双星の雫   作:千両花火

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Act.133 「解放戦場」

「大分髪も伸びましたわね」

 

 アイズの髪を優しく手で梳きながらセシリアがどこか懐かしそうにそう口にした。前を向けば、鏡に映るアイズが目を閉じながらクスクスと笑っている姿が見える。IS学園に入学した当初は肩ほどまでだった髪も、今ではセシリアとまではいかずとも、背までほどの長さに伸びている。

 思えば、セシリアがアイズとはじめて出会ったときも、アイズの髪はこれくらい長かった。昔は手入れなどする余裕もなかったためボサボサの髪だったが、いまでは手入れの行き届いた滑らかで艶のある髪質になっている。束やセシリア、まれにラウラをはじめとしたシュバルツェ・ハーゼなどがアイズの髪型を整えることが多いので、その日によってアイズの髪型は変化している。ツインテールだったり、ポニーテールだったり、はたまた三つ編みだったり部隊のみんなの玩具になっていたが、最終決戦を前にアイズが「髪を切ってほしい」とセシリアに強請った。なんでも髪を切るという願掛けがあると聞いてそれに肖りたいということらしい。リアリストのくせにこういうおまじないを信じているところもある。IS学園以来、髪を伸ばし始めたのも「末永い縁が続くように」という願掛けをしていたからだ。だというのに。

 

「本当に切っても?」

「うん」

「せっかく綺麗な黒髪なのに、もったいないですわ」

 

 黒曜のような黒髪。おそらくはアジア系の血筋を継いでいるアイズの持つ、どこか日本人に似た髪はセシリアも気に入っていたが、最終決戦を前にバッサリと切って欲しいとアイズから懇願された。

 

「これが最後の戦いになるだろうしね。ボクなりの決意表明だよ」

「―――そうですか」

 

 チャキ、と鋏を入れるとアイズの髪のひと房が落ちる。鏡に映るアイズを見ながらセシリアは静かに、丁寧に鋏を入れていく。子供のときからアイズの髪はセシリアが整えてきた。だから手馴れたもので、手を止めることなくカットする。IS学園の入学当初と同じ、肩ほどまでの長さに揃えられ、長くなっていた前髪も眼がはっきりと晒されるほどまで短くなる。セシリアが、もっともアイズが可愛らしくなると思っている髪型だった。

 

「こうしていると懐かしいねぇ、セシィ? はじめのころは、ボクの髪が左右非対称になっちゃったりしてたもんね?」

「うっ……! あ、あれはあなたがどうしても私に切って欲しいというからでしょう。そんなことだから、私だって必死に練習を……」

「うん。知ってる。嬉しかった。眼が見えていなかったボクを、綺麗にしてくれて」

「これからも、そうしますよ。すべてが終わったら、一度どこか旅行にでも行きましょうか」

「うーん。保留で」

「なぜです?」

「鈴ちゃんが未来の約束をするのは負けフラグとかなんとか言ってたし………それに」

「それに?」

「勝ったあとで、一緒にゆっくり考えればいいかなって」

 

 屈託のない笑みとともに発せられた言葉に、セシリアはほんの僅かであるが手を止めてしまう。アイズは気休めを言っているわけではない。それはセシリア自身がよくわかっている。これはアイズの本音だ。アイズは、これから訪れるであろう戦いの先があると信じている。そして、そんな未来を勝ち取る確固とした決意と意思を持っている。

 セシリアはそれを察し、己を恥じた。

 自分は、もしものときは母と相討ちになってもかまわない。身内の不始末は自分がこの身に変えても正さなくてはならないと思っていた。しかし、それは後ろ向きの考えだった。アイズのように前を向いてはいなかった。

 

「わかってる。ボクの考えが甘いことも」

「え?」

「次の戦いじゃあ、ボクか、シールか、……どちらかが死ぬかもしれない。そんなことはボクだってわかってる。でも、それでも希望を信じて戦ってみたい。戦いたい。シールに勝って、ボクはあのわからず屋の最初の友達になりたい。ああ、我ながらなんて甘さなんだろうって思う。シールは、きっと頭お花畑の偽善者って言うだろうね」

