Act.126 「心を溶かして Ⅰ」
「むぅ……」
手を強く握る。それをゆっくりと解き、そしてまた力を込めて拳をつくる。何度もそうやって自分の手を見ていた鈴はやがてため息をついて全身の力を抜いた。その顔には苦渋の色が見て取れる。
「ダメね、完全に感覚を忘れてるわ……」
ため息をついて再び精神統一へと戻る。足場にしているのは固定もされていない長さ二メートルほどのただの竹棒。それをまっすぐと立ててその上に右足一本で立ち、バランスを取りながら手を組んで祈りをするような格好で静止する。その姿は雑技団の曲芸師と言ってもまったく違和感はないだろう。そんな絶妙なバランスを見せる鈴は、しかし表情を曇らせながら唸っている。
「甲龍……どうすればあなたの声が聞けるの……」
あの時、極限の中で感じた甲龍の鼓動と声。しかし、今はそれをまったく感じ取れない。確かに聞こえた甲龍の声も、あれ以来また聞こえなくなってしまった。
人とISが止揚に至ったとき、はじめて第三形態になることができると聞いた。あの時、鈴は間違いなくその境地に在った。そのはずだった。だが、どうやってそこに至ったのか、今の鈴にはわからなかった。あのときはただ無我夢中で、本能のままに戦っていた。おそらく、火事場のバカ力というやつだったのだろう。そんな状態にならなければ、追い込まれなければ意図的にあの状態になることはできないのかもしれない。
「アイズやセシリアにはまだ一歩届かないか……」
あの状態を意図的に起こせるということは、ISコアとの対話を行えることになるらしい。つまり、コアの声を聞けない鈴はまだ第三形態はマグレということになる。どれだけ強い力を得たとしても、それを自由に使えなければ意味はない。追い込まれなければ発揮できない枷があるなら、その枷をどうにかしない限り鈴はアイズやセシリアと同じ領域には至れないだろう。
「ま、あたしにできることなんてひとつしかないか。修行あるのみ!」
すると今度は身軽な動きで一瞬で身体の上下を入れ替えて腕一本で倒立するとあろうことかそのまま腕立てをやり始めた。
「きっと私の修行が足りないんだわ。またあの声が聞こえるまで腕立てよ!」
悩むなら行動。思い切りの良い鈴はすぐさま実行に移す。このあたりが脳筋だのと言われる所以でもあるのだが、それが最善だと判断しての行動なので鈴本人としては頭脳派のつもりだったりする。ラウラが評した「頭がいいくせに無茶をしたがる馬鹿」というのが最も近いかもしれない。
「決戦までには間に合わせて見せるわ……、さぁ凰鈴音、根性を見せなさい!」
どんな形であれ、突き進む意思を滾らせる鈴はとにかく努力を重ね続けていた。
***
その日、そこは異様な熱気に包まれていた。多くの少女たちが集う中、その中心にいるのは黒髪の小柄な少女。まだわずかに幼さの残る無垢な顔に満面の笑みを浮かべ、集った少女たちに笑いかけていた。その笑顔は普段の彼女の愛らしいそれ以上のものへと昇華されていた。
「どうかな? 綺麗?」
アイズは目の前にいる可愛い妹分にそう問いかける。
アイズがその身に纏っているのは普段着でも制服でもなく、特別に用意されたドレスであった。アイズのパーソナルカラーでもある赤と、清楚な白。反発するような二色を絶妙に合わせた可愛らしさと美しさを兼ね合わせたような麗しいドレス。ちょっと大人びている少女、というイメージで作られたそれを着こなし、さらにクラリッサをはじめとした黒ウサギ隊の隊員たちによって最高のメイクを施されている。黒曜のような髪も軽くパーマがかけられ、アイズのふわふわした雰囲気をより一層強調している。普段は閉じられている瞳も顕となり、その淡い琥珀色の瞳が引き立てられている。素朴さと神秘さ、それを両立した可憐さを見事に演出している。
