双星の雫   作:千両花火

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Act.131 「掴むべきもの」

 手にした剣は記憶の中にあるどんな剣よりも手に馴染んだ。未だ試行錯誤しているにも関わらずに、この剣を振るうことになんの違和感もない。まるで身体の一部のようにその切っ先まで神経を通わせる。そして血管を通して血を流すように、その心臓から響く鼓動をそのまま剣へと通わせる。 

 

「第一、第二、第三リミッター解除。ジェネレーターコネクト、充填」

 

 命を注ぎ込むように刀身へと力を流す。それを証明するように淡く青い光がその輝きを増していき、鼓動するように鳴動する。

 ゆっくりと、確かめるように剣を天へと掲げる。呼吸と鼓動を合わせ、目を閉じて集中力をさらに深める。

 

「一意専心」

 

 まじないのように言葉を紡ぐ。ただでさえ常識外の集中力を持つ少女が自己暗示によってさらにその意識を深いところまで落としていく。既に意識は、“無意識”と称される領域にまで届いている。自分の身体すべてを、そして知覚するすべてを認識し、感じ取る世界そのものと意思疎通するようにその意思を宿した力を解放する。

 

 剣をひと振り。

 

 瞬間、その視界が割れた。世界を二分するように光が迸り、そして塗り替える。

 

 

「…………うわ、すごい」

 

 

 時間にしておよそ十秒足らず。

 それが伝説を再現した時間だった。真っ二つに割れる海。大海に亀裂を刻み、海に文字通りに道を斬り拓く。そして大渦を生み出しながら再び海が静寂へと戻ろうとする光景を見ながら海を割った少女―――アイズ・ファミリアはゆっくりと手にした剣を鞘へと納める。

 

「ふうっ」

 

 緊張が解かれてアイズも強張っていた表情を戻す。真っ赤に輝いていた瞳が金色に、そして暖かな琥珀色へと変化する。最大活性状態からニュートラルへと戻った両眼がゆっくりと閉じられる。

 同時に第三形態となっていたレッドティアーズも展開装甲を解除し、通常形態へと戻る。力を使い果たしたかのように出力が下がり、激しく蒸気を放って機体を強制的に冷却する。

 手にした剣―――ブルーアースを再び鞘から抜き、地面に突き立てるとISそのものを解除してアイズは脱力したように座り込んだ。

 

「ふー、……体力ごっそりもってかれたなぁ……この剣、すごいけどとってもリスキー。でも癖になりそう」

 

 目の前にあるブルーアースを見つめながら、どこかうっとりとした視線を向ける。この剣は、宇宙。束も肯定したこの剣の本質に、アイズは魅了されていた。神経すら通わせて一体化するようなあの感覚。この剣を通して世界を、宙を、この瞳ですら見通すことのできないものを感じ取れるようで、アイズはウキウキとした気分で淡く輝く刀身を見つめた。

 そこへ宝物を眺める子供のようなアイズに同調するかのような楽しそうな声がかけられる。

 

「おうおう、さっすがアイちゃん! 理論的にはいけると思ったけど、まさか本当にモーセの再現をするとはッ! 眼福眼福、あとアイちゃんの凛々しい顔もまた眼福ッ!」

 

 ヒャッハー! とでも叫びそうなほど高いテンションの束がオーバーアクションでアイズを労う。どちらかといえば束のほうが子供っぽく見えるのはご愛嬌だろう。

 

「この剣、すっごく馴染みます。宙の声が聞こえるみたいです」

「アイちゃんの感性はまたファンタスティックだねぇ、でも、そんなアイちゃんくらいだよ。この剣を使いこなせるのはさ。あの天使もどきでも無理無理。なにせこの天才束さんが新型IS五機を作るためのお金と資材をまるまる使って造った最高傑作だものね!」

「お-、それはすごい………って、あれ?」

「そのおかげでイリーナちゃんにはすっごい怒られたけど! あっははは!」

「新型、五機、分…………? え、それって確か……」

 

 アイズはその金額と資材がどれほどのものか分かってしまい、顔を青くする。はっきり言ってしまえばレッドティアーズを作ったときよりも遥かに高い金がかけられているのだ。

 篠ノ之束の最高傑作とされる剣。銘はブルーアース。地球と地球外物質を掛け合わせた特殊合金で造られた間違いなく世界最高のブレード。切れ味、しなやかさ、耐久性、単純なスペックだけでも破格であるというのに、その特殊性は唯一無二。ISに発現する単一仕様能力と同等以上のものを備えている。

