双星の雫   作:千両花火

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Act.122 「天衝」

 アイズ、セシリアの参戦はすぐにセプテントリオンの全体へと伝えられた。

 IS学園で戦っていたラウラや鈴はその知らせに喜びつつ、戦意を高揚させる。比較的近い場所にいたシャルロットたちも復活したセシリアの容赦のないレーザーの光を目撃してその頼もしさに安堵していた。

 

「うちのエースが来た。これでもうあっちは心配ないね、僕たちは僕たちの役目を果たそう。ここを抑えればこっちの勝ちだ」

「……あれはいったい……?」

 

 シャルロットの援護に回っていたナターシャがやや距離を置いて猛威を振るっている光の雨を見て頬を引きつらせていた。あんなどう見ても戦略兵器クラスの攻撃を平然と行う存在が信じられないのだろう。軍人だからこそ、単機で戦場を覆せる存在が異常に見えるのだろう。

 それも間違っていない。セシリア、アイズ、そして鈴が到達したISの第三形態とは、すなわち可能性の発露。操縦者と密接に繋がり、人機一体の境地、その止揚に至った姿だ。それがどんな形かは個々によって違う。鈴のように単純にスペックを跳ね上げる甲龍、数秒先の未来予知という特異性を見せ、一対一で無類の強さを発揮するレッドティアーズ。そして光という事象を統べて反則的なまでの汎用性と圧倒的な制圧力を持つブルーティアーズ。その境地へとたどり着くことは容易ではないが、至れば既存のISの常識をあっさりと破壊する。

 

「うちのエース級に常識を求めちゃダメだから。ああいうものだって思った方がいいですよ、精神衛生上、特に」

「………恐ろしい組織です。魔窟と呼ばれることも納得ですね。それと、あなたも軍人の私から見ても十分に異常ですよ?」

「え? 僕なんて普通ですよ、やだなぁ」

 

 あははは、と冗談を受けて笑うシャルロットは本気でそう思っていた。規格外が集うセプテントリオン、その中でも特におかしいセシリア、アイズ、鈴などと比べれば自分など常識人に違いないと確信していた。

 しかし、複数の重火器を同時に操り、同時に部隊指揮もこなすシャルロットもナターシャから見れば間違いなく規格外存在だ。正規の軍隊では重宝するというより持て余すレベルの逸材だろう。それもセプテントリオンはそもそも実証試験部隊という特性上、画一化されるのではなく個々の資質を優先した構成をしているという理由も大きい。

 そのため、通常の軍隊とは違うベクトルに進化した部隊となっていた。

 

「でもこれでこの戦いも終わる。問題なのはむしろこの戦域の掃討のほうかな……僕もシトリーもほかの皆もそろそろ補給がないとキツイし……」

「ほかの戦場はどうなっているのです?」

「IS学園は問題ない。あっちはもう既に過剰戦力が揃った。いろいろ予想外の援軍もあったみたいだけど、とりあえずは大丈夫……艦隊の本隊のほうもエース級が五機もいるから直に片付きます。こっちも超過剰戦力が揃っちゃったから問題ないです」

 

 現状だけ知らされたシャルロットも少々思うところがないわけではないが、アイズ、セシリア、一夏の他に亡国機業のシールとマドカ。この五人を同時に敵に回して勝てる無人機など存在しないだろう。そして艦隊などセシリアがいればただの的だ。

 IS学園のほうもラウラたちをはじめとした部隊と鈴の第三形態移行、そして同じく亡国機業による援護、ダメ押しに更織姉妹と生ける伝説ともいえる織斑千冬の参戦。これで負けるほうがどうかしている。

 今回の敵勢力…………おそらくIS委員会がバックにいるであろうことはわかっている。亡国機業の傀儡という線が濃厚だったが、シールたちがこちらに加勢していることを考えればおそらく分裂か裏切りでもあったのだろう。マリアベルに切り捨てられたか、それとも裏切ったかは知らないが、もしそうならば現状ではカレイドマテリアル社、亡国機業、IS委員会は三つ巴の関係だ。そしてこの戦場ではセプテントリオンと亡国機業は同じ敵を持ったことになる。亡国機業としても邪魔な委員会の戦力はこの機会に消したいはずだ。そのためにセプテントリオンの戦力を利用したと見るのが一番納得できる。

