双星の雫   作:千両花火

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Act.132 「決戦の狼煙」

 軌道エレベーター。

 衛星軌道上の宇宙ステーションと直結する、まるで天を貫くかのような巨大なタワーだ。神の領域へと至ろうかというその建造物は、その威容から旧約聖書の創世記に登場するバベルの塔にちなみ、この軌道エレベーターを建造する計画をバベルメイカーと称された。

 その由来を見れば最後は失敗してしまうのではないかという不吉なものにも感じられるが、イリーナはあえてこのバベルの塔の名を冠した。

 もともとこのバベルの塔の逸話は人が技術革新の過信を神の戒めという形で記されたものとも言われている。神の戒めによって人は言葉や文化を分たれ、バラバラになり塔を造ることができなくなった。

 しかし、それならば多種多様となった世界でこの塔を造れば、それは神の領域へと手が届き、新たな秩序を生む証明となるという解釈もある。それに伴い、これまでの旧い世界を破壊し、新たな世界の秩序のシンボルとなるとされる。

 

 だからこそ、イリーナはこの計画にバベルの名を冠した。歪められた世界を、もう一度変えるために。ISを正しく使用し、世界を再び変革させるためにこれ以上の名はないだろう。

 

 ならば、このバベルの塔を壊そうとする悪意は神罰なのか、はたまた人間故の業なのか。

 

 いずれにせよ、彼女たちはそれを許さない。人からの悪意は全て跳ね返す。神罰ならば全力で抗う。正義なんてものはどうでもいい。ただ目的のために、願いのために、賞賛も恨みもすべて受け入れてこの世界をもう一度変える。

 この計画に乗った人間は、それそれ違う目的があってもそのやり方は一致している。

 この世界が気に入らない。ISを正しく使いたい。男の立場を取り戻したい。ただ恩義に報いたい。恨みを晴らしたい。その全ての行先が世界の変革へと収束する。

 それらすべてを束ねてイリーナはこの塔を建造した。

 

 これで世界は変わる。ただの小波ではない。荒れ狂う大波となって、かつてのように大きく世界を混乱させてそのあり方を変えるだろう。

 

 インフィニット・ストラトス。

 

 ただ、日本の片隅にいた偏屈な少女の発明が、再び世界を震わせるのだ。

 

 一度目は、開発者である篠ノ之束の願いを裏切る形で利用され、世界を歪めてしまった。それはこの十年という月日で嫌というほど思い知らされた束は今度こそ自身の願うように世界を変えるために、あらゆるものを利用した。

 そのためにイリーナを、カレイドマテリアル社を利用した。

 どれだけ天才であっても個人である束にとって最大の弱点は資金や資材、そして手足となって動く部下の存在だった。もともと人間不信がちだった束は誰かを信用することは稀であり、結果としていいように利用された。

 しかし、今度はイリーナというパートナーがいる。世界を変える主犯であり共犯だ。束にとってイリーナはビジネスパートナーであり、革命の共犯者。英雄か、暴君かと言われればそれは後者だろう。二人もそれは自覚しているし、しかしそれを気にしてもいない。

 二人はセルフィッシュさを自覚し、そしてそれを気にしない。そうしたモノよりも遥かに願いのほうが大きいのだ。未来の歴史でどう評価されようが構わない。今、この手に掴む未来が望むものかどうなのか、ただそれだけが重要なのだ。

 そして、この二人の計画はその完遂まであとわずかまで来ていた。

 この軌道エレベーターを建造し、運用が開始されれば間違いなく世界に大きな変化を生み出す。つまり、ここが正念場。これまで積み上げてきたものすべてを賭けて戦うことになるだろう。

 その最後に立ち塞がる存在が、この計画に関わっている主メンバーのほとんどと因縁があるなど、無神論者であるイリーナや束でも運命を感じてしまう。

 さながら、最後の試練ともいうべきものだろう。

 