 それは束が付与したわけではない、純粋な特性だ。この剣を形成するオリハルコン自体がそういう特性を宿している。だからこのオリハルコンで装甲を再構成したブルーティアーズも方向性は違うが同じ力を持っている。

 たった今、アイズがこの剣のひと振りで海を割ったことも、セシリアがブルーティアーズの単一仕様能力の強化、増幅を行ったことも、元は同じ能力だ。もともとはブルーティアーズのように機体性能、能力の強化こそが本来想定されていた利用法だ。それを剣という形に凝縮したものこそが―――ブルーアースだった。

 ピーキーで使い勝手の悪いものになったが、その分その力は完全な規格外。現状のIS技術から見ても逸脱した性能を誇る唯一無二の剣。基本スペックだけでも既存のブレードを超越するが、その真骨頂はその素材そのものの特性にある。ISにとって理想的ともいえる合金。本来はブルーティアーズのように装甲と内部基盤に使用してこそのものだが、それをあえて武器そのものを造るという束ならではのぶっ飛んだ思想によって完成した切り札。そしてそれを最大限に活かせる使い手はアイズ以外にはいない。

 そのために束は躊躇うことなく資金と資材をつぎ込んだ。イリーナの許可を取らずに実行したために束はネチネチと説教されることになったがまったく後悔していない。

 

「いやー、アイちゃんへの投資金額は天井知らずだねぇ」

「うぅ……お金って怖い」

「アイちゃんは結果を出してるから余裕でしょ。というかアイちゃん、君は自分の預金がどれだけあるか知らないのかい?」

「散財もなんか苦手で、とりあえずもらったお金は寄付以外は貯金してますけど……」

 

 本人はまったくの無自覚だがアイズの個人資産は未成年が持つには不相応なほどに巨額である。ただでさえ給金が高いテストパイロットという役割があるが、それ以外にも束の研究協力やヴォーダン・オージェを抑えるAHSシステムの医学転用の試験体、そしてセプテントリオンが表に出たことで危険手当も跳ね上がっており、庭付き一戸建てを衝動買いできるほどの金を稼いでいる。

 これらの資産は束が管理しており、アイズ本人よりも束のほうがアイズが持つ財産を熟知していたりする。

 

「でもこれでおおよその調整はできたね。第三形態への移行もスムーズにできるようになったしアイちゃんくらいだゾ? ここまで第三形態を意図的に使える操縦者なんてさ」

「ボクの力だけじゃないから。レアが協力してくれているからですよ。それにセシィだって」

「そのコア人格と仲良しになること自体がアイちゃんがチートな証明なんだけどねぇ。それにセッシーは理論立てて進化させているから直感で進化できるアイちゃんよりやっぱり一歩劣るんだよ」

「そうなんですか? 鈴ちゃんも第三形態になったって聞いたけど」

「ああ、あのドラゴン娘は本能でなってるからねぇ……それを言うならアイちゃんは感覚派、セッシーは頭脳派だね!」

「へー」

 

 よくわかってなさそうなアイズがのんびりと相槌を打った。

 

「ま、アイちゃん以外はまだまだ発動条件が厳しいけどね。ブルーティアーズはともかく、甲龍は操縦者に似て脳筋みたいだから追い込まれないとダメっぽいし」

「本当に操縦者に似るんですね」

「まぁ、コアネットワークからいろんな人間の情報を得ているんだけどね。一番近い人間ってやっぱり直接扱っている存在だもの」

「でもなんか、レアってボクよりしっかりしてるんですけど?」

「それはほら、アイちゃんって無茶ばっかでほっけないじゃん? だからじゃない? 呑気な姉としっかりものの妹、みたいな?」

「がーん、それってボクを反面教師にしたってことですか?」

「愛されているって解釈でいいんじゃない?」

 

 談笑しつつ、束は慎重にレッドティアーズのデータを洗っている。今や、レッドティアーズも自己進化したブルーティアーズ同様に完全に既存のISとはかけはなれた規格外機になりつつあった。

 機体、というよりは操縦者であるアイズの特性に合わせて作られた特殊性。ヴォーダン・オージェの処理能力があってこそ使える単一仕様能力と、それを感覚だけで掌握するアイズの類希なセンス。パフォーマンスを最大限に発揮したアイズに勝てる人間など、おそらく五人といまい。

 ただ、その五人の中に倒すべき存在が、超えなければならない者がアイズよりも格上として存在しているのだから笑えない。

 

