双星の雫   作:千両花火

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Act.13 「邂逅したもの」

 それはさながら風のようだった。

 

 アイズはほんのわずかに感じていた視線が、次第に強く、近くなっていることに周囲の警戒を強めていた。アイズの持つ察知力は目に頼らないにもかかわらずにハイパーセンサーに勝るほどの力を持つ。故に、アイズは己の感じたどんな些細なものにも気を配っている。

 だから、ふっと顔を撫でるように吹いた風にも、意識を傾けた。

 

 それが敵の奇襲だと気付いたとき、すでに目の前にブレードが迫っていた。

 

「っ!!」

 

 咄嗟に「ハイペリオン」を盾にして真っ向から防ぐ。受け流す余裕もないほどに間一髪だった。周囲ではセシリアを含めた全員が驚愕の表情を浮かべている。四人すべての警戒をくぐり抜けての奇襲。ハイパーセンサーをごまかすステルス性は機体特有のものかもしれないが、それを活かす技術は操縦者のものだろう。人の死角である真上から、ほぼ自由落下での接近を許したアイズは意表を突かれながらもなんとか防御が間に合った。

 

「……ぐ」

 

 驚いたせいでやや体勢が不利だが、なんとか力で拮抗しているため、アイズは落ち着くように間近から相手を観察する。

 

 白い装甲に天使のような形状のIS。顔は隠しているために見えないが、体つきからいっておそらくまだ若い少女。もしかしたらアイズより年下かもしれない。そんな少し意外な姿にアイズが冷静さを取り戻す。

 

「あなたは、誰?」

「……………」

 

 その少女は応えない。しかし返事とばかりに力を込め、ブレードを振るって距離を取る。その瞬間にセシリアの射撃が放たれたが、そのレーザーは少女の持つブレードに弾かれる。レーザーを弾く特殊な処理をされているのだろう、その細いブレードには傷らしいものもついていない。セシリアはわずかに眉をしかめるも、なおもスターライトMkⅣの銃口を油断なく少女へと向けている。

 しかし、そのとき全員のハイパーセンサーが新たな機影を察知してアラートを鳴らした。

 

 先ほどと同型の無人機と思しきISがさらに六機が接近中。目視で見える距離まであとわずか。このタイミングでの襲撃、おそらく目の前の白い少女も無関係ではないだろう。もしかしたら指揮官機なのかもしれない。

 未知数のこの白いISがいる状態で無人機との乱戦は避けたい。ならばやることはひとつ、自分がこの正体不明の白いISの足止めをするしかない。アイズはそう決断してセシリアへと声をかける。

 

「セシィ、一夏くんと鈴ちゃんを連れて迎撃に行って」

「アイズ……」

「ボクの装備じゃ、対多数の防衛は向かない。それにまだ増援がいないとも限らない」

「でもアイズ! あんた一人じゃ……」

 

 鈴が心配そうに声をあげるが、アイズは譲らない。

 

「タイマンでの足止めなら、一番強いのはボクだよ。それに………この子も、ボクがご所望みたい」

 

 それを肯定するように、白い少女がブレードを向けてくる。それはさながら中世の騎士の決闘の儀式のようであった。アイズも同じようにしてそれに応える。

 それを見たセシリアは一度ため息をついてから一夏と鈴に振り返る。

 

「………行きましょう、一夏さん、鈴さん」

「セシリア、いいのか?」

「アイズの言うことはもっともです。あの数を私たちで迎撃しなければ学園にまで被害が出るのは間違いありません。お二人はエネルギーが少ないでしょうから、下がっても構いませんが」

「はっ、あんたたちだけにやらせるわけないでしょうが、まだいけるわ。そうよね、一夏!」

「当然だぜ。こんなときに戦えずに、なにがIS乗りだ」

 

 いくらでも戦ってやる、という気合を見せる二人を見てセシリアが微笑みながら頷く。そして一度だけアイズに振り返る。アイズは背を向けたまま振り向かない。しかし、セシリアの視線には気づいているのだろう。その姿勢のまま小さく頷いてみせた。

 そしてセシリアたち三人で敵増援の迎撃に向かう。セシリアはスターライトMkⅣを狙撃形態に構え、スコープ越しに狙いを定めながら二人を背後から追走するように飛翔する。

 

