双星の雫   作:千両花火

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Chapter13 終幕・最果ての宙編
Act.130 「最後の巨壁」


 歴史が動く姿があるとすれば、この瞬間こそがそうだと言えるだろう。

 

 重々しい空気が充満するその一室では、多くの人間がたった二人の人間が醸し出す空気に呑まれていた。それは、例えるなら二つの怪獣がぶつかる場に居合わせたかのような圧倒的な理不尽さと、世界が終わるその時にグラウンドゼロに居合わせたような絶望感、そして今まさに猛獣の腹の中にいるのではないかとすら思えるような不安。それらが凝縮され、この空間に満ちていると断言できるほどにこの場は紛れもない死地であった。

 この場を支配しているのはたった二人の女性。この二人がにらみ合っているだけなのに、周囲は地獄のように命の危険すら感じさせる修羅場へと変貌している。

 百人以上を余裕で収容できるホールであるが、既にいつ血を見ることになるかわからない戦場と化していた。普段は結婚披露宴も開かれることもあるほどの豪華な装いであるが、ところどころに椅子やテーブルが散乱しており、それが混乱の爪痕として残されていた。

 しかし、そんな場の惨状に反して誰も声を発していない。ただ時計の針が動くわずかな音だけが響いている。たった二人の放つプレッシャーがこの場そのものを押しつぶしているかのようだった。

 

「うふふ」

 

 そのうちのひとりはそんな修羅場を演出しているとは思えないほど気安い笑顔を浮かべている。金糸のような長い髪と整った容貌は、その表情のせいで大人というより無邪気な子供のような印象を抱かせる。

 対する女性も、その姿はとてもよく似ていた。その身を仕立ての良いスーツで包み、腕を組んで笑いかけてくる目の前の女性をゴミでも見るかのように見返している。対局の表情を浮かべつつも、両者の眼の奥底には狂気すら垣間見える。

 どちらも逆らってはいけない人間―――――そう本能で察した人間は、この場で口を挟むなどという愚行をしまいとただ口を噤んでそのグラウンドゼロを見つめていた。

 

「相も変わらず、……迷惑なことしかしないな、貴方は」

「あら、あらあら。あなたに言われたくはないわね、イリーナ。人生には潤いや刺激がなきゃつまらないでしょう?」

「その刺激とやらがこの茶番か? 脚本家の才能はないな」

「その代わり演出家としての才はあると自負しているわよ?」

「クズが。お前が私の姉などと、私の人生で最悪の汚点だよ」

「あら、つれないわねぇ」

 

 二人の背後にはそれぞれの護衛と思しき人間たちが臨戦態勢のまま固唾を飲んで見守っている。

 しかも、この二人の側には武装状態のあの無人機が鎮座しているのだ。もしこの場で暴走でもすれば少なくない数の人間が犠牲になるだろう。

 なにかしらの動きがあれば、即座に対応できるように武器を握る者や、ISを起動させようとする者など、実際にそうなったときどれだけの被害が周囲に及ぶのか想像できないほどにその危険性はどんどん高まっていく。イリーナとマリアベル。この二人がなにか失言を言うだけでそれは容易く導火線に火をつける結果となるだろう。

 

(………息苦しいのは気のせいじゃないわね。プレッシャーで窒息されそうよ、マジで)

 

 そんな只中にいる凰鈴音はこの場に居合わせてしまった自身の運のなさを悲観していた。

 

 

 ***

 

 

 鈴は今回、このIS委員会が各企業の代表者を招いての会合の護衛任務としてついて来ていた。慣れないスーツに四苦八苦しつつただじっと成り行きを見守っていたが、予想通りというべきか、それは容易く修羅場へと変わってしまった。

 穏やかだったのははじめだけだ。それまではイリーナもおとなしくしていたし、表面上はそれなりに有意義な対話がなされていた。

 もはや無意味となったISコアに関する条約の改訂から今後の新型コアの流通、取引の規定など、鈴が聞いていてもなかなか説得力のある案ばかりだった。とはいえ、裏事情を知る鈴からしてみればそれを提案しているのがマリアベルであるレジーナ・オルコットなのだからなにか裏を勘ぐるのは当然であろう。

