双星の雫   作:千両花火

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Act.125 「最後への道筋」

 イリーナ、私はね、もっと楽しく生きたいの。

 

 誰だってそう思うけど、私は最後の最後まで、私が思い描くように最高の瞬間を作り上げたいの。

 

 そのためには、まずあいつらって邪魔でしょ? これまでそこそこ面白かったから遊ばせておいたけど、もう要らないから。

 

 要らない理由? そうねぇ、だって、もう十分だもの。……お互い“駒”は揃ったでしょ? だからもう要らないわ。邪魔だから消しましょう。イリーナも同じでしょ?

 

 ふふ、そう睨まないで欲しいわ。あなたは感情を否定しないけど、それでも最後は理性で判断する。そういうところは好きよ?

 

 どうせイリーナもどんなに気に入らなくても目的のために必要ならこの条件を呑むわ。わかるの。だって、あなたはレジーナ・オルコットの妹だもの。

 

 あなたは、あなたの目的のためなら背中から撃つこともできるし、逆に必要なら手を握ることもできる。

 

 だから、イリーナは私の提案を呑むわ。だってそれが一番効率がいいもの。邪魔なのはプライドだけ。そしてあなたは目的のためなら自分のプライドも簡単に捨てられる。誰だって目的のほうがプライドより優先するものだから。

 

 ええ、――――あなたは利口ね、イリーナ。だから私はお礼にひとつだけ真実を教えてあげる。

 

 私はレジーナ・オルコット。ただし、オリジナルじゃない贋作よ。

 

 あら、その様子だと私がクローンなのは気づいていたみたいね。まぁ、若いからね。これでも私、まだ十代なのよ? 生まれたときから大人だけどね。

 

 創作としては二流かな? 自分自身に殺される。今時珍しくもない、パラノイアックなありふれた喜劇であり悲劇。主演のつもりだった女が、エキストラに殺されるような、そんなつまらない結末を迎えたただの茶番よ。

 

 あら、そんなことはどうでもいいって? じゃあ、私が告げる真実の結論を言いましょう。

 

 

 

 

 

 

 

 私は確かにあの女のコピーの贋作よ。でも、私こそが、本物のレジーナ・オルコットなのよ。

 

 

 

 

 

 

 

 私の真実がどんな事実となるかはあなた次第だけど……私が言った意味、あなたならわかるわよね、イリーナ。そして、きっとセシリアも気づいているでしょう。あの子は賢い。私がどういう存在なのか、確証はなくても察してはいるはずよ。

 

 そう、セシリアが、私に気づいた。だから、そろそろ始めたいのよ。最期を飾るに相応しい、最高に楽しい親子喧嘩を。

 

 私の目的なんてそんなものよ?

 

 みんながみんな、私を陰謀論みたいにオカルティックで、エキセントリックな黒幕を想像しているみたいだけど、私の目的なんてちっぽけなものよ。

 

 でもね、私はそのちっぽけな目的のために、なんでもする。要らないものすべてを壊して、要るものは全部手に入れて、世界も、他人の人生も、なにも省みることなく好き勝手に侵す。だから篠ノ之束の作ったISを利用した。だからIS委員会を傀儡にした。だから世界を征服しようとした。多くの人間を不幸にした。

 

 だから今回も、もう要らなくなったIS委員会を消すの。

 

 そして最期に、セシリアと、イリーナと、あなたたちと遊びたいの。

 

 そのために、そのためだけに。

 

 一緒に、邪魔なやつらを皆殺しにしましょう?

 

 それが、お互いの目的のためにもっとも効率的な冴えたやり方よ。

 

 私たちは、魔女と暴君でしょう、なら、わがままに暴威を振りまきましょう。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「まぁ、言いたいことはわかる。だが、私の目的のためにそれが一番いいやり方だっただけだ」

「そのために、最期に立ち塞がる敵を最悪な人にしてしまいましたが」

「私が提案を呑んでも呑まなくても、結果は変わらんさ。むしろ横槍を気にする必要がなくなった分、利点のほうが多い」

「………あの人が話を持ちかけてきた時点で、最後に決戦となることは変わらない、ですか」

 

