双星の雫   作:千両花火

15 / 163
Chapter 2 タッグトーナメント編
Act.14 「這いよる火種」


「これでよし、と」

 

 事件後、セシリアはとあるものを特殊な包装を施し、それを国際便で郵送の手続きをとった。一見すれば、故郷の知人に土産でも送るように見えるそれは、しかしそうではなかった。

 その荷物は、正規便での輸送はされない。不正規の裏ルートからイギリスへと向かうことになる。いくつものダミールートを介して届く先は、カレイドマテリアル社だ。情報伝達の通信手段から物理的な輸送手段まで、いくつもの手段を有している。これはそのうちのひとつだ。

 

「密輸も手馴れているのね」

「あら、生徒会長殿」

 

 そこへ現れた楯無に驚く素振りも見せずにセシリアがお辞儀をする。楯無はそんなセシリアの挙動に少し不愉快になりながらも追求を行う。

 

「なにを送ったの?」

「日本の地酒ですよ。日本人の知り合いに送るよう頼まれましてね」

「………送ったのは、あの無人機の残骸ね?」

「ええ、そのとおりです。でも、お酒も本当に同梱してますけど」

 

 あの無人機の残骸はすべて回収したはずだが、いくらかを確保していたらしい。しかし、それは見逃すことができない行為だ。楯無は表面上は笑いながらも目を鋭くさせてセシリアを睨む。

 

「………あなたは、いえ、あなたたちは、いったいなにと敵対しているの?」

「ああ、アイズが少し話したんですね。まったく、あの子は好きな人にはサービスしすぎですね。よっぽど気に入られましたね、楯無会長。ちょっと妬いてしまいますよ?」

「それは嬉しいわね。……ま、あの子のあれは天然でしょうけど」

「アイズに裏も表もありませんよ。あの子は常に正直に、すべてをこなすだけです。アイズにとって、日常すべてが同じなのです。それが綺麗であれ、ドロドロしたものでも、同じ、かけがえのないものだと思っている。裏稼業でギャップが生まれる私やあなたとは違います」

 

 表の顔と裏の顔。それは誰もが少なからず持っているものだろう。楯無はその境遇ゆえに、それが顕著に分かれてしまっている。表では人の良い生徒会長、裏では冷酷になれる暗部。そんな二重生活のような日々を送る楯無は、時折どちらが自分の本当の姿なのかわからなくなるときがあった。

 それはセシリアも同じだ。かつて両親が亡くなったとき、家の存続のために謀略から守り通してきたセシリアはいつのまにか自身を強く律するようになったが、アイズとともにいるときだけはなんにも縛られないただのセシリアでいられた。アイズのいないところでは、オルコット家の財産を狙う輩を無慈悲に社会的に抹殺したことも少なくない。救いを求めてくる声も、自業自得だと聞く耳さえ持たずに蹴落としたこともあった。

 

「私たちはそういう存在ですが、アイズは本当の意味で純粋です。無垢、といっていいでしょう。自分の感情にどこまでも正直、妥協や打算といった言葉とは無縁です」

「………」

「でも、私は違います。私はあの子のためなら、いくらでも嘘を重ねましょう。ゆえに、今ここで私があなたに言うことはひとつです」

 

 セシリアは綺麗にお辞儀をすると、花のような笑顔で言った。

 

「一昨日来てください」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「シャルル・デュノアです。フランスから来ました。日本に来たばかりでまだ不慣れなことも多いかと思いますが、皆さん宜しくお願いします」

 

 そう壇上で挨拶をするのは、今朝方転校生だと紹介された二人のうちの一人。金髪に、もはや特注の男性用の制服を身にまとった、まさに絵に描いた貴公子という風貌をした生徒。

 クラスが数秒静寂に包まれ、そして爆発する。二人目の男性操縦者、という存在の登場にクラスの一部を除く全員が怒号のような歓声を上げた。

 

 そしてその一部の例外である一人、セシリア・オルコットは難しい顔をして壇上のシャルルと名乗った「少年」を見据えている。転校生が来るというのはカレイドマテリアル社からの最近もたらされた情報であったが、二人のうち一人しか情報がないと連絡を受けている。それだけでなにかあると言っているようなものだが、どうやらかなり念入りに情報操作をされたらしい。それがこの「少年」である。