「ではいきましょう。私が後ろから狙撃とビットで援護します。お二人は思う存分に目の前の敵だけに集中してください」

「頼もしいわね。後ろは任せたわよ」

「セシリアの援護があるなら心強い。頼むぞ!」

「接敵までになるべく数を減らします。そのまま接近を」

 

 ブルーティアーズtype-Ⅲからビットがパージされる。その数は六機。二機が先行してレーザーによる牽制を行い、残りのビットは一夏と鈴にそれぞれ二機づつが追従して援護射撃を行う。近接型の白式と甲龍にはこのビットによる援護を受け、強力な遠距離武装を持つ敵機に接近戦を仕掛けていく。そしてレンジに入る直前、一機がセシリアの狙撃に貫かれて撃墜され、その隙を逃さず二人が仕掛けた。

 

「うおおっ!!」

 

 一夏は左右から的確に敵機の動きを阻害するように発射されるレーザーの援護を受けてブーストをかける。セシリアが操っているであろうビットは正確に敵の動きを制限しているため、近接武装しかない一夏でも擬似的に射撃から斬撃につなげるクイックストライクを実現していた。

 

「やっぱり射撃の援護があるとぜんぜん違うな………もらったぜ!」

 

 一夏は零落白夜を瞬間的に発動し、無人機を切り捨てる。エネルギーを節約するため、零落白夜を斬る瞬間だけ発動させる、という高等技をまたも自覚なしに使用した。本人としては残り少ないエネルギーを無駄にできないから思いつきでの工夫であったが、一夏のセンスの底知れなさにセシリアも鈴も畏怖のような感情を覚えた。

 

「本当に強くなったわねぇ、一夏……そんなあいつとのせっかくの楽しみを邪魔してくれて! すっこんでなさい!」

 

 鈴の突撃に、無人機から多数のミサイルが発射される。その数はおよそ二十発。鈴だけならこの数を相手に正面突破など不可能だが、今は違う。

 鈴に追走していたビットが前面へと躍り出ると、そこからレーザーを発射する。しかも、単発高威力のものではなく、低威力の速射だ。それはさながらレーザーのマシンガン。まさに掃討というべき速度で向かい来るミサイルを次々に撃ち落としていく。

 

「セシリアのやつ……まだこんなのを隠してたのね」

 

 状況対応によって使い分けられるレーザーを持つビットを複数遠隔操作。おそらく、世界すべてをみてもその領域においてセシリアを上回る操縦者はいないだろう。それがたとえあのブリュンヒルデでも、だ。

 もちろんそれだけで強さは決まらないが、強者の側にいることには違いない。

 

「底が知れないやつばっかりじゃない。だからこそ、面白いっ!」

 

 撃ち落としたミサイルの爆煙を抜けた先にいた無人機に衝撃砲を発射、破壊はできずに体勢を崩すだけで終わったが、それでいい。本命は二の手だ。

 鈴の切り札、発勁打撃を胴体部にブチ込む。外部装甲は堅牢でも、機械である以上、中身は精密機械だ。そこへ貫通してきた衝撃に一瞬で破壊される。

 さらにそのタイミングで鈴の側面から仕掛けてきた敵機は、後方から放たれたレーザーに貫かれ、爆散した。

 

「さすが、完璧な援護ね。帰ったらジュースくらい奢らないといけないわね」

 

 背中を任せられる、というのはこういうことだろうな、と鈴は思う。攻撃後の隙を潰し、奇襲・強襲の阻止、さらに状況から驚異度の高い敵機に向けての牽制、そしてあわよくば撃破する。自分は目の前の敵にだけ集中すればいいという状況を作り出してくれる。

 サポートというと舐めているやつが多いが、それは戦闘時に他者に気を配る余裕を持っていなければできない。そしてその余裕を持つ者はそうはいない。鈴でさえ、その域にまでいっていない。こういうところで確実に仕事ができるのがセシリアやアイズといった人間との差なのだろう。

 そんなことを思いながらも、鈴はもう一機の無人機を衝撃砲でダルマにしてから同じように発勁打撃で破壊した。人間相手でも防御をすり抜けてダメージを与えられるが、相手が機械だと面白いくらいに有効だ。精密機械ほどこういう攻撃には弱い。