 懸念があるとすれば、この戦いが終わったその瞬間に亡国機業が敵対行動をするか、ということだ。むしろ今となってはそのほうが脅威だ。

 シャルロットからすれば大量の無人機よりもエース級が集う亡国機業を相手にするほうが怖い。もしこの襲撃が亡国機業のものだったならもっと効率よく無人機を運用し、そしてこちらの主力にエース級をぶつけてきたはずだ。かつてのIS学園への侵攻がそうだった。もし今回の戦闘で鈴、ラウラ、一夏の三人が抑えられただけで間違いなく劣勢、その上IS学園も半分は瓦礫になっていただろう。

 そしてアイズとセシリアが不在の中で最も脅威となるシールに強襲されればセプテントリオンでも半壊する危険がある。

 

 そんな存在が今は一時的とはいえ、こちらに加勢している。楽観したわけではないが、これでこの戦いは負けることはないだろう。

 

「そうなると一番の心配は僕たちか。余裕があるわけじゃないしなぁ」

 

 流石に戦闘時間が長すぎた。いくら継戦能力に長けていても補給なしではこれ以上の戦闘は厳しい。IS学園と一夏たちのほうは問題ないだろうが、さすがにここへの応援は難しいはずだ。つまり、ここがシャルロットたちの正念場だ。

 

「ここへの増援はないのですか?」

「あー、ないわけじゃないだろうけど、優先度は低いだろうね」

「それはなぜです?」

 

 確かに最重要防衛拠点とするIS学園と敵勢力の本隊ともいうべき艦隊の制圧を優先するのはわかるが、この二つの中間地点に位置して増援をシャットアウトする役目を担うシャルロットたちも無視していいものではない。ナターシャならIS学園の防衛をまず優先しつつ、シャルロットたちに加勢して徐々に本隊へと押し返すようにする。

 しかし、シャルロットはこの援護策の意図はよくわかっていた。

 

「IS学園とむこうには身内がいるから」

「身内?」

「うん、まぁ、うちの天才様はそういうところはブレないから」

 

 アイズとセシリアが来たことから、間違いなく束も来ているだろう。そして束が救助を優先するのは身内――――つまり箒や一夏といった存在だ。多少の戦略的な不利など関係なく束は束自身の価値観に基づいて優先順位を順守している。特に贔屓しているのはあとはアイズくらいだろう。決して軽んじているわけではないが、束の判断はそうした利己的な傾向が強い。

 だからIS学園にいる千冬のためにわざわざ新型をこしらえたり、少数で本隊に強襲をしかけた一夏たちの援護を優先したのだろう。あまり声に出して言うことではないが、セプテントリオンの一部の隊員は箒や一夏を優先して守るように命令されている。特に箒とよく接しているリタはたとえ死んでも箒を守るように命じられていることを知っている。それに思うことがないわけではないが、それ以上に束が「強ければ問題ない、恐怖や不安を感じるくらいならとっとと強くなれ」という言葉も間違っていないと感じていた。

 

「それにあの人の身内贔屓なんてわかりきってたことだし」

「酷いなぁシャルるん。せっかく来てあげたのに傷ついちゃうゾ!」

「ひゅい!?」

 

 突然背後からかけられた声にシャルロットが思わず上ずった声を上げてしまう。情けない醜態を晒してしまったことに顔を赤くしながら振り返れば、まるで幻影のように揺らめいて見えるISが浮遊していた。この至近距離でレーダー反応もなし。目視も惑わすような装備。こんなものをシャルロットは知らないが、こうした突拍子もないオーバースペックを当たり前のように使う存在などカレイドマテリアル社には一人しかいない。

 

「い、いたんですか……!? なんですその装備?」

「この間作ってみたステルスだよ。なんか亡霊もどきのほうもそういうの作ってるっぽいじゃん? でも私のほうが巧く作れるんだからね! えっへん!」

「そんな張り合いでとんでもないもの作らないで!? え、どういう原理なの? なんでこの距離でレーダーに反応しないの? なんで姿が霞んでるの!?」

「相変わらず面白い反応だねぇ、シャルるん。あと………久しぶりだね、なっちゃん大尉」

「あなたは……っ!」

 

 如何なる現象なのか、ぼやけるように霞む姿のISから聞こえてくる声にナターシャは反応する。その声は一度きりの邂逅であったが、それでも忘れることのできないものだ。

 

