双星の雫   作:千両花火

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Act.127 「心を溶かして Ⅱ」

「ボクが、それに応えるなんて思っていないんでしょう?」

 

 一緒に来ないか、と聞かれて驚いたアイズではあったが、すぐにそう返した。シールもそれがわかっていたようで、特に残念がっている様子もなく薄く笑っていた。

 

「ただの戯れですよ」

「そんな冗談を言うタイプとは思わなかった」

「そうですね、私もそう思います。まぁ、ただの確認ですよ」

「確認ねぇ……」

 

 いったい何の確認だろう、とアイズは首をひねる。アイズがセシリア達を裏切るなんて、たとえ死んでも有り得ないことだ。それは比喩でもなんでもなく、純然なアイズの中にある絶対的な優先順位によるものだ。そもそもアイズは仲間たちに心配されるほどに自己に降りかかるリスクを顧みないという悪癖があるが、アイズは決して死にたがりではない。むしろアイズ自身は我欲は強いほうだと思っている。だからこそ、自分が大切だと思うもの、愛情を抱くもののためならなにをしても守ろうとする。そして、それは対価として自分自身を差し出せるほどに、アイズにとっての絶対遵守ともいえる律だ。

 強い信念といえば聞こえはいいが、これがある意味で傲慢な自己満足であることもアイズは理解していた。その上で、アイズはこうした生き方を選んでいる。反省はする。改善もしようとする。だが、後悔しないためなら迷わない。歪ともいえる鋼の精神は、アイズの過酷な半生がもたらしたものだった。

 

「その上で言ったってことは、あながち冗談でもないの?」

「そうなれば、それはそれで面白そうだと思っただけです」

「シールとは友達になりたいって思うけど、ボクは亡国機業には賛同できない。空を目指すことができない世界なんて、ボクは認めない」

「……ええ、そうでしょう。私たち亡国機業がしていることは、まぁ、言ってしまえばあなたたちの邪魔……相反することでしょうね」

 

 イリーナを頂点として動くカレイドマテリアル社。そしてマリアベルを頂点とする亡国機業。アイズとシールが、それぞれの陣営にとって中枢と関わる立場にいることは互いに承知しているし、それぞれの目的が交わることのないものだということもわかっていた。

 イリーナの目的は、人が宇宙へと飛び立つ世界を作ること。だから篠ノ之束という、薬にも毒にもなるカードを擁し、ISを宇宙開拓に使うことでその現実味を大きくさせた。スターゲイザーや軌道宇宙ステーション、そして軌道エレベーターの建造など、決して夢物語ではないという説得力を持たせて世界を変革させている。

 それに対し、亡国機業はそんなイリーナにとって邪魔をしてきたIS委員会を傀儡にしてきた組織だ。その手は各国の軍隊や、政府にも及ぶという、現代において最悪、最大の秘密結社。その目的は曖昧なところも多くはっきりとはわかっていないが、首魁であるマリアベルの言葉を信じるのなら、亡国機業―――マリアベルの目的は、イリーナが率いるカレイドマテリアル社、そしてマリアベルの娘がいる所属部隊セプテントリオンと“遊ぶ”こと。

 

 つまり、はじめからこの二つの組織は手を組むことなど有り得ないし、停戦もまた有り得ない。

 

 だから、お互いに倒すべき敵なのだ。

 個人の因縁を抜きにしても、それだけでアイズとシールが手を組むことは有り得ない。先のIS学園での共闘は極めて特殊なケースだった。それも同じ敵と成り得る存在がいたから、というだけ。そして共闘したほうが効率よく排除できる、ただそれだけの話だ。

 しかし、あれが最初で最後の共闘だった。互いの敵となる存在が消えた今、手を組む可能性はゼロだ。

 