 それに関してはイリーナも表面上は肯定的な態度で応じていた。それはまさに嵐の前の静けさだった。表面上の穏やかさを断ち切るようにマリアベルがあたかも今思い出したかのように口を開いた。

 

「ああ、そういえば。IS技術の管理として、皆様方の所有するIS、及びIS関連技術をすべて提示してもらいます」

 

 その瞬間、空気が変質した。鈴は、空気が凍るという表現の意味をその身で実感した。隣にわずかに眼を向ければ、同じく護衛として同行したラウラが目付きを鋭くさせていた。それもそのはずだろう、マリアベルが言ったことは、世界中のすべてのIS関連技術を管理、支配することと同義なのだ。

 つまり、カレイドマテリアル社にとって生命線であり、貴重な財産であるIS関連技術――――――新型コアの製法、ISに搭載可能なサイズの量子通信器、大出力エネルギーを確保できるジェネレーター、そして距離の概念を超越するSDDシステム。果ては宇宙空間を活動圏にする軌道宇宙ステーション、軌道エレベーター、IS運用母艦スターゲイザー。そのすべてをよこせと、そういうことなのだ。

 それを理解できない人間はこの場にはいない。一瞬で場の空気が殺気立つ。これは明らかに宣戦布告にも等しい言葉だった。

 鈴が目線をイリーナの横、後学のためにとイリーナの補佐としてこの場に立つシャルロットも普段の愛くるしい表情からは想像できないほどに暗く、冷たい顔をしていた。イリーナから教育を受けてきてからというもの、シャルロットも凄みや貫禄といったものが現れてきている。

 この場のほとんどの人間がそんな殺気立ってマリアベルを睨むが、そのマリアベル本人はまったく変わらない微笑みを浮かべている。

 

「それはあまりに横暴でしょう」

「あら。それは今さらでしょう? 管理するというのならそれなりに強権を使わないと。でなければ少なくとも一人勝ちで終わってしまいましょう。ねぇ、カレイドマテリアル社のイリーナ・ルージュさん?」

「………ほう」

 

 名指しで意見してきたマリアベルに、イリーナはただ笑みだけを返した。ただそれだけなのに、周囲の温度が下がったように感じられた。隣に座っていたシャルロットがビクッと身体を震わせて顔を青くする。少し距離があり、背後に立つ鈴でさえイリーナから発せられたプレッシャーで冷や汗が出たというのに、真横にいるシャルロットにはたまったものではないだろう。鈴の主観ではあるが、マジギレした師の雨蘭に迫るほどの強烈なプレッシャーだ。チラッと視線を向ければラウラも気圧されたように少し挙動不審になっている。

 そんな小娘では耐えられないような圧力をごく自然に発しているイリーナ・ルージュは暴君の二つ名に相応しい凄みのある笑みを浮かべてマリアベルへとその視線を固定する。まるで睨めっこでもするように二人の視線は重なったまま揺るがない。

 

「我が社になにか?」

「実に素晴らしい優良企業です。これまで誰も成し得なかった宇宙開拓事業の発展、それに伴う利益を世界へと演繹する姿勢。暴君と呼ばれている反面、非常にまともな運営をしていらっしゃる」

「それはどうも」

「これまではISというものを間違った使い方しかできなかった。あなたのように、戦力ではなく、世界そのものを発展させるように使う者があまりにも少なかった。それはさまざまな要因はあれど、はっきりいえばISそのものが強すぎたが故でしょう」

 

 強すぎた。だから世界を歪めてしまった。

 それは真実だ。それはイリーナも、束も、他の見識のある者なら誰もが思っていることだった。単機でも現在の軍事力を覆すほどの能力と発展性を持つ規格外。空における活動をほぼ無制限に行うことのできるスペックと、操縦者を保護する絶対防御というシステム。本来ならば当初に束が想定していたように、局地的、または限定空間内における活動を行うためのパワードスーツとして世界に出るはずだった。