「そうまでして、なぜ?」

「うーん……そうだねぇ……こういったら、きっとシールは怒るんだろうけど……」

 

 どこか言葉を選ぶように考え込むアイズは、にへらと笑いながら口を開いた。

 

「セシィがボクに手を差し伸べてくれたみたいに、ボクもシールに寄り添いたいんだ」

「……むぅ」

「あ、妬けちゃった? ごめんね。でも浮気とかじゃないし、許して欲しいかな」

「妬いてなどおりませんわ。ただ……そこまで入れ込むのは、なぜですの?」

「ほら、シールって友達いないじゃない?」

「本人に言ったら殺されますわよ?」

「本人も肯定しているくせにね? まぁ、それは冗談だけど………それは、たぶん」

 

 それは、アイズも自覚している自分自身にしかわからない衝動だった。この衝動だけは、セシリアにも理解できないだろう。

 アイズでさえ、ここ最近になってようやくわかってきた機敏だった。

 

 

 

 ―――――アイズ・ファミリアのありえた可能性の形。自分のもうひとつの半身。

 

 

 

 

 自分が生きている理由。戦場に立つ理由。あのもうひとつの半身は、その具現だ。

 

 だからこそ、それを受け入れたい。

 

 ただ、それだけなのだから。

 

 

 

「…………やはり訂正いたしますわ」

「う?」

「嫉妬してしまいますわ。あなたが、受け入れたいと言うあの娘に」

 

 

 

 これは、最後の決戦となるわずか七日前の出来事だった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 そしてあっさりとその時は来た。

 軌道エレベーターを建造した人工島に防衛網を構築していたセシリア達のもとにそれが姿を現したのは、四月になって間もない頃。束の趣味で島に植えた桜が満開となり、絶景の中に聳える巨大な塔の如き軌道エレベーターがおおよそ六割まで完成した頃合だった。

 既に基礎フレームは完成。機能だけならトラクタービームでの宇宙まで輸送することも可能という段階だった。機能は備えてあるが、外壁部は未だ未完成。中身を晒しているもっとも危険な状態だ。「砲撃の集中砲火でも受ければ、それこそポッキリポックリ逝っちゃうね!」とは束の談である。

 だからこそ、このタイミングでの襲撃は当然であり、そしてそれを迎え撃つ準備を整えていたこともまた当然であった。

 およそ三時間前、カレイドマテリアル社に向けてIS委員会より通告。黒でも白でもない、灰色の理由を並べ立て、カレイドマテリアル社の持つ技術の開示、そして違法専有として持ちうる武力の放棄を命じてきた。当然、イリーナはこれを拒否。わかりきっていた交渉決裂により、この通告は事実上の宣戦布告となった。

 そして現在、軌道エレベーターを背に高度三百メートルで滞空して周囲を見渡すセシリアの視界には数を数えるのも億劫になるほどの敵機が群がっていた。すぐ背後にいるアイズが五百七十六機という数を教えてきた。あまり知りたくはなかったが、さすがに数が多い。敵が取るべき戦術では当然、物量による蹂躙。少数であるセプテントリオンを潰すには当然のやり方だ。

 もっとも、それが通用するなどマリアベルも思ってはいないだろう。数でどうにかできるようなら、はじめからこの戦場に立つことなどできないのだから。

 

「機体出力、正常……火器管制システムをすべてマニュアルに設定、トリガーをこちらに」

「You have control. ………コアリンク、コネクト。視界同調」

「ターゲット確認、……マルチロックオン」

 

 セシリアの視界が一変する。二機のティアーズがリンクしたことでセシリアの視界は一時的にアイズの視界と同調する。それはアイズが持つ人造魔眼ヴォーダン・オージェの能力を得ることと同じだ。広い視野と、その視界のすべてを見通す超常の瞳。その精度はISのハイパーセンサーすら及ばない。

 アイズの魔眼によって敵性目標をすべて補足。そのすべてに狙いをつける。

 

「活性率上昇……視認補正」

「更新完了……誤差修正」

「軌道予測」

「予測情報更新。未来位置予測算出……オールグリーン」

「全ターゲット、演算完了。リアルタイム更新」

「エクセレント」

 