「ボクは、プライベートでなら仲良くしたいんだけどね」

「そんなことをすればあらぬ疑いをかけられますよ」

「うーん、ボクに諜報は無理って言われてるんだけど」

「その能天気な性格なら相手を骨抜きにするハニートラップができるんじゃないですか? ……いえ、あなたの場合はファニートラップですね」

「あれ? なんかバカにされてる?」

「確認しなきゃわからないんですか? そんなことだからそう言われるんですよ」

 

 皮肉屋なところがあるシールの言葉にも腹を立てたりせずにケラケラと笑うアイズ。それはアンバランスなようで、しかしどこか噛み合った友人同士の会話のようだった。プライベートで仲良くしたい、というのはアイズの本音であるし、シールもこんな場を用意するくらいだから少なからずそれに同意する部分はあるのかもしれない。

 もっとも、今のシールではそれを認めることはないだろうが――。

 

「でも、そっか。シールと友達になるのは難しいなぁ。ボクはいつでもウェルカムなんだけどなぁ」

「そんな未来は有り得ないと言ったでしょう。私は、あなたの犠牲の上に立っている。あなたを踏みにじり、生きる私と、恨みや憎しみ以外のいったいなにを語らうというのです?」

「好きなお菓子とかどうかな? ボクはシュークリームかな。シールはマカロンだっけ? ほら、こんなことを話せるんだから、いい加減認めてもいいのに」

「黙りなさい。まったくタチが悪い。あなたのそれは天然ですか?」

 

 少し不機嫌そうになったシールを見て、アイズも苦笑して「ごめんね」と謝る。さすがに今のは冗談のつもりだったが、シールの機嫌がナナメになったことを察して内心慌てていた。束とは違ったベクトルに、アイズもまた本音と冗談の境界線が曖昧であった。そのあたりも似たもの同士であった。

 

「でもシール? 恨みや憎しみっていうけど、……ボクの上に立っているっていうあなたは、ボクにそんな感情を持っているの?」

「…………」

「それはボクの問題であって、ボクはそれ以上にあなたのことは気に入っているつもり。まったくない、なんて言うつもりもないけど、……そうじゃなきゃ、こんなお誘いに乗ることもなかったよ」

「理解、……できませんね。やはりあなたは頭がおかしいんじゃないですか?」

「うーん、一方通行な愛情はダメだし、本当に難しいなぁ。ボクたち、なんで友達になれないのかな? こうして一緒にご飯だって食べているのに」

 

 それだけでも出会った当初のことを思えば信じられないことだ。思い返せば接戦とはいえ、アイズが押されていることが多く、海に沈められそうになったりもしたことだってある。あのときのシールは今よりもはっきりとした敵意をアイズに向けていた。

 しかし、今は違う。たとえシールの気まぐれだとしても、それでもいいと思っているほどにはアイズに少なからずの関心を持っているということなのだから。

 

「否定し合っているのに、友情なんてありえないでしょう」

 

 ぷいっと顔を背けるようにシールが言う。言葉は冷たいが、アイズはむしろ微笑ましく思ってしまう。どうやら目を見ればわかるシールにとって、目をそらすという行為は心の内を仕舞うことにつながっているらしい。その言葉が虚勢のように感じられた。今のシールは意地を張っている幼子みたいに見えた。

 

「……認め合って、言葉を交わして、それでいて触れ合ったのに?」

 

 だから、アイズは踏み込んだ言葉をシールへと向けた。そう、アイズはもうシールを認めているし、受け入れている。確かに正体を知ったときは驚愕した。憤怒もした。そして殺意すらあったことも否定はしない。ギリギリで踏みとどまったとはいえ、レアがいなければかつてのアイズのように呪いのような感情でシールを否定していただろう。

 だが、それはシールの“生まれた理由”に対してだ。それはシールという存在を形作る要因のひとつでしかない。頭を冷やしたアイズが時間をかけて考え、悩み、そしてたどり着いた答えはアイズらしいシンプルなものだった。

 

 

 