 

 デュノア、ということはフランスのIS関連企業のデュノア社の関係者かもしれない。しかし、もしそうだとしてもあの会社の経営者の血筋にシャルルという少年がいたという記憶はない。シャルロット、という社長の娘ならいるはずだ。顔は知らないが、以前カレイドマテリアル社で読んだIS関連の企業情報の報告書に書いてあった。他社の弱みを握ることも重要な謀略だというイリーナの言葉通り、上級社員しか閲覧できない資料室にはその手のドロドロした情報がたくさんある。

 一応頭にいれておけ、とイリーナに言われて一通り目を通したセシリアはデュノア社関連の報告書で書いてあることを記憶から引っ張り出す。

 

 正式には令嬢ではなく、愛人の娘という存在だが、シャルロット・デュノアという存在がいることは確認済みだ。シャルル・デュノアとシャルロット・デュノア。下手なコメディーでも見ている気分になるこれは、ただの偶然なのか。

 

「ねぇ、セシィ」

「どうしました?」

「みんな男とか言ってるけど、なんの冗談? そんなに中性的な女の子がきたの?」

「いえ、男性適合者、だそうですよ。確かに顔は中性的ですけど」

「男? …………でも転校生って二人共女の子だよ?」

 

 そうはっきりと断言するアイズに、セシリアは再度シャルルを観察する。

 

 顔つき、中性的。

 

 体つき、胸のふくらみこそないが、体幹は女性寄りのものだ。

 

 仕草、どこか矯正している感じがする。

 

「アイズ、どうしてそう言い切れるのです?」

「匂いと気配で、わかる」

 

 まるで犬だが、アイズのその感覚判断は凄まじいものがある。それを知っているセシリアはシャルルを女性という前提で考えてみる。

 

 いったいなぜ男と偽って入学するのか、その理由はなんなのか。

 男性適合者と名乗ることは、それだけ注目を集めてしまう。女性だとばれるのは時間の問題だろう。ならば、その前になにか狙いがあるのか。この学園でなにか目的があるのだとしても、女性だとしたほうが目立たないし、動きやすい。もしセシリアが、たとえばこの学園に存在する機密情報を入手して来い、と言われたとしても男装して入学するという選択肢ははじめからありえない。メリットなどひとつもなく、デメリットしか存在しないのだから。

 男性であるとした場合、女性では不可能な行動といえば………。

 

「…………ああ、なるほど」

 

 セシリアは視線をずらしてとある人物を見つめる。織斑一夏。表向き、世界初の男性適合者となっている存在。彼との接点を作るにはちょうどいいかもしれない。

 女性だらけの学園内ではハニートラップをしかけるよりは、同性というほうが近づきやすいだろう。しかし、一夏に近づいてどうするというのか。まさか暗殺するというアサシンでもあるまい。擬態という線もあるかもしれないが、シャルルの挙動はそんな訓練を受けているようには見えない。

 

 ちなみにセシリアは暗殺者に狙われたことが、少なくとも三回ある。ISでの襲撃を受けたことすらある。おおよそ、思春期の乙女にあるまじき経歴だった。

 

「シャルルさん、質問があるんだけどー?」

 

 セシリアが思考している横からアイズが元気良く手を挙げて声を張り上げる。ある意味、のほほんさんと並んでクラスの癒し系マスコットとしての地位を確立しているアイズの意外な行動にクラスが注目する。

 

「え、えと、なにかな?」

「シャルルさんって女の子だよね? なんで男として入学を?」

 

 セシリアはがつんと机に頭をぶつけてしまう。

 わかっていた、わかってはいたのだ。アイズは純粋で無垢だけど、いや、だからこそ、こんなことも言ってしまうのだ、と。

 壇上ではシャルルが表面上は平静を保っているが、表情を変えないようにしている時点でバレバレだ。セシリアにはシャルルの動揺が手に取るようにわかった。

 

「……僕は男ですけど?」

「んー?」

「あの、なにか?」

「……アイズ、失礼ですよ」

「そうだね、ごめんなさい。こんな可愛い声なのに男なはずがないって思っちゃったから」

 