軍人であった彼女たちであったが、どうやら普段からこうしたオシャレには気を配っていたようで、ワイワイと笑いながら楽しそうにアイズにメイクを施していた。昔からこうしたことに無頓着だったのは隊長をしていたラウラだけだったらしい。
そうして完成されたアイズのドレス姿を目の当たりにしてラウラは呆けたように見惚れていた。もはや完全にシスコンであるラウラは姉の晴れ姿を凝視するように見つめ、脳内のメモリーにその姿を刻み込んでいる。
私の姉は天使、異論は認めん。――――などと口走りながら頬を紅潮させている。
「いかがですか義姉上様。我ら黒ウサギ隊の女子力のすべてを結集しました」
「ありがとう、クラリッサさん」
「お美しいです。さすが我らの義姉上様! 我らも鼻が高いというもの! 義姉上様がいれば我らはあと十年は戦えます!」
「うふふ、なんか照れちゃうな、その言葉はよくわかんないけど。……どうかなラウラちゃん? ボクにはもったいないくらいだけど」
「そ、そんなことはありません姉様! 姉様こそ至高です! 姉様の妹であることは私の誉れです!」
「ふふ、ありがとう。それじゃあラウラちゃん、エスコート、よろしくね?」
「お任せ下さい!」
そしてラウラが来ているのはドレス姿のアイズとは違い、燕尾服のようなスーツだった。アイズと並べはまるでお嬢様と執事のような格好だが、両者とも小柄であるがアイズのほうが背が高いのでアンバランスさが目立つ。それでもニコニコ笑うアイズの手を、ラウラは恭しく取って跪いて頭を垂れた。
「それでは、僭越ながら私がエスコートさせていただきます」
「うん。わがまま言ってごめんね?」
「本当なら止めたいところですが……姉様の願いを叶えるのが我ら黒ウサギ隊の願いです。万が一のときは全員で備えていますので、ご安心ください」
「あはは、大袈裟だなぁ」
「いえ、相手を考えればこそです! クラリッサ! 周辺の警護は任せるぞ。私は姉様の直衛に付く。姉様に不審者など近づけさせるな」
「ja、黒ウサギ隊の誇りにかけて任務を遂行します」
「本当に大袈裟だなぁ、少し会うだけなのに」
心配性な妹と黒ウサギ隊の面々に苦笑しつつも、それだけ心配してくれていることに嬉しさも覚える。本当なら一人で行こうと思っていたのだが、冗談半分でデートに行くと言ったらラウラたちが血相を変えて問い詰めてきたので驚きながらも詳細を話すと、今度は危険だからと止められそうになってしまった。それでも行くと説得すれば警護をすると言い出し、この有様であった。ラウラだけでなく、彼女が率いる黒ウサギ隊全員での警護だ。しかも当然のように全員がISを携帯しており、過剰警護といっても過言ではない布陣である。
ちなみに簪からも激しく問い詰められたが、こちらもなんとか説得している。反対もされたが、どうしても必要だと言いつつ、鈴から教わった涙目&上目遣いコンボによって承認を勝ち得ている。それでもついていくと言われたが、ラウラたちと違い学園の重要メンバーである簪は楯無に引っ張られていった。その際にラウラに「アイズになにかあれば……わかってるね?」などと脅迫めいたことを言っていたのだが、幸か不幸か、その言葉はアイズには聞こえていなかった。
「それじゃあ行こっか」
「はい」
表情を引き締めたラウラがアイズの手を取りつつ先導して歩き出す。ほかの隊員たちもすぐさま散開して各々のポジションへと向かう。
アイズとしてはほんの少しのお出かけのようなものだが、ラウラたちにとっては最重要ともいえる任務である。
今夜、アイズが会うという相手は彼女にとって、これまで幾度となく死闘を繰り広げてきた最大の宿敵であるのだから。