 ―――――ボクは、あなたをもっと知りたい。知って、そのすべてを受け止められるのなら、きっとボクたちは友達になれる―――

 

 

 

 

 それはシールにとっては侮辱になるだろうか。そうとも思ったが、アイズはどことなくシールからも同じような雰囲気を感じ取っていた。そして、今も目の前にいるシールはアイズの言葉を肯定もしないが、否定もしていない。

 これ以上踏み込むことは危ういという直感があったが、アイズの思いを伝えるにはこの場を置いて他にはない。戦場以外で語り合う機会など、そうあるものじゃないのだ。

 だから、アイズは覚悟を決めてそれを口にする。

 

 

「そういうのを………友達って言うんじゃないかな?」

 

 

―――――――――。

 

 

――――――。

 

 

――――。

 

 

「……ふふ」

 

 ほんのわずかに、シールが微笑んだ。

 それはアイズも初めて見る、混じり気のない楽しそうともいえる笑顔だった。アイズの心に仄かな喜びが宿る。やっと伝わった。そう思い、笑みを浮かべた。

 

「―――――あなたのことは、嫌いではありませんでした。形はどうあれ、あなたは、間違いなく私にとっての特別です」

「シール……!」

「だからこそ、今回のこの我侭を許してもらえました。あなたは、互いの組織の思惑なんて関係なく、ただ私の―――――」

 

 シールの目が変わる。温かみのある眼から一転し、はじめて戦ったときのような冷たく凍えるような眼でアイズを“見下した”。

 

 

 

 

 

「ただ、私だけの“敵”としてのあなたを、――――独り占めしたいのです」

 

 

 

 

 

 

「―――――ッ!!!」

 

 アイズの判断は早かった。AHSシステムを最大最速で起動させると同時に、シールが手に持っていたナイフを投擲した。狙いはアイズの眼球。ミリ単位まで正確に右目の中心を射抜く軌道で投げられたナイフは、間一髪にアイズが回避する。頬をかすめて血が舞ったが、そんなことを気にしている余裕など存在しない。今の一撃でアイズは、シールが本気だと理解していた。

 

「あなたとの語り合いは楽しかったです。これは本当です。しかし、私はただ最後に確かめたかったのです。私の出生に関わる“最後の人間”として、そして私を理解できるかもしれないただひとりの人間として―――私の手で、あなたという存在を確かめたい」

 

 確かめたい、というのは本当だろう。しかし、シールは“死んでしまっても構わない”ほどに本気で襲いかかってきている――――!

 

「っ……」

「敵でも、あなたの言う友でも、――――私とあなたの結末がどんなものでも構わない。しかしそれならば……、あなたのその好意も、そして憎悪も、希望も、絶望も。あなたが糧にしてきたもの、そのすべてを感じたい。言葉なんて無粋なものは必要ない」

 

 迷いは一瞬。そして覚悟も一瞬だ。テーブルを蹴り上げ、視界を封じてきたシールに対し後ろではなく真横に転がるようにして距離を取る。距離を離すよりもなによりも、目視することが最優先。すぐさまシールを視界に捉えると同時に、シールと視線が交差する。

 白いドレスを翻しながら接近してくるシールに対してアイズは重心を落とした姿勢のまま迎え撃つ。正確に急所をめがけて手刀による突きを放つシールの攻撃を受け流すと同時に重心をシールの懐へ移動させ、そこを支点としてクルリと回転させて投げ飛ばす。束から教わった護身術のひとつだ。その鮮やかに投げられたシールは感心したように表情を変えるが、なんの危なげもなく着地する。猫のような柔軟性を見せながらシールが立ち上がる。アイズも油断なく構えながらシールの様子を伺っている。 

 

「……こうして目を合わせるだけで、戦うだけで、私たちは語り合える。肯定するだけでは足りない。否定するだけでも足りない。そのすべてを呑み込んだあなたと戦いたいのです」