 ISを纏ったまま空間ディスプレイに指を走らせる。IS特有の意識操作とタッチ操作の並行作業によって膨大な情報量を瞬く間に処理していく。

 本来ならば通常のIS戦において足を止めてこのような行動は愚策でしかないが、今のセシリアには―――いや、セシリアとアイズが搭乗しているものはそれを前提としたものとなっている。

 ISを纏ったまま搭乗する特殊大型パッケージ。規格外に相当するためにパッケージとされているがもはや大型機といっていい巨体と威容を誇る。

 一際目に付くのは巨大な四門の巨砲。さらにミサイルポットやレールガン、大口径のガトリングガンといった強力な重火器が搭載されている。背部にはブースターと、カレイドマテリアル社が持つ独自技術でもあるウェポンジェネレーター八基が接続されている。通常のISでもひとつあれば長時間戦闘も賄えるジェネレーターを八つも搭載するという狂気じみた設計は正気なら躊躇うレベルの代物だ。もし暴走でも起こせば周囲を吹き飛ばせるほどのエネルギーをその搭載された重火器に注ぎ込まれている。

 その中心部、操縦席に位置する場所に二機のISが接続されている。射手を務めるのはブルーティアーズ。そしてその後ろから観測手を務めるのはレッドティアーズ。狙撃において右に出る者などいないセシリアと、目視による観測・解析に超常の力を発揮する眼を持つアイズ。

 この二人が操ることを前提に造られた規格外機―――戦略級狙撃・砲撃支援特化型パッケージ【ジェノサイドガンナー・ドレッドノート】。

 セシリアのブルーティアーズ単機のジェノサイドガンナーも殲滅・制圧に特化した能力を持っていたが、これはその発展系であり、同時に拠点防衛を考えて造られた、篠ノ之束の用意した切り札のひとつ。

 

 その性能は――――。

 

 

 

「――――Trigger」

 

 

 

 光が奔る。

 

 備えられた四門の巨砲―――超長距離狙撃砲プロミネンスを四つ同時に放つという、バカバカしいほどのエネルギーによって放たれた“制圧”狙撃。

 狙いは接近してくる無人機郡。数は百二十機。集中砲火を避けるためにある程度は散開して進撃していたであろうその布陣を四つの光条が薙ぎ払う。生半可な防御や装甲などまったく役に立たないほどの暴虐的な熱量がすべてを融解させ消滅させる。大型のウェポンジェネレーター八基によるエネルギー供給をそのまま攻撃に転換したそれは単純でありながら圧倒的な破壊力を生み出して敵勢力の第一陣を蹂躙した。

 

「残敵、九機。再補足」

「既に捉えていますわ」

 

 続けて展開するのは左右から伸びる長い砲身。わずか一秒未満で照準を済ませたセシリアは即座にトリガーを引いた。

 発射されるのはビームではなく、電磁投射による弾丸。射程、威力共にフォーマルハウトを超える大口径レールガン。その弾道の軌跡はオレンジ色の光を空に焼きつけ、撃ち漏らした敵機の胸部に吸い込まれるように命中し、そして四散させる。流れるように狙撃を終えたセシリアは特に気負った様子も見せずにトリガーに指をかけたまま息を吐いた。

 

「第一波掃討完了」

「お疲れ様、セシィ。命中率百パーセント。さすがだね」

「あの程度はただの的ですもの。それに、今の私にはアイズがいますから」

「ボクとセシィが組めば、無敵だもんね!」

 

 セシリアの狙撃とアイズの観測。この二つが合わさり、そしてそれに応えるだけの機体があれば、軽々と破格の戦果を叩き出す。

 無邪気に笑うアイズに釣られるようにセシリアもくすくすと笑みを零す。常識から見ればわずか数分で百機以上を撃墜したというとんでもない功績なのだが、これがただの様子見程度であることがわかっているセシリアは特に誇ることもなく淡々と次の迎撃準備を進めている。そしてそのバディを務めるアイズもまた、目線は水平線の彼方から逸らさずに索敵を続けている。

 

「威力偵察のつもりだったのでしょうが……私があの程度の数で、そんな真似をさせるとでも?」

「決戦の準備は万全じゃないけど、それでも十分に時間はあった。こっちも迎撃準備はしてきたもんね」

 