「束さん」

「んー?」

「正直なところ、今のボクとシール、どっちが強いですか?」

「そうだねぇ………スペックだけで判断するなら、あの天使もどきのほうが強いねぇ」

 

 束は本当に正直に答えた。

 アイズの実力、レッドティアーズの性能、そしてこの規格外の剣をもってしても、総合力では未だアイズはシールに届かない。以前までのシールならおそらく互角程度にはなっていただろう。しかし、シールも第三形態を獲得したことで話は変わった。詳細は不明だが、レッドティアーズの能力を封殺したことからおそらくは対アイズに備えた能力を宿している可能性が高い。

 ただでさえ、その基礎スペックだけで第二形態移行したISでさえ雑魚扱いするような存在なのに第三形態移行という切り札を得たことで束でもシールの限界がわからなくなってしまった。

 

「ボクもいろいろ啖呵を切っちゃったけど、シールの強さはよく知ってる。きっと、ボクの勝率はいいとこ一割いけば上出来すぎるくらい」

「……まぁ、そうだねぇ」

「でも、ボクは負けられない。十回に一回しか勝てないのなら、その一回をはじめに掴み取るまで」

「そのポジティブさはもう才能だね。怖くないの?」

「うーん……」

 

 怖くないか、という問いはこれまでさまざまな人に言われてきたことだ。束に、セシリアに、鈴に、簪に、ラウラに、アイズがどれだけ無茶をするのか知っている者ほどアイズを心配してそう口にする。

 しかし、アイズは決まってこう答えるのだ。わからない、と。

 

「もちろん怖いとは思うけど、ボクの感じている恐怖って、本当に怖いってことなのか……確信が持てないんです」

「そっか」

「ボクの中の恐怖は、たぶん、もうずっと前から麻痺してる。ボクも自慢にもならないことはよくわかっているけど、ボクは苦痛に慣れすぎた。耐えることに慣れて、憎しみでそれを塗りつぶして、それに怯える心が欠けちゃった……」

 

 アイズは無茶、無謀を躊躇しない。恐怖は危険を感じ取る信号でもある。しかし、恐怖という心の一部が欠けているから自分自身を天秤にかけられない。だからアイズは、大切だと思うものはすべて自分自身より上にしてしまう。

 これまで定期的に行われているアイズの精密検査でも、その精神性のプロファイリングをした医師も同じような結論を出している。それこそが、アイズの持つ危うさ。そして同時にそれがアイズの強靭な精神を形作る。危ういからこそ、アイズは迷わない。それは狂気の一種でもあるだろう。

 

「ボクは、ボク自身の夢を叶えたい。でも、ボク自身のことは……正直、あまり大事に思えない。あ、これはセシィやラウラちゃんには内緒ですよ?」

「そりゃ言ったら泣かれちゃうだろうねぇ」

「束さんだから言うんです。本当に秘密ですよ?」

「アイちゃん、内緒にはしてあげるけど、私もそれは直して欲しいと思ってるんだゾ? 君はそろそろ、この現実を夢の続きだと思うのはやめていいと思うゾ?」

 

 夢の続き。胡蝶の夢。アイズは、今この時をそう感じている節がある。幸せな夢が続いているように感じているアイズは、同時にいつか醒めるかもしれないという不安を抱いている。

 かつて、鈴に今この時、この出会いすべては奇跡だと言ったように、アイズにとって今、こうして生きていること、そして仲間と共に戦い、理不尽な運命に抗うこと―――――それそのものが奇跡であり夢でもある。

 

「わかってはいるんです。わかっては……」

「強烈すぎる体験が死生観を変えるとは言うけど、アイちゃん。君の場合は生き残ったことをもっと誇るべきだよ。生きる喜びは、死を恐れないことと真逆だよ?」

「……ボクは悪い子ですか?」

「いい子すぎて、痛々しい。私を見習えたまえ。もっと独善的に、わがままに、思うように生きたほうがきっと世界は楽しくなる。私は世界がどうなろうが、宇宙へと上がる。その道を創ってみせる。この篠ノ之束という名を、原初の宇宙の開拓者として遺してみせる。そして、アイズ・ファミリアという名も一緒に連れて行こう。それが今の私の目的で、夢だよ」

 

 束の夢は何一つ変わっていない。ただ、そこへ同行者が加わっただけだ。

 

