双星の雫   作:千両花火

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Act.135 「因縁の決着へ」

 ドレッドノート級パッケージで破壊できない敵性体の出現は想定外ではないにせよ、足止めすらできないほどの大質量兵器としての運用をしてくることは予想外だった。

 最大出力の攻撃はできずとも、それでも時間稼ぎくらいはできると踏んでいたが、そんな予測を嘲笑うかのような馬鹿げたソレによって防衛戦の一角があっさりと崩された。

 全長は百五十メートル超。幅も百メートル近い。もう怪獣とすら言えるレベルのその規格外サイズ。奇しくも、ドレッドノートという超規格外パッケージを用意したセプテントリオンと同じコンセプト。巨大というアドバンテージを活かした機体。しかし、そのあり方は同じ力押しでも、装備の量と大火力を成立させたラファールやティアーズのパッケージと違い、その大質量そのものを武器としている。

 結果、体当たりという原始的な手段で鋼の森の防衛エリアの二割を破壊された。そして狙ったのだろう、それは鈴が防衛していた単機防衛エリア【龍の巣】に直撃した。あくまで使い捨てであったであろう無人機も巻き込み、その巨体がぶつかったエリアでは海水と破壊された鉄柱が巻き上げられ、局地的な大洪水が引き起こされていた。

 ISであったとしても、あれほどの大質量の直撃を受ければ破壊は必至だ。単純明快なその破壊力は、生半可な防御機構を尽く破り、ISの装甲を軽々と砕くだろう。

 

 もし、そんな危険なものが迫れば、起こすべき行動は間違いなく回避である。

 セシリアも、アイズも、シャルロットも、ラウラも、全員がそうする。それがもっとも確実な対処だからだ。

 

 しかし、この女だけは違った。

 

 

 

 

 

「一意専心! 砕け、あたしの拳ッ!!」

 

 

 

 

 

 あろうことか、この女は、凰鈴音は、―――突撃を迷うことなく選択した。

 

 質量差は考えるのもバカバカしい。ISの性能など考慮するまでもなく、ただその圧倒的な質量による力だけで跳ね飛ばされるしかない。どれほど気合や根性があっても、アリが象と力比べをするような無意味な行為でしかない。

 それでも、鈴は後退しない。そんな文字は彼女の思考には一切なかった。この決戦ではたとえどんな敵が現れても絶対に退かないという不退転の決意があるだけだ。無論、それは信念の話であって、戦術的には愚策でしかない。猪突猛進だが戦闘では冷静で頭もキレるはずの鈴がこの選択をすることは愚かとしかいいようもないが、しかし、その反面鈴にもそうする理由があった。

 

 まずこの場。鈴が守護するのは全体からみればほんのわずか、ひとつの守備エリアに過ぎないが、それを鈴が単機で守っていた。地形を利用した一時的な策でしかないが、それでも時間を稼げる見込みが十分されていたのだ。こんな早期にこのエリアを取られるのは痛い。

 しかし、現実としてこのエリアの奪取は防げない。ならその被害をせめて抑えなくては今後の戦況に響きかねない。これ以上鋼の森を破壊されれば敵の侵攻速度が加速度的に上がるだろう。数で劣る以上、それが致命的になりかねない。

 せめて、ここで食い止めなければならない。あんなサイズだ。おそらくは特機。量産させるにはコストもなにもかもが規格外であろうあんなものがそうそうあるとは思えない。ここで止められればまだなんとかなる。

 

 そして一番大きな問題は本当にあれを止められるのか、ということだ。

 ドレッドノート級からの砲撃や狙撃を受けても止まらなかったほどだ。その装甲は見た目通りの堅牢。しかもシャルロットのドレッドノートからの砲撃を防いだのは外骨格となるリアクティブアーマー。そして正面からあれを見据える鈴には、そのリアクティブアーマーが“もうひとつ”あることを見抜いていた。あれを纏わせたまま吶喊させるわけにはいかない。あれほどの質量をもつ巨体の吶喊だ。おそらくは鋼の森の防壁を貫通し得る。