 クラス中があははは、と笑いに包まれる。しかし、セシリアとシャルルは引きつった笑みを浮かべており、もうひとりの転校生と織斑千冬は無表情に鉄仮面を貫いていた。

 

「皆さん静かにしてください! まだ自己紹介は終わってませんよ!」

 

 副担任の真耶が声を張り上げる。心労が多そうでご苦労さまです、とセシリアが心中だけで労う。そこでクラスの皆がもう一人の転校生に目を向ける。銀髪の黒眼帯をしている背の低い少女。しかし、身にまとう空気は軍人のそれである。

 こちらの人物の情報はちゃんと入手している。

 

 ドイツの代表候補生にして、ドイツ軍のIS配備特殊部隊「シュヴァルツェ・ハーゼ」の隊長。名を、ラウラ・ボーデヴィッヒ。まさに正真正銘の軍人だ。この若さで隊長になっているのは本人の実力もあるのだろうが、ISによる影響が大きいかもしれない。追加情報で彼女についてまた詳しい情報を得られるだろうから、今のところ知っておくべきことはそれくらいだろう。転校してきた理由は知らないが、彼女の都合というよりは軍、ないし国の都合だろう。でなければそう軍の一部隊を預かる隊長が学生をするためにわざわざ入学をすることもあるまい。

 セシリアは謀略の匂いを感じさせる二人の登場に、表面上はすまし顔でも内心ではため息ばかりついていた。

 

「挨拶をしろ、ラウラ」

「はい、教官」

「ここではそう呼ぶな。私はもう教官ではないし、ここでのお前は一般生徒だ。織斑先生と呼べ」

「了解しました」

 

 わかっていないだろうな、と誰もが思う。ラウラは自分の名前だけ言って沈黙してしまったからだ。しかもあの挨拶は友好的とは程遠い。学生における自己紹介の意義は友好を表すものだ。ラウラのものはむしろ拒絶の意味合いが強い。

 そんなラウラは今度はいきなり表情を変えた。

 

「貴様が……!」

 

 なにやら妙な威圧感とともに敵意ある言葉を発し始めた。ぼんやり成り行きを見守っていたセシリアはラウラが向かった先にいた人物と、ラウラが腕を振り上げた姿を見て咄嗟にソレを投げてしまう。

 

「ッ!?」

 

 ラウラはそれに気づき、後ろへと飛び退く。その飛び退いた場所にカツン、と何かが突き刺さった。それは女性との必需品といえる櫛だった。カレイドマテリアル社製非売品『ISのブレードも受け止められるすんごい櫛だよ!』である。誰が作ったかは言うまでもあるまい。セシリアが護身用暗器として持っていたものだ。

 

「貴様……なんの真似だ?」

「あら失礼。友が理不尽に暴力にさらされようとしておりましたので、ついつい手が滑ってしまいましたわ」

 

 そういい笑顔で言い放つセシリアに対し、ラウラは警戒した様子でナイフを取り出した。それを見てもセシリアは動じない。いまさらナイフなんて、セシリアにとっては脅しにもならない。一夏はぶたれそうだったと理解したのか、不思議そうに、しかし疑念を多く含んだ目でラウラを見返している。

 

「それより、初対面でいきなり平手打ちをすることがドイツ式の挨拶ですか? それともご自慢の部隊シュヴァルツェ・ハーゼのブームかなにかですか、黒兎さん?」

「貴様……!」

「今度はナイフで挨拶ですか? ……弁えなさい。ここは学び舎です」

 

 挑発したセシリアも人のことは言えないはずだが、お嬢様オーラを醸し出すセシリアが言うと不思議な説得力がある。

 

「やめろラウラ。それにナイフは規則違反だ。それは預かっておく」

 

 千冬の制止でラウラが引き下がる。どうやら彼女のいうことだけは素直に聞くようだ。ナイフもあっさりと手渡していた。その後もラウラは一夏に敵意の視線と言葉を投げかけて席へと向かう。険悪になりかけた教室の空気を変えるように千冬が手を叩く。

 

「次はISの模擬戦闘の為、速やかに校庭に集合する様に。遅れた者は校庭を十周だ。それでは解散!」

 

 

 

 ***

 

 

 

「セシィ、珍しく突っかかったね?」

「そうですね、どうもあの手の人には、ね」

 