「戦いに、意味が欲しいの?」

「そうではありませんよ。言ったでしょう、私はただ、確かめたい。……アイズ、あなたは、私が生きる理由に、なってくれるのですか?」

「―――――――」

 

 ここに来て、ようやくアイズは悟った。

 シールが、どこか虚ろな陰がある訳も、そしてなにを求めてアイズと戦おうとしているのかも。

 

 アイズには夢がある。目的がある。はっきりと目指すものが見えている。誰に与えられたわけでもない、アイズが自分で得た、自分自身と一緒に育んできた願いだ。それがあるからこそ、アイズは希望を信じてこれた。

 だが、シールはどうなのか。その疑問に思い至ったとき、アイズは驚く程すんなりとシールの心の奥底が見えてしまった。

 

「シール、あなたは………」

 

 これは言うべきか迷った。見当違いでも、図星でも、どちらにしろシールは怒るかもしれないと思ったからだ。現に、今はこうして敵意をぶつけてきている。もともと敵同士とはいえ、完全に決別することになるかもしれない。

 わずかに迷うアイズだが、シールは無言でアイズに先を促した。視線を交わすだけで語り合える、という言葉の通りに、シールは視線でアイズに言え、と訴えてきていた。

 

「――――あなたが確かめたいことは、…………ただの、結末なんだね?」

「………」

「躊躇っていないのに、迷っているみたいに……。あなたは、ボクとの因縁の果てにあるものを、知りたいだけなんだ。その先にあるものが歓喜でも、後悔でも、どんなものだとしても、ボクを通して、確かめたいんだ。―――――生まれたときから孤高で、ひとりぼっちだった、あなたという存在の意味を」

「………」

「あなたにとってボクは、鏡像になり得た存在なんだね」

「ええ……だからこそ」

「ボクたちは決着をつけなくちゃいけない……そう思っているんだね」

 

 これまで、誰一人として並ぶものがいなかった。そんなシールだからこそ、同じ瞳を持ち、そして同じ領域にまで迫るアイズという存在は特別なのだ。そんなアイズを知り、理解し、そして戦った先にあるものが知りたいのだ。それが希望でも絶望でも、歓喜でも後悔でも、それがシールの心に巣食った虚ろなものを払拭する。何かを欲したり、後悔したくないからと努力するのではない。

 その瞬間に芽生える感情を、渇望しているだけなのだ。アイズとシールが違うところは、まさにそこだった。

 

「ボクが、羨ましいんだね」

 

 アイズは、自分が目指すべき、するべきだと信じている夢がある。だが、シールにはない、いや、まだなにも始まってすらいないのだ。

 自分はいったい何者なのか。初めから人を超えて生まれた自分は、いったいなにをすればいいのか……それが、シールが宿す空虚の正体。

 だから、鏡像ともいえるアイズにこだわるのだ。アイズが持つ、清濁を兼ね揃えても揺らがない強靭な精神、どこまでも夢を追いかけるその熱意。そして、絶望を超えてきた経験。そのすべてが、シールには持ち得ないものばかりだったから。

 

 それはまるで、己の欠けたパーツを補おうと半身を探しているかのようで――――。

 

「それでシールが満足するのなら……そこから始まるのなら、ボクに異存はないよ」

「………」

「でも、ひとつだけ訂正してもらおうかな?」

「ふむ、なにをです?」

「決着は、ボクが勝つかもしれない。あなたが、負ける未来だってあるかもしれないよ?」

「………くっ、くふっ、ふははッ!」

 

 シールにしては本当に珍しく、声を上げて笑った。アイズは少しぶーたれた様子でシールが笑う姿を見ていたが、アイズからしてみれば冗談でもなんでもなく、本気の言葉だった。

 