***
IS学園からモノレールで一時間弱、そこから用意されていた高級車に乗って十分ほど。たどり着いたのはこの都市部でも随一の高さを誇るタワービルだった。この一帯を見渡せるほどに高い高層建築物で、最上階の展望台は毎日多くの人が訪れる観光スポットでもある。こんな洒落た場所に来ることもなかなかないアイズは楽しそうにエントランス入るやあたりを見渡している。
しかしすぐに手元にあるものへと目を向けた。それはアイズ宛に届けられた招待状だった。ご丁寧にIS学園にあくまで個人宛の配達物として届けられたものだった。中身は簡素に一枚の手紙のみ。そこには日本語ではなく英語で【ディナーのご招待】と書かれていた。差出人の欄には流暢な筆記体で【Seal】と書かれている。
あのIS学園での戦いの終わりに、シールが呟くようにアイズに告げた言葉―――【改めて、招待させてもらいます】という言葉通りに、本当にすぐに招待状が届けられたのだ。それを受け取ったアイズはまるでラブレターをもらった思春期の少女のようにはにかみながら嬉しがっていた。
その招待状を大事に抱えながら、アイズは周囲の気配を探る。
「―――ん」
アイズはそこで待っていた一人の少女へと視線を向けた。見るよりも早く気配で察していたアイズが微笑んで声をかける。
「こんばんは。あなたが案内を?」
「………こちらへ」
簡素ながらも礼服を纏い、さらに眼をバイザーで隠している少女―――シールにクロエと呼ばれていた少女だ―――が一礼してアイズを迎えた。しかし最低限の礼儀だけでおおよそそっけないように振舞っており、ニコニコしているアイズを無視するように背を向けて歩き出す。ついてこい、ということなのだろう。アイズは苦笑しながらその小さな背に続いた。そんなアイズの後ろではラウラがクロエを睨むように見ていたが……。
そのまま案内されるままにエレベーターに乗り、最高層にあるフロアへと向かう。そこはフロア全てを使って作られた展望レストランであった。ディナーだけでどれだけお金がかかるかもわからないそのレストランは、今夜は貸切になっているらしい。カレイドマテリアル社で貴重なテストパイロットをしているアイズはお金もそこそこ稼いでいるが、それでも庶民派感覚なのでこんな場所を貸切にするのにどれだけのお金がかかるのは想像もできなかった。
「あの人は中で待っています」
案内はここまで、というようにクロエは入口の前で足を止めた。
「案内ありがとう」
「いえ、仕事ですから」
最後までぶっきらぼうな態度に少し寂しくなるが、どこかそれが微笑ましいものに感じてしまっていた。アイズの見た感じでは、どうやらこのクロエは大好きな姉がアイズを気にかけていることが面白くないらしい。このあたりはラウラと少し似ている。アイズはもう一度「ありがとう」とお礼を言って足を進めた。
そのまま中に入っていくアイズを追ってラウラも入ろうとするが、それはクロエによって止められてしまった。ラウラが邪魔をしたクロエを睨み、そのクロエもバイザー越しにラウラを睨んでいる。アイズのときと違い、あっという間に空気が重さを増した。
「あなたはご遠慮してもらえますか」
「……あいつと姉様を二人きりにしろというのか」
「そもそも、あなたは呼んでいません」
「何様のつもりだ。貴様らがいったいどれだけの前科があると思っている。ここに来ることさえ本当なら反対だというのに」
「別に行くというなら構いませんが。その時は私があなたを排除するだけです。別にいいのですよ、ここであのときの続きをしても」
「貴様……」
はじめから険悪な空気を醸し出しながら至近距離で二人が睨み合う。このままでは実力行使になるのは時間の問題だろう。しかし、そんな空気を霧散させるようなアイズのとろけるような声が割って入った。
「ラウラちゃん、喧嘩しちゃダメだよ?」
「うっ……し、しかし姉様!」
「ボクは大丈夫だから。ね?」
「………わかりました」
「うん。いい子で待っててね?」