 軌道エレベーターを囲むこの鋼の森は守備の要だ。これ以上の破壊は戦力差の影響が如実に出る。少数精鋭のセプテントリオンにとって、もっとも苦手としていることは真正面からの消耗戦だ。戦いに卑怯もなにもない、使えるものはすべて使え、がセプテントリオンの鉄則だ。

 だからこそ世界を置き去りにする束のオーバーテクノロジーを惜しげもなく使い、策に策を重ねて戦術的不利を覆す。もともと特化機体はそうした戦力不利を単機で覆すポテンシャルを秘めた化物だ。その一角を担う鈴こそが、アレを止める働きが求められる。

 

「そうとも、こういう力技こそ、あたしの得意技! さぁ来なさい!」

 

 単一仕様能力により、空を地面と同じように踏みしめる。筋肉の内の血管を通じて気力を流し、全身を活性化。アイズたちと同じ人機一体の境地に踏み込んだ鈴に呼応するように甲龍もコアから吐き出される膨大なエネルギーを機体すべてに漲らせる。

 既に目標の超大型機は目先の距離。ここまで接近すれば、もはや見えるのは迫り来る壁……いや、山そのものであった。

 鈴は両腕を突き出し、受けの体勢を取る。それは、まさに蟻が象の突進を止めようとするかのようなサイズ差だった。結果は、見るまでもない。

 

「……うおおおおおおオオオォォ――――――ッッッ!!!!」

 

 獣のような雄叫びは、しかしその衝撃によってかき消された。既に視認すらできない。本当に潰されたかと思うほどにあっけなく鈴と甲龍はその姿を消した。そして超大型機はそのまま鋼の森を蹂躙し、その多くをスクラップに変えてようやくその動きを止めた。致命的ではないにせよ、それはセプテントリオン側にとっても大打撃には違いない。事実、そこに群がるように無人機が殺到している。セシリアとシャルロットがそうした機体を優先的に撃ち落とし、被害の拡大を防ぐ。精密狙撃と砲撃制圧に特化したドレッドノート級二機によってその後続はシャットアウトされる。

 しかし、動きを止めていた超大型機がゆっくりと再稼働する。既に距離が近すぎてドレッドノート級に搭載されている中で破壊しうる威力を持つ兵器は使用できない。控えめに行っても危機といえる状況であるが、………しかし、それでもセシリア達に焦りはなかった。

 ミシリ、となにかが軋む音がする。その音は断続的に、そして次第に大きく響いていく。それはやがて物理的な圧力となって、超大型機の装甲の一角を弾き砕いた。

 

 思えば、おかしかったのだ。

 

 あれほどの質量をもつ機体が、あれだけのスピードで衝突したというのに、――――“たった二百メートルしか進めなかったのだ。”

 

 

 

 

 

 

「………我ながら情けない。啖呵を切っておきながらこれだけ押し込まれるとは」

 

 

 

 

 

 瓦礫の山となって鋼の森の残骸から声が響く。その中から勢いよくソレが飛び出し、空中で静止する。

 

「まぁ、一応役目は果たしたでしょ。止まってしまえばこんなものはただの木偶ね」

 

 装甲はボロボロ。背部の龍砲は圧壊し、スパークしている。操縦者もかなりのダメージを受けたであろうその風貌は痛々しい血化粧が施されていた。

 しかし、荒々しく口に溜まった血を吐き出し、口元の血を拭わないままニヤリと口の端を釣り上げる。腕を組み、自身を大きく見せるように堂々たる仁王立ちで君臨するその姿は小柄な少女に似つかわしくない威圧感を伴って周囲を威圧する。

 

「まぁ、正直少しだけ死ぬかと思ったけど……気合があればどうにかなるものね」

 

 そんなことを宣うが、気合で物理限界を越えられそうなのは魔境と呼ばれ、化物揃いのセプテントリオンの中でもこの凰鈴音くらいなものである。ダメージは低く見積もっても間違いなく半壊以上だというのに、その戦意は微塵も衰えていない。

 瓦礫の山となり、島のように海上のオブジェと化した鋼の森の残骸の上に着地。同時に追加装甲を強制パージする。ボロボロになった外部アーマーが剥離し、甲龍本来の姿を晒す。