「シールがボクを倒して自分を知りたいっていうのならそれでもいい。でも、ボクもたった今新しい夢ができちゃった」

「ほう? 夢とはそう簡単にできるものなのですか?」

「まさか。それだけボクが熱望しているってことだよ」

「ふむ。聞かせてくれますか? あなたは今このとき、いったいどんな願いを持ったというのです?」

 

 それを聞いたのは戯れのつもりだった。シールにとって、アイズと戦い、倒すことは確定事項だった。その“過程”こそが、シールが求めているものだから、その先には興味はなかった。理解したいと思っていても、その未来までを描けない。無自覚であるが、それもまたシールが持つ空虚さの一端であろう。

 そしてアイズは、満面の笑みでその空虚を満たすほどの熱意を込めて、宣言した。

 

「勝って、ボクがあなたと並ぶ存在だって証明する。そうなれば、シール……あなたは、孤独だなんて思うこともないんだよ」

「――――……っ」

「ボクが、あなたの初めての“友”になる。それがボクの、新しい夢だよ!」

「……………。あなたに、それができるのですか?」

「確かめてみる?」

「いいでしょう。今日は戦っても挨拶程度にするつもりでしたが……気が変わりました。少しだけ本気で、遊んであげましょう」

 

 そしてシールはそれを召喚する。

 シールの鎧。シールという孤高の存在を象徴するかのような超常の美しさと力を宿した機械仕掛けの天使の羽。

 パール・ヴァルキュリア。シールが駆り、対峙した者に裁定を下す告死天使の具現。これまで幾度となくアイズの命を刈り取ろうとした敵として、再びその威容を現した。

 

「帰ったら説教かな、これは……ごめんね、ボクの我侭に付き合ってもらうよ、レア」

 

 おそらくラウラや簪には泣かれてしまうだろう。セシリアにも心配され、説教されるだろう。しかし、今ここでのシールと戦うことには大きな意味がある。アイズはそう確信していた。

 そうして、アイズも戦いの鎧を具現化させる。

 アイズの持つ強い意思の炎を現したかのような深紅色の装甲が全身を覆う。アイズの願いを、夢を叶えるために束によって生み出された意思を宿すIS――レッドティアーズ。

 

 いったい何度目になるだろうか。これまで幾度も戦いを繰り返してきた二機は今、この場で再び相対した。

 アイズとシールが同時に剣を取り、機体出力を上昇させる。このレストランには悪いが、室内で臨戦態勢となった二機のISによって店内は今にも破壊されてしまうような有様だった。

 

「これ以上は迷惑をかけたくないし、場所を変えよう」

「気にしなくてもいいんですがね。……貸切とは言いましたが、正確にはすべて買収したので所有者は私ですから」

「シールって変なところで過激なことするよね」

 

 シールがそんなアイズの言葉を無視して翼を羽ばたかせて窓ガラスをあっさりと切断した。割るのではなく切ったということがシールの恐ろしさを実感させる。

 二機はそのまま切断されたガラス張りだった壁を超えて夜の空へと飛翔する。光を放つ街の遥か上空へと翔んだ二人は、そのまま雲を超える高さにまで到達する。上は星の海、下は雲と夜景が広がる星空を模倣したかのような景色だった。この世界の、星の境界線のような場所で再び対峙した二人は示し合わせたかのように正面から激突した。

 剣がぶつかり、火花が散った。交差した剣に、輝く金色の瞳が映り込む。

 

「さて、戯れの延長とはいえ、本気でいきますよ。あなたがその誇大妄想な夢を語りたいというのなら、こんなところで無様な姿は見せないでもらいましょう」

「ボクをあまり見くびらないで欲しいな、シール。確かにあなたのほうが強いかもしれないけど、でも……苦難を前に諦めないのは、ボクの得意分野だよ!」

「面白い。私と本当に並ぶというのなら、わずかでもその可能性を示してもらいましょう。それができなければ、今日ここで、あなたを倒します。そうなってしまったのなら私の見る目がなかったというだけでしょう」

