双星の雫   作:千両花火

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Act.136 「嵐に向かう」

「鈴が交戦状態に入ったか……! 他に有人機が二機……」

 

 派手な戦闘音を響かせながら戦う鈴の姿はラウラからも見えていた。バカバカしいほどのサイズ差があるにも関わらずに正面からの殴り合いを挑むという、ラウラからしてみれば到底正気とは思えない戦い方をする鈴だが、恐ろしいことにその戦況を互角にまで持ち込んでいた。

 大質量が持つ破壊力をいなして受け流し、発勁によって内部ダメージを蓄積させて少しづつではあるがあの超大型機の装甲を削り取っている。耐久力と継戦能力に優れているとはいえ、あんな戦い方ができるのは鈴くらいなものだろう。ラウラにとってはあのような大型機は単一仕様能力の効果が激減してしまうので相性も悪いために一対一ではまず勝てないし、まともに戦おうとすら思わない。

 

「姉様はシールと接触……援護は不要か。いや、まず無理だな」

 

 そしてもうひとつ、アイズとシールが交戦を開始。鈴とオータムとは真逆の、縦横無尽に空を翔ける高機動戦を繰り広げている。急加速と急減速、鋭角ターンを平然を繰り返し互いの隙を狙う高速戦闘。ラウラも機動性ならば追従可能だが、その反応速度はあの二人には及ばない。

 ヴォーダン・オージェを持つあの二人に死角はほぼ無いに等しい。だからこそ、必然的に高速戦闘において隙を狙う戦い方となる。狙うのは心理的な死角、―――未来予測で先を取ったものが勝つ。二人の思考速度はおそらくあの高速戦闘以上の速度域に到達しているだろう。集中すればするほどに認識できる速度域は上がっていく。ラウラではあの二人が生息する速度に入れないことはわかっている。オーバー・ザ・クラウドの速さをもってしても、あの二人の戦いについていくことはできない。たとえ奇襲を仕掛けても容易く返り討ちとなるだろう。あのセシリアでも、完全なヴォーダン・オージェの索敵を掻い潜って狙撃することはできないと言うほどだ。

 互いに未来予知をしているとしか思えない応酬を繰り広げている二人に援護など無意味だろう。むしろ邪魔になるだけだ。ラウラ“程度”ではたとえ背後から奇襲しても容易く返り討ちにされるだろう。あの世界最強の称号【ブリュンヒルデ】を持つ織斑千冬や、チートとバグの体現者である篠ノ之束くらいでなければひと太刀入れることすらできまい。

 

 で、あれば。

 

 ラウラの役目は援護ではない。自身の役目である速やかな敵機の駆逐。驚異度の高いものから優先して撃破する。この戦場でもっとも速いラウラに追いつけるものなど存在しない。そんなラウラが一撃離脱に専念すれば大抵の敵機は一合で破壊できる。セシリアとシャルロットがドレッドノートの理不尽な暴力で抑えている間に、残る有人機の奇襲を狙いつつ周囲の敵機の掃討。それが最善だと判断を下す。

 

 オーバー・ザ・クラウドも決戦仕様の特化装備となっており、搭載している武器の多くが【一撃必殺】をコンセプトとした破壊力特化兵装で固めてある。これならば、如何にエース機とはいえ一撃を与えれば即撃破も可能だ。敵も手練だ。可能性は高くはないが、それでも狙う価値はあるだろう。

 

「―――――」

 

 スッと目を細め、狙いを絞る。最大速度による奇襲。速度を乗せたパイルバンカーの直撃を受ければ、特殊な防御手段でもない限りは間違いなく撃破できるだろう。

 今ならまだラウラに気づいていない。迂回して背後から奇襲をかければ、それなりの戦果を出せるはずだ。ヴォーダン・オージェを持たない相手なら、速度で押し切れる。

 そう判断して、今まさに高速機動に移るそのときだった。

 

「…………むっ」

 

 ラウラの頭にピリッとした刺激が走った。正確には片方の眼球。そこから脳に危険信号が送られたような感覚だった。ラウラの片目だけに宿ったヴォーダン・オージェ。それが警告を発したのだと判断したラウラはその直感に従って即座に回避行動を取った。