「……しの、……いえ、お久しぶりです。博士。その節はお世話に」

「うんうん、相変わらず頭が回る子は好きだよ?」

 

 この場で篠ノ之束の名を口にするマズさを悟ったナターシャは相変わらず底知れない畏怖を感じさせる束に少し引きつったような笑みを浮かべた。

 

「あとはここを一掃すれば負けはない。IS学園のほうはほぼ片付いたし、ちーちゃんに“剣”を送っといたからまず心配ない。敵旗艦のほうもアイちゃんとセッシーが向かったからノープロブレムだね!」

「あー、それは確かに心配いりませんね。あの二人が組めば問題ないでしょうし」

「ムカつくけど今は亡霊もどきも一応は協力関係だし。イリーナちゃんも節操ないよねぇ、ついでに後ろから撃てばいいのにさ」

「でも、アイズはそんなことしないんじゃ?」

「あの子、敵の天使もどきを口説いてる最中だからね。アイちゃんの人誑しも節操ないよね」

「あはは……」

「あ、シャルるん。スロット【C3】の兵装使用許可もらっといたから。と、いうわけでここはなんとかしといてね? 私は箒ちゃんが心配だからあっち行くから」

「あー、はいはい。わかりました。どうぞ」

 

 おそらく本当にただ寄っただけなのだろう。アイズとセシリアを送り届け、IS学園に向かう途中でシャルロットたちを見かけたからちょっと声をかけただけ。束としてはその程度の認識なのだろう。

 それはシャルロットたちを蔑ろにしているのではなく、信頼しているのだと好意的に解釈しておくことにした。

 

「そう拗ねないでほしいなぁ。戦力は置いていくからさ」

「戦力?」

「なっちゃん大尉、ちょうどいいからこれを返そう」

 

 束の纏っているISから小型のビットのような自立稼働している子機がパージされ、ナターシャの目前へとやってくる。そしておそるおそる差し出したナターシャの手に、銀色の十字架を置いていく。一見すれば装飾品にしか見えないそれの正体を、ナターシャは瞬時に悟った。

 

「これ、は……!」

「コアのプログラムにあったバグは洗浄した。そして“この子”の希望通りに、搭乗者データはあなたに適合したままになってる。この子を乗りこなせるのは、あなたってことだね」

「銀の、福音」

 

 かつて、ナターシャ・ファイルスが搭乗するはずだったアメリカの実験機。飛行速度に優れ、多数の砲口を持つ高速砲撃型実験機。その起動実験において暴走を起こし、凍結処分とされた曰くつきの機体。

 しかし、真実は違う。アメリカ軍の内部に巣食った亡国機業の謀略に利用され、そこへ介入した束によってコアは秘密裏にカレイドマテリアル社へと接収された。コアだけになり、機体は凍結されたために束は素体から新たに銀の福音と呼ばれたISを再現した。もちろん、ただの再現などではない。コンセプトはそのままに、束の思うようにコスト度外視、先行技術を投入して製造された実験機。ある意味ではオーバー・ザ・クラウドのように、ただ技術だけを詰め込んだ理想機体。

 

「コア以外は作り直したからほとんど別機体だけどね。コンセプトはオーバー・ザ・クラウドとラファール・リヴァイヴtype.R.C.の融合。高機動高火力を両立した戦略級強襲機だね!」

「あ、これってヤバイやつだ……」

「欠点は燃費が高すぎるってこと。全力だと五分でエネルギー不足になる」

「1か0かぁ……、相変わらずとんでもない設計思想……」

「まぁ、最後の詰めなら問題ないでしょ。これで残りを駆逐しておいてね。あ、あと大丈夫だろうけど頭上に注意。それじゃあね~」

 

 束がぴゅーっという音が聞こえてきそうなほど軽快にIS学園のほうへと飛翔していく。そして数秒もしないうちに視認していたはずのその姿が溶けるように消え、同時にレーダーからもその反応が完全に喪失する。恐ろしいまでのステルスにシャルロットは力なく傍観せずにはいられなかった。

 

「まぁ、戦力を届けてくれただけ優しいかな、うん。そう思うことにしよう。あと頭上も注意しておこう。あの人、大事なことはサラッと言うタイプだから」

「あの……いいのかしら? 私が、この子を使っても……」

 