 アーマーを纏っていたとは言え、それでもダメージは深刻だ。ところどころ欠損や不具合が見て取れる。しかし、鈴の気迫がそれをまったく感じさせない。海上の強風に煽られて激しく靡く龍鱗帝釈布と相反するように揺ぎもせずに仁王立ちする鈴は、その力強さをまざまざと見せつける。

 

「…………さて」

 

 そんな鈴がゆっくりと視線をわずかに上に上げる。停止した状態の超大型機を改めて見やると、そのサイズ差を改めて実感する。比喩でもなんでもなく、これはまさに山だ。こんなものの突進をよく止められたと思うが、そのデザイン、形状、細部の意匠に至るまで、この機体には既視感を覚えずにはいられない。

 本機である中央ユニットにはまるで顔のような八つ目の顔と思しきものが見て取れるし、なにより目を引くのは触手のような、手足のような、禍々しい八本のアーム。そんなアームが蠢き、姿勢制御を行っているようだった。

 

「この悪趣味な形状……間違いないわね。それになにより…………さっきの吶喊、“あたしを狙ったな?”」

 

 聞こえているだろうと確信を持ちながら鈴は言葉を紡ぐ。

 

「こんな巨体の吶喊だもの、たかだかIS一機を狙う必要なんてないわ。触れれば勝手にはじけ飛ぶでしょうし。……でも、直前であたしを完全に補足したわ。敵意もちゃーんと感じた。そんなことするやつなんて、あんたしかいないわよね。そうでしょう? ………えーと、……スプリングだっけ?」

 

『オータムだッッ!! ふざけてんのかてめぇ!?』

 

「あー、そうそう。そうだったわね、四月馬鹿」

 

『ぶち殺すぞ!?』

 

 外部スピーカーからものすごい怒声が響く。やはりというか、それは亡国機業幹部の一人。これまで何度も鈴と戦ってきたオータムであった。

 バカ正直に反発するオータムが面白いのか、鈴はケラケラと笑いながら煽ることをやめない。

 

「別にいいじゃない。あたしとあんたの仲でしょう? これまで何度見逃してやったと思ってんの。ほら、待っててやるからさっさと頭下げて許しを請えよ。調子乗ってすみません、謝るから命だけは助けてくださいって命乞いしてみろよ、オラ、早くしろ」

『…………』

「お? もしかして怒った? やめときなって、どうせあたしの踏み台にしかならないんだから。かわいそうに、あたしに踏まれるためだけの人生だなんてね!」

『……るさん』

「ん? なにか言った? 聞こえないんですけどー? ほら、聞いてあげるからもっと大きな声で吠えてみなさいよ。負け犬の如く、わんわん、ってな!」

『絶対に許さねぇぞ小娘ェッ!!!! ぶっ殺してやらぁあああああああ!!』

「ふん。相も変わらず、吠えることは得意のようね。付き合ってやるわ。あんたとの決着、お望み通りにつけてやろうじゃない。完膚なきまでの、あんたの敗北をくれてやる!!」

 

 鈴はずっと丹田に込めていた気を解放する。体中の血管と神経を伝い、燃えるような活力が体中を巡り、それに呼応して甲龍の出力も飛躍的に上昇する。

 今の甲龍は既にISという規格から文字通りに外れた存在となっていた。操縦者を守ることがISの基礎原理だが、甲龍は操縦者である鈴の意思に呼応してその力を後押しする。たとえ死にかけても、鈴の戦意が衰えない限り甲龍もまた機能停止することはないだろう。既に絶対防御機構など、あってないようなものだ。力尽きるまで、この一人と一機は戦い続けるだろう。

 第三形態へと至ったがゆえに変質した、ISの可能性のひとつ。アイズやセシリアとは違った、野生と闘争に特化して進化した人機一体の境地。それが今の鈴と甲龍の姿だ。

 

 実は今の今まで、鈴は第三形態に進化することができていなかった。感覚的に、そして理知的に進化できるアイズとセシリアには及ばないと思いつつも、それがどうしたと笑い飛ばす。

 甲龍の声は、あれ以来聞こえていない。だが、その存在は常に鈴と共にある。そう、この頼もしき鋼の相棒は常に鈴の傍に在り、そして共に戦ってきた。会話できずとも、既にその境地は人機一体。

 

 第三形態になれば最強?

