラクネの装甲のほうだ。

 

「お?」

 

 しかし、そこで再びアラクネが全身のアーマーを強制排除。さらにひとまわりサイズが落ちる。そして再び同じように触腕をはじめとした武装群が展開される。先ほどのリプレイのような光景に鈴も少しイラついていた。

 

「マトリョーシカでも肖ってんの!?」

 

 さらに鈴が攻め立て、オータムは同じような全身のアーマーパージを繰り返す。そして五回目のパージを終えたときには、既に大型機とはいえないサイズにまで縮まっていた。はじめのサイズが大きすぎたために相対的に小さく見えるが、それでも大きさは甲龍の五倍以上。ちょうど通常のISサイズと大型機の中間ほどの大きさに落ち着いたようだ。これまでの使い捨てのようなどこか荒っぽい武装はなく、シャープで隙のない武装で全員を固めている。

 直感的にこの形態こそが真の姿だと理解する。鈴はこれまでの吶喊を止め、じっと機体を注視した。

 

「む……」

 

 サイズが小さくなったために先ほどまであった死角も隙もなくなっていた。巨体には違いないが、圧倒的な質量に物を言わせたものではなく、そのパワーとサイズによるリーチを活かした近接仕様。シンボルともいえる触腕もかつて受けた毒針が装備されている。

 

「あーあ、とっととやられておけばよかったものを……、このアラクネの姿になったからには、てめぇ、楽には死ねんぞ?」

「マトリョーシカが吠えるんじゃないわよ。凍土の片隅の土産屋にでも並んでなさい、イロモノが」

 

 変わらぬ挑発を繰り返す鈴だが、内心では舌打ちしていた。口ではああ言っているが、鈴は決してオータムを甘く見てはいない。むしろ強敵と認識している。超大型機なんてものはインパクトはあるが、有効な攻撃手段を持つ鈴からすればまだ付け入る隙が多く戦いやすいと言えた。しかし、今のサイズは自身よりも大きく、質量差を考えてもパワーで押し切る戦法も愚策に思えた。しかも今の甲龍は武装のほとんどを失っている。追い詰められているのはむしろ鈴のほうなのだ。

 もし今の鈴が第三形態移行を可能としていればあの強力無比な蒼炎で薙ぎ払えるのだが、とらしくもないないものねだりのような思考をしてしまう。鈴は軽く首を振って不抜けた思考を追い出した。

 しかし、どうあれ鈴が取るべき戦法は接近戦しかないのだ。既に遠距離武装は手甲内蔵のガトリングガンのみ。オータムを倒すにはやはりクロスレンジしかない。

 問題はあの触腕。頑強さには自身のある鈴でも、あの触腕の毒針を受けるわけにはいかない。かつて受けたからこそ、あの危険性は十分に理解している。ISプログラムを侵し、さらには装甲を腐食。機体システムにエラーを起こし機能不全に陥れるまさに猛毒。以前はそれでもオータムの意表をつき、辛くも痛み分けまで持ち込んだが、同じ手は通じないだろう。殴り合いの距離で八本もある触腕の全てを回避することが絶対条件。正直にいえば、かなり厳しい。

 

「だからどうしたっての!」

 

 自らを鼓舞するように吠える鈴。最後に残された武装である竜胆三節棍を構える。残っていた武装がこれであったことは幸いだった。鈴の持つ近接武装のうちでもっともリーチがあり、かつトリッキーな運用もできる火凛が用意してくれた鈴専用の特注品だ。鈴は既に三本を酷使して折っているため、これで四本目。ようやく鈴が本気で振り回しても耐えられる強度になった完成版だ。そして長物、特に棍は武術家としての鈴が最も得意とする得物だ。

 IS特有の飛翔ではなく、単一仕様能力による踏み込みによって加速、瞬時に肉薄する。どれだけリスクを背負おうが鈴の戦いはあくまでも接近戦。この間合いを恐れるような情けない根性など鈴は持っていない。

 

「一意専心!」

 

 自身を鼓舞すると同時に自己暗示をかけて集中する。未だ絶望的ともいえるサイズ差、リーチ差のある巨体の間合いに踏み込む。そしてすぐさまに迎撃される。

 この程度のサイズがちょうどいい、というオータムの言葉は確かだ。威力は十分。そして隙も少ない。確かに今の大きさで暴れられるほうがはじめの山のような巨体のときよりも厄介だ。機動性と柔軟性、そして攻撃性能が完全に噛み合っている。鈴の格闘能力をもってしても、無傷で制圧は少々厳しい。