 ガギン、という不快な金属音が響き、腕に装備していたパイルバンカーが切り落とされる。それに驚くよりも早く装備をパージして距離を即座に離し、引力波と斥力波によるソナーを最大限で発動。決してそれを警戒していなかったわけではないが、こうも容易く間合いに入らせたことに舌打ちする。

 

「私を狙ってきたか……! 相も変わらず、不意打ちしかしない臆病者め」

「否定はしませんが……私にそのような挑発は無意味ですよ」

 

 突如としてなにもない空間から放たれた一閃。アイズに及ばないまでも、ヴォーダン・オージェの索敵を掻い潜って接近できる存在はそうはいない。それができるのは、ラウラの知る限りでは一人しかいない。

 

「もうこの戦場であなたが活躍することはありません」

「ほう……」

「なぜなら、私があなたを倒すからです。それが、……私の役目です」

 

 空間が波打ち、浮かび上がるように一機のISがその姿を現した。同時に、操縦者である彼女の瞳がラウラの視線とぶつかった。

 その視線は闇色の眼球に浮かぶ金色の瞳。本物に届かなかった贋作の瞳。その眼で、本物である姉と慕うシールのために戦うことにすべてを捧げたレプリカ。

 名をクロエ。花咲くことのなかった、蕾にしかなれなかった少女が立ちふさがった。

 

 アイズにとってシールがそうであるように、彼女はラウラにとっての鏡像だった。クロエもラウラも、同じく人工的に造られた生命体。しかも、ベースとなったものは同じ――――ヴォーダン・オージェの最高傑作であるシールのデータから造られた“模造品”と“劣化品”。なにかひとつ違えば、ラウラがクロエになっていたかもしれない。そして、それ以上にもうこの世にいなかったかもしれない。そんな奇跡と数奇な運命の果てに出会った敵同士。仲間になれたかもしれない。姉妹のようになれたのかもしれない。しかし、現実は互いが慕う存在のために殺し合い、そしてそれを当然のように受け入れていた。

 仮定に意味はない。互いが姉のために目の前の“もうひとりの自分”を倒すだけだ。

 

「倒れるのは私ではない、貴様のほうだ」

「かもしれません。それでも構いません。ですが………姉さんの邪魔は、させません……!」

「貴様の決意など、知ったことか!」

 

 片や、片目しか適合できなかった不完全体。片や、適合まで届かなかった劣化体。作った者から見れば二人は等しく失敗作であり、無価値な存在だった。

 その事実に打ちのめされた。絶望も味わった。しかし、それでも今となってはそんなことはもう“どうでもいい”。

 

「吹き飛べぇッ!!」

 

 視界すべてを薙ぎ払うかのような広範囲に向けた斥力波。幸い、周囲にはせいぜい無人機が数機ほどで味方機はいない。フレンドリーファイアなど気にせずに“天衣無縫”を振るっていく。

 アイズと同じようにラウラもまた、単機特化戦力。部隊連携よりも単機で動くほうが強いという特殊型だ。もっとも、アイズや鈴といった極端すぎる特性によるものではなく、単純に【速すぎる】という理由からの区別だった。シュバルツェ・ハーゼを率いる以上、当然指揮官特性も持つラウラだが、その場合はどうしても“手加減”が必要になる。

 ラウラが全力を出したとき、追いつける者など存在しない。ゆえにこの決戦においては完全な短期戦力として動くことを想定し、部隊指揮はすべてクラリッサへと一任した。ラウラはその世界最速を惜しむ事なく駆使して縦横無尽に戦場を駆け抜けていた。一撃離脱に専念し、ひたすらに敵機を追いかけ、破壊しつくしてきたラウラの撃墜数は既に三十に届くかというところだった。

 当然、被弾はゼロ。この暴威が、ただ一機に向けて牙を剥いた。

 