 

 そんなものはただの理屈だ。自分たちはそこに至ったから最強になるのではない。

 

 この身が凰鈴音であり。

 

 この機体が甲龍であるからこそ、―――――最強だと、名乗るのだ。

 

 

「あんたは、そのための通過点の一人でしかないのよ」

 

 

 目の前で最後の外部装甲をパージし、その真の姿を現した超大型機――――オータムが操る規格外機【アラクネ・ギガント】を見据える。

 その巨体に似つかわしくないほど繊細に、緻密に動く触腕。しなやかさまで備えたそれは、なるほど、確かに脅威としか言い様がない。ただでさえ大質量というだけでISを木っ端微塵にできる破壊力を有するくせに、さらに効率的な、いや、最適とも言える動きで敵機を追い詰めることが可能ときている。薙ぎ払うように振るわれた触腕は三つ。威力は必殺。範囲は広域。おそらく、IS学園から抜けた直後の鈴ならばここで終わっていただろう。

 燃えるような気迫とは裏腹に、思考は水のように澄み渡っていた。これまで何度も経験した、本当に極限まで集中した覚醒状態。戦いにおいてもっとも理想とされる状態。これまでのダメージも当然あるが、それを込みで冷静に、十全にすべてを発揮できる確信がある。

 恐ろしい質量と速さで迫る一つ目の触腕を跳躍して交わす。ほんのわずかに真下を通り過ぎるその圧力が機体を軋ませる。二つ目の腕をさらに空を踏んで跳ぶことで回避。ISの飛翔速度だったら間に合わなかったであろうタイミング。言動や態度は馬鹿のようでも、オータムはさすがに抜け目もない。

 そして本命であろう三つ目の腕が振り下ろされる。これまで腕に回避を誘導され、そこに頭上からの一撃。その大きさゆえに回避も困難。掠めただけで海に叩き落とされるだろう。間に合った動作はひとつだけ。

 

 鈴は、腕を頭上へと掲げた。

 

 

 

 

 

 

「―――――発勁流し」

 

 

 

 

 

 

 一瞬の無音。そして一瞬の後の爆音。

 ジェット機のエンジンが突然オーバーヒートしたかのように空気が破裂し、それが物理的な破壊を伴ってその一帯を蹂躙する。海面が抉られ、海水が蒼穹へと巻き上げられる。なんてことはない、ただの衝撃波だ。

 

『………ん、だと……ッ!?』

 

 その衝撃波が破壊したものは群がっていた数機の無人機のみ。オータムが狙い、本当に殺すつもりで放った渾身の一撃はその目標を捉えても、破壊できなかった。

 なぜなら、無残に、無慈悲に敵を破壊するはずだったその腕は、――――ただの片腕で止められていたのだから。

 ありえない。その言葉だけがオータムの脳裏を埋め尽くす。生半可な防御では話にならないはずだった。たとえ大型機並の分厚い装甲と、特殊防御フィールドを展開していたとしてもそれごと破壊出来るほどの力が間違いなくあったはずなのだ。

 それなのに、第三形態に至った個体とはいえ、通常サイズのISが片腕で止めている。それは、大木を爪楊枝で止めるかのような無謀であったはずだ。

 

「あんたはまだわかっていなかったようね。今のあたしは―――絶好調よ!」

 

 顔は見えないが、オータムが驚愕している気配を感じながら鈴が口を開く。

 

「最後の忠告よ。今のあたしは、絶好調を通り越して神がかったほどに最高の状態。完全体な鈴ちゃんよ。第三形態移行しなくても、今のあたしに不可能なんてないわ」

 

 ダメージの残る身体の痛みすら糧として身体の隅まで戦いに適応させる。身体に染み付いた師の雨蘭から授けられた術理が正しく鈴の肉体を動かしている。今の鈴は、己がイメージする最強と身体の動きの齟齬がほとんど感じられないまでに活性している。

 これまでの凰鈴音の人生において、今この瞬間が間違いなく最盛期。いや、その領域に、突入した。ふつふつと自身の内から湧き上がる力を実感する。なるほど、負ける気がしない、というのは正しくこういうときなのだろう。

 

「はッ!」

 

