双星の雫   作:千両花火

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Act.123 「魔女の鍋の下拵え」

 時を遡ること一時間ほど。

 

 雲の上でアイズとじゃれあうように戦ったシールは、特別に許可された艦の格納庫でアイズ、セシリアの二人と向かい合っていた。束は関わり合いになりたくないようで操舵室のほうに篭っている。

 シールはISを解除して戦闘の意思がないことを示しているが、格納庫の隅のほうでセシリアがいつでも制圧できるようにライフルを手にしながら監視していた。シールがなにか行動しても確実にセシリアの狙撃が間に合う絶妙な距離を保って立っている。それ自体はシールも当然と思っているのだろう、大して気にした様子も見せずに自然体のままでいる。

 そんなシールの目の前には嬉しそうに笑うアイズがいる。アイズは目隠布こそしていないが、両眼はしっかりと閉じられておりなにも見えていない。それでもシールのほんのわずかな仕草や挙動に反応して一喜一憂するようにコロコロと表情を変えている。

 

「ふふっ、嬉しいなぁ、シールが一緒に戦って欲しいなんて言ってくれて」

「その緩んだ表情をやめてもらえますか。こちらは上からの命令です。あなたに感謝されることではありません」

「ボクは嬉しいだけだよ?」

「…………」

 

 シールは思わずため息を吐く。

 わかっていたはずだが、アイズのこの思考回路は理解の外だった。いや、なんとなくはわかっている。裏表のないアイズが、ここまでわかりやすく意思表示をしているのだ。隠す気のない好意。邪気のない言葉と表情。これで気づけないほどシールは鈍感ではない。

 

「私はあなたと馴れ合うつもりはありません」

「わかってる、わかってるって」

 

 まったくわかってなさそうなアイズにシールは苛立ちより困惑を覚えてしまう。アイズがどうして自身にここまでの親近感を抱いているのかわからない。

 

「前から聞きたかったのですけど……」

「ん?」

「私はあなたの敵です。あなたの人生の半分と、その眼を犠牲にして生み出された存在です。謝るつもりなどありませんが、あなたは私に恨み言のひとつも言いません。なぜですか?」

「え? 恨み言? なんで? ボクを、ボクたちを苦しめたのはシールじゃあないでしょ?」

「………同じことだと思いますがね」

「ボクだって聖人じゃないもん。ボクを苦しめて、この瞳を金色に改造したやつらは死ぬほど嫌い。うん、………憎んでる。殺したいくらい」

 

 それはシールも意外と思えるアイズの憎悪という感情の発露だった。一度アイズの精神とリンクしたシールにはもちろん人畜無害そうに見えるアイズの奥底には毒々しいまでの怨嗟の感情があることを知っている。しかし、実際にそんな感情が表に出た姿を見たことははじめてだ。純粋な怒りこそあれ、ここまで暗い感情を見たことはなかった。

 そして、シールはアイズがそんな感情を表すことに言いようのない寂しさを覚えてしまう。

 ふとセシリアを見れば、同じように悲しそうにアイズを見ていた。

 

「正直に言えば、シールに思うことがないわけじゃない。でも、ボクはそれ以上に、あなたに親近感を抱いてる…………どうしてだろう。うん、そうだね、きっとボクは、あなたと友達になりたいと思っている。だからシールと一緒に戦えることが、嬉しいんだ」

 

 アイズも自分の感情を整理しきれていないのか、頷きながら言葉を紡ぐ。くすぶっていたものを言葉にする。ただそれだけのことなのに、それがどれほど難しかったか、どれほど戸惑ったのか。そうしたものすべてを含めて受け入れたアイズは、どこかすっきりしたように先程までの暗い色がまったくない清廉な笑みを浮かべていた。

 そのあまりの邪気の無さに、シールのほうが圧倒されそうになるほどに。

 

 アイズは無邪気では決してない。しかし、邪気を受け入れ、それを埋め尽くすほどの愛情を同時に宿している。それをわかってしまうシールは、不幸だったかもしれない。

だから飾らないが無垢すぎるアイズの言葉を深読みしてしまう。

 