 斥力の波が暴風のように周囲を蹂躙し、続けて放たれた引力の波によって圧殺する。空間そのものを引き裂くような猛威を振るうも、未だ手応えはない。何機かの無人機が巻き添えを受けて木っ端微塵になったが、既にラウラの眼中にはない。クロエの機体、トリックジョーカーのステルス性能はラウラの索敵能力を凌駕している。それは重々承知しているラウラは丁寧に周囲の空間を蹂躙しながらクロエの逃げ場を潰していく。

 この能力がある限り、クロエはラウラには近づけない。機体全周に常に斥力を放ち、近づくものを追い返すラウラに気付かれずに接近することは不可能だ。

 一見すれば無敵とも思える反則級の能力だが、当然弱点は存在する。事実、アイズ、セシリア、鈴の三人はこの状態のラウラの防御を突破して撃破した実績がある。

 アイズは天衣無縫の能力範囲の隙間を縫うように接近されすれ違いざまに一閃された。鈴には圧倒的なパワーによるゴリ押しで押し切られた。

 そして、――――おそらく、クロエはセシリアが選択したものと同じ対処法をとるだろう。すなわち――――。

 

 

「……!」

 

 

 背後から放たれたその極光に反応したラウラが直撃を回避。高出力のビームによる狙撃。もし直撃すれば一撃で落とされていたであろう威力のそれはラウラの索敵範囲外から放たれていた。

 アイズや鈴のような非常識な対処法以外では、これしかない。

 ラウラの索敵範囲外からの熱量兵器による長距離狙撃。天衣無縫の斥力はあくまで物質間にしか作用しない。ビームを弾くことは不可能であるし、その速度ゆえに最低限の装甲しかないオーバー・ザ・クラウドにはそれなりの威力でも致命傷となる。ビーム兵器ならその威力をクリアできる。もっとも、常に影すら追いつけないような速度で飛翔するラウラを捉えることができる狙撃手などセシリアくらいなものだ。

 しかし、今はラウラはあえてその足を止めていた。ステルスを看破できないのなら自らを囮として釣るしかないと判断したラウラは攻撃される瞬間を待っていたのだ。

 

「そこか……!」

 

 ビームの軌跡から場所を瞬時に割り出す。直線距離にしておよそ八百メートル。この程度の距離などオーバー・ザ・クラウドにとってあってないようなものだ。反応から接近まで二秒あれば十分だ。方向転換しつつ、加速しはじめたまさにその時だった。

 

「なにっ!?」

 

 視界の端に映ったソレを捉え、その正体がなにかはっきりと認識するよりも早くほぼ反射で強引に回避行動を取る。完全に不意をつかれたために完全には躱しきれずにわずかに掠めてしまう。ただでさえ高威力のビームの余波でシールドエネルギーの三割近くを持って行かれた。

 舌打ちを隠そうともせずに後方を睨みつける。同時に全周警戒。一度不意打ちを受けた以上、二度目、三度目もあると想定することは当然だった。

 

「無人機、だと?」

 

 視認したのは、ビーム砲を構える無人機。装備が異なることから特別にカスタマイズされた特殊型のようだ。見たところ、ビーム砲の他にもミサイルやガトリングなどまるでシャルロットのラファールのような重火器装備が見て取れる。そしてその傍らには巨大なバスタードソードを持つ重装甲を持つ近接型。さらにシャープでいくつものブースターを装備した、明らかな機動特化型であろう機体もいる。

 これまでも無人機にはいくつものバリエーションがあることは確認されてきたが、総じてそれらの単体性能はセプテントリオンの機体には及ばない。無人機ゆえの高性能、大火力の実現は確かに脅威ではあるが、VTシステムでも使わない限り負けることはほぼありえない。 

 そして部隊のエース級はもはや無人機など歯牙にもかけないほどの隔絶した戦闘力を誇っている。

 

 だが―――――。

 

 

「なるほど、そうきたか………」

 

 

 ラウラを囲むように現れたのは視認できる限り、二十八機の無人機。そのすべてがカスタマイズ機。軽く見ただけでも部隊運用に必要な兵科は揃えられているようだ。数を揃えての物量戦を行えることが無人機の強みだが、機械の戦術ドクトリン程度ではラウラには及ぶべくもない。