 全身の経路に陽の気を巡らせる。活力を意図的に全身に回すことで身体能力を活性化。ここまでが鈴のもてる才気。鈴の反応速度は既に量産機では対応できず、エラーとなるほどの速度域を誇る。人体改造をされたアイズとセシリアに生身で迫る脅威の身体能力を持つ鈴の要求に完璧に応えられるのが甲龍だ。

 武器は手足と同じ。IS越しに操る武器とは思えないほど繊細に操っている。火凛が重点的に強化した部分が指……マニピュレーターであった。

 人間の指とまったく同じ可動域を持ち、鈴の普段の感覚そのままに拳を形作り、物を掴むことができる。発勁をISで放つために研究し、作り上げた技術だがそれは武術家の鈴にとって思わぬ効果が生まれることとなった。

 ただ武器を握って振るうだけではない、繊細な力の強弱、無意識にも作用するベクトルの再現。体に染み付いた技術をそのまま力にする鈴にとって、この機能は絶大な効能となった。これには束も開発者である火凛を諸手を上げて賞賛していた。

 鋭敏に、繊細に動く強靭な指で竜胆三節棍を操る鈴は迫り来る触腕を弾き、いなしていく。とにかく直撃は絶対に受けられない。棍と蹴撃で弾きながら距離を詰める。その巨大な機体に備えられた副砲と思しきマシンガン等の銃撃を受けるがすべて無視。その程度のチャチな銃器で抜けるような装甲ではない。その代わりに装甲腐食とシステムエラーを引き起こすステークだけは確実に防ぐ。

 アラクネはそのサイズを最適化しているとはいえ、カテゴリは未だに大型機。IS戦の定番ともいえる空中戦ではなく、その巨体ゆえに地上戦を余儀なくされている。そして地上戦ならば鈴と甲龍に敵う存在など、鈴の知る限りでは皆無だ。アイズには粘られるが、それでも空を禁止すれば勝つのは鈴だ。この条件下ならばセシリアさえも完封できる。地面を武器とする術を身を持って知っている鈴はかつて師匠から受けた様々な手段を用いて相手を追い詰める。

 薙ぎ払うように振るわれた触腕を飛翔ではなく単なる跳躍で回避。しかも着地は攻撃してきた触腕に合わせるという、ゲームなら小ジャンプとでもいうようなほんのちょっと跳ねるだけのジャンプだ。第二形態に進化したことで肥大化し、より強靭になった脚部で射抜くように踏みつける。この触腕だけで甲龍でも抱えなければならないほどの大きさだ。ただ踏みつけた程度で破壊できるようなものではないが、甲龍にとってはそれだけで十分だった。多くの武装は既に使用不可能になっているが、コレは別だ。

 

「オラ吹き飛べェッ!」

 

 踏みつけた触腕が弾けとんだ。文字通りに破砕され、見事に触腕のひとつを抉り取る。―――足裏部攻性転用衝撃砲“虎砲”。

 足の裏から放つ異色の砲撃武装。いや、正確には武装ではなく、単一仕様能力を応用して固有技。もともと【空を駆けるための足場を形成する】という単一仕様能力を、足場ではなく砲身を作るというやり方で使っただけの攻撃。言ってしまえばただそれだけだが、侮るなかれ、ゼロ距離の密着状態からも放つことができる砲撃、しかも格闘能力の高い鈴の蹴りと併用できるというだけで恐ろしい武器へと変貌する。この固有技のおかでげ鈴の蹴り技は二段構えのリーチ増加という副次効果を付与されている。

 

「そして捉えたわよ!」

 

 虎砲の反動を利用して跳躍。瞬時に距離を詰めてとうとうアラクネの本体を間合に捉える。未だ本体を守る触腕はいくつもあり、その必殺の拳を届かせるまでにはあと四歩足りないが、しかし、それでもそこは鈴の間合だった。

 鈴は手にしていた竜胆三節棍を槍のように構える。右手で握り締めで半身になって引き、そして左手を添えてその狙いをつける。基本に忠実な“突き”の体勢。身体を巡る力を余すことなく伝え、棍による一突きを気迫と共に放つ。触腕による防御網の隙間を縫ってその突きがとうとう届く。見事に本体にクリーンヒット。装甲に突き刺さるほどの棍の突きであったが、しかしそれでも大したダメージではないだろう。致命傷を与えるにためにはそのサイズ差があまりにも大きすぎた。さながら針を刺されてチクッとした程度だろう。