「断言しよう。ボクは、あなたを飽きさせることなんて、ないッ!!」

 

 月光と星空の下で、剣閃が煌めいた。

 これは誰によるものでもない、この二人自身の選んだ、二人の我侭ともいえる戦いだった。

 最後の舞台を前にして、魔女や暴君の思惑からも外れ、まるで運命そのものに引き合わせられるかのように魔眼を持つ二人が再び天空で激突した。

 

「まずは戯れです。ついてきてくださいよ」

「付き合ってあげるよ!」

 

 二人が繰り出したのは剣による斬撃の応酬。回避はない。ただ互いの剣を弾き返すことを防御として切り結ぶ。基本ともいえる攻撃手段を、しかしわずか“五秒”で“二十合”を終えていた。今の二人にとってはこの五秒間すら果てしなく長く感じているはずだ。脳を侵すナノマシンによって思考の高速化を行える二人にとってはたとえそれが猶予一秒に満たない時間でも、対処を間に合わせる。

 このままでは千日手。ゆえに二人は搦手や違う攻撃手段を混ぜ合わせながら隙を探っていく。

 それはさながら持ち時間ゼロで行う詰将棋。即座に手を打たなければ敗北するような状況下で行われる攻防は、文字通りに一瞬のミスが命取り。判断を間違えれば終わる。そして判断が間に合わなくても終わる。

 常に最速、最適を求められる戦いにおいて、それでも二人はわずかに笑みすら浮かべながらこの常軌を逸した戦いに興じている。

 

「少しは腕を上げましたか?」

「それでも、なかなか追いつけないのは悔しいけどねッ」

 

 シールがわずかに上回っているとはいえ、ほぼ互角だ。長期戦になればおそらくアイズが負けるだろうが、勝利がどちらに転んでもおかしくないレベルで拮抗していた。

 しかし、これはシールの言うようにまだ“戯れ”だ。これはまだヴォーダン・オージェの基本能力しか使っていないのだから。

 

「あの第三形態は使わないのですか?」

「切り札は取っておくものでしょう?」

 

 そうは言うが、あれはアイズにとって本当に最後の切り札なのだ。

 レアと意識を融合させて擬似的に未来予知にも等しい力を発揮する単一仕様能力は確かに強力である。これを全力で使えば一時的にでもシールすら圧倒できるが、わずかな時間しか使えないことを考えれば使いどころを間違えればそれだけで詰んでしまう。シールに余力がある以上、アイズから切り札を切るわけにはいかない。

 

 しかし、そう考えているアイズを嘲笑うかのように、シールが哂った。

 

「では私から見せてあげましょう」

「えっ?」

「これは餞別です。ここで死なないでくださいよ」

 

 シールが何を言っているのか、アイズにはわからなかった。いや、そうではない。そんな奥の手があるのかもしれないとは思ったことはある。

 

 だが、それでも――――。

 

 

 

 

「起きなさい、パール・ヴァルキュリア……………第三形態移行《サードシフト》」

「ッ!?」

 

 

 

 

 さすがのアイズも、このときばかりは天使のようなシールの姿が悪魔にしか見えなかった。

 アイズの直感が激しく警鐘を鳴らす。姿を変えていくパール・ヴァルキュリアを見つめながらも、アイズはその判断を下した。

 

「レア、行くよ!」

 

 判断は一瞬だった。ここで対処を遅らせれば即敗北するという確信すらあった。コア人格のレアが完全に覚醒し、アイズと意識を融合すると同時にレッドティアーズそのものも潜在能力を最大限に発揮できるようにオーバードライブ状態へと移行する。金から紅に変化した瞳が、睨むようにシールへと向けられた。

 完全に第三形態に移行したのは同時だった。その過程を見つめていたアイズだったが、改めて変貌したシールとパール・ヴァルキュリアを観察する。

 