 受け止めたまま、今度は逆に力を瞬間的に叩き込んで巨大な触腕を弾き返す。さすがにこのサイズ差だとかなり重いが、それでもどうにかなるレベルだと確信する。

 確かな勝算を持って、鈴はこの超巨大機との殴り合いへと挑んだ。

 

「さて、負けた言い訳は考えた? 後悔しないよう、全力を出しておけ。あんたの全力を、そのすべてを喰らって、あたしの糧にしてやるわ」

 

 ストレージから武器を召喚。右手に連結させた双刃状態の双天牙月。そして左手に竜胆三節棍。攻撃力をあげるために重さを増した二つの重量武器を両手に構える。

 

「さぁ、敗北の準備をしろッ!!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「セシィ!」

 

 鈴が超大型機と交戦に入ったことを視認したアイズが叫ぶ。鈴が体を張ってあの機体を止めたおかげで最悪までいかなかったが、それでも防衛網の一角は崩された。その隙を狙い、無数の無人機が押し寄せてくるだろう。

 そして、おそらくは上位戦力も投入してくるはずだ。戦力の温存はこれ以上は無理だろう。タイミングを逃せば、それを活かせないままに軌道エレベーターを破壊される危険もある。

 

「ここいらが潮時ですね。……アレッタ、準備は?」

 

 狙撃を継続しながらセシリアは待機している本隊を任せているアレッタへと通信を繋ぐ。返答はすぐに来た。

 

『いつでも』

 

 たった一言だけだが、その言葉には熱が込められているように感じられた。このあたりの機敏はアイズならばすぐに見抜くだろう。

 セプテントリオンは、今、このときのために結成されたと言っても過言ではない。すべてはこの軌道エレベーターを完成させるため、そして宇宙というステージへ人が進出するため。理由は個人で違うが、その目標はすべて同じ。この計画を完遂させることが、セプテントリオンの意義であり存在理由だ。

 

「命じます。――――作戦通りに部隊を展開。あとは各々の判断で交戦を開始………これがセプテントリオンの最後の戦いとなるでしょう。皆の奮起に期待します。総員、戦域に突入! 殲滅しなさい!」

 

 通信器の向こうから歓声とも、怒号とも思える声が鳴り響く。隊員たちが一斉に気勢を上げていた。特化戦力での攪乱はここまでで限界だ。あとは正真正銘、部隊すべての力を使っての総力戦となるだろう。

 

「セシィ、ボクも出るよ」

「ええ、ここまでくればアイズの眼がなくとも、狙う的には困りませんわ。頼みますよ、アイズ」

 

 既に敵はアイズがいなくとも、セシリアの射程に収めている。二人乗りのドレッドノート級パッケージであるが、アイズは補助であるためセシリアがいれば運用は問題なく行える。

 アイズはパッケージから離脱すると、機体出力を戦闘レベルにまで上昇。最終決戦仕様の兵装を展開する。両手に剣。そして肩部には既にシャルナクを装備。乱戦域への突入も想定し、オーロラ・カーテンも惜しまずに発動させる。そしてアイズの最後にして最大の切り札―――鞘に収められた刀という、ISの武装にしては特異としかいえない武装――【ブルーアース】を腰背部に備えた。

 同時にアイズの代名詞―――金色の瞳【ヴォーダン・オージェ】を活性限界手前まで発動。戦域のすべての状況を目視で確認。その情報をブルーティアーズとのコアリンクを通してリアルタイムでの戦域情報を共有する。あとは全体指揮を行うセシリアが有効に使うだろう。

 もともとアイズは鈴と同じく接近戦特化型の、しかもタイマンに強いという部隊連携には向かないタイプだ。セシリアが部隊指揮も行う以上、アイズは単機での遊撃として動くしかない。

 

「―――――来たね」

 

 それが来ることがわかっていたかのように、驚きもせずにその方向へと視線を向ける。距離など関係なく、近づいてくるそれに寸分違わずに視線を合わせた。

 あれを止めるのは自分の役目、そしてアイズもそれを望んでいた。正直、こんなにも早く戦うときが来るとは思わなかったが、いつかはそうなる運命なのだ。今、それが訪れても覚悟はとっくにできていた。

 