 現在、セシリアがいるのはイギリスにあるカレイドマテリアル社の社長室だ。IS学園での戦闘の後、部隊の半数はイギリスに帰還していた。残っているのはアイズや鈴をはじめとした学園と関わりのある人間が中心だが、セシリアとシャルロットは今後のために一度帰還命令が下されていた。戻ってきて休憩もそこそこにイリーナと面会したセシリアは今回の亡国機業との共闘の裏事情を頭の痛くなるような会話と共に聞かされていた。二人のプライベートに深く関わる内容だけに、シャルロットはこの場にいない。

 

 実際にセシリアは片手で頭を抑えながら鬱屈とした表情を浮かべている。

 その美貌は苦渋の色で染められていたが、彼女の目の前にいるイリーナはいつもと変わらない冷笑を浮かべていた。どうやらマリアベルだけでなく、この結果はイリーナにとってもベターなものだったらしい。どれだけ嫌っていても、やはり姉妹なのだろう。セシリアは母と叔母にあたるこの二人の感性には未だに圧倒されることが多々あった。

 最終目的のために、障害となる存在と組むことすらいとわない。本来なら感情が許さないであろうことも、鉄のような理性で受け入れる。プライドが高いのに、そうすることができるイリーナの心中を推し量れるほどの経験は若輩のセシリアにはなかった。

 

「IS委員会は消えて、……いえ、本当の意味であの人の傀儡になった。表の権力を得たお母様がなにをしてくるのか、イリーナさんはわかっているのですか?」

「さぁ……、予想はできるが、どうせ最悪の、その斜め上をいくだろうさ」

「無礼を承知でお聞きしますが、お母様の暗殺は考えなかったのですか?」

「親不孝なことを言うな。そういうのを考えるのは私だけでいいというのに……」

 

 母であると認めた上で、冷徹に敵と見据えるセシリア。本気ではないだろうし、イリーナも他人のことを言えた身分でもないが、それでもオルコット家に関わる女の業というものを思い知らされた気分だった。

 

「レジーナという女はな、確かに嘘つきで、エゴイストだが、それでもひとつだけ信用してもいいものがあるんだよ」

「それは?」

「プライド、というには上等すぎる表現か。そうだな……言うなれば、あいつにとっての拘り、だな」

「拘り?」

「お前もわかるだろう。一見すれば意味のないようなことでも、あの女はそれが面白いと思えばなにを犠牲にしても、なにを代償にしても行う。そこに打算はない。ただその瞬間を楽しむことしか考えない。私たちにとって無意味でも、あいつがそれでいいと思えばあいつにとってはそれがすべてだ」

 

 それはセシリアにもよくわかっていた。母は、そんな子供っぽいところを隠しもしていなかった。それでも無邪気とも思えるそういった面はかつてのセシリアには悪いものには感じられなかった。

 

「だからこそ、あいつはそれができないようなら、すべてを台無しにしてしまうだろうよ。私があの場でレジーナを殺したところで、あいつの持つ組織が消えるわけじゃない」

「配下が無差別に敵対行動を取れば、少数精鋭の戦力しかない私たちは対応しきれない、ですか」

 

 セシリアをはじめとしたセプテントリオンの隊員たちは確かに強い。練度も高く、連携も高レベル。しかし、それはあくまで少数精鋭であるという弱点がある。もともと軍隊規模を揃えることはリスクも高いからそうなることは当然であったが、数の力には及ばない。今はラウラが率いる黒ウサギ隊もいるとはいえ、それでも亡国機業の保有する戦力に無差別に破壊工作をされては手が足りなくなる。

 しかもそうした戦いではこれまで世界の裏側を支配してきた亡国機業には敵わないだろう。

 

「あいつもそれはわかっている。だが、そうした手段を取ることはないだろう。あるとすれば、それはあいつがいなくなったときだ」

「お母様が、抑止力でもあると……?」

「私たちと遊びたい。これはあいつの本音だろうさ。迷惑極まりないが、そのためにあいつ以外の邪魔なものを排除してくれていることも事実だろう」

「守ってくれていたと、そう言うのですか?」

「その理由が、自分が楽しみたいからというのがまたアレらしいが……」

「………私には、まだわかりません。思い出の中のお母様、そして今私達の前に立ち塞がるお母様……私は、これをイコールで結べません。認めていても、そうであると確信していても、やはりどこかで否定してしまっています」

 