 このドレッドノート級パッケージもそのひとつ。このパッケージにセシリアとアイズが搭乗している限り、容易に近づくことはどれほどの高速飛行体でも不可能だ。試験機動の際は全力全速のラウラのオーバー・ザ・クラウドでさえ撃ち落とした驚異の狙撃性能を誇る迎撃機だ。

 もちろん、こんな事態でなければ表に出せるはずもない規格外性能機。このドレッドノート級だけでISで構成された軍隊そのものを相手取れる凶悪な代物だ。

 

「セシィ、海中に探アリ。広範囲からの包囲網を構築するみたい」

「ふむ。無駄なことですわ」

 

 ドレッドノート級とはいえ、海中から進撃してくる機体をすべて撃ち抜くことは難しい。やるからには海ごと薙ぎ払う必要があるが、そこまですれば地形破壊の影響はセプテントリオン側にも多大な悪影響を及ぼしてしまう。敵の攻め方は間違ってはいないだろう。

 

 もっとも、―――そんな教科書通りの戦術など、通用するはずもないのだが。

 

「そこは死地ですわ」

 

 轟音。

 海水が爆発によって巻き上げられ、そして炎と共に爆散する。海中から起きる爆発は二度、三度と続き、セプテントリオンが守る軌道エレベーターの全周において同じような爆発が立て続けに起こる。

 

「海中からの攻めなど、想定通りすぎて面白みもありませんわ」

 

 この軌道エレベーターを建造している人工島の周囲の海にはありったけの機雷が仕掛けられている。その威力はシトリーの持つカノープスと同等の破壊力を持つ束謹製の特別製だ。対ISを想定して造られたトラップが他にも数多く仕掛けられている。高度を上げればセシリアの狙撃の的になり、かといって海中はトラップだらけの死地。犠牲を覚悟で海中から侵攻する方法もあるが、それよりも確実なのは海面ギリギリの低空飛行による接近だろう。如何にセシリアの狙撃が規格外でも、全方位からの侵攻をすべて撃ち落とすことは不可能だろう。もちろん、相応の数は落とされるだろうが、数さえ揃えられるのならそれが最も確実な手段だ。

 

「第二波、補足! 低空飛行による広範囲の侵攻!」

「予想通りですね」

 

 セシリアはアイズの観測によって補足した敵機の反応を見て呆れるように嘆息する。レーダーは全方位から接近する敵機によって真っ赤になっている。機体はすべて無人機。未だ有人機が出てこないところを見ると、まだ敵も本気ではないのだろう。かといって手心を加えているわけでもない。数の暴力で押してくる、という単純明快、かつ効果的な攻め方をするあたり、対処を間違えれば一気に落とされる恐れもある。

 

「問題はないでしょう」

 

 二秒に一射というペースで狙撃するセシリアであるが、それでも敵の数が多い。何もない海上は狙撃にはもってこいだが、同時に全方位から攻められるというデメリットがある。それは数で劣るセプテントリオンには不利でしかない要因だが、当然それに対処する備えは済ませていた。

 

「…………来た。束さん!」

『ほいきた! “鋼の森”、起動ッ!!』

 

 異変はすぐに現れた。

 海中から不自然なまでの爆音が響く。目に見えない何かがうごめいているような、そんあ強烈な気配がこの海に無数に現れ、すぐにそれが形となって現れる。水飛沫が舞い、水柱が無数に出現する。そこから出てきたのは無骨な鉛色をした鋼の円柱。直径にしておよそ八メートル。高さは百メートルにも及ぶ巨大な柱が視界すべてを覆いつくすかのように出現した。

 なにもなかった大海原が、一瞬にして“森”へと変貌する。

 拠点防衛に用意された戦域変動戦略兵器“鋼の森”。大多数を相手に少数が戦うために有利なフィールドへと作り替える切り札のひとつ。

 突如として現れたそれに接触した数機がその大質量の激突に耐え切れずに墜落する。そしてそれを回避した機体も迷路のようになった戦域に足を踏み入れたことで大部隊の散開を余儀なくされる。