「うん、ボク、シールと一緒にいると、嬉しい。戦わないのならなおさら」

 

 ――――その満面の笑みをやめてほしい。

 

「ボクとあなたは、きっといい友達になれると思う」

「…………戯言を」

 

 シールは、自身の胸の奥底で疼くなにかを無視した。そう、この高鳴りなど、きっと気のせいだから。

 セシリアが何やら頭を抱えて「また悪い癖が……」とつぶやいているが、シールには気にしている余裕はなかった。取り繕うようにコホンとわざとらしく咳をして話題を切り替える。

 

「あなたと語らうために来たわけではありません。本題に入ります」

「……ん、そうだね」

 

 アイズも優先順位をわきまえているためにこれ以上なにか言うことはなかった。しっかりと切り替えてこれからの戦場へと意識を向ける。未だ対応できる距離を維持したままセシリアが口を開く。

 

「先程の言葉の真意を聞いても?」

「そのままですが?」

「共に戦う……共闘するというのですか? これまで幾度となく争ってきたあなたたちに背中を預けろと?」

 

 セシリアは露骨なほどに敵意と皮肉を混ぜて言葉を吐く。アイズではこうした挑発や腹芸はできないが、セシリアはむしろ腹の中の探り合いは慣れている。まるで人形のように無表情を貫くシールをじっと観察しながら反応を待つ。そんなセシリアに対し、くだらない口論に付き合う気はないというように素っ気なく返答する。

 

「別に信頼関係など必要ないでしょう。たまたま敵が同じだから互いに利用したほうが効率よく害虫を駆除できる。それだけです」

「よく言えたものです。あなたたちがしてきたことを棚に上げて」

「それはあなたたちも似たようなものでしょう? あの人は世界を玩具にしているだけでしょうが、世界を思うままに変えているという点ではそう違いはないでしょうに」

「………今回も、あの人の……“お母様”の命令なのですか」

「………」

 

 そのセシリアの問いかけに答えず、ただ首肯する。セシリアが小さく息を吐くとわずかに見えていた焦燥の色が消え去っていた。シールはセシリアの心拍数から緊張度合も判断できていたが、まったくの平静に戻ったことを察知して内心でそんなセシリアのメンタルを評価していた。

 どうやら、完全に吹っ切れた――――覚悟を決めたようだ。

 

 マリアベルの、思惑通りに。

 

「あなたのほかには?」

「私以外に他三名――――既にIS学園へ向かっています」

「なるほど……」

「個々の判断で行動しろと言われているので、詳細までは知りませんがね。もしかしたらオータム先輩なんかは多少の敵対行動を取るかもしれません……あの人、沸点低い脳筋ですから。まぁそれでも、一応はそちらを援護するつもりです」

「頼もしいね!」

「アイズ、ここは私に任せてもらえますか?」

 

 呑気なアイズをたしなめるようにセシリアが視線を向ける。アイズも少し気まずそうにしながら口を閉じる。アイズ個人としては、そしてアイズの直感としてもこのシールの言葉に嘘はないように感じる。しかし、人間は嘘など吐かなくても人を陥れることができるのだ。

 それこそイリーナやマリアベルに言わせれば嘘に頼らなくてはならない人間など小悪党になれても悪党にはなれないなどと言いそうだ。

 

「はっきり言わせてもらいますが、あなたの言葉を信用はできません。それはあなた個人に対してではなく、あなたにその命令を下した人物に対して、ですが」

 

 このセシリアの言葉にシールも、そしてアイズもわずかに表情を変える。セシリアは、母親を信用しない。そう言っているのだ。

 

「そして、こんなものまで知っていながらなにも対抗策をしていない時点で、IS学園はどうなってもいいという証拠でしょう?」

 

 セシリアの手元に展開された空間ディスプレイには明らかにおかしい軌道を取っている人工衛星が映っている。人為的に工作された痕跡もあり、その落下軌道の先がこのIS学園という時点で狙いはひとつしかないだろう。

