双星の雫   作:千両花火

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Act.121 「空月の雨」

 刃が煌き、無数の斬撃が巨大な人型を切り刻む。

 そのサイズ差からその装甲の厚さもまったく違う。通常のISとは比較にならない頑強さを持つ大型の無人機がその全身に無数の裂傷を刻まれ続けている。

 

「固いな……!」

「固い! めんどくさい!」

「これは手こずりますね」

 

 箒、リタ、京という三人のブレード使用の近接型三機で大型機を包囲して連携してブレードによる攻撃を仕掛けているが、大きな問題があった。

 この三人、ブレードの扱いは手馴れたもので、連携も問題ない。箒の実戦経験の不足が懸念だったが、数ヶ月の間ほぼ毎日模擬戦を繰り返していたリタとの連携はむしろかなり高いレベルで練られており、京はそんな二人に合わせて仕掛けているために隙らしい隙も見せずに一方的に攻め立てていた。

 しかし、それでも未だに大型機を仕留めきれずにいた。その理由は単純明快、火力不足だ。

 実際に、大型機を相手にブレードは分が悪い。装甲強度を超える攻撃をしづらいためだ。この場合、近接装備で有効打を与えやすいのは一点突破がしやすいパイルバンカー、もしくは高熱で融解させて切断するシャルナクのような対艦クラスの高出力エネルギーブレードが望ましい。物理的な剣では弾かれやすく、ダメージが通りにくいのだ。

 もしくは進化した甲龍のように、これを真正面からぶブチ抜けるほどのパワーがあれば別だが、通常のISではそれほどのパワーを得ることは難しい。三人はヤスリで削っていくかの如く、徐々にその強固な装甲を削り取っていた。

 

「リタ、ムラマサは?」

「ダメ、さすがに劣化が激しい」

 

 こういうときに役立つのが切断特化のブレードであるリタ専用装備のムラマサだが、度重なる戦闘でその耐久度、そして切れ味も大幅に落ちていた。それでも今まで戦えているのはそれだけこの武装の完成度が高いためだが、期待するほどの切断力を発揮できるコンディションではなかった。

 

「一撃でダメなら斬れるまで斬るだけ!」

「今回はリタの脳筋に同意してやる!」

「削っていけばいずれ倒せます。反撃の隙は、与えません!」

 

 京がさらなるブレードを機体の周囲に展開して大型機の関節部や装甲の隙間を狙って投擲する。まるで飛び道具のように次々とブレードを使い捨てる特殊な戦い方をする京がとにかく弱点と思しき場所へとブレードを突き立ててマーカーとする。そこを狙って箒とリタが斬撃で刻む。確かに敵の防御力のほうが上だが、幾度となく攻撃していけばその耐久度は落ちる。

 そして、とうとうその狙い目が浮上する。

 

「……! 箒さん、左肩です!」

「わかった!」

 

 損傷を察した京の言葉通りに箒が大型機の左肩関節部に両腕に持った二刀を突き立てた。これまでと違い、内部にまで刃が食い込み、フレーム機構を損傷、機能不全を引き起こし、左腕の動きを封じることに成功する。

 その動かなくなった左腕にリタが曲芸師のように着地する。

 

「首、もらった」

 

 その巨腕を足場にして疾走。勢いをつけたままその腕の先、大型機の頭部めがけて刃を振るった。切れ味が落ちているとはいえ、勢いを乗せて振るわれたブレードが正確に装甲の隙間に滑り込み、そのまま大型機の頭部を飛ばす。

 

「ようやく斬れた、気持ちいい」

「ここが攻め時だ! 畳み掛けるぞ!」

 

 無人機というものは頭部を飛ばしても未だに稼働することはわかっていた。機能は低下させられたが、まだ勝利を確信するには早すぎる。

 箒は精一杯の力で二刀を振ろうと構えるも、大型機の不可解な動きに動きを止めた。

 腕に備えてある巨大な砲身が稼働しはじめたのだ。それは都市制圧では脅威となるであろう高威力のビーム砲。大型機サイズだからこそ装備可能というゲテモノともいうべき凶悪兵器だが、機動力のあるISを相手には役立たずの代物だ。練度が最も低い箒でさえ、回避は容易い。

 だが、その標的は箒たちではなかった。

 

「っ!?」

「ヤバイ……!」

 

 その砲口の向けられた先にあるものを悟って三人が目の色を変えた。焦りを隠せずに無謀ともいえる吶喊へと即座に移行する。時間はない。思考する数秒の時間すら惜しまれるほどの事態だった。