「アイちゃん、君は生粋の偽善者だよ。ただ、偽っているのは自分自身の価値っていう、本来はその人の根幹であるはずの“自己肯定”の善性。それが希薄すぎる。アイちゃん自身を支えるのは、セッシー達。アイちゃん、自覚してるね? セッシー達がいなくなったら、君は死ぬよ?」

「そう、でしょうね」

「人の夢と書いて儚い。まさにアイちゃんはこの言葉の体現者だね。いつ折れてもおかしくなかった半生を経て、確固として残っているのはずっと見上げていた空だけ。かつての恨みや憎しみだって、もう復讐する相手もいない。憎むってことは強いエネルギーが要る行為だからね。目的を失ったら霧散しちゃう」

 

 束は畳み掛けるようにアイズへ語りかける。それは虐めているようにも、慰めているようにも見えた。

 

「それなのにアイちゃんの心はダイヤモンドみたいに固い。はっきり言ってアイちゃんの若さでそのメンタルの強さは異常だよ」

「ボクは、強いなんて思ってないんですけど」

「そうだね。ダイヤモンドと同じ。ちょっとのことで壊れそうな、そんな危うさがある。ま、私も人のことを言えた立場じゃないけど、………アイちゃん、あなたも、私も、勝つか負けるか、生きるか死ぬかしかない。私たちの結果に妥協はない」

 

 次の決戦にこれまでのような引き分けはない。

 カレイドマテリアル社と亡国機業の衝突はどちらかが壊滅するまで止まらないだろう。トップであるイリーナとマリアベルもはじめからそういう心算だ。二人にとって決着を付けるとはそういうことだ。

 そしてそれはアイズも同じ。カレイドマテリアル社の一員として最期まで戦い抜く覚悟がある。そして、アイズ個人としても宿敵であるシールとの決着は絶対だ。

 それはアイズが決意した、この先の未来へと至るために超えなければならない運命だ。そのためなら、自分自身の命すら賭けてしまう。アイズは、そういう道を容易く選ぶ。

 自分の命を軽視しているわけではない。ただ、命よりも大事なものがアイズには多すぎる。たとえ命を長らえても、その生に意味を見いだせなければ価値はない。

 セシリア達に言えば、きっと泣かれてしまうであろうことも、しかしアイズの本心だ。

 

 自分勝手で我侭。それはまさしく自分のような人間のことだろうと、アイズは自嘲する。もう一人じゃ生きていけない、誰かの側で、寄り添っていなければ死んでしまうほど弱いくせに、自分のために戦うのだから。

 

「でも、ボクは戦う」

 

 しかし、それでもアイズは止まることはない。

 

「ボクは、どうしても見たい。この、空の先を。あの最果てを。その先のことまで、ボクは考えられない。きっと、ボクが一番ダメなところはそういうとこなんだろうなぁ……」

 

 未来に生きると決めたはずが、夢の先までの未来を見ていない。みんなそういうものかもしれないが、アイズはそこに至ったのならそこで終わっても構わないと思うほどに執着している。それがアイズの悪癖の根本的な原因だろう。無尽蔵とも思える我欲を抱え、その衝動のまま突き進む束との違いはまさにそこだった。束の夢には終わりがないが、アイズの夢は終わらせることができる。

 

「でも、目的ができた」

「ん?」

「行き止まりの夢しか見られなかったけど、――――シールと決着をつければ、違うものが見える気がする」

「天使もどき?」

「シールはボクにこだわっているけど、ボクもなんです。ボクにとっても、シールは特別です。セシィたちみたいな関係にはなれないけど、敵にしかなれないけど、それでもシールと戦うとボクはどこか満たされるような気持ちになるんです」

「ふぅん?」

「正直に言えば、これまで戦ってきて負けられない、っていうときは何度もあったけど………でも、どうしても勝ちたいって思えたのは初めてなんです」

 

 アイズは、戦いの勝ち負けにはそれほど執着しない。もちろん、負けるわけにはいかない戦場ばかりだったが、個人の感情で勝敗にこだわったことは少ない。以前、昏睡状態のセシリアを救うときでさえ、負けられない戦いではあったが結果としてセシリアが救えるのなら負けてもよかった。

 アイズが護るべきものは自分自身ではない。夢の続きであり、それを支えてくれる大好きな仲間たち。そしてなによりも、自身の命よりも大事だと思っているセシリア。この価値観が歪んでいると理解してもなお、意思を律するこの衝動がアイズの持つ熱の根源。―――その熱が言っている。

 