 よほど驚いているのか、先程までの固い口調が崩れていた。おそらくこれが素のナターシャに近いのだろう。もともと上下関係が希薄なセプテントリオンに所属するシャルロットは対して気にしない。しかし問題は別、その問題の大きさにシャルロットも困惑していた。

 いいのか、と聞かれればブラックに近いグレーとしか思えないシャルロットは曖昧に笑うだけだ。凍結されたはずの銀の福音を使うことははっきり言ってまずい。姿形はそのままということはなさそうだが、類似点からいらぬ疑念をもたれかねない。むしろ本当にコアを強奪したに等しい行為をしているためにそれはまずい。しかし、ここで対多数戦を得意とする機体の参戦は魅力的だ。迅速に残りの敵機を排除したいセプテントリオンとしては是非とも欲しい戦力だった。

 

「ここであの人がこれを渡したってことは、なにか策があるはず……そのはず、だと思う、と……信じたい、から……使って、みます?」

「…………毒を食らわば皿まで、というやつね。わかったわ。私も最悪、軍法会議も覚悟するわ」

 

 銀の福音の存在が露見すればコアを提出したナターシャにも命令違反、いや、反逆罪が適用される恐れがある。軍内部の清浄化がされないうちはナターシャの身にも危害が及ぶ可能性が高いが、しかしここで躊躇う程度の覚悟なら最初からこの戦場に来たりはしない。

 ナターシャは纏っていたISを躊躇いなく解除する。素顔とともにインナースーツ姿となったナターシャが空へ投げ出されるが、すぐさま新たなIS――――生まれ変わったかつての愛機を起動させる。

 以前と同じ銀を基調とした配色は変わらずだが、ところどころ赤く光るラインのようなものが走っている。翼、というよりは全身を覆うローブのようにアンロックアーマーが連なるようにして本体を守護するように囲っている。そしてそのアンロックアーマーの裏側にはびっしりと無数の砲口とブースターが隠されている。

 

「登録機体名称は【シルバリオ・アフレイタス】………銀の啓示とは、洒落ているわ」

 

 機体出力、武装等、スペックはかつての銀の福音とは比較にならない。数値上でのおおよそ倍以上の性能、少し動いただけで振り回されそうな高出力と、これだけの数の重火器を内包した砲甲一体の鎧。

 高い防御力を持つ装甲と重火器を同一とし、機体出力と重火器を両立させるというブッ飛んだ設計思想。ごく短い時間しか稼働しないという決定的な欠点こそあれど、オーバー・ザ・クラウドとラファール・リヴァイヴtype.R.C.の融合という言葉は間違いではない。

 

「半年以上も、待たせたわね、ゴスペル……いえ、銀の啓示……“アフレイタス”。一時だとしても、私と一緒に戦ってね?」

 

 戦闘機動へと移行。すべての火器のロックを外す。搭載された無数の砲口が前方に展開する残存勢力を捉える。高速飛行とともに半数の火器を斉射する。大量の圧縮されたプラズマ収束弾が降り注ぎ、命中した機体の手足を爆散させる。そして残りの火器による連続発射。二回目の斉射で確実に敵機を撃破する。

 多重連装による連続的な面制圧。これらを単機で実行できる強襲機。投入するタイミング次第とはいえ、間違いなく戦略的運用を目的とした機体だ。

 

「またとんでもない機体を……」

「どうするの、シャル?」

「味方なんだし、今は喜んでおこうよ。それに許可も出たし、僕も前に出る。シトリー、援護を任せたよ!」

 

 切り札の使用許可をもらったことで後方からの砲撃に徹していたシャルロットもついに前に出る。あのナターシャとシルバリオ・アフレイタスのおかげで残りの掃討は時間の問題ないだろう。そこにシャルロットが加われば一気にこの場の制圧ができる。

 これまで使う機会のなかった切り札、最後のカタストロフィ級兵装の封印を解除する。

 

「カタストロフィ級兵装、スロット【C3】解放。―――さぁ、この戦いを終わらせるよ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 ISというのは基本的に個々の性能を前面に出した単機戦力としての傾向が強い。

 もちろん複数の機体による連携も日々研究がなされ、軍隊による装備の統一化や通常兵器による支援行動なども存在しているが、それはISという存在に対しあまりにも脆弱だった。