 むしろ、セシリアはそれを確かめたい。本当に母がすべての元凶だというのなら、それはいったい何故なのか。いつからこんな恐ろしいことを画策し、心の中でなにを思いながら自分と笑い合っていたのか。そして、自分を、アイズを目の前で傷つけて笑っていたとき、いったいなにを考えていたのか。

 セシリアが求めているのは、そんな母の本心だ。未だに見えないその心を知りたくて、恐怖に怯えながらも立ち向かう勇気を抱いている。そんな勇気を与えてくれたアイズや友たちのためにも、セシリアはたとえどんな結末であろうともう一度母と会い、確かめると決意している。

 それが、おそらく最後の戦いになるであろうことも、わかっている。どちらかが死ぬかもしれない。それでも、逃げるわけにはいかない。

 なぜなら、これはセシリアの生きてきた中で、その生き方の根幹そのものなのだから。この先、その答えが得られなければセシリアは先へと進めない。

 

「それもまた、アレの思惑通りにな」

「………」

「お前がそうやって悩み、母と対峙することを決意させたのもアレだ。お前の葛藤も、立ち上がったことも、その全てが掌の上だろうさ。私は人の心など蹂躙することでしか支配できないが、私の姉は、お前の母は、人の心を思ったように操れる。人の心の弱さも強さも信じているが、それを自分が楽しむために躊躇いなく利用する。そういう人間だよ、あれは」

 

 だからイリーナは暴君と呼ばれ、そしてレジーナは魔女と呼ばれている。

 

「私には、……まだ、わかりません。私が、まだ若輩だからでしょうか?」

「理解する必要はない。好意と憎悪は表裏一体というが、アレはこの二つを同時に、同じ器に添えることができる狂人だよ」

「………」

「あいつは確かに、お前を愛しているのだろうさ。一番こだわっているのは、セシリア、お前に関わることだからな。だが、それがお前にとって害悪となる行為も、アレにとっての愛情表現なんだろう」

「ですが、その真意はまだ聞いてはいませんわ」

「お涙頂戴な理由があると信じているのか? それはお前の勝手だが、………私は状況次第では、アレを殺すぞ」

 

 姉を殺すと言うイリーナに、セシリアは眉をひそめる。しかし、そうするだけの覚悟があることを既にセシリアは知っている。イリーナはこれまで、ただ彼女の目的のためだけに世界に混乱と変革を促してきたのだから。

 

「そして、それはアレも承知している。だから結果が出たとき、死んでいるのは私かもしれないし、あいつかもしれないし、そしてお前かもしれない。もう、そんなところまで来てしまっている」

「……それでも、私は」

「ああ、好きにするといい。妹の私の前に、娘であるお前が決着をつけるべきだろう。その結果がどうあれ、責めることはしない。だが、覚悟だけは決めておけ」

 

 ぶっきらぼうのようで、その実、その言葉はイリーナの優しさだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「うぅん……」

 

 意識が覚醒したと同時に視力以外の五感がアイズの神経を撫でる。そして鮮明に感じ取れるのは、自身に触れ合うほど近くにある気配。柔らかい肌が密着している感覚と、ほのかに残るシャンプーの匂い。そして静かな寝息が聞こえてくる。

 左手と右手、それぞれを左右にいる人物に握られているために身動きは取れないが、人肌の心地よい温かさの中で目覚めたアイズは気分よく自然と笑顔を零す。

 そうしてアイズの覚醒と同時に、それに反応したように二人も目を覚ます。この二人はアイズのこととなると恐ろしいほどに鋭い。

 

「おはよう、ラウラちゃん、簪ちゃん」

「おはようございます、姉様」

「アイズ、おはよう」

 

 基本的にラウラとは行動を共にしていたが、簪とこうして一緒に触れ合うのは随分久しぶりだった。だからだろう、簪も蕩けた顔でアイズにしがみついて笑っている。ずっと我慢していたせいか、そのネジの緩み具合も姉の楯無も苦笑することしかできなかったほどだ。

 朝から甘ったるい空気が部屋を充満していくが、そんな空気を吹き飛ばすように勢いよくドアが開かれる。

 

「オラー! 朝よ少女漫画系百合女子ども! とっとと起きなさい!」

 

 動きやすく、シンプルな服装に身を包んだ鈴が吠えた。そんな鈴の肌にはうっすらと汗が浮かんでおり、どうやら朝日が昇るよりも早くから鍛錬をしていたようだ。

 