 しかし、世界がそれを知ったのは【白騎士事件】。知っている者は少数であるが、それ自体が図られた壮大なマッチポンプだったその事件によってISは現行していた軍事力を塗り替える存在だと知らしめてしまった。

 

「ISがどのような意図で作られたにせよ、その価値、その力を今さら覆すことはできないわ」

「もっともだ。だが、それがどうした? 使う人間がいる以上、ISそのものの価値を不変にしても意味はない。使い方が違えば価値も変わるものだ」

「ええ、でも、果たしてそれを世界が許してくれるのかしら? 宇宙開拓事業といっても、ちょっと手を加えるだけであなたたちの船や基地、そしてISは簡単に世界中に戦火をもたらせるでしょう。スイッチは押さない、と言い張る人間に爆弾を預けるほど世界は寛容ではないでしょう」

 

 イリーナとマリアベルの応答は既に社交辞令すらなくなっていた。多くの人間の眼があるにも関わらずに、二人はそれらを完全に眼中から外して対話していた。周囲の人間も、そんな身勝手ともいえる二人に口をはさもうとはしなかった。二人から発せられるプレッシャーがそれを許さなかったのだ。

 しかし一方、マリアベルの言っていることは事実であった。

 如何にISを宇宙開拓として使うと言っても、それは既に強大な軍事力と同義であると歴史が証明している。

 

 軌道エレベーターと軌道ステーションが軍事基地として機能したら?

 

 距離を超えるスターゲイザーが軍艦として使用されたら?

 

 量子通信技術が独占されたら?

 

 新型コアに、もし強制停止システムが組み込まれていたら?

 

 カレイドマテリアル社は、間違いなく世界を征服できるだろう。まさか、と思うような人間はここにはいない。可能かどうかという話ならば、誰もがその答えをわかっている。

 イリーナでさえ、それはわかっている。その気になれば、イリーナ・ルージュは世界そのものを手にすることができる、―――と。

 

 それはただの可能性、いや、言いがかりにも等しいことだ。しかし、それでも人は思う。思ってしまう。

 

 “もしも”――――その可能性を、疑ってしまう。

 

「皆様はどうかしら? 絶対の保証がない中、その全てを彼女の手の中に置いたままで、安心できるのかしら?」

「――――――。」

「それとも、なにか言い分でも?」

 

 イリーナは何も言わない。何を言おうが、一度根付いた疑念を払拭することはできないとわかっているからだ。口約束だけならばなんとでも言える。しかし、マリアベルが言った疑惑を解消することは不可能だ。なぜなら、それは得てして誰もが一度は思ったであろう懸念だからだ。

 そして、それは事実でもあるのだ。

 イリーナがその気になれば、確かに世界を手中にすることも不可能ではない。力による支配ではない。世界経済を人質にとるような手段でそれは可能だ。そして現在世界に拡散している新型コア搭載型の支配システムも、可能だったことも確かだ。それは搭載しておらず、束も作りたがらなかったためにそんなものは存在しなかったが、できるかどうかと問われれば「可能である」となってしまう。

 だから否定しきれない。ないものをないと証明はできない。マリアベルの話す疑念を晴らす術はイリーナにはなかった。

 

「私が何を言ったところで、変わらないだろう」

「ええ、ええ。その通り。だから選択肢がないことも理解しているのでしょう?」

「私たちが反旗を起こさないように、縄と鈴をつけるべきだ、と?」

「それが管理者であるIS委員会の責務でありましょう」

「ほう、責務、ね。ではIS委員会の暴走は誰が止める? IS技術を吸い上げるのなら委員会にも同じ疑惑が生まれるが?」

「あら、そんなイタチごっこな議論に意味などないでしょう。我々だから管理する。ただそれだけですわ」

「詭弁を。先代もそうだが、委員会の管理などただの搾取だろう。しかも謀で得た立場で随分なことを言う」

「あら、ならば私が“彼らの死亡に関わっているとでも?”」

「…………」

「では“その証拠でも探してみましょうか?”」

 