 そして、イリーナが新型コアを世界に拡散させる前はそのコアの数の絶対数が決まっていたために複数の使用ではなく単機による強化が優先されていた。そのため、特に第三世代にもなれば実験機の側面が強化され、特化型など個性的な機体が多く作られることになった。

 それゆえに、優先された個々の戦力の代償として連携に不向きな機体が多く作られ、単機としての運用のほうが戦果を出せるという歪な状況が生まれた。白式など、その能力を考えれば連携する機体も危険というレベルで単機戦に特化している。

 ISコアが不変でなくなったことで、多くの国では連携、つまりは数を揃え、戦力を増強する研究が本格的に行われるようになった。それらをいち早く確立させた先駆者となるのがセプテントリオン隊。汎用量産機による装備、規格の画一化とそれに伴う連携力の強化。状況対応力、そしてISの強みでもある“突き抜けた一”である専用機を中心とした部隊規模の運用。新型コアの発表以前、ずっと続けられた試験部隊での役目でもあった。

 鈴の甲龍は例外となるが、アイズやセシリアのティアーズ、シャルロットやラウラの機体はこうした背景から部隊連携も前提にした機体性能を持っている。

 そして別格ともいえる専用機同士の連携においては、双子機とされるティアーズが最高峰なのは間違いない。機体も、そして操縦者も特別といえる二機は言葉など必要としないほどに意思疎通がなされ、どんな状況でも対応できる柔軟さ、そして二機共に第三形態に到達しているという戦略級の働きが期待できるセプテントリオンの切り札といえる。

 それはこの二機の機体性能、そして操縦者の力量も大きな要因だが、それでも遠近というタイプの違いという理由も大きい。特に近接戦闘はアイズのレベルにまでなると彼女の反応速度と連携を取れる存在すら稀有だ。

 

 しかしそれは、ただひとり―――アイズ・ファミリアを超越する存在が加わることで新たな境地へと至っていた。

 

「甘すぎる。VTシステムといってもその程度ですか」

「ボクたちの相手になるには、遅すぎる!」

 

 二人の金色の瞳の煌きが空を奔る。

 人造魔眼を解放した二人には、もはやVTシステムですらその速度域に追随することすらできていない。むしろ機械ゆえにそのパターンを完全に解析されているためにこの二人にとっては案山子同然の存在にまで成り下がっていた。

 本来は敵同士であるこの二人―――アイズとシール。普通なら足を引っ張るだけとなるヴォーダン・オージェ持ちとの近接連携。互いが同じ瞳を持ち、幾度となく戦ってきた宿敵であるはずの二人はまるで互いに分かり合っていると思えるほどの完璧なコンビネーションを見せていた。

 剣を振るうわずかな隙間にもう一人がさらに一閃を合わせてくる。無人機が攻め入る隙を互いに潰し合い、無駄な動きも一切しない。二人に近づいていく機体はその全てが一合で解体され、遠距離からの砲撃もすり抜けるように回避される。そして上空からは絶えず第三形態に移行したブルーティアーズによる光の雨が降り注いでおり、そのレーザーを縫うように積極的に突撃をしかけるアイズとシールの二人を止める術など存在しなかった。

 セシリアが嫉妬してしまうそうになるほどのアイズと絶妙な連携をするシールは蔑むように残る無人機を見ながらそのようやくその動きを止めた。彼女の背後では切り裂かれ、バラバラに解体された機体が海へと落ちていく。残っていた機体もすぐに上空から放たれたレーザーに貫かれて海の藻屑となり果てた。

 三分。アイズ、セシリア、シールがこの戦場に来て、わずかそれだけの時間で無人機を掃討した。

 

「………こんなものですか。私が出張る必要もなかったですね」

「でもシールのおかげですぐに終わったよ。やっぱりすごいね」

「褒めてもなにもしませんよ」

「握手くらいは?」

「しません」

「じゃあ今度お礼にどこか食べに行こうね!」

「話を聞いていたのですか、次からはフラワーヘッドと呼びますよ」

「えー、ボクとのデート、そんなに嫌?」

 

 フレンドリーに接するアイズと、ぶっきらぼうにしながらもそれでも笑みを浮かべているシール。いつの間にこんなに仲良くなったのだろうか、と見ていたセシリアも少し首をひねっているようだった。第三形態を維持したままセシリアも上空からゆっくりと降下する。

 