 シールから渡されただけの情報。つまり、亡国機業はここまでの情報を得ていながら何一つ対処行動を取っていない。一見すれば協力してくれているように見えるが、その本当の意味がわからないセシリアではない。

 

「確かにあなたにはこちらに敵意はないようですし、援護してくれるというのも本当なのかもしれません。ですが、その結果、得をするのは誰になるのでしょう?」

「誤解を恐れずに言えば、亡国機業にも、あなたたちにも得はなるでしょう。しかし、あえて言うなら亡国機業にとっての利が最も大きいです」

「ええ、そうでしょうね」

 

 このあたりになるとアイズは首をひねり始める。二人の話は理解できるが、その背景まで考えが及ばないのだ。

 

「今回のことで、カレイドマテリアル社の保有する戦力のほぼすべてを投入しています。IS学園の喪失は絶対に避けねばならないことですから社長の判断も妥当……いえ、英断でしょう。そのリスクを理解した上で判断されたことでしょうから」

「対する我々は要らなくなった駒の処分を手伝うだけ。同時にあなたたちの戦力分析も出来るというわけです」

「ええ、そして、――――――」

 

 セシリアの告げた言葉に、アイズは思わず振り返る。目は隠していても、その驚愕は強く伝わってくる。セシリアも今言ったことはただの推測、しかし同時に確信すら抱いていた。

 セシリアは、マリアベルを、――――母、レジーナ・オルコットを完全に敵として認識したことでこれまで見えてこなかった亡国機業の思惑が感じ取れるようになっていた。

 一見すれば無駄な行動。中には本当に気まぐれで行ったものさえあるだろう。レジーナは猫みたいに気まぐれでどんなことでもするだろう。ただ、面白そうだという理由だけで簡単に幾人もの人間を不幸にできることを行える。

 そんな人間が、自分の母親であること――――それを受け入れるまで、いったいどれほどの葛藤があったのかシールにはわからない。それでも、アイズほどではないにしろ洞察力に優れるシールから見ても今のセシリアに迷いも動揺も感じられない。

 

「お母様は………あの人は、そんなことも簡単にやってしまうでしょう。心理的なブレーキがない天才ほどタチの悪いものはありません」

 

 そうした意味では束も同類に近い。自他共に認める自己中心的な判断を好み、身内を深く愛する余りにそれ以外の人間にはまるで無頓着となる。自分と関わりのない他人がどれだけ不幸になろうとまったく関心しない。

 そんな人間が、世界を簡単に混乱させることができるほどの頭脳を持っているのだ。これを悪夢と言わずになんと言おうか。

 篠ノ之束という人間の側には本人が欠如しているストッパーとなる人間が多くいる。実務的な立場では共犯者ともいえるイリーナが束の技術の演繹を調節しているし、なにより精神的な立場では束が特に可愛がっているアイズがいる。

 好き勝手やっているとしても、そのさじ加減はイリーナが掌握しているし、アイズを贔屓することで暴走する頻度もかなり抑えられている。危うさは変わらずとも、周囲がうまくコントロールしているといっていいだろう。

 

「でも、あなたたちは誰もお母様に提言すらしないのでしょう? あなたたちが少しでも……」

「黙れ」

 

 多少の八つ当たりも混ざっていたであろうセシリアの言葉に、シールが珍しく感情をあからさまにして威嚇するように強い口調で言った。その金色の眼は輝きを増しており、シールの感情が高ぶっている証だった。見ていたアイズでさえ咄嗟に構えてしまうほどシールからは威圧と敵意が放たれていた。

 

「あの人を、わかっているような口を利くな……!」

「…………」

「娘だろうが、誰だろうが、あの人の敵に、私は一切情けをかけない。言葉に気をつけろ。次はその首を落とすことになるかもしれませんよ」

「……ずいぶんと心酔しているようで」

 

 母にここまで入れ込んでいるシールを目の当たりにするとセシリアにも複雑な感情が湧き上がるようだった。これは怒りだろうか、悲しみだろうか、それとも嫉妬だろうか。自分が知らない母の姿、それを知っているシール。思い出の中の母と、現実に敵として立ちはだかっている母。どちらが本当なのか、セシリアには未だにわからない。

 それでも、この十年近く、おそらくは母と共にいたシールに向けられる怒りは、これほどまでに受け入れがたい。

 

 わかっているような口――――たしかにそうなのだろう。真意がわからないセシリアにとって、血を受け継いだはずの親子でもその真実を推し量ることはできない。

 

 なら、シールはなんなんだ?