 なぜなら、その凶悪な兵器が向けられた先にあるのはIS学園―――最悪なことに、シェルターがある方向―――だった。

 多少の衝撃は耐えるだろう。IS学園に造られたシェルターだ。ISの攻撃にも耐えるほどの頑強さはある。しかし、規格外のサイズを持つ都市制圧用の大型機が持つ巨大なビーム砲を受けて無事でいられると確信を持っていうことはできない。むしろリスクのほうが高いだろう。上部の建造物が倒壊するのもまずい。

 

「くそっ!」

 

 箒が飛び出し、それにリタと京も続く。これまでは大型機の強力だが雑多な攻撃を慎重に見極めて攻撃していたが、もうそんなことを行っていられる場合ではなかった。リスクを承知でとにかく迅速に撃破しなくてはいけない。

 だが、ここで大型機に対する火力不足が響いた。箒たち三人の今の装備では大型機を瞬殺できるほどの火力をたたき出すことができない。しかし、なにもせずにIS学園が破壊される様を見ているつもりもなかった。リタは脚部を斬って体勢を崩し、京も照準をずそうとブレードを惜しみなく投擲して手傷を負わせている。

 

 しかし、それでも止められない。

 

 砲口から破壊をもたらす光が漏れ出す。もう猶予もないと悟った箒はその眼前へと身を晒すと自身の機体に搭載されている防御機構を全力で展開した。

 

「箒さん!?」

「ヤバイ、あれは完全に無茶」

 

 箒がなにをしようとしているのか悟ってリタと京も焦りを見せる。あれは受け止めるつもりだ。たしかにこの状況ではそれが有効なのは確かだが、その代償はあまりにも高すぎる。通常サイズのISが使う光学、熱量兵器ならば箒が展開しているオーロラ・カーテンで弾ける公算が高いが、大型機クラスとなると分が悪すぎる。受け止めることができたとしても、ほぼ間違いなく、大破は免れない。下手をすれば絶対防御すら貫く危険もある。

 

 それは箒本人もわかっていたことだ。しかし、それでも箒はIS学園を守りたいという気持ちが上回った。だから気がつけばこんな無茶な行動を実行してしまっていた。

 箒は自分が他のみんなに比べても圧倒的に弱いと自覚していた。剣道の腕には自信があっても、それがISで活かされるかといえばまた別の次元の話なのだ。特に邪剣の技を持つリタと模擬戦を繰り返すうちにそう思い知らされた。ISにおいて、箒は誇れるものも技術もない。姉から送られたこの機体も、おそらくは半分も使いこなせてはいない。誰が一番お荷物なのかと問われれば間違いなく自分だと言えるネガティブな確信もあった。

 もちろん、それは箒の後悔による思い込みだ。リタが「けっこう強いよ」と言うように、箒は思っているほど弱くはない。回りが規格外すぎてそう思えないだけだ。しかし、姉の束が箒と離れ離れになっていたときの話を聞き、そしてどんな思いでいたかも知り、陰ながら箒を守るよう働きかけていたことも知ってしまった箒は嬉しく思うと同時に後悔した。

 なぜ、姉を信じてやれなかったのだろうか――――、と。束が姿をくらませたとき、箒は自分が見捨てられたのでは、と何度も思った。重要人保護プログラムで、箒の意思に関係なく日本中をたらい回しにされ、疲弊していた箒には無理からぬことであったが、八つ当たりにも似た感情すら抱いていた。

 真実を知った今ではそんな感情など完全に霧散しているが、それでも箒はもっと姉を信じていれば、今よりももっと力になることができたのではないか―――そんなことを思っていた。それが意味のないことだと理解しても思わずにはいられなかった。それほどに、今の束を、そして友のアイズたちが直面している苦難は凄まじかった。

 こんなとき、なにをしてやれるのか。箒が出した答えは、このIS学園を守りたいというものだった。

 世界にISを広めるための場所。束が目指したISを、本来の姿を教えることができる場所。そのためにはまだ多くの障害があるが、それでもここはいずれ、束の夢を形にするための大切な場所となるはずだった。そんなIS学園のために尽力したい。それがただ流されるままに生きてきた箒の願いでもあった。

 だから、こんな無粋な侵攻など許せない。こんな人の意思が宿らない鉄の人形に蹂躙されることなど、許せるはずもない。

 そのために死力を尽くす。それが箒のやるべきことだと、そう思った。

 

「貴様らなどに、この場所を好き勝手にはさせないっ!!」

 

 そう啖呵をきる箒だが、目の前の光景には恐怖を覚える。それでも動こうとしないのは意地なのか、箒自身でもわかってはいなかった。

 それでも、この暴挙を許してはならないという使命感にも似た意思だけでそこに立ちふさがった。

 

「来るなら来い! それでも、やらせはしないぞ!」

 