 数の利を減少させるこの地形変動はそれだけ迎撃をしやすくする。それは部隊戦に長けるセプテントリオンの中でも単機戦力に特化したこの二機にとって絶好の狩場と変貌する。

 

 まず奔ったのは青白い軌跡だった。ジグザグに、鋼柱の隙間を縫うように青白い光が駆け抜けた。それはこの場に侵入してきた無法者たる無人機を追いかけていく。それはまさに獲物に食らいつく猟犬。その閃光が無人機に接触し、そして通り過ぎる。その数秒後には接触された機体は頭か胴体を切断されて爆散するか、海へ落下し海底へと沈んでいく。

 一撃離脱、とはまた違う。すれ違うだけがすでに攻撃手段となっている。事実、その青い閃光と化しているそれはなにもしていない。ただ接近し、離脱しただけだ。

 その閃光がおよそ十三機を撃破したとき、その動きをようやく緩めた。

 

 現れたのは青白く光るエネルギーラインを全身に走らせた黒いIS。背中からは特殊な形状をしたブースターが蝶の羽のような炎を噴かしながら稼働している。しかし、両手には何の装備もない。一見すれば無人機をバラバラに切断した装備がないようにみえるが、その脚部と背部には見慣れないモノが搭載されている。一見すれば無意味にも見える細いロープ状のものがゆらゆらとなびいている。その数は八本。武器として見るなら鞭の一種だが、腕ではなく足と背に装備している。

 そんな摩訶不思議な装備をしているISを駆るのはセプテントリオンで――――いや、世界すべてにおいて間違いなく最速のISを駆る少女。

 風に撫でられなびく銀色の髪の隙間から赤色、そして金色に輝く瞳を晒している。金色を宿す片目を油断なく周囲に向けて、次なる獲物をその視界に捉える。

 

「………こちらラウラ。エリアの掃討を開始した。引き続き遊撃を継続する」

『把握。ラウちん、装備はどうかな?』

「問題なく。耐久限界まであの鉄屑どもを切り刻んでみせましょう」

 

 そしてラウラは再び機体出力を上昇させる。相棒である最速のIS――【オーバー・ザ・クラウド】は再度その速度域を不可視領域へと突入させる。もはや視認できるのはその飛翔の軌跡である青い磁路委バーニア炎の残滓だけであった。

 再び鋼柱を陰にしながら狩りを再開する。まさしく森のように視界がきかなくなった戦域において、不可視の速度で追ってくる狩人を仕留める術も、そして逃げる術も存在しない。圧倒的な不利であった戦場は、完全にラウラの独壇場に変わっていた。

 今のラウラはオーバー・ザ・クラウドの性能を正しく引き出している。かつて、三割の力しか扱えなかった規格外機。それでも今なら七割の能力を発揮できる。この一年、徹底的に鍛え上げた身体と束によって調整された機体。正しく一騎当千を体現するラウラは、積極的に敵機を狩り続ける。

 

 しかし、惜しむべきはそれができる人間がラウラしかいないということだった。いかにラウラが早く、圧倒的でも単機での戦果では全周囲から押し寄せる敵軍の進行を止めることはできない。

 もちろんそれはラウラもわかっている。ラウラはあくまでひとつのエリアにおける防衛ラインのひとつ。ラウラに下されたオーダーは単純。【敵の数を減らせ】―――これだけだ。

 【鋼の森】とラウラの攪乱でおおよそ敵の部隊行動の阻害はできる。そして部隊行動が不可能になった無人機など脅威ではない。

 敵の本命が出てくる前に、こんなもので戦力を減らすわけにはいかない。だからこそ、セプテントリオンは戦力を温存させるのではなく、積極的にカードを切っていかに効果的に戦果をたたき出すか……その方針で部隊を編成した。

 

 セシリアの狙撃とアイズの観測による超長距離狙撃による先制とドレッドノート級パッケージによる制圧砲撃。

 戦域変動兵器【鋼の森】とラウラ単機による攪乱。

 

 これらの各機体特性を最大限に発揮できる方法での迎撃。セプテントリオン本来による防衛は実質的な最終ラインに等しいので、彼女たちのような個々の特性に特化した機体を有効的に活用する。当然、セシリアたちをはじめとした面々には多大な負担を強いることになるが、それが最も勝率の高い方法だった。