 一日が終わり、いつものように二人は部屋で今日の出来事を確認し合っていた。しかし、話題はなんといっても二人の転校生だろう。

 

「明日には本社からの連絡であの二人の詳細もわかるでしょう。まぁ、既にわかったことは…………」

 

 セシリアは妙な疲れを感じながら結論を言う。

 

「シャルル・デュノアは女性ですね」

「だよね、やっぱりそうだよね!」

 

 ボクの言ったとおりでしょ、と得意気に言うアイズの頭を撫でながらセシリアも頷く。一日観察してみたが、間違いなくシャルルは女性だ。仕草や咄嗟の反応は女性のそれだ。

 シャルルはデュノア社経営者の関係者とその本人が言っていたので、おそらくは正体はシャルロット・デュノア。確証はないが十中八九間違いないだろう。

 だとすればお粗末なことこの上ないが、あのシャルルが囮で違う工作員が入り込んでいる、とも考えられる。しばらくは静観だろう。

 

「ラウラちゃんも気難しそうな子だね」

「そうですね、こちらも裏事情がありそうですが……」

 

 こちらも一日観察していたが、よくもまぁこれだけの問題行動を起こせると感心したものだ。人付き合い、というものをまったく理解していないだろう数々の行動にこいつはいったいなにがしたいのか、なにをしに来たのか本気で思った。一夏になにやら思うところがあるようだが、まさかそれだけではあるまい。

 

 それにしてもいくら軍人だからといってナイフを持ち歩いているとは、軍で一般教養は学ばなかったのだろうか。いや、案外その可能性が高いという現実に疲れてしまいそうだ。

 そしてもちろんラウラと同様に凶器に成りうる櫛を没収されたセシリアが言えたことではない。

 

「んー、こういう謀略っぽいイベントはセシィ向けだしね。ボクはちょっと遊びにいってくるよ」

「確かに謀略には慣れてますが、あまりそう言われたくないですね。……それでどちらへ?」

「ん、簪ちゃんとこ」

 

 アイズは楽しそうにそう告げて部屋を出て行く。簪という名前は最近アイズがよく言う名前だ。どうやら先の出会い以来、仲良く交流を続けているらしい。今までも何度か遊びにいっている。アイズがこの学園でたくさん友達を作っていることにセシリアは嬉しさと一抹の寂しさを感じるのだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「かーんざーしちゃーん、あーそーぼー?」

 

 親しくなった人間にはとことん素で接するアイズが持ち前の緩めのロリータボイスを遺憾なく発揮しながら簪の部屋の扉をノックする。こういうときのアイズはあの楯無すら無自覚に手玉に取ってしまうほどである。

 そして少しして部屋から物音がして、扉が開く。

 

「……いらっしゃい、アイズ」

「………?」

「入って、お茶とお菓子を出すね」

 

 招かれたアイズがここに遊びにきたときの定位置であるベッドへと腰をかける。簪はお茶とお菓子の用意をするためにキッチンへと向かう。アイズはその間、ただ無言でじっと簪の気配を感じていた。そんなアイズは、少し躊躇いがちに戻ってきた簪に声をかけた。

 

「あの、簪ちゃん」

「なに?」

「………泣いてたの? なにかいやなことでもあったの?」

 

 目の見えないアイズは、確信をもってそう言った。

 

「…………アイズは、本当に不思議ね。そんなこともわかるなんて」

 

 簪は自嘲するような笑みを浮かべて、それを肯定した。もはや隠す素振りも見せずに、簪は目に溜まった涙を拭う。そんな簪を、アイズは気配を頼りに近づいてぎゅっと抱きしめる。アイズと簪は身長差があるため、妹が姉に抱きついているようにも見える。

 

「……アイズ?」

「……辛い時は、こうすればほんの少しでも楽になる。ボクも、よくそうされてたから。だから、今度はボクがそうしてあげたい」

「………」

「こんなボクができるのは、ひとつだけ………ボクは、簪ちゃんの味方だよ」

 

 その言葉は、簪の張り詰めていた緊張の糸を切るには、十分な一言だった。




簪攻略編の第二部が始まるよ! ……だからそういう話じゃない。

でも簪の出番はここから激増します。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。