 だが、イリーナは思う。だからどうした、と。

 

 これまでも、今回も、そしてこれからも。すべてを蹴散らすだけだ。それが姉の亡霊だとしても変わらない。むしろ因縁を精算できるいい機会とすら思うだろう。

 かつて、マリアベルに言った言葉は本心だ。イリーナにとって、レジーナは大嫌いで、邪魔な存在だった。ほぼ確定しているが、そんなレジーナのコピーとして生み出されたクローンであるマリアベルもまた邪魔な存在というだけだ。マリアベルがどういう思惑でレジーナを名乗り、そしてイリーナの前に立ち塞がるのかはこの際どうでもいい。マリアベルは結果より過程を楽しんでいるみたいだが、イリーナにとっては結果がすべてだ。

 

 レジーナも、そしてマリアベルも外道には違いない。しかし、イリーナもそういう人間に近い。この二人より少しマシな程度、と本人も自覚している。

 でなければ、レジーナの娘であるセシリアを使ってマリアベルを討たせようなどとはしないだろう。

 最低なことをしている知りながら、それでもイリーナは止まらない。死んだあとは姉と同じ地獄行きだと思いながら、地獄へ行く前にどうしても行かなければならない場所があるのだ。

 

 

―――――。

 

 

―――。

 

 

……。

 

「セシリア」

「はい」

「一応聞いておくが……おまえ、あいつを撃てるのか?」

「一度ためらったことがある以上、説得力はありませんが、……もうあのような醜態は晒しません」

 

 カレイドマテリアル社の自社ビル内にあるカフェの特等席でコーヒーを飲みながら二人は表面上は穏やかに意思確認を行っている。周囲には人払いがされているようで、この二人の他には誰もいない。護衛のイーリスでさえ、今はこの場を離れている。

 

「私だって、もう気づいています。あの人の正体………イリーナさんも同じでは?」

「ほう、言ってみろ」

「あの人は“本物”ではありませんが、同時に私にとって“偽物”でもありません。……矛盾しているようで、これがおそらく真実なのでしょう」

「そうか、気づいていたか」

「イリーナさんはいつから?」

「はじめからさ。本来のレジーナに、あのマリアベルのような陽気さはない。それにもし本物の姉さんなら自分から表に出ることはないさ。面白半分に私に会いに来るなら、その前に爆破テロで私の抹殺を謀るだろうさ」

 

 イリーナにとって姉であるレジーナとは悪鬼羅刹そのものだった。悪を行うために生まれてきたかのような邪悪さ、命の価値をすべて平等に、ゴミと思う狂人。人の悪意を体現したかのように、誰かを陥れることをせずにはいられない暴虐さ。そしてそれは表には出さず、裏からすべてを支配し、意のままに操ることに快感を覚える最高にイカれたサイコパス。

 それがレジーナ・オルコットだった。イリーナが早々にオルコット家から出たことも、レジーナを嫌悪していたからという理由が大きい。

 イリーナが雌伏し、カレイドマテリアル社という力を手に入れてからもいつ姉に殺されるかと油断なく警戒していたほどだ。イリーナが調べただけでも、レジーナはオルコット家を掌握するためにイリーナが家を出た直後に両親を事故死に見せかけて殺害している。そしてオルコット家が密かにつながっていた当時の亡国機業とのつながりを利用し、その五年後には亡国機業そのものを乗っ取っている。当時のトップはレジーナが始末したらしい。

 そこからの悪行は語るだけで気分が悪くなる。そのうちのひとつに、ヴォーダン・オージェ計画があった。この計画は先天的適合と後天的適合の実験を行っており、前者の実験においてシールが生み出され、そして後者の実験においてアイズが犠牲となった。

 アイズが脱走し、他の犠牲者たちもすべて命を落としたことで後天的適合計画は頓挫し、そしてシールを元にした量産計画が始まった。結果としてシールしか成功作となる存在は完成しなかったが、その過程で失敗作とされ、データ取りのためにドイツ軍に売られたのがラウラであった。そしてIS委員会が独自にこの計画を引き継いでクロエが造られた。