 白亜の天使という姿は変わらないが、その象徴となる翼が二対、つまり四つに増えている。大きく広がる左右の巨大な翼に、真後ろの背中から生えるようにやや小さい翼がやはり機械的ではない有機的な動きをしながら羽ばたいた。

 さらに各部の装甲はより甲冑のように変化し、どこか儚げにも見えたかつての姿と違い、雄々しさや猛々しさすら感じさせる力強いものへと変わっている。手に持つものは細剣ではなく、巨大な槍。中世の騎士が持つかのような、巨大な白銀の突撃槍を構えていた。

 それは、まさに死を告げる天使から、死を齎す戦乙女へと変貌したというべき変化だった。

 

 だが、そんなものは些細なことだ。アイズが驚愕したものは、そこではない。

 

「虹色の、瞳……?」

 

 特筆するべきは、そのシールの瞳。完全適合していたという金色のヴォーダン・オージェを宿していたその両の瞳は、まったく異質な輝きへと変化していた。

 光のスペクトルをそのまま瞳の中に落とし込んだかのような、幻想的な輝きだった。それはまさに虹を封じ込めたかのようで、その幻想的な美しさに思わず息を飲んだ。

 

 そして気がついたときには既に三つの斬撃を刻まれていた。

 

「が、ぐっ!? な、なんで……!?」

 

 見惚れていたとはいえ、凝視していたのだ。動けば絶対に気付く。この目を起点とした情報処理特化の能力を発動しているのだ。見落とすことなど有り得ない。だというのに、斬られたという結果だけが突きつけられた。

 なにをされたのか見当もつかない。マリアベルもそうだったが、今のアイズの索敵をかいくぐることができる存在がいることが信じられない。

 速さ、ではない。たとえIS最速のラウラでもアイズは見切ることができる。ならばなにかしらのカラクリがあるはずだ。しかし、それを考える時間すらない。幸いにも全く感知できないわけではなかった。今以上に集中すれば、なんとか反応はできる。ダメージは受けるだろうが、それでも反撃くらいはできるはずだ。

 しかし、それでも決定打に欠けることもわかっていた。その能力の全貌は解明することはできないが、こうなった以上は単純な力押しが最も有効だろう。

 

「餞別、といったね。そう言うには過ぎたものだと思うけど…………それならボクも、本当に最後の奥の手を見せよう」

 

 アイズは持っていた武装―――ハイペリオンとイアペトスをなんとストレージへと収めてしまう。武器を放棄するかのような行動にシールも眉をひそめるが、アイズは手に新たな武装を召喚する。

 それは鞘に収められた剣だ。リタのムラマサのように、日本刀をモデルにしたと思しき意匠と形状。反りがあり、刀身には刃紋も見て取れるその太刀をゆっくりと引き抜いた。柄や鞘は機械的なデザインであるが、その黒い刀身は紛れもなく日本刀そのものだった。

 ISサイズの武装としては大型ではないが、それでも日本刀として見るなら長刀に分類されるような太刀だった。一見すればそれだけに見えるが、その刀身にはどういうわけか、淡い蒼の光が宿っているように見える。光を反射しているのではない、その刀身そのものが光っているのだ。

 そんな不思議な太刀を構えながら、アイズは祈るようにその銘を口にした。

 

「束さんがくれた、苦難を切り拓くための剣。ボクの目指すものを形にした、“宙の剣”――――力を貸してもらうよ、【ブルーアース】!」

 

 

 




まさかの最終決戦を待たずしての激突。あくまで前哨戦みたいなものですが互いに奥の手をここで晒します。

本当の決着は最終章まで持ち越しです。ここでの戦いがどう影響するかは今後次第です。シールの能力やアイズの剣のネタバレも持ち越しですね。

幕間はあと少し続いて、最後に最終決戦の舞台へと移ります。ここまで長かったけど、最終決戦編も長丁場になりそうです。

それでは皆様のご意見、感想をお待ちしております。また次回に!

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