 だが、これらを同時に、一人の意思の下に運用されればどうだろうか。

 まさしくセシリアが率いるセプテントリオン隊のように、時に正道に、時に奇策も用いて連携できる部隊ができるのなら、その脅威は一気に跳ね上がる。

 

 

『私の機体特性のひとつを忘れているようですね』

 

 

 クロエの声が響く。声の発信源は囲んでいる無人機のうちの複数から。場所を特定されないためだろう。本人は未だに完全なステルス状態にいる。

 

 

『私の機体の特性はこのステルスと……そして、無人機の統合制御です』

 

 

 以前の戦いで初めてクロエが乱入してきたときも確かにクロエは無人機を従えていた。プログラムではなく、リアルタイムでの指揮運用ができる能力を持つ指揮官機。シールのように、単体戦闘力に特化しているのではなく、圧倒的な物量を持つ無人機そのものを武器として使う操士。それがクロエの力。

 

 

『そして、これらの機体はあなたを倒すために用意した特注品です』

 

 

 速さにおいて他の追随を許さないラウラ。そんなラウラを仕留めるために造られた機体。先の攻撃からもわかるように、相当に対策を練られているようだ。

 これがクロエの切り札。特殊型IS【トリックジョーカー】の統制機としての力を発揮した最大システム。劣化性能とはいえ、ヴォーダン・オージェの情報処理能力を駆使して発揮されるそれは単機でありながら大部隊と同等の運用と戦術を行使できる。

 

 統合運用システム【二十八鬼夜行】。

 

 マリアベルによって強化され、名付けられたそのシステムの名称通りに、二十八機の無人機の部隊運用によって戦場を蹂躙する殲滅システムだ。

 

 

「ふん、それでおまえは隠れているだけか? 人形に任せて、いい身分だな」

『文句があるなら直接どうぞ。まぁ、私を見つけることができれば、の話ですがね』

 

 

 二十八機が一斉に武器を構える。包囲網にも大きな隙がない。逃げることが可能だろうが、状況がそれを許さない。セプテントリオン側の利点である部隊連携に比肩するほどの能力を発揮しうるクロエを放置しておくことはできない。最低でも、この二十八機は破壊しなくれは戦況が傾きかねない。

 

「すべて破壊してやる」

『その前に、あなたを破壊します。存分に戯れていってください………あなたが、倒れるまでね』

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

焼け付いた砲身をパージし、ウェポンシリンダー内に残されていた重火器を再展開。同時に撃ち尽くしたミサイルポッドも破棄し、機体の軽量化を図る。敵も本腰を入れてきたのか、無人機の数がもう冗談じゃないほどに跳ね上がっている。

 数は力だというように集中砲火を浴びており、被弾も増えてきた。防御機構がなければ既に落とされていただろう。長距離からの狙撃を行うセシリアよりも敵密集地帯を優先的に狙うシャルロットのほうが狙われているようだ。既に防御エリアである鋼の森を超えた機体が島に上陸してきているが、地上のほうは他のセプテントリオン隊のメンバーが迎撃している。さらにその上空から機動力に優れるシュバルツェ、ハーゼ隊が援護。そしてそのさらに上をセシリアとシャルロットの二機のドレッドノートで抑えるという布陣だ。

 火力に特化したドレッドノートは射線を遮るものがない高度を維持し、遮蔽物や高低差、さらに数々のトラップが仕込まれた島の陸上では連携しながらのゲリラ戦もかくやという戦いを繰り広げ、その隙間を縦横無尽に飛び回り援護する。この縦に分けられた三つのエリアにおいてそれぞれ最高のパフォーマンスを発揮できる準備を整えている。

 

 そして特化戦力としてアイズ、ラウラ、鈴。近接型でありながら無人機の通算撃墜数一位を誇る鈴の駆る甲龍による単機防衛エリア。世界最速を誇るラウラのオーバー・ザ・クラウドによる遊撃。

 そして最大射程を誇るセシリアの【眼】として機能するアイズ。既に敵機の侵攻度合からその役目を終えたアイズは敵勢力の最大戦力であるシールとの一騎打ちを行っている。これは予定通り、アイズもそれを望んでいたし、なにより生半可な腕ではシールを足止めすることすらできない。