 アイズとシール。そしてラウラとクロエ。この四人が紆余曲折を経て生き残り、敵対し争う元凶は間違いなくレジーナと言えた。

 

「そう思えば、因縁のほとんどはあいつに繋がるのか。因果というものは本当にあるのだな」

「……因果、ですか」

「おまえも、私も、アイズや束。この計画の主犯に近い者たちほど、あいつとの因縁が付き纏うだろう?」

「この決戦はそんな因果を断つためですか?」

「すべての精算という意味では違いない。だから」

 

 だからこそ、イリーナはそれを望む。自分のためでもあり、そしてセシリアのためにも、この戦いで終わりにしなければならない。

 

「お前が、終わらせろ」

 

 今や、オルコットの名を継ぐ者はセシリアしかいない。イリーナはとうの昔にその名を捨て、本物のレジーナも既にいない。残されたレジーナの影であるマリアベルも、またオルコット家そのものに関与することもない。

 

「そのつもりです」

 

 それは最後に残されたオルコット家の娘としての、本当に最後の責務だと思っていた。

 

「オルコットは、私で終わりです」

 

 そしてセシリアは微笑む。なんの気負いも憂いもなく、美しいとすら思えるような笑みをイリーナへと見せた。その笑みは悲壮感すらあったが、イリーナは満足したように頷くだけだった。

 そして、そこへ場の空気を壊すようなアラートが鳴り響く。イリーナがすぐさまその音を発しているそれ―――イリーナの持つ端末の中でもより緊急度の高い連絡用のそれを手にとった。すぐに応対し、聞かされた情報に動揺することもなくただ淡々と事務的に命令を下すとゆっくりと通話を終えて端末を再び卓上へと置いた。

 懐から煙草を取り出し、慣れた手つきで咥えて火を点けてゆっくりと紫煙を肺へと入れて、なにかを悟ったように見つめてくるセシリアをみやった。

 

「セシリア、すぐにアヴァロンへ戻れ」

「敵襲ですか?」

「“アメリカの軍事衛星”が落下してくる。落下地点は軌道エレベーターだ」

「――――……そうですか」

「わかっているな?」

「ええ。それで、オーダーは?」

「無論……撃ち落とせ」

「いいんですね? そうなってはもう後戻りはできませんわ」

「でなければすべて終わるだけだ。あちらも、それはわかっている。これはただの茶番のような、開戦の合図でしかないが……せっかくだ。派手にやれ。跡形も残さず、消滅させろ」

「了解いたしましたわ。すでにこちらも準備はできています。では、はじめましょう」

 

 セシリアが立ち上がり、軽く一礼をしてその場から離れていく。すでにその顔には迷いはない。ただ決意に満ちた表情をしながらとうとう始まる決戦へと赴いていくだけだった。

 

「…………私も、地獄行きだな」

 

 セシリアが去ったあとで、イリーナは自嘲するように呟いた。母を否定しろ、場合によっては殺せと言ったのだ。そして、それをセシリアも受け入れるとわかっていて言った。これが悪党でなくてなんだというのか。おそらく、死んだあとは地獄で姉と再会するだろうと思うとイヤになるが、たとえそうなってもその前にどうしても成し遂げなければならないことがある。

 地獄行きなどとっくに覚悟している。死んだあとのことなど、どうなってもいい。だが、今、生きているうちにやらなければ意味はないのだ。

 

「それまでは、誰であろうと邪魔はさせない………」

 

 ゾッとするような冷たい眼をしたイリーナもまた、自らの戦場へと向かっていく。欺瞞と虚実が渦巻く暗欝とした謀略の盤面へと―――。

 

 

 

 ***

 

 

 