 支え合い、欠けたものを埋めるかのような半身であるセシリアとは対極の……――――、相容れずに、その道が交わることがない、しかし、否定しつつも認め合うもうひとつの自分の可能性には――――。

 

「負けたく、ない。ボク自身の意思で、ボクはシールを超えてみせる」

 

 シールを拒絶するためではなく、カレイドマテリアル社のためでもなく、ただ自分自身のために。

 

 アイズ・ファミリアが夢の先へと至るために。

 

「シールは、ボク自身のために、ボクがこの手で倒します」

「ならアイちゃん。私はそのときを見届けよう。宇宙を拓く先駆者として、あの星空からあなたを待っていよう。そのためにも……」

「はい。勝ち取りましょう――――すべてを」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

「…………用があったけどあとにしましょ」

「そうだね……」

「姉様……」

 

 鈴とラウラ、シャルロットはそっとアイズと束から離れていった。二人の会話を聞いたのは偶然だった。鈴は第三形態移行の方法を模索するために、ラウラとシャルロットも最終決戦に向けた強化パッケージの最終調整のために相談しようと訪れたのだが、どうやらアイズの切り札の実験をしていたらしいそれを目撃した。

 剣のひと振りで海を割ったその光景に絶句しつつ、その後の二人の会話をその気はなくても盗み聞いてしまった。

 

「あれ、聞いてよかったのかな?」

「今さらね。聞いちゃったものは仕方ないわ」

「そりゃあそうだけど」

「あの子もどうしてもこだわりたい勝ちがあるってだけでしょ。変に気を遣うようなことじゃないわ」

「僕は鈴みたいに簡単に割り切れないよ……」

「アイズがハードなもん背負ってるのはわかってたことでしょ。……ラウラ、いつまで落ち込んでんの!」

 

 トボトボという擬音が聞こえてきそうなほどに落ち込んだ様子のラウラを叱咤する。人一倍アイズを慕っているラウラにとって、先ほどのアイズの独白は衝撃だったのだろう。

 誰よりも真摯に夢を追いかけていると思っていたアイズが、その実自分自身の命には執着していないというのだ。命を脅かされることに対する恐怖をなくしてしまったというが、もしそれが本当ならどんなに悲しいことなのか。

 アイズが自分たちを大事に思ってくれていることは知っていた。その好意が嬉しかった。だが、それはアイズ自身よりも上だとすることについては嬉しさより悲しさを感じてしまう。思えば、確かにアイズの行動にはそうしたものが垣間見れた。

 

「夢の先がない。あって当たり前のようなものでも、アイズにとってはイメージすらないなんて……」

「あの子、前に言っていたのよ。今、このときそのものが奇跡だって。セシリアも、私たちも、みんな奇跡そのものなんだって。そのときは相変わらず可愛い純粋さだと思ったけど、……あそこまで儚いもんだとは思わなかったわ」

「あれは、きっと本音だ………姉様は、死を拒んでも恐れてはいない」

 

 だが、それは命知らずでも蛮勇でもない。ましてや勇気や度胸といったものでもない。かつて、命の価値が軽すぎた凄惨な幼少期の体験がその恐怖心を麻痺させた。既に失ったも同然なものとしての成長したアイズは、その命をあまりにも軽く見てしまっていた。

 

「セシリアは……」

「知ってるでしょ、当然。アイズは内緒とか言ってたけど」

「だよね……」

「セシリアはどこか姉様の無茶を諦観している節があるからな。もちろん、説教はしているが」

「矯正しようとしてきたけど、ダメだったっぽいわね。だからこそセシリアもあそこまで過保護になったか」

 

 納得したようにうんうんと頷く鈴に対し、ラウラは不満げに表情を歪めている。敬愛する姉が死にたがりと紙一重だと知れば心中は穏やかではないだろう。鈴はサバサバしすぎ、ラウラは心配しすぎ、この中ではシャルロットが一番まともな感性をしているだろう。そんなシャルロットが思ったことは「今まではっきり気付かなかったけど、言われればすんなりと納得できる」ということだった。

 

「私は、どうすれば……」

「どうにかしようとすることもないでしょ?」

「なに?」

「あたしたちで、あの問題児を守ればいいだけのことでしょう。ラウラ、特にあんたはあの子に近いんだから気張りなさい。アイズがあたしたちを命より優先してくれるっていうなら、あの子の命はあたしたちで守ればいい。それで対等、貸し借りナシのイーブンでしょ。簡単な足し算引き算よ」