「俺の出番すらなくなったな。……流石というか、なんというか」

「おや一夏さん。お疲れ様です」

「セシリア……元気そうでなによりだ。心配したぞ?」

「ご心配をおかけしました。不甲斐ないところをお見せして恥ずかしい限りです」

 

 いつものように品の高さを感じられるセシリアに一夏もひとまずは安心したといったところだ。しかし、それでも未だ復調はしていないのか、それともこの第三形態の維持が消耗するのか、セシリアの顔には少し汗が浮かんでいる。やはりまだ本調子ではないのだろう。

 

「その状態のままで大丈夫なのか? 負担がでかそうだけど」

「少しきついですが、まだ終わっていませんから。遅れた分、最後は私が対処しませんといけませんわ」

「最後? まだなにかあるのか?」

 

 周囲の無人機は殲滅したし、あとは艦隊を制圧するだけだが無人機がいなくなればそれも容易い。セシリアが能力維持をしてまで対処しなければならない事態などそうそうないはずだった。

 しかし、一夏も想像していなかった最悪ともいえる脅威が迫っていた。セシリアは苦笑しつつ、そっと指を空へと向ける。

 

「なんだ、まだ無人機でも襲ってくるのか?」

「もっと素敵なものですよ」

 

 一夏が改めて夜空を注視する。肉眼ならともなく、ISのハイパーセンサーを使えばなにか異常があればすぐにわかるはずだ。

 

「…………ん?」

 

 そして一夏がそれに気付く。なにかはわからないが、なにか小さく赤く光るものが見える。ジャミング圏内のためにレーダー関連の装備は役に立たないが、視覚情報から見てもあれは明らかに星ではない。もっと別のものだ。そしてそれはだんだんと大きくなっているようで…………いや、それ自体が、近づいているようだった。

 

「なんだあれ………白兎馬、解析できるか?」

『人工物の可能性大。サイズと質量から人工衛星と推定。予想瞬間破壊力、TNT火薬換算、最大3メガトン』

「へぇ…………っておう!?」

「もし落下したらたとえ海に落ちてもIS学園の崩壊は免れません。場合によっては津波より先に衝撃で吹き飛ぶかもしれません」

「な、なんでこんなときに!? ま、まさか……!」

「言っておくが、我々ではないぞ」

 

 心外だ、というようにマドカが口を挟んでくる。確かに怪しいがそれでも人工衛星を落とそうとするならこんな場所に来たりはしないだろう。

 そしてマリアベルも、こんな大雑把、かつ品のない手段で決着を付けようとするとは思えない。楽しいか楽しくないか、そんな子供のような感性を持つマリアベルはこんな手は使わないだろう。

 

「おそらく委員会の馬鹿たちでしょう。よほど私たちが邪魔のようですね。無人機でダメだったときの保険でしょうね」

「そのために人工衛星ひとつを捨て駒にするなんて……」

「亡国機業もこうなることを知っていたのか?」

 

 驚かないところを見るとマドカもシールもこの事態をある程度わかっていたように見える。しかし、それならどうしてここに来たのか。IS学園が危険ということはその周囲にいる自分たちも危険ということだ。いくらISでも大質量の落下の衝撃を耐え切れるかと言われれば不安は尽きない。ISは破格の性能を持つが、それでも限界があることをこの場の全員が知っている。

 

「――――時が来れば明かせと言われていますから言っておきますが、私たちの任務はあなたたち、カレイドマテリアル社を援護して委員会の戦力を排除することです」

「人工衛星の落下も聞いている。思ったように行動しろと言われているがな……。お前たちに協力しても撤退しても、その場で判断しろと」

 

 シールとマドカの言葉を信じれば、やはり亡国機業の目的は無人機の殲滅。つまりは傀儡としていたが離反したIS委員会の戦力の排除が目的らしい。それはいい、少し考えればわかることだ。

 おそらくイリーナと何かしら取引したのだろう。そうでなければセプテントリオンにIS学園への襲撃犯以外とは交戦するな、状況によっては協力しろ、などという不可解な命令など下されないだろう。これについては数に劣っていたセプテントリオンも亡国機業も利害は一致している。

 それでも、人工衛星を落下させることまで察知していながらなにか手を打っているようには見えなかった。

 

「………さらに言えば、人工衛星の対処はどうせあなたたちがするだろうからしっかり“見ておけ”とも言われていますがね」

「うわ、ここまで堂々としたスパイ、ボクはじめて見たよ」

「呆れる前に感心すらするな、おい」

 