能天気なまでのアイズに毒気を抜かれたラウラも先ほどまでの敵意を霧散させる。姉にここまで言われてはラウラも事を荒立てるわけにもいかない。
そんなラウラに満足したように笑い、アイズが今度こそ店内へと入っていく。残された二人はふと顔を見合わせるが、互いに「ふんッ」と鼻を鳴らして顔を背ける。示し合わせたわけでもないのにまるで警備員のように入口の左右に直立不動で控える。
「邪魔はするな」
「こちらの台詞ですよ」
経緯は違うが、ラウラもクロエもシールという存在を基に生み出された人工生命体……互いに模造品、劣化品などと呼ばれ、もしなにかが違えば今ここにいることも、もしかしたら生きていることさえなかったかもしれない存在。
そしてラウラとクロエ以上に因縁の深いアイズとシール。互いにその二人の妹として共に戦い、そして敵対するというこの現実……運命のようなものすら感じてしまう。もしかしたらラウラとクロエも敵対せずに友となっていた未来もあったのかもしれない。しかし、そんな仮定は二人にとってはまったくの無意味だ。
ラウラにとっても、クロエにとっても、今ある現実だけが全てだった。
アイズを姉と慕い、どこまでも姉のために尽くしたいというラウラには後悔も未練もない。
本来は見捨てられてもおかしくない自分をそばに置いてくれるシールのために、たとえ捨て駒になることさえクロエは厭わない。
だから、隣にいる鏡像ともいえる存在を否定することになんら疑問も躊躇いもない。自分の選んだ道こそが全てだ。たとえその考えが視野狭窄からくるものであろうが、それが今の彼女たちの全てだった。
***
シールからディナーを招待されてアイズが思ったことは、素直に「嬉しい」ということだった。
シールとはアイズにとっては間違いなく宿敵であり天敵である。自分が未だに呪うほどの過去から生み出された、自身を否定する象徴ともいえる存在。アイズがシールに並ぶことが、シールにとっての侮辱になるとまで言われたのだ。およそ一年近く前にIS学園に乱入してきたシールと刃を交えてから幾度となく戦い、時には死んでもおかしくないほどの敗北すらあった。実際、シールも殺そうとはしなくても生かそうとも思ってはいなかっただろう。それほどまでにシールはアイズに対して容赦というものをしなかった。
そしてアイズのヴォーダン・オージェを上回る眼を持つシールは、戦いにおいても常にアイズの上にいる。アイズがこれまで競ってこられたのは、束をはじめとした仲間たちの尽力があってこそだ。
そんなシールの身の上を知ったのは、無人機プラントへ強襲をかけた時だった。あれ以来、アイズにとってシールは特別になった。
シールに対する感情は様々だ。
怒りもある。悲しみもある。困惑もある。一時の感情に流されたとはいえ、本気でシールを否定しようとさえしたこともある。
しかし、そうした変遷を経て、アイズが今思うのはシンプルな感情だった。
「―――――ようこそ」
ハッとなって顔をあげる。そこには天使がいた。一目見て、そう思うほどに幻想的な美がそこにあった。
天使を模したようなISがなくても、シールのその美貌な天上のものかと思うほどに完成されていた。雪のような白い肌と、月の光を淡く反射する銀色の髪。黄金比のような身体を、滑らかな質の良いドレスがその身を包んでいる。
そして金色に輝く瞳がその魔性ともいえる人を超越した美貌をより一層引き立てている。まさしく絵画の中にしかいないような存在が、形となってアイズの目の前にいるのだ。アイズは感嘆したように小さく息を吐き、頬を赤らめながら笑顔を見せる。こんな妖精のような少女を目の前にすればアイズでなくても固まってしまうだろう。
魂を抜かれそうな美を前に惚けていたアイズは、すぐに意識をも戻して可愛らしくスカートを持ち上げて礼をする。残念ながら練習不足もありおぼつかないものだったが、そのたどたどしさががかえってアイズの魅力を引き出しているようだった。