 マリアベルがニコニコ笑いながら言った言葉に、イリーナは内心で舌打ちしながら沈黙する。それはマリアベルの言うように、委員会の前任を皆殺しにした証拠があるとは思っていないこともあるが、それ以上にそんなものが表に出ればマズイことになるのはイリーナも同じだからだ。

 なぜなら、前任者たちを皆殺しにしたのはマリアベルだが、間接的にそれに同意して協力したという事実がある。それを表沙汰にされると、イリーナの計画も狂う恐れがある。そうなればマリアベルと共倒れになるしかない。

 油断していたわけではないが、完全に術中に嵌ってしまった。それもある程度は覚悟していたが、この場での支配権を取られてしまった。おそらく、マリアベルはここまで考えてイリーナに話を持ちかけたのだろう。もっとも、イリーナにとってベストではないがベターに近い状況だ。この程度のリスクは折込済み。もともと亡国機業との決戦は予定していたことだ。それがどんな形でも、結局はそこに行き着いてしまうのだ。

 

「皆様はどうかしら? カレイドマテリアル社にこれ以上出張って欲しくないという方は、けっこういるのではなくて?」

 

 挑発とも取れるその言葉に、少なくない人間が目を逸らす。それは図星だからにほかならない。確かにイリーナの提案に乗れば莫大な利益が手に入る。しかし、それは同時にカレイドマテリアル社の絶対的権力を得るに等しい。資金力、技術力、そして宇宙開拓における先駆者となるカレイドマテリアル社に敵う企業は存在しなくなる。いや、既に対抗できる組織などいないだろう。それは軌道エレベーターと軌道ステーションが完成すれば覆すこともできない。

 だが、逆を言えば今ならまだ間に合うのだ。

 カレイドマテリアル社が持つブラックボックスともいえる超技術の数々、新型コアやオリハルコンの製造法など、イリーナ・ルージュの庭には金になる木がそれこそ森のように聳えている。その金になる木を伐採し、乱獲したいと思うのは欲を持つ人間が抱く感情だろう。

 今回のマリアベルの提案は、企業としての競合を考えれば躊躇うものの、カレイドマテリアル社の独占にも似た現状を崩し、その利潤を奪えるまたとないチャンスとなる。

 もちろん、良識のある者はそのマリアベルの提案に不快感を示している。しかし、それは全体の二割にも届かない。ほとんどの者はマリアベルの言霊の毒に侵されてしまっていた。

 

「くくっ……」

「おや?」

「いや、なかなか面白い詭弁だ。つまり委員会として、技術力に開きがありすぎる我社の台頭を許さない。許さないから宇宙への進出を認めない、と」

「そうね」

「それがどれだけ厚顔無恥なことなのかはこの際置いておこう。だが、はっきり言わせてもらえば、委員会に命令権などないし、要請に従う理由も義務もない。忘れている方も多いようだが、我社は――――そしてイギリスは既にIS委員会から脱退している。あなたたちになにか言われる謂れはないし、そして我社もなにか口を挟むつもりもない。今日、この場に来たことも最低限の礼儀を通したまでだ。本来なら無視してもいいことだったことは理解してもらおう」

 

 そもそもイリーナがこの無意味とも言える会合に参加したのはただ宇宙開拓事業という巨大プロジェクトを発足させた手前、脱退したとは言え多少の説明責任があると思ったから。関係を切ったといっても、それくらいの義理はある。イリーナ個人としては意味はなくとも、世界との関係をあまり悪化させることは下策だとわかっているから最低限の行動は通している。