 

「束さん、戦況は?」

『予定通り、セッシーはそのまま狙撃を続行! その射程なら大抵は狙えるでしょ! アイちゃんは脅威度の高いものから優先的にマーク!こっちは準備を進めてるよ!』

「了解。……アイズ」

「オッケー。優先度別に判別、随時情報を送るよ!」

「アイ、ハブ。………やはり西側の侵攻が激しいですね」

「逆側はラウラちゃんが受け持ってるからね。でも、……」

「ええ、それも予定通りですわ。なにせ、西側にいるのはセプテントリオンが誇る猛獣ですからね」

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 そこは一際特異な場所だった。周囲は鋼の森による特殊合金製の鉄柱で覆われているというのに、その場だけ不自然なほど空間が広がっていた。鉄柱が設置されている密度は他に比べて遥かに低く、その高さもまばらだった。周囲が森ならここだけ雑木林といったところだろうか。

 そのエリアに侵入してきた無人機は当然、開けた障害のない空間を悠々と飛んでいく。

 しかし、その機体ができたのはそれだけだった。

 

 気がついたときには遅すぎた。上空から落ちてきたなにかによって一瞬で解体され、無残にバラバラに食い荒らされ、爆発もできずに散っていく。熱量兵器でも鋭利な刃でもない。ただ単純な力。圧倒的な暴力によって引きちぎられたのだ。

 

 その暴力の具現は低高度の鉄柱上に着地すると手に持った無人機の首を握りつぶしながらゆっくりと立ち上がる。

 その鋭い視線の先には次々にこのエリアに誘引されてきた無人機たちが出現していた。まるで誘蛾灯に群がる羽虫のように集まるそれらをまさに害虫のように嫌悪感を滲ませながら睨む。

 

「やってきたわね。有象無象が群がって鬱陶しい。まぁ、それでも同情してあげるわ。ここに足を踏み入れたからには、あんたらの命運は決まっているんだから」

 

 腕を組んで仁王立ちする威容はまさに武神。その身に纏うのは龍の具現たる鎧。さらにこの戦いのために用意された無骨な鉄板が連なったような重厚な追加装甲。

 

「ようこそ鉄屑ども! 歓迎してやるわ!」

 

 裂昂の気迫でもって君臨するのは暴龍の化身。

 セプテントリオンが持つ第三形態移行機のひとつ、甲龍とそれを駆る凰鈴音による、“単機防衛エリア”――――それがこの【ドラゴン・ネスト(龍の巣)】。鋼の森によって進行ルートを誘導し、この鈴が待ち構えるエリアへと誘引。やってきた機体はすべて鈴が駆逐するという、冗談のような戦術がこれだった。しかし、このエリアに入り込んでしまえば脱出は困難。限定空間内で鈴との戦闘を余儀なくされるという、鈴の得意とする距離での真っ向勝負を強制されるのだ。もちろん、上空に逃げればその瞬間にセシリアの狙撃が飛んでくる。

 まさに龍の巣に入り込んだ哀れな獲物と化すのだ。

 

「功夫が足りていない。出直してきなさい!」

 

 鈴は再び空を駆け、凄まじい速さで肉薄する。ラウラのように速度が速いわけではない。鈴本来の身体能力が持つ踏み込みの速さによって一気に間合いを詰める。空を地にする単一仕様能力を持つがゆえの瞬発力。ISの機体性能と操縦者の身体能力。ふたつが噛み合って初めて実現する驚異の運動能力。

 今の鈴にもはや武器は必要ない。この鍛え上げた四肢と、鎧たる甲龍があればそれだけで事足りる。

 流れる動作で右手が無人機の胴体部に触れる。撫でるように触れ、そしてほんの少し押すように力を加える。最小限の動作でありながら、その威力は絶大。IS理論から逸脱した、純粋な武術によって余すことなく力が内部へ浸透し、破裂する。

 拳だけではない。蹴り、そして裏拳など、高機動格闘戦というに相応しい動きでこのネストに入った機体に襲いかかる。

 

「はぁッ!!」

 