 正直なところ、アイズでもシールに勝てるとは言い切れない。だが、それでも最低限足止めはできる。もっとも、アイズ本人は既にそんな戦況分析など頭にはないだろう。その愛くるしい顔を、血を吐くような形相に変え、ただシールとの戦いという語り合いを楽しんでいる。

 問題は鈴とラウラだ。それぞれが敵側の特機と交戦に入ったことで完全に足止めさせられた形だ。ドレッドノート級の超大型機の出現という想定外に対処することは必須であるし、むしろ単機でタイマンをする鈴のおかげでまだ戦線は維持できている。あれが上陸すれば地形やトラップなど無視して戦域を蹂躙されただろう。

 しかし、ラウラが足止めされていることが問題だった。ラウラの機体も尖った性能とはいえ、そのランクは第五世代に分類される。基礎スペックだけで他の機体とは一線を画する。戦域すべてのフォローを瞬時に行えるラウラはセーフティとして申し分ない。それがわかっているのだろう、クロエは確実にはじめからラウラを狙っていた。

 個人的な因縁が深いという理由もあるかもしれないが、同時にラウラを自由にさせることの危険性も理解しているのだろう。多数の無人機で包囲し、ラウラの離脱を阻んでいる。

 

 ともなれば、敵機の駆逐はシャルロットの役目だ。火力に特化したドレッドノートが主力を担うべきなのだが……しかし、そう上手くは事は運ばない。

 度重なる被弾で防御機構が抜かれかけている。セシリアも狙撃で援護してくれているが、このままでは撃墜されるだろう。

 

「戦況の流転が、予定より早い……!」

 

 シャルロット達も、無傷で守りきれるとは思っていない。それなりの被害と犠牲も覚悟の上で戦いに臨んでいる。理想すぎず、妥協すぎず、現実的にベストではなくベターをなぞるような戦況のコントロールを図っていた。

 しかし、現状は想定よりもかなり悪い。物量も想定以上だが、有人機の投入によって亡国機業側に傾いてしまった。シールとクロエ、オータムの三人はそれぞれがタイマンで抑えているが、マドカともうひとり、――――。シャルロットは初めて見るが、おそらくはその存在だけは確認されていた亡国機業のナンバー2とされる女性だろう。彼女が完全にフリーの状態だ。

 専用機を持つことはそれだけ腕がいいということだ。事実、低く見積もっても間違いなく国家代表クラス。下手をすればそれを軽々と凌駕する強さだ。機体特性であろう、炎を操り、戦場を焼却し、蹂躙していく様は貫禄すら伺える。既に、彼女に挑んだセプテントリオン隊のメンバーも二人が戦闘不能にされていた。あれを抑えるには、専用機持ちクラスか、それができなければ最低でも三機以上で包囲するしかないだろう。

 これ以上はまずい。そう判断したシャルロットが量子通信を開き、同じく苦心しているであろうセシリアへと叫んだ。

 

「セシリア! これ以上は……!」

『把握していますわ。……仕方ありません、予定を早めましょう。束さんは動けません。最悪、私が相手をします』

「セシリアの援護射撃がなくなるのはまずいよ」

『しかし、あれは完全に想定以上の強さです。私くらいしか、確実に足止めはできませんわ』

 

 それは正しい。単体戦力で見るなら、セプテントリオンで対抗できそうな人間の中で対処できるのは現状ではセシリアしかいない。アイズや鈴も可能だろうが、この二人は既に同じエース機と戦闘中だ。

 しかし、セシリアが動くということは要所で確実に命中させる援護射撃がなくなるということだ。この混戦の中でも百発百中を誇り、確実に敵機を撃破しているセシリアを向かわせるのは大局を見れば悪手としかいえない。

 ならば、他の打てる手は決まっている。

 