 これで増援は片付いたはずだ。

 

「さて、もうひとりの規格外はどうしたかしら?」

 

 鈴が目を向けると、白い機体と赤い機体が絶えず激しい攻防を繰り広げている光景がそこにあった。白い軌跡と赤い軌跡が離れてはぶつかっている。離脱と強襲を繰り返す二機の戦いは未だ終わる気配を見せない。

 そんな互角に見える攻防を、集中しなければ残像しか目に映らないほどの高速機動で行われる戦闘。鈴が見る限り瞬間速度と旋回能力はほぼ同等。互いに決定打と成りうるものがない状態。

 基本能力で互角ならば、勝敗を決めるものはどれだけ相手の意表を突くことができるか。思考を裏を取れるか。そこにあると鈴は考える。どれだけ奇策を練ろうが最後にものを言うのは基礎だ。しかし、その基礎が同じとき、勝敗を左右するものはそういった小手先の技術になることも多い。

 

 もし、鈴なら武装を囮にして発勁打撃を狙う。相手の知らない武器、技術というのはそれだけで奇策となりうる武器になるのだから。

 

 ふと見ればセシリアが狙撃を狙っていた。さすがにあんな近距離でのインファイト中の敵機をフレンドリーファイアせずに狙い撃つのは厳しいだろう。

 それに、鈴にはセシリアも狙い撃つつもりはあまりないように思えた。あくまで万が一に備えて、といった感じだ。

 たしかに、アイズとあの正体不明のISはまるで楽しくダンスを踊っているかのように、綺麗な剣舞だ。横槍を入れることがためらわれるほどに、そう思えたのだ。そんなこと思っている場合じゃない、とわかっているが、それでももっと見ていないと思うほど、二人の戦いは美しいものだった。

 

 そんなときだった。

 

 アイズが、二機のビットを射出した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 幾度も剣を交えたアイズは確信する。相対する白いISを纏う少女は技量、およびにIS性能がほぼ自身と互角である。相手の武装は突きを主体とする細剣と、盾と兼用させている円形のチャクラム。背部ウィングユニットは文字通り翼の形状をしており、なにかしらの機能、もしくは武装である可能性が高い。

 既に両手両足にブレードを展開して猛攻を仕掛けているのに、ことごとくそれらを凌がれる。手数は勝っていても、相手の反応速度が信じられないほどに高い。まるで未来予知でもしているのではないかと思うほどだ。細剣の突きは的確にアイズの攻撃動作を潰してくるし、距離が離れればワイヤー付きのチャクラムをまるでヨーヨーでも操るように投擲してくる。どの距離でも、こちらの攻撃の初動をうまく潰してくる。

 

 だから、アイズは正攻法から搦手へとシフトする。

 

 背部ユニットから二機のビット「レッドティアーズ」をパージ。それらを敵機の白いISに向けて突撃させる。セシリアの持つビット「ブルーティアーズ」は独立稼働によるビットのレーザー射撃によるオールレンジ攻撃を得意とするビットだが、アイズのそれはまったく違う。

 「レッドティアーズ」はレーザーによる攻撃手段を持たず、代わりにそれ自体がブレードと化している、いわば近接仕様ビットだ。徹甲効果が高く、激突するだけで敵機に風穴を空けるほどの貫通力を有し、それはさながらどこまでも追いかけていく銃弾である。

 そんなビットが白いISに向かって加速する。さきほどの無人機戦を見ていたのだろう、その危険性を理解しているようだ。これによりバラバラにされた無人機の二の舞にならないようにビットを回避して、―――――。

 

 

 

 

 直後、装甲の一部が切り飛ばされた。

 

 

 

 

『………っ!?』

 

 操縦者の動揺が伝わってくる。それはそうだろう。完全に回避したはずが、事実としてダメージを負ってしまった。いったいなにをされたかわからないだろう。その動揺から立ち直る間を与えずに二機目を突撃させ、さらに一機目を大きく迂回させながら背後から強襲を仕掛ける。

 

 

 これで、詰み――――。

 

 

 そう、半ば勝利を確信しかけたアイズだが、白いISの行動はそのチェックをすり抜けた。

 真上への、瞬間加速により即時離脱。それも近接武装の回避にあるまじき長距離の離脱を敢行した。

 

 

 ――――読まれた!?