 本当に意地が悪い。シールたちは無人機を殲滅する理由はあってもIS学園を守る理由はない。しかしセプテントリオンにとっては第一の目的は無人機の殲滅ではなく、IS学園を守ることだ。そして占拠されていたから奪還のために邪魔な無人機を破壊する必要があった。セプテントリオンと亡国機業では利害は一致していてもその意義は大きく異なっていた。

 そしてIS学園を守るセプテントリオンとしては人工衛星の落下という事態に対処しなくてはいけない。たとえ敵となる亡国機業に手の内を見せることになったとしても、それは優先しなければならないことだ。

 マリアベルの考えそうなことだ。姑息というより悪知恵というような印象を持つのは、能天気そうな人柄のせいだろうか。

 そしてそれを理解したからといってどうにかできるわけでもない。それもまた意地悪さが満載だった。

 

「どうするんだ? 実際、どうにかできるのか? なんか、こう、ハッキングして軌道を変えるとか?」

「ハリウッド映画なら面白いクライマックスになりそうですが、ここまで近づいては遅すぎますし、海に落ちては結局被害は免れません」

「じゃあ、どうするんだ? 一応、俺も切り札は残っているが……突っ込むか?」

「そんなことしたら一夏くんバラバラだよ?」

 

 いくら規格外の性能を持つ白兎馬でもファイナリティモードで突撃すれば多少は破壊できるかもしれないがあの大質量に激突してタダで済むとは思えない。そもそも落下してくる人工衛星に接近戦など無謀だ。

 

「じゃあ撃ち落とすのか? そうか、あの艦になにかすごいビーム砲でも!?」

「スターゲイザーに攻撃手段はありません」

「じゃああれだ、セシリアのプロミネンスで……!」

「さすがにあれだけの質量を撃ち落とすには出力不足ですね」

「じゃ、じゃあどうするんだ!?」

 

 焦る一夏を見てセシリアはおかしそうにくすくすと笑っている。

 

「大丈夫。そのための私です」

 

 セシリアは微笑むとゆっくりと機体を上昇させる。同時に第二単一仕様能力を発動。光を操り、セシリアの周囲に光を材料に様々な形状の光装甲を作り出していく。その大小さまざまな光装甲をまるでパズルのように組み合わせ、次第にひとつの巨大な砲身を作り上げていく。

 

「きれい」

 

 そんな光景をアイズがうっとりするように見惚れていた。確かに、光が集まり、形作られていく光景は幻想的ですらある。美しく、それでいて無駄のない洗練された技術で編み出されたそれは力強さよりむしろ儚さと美しさを感じさせる。

 

「チャンバー形成、光子圧縮開始」

 

 しかし、ヴォーダン・オージェでそれを見つめていたシールにはそれがどれだけ恐ろしい代物であるのかよく理解できていた。

 

 

(―――光で砲身を形成……この砲身自体がそもそもありえないほどのエネルギーの集積体。解析でもダイヤモンドを軽々と超える強度。こんなものをあっさり作るとは、……やはり化け物ですね)

 

 

 しかも光であるがゆえに重さなんてあってないようなものだ。物理法則に喧嘩を売っているかのような事象を完璧に使いこなしていることも脅威だった。

 

「ライフリング形成」

 

 次に現れたのはまるで日輪のような輪っかだった。もちろんこれらも光で作られており、淡く光る巨大なリングが背部に形成される。それがゆっくりと回りだし、速度を上げてまるでドリルのように激しく回転する。その回転エネルギーを加えた余波がプラズマとなって放出され、そこで発生したエネルギーの大半がセシリアの前方に形成されている巨大な砲身へと注ぎ込まれていく。

 ここまで見れば誰でも理解しただろう。セシリアは、ただ“光”だけで巨大な大砲を作り上げたのだ。

 

「ぐっ……!」

「なんてエネルギー……!!」

 

 セシリアから放たれる余波で一夏たちも後退してしまうほどに恐ろしい可密度のエネルギーがさらに収束されていく。ライフリングによって精製されるエネルギーも破格だが、この光砲そのものが圧縮された高エネルギー体だ。エネルギーの変換効率もほぼ百パーセント。すべてを光で賄うこの砲撃の威力は、ヴォーダン・オージェの解析でも推し量れない。

 