「セシリア……僕に行かせてもらうよ」

『………』

「もうドレッドノートも長くは持たない。最後に全火力を叩き込んでパッケージを破棄すれば、僕が対処できるでしょう?」

『わかっていますの? あなたの機体はアイズ達と違い、決してタイマン向きではありません。そして、……』

「実力に劣るっていうんでしょ? それもわかっている。見ただけでわかるよ。あの人、僕よりずっと強い……」

 

 シャルロット自身、冷静にそう判断できる。

 十回戦って一回勝てれば御の字。そのくらいの実力差だろう。加えて、炎を操るという威力・射程も汎用性に富むあの機体を相手にタイマンは圧倒的にシャルロットが不利となる。切り札のカタストロフィ兵装も、あのレベルの相手なら撃たせてくれないだろう。

 

「でも、今無理を通さないでいつ通すっていうのさ」

 

 言いながらも残された火器を惜しみなく放つ。火力に物を言わせた爆撃は凄まじく、何度もできることではないにせよ、敵陣の一角を完全に吹き飛ばしてしまう。しかし、同時に実弾兵器の弾薬は底を突く。ウェポンシリンダーに残された火器は既に二割を切っていた。

 

「時間稼ぎに徹すれば、僕でもできるはずだよ。伊達に、この魔窟にいたわけじゃない」

『………隊長として命じます。ドレッドノートを破棄後、フェイズ3まであれの足止めを』

「オーダー、承ったよ!」

 

 ほぼ強引に命令をさせたようなものだったが、それがベターな対応だろう。援護射撃もそうだが、部隊指揮も兼ねるセシリアを行かせるわけにはいかない。

 パージの準備をしつつ、残されたエネルギーをすべて火器に回す。防御機構は既に停止させ、最後にドレッドノートに搭載されたジェネレーターを意図的にオーバーフローを起こさせ、暴走状態のままとある目標に向けて突っ込んでいく。

 

「………ジェネレーター、臨界。カウントダウン開始」

 

 ドレッドノートの最後の武器がジェネレーターを暴走させての自爆。つまりは特攻である。これだけでエリアの一角を吹き飛ばすほどの威力があるが、それの狙いを無人機の密集地ではなく、ただ一機に向けて放った。

 

「鈴! 花火をあげるから上手く使って!」

『はぁ? ………っておいちょっと待て!? 待って!』

 

 焦ったようになにかを叫ぶ鈴を無視してシャルロットはパッケージをパージ。同時に鈴と戦っていた超大型機に向けて特攻させた。オーバーフローとなったジェネレーターが熱を放ち、エネルギーラインを通して機体そのものが赤熱化する。自爆まで計算されたパッケージは効率よくエネルギーを溜め込み、そして大爆発を引き起こす。

 弾薬はすべて消費していたとはいえ、膨大なエネルギーが暴走した爆発の威力は凄まじく、その直撃を受けた超大型機―――オータムの駆るアラクネ・ギガントの機体が激しく揺れた。右側面にぶつけたことで触腕を三つ破壊する。その行動に大きな制限をかけることに成功する。

 そしてそんな機体とタイマンをしていた鈴はというと、その巨体を盾として爆風と炎を回避していた。しかし、それでも爆発の衝撃に煽られて通信から『うおへあっ!?』などと奇声を上げている。周囲一帯を炎で染め上げ、その熱量で海の一部が蒸発。さすがに水蒸気爆発を起こすわけにはいかなかったためにそのあたりは計算したが、威力は十分だろう。

 

 離脱したシャルロットはラファール・リヴァイヴtype.R.C.の出力を戦闘レベルにまで上昇させ、もっとも慣れ親しんだレールガン・ガトリングガン・マシンガンという重火力兵装を召喚する。そしてちょうど戦闘態勢を整え終えたときに通信から怒号が響いてきた。

 

『くぅおぉぉぉらァァ―――ッッ!! シャルロットォッ!! なにやってんのよ! あたしを殺す気!?』

「え、鈴って死ぬの?」

『黙れ金髪メロンめ! あたしじゃなきゃ木っ端微塵よ!』

「やだなぁ、鈴だったからやったんじゃないか」

『あとで覚えてなさいよ! おかげでやりやすくなったわ、バカ野郎! あと、そっちも死ぬんじゃないわよ! この戦いのあとであんたのメロンを揉みしだいてやるわ!』

 