 

 シールは、いったい何を知っているというんだ?

 

 そんな疑問が苛立ちと共にセシリアを蝕んでいく。セシリアも無自覚にシールに負けず劣らずの敵意を発して一触即発の重苦しい空気を作り出していた。

 

 

「二人とも、やめて!」

 

 

 そんな空気を吹き飛ばしたのはある意味では一番無関係といえるはずのアイズの声だった。マリアベルと間接的にしか関わり合いのないアイズにとって、直接関係しているシールとセシリアの睨み合いをやめさせる言葉は持ち合わせていなかった。今はこんなことをしている場合じゃない、という理屈で言ってもわだかまりの感情は残る。

 しかし、アイズはただ自身の感情に従って叫んだ。それは理屈ではなく感情で争っている二人を止めるには理詰めでは無理だと思ったから、ということもあったが、それは明確に考えてのことではなかった。ただただ、アイズは直感に従っただけだった。そんなアイズの言葉は自然と荒ぶっていた二人の心に染み込んでいく。

 

「セシィも、シールも! あの人のことを思うことはわかる、でも! それは二人が戦う理由じゃないでしょ?」

 

 マリアベルを肯定するシールと、どちらかといえば否定しているセシリア。この二人が戦ったところでそれは自己満足以外のなにものでもない。異なる意見の者を力で屈服させるという野蛮な行為には違いないのだ。もともと冷静で頭の回転の早い二人はアイズの言葉からすぐにそう思い至り、自身の不甲斐なさを感じつつゆっくりと戦意を萎えさせた。

 

「それに二人が戦ったらボクは悲しい」

「………それが本音ですか」

「すみませんアイズ。頭に血が上ってましたわ」

 

 気が削がれたシールが呆れたようにのほほんと宣うアイズを見てため息を零す。たしかにここで争っても意味はない。アイズのような頭がお花畑のような理由からではないが、冷静になって感情を抑制する。

 

「……話を戻しましょう。どうあれ、あなたたちを援護することが命令です。疑うのなら背中から撃てばいい。それでどうにかなるわけでもありませんしね」

「………ふん」

「それに直にこの馬鹿げた戦いを仕組んだ人間はいなくなります。おのずとこの戦いも収束するでしょう」

「それはどういうこと?」

 

 この事件の背景を完全にはわかっていないアイズが疑問を口にするが、シールはどうでもよさそうにそれを明かす。

 

「今回のこの襲撃を仕組んだのはIS委員会です。我々の下部組織だったんですがね、それが裏切ってこのような行為に及んだようです」

「……」

「まぁ、それもあの人の思惑通りですが……。今頃、用済みとなって後始末されているでしょうね」

「それが目的だったの?」

「さぁ、どうでしょう。少なくとも、あの人にとってこれは、いえ、そのほとんどが過程におけるお遊びみたいなものでしょう」

 

 お遊び。これを、そんな言葉で片付けられるマリアベルという人間の底が知れない。それこそ、深淵のように測り知ることなどアイズにはできないだろう。

 

「あなたたちとは、いずれ相応しい場所で決するときが来るでしょう。あの人も、それを望んでいます。だからこそ、――――その願いを叶えるためにも、今はあなたたちと共に戦います。信じるかどうかは、ご自由に。私のすることは変わりませんから」

「じゃあボクと組んでもらうよ。それでいいよね、セシィ?」

「………それはそれで心配ですけど。仕方ありませんね。もしアイズになにかあれば即座に背中から風穴を開けて差し上げます」

 