 

「そんなもんかよ! 効かねぇぞ!」

 

 攻撃こそ届いたが、同時にオータムの間合に入ってしまったと同じだ。しかもリーチ差は言うまでもない。回避することも至難となった攻撃密度となった触腕が鈴を襲うが、鈴は回避する素振りを見せず今度は“拳”を構えた。

 

「こいつはあたしのとっておきよ!」

 

 届かないはずの拳。しかし、それを鈴は振るう。狙うのはアラクネ本体ではなく、それに突き刺さった竜胆三節棍。

 

「お師匠直伝発勁流し、其ノ二よ!」

 

 それは、さながら釘を金鎚で打ち付けるかのような光景だった。鈴によって押し出された竜胆三節棍がその巨体に打ち込まれた。外装だけでなく、内部機構にまで到達したことでアラクネの動きが止まる。如何に巨大であったても、如何に頑強であっても、内部破壊を引き起こされればそれは容易く落ちる。そしてそれは鈴の得意技だ。

 

「が、ぐっ……小娘ェッ……!!」

「安心して倒れなさい!」

 

 苦悶の声を漏らすオータムにトドメを刺すべくさらに一歩踏み込む。相手は死に体だ。容赦も躊躇いもなく決着をつけるべく、右手を振りかぶる。最高破壊力を誇る右手の発勁掌。渾身の力を込めてオータムへとそれを放ち―――――。

 

 

 

 

 

「甘いんだよ、小娘が」

 

 

 

 

 

「……ッ!? ご、ぐハッ……!」

 

 突如として痛みと共に練り上げた力が霧散する。抗うことすらできずに解かれた全身を恐ろしい倦怠感を襲い、必殺のはずの一撃は敵へと届く前に散らされる。いったいなにがあった、と混乱しそうになる思考を無理矢理にカットする。戦場での迷いは禁忌だと雨蘭から身体に仕込まれている鈴はほぼ反射的に混濁した思考をまるまる無視し、どこか一歩引いた視点から状況把握を試みる。

 痛みは背後。背中と足。そしてそれだけではなく甲龍のシステム自体にもエラーが発生している。

 

「背後……! 隠し腕!」

 

 毒のステークを受けたと確信し、背後を見ればやはりというべきだろう、三つのステークが突き刺さっていた。突き刺された装甲部は腐食が始まっており、そこから侵食された“毒”によって甲龍の動きも目に見えて鈍くなっていた。

 受けてはいけない攻撃だった。それがわかっていたのに直撃を許してしまった。踏み込む際も細心の注意を払っていたにも関わらずにこのザマだ。鈴は自分自身の不甲斐なさに怒りすら覚えていた。

 

「地中から……!」

 

 甲龍を穿った触腕はなんと地中から現れていた。触腕が八本しかないと思い込んでいたことと、地上戦ゆえに真下の警戒が薄れていたことで完全に不意打ちを許してしまった。まだ侵食が進む前に機体出力を上げる。背後へと回し蹴りを放ち、甲龍を穿っていた触腕を断ち切る。龍鱗帝釈布をかつてと同じように動きの補助のために全身に巻きつける。力任せの応急処置でしかないが、やらないよりは遥かにマシだ。

 

「ちぃっ……!」

 

 しかし、やはりそれでも不調はごまかせない。必至に出力を上げようとするが、うまくいかない。例えるならエンジンが空回りして回転しているかのような手応えの無さだった。この侵食具合は明らかに以前のものよりもタチが悪い。さらに鈴が体勢を整えようとする前に抜け目なく追い打ちをかけてくる。軋む機体が悲鳴をあげるような音をあげるが、鈴はそれを無視する。自身の愛機ならば根性を見せろと言わんばかりに酷使し、力の入らない機体を無理やりに動かして回避運動を行い距離を取る。単一仕様能力も不安定となっているのか、時折空を踏めずに足を取られそうになりながらもなんとか後方へと離脱する。

 だが、それを許すオータムではない。

 

「よくがんばったが、これで終わりだな」

 

 オータムの選択した攻撃手段は体当たり。その巨体をそのままぶつけるという原始的なものだった。しかし、それは今の鈴にとって最も対処が難しく、そして回避が困難なものだ。