「今日はお招きいただき、ありがとう」
「ようこそ、歓迎しますよ。あなたなら来てくれると思っていました。周囲に止められるかもとは思いましたけど」
「本当は止められたんだけどね。でも我侭言って来ちゃった。あなたに誘われたら、断るなんてできないよ。ボクじゃなくても、誰だってそうだと思うけど」
「世辞は無用ですよ」
「シールが誘ってくれて嬉しかったもん」
「ああ、もう、言ったそばからあなたは……」
「だってお世辞じゃないし。だからボクも頑張っておめかししてきたもの。どうかな? 似合う?」
毎度ながら、驚くべきことにこの状況でもアイズは本音しか言わない。ほかの人間ならば皮肉のひとつでも言う場面でも、アイズは自分が感じたことを素直に表現する。この一年、アイズと物騒ながら宿敵として付き合ってきたシールもそれを理解しているのだろう。痛む頭を抑えるような仕草を見せていた。
「あなたは本当に能天気ですね」
「そうかな?」
「まぁいいです。ディナーを用意してあります。……こちらへ」
「ボク、こんなとこで食べるのははじめてだよ。マナーとか、大丈夫かな?」
「今日は貸切です。気にする必要はないでしょう」
「そっか。じゃあせっかくの好意だし、ご馳走になろうかな。ところで」
「なんです?」
「そのドレス、シールにすっごく似合ってるね! とっても綺麗!」
のほほんと笑顔で宣うアイズを無視するように……否、ほんのわずかに紅潮した頬を隠すようにそっぽを向いた。敵であるシールに対してもこうまで親しみを持って接するアイズは甘いというべきか、大物だと畏怖するべきか。いや、そのどちらも正しいのだろう。殺されかけた相手だというのに、ここまでフレンドリーになれるアイズはきっと大物で大馬鹿なのだ。それも悪くないと思ってしまうあたり、それもアイズの人誑しともいえる魅力なのかもしれない。
「どうぞ」
そしてガラス張りの夜景が一望できる特等席へ案内されたアイズはシールと向かい合うように席に着く。ふと横を見れば街の光が天の川のように連なっており、まるで夜空の星空をそのまま地上で描いたような夜景が視界を覆い尽くす。少しの間そんな最高の景色を堪能していたが、シールがグラスを二つ取り出した姿を見て視線を前へと向ける。
テーブルには既に食事が用意されており、近くにはウェイターやウェイトレスの姿もない。どうやら第三者の存在を嫌ったシールの計らいのようだ。
料理と同じく用意されていたシャンパンをシール自らが封を切ってアイズのグラスへと注いでいった。アイズはそれをおっかなびっくりというように手に持ったまま固まってしまう。
「どうしました? 毒は入っていませんよ」
心外だ、というように少し不機嫌そうに言うシールに、アイズは慌てて手を振ってその疑惑を否定する。
「あ、ごめんね。そうじゃなくって、ボク、こんな高そうなものはじめてで……」
「……やれやれ、あなたは本当にマイペースですね」
「ごめんね、いただきます」
差し出されたグラスを軽く合わせて乾杯をする。
そして、こくん、と可愛らしく一口。そして目を見開いてびっくりしたようにマジマジとグラスを見つめる。それは少し高めのシャンパンではあるが、それなりに金を出せばすぐ手に入るものだ。シールにとってはその程度は高級品に入らないが、アイズにとってはかなり驚くレベルの代物だったようだ。
「美味しい」
単純な一言であったが、それがアイズの偽りのない本音ということはアイズの嬉しそうな顔を見ればすぐにわかった。そうしてシールに勧められるように、ほかの料理にも手を出していく。普段は滅多に食べない手の込んだ高級食材をふんだんに使った料理の数々に、アイズは幸福感を味わいながら食べていく。同じようにシールもそれらをゆっくりと食べていくが、何のリアクションも起こさないシールと違い、身体や表情すべてを使って美味しさを表現するアイズを見てくすくすと小さく笑う。