 イリーナと別れてから二時間と経たずにセシリアはセプテントリオンが集結するアヴァロン島へと帰還していた。すでに部隊の主力は揃っており、いつでも戦闘行動が取れる準備ができている。

 そして、今まさに厳戒態勢となったアヴァロンにおいて、セシリアはISを纏い空を見上げていた。彼女の背後にはアイズ、鈴、ラウラ、シャルロットという、IS学園から続く戦友たちがいる。

 

「やれるの? セシリア」

「ええ、問題ありませんわ」

「そこは疑ってないわ。たとえ地球の裏側を狙撃しろと言ってもあんたならできそうだもの」

「それはさすがに難しいんですけど」

「できないと言わないあたり、あんたも化物よ」

 

 そんな軽口を叩きながら鈴もセシリアと同じように空を見上げる。視力のいい鈴でも肉眼ではその姿を捉えることはできないが、その威圧感はひしひしと感じられた。

 大質量を持つ衛星の落下。それは単純な破壊力で言えば、このアヴァロンを吹き飛ばしてもおかしくないほどだろう。

 

「あれを撃ち落とすことよりも、撃ち落としたあとが面倒だってことよ」

「あら、気づいてましたか」

「当然だろう。おそらく、あちらもこれで上手くいくとは思っていまい。むしろ我々に撃ち落とさせることを前提にしているはずだ」

「そのための、“アメリカの軍事衛星”なんだろうね」

 

 ラウラもシャルロットも、その意味を十分に承知している。ここまでくれば過程は必要ない。このテロ行為としか言いようのない蛮行を止めたとしても、その後に待っているのは間違いなく互いの武力による正面衝突だ。おそらく、アメリカに巣食った亡国機業の勢力が攻めてくることになるだろう。国としては致命的だが、そうなるであろうことはすでにIS学園の一件からわかっている。

 それでも自浄効果を促進させるためにナターシャにシルバリオ・アフレイタスを渡したり、他にもいくつかのルートで支援はしたが一斉に駆除するには亡国機業の影響はあまりにも大きい。

 なにより、マリアベルがこうした謀略面での手際を誤るとは思えない。そして軌道エレベーターを邪魔に思う組織や国は亡国機業だけではない。反対は相当数あるはずだ。それらを甘言でも脅迫でもして取り込めば簡単にカレイドマテリアル社の包囲網ができる。

 時間をかければそれらを払拭できる自信がイリーナにはある。しかし、それでも時間は必要だ。一度行動を起こしてから、後手で対処しなければならない。

 だから、必ず武力衝突が起きる。後のことなど考えないマリアベルは、なにを犠牲にしてもそうするだろう。世界を扇動し、軌道エレベーターを破壊しようと数多の敵が押し寄せてくるはずだ。

 それをイリーナが止めるまで、軌道エレベーターを守ることがセプテントリオンの――――セシリアたちの使命だ。

 

「つまりあたしらが気に入らないやつらみんな襲ってくるってわけね」

「少数精鋭の部隊なのに防衛戦なんて不利なんだけど」

「そのために準備してきたのだろう。私たちでも、隠し玉のすべてを把握しきれていないんだぞ」

「情報漏洩の防止観点からも仕方ないけど、あの束さんが中心となってこの長年かけて作り上げた防衛戦力………今ならわかる。僕たちセプテントリオンも、全部がこの戦いのために用意されていたんだって」

「上等よ。それでこそ最後の戦いに相応しいわ」

 

 ニヤリと好戦的に笑う鈴。他の面々も不安の色はあれど、迷いはない。

 

「………」

「姉様、どうかされましたか?」

「あ、うん」

 

 アイズは一言も話さずにただ空を見上げている。この中で、絶対的な眼を持つアイズの視界にはすでに落ちてくる衛星が見えているのかもしれない。

 しかし、アイズはどこか寂しそうに笑う。

 