 そして極光の矢が放たれる。

 防御能力を全開にしてそれを受け止めようと歯を食いしばる。一度でも止めればリタ達が二射目を撃つまえになんとかするだろう。だから一度でもこれを防げば十分だ。

 機体各部から熱量、光学兵器を歪曲させる粒子を最大展開。迫る破壊の光を受け止める壁のように前方へと集中してオーロラ・カーテンを収束させる。

 おそらくそれでも完全に防ぐことはできないだろう。しかし、箒は不退転の覚悟でそこから退こうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「―――――まったく、無茶をしすぎだよ」

 

 

 

 

 

 

 

 ふと、そんな声が箒の真後ろから響いた。どこか呆れたような、それでいて褒めているような声だ。その声を箒は知っていた。

 

「おまえは……!」

「神機日輪起動。【剣】、最大展開」

 

 背後からもう一つの防御機構が展開される。箒の機体から放出される青白い粒子とは違い、眩い金色の粒子が箒を覆うようにその周囲すべてに満ちていく。それ自体がまるで太陽のような球体を形成するとその迫り来る膨大な熱量を秘めたビームを真っ向から受け止めた。

 そして異変はすぐに起きる。

 まるでそのビームそのものを否定するように触れた先からそのエネルギーそのものを歪曲し、発散させ、無力化させる。受け止めるというよりは消滅させていくように面白いほどあっさりとその凶行を防いでしまった。

 

「オーロラ・カーテンは粒子で熱量を散らせるけど受け止めることは難しいよ」

「……おまえが来ていたと知っていたのなら、こんな無茶はしなかったさ」

「でもよく時間を稼いでくれた。あとは任せて」

 

 特徴的なその背部の巨大なリングユニット。対ビーム、レーザーにおいて絶対的な優位性を持つ特殊兵装を持つ、篠ノ之束によって対無人機戦に特化して造られた規格外機。機体名称【天照】。熱と光を統べるその機体を駆る更織簪が微笑んで箒を労った。

 

「避難は?」

「おおよそ、問題なく」

「そうか、あとは敵機の排除だけか?」

「そういうことだね。まぁ、ここまで戦力が揃えばこっちは問題ないよ」

 

 そう言って目の前を示す簪に促されて箒が目を向けると、大型機が拘束されて身動きができない光景が飛び込んできた。ギギギ、と不気味な稼動音を響かせながらもがく大型機だが、その全身に絡みついた拘束を引きちぎることができない。

 それは水のようだった。

 うねるその液体が大型機を覆い、関節部にいたっては一部を氷結させて完全に動きを阻害している。

 

「会長……いいとこどり?」

「失礼ね。素直に感謝を述べなさい」

 

 いつの間にかリタの横にはISを展開した更織楯無の姿があった。このIS学園におけるトップに君臨するIS操縦者である彼女はたった一機で大型機を完全に無力化していた。

 

「あなたたちが外の戦力を引き受けてくれたから避難も迅速にできたわ。シェルター周辺の敵機は既に排除が完了。あとは残敵を掃討すれば少なくとも学園の敷地内の脅威は取り除けるわ」

「増援が来てたみたいだけど?」

「そっちも抑えられているわ。予想外の援軍もあったみたいだけど……まぁいいわ。今は駆除を優先しましょう」

「そっか、じゃあ私の役目も終わりかな。こんなだしね」

 

 リタが手に持つブレードは半ばからポッキリと折れており、それはリタの最後の武装が破壊されて継戦が不可能になったことを意味していた。短期決戦型の自分としてはがんばったほうだろう、とリタは自分を労っている。その横では京もほとんどのブレードを使い果たしたようで同じように苦笑しつつ安堵したような表情を浮かべていた。

 

「でも大丈夫なんですか? 数はまだあちらが上だと思いますけど」

「大丈夫、このIS学園最強のジョーカーを投入したからね」

「ジョーカー?」

 

 そう京が呟いた直後だった。まるで雷でも落ちたような閃光が走ったのだ。

 それがなんなのかわからないリタや京は戦闘態勢を取りそうになったが、その直後に拘束されていた大型機が頭からまっすぐに切断された姿を見て言葉を失ってしまう。

 ただの巨大な瓦礫に成り下がった大型機が左右に倒れ、その間から一機のISが姿を現した。

 その形状こそ量産機のフォクシィギアであるが、こんな攻撃力を叩き出せるスペックはその比ではないだろう。右腕には二の腕までを覆う大きなユニットが握られており、そこから巨大なエネルギーによる刀身が形成されている。

 アイズのレッドティアーズtype-Ⅲにも搭載されている対艦兵装であるシャルナクだ。軽く振ってその刀身を消しながら近づいてくるその姿は敵でなくとも畏怖を感じてしまう。

 

「あー、なるほど、これはたしかにジョーカーだわ」

 

 あっさりと大型機を一刀両断するその女性――――世界最強と呼ばれたブリュンヒルデ、織斑千冬が、とうとうその手に剣を持って戦場へと再臨した。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