「おはよう鈴ちゃん。朝から修行?」

「あんた見えてないくせにホントによくわかるわね。その直感と洞察力は羨ましいわ」

 

 鈴は自己判断であるが、これでも自身に課している修行量はおかしいレベルのもはや虐待レベルのものだと思っている。前回のIS学園での戦いと違い、特に目立った負傷もなく疲労した程度だった鈴はあの戦いからもずっと朝は鍛錬を欠かさず行っている。今日も朝からランニング、筋力トレーニングなどの準備運動をはじめとして、壁走りや、逆立ちでパルクールなどもはや意味不明なハードトレーニングを行っている。中国では山奥の大自然の中で鍛えられてきた鈴にとってこの程度はまだ遊びも入った序の口である。

 

「鈴ちゃんのストイックさには頭が下がるよ」

「私はあんたの人誑しさに頭が下がるわ」

 

 そんな軽口を言い合いつつ、着替えを済ませて四人揃って食堂へと向かう。アイズや鈴にとっては懐かしくも感じる学生食堂では生徒や職員を始め、ほかにも業者など様々な人間が見える。

 簡易な朝食メニューを受け取り、空いているテーブルに腰をかけてすぐさま箸を取る。あまり悠長に食事を楽しんでいる暇もないのだ。全員がマナーを守りつつも素早く食事を平らげるとすぐさまISを携えながら建物の外へと向かう。

 外に出て見えたのはあちこちに残る戦いの傷痕。つい半年前のIS学園襲撃の際の復興が始まって間もないというのに、再び炎に蹂躙された学園の無残な姿がそこに広がっていた。見ているだけで悲しくなる光景だが、そんな感傷に浸るよりも復興したいという想いのほうが強い。使えるだけのISを投入しての瓦礫撤去、破壊されたライフラインの復旧など、やることは山積みだ。電気も一部はケーブルが物理的に切断されており、完全復旧まで時間も人も多く必要だ。それでも、ISがあれば生徒でも重機が必要となる作業も簡単に行える。

 

「IS学園だけあってISの数はそこそこ確保できてる。おかげで作業も予想より早く実行できた」

「普段は戦いばっかだしねぇ、でもこういう使い方もできてこそでしょう」

 

 天照を纏い、作業指示を飛ばしながら崩れそうな校舎の瓦礫を慎重に除去していく簪。その横では鈴が甲龍のその規格外のパワーを使って大型の瓦礫をまとめて抱え上げて運んでいく。二人の周りにも多くの生徒たちが慌ただしく動いている。

 

「しかし、二回目ともなると怒りより疑問のほうが大きいわ。あいつら、結局なにがしたかったのかしらね」

「……そうだね、たぶん、利用された、というか……、エサにされたというか」

「やっぱそうか。あの亡霊ども、IS学園をエサにあたしたちを釣って、そのあたしたちでIS委員会の邪魔な連中を釣りやがったわね」

 

 戦っていたときこそ考える余裕などなかったが、落ち着いて考えれば誰かの掌で踊らされていたという疑念が湧いてしまっていた。そして戦いが終わると同時に亡国機業の長とされるマリアベル―――現在はレジーナ・オルコットというまさかの本名を名乗っている存在が表舞台へと姿を現した。レジーナがどういう存在か知っていれば、今回の戦いの結論は自ずと見えてくる。

 

「あたしたちを残してセシリアとシャルロットが戻ったのはそれが理由か」

「対策は急務。私たちIS学園も、そしてあなたたちカレイドマテリアル社も」

「暴君と魔女の決戦か。手駒はあたしたちとあいつら……地形が変わりそうね」

「特に鈴さんは訴えられないようにしたほうがいいよ。あの力、はっきり言って異常だから」

「IS学園の地図を書き直さなきゃならなくなったのは悪かったと思っているわよ」

 

 鈴と甲龍が至った第三形態。基本スペックの爆発的な上昇とそれに伴う過剰放出エネルギーの操作という単純にして強力無比な能力によって暴れた結果、IS学園の敷地の一部を削り取っていた。特に一度だけ使用した、鈴が面白半分で“甲龍波”と言いながら放ったエネルギーの奔流がIS学園の付近の海岸沿いを見事に抉り飛ばしていた。夜が明けてその惨状を見た鈴もさすがに顔色を青くしていたほどだ。

 