「なんだか妙な気分。間違いなく、この戦いで全部が決まる。やらなきゃいけないことも、たくさんある。決着をつけなきゃいけない相手も、必ず来る」

 

 これまで何度も刃を交えてきた。結果、戦績で見ればアイズが押され気味のイーブンといったところだが、次に見えるときは引き分けはない。結果、どちらかが命を落とそうとも最後の決着まで戦い続けるだろう。

 

「やっと終わる。それがなんだか、少しだけ寂しいかも………こういうのをノスタルジック、っていうんだっけ?」

「ま、わかる気もするわ。一年かそこらなのに、あいつらとの因縁はもう運命じみているもんねぇ」

「負けられない。だから勝つだけだよ」

「そうね、あのオータムとも、しかたないからちゃんと敗北を教えてあげましょう」

 

 不敵にそう宣う鈴はケラケラと楽しそうに笑っている。鈴ほど楽天的にはなれないが、ラウラもまたこの戦いで対峙するだろうという漠然とした予感を覚えるもうひとりの自分の姿とも言える少女を思い浮かべる。なにかが違えば、あれが自分だったかもしれないもうひとつの可能性。思うところがないわけではないが、それでもやることは変わらない。

 

「勝利する、…………それだけですべて解決するなら、もっと気楽だったかな」

「姉様?」

「ううん、なんでもない。………さぁセシィ、そろそろ射程圏内だよ。準備はいい?」

 

 静かに準備を整えていたセシリアへと声をかける。セシリアは苦笑して機体出力を上昇させる。アイズの声の直後に目標を確認したセシリアは呆れたようにアイズを見やった。

 

「まったく、ISを未展開で私のセンサーと同じ精度の索敵ができるって反則ですわ」

「それだけ、ボクもやる気ってことだよ」

「やる気で落ちてくる衛星を補足できるのかぁ。ヴォーダン・オージェってすごいのね、ラウラ?」

「私は無理だぞ。……そもそも、そこまでいくといくなんでもヴォーダン・オージェでも不可能なはずなんだが……」

 

 おそらくアイズはヴォーダン・オージェとアイズ自身の超常的な直感を掛け合わせて認識しているのだろう。当然、それはすでに人間の域ではない。シールのせいで自己評価が低いアイズだが、それでも十分すぎるほどに化物レベルのスペックを見せつけていた。

 アイズが無自覚でとんでもないことを成し遂げてしまうのはいつものことだが、それにしたって最近のアイズはただでさえ鋭かった感覚がより鋭敏になっているようだ。

 

「さぁルーア、いきましょう」

 

 第三形態移行《サード・シフト》。

 全身の装甲が展開。同時に周囲の光に干渉。収束させて装甲面に固定化。ブルーティアーズだけが持つ特異能力により光装甲を形成する

 全身に光を纏い、意のままに操るブルーティアーズ。先のIS学園開放作戦の際と同じように、遥か上空から飛来する目的を狙い、撃ち落とす砲身を形成していく。現在は材料となる太陽光に不足はない。月の反射光から作り上げた前回よりも高い精度で砲身を形成しつつ飛翔。地表面の安全が確保できるまでの高度を確保し、さらにライフリングを形成。潤沢に存在する周囲の光を収束させ、莫大なエネルギーを抽出。精製したエネルギーを砲身へと注ぎ込み、さらにチャンバー内で圧縮。

 宇宙まで届く超長距離狙撃。付けられた名称は【プロミネンス・レイ】。IS単機で行う、セプテントリオンの所有する“戦略”のひとつだった。

 

「ターゲット……補足」

 

 すでに強化された広域レーダーに捉えている。アイズの眼による補正がなくとも、補足さえすれば外すなどありえない。

 

「誤差修正………」

 

 距離を離して見ているアイズたちの周辺ですら、真昼にも関わらずに薄暗いと言うほどまでに光が減少している。セシリアが周囲すべての光を一点に収束させているためだ。薄暗くなった中、セシリアだけは肉眼では直視できないほどの光量を放ちながら天を睨んでいた。