 文句と感謝を言いながらの通信が切られる。見れば鈴がこの機を逃さずにさらに一本の触腕を破壊していた。さすがこういう仕事は抜け目なくよくできる。

 鈴は心配いらないだろう。アイズと並んでしぶとい女だし、それになにより頑丈だ。あれくらいではなんでもないだろう。事実、文句を言いながらも完璧に対処している。

 

「さて、僕は僕の仕事をしなきゃね」

 

 シャルロットの目の前に一機のISが降りてくる。わざわざ足を止めて対峙してくれるあたり、どうやら相手もシャルロットとの戦闘がお望みのようだ。向こうからしてみればセプテントリオンの専用機持ちは皆、通常の無人機など束になっても一蹴してしまう規格外機だ。それを狙うのも当然。お互い様というやつだ。

 油断なく相手を見据え、火器の銃口をゆっくりと向ける。通常のISでも簡単にスクラップにできる重火器を前にしても、その金色のISを駆る女性は余裕を崩さずに笑みすら浮かべている。

 

「あなたが私の相手かしら?」

「ええ。これ以上は好き勝手はさせないよ」

「ふふ、なかなか可愛らしい子だけど……残念ね。あなたでは私には勝てないわ」

 

 シャルロットの嘲笑するわけでもなく、ただ事実を言っただけという様子だった。

 

「そういえば、あなたたちとははじめましてね。亡国機業首領補佐のスコール・ミューゼルよ」

「……! やっぱり、亡国機業のナンバー2」

「今まで前線には出てこなかったらね……久しぶりの戦場での相手が、あなたみたいな可愛い子で嬉しいわ。でも……」

 

 ひゅん、と風を切る音と、ゴウッ、と焼け付く音が同時に響く。スコールの駆るIS【ゴールデンドーン】から発せられた炎の鞭がしなり、シャルロットへと迫る。軽口を言いつつも、その攻撃には容赦の欠片もない。一撃必殺を期して放たれた一閃が吸い込まれるようにシャルロットへと迫り――――。

 

「舐めないでよ!」

 

 瞬時に両手に持つマシンガンをショットガンに換装。シャルロットが誰にも負けないと豪語できる唯一の技能、――武装の高速切替。数多の重火器を瞬時に展開して圧倒する戦いこそがラファール・リヴァイブtype.R.C.の真骨頂だ。

 両手のショットガンを時間差で発砲し、炎の鞭を弾き返す。的確な対処したシャルロットにスコールは感心したように顔を綻ばせる。

 

「確かに他の化物クラスのみんなと比べたら僕なんてそこそこだろうさ、でも! 僕もこの場には覚悟をもって立っている! 邪魔はさせないよ!」

「若いわね」

 

 スコールの周囲の空気の温度が急激に上昇していく。炎が渦巻き、その熱と圧がシャルロットを刺激する。こうして対峙するだけでわかる。間違いなく格上。まともに戦えば倒れるのはこちらだろう、と。

 しかし、無理に倒す必要はない。そしてここは戦場。地の利もシャルロットにある。まともにやりあって勝てないのなら、そのすべてを利用して抑えればいい。あの暴君の教育のせいで、………いや、おかげで悪辣な手段も今のシャルロットにはぽんぽん思い浮かぶ。その気になれば外周エリアに仕掛けた地雷を一斉爆破して陸地の一部もろともに海に沈めることだって躊躇わない。

 このエリアのトラップの発動準備を整えつつ、決死の覚悟でスコールへ銃口を向ける。

 

「さぁ、撃鉄を起こすよ!」

 

 

 

 




ようやく更新できました。うーん、まだしばらくは更新ペースは安定しなさそうです。

今回でラウラとシャルロットも交戦開始。徐々に押されていっていますが、そろそろまた増援がやってきます。

束さんはいろいろ仕込み中なので参戦はもうちょっとあとですがちゃんと見せ場を用意しています。

そしてまもなく始まるマリアベルの蹂躙劇。

それではまた次回に!

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