あくまで食事など余興でしかないが、それでももてなした側としてゲストがこうも楽しそうにする姿を見るのは悪い気はしない。気がつけばシールも僅かであるが笑みを零していた。
「ホント美味しいなぁ。シールはいっつもこんなものを食べてるの?」
「まさか、作戦行動中は簡素なレーションも珍しくありませんよ」
「へー、ちょっと意外。シールってなんというか、どんなことでも絵になるからお姫様みたいな生活をしているのかと思ってた」
「どんな生活ですか」
「お城みたいなとこに住んでいたり、とか?」
「まぁ、確かに城のようなものですかね……高層ビルの上層はすべて私の所有ですから」
「それ、絶対セレブにカテゴライズされる人の生活だよ」
「用意されていたものでしたし……まぁ、それでも金は投げ捨てるほどありますから。しかし贅沢はあまり趣味ではないので、滅多に使わないんですよ」
シールのプライベートの話を聞けたアイズは興味津々という様子で楽しそうにいろいろなことを聞いていく。シールも差し支えのない事に関しては素直に答えていた。それはこれまでのシールを思えば、信じがたいほどに柔らかい態度だろう。
「でもこんな高そうなレストランを貸し切ったりしてるじゃない?」
「あなただからですよ。あなたを誘うのなら、これくらいは当然です」
「そこまで言われちゃうとボクも照れるなぁ……」
「他人に聞かせられないという意味ですけど……なにか勘違いしていませんか? まさか二人きりになりたかった、なんて私が思っているなんて考えてませんよね?」
「え、違うの? 簪ちゃんが言ってた。女の子を食事に誘うのはデートのお誘いだって!」
「私も女なんですがね、……あまりそれに意味を感じたこともありませんけど」
「性別はこの際関係ないとも言ってた」
「私が常識を言うのもなんですが、それは少数派だと思いますよ」
それは二人にとってどんな時間だったのだろうか。この先、必ず刃を交えるというのに、今の二人は仲の良い友にしか見えないだろう。
しかし、それは幻だ。どうあっても、この二人は戦う運命にあるのだから。そしてそれは、この二人が誰よりもわかっている。互いが、理解したい、もっと知りたいと思っていても、最後には必ず武器を手に取り、相手に向けることになる。それは確定事項だ。それ以外の道は、もはや互いの立場が許さない。いや、それよりも、誰よりも、この二人が納得しない。
これまでのすべてを捨てて、手を取り合うには二人はあまりにも深く、複雑な因果で縛られていた。それを否定するつもりもない。しかし、その先へ行くにはどんな結末になっても決着をつけなければならない。
能天気と言われるアイズも、それは重々に承知していた。この晩餐も、きっとシールなりのなにかしらの思惑があるか、もしくは最後を前にしての餞別のつもりではないかと思っていた。はたまたなにかメッセンジャーとしてなにかを伝えたいのかもしれない。アイズも本当にこのディナーを楽しんでいても、シールが完全に個人としての考えでアイズを招待したとは思っていなかった。
だからこそ――――。
「……アイズ」
「なぁに?」
アイズにとって、シールから発せられた言葉は本当に驚愕した。
「亡国機業に――――いえ、私と一緒に来ませんか?」
「………えッ?」
まずは幕間のアイズ編がスタート。アイズの人誑しさが発揮されるエピソードでもあります。この幕間でシールやマリアベルの背景も描きます。
アイズは決して最強ではないが、誰とでも仲良くなれるという点では間違いなくチート級主人公。そんなアイズとシールの決着への布石です。
ご意見、感想等お待ちしております。ではまた次回に!