 見惚れるような綺麗な円を描く回し蹴りがまた一機を両断する。その四肢はそれだけで凶器だった。

 飛ぶというより跳ねるように空を駆ける鈴。義経の八艘飛びを再現しているかのような鮮やかな戦い方は、しかし鈴にとって本番前の準備運動だ。無人機程度に手こずるわけにはいかない。このあとには本命が控えているのだ。

 策は用意してあるが、それでも数で劣る不利は変わらない。戦力の消耗を抑えるために、初手から切り札をいくつも使った。セシリア、アイズ、ラウラ、そして鈴自身もそのひとつだ。

 それを理解しているからこそ、こんなところで負けるわけにはいかない。劣勢になることもダメだ。すべてを圧倒し、戦局を力尽くでも掴みとらなければならない。

 

 それが鈴達に与えられた役目。第三形態移行機という力を持つ鈴に課せられた責務でもあった。

 

「ふん。この程度ならシャルロットが出るまでもないわね。今のあの子の機体は凶暴よ? おとなしくあたしに壊されていなさい!!」

 

『ちょっと鈴。さすがにその数は鈴だけじゃきついでしょ。おとなしく僕の援護を受けておいてよ』

 

 気合を入れるように自分自身を鼓舞する鈴に横槍を入れるような声が通信から響く。水を差されたように表情をしかめた鈴は戦いながらその声に返答した。

 

「なによシャルロット。あんたの援護? 殲滅戦の間違いでしょうが」

『そのための僕なんだけど。鈴とラウラのおかげでいい具合に誘導できてる。あとは僕が全部もらっていくよ』

「まぁ、いいわ。準備運動には物足りないけど、そろそろ“次”が来るでしょう。ゴミどもの掃除は任せるわ」

『本当に戦闘狂なんだから。鈴にはこのあともたくさんやってもらわなきゃいけないんだから、少しは体力を温存しておいてよ?』

「あたしの体力は気合でどうとでもなるのよ」

『本当にそう思えるから鈴も規格外だよ。セシリアやアイズと同格の』

「今にあの二人も超えてみせるわ」

『そのためにも、しっかりね?』

「誰に言ってんのよ! オラァ、沈めェッ!!」

 

 喜々として拳を振るう。はじめから戦意は最大限に高揚している。それに加え、鈴は立ち向かうべきものが大きければ大きいほどにその心を猛々しく震わせる戦士だ。今の鈴は、まさに最高の気分だろう。

 こういうときには本当に頼もしい。

 

『さて、それじゃあ僕もそろそろ参戦させてもらおうかな』

 

 ブレない鈴に苦笑しつつ、シャルロットが機体の最終チェックを完了させたことを告げる。同時に本拠地である人工島のほうから巨大なハッチが開いた。地下の格納庫から続く発進口。しかし、その大きさは通常のISが通るにはいささか大きすぎる。まるで飛行機でも出てくるのではないかという大きさだ。

 

『進路クリア、機体出力、火器管制、ジェネレーター、オールグリーン。――――シャルロットから全部隊に警告。ドレッドノートが出ます!!』

 

 ジャンボジェット機のエンジン音のような巨大な音が大気を震わせる。その圧倒的な存在感が、地の底から浮上してくるその圧力は既に戦場で戦っている鈴やセシリアたちもISのセンサーではなく、その本能で感じ取っていた。

 

『抜錨! ラファール・リヴァイヴ・ドレッドノート、出撃します!』

 

 

 そして。

 

 ―――戦場に、“城”がその威容を現した。

 

 

 

 




気が付けば二ヶ月以上更新できていないという現実に唖然。私生活と仕事でちょっとてが離せない事態になりしばらくパソコンからも離れていました。
年も明けたのでなんとか更新。ペースを戻しつつまた更新していきたいです。

どのくらいの方が待っていたかはわかりませんが、お待たせしていた皆様方、これからはもう少しマシな速度で更新していきますのでご容赦を(汗)


とりあえず最終決戦序盤の開始。敵が有人機を投入してからが本番ですが、各キャラに焦点を当てつつ最終戦を描いていきます。

今年もどうぞよろしくお願いいたします。

それではまた次回に!

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