 

 

 真上への離脱は、アイズの仕掛けた攻撃の唯一の回避コース。しかし、通常なら真正面から来るビットと、左後方から襲い来るビットの回避に右方向への回避を選ぶはずだ。アイズはそう誘導したのだから。

 しかし、上空へと逃げられたことでレッドティアーズに搭載されているもう一つの武装は敵機に掠ることなく無駄に終わる。

 

「隠し武器を見切ったの……?」

 

 アイズの切り札としている隠し武器「パンドラ」。その正体はビットとレッドティアーズtype-Ⅲを繋ぐワイヤーブレード。背部ユニットからビットに繋がれたそれは絶対的な切断力を有する鋼線で、目視による確認は困難を極めるほどの薄さと細さを持つ。それに絡まれれば、即座に微塵切りにされる恐ろしい武装だ。IS相手ならどんな装甲も触れるだけで削り取り、ひとたび捕まればシールドエネルギーが尽きるまでダメージを与え続けることも可能な極悪兵器だ。

 その反面、下手をすれば自身にも多大なダメージを負うリスクを持つ。アイズもこの装備を扱うにあたり、何度も訓練で自滅している。しかし、使いこなせればこれほど有効な暗器もないだろう。

 本来はこの鋼線を飛ばす使い方をするものだが、ビット兵器と併用することで恐ろしい効果を生み出す。貫通力を有するビットを回避しても、即座に高い切断力を有するワイヤーが襲いかかってくる。ただでさえ赤という目立つ配色をされ、弾丸のように突っ込んでくるビットに目を奪われてしまうのに、そこに隠れるよう存在する見えない仕込ワイヤーは脅威としか言い様がない。

 

「………」

『………』

 

 バイザー越しに見つめ合う。互いに言葉はない。目が合っているわけではないのに、なにかを確認し合うようにしばらくそのまま動かない。

 やがて白いISの少女が身を翻して離脱していく。遥か上空の雲の中に入ったあたりで、反応がロストした。

 

 紛れもない強敵、でも不思議な違和感がアイズを悩ませる。あの白いISで戦っていた少女……彼女は紛れもなく自分に敵意を持っていた。でも、アイズはその少女から確かにもうひとつの感情を感じ取っていた。それは、いうなれば親愛に近いものだった。敵意を抱きながらも遊びたい、というような、ごちゃまぜになった……まるで善悪を同じに考えてしまうような、そんな無垢なもの独特な危険性を現したような、そんな奇妙な感覚。

 

「………あなたは、誰なの?」

 

 アイズの呟きは誰にも聞こえることなく消えていく。

 

 

 

 

 

 

 

 無人機のよる乱入事件により、クラス対抗戦は中止。

 この事件は小さくない波紋を呼び、それは次第に世界へと広がっていく。今まで製造不可能とすらされていたISの無人機。そんな存在が複数で襲撃をかけるという、明らかに何者か、大きな組織がバックにいるだろう事件。こんな無人機が広がれば大問題に発展し、さらに携帯していた大出力のビーム兵器など、その技術力は危険であると同時になにをしても欲しい技術でもある。ISに軍事力を預けている世界ならば、それは当然だった。水面下で各国の策謀が蜘蛛の巣のように互いに絡まり、広がっていく。

 

 しかし、無人機と同時に現れた白いISとその操縦者は、なぜかその存在を抹消されていた。そんなISなどはじめからいなかった、とでもいうように、何者かが意図的にその存在を隠した。IS学園でも緘口令が敷かれ、実際に見たアイズたち以外の生徒はその存在を知ることもなかった。

 

 各国やIS委員会の思惑が絡んでいく中、事件の起きたIS学園ではその喧騒の中心でありながら、不気味な静寂に包まれていた。




朝は5時起き、夜は11時帰りの毎日が続いてました。ようやく落ち着いてきたので執筆時間も確保できそう。

物語はこれにて一区切りです。謎の敵キャラはまた近いうちに登場予定です。


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