「む……」

 

 ふと、笑みを向けられたことに気づく。あちらも当然、アイズに気づいていた。バイザーで目元は隠されているが、露出した口元が嘲るように歪んだことが見て取れた。挑発するようなその笑みに応えるようにアイズもべーっと舌を出して幼稚ともいえる挑発を返す。それに反応したのかはわからないが、その接近してくる“三機”の内の一機……白亜の翼を持つISが速度を上げ、まっすぐにアイズへと突っ込んでくる。

 追随していた残りの二機は同じタイミングで散開していく。確認できたのは、マドカが駆るサイレントゼフィルスⅡ。残りの一機は初めて見る機体だった。金色のカラーリングと、目を引く巨大な尾のようなものを持つIS……おそらくシールやマドカと同じ、エース級の有人機だろう。

 しかし、その二機に対処する余裕はない。アイズはすぐにその二機への注意を完全に切ると、向かってくる白いISただ一機に集中する。あれは格上だ。これまで何度も戦い、その実力は身をもって知っている。悔しいが、全神経、集中力を散らしながら戦って勝てる相手ではない。

 アイズはこの戦いにおいて部隊に貢献するために、その部隊そのものを思考から除外する。あれを抑えることこそが、セプテントリオンにとっての重要な戦果だ。戦場すべてを見通す眼を持ちながら、その視線はただひとつに向ける。

 

「セシィ、あとはお願い」

「―――ええ。アイズ、気をつけて」

「大丈夫。……ボクは、負けないよ!」

 

 わずかに振り向いてセシリアへと笑いかける。屈託のない笑みを浮かべ、そして愛くるしい顔を戦士の顔へと一変させる。

 剣を構え、アイズもまた白亜の天使へと向かって飛翔する。回避など考えない突撃。それは相手も同じようだ。真っ向から、剣を構えつつ向かってくる。

 ああ、そうだ。そういう性格だ。クールなくせにどこか感情的で、ぶっきらぼうなのにどこかお節介。アイズもそうであるように、相手もまたこの戦いに運命を感じているだろう。

 それを証明するように、楽しそうに口元に笑みを浮かべている。そんなあの少女を、アイズは決して嫌いではない。だが、今この場においてはあの少女こそがアイズの倒すべき敵なのだ。

 

 

 

「待っていたよ………シールッ!」

「ええ、待っていましたよ………この時をッ!」

 

 

 

 ガギン、と鈍い音が響き、剣と剣が交差する。真っ向から衝突した勢いそのままに互いの気迫が乗せられた一閃がぶつかる。互いに譲らず、退こうともしない。挨拶がてらの初撃から、そのまま睨み合いへと移行する。

 シールが顔を覆っていたバイザーを解除。アイズと同じ金色の瞳を晒し、その視線を交差させる。そこには戦意、敵意、敬意など、果てには親しみすら――――おおよそこれから殺し合いが始まるとは思えない感情までもが見え隠れしていた。

 

「この戦い、もう後はありません。私とあなたが戦うことも、これが最後になるでしょう」

「そうだね、そうなるね」

 

 剣に力を込めて弾き返す。

 鈴のような正面激突はこれっきりだ。互いが高機動へと移行。アイズのレッドティアーズtype-Ⅲ、そしてシールのパール・ヴァルキュリア。この二機の本領である中・近距離の高機動戦に突入する。戦場に赤と白の軌跡を描きながら、縦横無尽に翔けて幾度もぶつかり合う。

 

「あなたとの因縁も、これで最後です。私の手で、終わらせてあげましょう」

 

 まだ小手調べながら、容赦も手加減もないシールの猛攻を捌きつつアイズも負けじと叫ぶ。その思いを込めて、剣を振るった。

 

「残念だけど、ここでは終わらない。ボクは、ボクたちは、この先のために戦っているんだからっ!!」

 

 

 

 

 




大変遅くなりました。仕事でいろいろと任されるようになり、時間がめっきり減ってしまいました(汗)

ここから対人戦も開始。まずはじめの対戦カードは鈴ちゃんとアイズの近接特化タイプから。次回の更新はもう少しマシな速さでやりたいです。

ご意見、感想などお待ちしております。

それではまた次回に!

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