 もっとも、今回のことはひと波乱あるとはじめからわかっていた。だからマリアベルの茶番も想定内だし、たとえ亡国機業だけでなく、甘言に誑かされたものすべてを敵に回してもイリーナの目的も、やるべきことも何一つ変わらない。

 

「我々は企業利益を追求しているだけの商売人だ。私たちの“経済活動”が気に食わないというのなら勝手にするがいい。だが、我社は狩られるだけの羊とは違う。もし敵対しようと思うのならせいぜい奮起することだ。私は、噛み付いてきた獣を許すほど心は広くないし、そして容赦するほど優しくはない」

 

 イリーナの視線が変わる。不機嫌さは消え、ただ機械的に排除するものを確認するような感情の込められていない能面のような顔であたりを見渡した。その時の反応からおおよそ敵となり得る者の顔を覚えたイリーナは最後にマリアベルを見やる。一様にイリーナに畏怖や恐怖を覚えているほかの人間と違い、変わらずに友好的ともいえる笑みを浮かべている魔女に、イリーナは嘲笑を込めて笑いかけてやる。

 

「なるほど。ではこちらの要請には応えない、と」

「応えてよかったのか?」

「いいえ、そうなったらつまらなかったでしょう。やはり、“こうでなくては”」

 

 パチン、とマリアベルが指を鳴らす。妙に響き渡ったその音で、これまでこの場に延滞していた不穏の空気がついに弾けた―――。

 

「………! 社長、お下がりを!」

 

 いち早くその気配を察したイーリスがイリーナとシャルロットの前へと飛び出た。既にその手には銃が握られている。何事かとシャルロットが声を出す前に、轟音が響き渡った。

 

「ッ、無人機!?」

 

 突如としてその場に乱入してきたのはこれまで幾度となる戦い、駆逐してきた無人機。

 束曰く、「不細工な代物」とされる無機質な威容を持つ、戦うためだけの存在。束やアイズにとってはISの紛い物、これをISと同じだと言われることすら腹立たしいと言うほどにカレイドマテリアル社にとっても嫌悪の対象となる存在だった。

 すぐさま護衛として同行していた鈴とラウラが飛び出て待機状態のISを構える。なにかあればすぐさま起動できるようにしながら乱入してきたその機体を睨む。二人に遅れてこの場においては護衛対象となるはずのシャルロットもラウラの横に並びでる。

 

「シャルロット、今のお前は護衛ではないだろう。下がっていろ」

「そういうわけにもいかないよ。あれが一体とは限らないでしょ」

 

 現れたのは一機だけだが、それでも生身の人間には脅威そのものだ。鈴やラウラにしてみればこれまで戦ってきたのはそのほとんどが数の不利となる状況、すなわちバカみたいに数を揃えて物量で攻めてくる場合ばかりだったので単機では若干拍子抜けした気もしないわけではない。

 もちろん、油断なんてない。単機では驚異度は低いが、それでも生身のイリーナを守ることを考えれば難易度は決して低くはない。周囲の人間は半ばパニック状態だ。

 

「なんのつもりだ?」

「私、暗躍は好きだけどわかりやすいのも好きなの。だから今回はわかりやすい手段を提示してみたのだけど、気に入らなかったかしら?」

「ほう。では武力行使も辞さない、と?」

「それはあなたたち次第よ」

「馬鹿が。そのような手段で世界を統べられるものか」

「ああ、誤解がないように言っておきましょう。―――――“そんなものはとっくに終わっている”」

 

 その言葉にピクリ、とイリーナが眉をひそめる。ニコニコと笑い、それ以上語ろうとしないマリアベルを見据えつつ、予想した中でも最悪に近い状況だと察して内心で舌打ちする。

 そんな様子を見ていた鈴やシャルロットたちも気が気でないが、とにかく今は有事の際に即座に対処できるように構える。

 そしてマリアベルの背後でも同じようにISを即座に起動できるように構えている見知った顔が見えた。

 オータム、マドカ、スコール。亡国機業におけるエース級の幹部たちだ。シールやクロエはいなくとも、戦力は過剰といえる面子だ。その中でオータムが鈴の視線に気付いたのか、挑発してきたが無視してやった。殺気があからさまに増して鈴にぶつけられたがそれでも無視する。はっきり言って構っている余裕などあるはずもない。