「まぁ、鈴さんが大型機の撃墜数が一番多いし、これでチャラじゃない?」

「なんか釈然としないわね……それに……」

 

 鈴はぐっと握り締めた拳に視線を落とす。眉をひそめつつ、なにか思案するような鈴に簪が首を捻る。

 

「どうしたの?」

「……いや、今はいいわ。それより早く済ますわよ、まだまだやることあるんだから」

「わかってる。早く終わらせてアイズ成分を補給しないと……」

「あんたもブレないわね。でも、聞いてないの?」

「……なにを?」

「アイズだけど…………あの子、今夜デートとか言ってたけ、……ど……ッ!?」

 

 簪の目から光が消えた瞬間を、鈴は確かに目撃し、そして後悔した。

 

「………………………そうなんだ」

 

 鈴は師匠である雨蘭と同等の威圧感を感じ取り、同年代のその少女に心の底から戦慄した。

 

「それっていつの話なのかな?」 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「なにやら騒がしいな」

「どうせアイちゃんがなんかやらかしたんでしょ。あの子、いい意味でも悪い意味でもトラブルの中心だからねぇ」

「おまえがそれを言うか……」

 

 千冬がやれやれと肩をすくめて隣に立つカボチャ頭の怪人物に向かって呆れたように告げている。先の戦いでは残敵掃討に貢献し、戦闘時間がわずか十五分にも関わらずに撃墜数はリタに届くかという戦果を上げた“世界最強”の称号を持つ千冬は普段見せる厳しい態度ではなく、親しみを感じさせる柔らかい笑みを見せている。

 千冬がこのような素の顔を見せるのは、それが相手が家族か、それに準ずるほど親しい人間だけだ。このキテレツな格好で素顔を隠しているが、その中身は千冬がよく知る人物だった。

 

 篠ノ之束。おそらくここ十年でもっとも世界に轟いた名前。偉人として、そして悪名として、様々な姿で捉えられる束をただ「友人」として言えるただ一人の人間が千冬だった。

 普段と変わらないように見える千冬も、一夏が見れば束に会えて嬉しそうだとすぐにわかるだろう。

 

「ごめんね」

 

 しかし、不意に発せられたその言葉に千冬が顔を顰める。その言葉の意図するところはわかるが、千冬はそんなものは望んでなどいない。

 

「謝るな」

「でも、ちーちゃんには特に迷惑かけちゃったし? 一応、私も謝罪くらいはしとかないとまずいかなーっていうか?」

「まったく……昔はもっと傍若無人だったというのに、ずいぶんおとなしくなったものだ」

「人間って傷つくだけ変わっていくものだって実体験してきたからね。私だってそれなりのモラルくらい身につくよ」

「本音は?」

「てへぺろ。これからも迷惑かけると思うけど、ちーちゃんなら大丈夫だよね?」

 

 先ほどまでの殊勝な態度はあっさりと霧散し、ケラケラと笑いながらおねだりをするような甘い声を出していた。あまりにも速い変わり身だが、千冬はむしろ嬉しそうに微笑んでいた。

 

「お前はそうやって生意気なほうが似合っている」

「あ、ひどいなぁ。これでも優しくて美人でなんでもできる超天才なお姉さんで通っているんだからね! ドヤァえっへん!」

「変人が抜けているぞ」

「異端なのは認めるけど? 私は世界を変えて希望と憎悪を撒き散らした災厄だからね」

 

 それは未だに篠ノ之束を揶揄して言われる言葉だった。ISという存在を生み出し、新たな可能性を示した希望と、それの拡散によって変わった世界にはじかれた人々の怨嗟。仕組まれたこととはいえ、その中心に束がいたのは事実なのだ。

 そして、今束はイリーナと共に再び世界に変革を起こした。女性限定という意図的な不完全状態のISをばら撒かれた束は、意趣返しでもするように完全に人に適合する新型コアを世界に拡散させた。それによって起きた混乱は、かつてと同じように人々の希望と憎悪を生み出した。最初のときとは違い、そうなるであろうことも束にはわかっていた。それでも、束は自分の願いを優先した。なんてことはない、世界の平穏と自身の願い、天秤にかけるまでもなく、束は世界より自身の願いを取った。

 

「世界なんてどうなったっていい。平和でも、地獄でも、私はどうなろうが構わない」

 