 そして両腕を掲げたセシリアと形成した砲身との間に美しくも禍々しく光る球体が顕現する。それはただしく光の結晶。光という万物を照らし、導く天からもたらされた根源がその貌を現した。

 

「…………さすがにここまでのものはきついですわ。……アイズ、照準補正を手伝ってください」

「任せて!」

 

 見とれていたアイズが機体を上昇させ、セシリアを追い越して出来る限り上空へと昇っていく。未だ遥か彼方にいるが確実にこちらに迫ってきている人工衛星をその視界に捉える。常人では見えない距離でも、金色の魔眼にはそのかすかな挙動を捉えてそのすべてを解析する。

 その解析したすべての情報をISコアリンクを通じてセシリアへと送る。アイズから送られてきた情報をもとに照準を補正していく。

 

「照準、誤差修正。――――圧縮臨界、突破。皆さん、退避してください」

 

「――――ッ!!?」

 

 全員が本能的に危険を察して大急ぎでその場から離脱する。上空にいたアイズも素早く距離を取っていた。それを確認したセシリアはその抽出した莫大なエネルギーを圧縮したスフィアをついに――――解放する。

 

 

 

 

 

「Let there be light」

 

 

 

 

 それは果たして砲撃と呼べるものだったのだろうか。瞬間、一帯を暴力的な光が蹂躙し、それらがまるで意思をもつかのようにただ一点へと収束していった。まるで神話で描かれる天罰のように事象そのものを捻じ曲げ、空すら抉り取るような光の矢が天へと昇っていく。

 雲を一瞬で消滅させ、瞬時に成層圏も貫く。

 目も開けていられないような光の暴威の中、その金色の魔眼を持つアイズとシールは確かに見た。

 

 天を衝いた光の矢が、寸分違わずに人工衛星に命中――――その大質量のほとんどを蒸発させ、霧散させ、そしてそのまま宇宙の闇へと吸い込まれていった。

 

 

 

「さすがにこれ以上type-Ⅲの維持もできませんね……、しかし、これで遅れた分の働きはできたでしょう?」

 

 柔らかく微笑みながらセシリアが軽い調子でそんなことを口にした。おそらく、セシリア本人も今の事象がどういうものなのかわかっているだろう。それを誇示することもせずに、淡々と言う姿にシールですら底知れなさを感じて背筋を寒くした。

 無邪気に「すごいよセシィ!」とはしゃぐアイズが羨ましいと思うほど、シールはセシリアに畏怖を覚えていた。

 シールはたった今目の前で起きた事象をすべて解析し、そして結論に至る。

 

 

 

 

 ――――あれは、人のできることではない。あれは、もはや神か悪魔の御技だ。こいつは、本当に人間なのか……?

 

 

 

 

 人造の存在であるシールが言えたことではないかもしれないが、それほどまでにセシリアは異常だった。これほどの力を見せつけられ、シールですら表情を強ばらせていた。

 

 マリアベル――――魑魅魍魎が跋扈する世界の裏側を支配する正真正銘の魔女。その血を継ぐ少女の、なんと恐ろしいことか。

 

 

「……さて」

「………!」

「満足でしょうか? これであなたたちの主にもいい報告ができるはずです。“お母様”に、よろしくお伝えください」

 

 

 天より与えられた光を、天へと還す。

 

 そんな奇跡の光景を生み出したセシリアの微笑みが、シールには自身の主――――マリアベルの蠱惑的な笑みと同じに見えていた。

 

 

 




今月の出来事。

決算時期による残業。新プロジェクトのための出張。異動者の送別会幹事。etc。

イベント盛りだくさんだったぜ!


なんとか最新話を更新できました。
次話はこの戦いの裏のエピソード。人工衛星落下やイリーナ、マリアベルの暗躍、亡国機業との協力の取引等ドロドロ満載の話になる予定。戦闘は九割方終了です。あとは盛大にラストバトルへのフラグを建てつつアイズがシールとじゃれつつ次章へと移っていきます。

セッシーがとんでもないことになってますがこれでもマリアベルさんが格上。どんだけチートなんだあの人。マリアベルさんは正真正銘、最強のラスボスとして君臨してもらう予定。

次の亡国機業との戦いがいよいよ最終決戦となります。

その前にアイズによるシール攻略編があったりしますが、最後に向けてがんばって書いていきたいデス。

それでは、また次回に!

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