 いつの間にか会場からは人気がなくなっている。マリアベルとイリーナの関係者以外はほとんど逃げ出したらしい。

 

「ここで一戦交える気か?」

「それも面白いけどねぇ」

「ならその前に一応聞いておこうか」

「どうぞ」

「貴様、無人機にウイルスプログラムを仕込んでいるな?」

「ええ」

「無人機を仕入れた国は全て貴様の傀儡か」

「そうね。まぁ、アメリカはさすが大国だけあって派閥を取り込んだだけだからあとひと押し要るけど、あなたの想像通りで合っていると思うわよ。言ったでしょ? 暗躍は好きだけどわかりやすい手段も好きだって。だからとってもわかりやすい、それこそ馬鹿でもわかる脅迫をしてみたの。まぁ、これは私じゃなくて先代の委員会がやってたことでね。せっかくだからそのまま利用させてもらったの。でも私はちゃんと飴も用意しているわよ?」

「その飴が、ウチの技術か」

「あなたは紛れもない天才よ、イリーナ。でも、あなたは優秀すぎる。勝ちすぎてはいけないことを理解していても、それでも人の欲をまだわかっていない。利益を世界に演繹しても、セルフィッシュな欲が出てしまうのが俗物というものよ。ここまでやってきた手腕は流石だけど、あなたが持つものはあまりにも美味しすぎるのよ」

 

 だからマリアベルの扇動に簡単に乗せられてしまう。今回のこの暴挙でさえも、参加していた人間の中にその疑惑を都合のいいように解釈させてしまう。イリーナとマリアベル。互いに善人ではないし、腹にいくつもの暗いものを抱えている人間ということにおいては変わらない。それでも、どちらの味方をするべきかと問われれば二人を良く知らない人間はごくごく簡単な理由で選んでしまう。

 

 

 

――――どちらについたほうが、得なのか。

 

 

 

「飴と鞭ってこういう使い方をするのよ?」

「性悪が、偉そうに。そのムカつく顔をやめろ」

 

 マリアベルにつけばカレイドマテリアルが持つ技術、そして宇宙開拓の利権を得られるかもしれない。イリーナについても宇宙開拓の主権は取られるが、それでも莫大な利益獲得のチャンスがある。これだけなら押しは弱いが、“無人機の支配権”をちらつかせればあとは簡単だ。

 かつて先代のIS委員会が躍起になってばら撒いていたIS無人機。それらが実は簡単にリモートコントロールできると知れば、それは懐に爆弾を抱えてしまったことと同義だ。たった一手で王手をかけられる。

 

「さて、あらためて聞きましょう。イリーナ。私と敵対するなら今の世界の勢力図は私たちとあなたたちでおおよそ半々くらいかしら? フェアプレイの精神でそのくらいになるように情勢は操ったつもりよ。宇宙に出たいあなたたち、それを邪魔したい私たち。まぁ答えなんて聞くまでもないけど、ここはちゃんと言っておきましょう」

 

 舞台の上で演じるように仰々しく腕を掲げる。それこそ主演女優のような雅さと艶やかさに満ちた笑顔を浮かべて心底楽しそうにマリアベルは宣告する。

 

「私たちに逆らう気かい? 今なら世界の半分を上げよう。一緒になって世界を獲ろうじゃないか!」

 

「……………」

 

 なにかを諦めたように大きくため息をつき、ゆったりとした動作で懐から煙草を取り出すと慣れた手つきで火をつける。精神を落ち着かせるように紫煙を肺に入れ、実際に落ち着いたのか、先ほどよりも幾分か落ち着いた表情を見せたイリーナは威嚇ではなく、初めて友好的ともいえる笑みを見せた。

 