 それは束の本音だ。束も自覚しているが、傲慢なまでのこのセルフィッシュは篠ノ之束という人間の在り方といっていい。他者を顧みず、それゆえに縛られない。だから世界を置き去りに突き進む束は個人でありながらその頭脳だけで世界をこうも簡単に揺らすことができる。ここまでくればもはや人災ではなく天災だ。

 

「それでも、私は空を、宇宙を目指せない世界は認めない。だから変えたの」

 

 目的は違えど、それは束とイリーナ、それにアイズといった協力関係にある者たちの総意でもあった。軍事利用され、ISが制空権を独占したことで空は、その先にある宇宙を目指すことも許されなくなった世界を否定する。だからここまでのことをしてきたし、そしてこれからもそうするだろう。

 

「ちーちゃん、私を怒るかい?」

「そう思うのか?」

 

 千冬も変わっていく世界に翻弄されてきた身だ。たまたまISに適正があり、そしてその才能は世界の頂点に君臨するほどのものだった。だから一夏と二人だけでも生きてこられた。その原因の一端には束という存在がいることも知っている。しかし、千冬は束を恨むつもりも怒るつもりもない。まだ無名の頃から、束がどれだけ真摯に、そして純粋に空を目指していたのか知っているから。

 そして誰よりも昔から自分の夢を応援してくれた千冬だから、束も絶大な信頼を寄せているのだ。

 

「ううん、ちーちゃんは最後には私を許してくれる。そしてきっと応援してくれる。だからちーちゃんは好き」

「まったく、おまえは……」

「だからちーちゃん、お願いがあるの」

 

 その言葉に、千冬は少なくない驚きを覚えた。束が真っ向から頼ってくることは、それほどまでに珍しかった。大抵はなんでも一人でできて、そしてそれを自慢してくることばかりだった束が千冬に懇願してきたことなど、かつて白騎士事件と呼ばれた束が嵌められ、そして人生を狂わされたあの一件だけしかなかった。

 

「多分、次が最後。次の戦いが、私たちが宇宙へと飛び出せるような世界になるかの分水嶺になる」

「…………」

「腹が立つことに、あっちには私と並ぶくらいの頭があるし、それに物量も負けている。今回のことで表立っての権力も手に入れたみたいだし、むこうも次で決戦を考えているのは間違いないっぽいし」

「今回のようなことが、また起きると?」

「どんな形になるかはまだわからないけど、戦争になるかもしれない。いや、もう戦争だね。数を揃えられるようになったISは、個々の性能を競う競技なんて見方は薄れちゃったし、ISが数を揃えての蹂躙戦なんてことも可能になっちゃった」

「……そうだな」

 

 今回のIS学園の戦いでさえ、もはや戦争といっていい規模の戦闘になったのだ。敵が無人機だったから死亡者は出なかったが、それでもIS学園やカレイドマテリアル社の人間から重傷者が何人も出ている。死人がいなかったことは奇跡だっただろう。

 

「だからちーちゃん、力をかして欲しい」

 

 束が顔を隠していたマスクを無用心に取って千冬を見た。久しく見ていなかった友の素顔に、しかし、これまで見たこともないような真剣な目を見て千冬が息を呑む。ああ、こいつはこんな顔もできたのだな、なんて呑気な思考すらあった。

 しかし、それ以上に束にそう請われて千冬は嬉しく思っていた。これまで束のほうが一方的に姿をくらませていたとはいえ、なにもしてやれなかったことに千冬は苦しく思っていた。

 しかし、こうしてあのプライドの高い束が頼ってくれているのだ。ここで力になれないようなら、はじめから友などと言えるはずもない。

 

「しょうがないやつだ、昔から」

 

 それでも素直な言葉で言えないあたり、千冬も頑固で融通のきかない性格なのだろう。それを自覚しつつも、苦笑しながらもはっきりと頷いた。

 

「その代わり、今度こそ私に見せてくれ。お前が、笑って夢を叶える瞬間を――――」

 

 

 

 

 




お久しぶりです。生活も落ち着いてきたのでまたゆっくりとですが更新していきます。

今回でこのチャプターは終了。次回から幕間になります。最終決戦への前準備となるエピソードを描くつもりです。
次回からはアイズのデート編です。幕間が終わり次第いよいよ最終章になります。

感想、ご要望お待ちしております。それではまた次回に!

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