 軽い脅しを受けても興味なさそうにしているシールにアイズがじゃれつくように笑いかけている。能天気ともいえるアイズだが、あれはあれでいいだろうと思う。セシリアではどうしても疑念を抱いてしまうためにシールとの連携などできないが、簡単に相手の心に入り込んでいくアイズなら敵であるシールとも共闘できるだろう。

 

「……はぁ」

 

 セシリアは小さくため息を吐く。娘である自分は母に疑念と敵意を持っているというのに、アイズはその部下である間違いなく敵といえるシールに対して気安く接している。自分が冷たいのか、それともアイズがお人好しすぎるのか。セシリアにはわからない。

 

「次を待っている……、そのときこそ、決着を。そういうことですか、お母様」

 

 おそらく、母は、マリアベルはそのための舞台を楽しそうに準備しているのだろう。この無益ともいえる戦いも、一度セシリアを完膚無きまでに叩きのめしたことも、全ては“その時”のための用意でしかないのだ。セシリアにはわかる。それがいったいいつで、どんなときなのかはわからないが、母は目的のためなら必要以上のどんな労力も惜しまずにその一瞬のためだけにどんなことでもするだろう。かつて、祝ってくれた誕生日のパーティのように、一切の妥協もせずに楽しいと思えることすべてを注ぎ込んでその瞬間を迎えようとするだろう。

 そんな母を呆れつつもすごいと思っていたし、そこまでできることにも尊敬していた。

 しかし、その裏側で母がしてきたことを、察してしまった。

 

 確かに母はどんなことでもやって楽しもうとする。しかし、その反面、“楽しめない、邪魔なものはすべて消してしまう”のだ。

 

 横槍を入れられたくないとか、不安要素をなくしたいとか、そんなことではない。ただただ、要らないものを楽しいものの傍に置きたくないのだ。真っ白に皿に汚れがあることを嫌うように、その舞台に不要なものはたとえ脅威でなくても消し去ろうとする。

 そしてそのブレーキは、善悪にも、倫理にも存在しない。マリアベル個人の価値観と判断に依るのだ。

 

 

 

――――お母様、あなたは、いったいなにがしたいのですか……?

 

 

 

 母と向き合うと決意したセシリア。しかし、未だその影は遠く―――――その果てで、魔女は災厄を振りまき待っている。

 無邪気に、妖艶に、微笑みながら。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 そしてセシリアたちが戦場へと介入した同時刻。ここでもまたひとつの地獄が生み出されていた。

 

 

 そこは煉獄の光景を再現したかのようだった。

 視界に映るもののほとんどは炎で埋め尽くされ、その中でもとは人間だったと思しき肉の塊が炙られていく。中には原型がわからないほどミンチとなったものさえあった。正常な人間ならばよくて吐くか、気絶するような光景。精神が狂ってもおかしくないほどのこの世のものとは思えない世界を、たった一人が作り出していた。

 

「呆気ないものね。黒幕気取りの愚か者なんてそんなものかしら」

 

 その炎の世界の中心にいる女性は、プラチナブロンドの髪をかきあげながらつまらなさそうに呟いている。彼女が纏うのは金色の機体。炎を統べるそのISを駆るスコール・ミューゼルが逃げ出そうとした一人を炎の鞭で両断しながら視線を走らせる。

 

「ダメよ、逃げちゃ。少しでも生きたいのならおとなしくしておきなさい」

 

 スコールの視界に映る生きた人間はわずか三人にまで減っていた。はじめはここに護衛も含めれば二十人以上いた人間は等しく灰へなっていた。

 

「な、な、……! こ、こんなことをし、て、……!」

「やすいセリフだわ。せっかくの私の出撃がこんな愚物の火葬なんて残念……まぁ、日頃のストレスくらいは晴らさせてもらいましょう。あの人の傍にいると心労ばっかり溜まっていくわ……私はそんな役回りじゃなかったはずなのに、そういうのはシールとかオータムの役割でしょう。あの人のせいでクールビューティが台無しよ、まったく」

 

『あら、それは誰に対してのストレスかしら?』

 

 突如として通信機からと思しき声が響く。その声に美貌を歪めてスコールが眉をひそめていた。

 