 触腕は強力だが、攻撃範囲が読まれやすい。機動力が落ちたとは言え、瞬発力と俊敏に優れた甲龍を確実に捉えるとは言いづらい。ならば、巨体をそのままぶつけるほうが確実というものだ。事実として逃れようとしているが、その動きが阻害されてアラクネの間合いから逃れきれていない。

 それでも鈴は防御体勢をとって受け止めようとする。初手の攻防のときとは違い、コンディションが低下した今では受け止めきることなどできないだろう。サイズ差が縮まったとはいえ、それでも比較にならない質量差がある。

 結果、鈴は大した抵抗もできずに跳ね飛ばされる。

 それでも衝撃を逃がしたのは流石といえるが、重力に引かれて地面に叩き落とされた鈴のダメージは深刻なものとなっただろう。倒れたまま、足掻くように手足を動かそうとする鈴に、それでもオータムは油断しない。これまで幾度となく辛酸を舐めさせられてきた相手だ。

 

「これは賞賛だぞ」

 

 そう。だからこの追撃は強敵と認めたという賞賛だ。

 

「クソがッ……!」

 

 倒れ伏す鈴の視界には、降り注ぐ数多の凶器が映っていた。残存しているすべての触腕による一斉攻撃。

 その毒針が雨のように降り注ぐ光景を鈴はただ見ていることしかできなかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 彼女たちにとってそれは予定調和と言ってよかった。

 繰り出す斬撃は空を切り、どれほどの奇策、不意打ちをしても容易く対処される。それは相手にとっても同じであり、あらかじめ決められていた舞踏を行っていると錯覚するほどに無駄の一切ない攻防を繰り広げている。

 常人には追いつけない超速の思考速度。その速度は既にISにおける可動速度を上回っており、だからこそ挙動がただの予定調和に成り下がっている。常に最適手を選び続ける二人は、どちらかがミスをするまでこの一切の無駄のない調和した攻防を演じ続ける。

 無論、それでは千日手。勝負はつかない。だからこそ二人が狙うのは意識の隙。最適手ではない、それ以上の妙手。相手の最適解を上回る、博打にも似た一手を狙う。

 現状は隙のない王道ともいえる対処法。攻め手に欠けるが、堅実に守る。しかし小手先の技術では容易く対応され、その隙を突かれる。だから相手の想像を超える手を出さなければこの膠着を突破できない。これまでの二人の戦いも、こうした膠着状態を経て最後には互いにリスクを冒しても攻める消耗戦へと発展していた。

 傾向としてはアイズは奇襲によってリスク覚悟で攻めることが多く、シールはそれらすべてを捌いてのカウンターを好む。ゆえにアイズは対抗するために多くの引き出しを用意している。

 

「次から次へと、よくそれほどの小技が出てくるものです」

「よく言うよ、涼しい顔して!」

 

 アイズの繰り出すトリックスキル、奇襲、奇策、妙手、搦手、そのすべてをシールは捌ききっていた。そこらのIS乗りならもう十回は落としているほどの猛攻を受けつつも、シールは揺らぐ気配さえ見せない。無論、アイズとてこの程度の技が通用するなどという楽観はしていなかったが、それでも焦った顔のひとつくらいはさせたかったというのが本音だ。

 

「どうしました? まだこれからです。少しは私を追い詰めてくださいよ」

「よく話すね。シールって実は会話に飢えてるんじゃないの?」

「……あなた以外には話しかけたりはしませんよ」

「あ、ちょっと嬉しい。そんなにボクと?」

「…………」

「あれ、黙っちゃってどうしたの?」

「………別に」

 

 シールが隙を晒さない程度に動揺したことを感じ取ったアイズは「おや?」と思いながらも容赦なく剣を振るう。少しでもてを緩めれば一気に攻め立てられることはわかっているためであるが、どうもシールの覇気が少し薄れたように感じた。よくよく見れば顔も少し赤い。

 

「ええい、あなたは、……こんなときでも、なにも変わりませんね!」

 

 今度はなぜか怒り出すシールにさらに困惑しつつも、丁寧に剣を操りシールの八つ当たりのような少し荒っぽい攻撃を受け止める。雑になったことは確かなのにその全てが確実に急所狙いだ。

 

「なんで怒るのさ」

「自分の胸に聞いたらどうですか!」

「ボクはいつだって正直だよ!」

「まったくタチの悪い!」

 