 

 

 

 

「――――――Let there be light」

 

 

 

 一瞬の無音、そして弾けるようにプラズマが余波となって周囲の空間を蹂躙した。

 呪文のように紡いだ言葉と共に発射したそれは、かつてのリプレイでも見ているように巨大な光が天を貫くように伸びていく。まるで塔のようなその光の矢は、寸分のズレもなく衛星に命中。そのすべてを飲み込んで宇宙の闇を切り裂き、そして消えていった。

 完璧に狙撃を終えたブルーティアーズが第三形態を解除し、機体を冷却しながら降りてくる。ゆっくりと地表に着地しながら、もうなにもかも消え去った空を見上げた。雲もなにもない、本当にすべてを消滅させた一撃は軌道エレベーターを確かに守り、そして同時にこれから始まる戦いの狼煙となった。

 

「これでもう後戻りはできません。すべてに決着をつけるまで、もう誰にも止められない……」

 

 自身の手でそのトリガーを引いたセシリアは、少しだけ表情を歪めて目を閉じる。恐怖も不安もあるが、それでも覚悟はとっくに決まっている。

 各々がそれぞれを理由でこの戦いに臨むだろう。アイズも、なにか隠し事があるようだが……それでも戦意を高揚させている。セシリア自身も、母の―――母の影との決着をつけなければならない。

 未だに謎が残る自分自身の出生と、母との記憶。その答えも、この先にあるはずだ。そしてそれがどんなものでも、負けることは許されない。

 たとえ、絶望しかない真実が待っていたとしても、それでも屈することはできない。自分自身の運命も、仲間たちの因縁も、カレイドマテリアル社の行く末も、そのすべてがセシリア個人の戦いに関与しているのだ。

 もう、引き返すことなどできない。

 

 たとえ――――――マリアベルを、母をこの手にかけることになっても。

 

 

「……………」

 

 

 そんなセシリアの悲愴な決意を感じ取ったかのように、アイズが視線を空からセシリアへと変えた。誰よりも知る親友の固く、同時に壊れそうな決意を見透かすように金色の視線が射抜く。

 それに対し、なにか言うつもりはアイズにはなかった。セシリアの決意は間違っていないと思うし、口出しするべきじゃないと思うから。

 

 だが、なにもしないつもりなど毛頭なかった。

 

 アイズだけが知り得た、マリアベルの本心と真実。セシリアに話した時点でそれは容易く絶望へと変わるが、アイズはそれはまだ希望に変えられると信じていた。だからこそ、アイズはこのことに関しては自分ひとりでどうにかするつもりだった。無茶で無謀だろう。しかし、そうしなければならない理由がはっきりとある。ならば、アイズは迷わない。そのためにはシールを超えなければならないという茨の道だが、自分とセシリアの運命はすべて抱えて戦い抜く――――それが、アイズの持つ最も強い決意だった。

 

 

「これが最後の戦いです。――――みなさん、参りましょう」

 

 セシリアの声に、アイズも、鈴も、ラウラも、シャルロットも、迷いのない力強い声でそれに応えた。

 

 この戦いに勝利する。全員が同じ目的で戦うだろう。

 しかし、その理由はそれぞれ違う。戦う目的は同じでも、その理由は自分自身だけのものだからだ。

 

 それが、この最後の戦いでなにをもたらすのか――――それはまだ、誰にもわからなかった。

 




スローペースで申し訳ないです(汗)
ようやく仕事も一段落ついてきたので少しはマシなペースで更新していきたい……が、年末はまた忙しいのが確定しているので無理しない程度にがんばっていきます。

次からいよいよ最終決戦の開始。これまでのオールスターによる決戦が開始となります。
最後なんでもうなんでもありのパワーインフレがどんどんでてくるような戦いになりそう。

それではまた次回に!

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