『スコール? まさか私に対してじゃないわよね?』

「はい、もちろんですプレジデント。それよりどうして通信が筒抜けなんでしょう?」

『亡国機業製の機体の通信は全部私の機体と繋がってるから。名づけて“魔女の耳は地獄耳システム”!』

「――――プレジデント、プライバシーはご存知で?」

『もちろん。暴くのって楽しいよね!』

「……………」

『うふふ。スコールは本当にいじりがいがあって楽しいわァ。今度ボーナスを上乗せしてあげる。………さて、それじゃそこの老害ども?』

 

 スコールの機体の前面に空間ディスプレイが展開され、そこに一人の女性が映し出される。亡国機業首領のマリアベル。この場で彼女を知らない人間など存在しない。畏怖の、そして絶望の象徴としてその存在は全員の心に刻まれている。

 そうして委員会のトップであり、そして今は同時に死を目前に震えるだけの生き残りにマリアベルは心底楽しそうに笑いかけた。モニター越しなのにその魔女の息遣いさえも聞こえてきそうで炎の中にいるのにとてつもない寒気がその場にいる全員を襲った。

 

『今までご苦労様。それなりに楽しめたけど、でももう飽きちゃった』

 

 飽きた。

 これだけの暴挙をしておきながら、その一言で片付けてしまうのだ。

 

『IS学園を襲うまではよかったんだけどねぇ……そのあとが続かないようじゃどのみち破滅しかなかったでしょう。あなたたちの悪評も権力も全部私がもらってあげるからそろそろ退場してもらえないかしら? ああ、返事なんて聞かないけど、くひゃはッ』

「ど、どうするつもりなのだ……!」

『それはあなたたちが気にすることじゃないわ。知ってるとは思うけど、今度はカレイドマテリアル社と一緒に遊ぶことにしたから。だから委員会は……あなたたちはもう必要ないわ。今までいい思いをしてきたんだもの、もう十分でしょう?』

 

 そのマリアベルの笑みは侮蔑なのか、愉悦なのか、どんな感情を込めて笑いかけているのかはおそらく本人しかわからないだろう。

 無邪気な笑みは、しかし、次第に粘着質のある爬虫類を連想させる笑みへと変化していき、三日月型に口を歪めながら、あっさりとさらなる暴虐を命じた。

 

『スコール。その場にある全てを“焼滅”させなさい』

「了解」

「ま、まて! 待って……!!」

 

 

 

 

 

 

『――――――全員殺しなさい、スコール。跡形もなく、念入りにね』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日、世界中に激震が走った。

 

 アメリカ軍の一部がIS学園へ侵攻し、そしてそれを示唆したと思われるIS委員会の上層部全員の死亡という報せは、瞬く間に世界に拡散した。

 

 世界が混乱に包まれる中、一人の女性が表舞台へと姿を表す。その女性は死亡した上層部の後継としてIS委員会最高責任者に就任したと説明し、全世界に向けてのメッセージを発信。

 これまでの上層部が関わっていた汚職を暴露し、武装組織によるテロによって死亡したとと発表した。そしてこれからはカレイドマテリアル社と連携し、宇宙開拓事業の復活を掲げるとしてIS委員会の在り方を変えると演説。IS技術の世界への演繹を掲げた。

 

 おおよそ好意的に見られつつも、カレイドマテリアル社はこれに反発。世界すべてが注目する中、IS委員会とカレイドマテリアル社の溝が浮き彫りになっていく。

 

 

 カレイドマテリアル社社長であるイリーナ・ルージュ。

 

 そして新しく委員会のトップへと就任した女性―――レジーナ・オルコット。

 

 

 世界のほとんどを巻き込みながら、二人の女はその対立を深めていくことになる。

 

 




ようやくマリアベルさんが動き出します。

もう少しでこのチャプターが終了。幕間を挟んで最終章へと入ります。次回は戦闘の後始末回。そして全面対決への準備へと向かいます。

仕事が多忙で更新速度が亀状態になっていますので気長にお待ちください。

それではまた次回に!

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