「姉さん、私はな……」

 

「うん?」

 

「昔から、貴方のことが大嫌いだったんだ」

 

 ただ淡々と思ったことを口にした、という様子に固唾を飲んで見守っていた鈴たちも笑いそうになった。含むものがなにもない穏やかとすらいえる声とその正直すぎるほどのあまりの言葉に、全員がわずかでも呆けてしまう。

 

「だから貴方と協力するなど反吐が出るし、私が貴方にいうことはひとつだけだ――――――死んだ人間が邪魔をするな亡霊、……お前は邪魔なんだよ」

 

 イリーナの言葉に、マリアベルの護衛であるスコールたちが殺気立って前に出ようとする。その動きを見てIS持ちである鈴やラウラも動く。

 

「下がれ」

「落ち着きなさい」

 

 一触即発となった場面で、しかしイリーナとマリアベルが制して膠着状態となる。それでもいつ暴発してもおかしくないほどに両陣営の戦意は昂ぶっている。

 

「じゃああなたとは決別ね」

「はじめから貴様とつながっているものなど、ありはしない」

「あら、姉に向かって失礼ね」

「貴様が本物の姉さんなら侮蔑するし、偽物なら嫌悪する。それだけだ」

「なら、嫌われることになりそうね。まぁ、それは本物でも変わらないんでしょう?」

「お前は偽物でよかったな。もし本物なら今、ここで躊躇ったりはしない。レジーナ・オルコットは私にとってこの世で最も唾棄するべき存在だからな」

「その考えには賛同するわ。レジーナ・オルコットは邪悪そのものだからねぇ。でも、あの女はもう終わってるわ」

 

 そこで初めてマリアベルの笑みが変わった。ゾクリとする底冷えするような粘着質のある爬虫類のようなねっとりとした殺気が発せられる。イリーナは動じていないが、まだ若い鈴やラウラ、シャルロットは思わず一歩下がってしまう。それは殺気を恐れたというより、その気味悪さに忌避したというほうが正しい。

 

「因果応報。既にあの女は報いを受けたわ。あなたの分まで私が惨めに殺しておいたから安心なさい」

「…………」

「残っているのは、あの女の残滓の私だけ………あなたたちの敵としては相応しいでしょう」

「そうか」

 

 おぞましいほどの姿を見せるマリアベルに対してそれだけを返すとイリーナを背を向けた。もう用はない、というように視線を向けようともしなかった。

 

「顔を合わせるのはこれが最後だろう」

「そうかもね」

「……最後に聞いておこう。おまえは誰に肩入れしているんだ?」

「愚問ね。これまで何度も言ったはずよ? ――――私は、ただセシリアのためだけを思っている。やり方は私好みだけどね」

「なるほど。オリジナルを殺したのもそのためか?」

「そうねぇ、だってあいつ、ウザかったでしょう?」

「違いない」

「嫌いだったとはいえ、実の姉だったのでしょう? 仇討ちでもするのかな?」

「まさか。せいせいするよ」

 

 薄く笑うイリーナは護衛たちに合図を送り撤収を指示する。鈴やラウラたちも油断なく警戒しながらイリーナを守りながら退いていく。激突は避けられたようだが、それでも未だに殺気立った空気はまったく薄れていない。この場における誰もが理解しているのだろう。

 次に会うとき、それは最後の決戦になるということを。

 

「さようなら、姉さん。貴方が残したもの、せめて妹である私が精算してやろう」

「さよならイリーナ。セシリアによろしくね」

 

 

 

 

 姉妹の因縁は多くの因果を収束し、そしてとうとうその果てに至る。

 

 ―――――これが、世界の未来の行く末を左右する決戦の幕開けとなった。

 

 

 

 

 




とうとう最終章の開幕。

いよいよ最終決戦編に突入です。さて、最終章は何話かかるのやら(汗)

もはや原作乖離どころではないですが、最期までお付き合いいただけると幸いでございます。

それではまた次回に!

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