「いや、それはどうだろう……?」

「鈴、おまえは頭がいいくせにやはり馬鹿だな。なにも足されていないし、引かれてもいない。………だが、姉様を守るという点だけは全面的に同意しよう。確かに、私ができるのはそれだけで、私がすべきこともそれだけだ」

「あんたもブレないわね。ま、ブレたらダメなんだろうけど」

「当然だ。私の最優先は姉様だ」

 

 ラウラにとっての絶対遵守がアイズだった。ラウラがどれだけアイズを慕っているかは鈴もシャルロットもよく知っている。これまで家族愛といったものに縁がなかった反動なのか、ラウラは初めて覚えた愛情を貪るようにアイズからの好意を受け、そしてアイズへの愛情を育んでいた。ラウラにとってなによりも大切なものとして揺るぎない存在となっている。

 だからアイズの側で、アイズの願いを叶えるために戦うことが自身の存在意義だとしていた。

 しかし、それだけでは足りない。アイズの持つ危うさは薄々感じてはいたが、それをはっきりと知ってしまった。死ぬことを恐れないという、人間の生存本能の欠陥がアイズを蝕むというのなら、ラウラは襲い来る危機を払いのける盾になるまで―――。

 きっとアイズはそんなラウラを悲しむだろう。だが、これは他の誰でもないラウラの意思で決めたことだ。こんな自分を妹だと言ってくれたアイズに報いることこそが、ラウラが今生きる目的であり意義なのだ。

 

「ま、戦う理由は人それぞれね。シャルロット、あんたも似たような理由でしょう?」

「……まぁ、ね。そういう鈴は?」

「いろいろあるけど、あたしのこの力が役に立つなら喜んで戦場を駆けてやるわ。それこそがあたしが最強になるためのあたしの修羅道よ。友のため自分のためってね」

「ブレないね」

「でも、今回は気合の入り方も違うわ。……ここまで負けられない戦いは初めてよ」

「そうだな、負ければなにもかも終わりだ」

「カレイド社としても、個人としても、まともな結末にはならないだろうね」

「個人の理由は違うけど、目的は同じなら上等でしょう。そのための準備期間もあとわずか……もうそんなに猶予もない。博士にはあとで見てもらうとして、今はできることをやりましょう」

 

 三人がたどり着いたのは格納庫。決戦に向け、さまざまな機体や武装の調整がされており昼夜問わずに機械音が響くその場所に、それらはあった。

 それぞれの愛機が調整用ドッグに格納され、追加装備やカスタマイズが今現在も施されている。

 追加装甲を加え、さらに継戦能力を高めた甲龍。弱点である火力を補うために数々の火器を装備したオーバー・ザ・クラウド。

 そしてなにより目に付くのは本機の何倍もある巨大なユニットを装備したラファール・リヴァイヴtype.R.C.。その巨大ユニットからは大小さまざまな火器が見え隠れしており、ブルーティアーズの追加パッケージ【ジェノサイドガンナー】と同様に武器庫そのものを搭載しているかのようだ。

 幾多ものケーブルと機器が繋がれ、何人ものスタッフがデータ取りを二十四時間体制で行っている。

 

「突貫だったから、まだまだデータが足りない。あとはできる限り試験運用だね」

「あたしらのやることはこいつらを使ってひたすら戦うことね」

「時間がない。今日も六時間耐久のバトルロワイヤルだ。あと一月以内には実戦投入レベルに仕上げるぞ」

 

 猶予はあまり残されてはいない。やらなければならないことは山ほどあるが、それでもやるべきことははっきりしている。

 

 決戦の勝率を少しでも上げること。

 

 そして、その時に向けて士気を高めること。

 

 各々がそれぞれ戦う決意と戦う牙を静かに研ぎながら、不気味なほど平穏とも思える日々を過ごしていき―――――そして、そのときがあっけなく訪れる。

 

 ――――今からおよそ二ヶ月後。

 

 亡国機業から、ついに直接的なアプローチが仕掛けられた。

 

 マリアベルの笑い声が聞こえてきそうなその宣戦布告は、軌道エレベーターを目掛けてアメリカの軍事監視衛星を落とすという暴挙から始まった。

 

 

 

 




大変長らくお待たせいたしておりました。仕事が多忙すぎてモチベーションに回復に一月以上もかけてしまいました(汗)

次回から前哨戦、そして決戦へと向かっていきます。しばらくはまだ時間の余裕も少ないのでゆっくり更新になるかと思いますのでゆったりとお待ちください。

それではまた次回に!

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