 シール自身でも、実にくだらないと思える衝動からギアをひとつ上げてしまう。これまでは本気ではあったが全力ではない様子見だったが、それをやめて積極的にアイズを仕留める行動に出始める。

 殺意というには温いが、戦意というには激しい。

 手足を斬り飛ばしても気にしない程度には無慈悲で躊躇のない斬撃。アイズの直感がその危険性を激しく伝え、それに反応するかのようにアイズの集中力も深くなる。

 自然と口数は減り、言葉の代わりに剣で語る。

 言葉にしなくても伝わる。それは確かにシールも感じ取っていた。アイズの表情は既に先ほどまでの愛嬌のある顔から一変し、凝視するように目を見開き、シールと同じ金色に輝くその人造の瞳を晒している。瞳以外は雰囲気もまったく違う顔のはずなのに、このアイズの瞳を見るたびにシールは鏡を見ていると錯覚してしまう。

 それほどまでに、アイズのその眼は自身と同じ輝きを宿していた。失敗作とされながらも、こうして本物と並び立つ存在。それに思うことがないわけではない。いや、むしろシールはそんなアイズに対して拒絶の念すら持っていたはずだった。

 しかし、今はその眼が、その存在がこうして自身と渡り合っていることが、少しだけ嬉しい。そう思うようになっていた。この気持ちですら、気付くまでにかなりの時間を要し、そして受け入れることにはさらに時間を必要とした。

 そうして得た気持ちを持て余していたことも確かだったが、今ではそれはおおよそシールは自分の心として受け入れている。

 

「本当に退屈させないですね、あなたは!」

 

 しかし、それと勝敗とは話が別だ。アイズが自身に限りなく近づいていることは認めよう。今、この瞬間も少しでも油断すれば敗北もありえるほどにアイズが強く、脅威となっていることも認めよう。

 

 だが―――――それでも、勝つのは自分である。

 

 それが、シールの意地であり、生まれた意味。戦いにおいて誰よりも優れた存在。ましてや、この完全なヴォーダン・オージェに劣るプロトタイプの眼を持つアイズに負けるわけにはいかない。

 シールは遺伝子情報をデザインした段階からこの眼を持つことを前提に造られた。つまり、この人造魔眼の最上の名器となるべくして生まれた存在だ。その価値に固執するつもりはない、だが放棄するつもりもない。互いが背負っている事情も決意も、今この瞬間にはどうでもよくなる。

 この唯一無二の、愛おしい宿敵。それ以外のことには意識を割くことすら煩わしい。ヴォーダン・オージェによる高速思考によって、この刹那を引き伸ばしたような速度域についてくることができるのはアイズだけだ。

 おそらく、後にも先にもアイズだけ。アイズ・ファミリアだけが、自分の生きている領域を理解してくれる。

 

 マリアベルのいうように、それは得がたい存在だ。たとえ、そんなアイズを“だからこそ殺さなければならないと思ったことがあったとしても、そしてそうなってしまうかもしれないのだとしても”、後悔はない。

 ああ、いや、後悔するかもしれない、でも―――――。

 

 

 

 

「雑念が多いよ、シール」

 

 

 

 

 ほんのわずかに入り込んだ意識の隙間を、アイズは恐るべき勘で感じ取る。超能力、第六感の域とまで言わしめたアイズの直感は、相手がシールであっても遺憾無く発揮される。

 一秒にも満たないほどの一瞬、わずかに思考に落ちたシールの隙を見逃さなかった。

 

 その隙に、アイズの左腕が背後へと回され、背部に装備されたその武器を掴んだ。

 

 鞘に収められた剣。日本刀を模した反りのある片刃の近接武装。ブルーアースという【母なる大地】の銘を付けられたひと振りの剣。

 それを逆手で掴んだアイズはそのまま抜刀。おおよそ人間には不可能、ISの可動域を利用してこそ可能となるリタ直伝の変則抜刀術を用いての一閃。相対した者からは突如として振るわれる回避困難なその一閃を、しかしシールはその反応速度でもってして感知、即座にその一閃を急上昇して回避したかに見えた。

 

「ちぃッ」

 

 シールが舌打ちする。その理由はパール・ヴァルキュリアに刻まれた一筋の斬撃痕。ダメージは微々たるもの、しかし確実に打ち込まれた一撃だった。

 シールがアイズを見下ろせば、残心しながらその剣を構えて油断なくシールを見据えている。青白く光る黒い刀身。以前もシールが解析することすらできなかった剣。

 アイズはゆっくりとその剣を下げると、再び背部の鞘にそれを収めてしまう。

 

「ふう、ようやく一撃……しかも切り札を使ってまで。本当に楽に勝たせてはくれな………ん?」

 

 アイズが眉をひそめてシールを見上げる。

 はっきり言って隙だからけ。強襲しようと思えば簡単にできるほどに、アイズの警戒が薄れた。いや、警戒が薄れたというよりは想定外のことに唖然とした、といった反応だ。戦闘中に見せるような姿ではないし、不意打ちをされても文句は言えないほどの醜態だろう。

 だが、シールは動かなかった。搦手の得意なアイズのことだ、それが罠という保証もない。これがアイズでなければ問答無用で仕留めるところだが、アイズの反応ならシールの強襲にも対処できてしまう可能性もある。

 そしてなにより、……いったい、アイズがなにに驚いているのか、それに興味があった。

 

「そんな間抜け面をしてどうしたのです? 私の前でそんな姿を晒せばどうなるか、わかっているのでしょう?」

「え、あ、うん。……うーん?」

「いったいなんだというのです」

 

 シールは少しイライラしていた。

 アイズとの戦いは、素直に楽しみにしていたのだ。それなのにこんな態度を魅せられては拍子抜けもいいところだ。

 

「ねぇシール。ボクたち、いったいどこで会った?」

「今更なにを? さんざんやりあってきたでしょうに」

「そうじゃなくて……」

 

 アイズは少しだけ言葉を選ぶように口を閉じる。少しして整理がついたのか、シールを見上げてゆっくりと再び口を開いた。

 

「…………もっとずっとずっと前に……シールは、ボクに会っているでしょう?」

「………」

「その沈黙は肯定だね?」

「だから、なんです? それこそ、今更でしょう?」

 

 確かにその通りだった。今更それがどうしたというのだ、という意見にも同意する。しかし、アイズは無視できないデジャブを覚えていた。

 殺意にも等しい強い戦意。そして自身を見下ろす姿。姿形は違うも、この光景、この感じは覚えがある。シールを見上げたことはこれまでも何度もあるが、自身に向けられるこの肌を刺すような感覚。今までのシールよりもずっと強く発せられるこの【殺意】に覚えがあった。そして、視覚情報よりもこうしたアイズの直感に依る感覚のほうが強い印象を持っているということは、おそらく満足に見ることすらできなかったほどの昔……ヴォーダン・オージェを制御できていなかった頃のものだ。

 

「……そうだ、この殺意、これは、……」

 

 思い出のそれよりもわずかに穏やかになった印象も受けるが、まっすぐ自分に向けられるこの感覚を間違えるはずがない。頭上から降り注がれるこの強烈な感情。

 

 これは、そう―――――。

 

 

 

 

 

「…………思い、出した」

 

 

 

 

 

 そうだ、これは、この感覚は、あのときと同じ。

 自身の無力を思い知り、力を求める転機となったあのとき。燃える家。平穏の終わり。夢心地だった幼いアイズを無情の現実に引き戻した出来事。

 それを引き起こした、謎の白いIS。あれは、あれは―――!

 

「シールだった、の?」

 

 そもそも、アイズがその襲来を感じ取れたのはあの謎のISから発せられた殺意のせいだ。

 自身には大した価値のないと思っていた当時のアイズは、その殺意の先にはセシリアがあると思い込んでいた。自分を殺す価値なんてない、でもセシリアは違う。セシリアは、自分なんかよりもずっとすごいのだから。そう思っていたのだから。

 でも、違った。そうじゃなかったのだ。

 

 あの日、あの時。

 

 あのISが殺そうとしていたのは、――――――セシリアではなかった。

 

 

「あのとき、あのISが狙っていたのは……ボクを、殺そうとしていたのは」

 

 決戦前に出会ったときに垣間見たシールの記憶。そこにわずかに映っていた幼いアイズの姿。その答えが、これなのか。

 消そうとしていたのは、セシリア・オルコットではない、アイズ・ファミリアのほうだったのだ。

 

 そして、それをしようとしたのは――――。

 

 

「あなただったの……シール」

 

 

 

 

 




とうとういろんな因縁が決着へと向かっていきます。

そろそろまたいろんなキャラが決戦の舞台へと上がって行きます。

序盤戦はもうじき終わり、中盤戦に入っていく感じですかね。


それではまた次回に!

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