「くそっ、あと少しで届くってのに!」

「焦るな。狙い撃ちされるぞ」

 

 一夏とマドカの異例ともいえるタッグは予想外に上手く機能していた。互いに幾度もの交戦を経て戦力分析をしていたこともあり、相互に機体性能を把握していたことも大きい。

 近接型の一夏と遠距離型のマドカ。役割分担もシンプルであるため、即席でも多大な戦果を上げていた。互いにエース級の実力者だ。無人機程度では如何にVTシステムを使おうが簡単に対処してしまう。なにしろ二人のバックには篠ノ之束、そしてマリアベルという、ISにおいて最高峰の頭脳を持つ二人が控えているのだ。

 この二人には一度使ったものは二度と通用しない。そもそもVTシステム搭載機を“気まぐれ”で作ったのはマリアベルであり、ISのシステムそのものの基礎を作り上げたのは束だ。

 たかだか無人機にVTシステムを搭載した程度ではなんの脅威にもならない。既にその対処法を完全に確立させていた。

 かつてラウラが取り込まれたときよりも情報収集力が低下しており、そのため行動パターンを意図的に誘発することもできる。機械ゆえに最適解しか出さない無人機では簡単に行動を予測できる。

 そのための戦術プログラムもすでに組みあがっており、白兎馬のバージョンアップと同時にそのプログラムもインストールされている。ゆえに一夏は白兎馬のナビゲーションによってVTシステムを相手に優位に立っていた。そしてそれはマドカも同様だ。製作者は違うが、同じ戦術プログラムを搭載した機体を駆るマドカもまた無駄のない牽制と狙撃によって確実に無人機を撃破している。

 

 しかし、それでも恐ろしいのはその物量だった。旗艦を狙う一夏とマドカを寄せ付けないように展開された防衛網は強固であり、この二人でも突破は難しかった。白兎馬が万全であれば強行突破も可能だったかもしれないが、今の状態ではないものねだりでしかない。長期戦の影響が徐々に響いてきていることを自覚しつつも、現状で劇的な打開策はない。

 

「まぁ、粘ればいずれ向こうも戦力は尽きるだろうが……」

「そんなものを待っている余裕はない! こっちはもう一時間以上戦闘してるんだぞ!」

「ならば待つしかあるまい」

「待つ? なにをだ?」

「勝機だよ、間抜け。焦って特攻しても無駄死にが見えている。ならばその時を待つしかない」

「あるのか、今のままで……!」

「特攻するほど追い詰められているわけではあるまい。お前もその支援機の切り札を残しているだろう? 使うタイミングを見誤れば、それで終わりだぞ」

 

 一夏の切り札―――白兎馬そのものを巨大な剣として特攻するファイナリティモード。確かにこれならば破壊できないものなどおおよそないだろう。しかし、これを使えばもう白兎馬は戦えない。そして白兎馬を失った一夏ではこの乱戦地帯で戦うことなどできない。ゆえに一夏も最後の手段としている。

 マドカの言い分には反論する余地がない。一夏も焦っていた心を落ち着けるように冷静になるように深呼吸をする。

 

「おまえにたしなめられるとは複雑だ」

「無駄口を叩くな。私が援護してやっているんだ、無様な姿を晒せば背中から撃たれると思え」

「つまり無様な姿を見せなきゃ味方でいてくれるってわけか」

「ふん、減らず口を」

 

 しかし、このままではジリ貧なのも確かだ。蛮勇は愚策と理解していても、このままでは押し切られるだろう。もうそれほど猶予はないということは一夏も悟っていた。最後の手段も視野に入れてどうするか考えていたとき、図ったようなタイミングでそれがきた。

 

「……ん? ショートメール?」

 

 ISを通じて簡単なメッセージを送るショートメール機能が着信を告げた。そのメッセージを見た一夏はわずかに驚いた表情を浮かべた後、自然とその口をほころばせた。

 それは、まさに待っていたものだったのだから。

 

「待った甲斐があった! 勝機がきたぜ!」

「――――ああ、こちらもそのようだ」

 

 なぜかマドカも同じようなことを言っていることに僅かに疑問に思いながらも、一夏は釣り出すように後退する。マドカもなにも反論せずに一夏と同じように後退する。

 不自然な突然の後退であるが、機械的な判断しかできない無人機の一部が追撃へと移行した。もし優秀な指揮官がいれば陽動を疑って然るべきだが、この場にそんな存在はいない。そもそも借り物、いや、奪い取った無人機を有効に指揮できる人間などいなかった。

 

 そうやって簡単に釣り出された一団に、上空から急接近する反応が現れた。

 それは遥か上空、高高度からまるで流星のように落ちてくる。空気抵抗を遮るように白い殻のようなものを前面に展開しつつ、それが目視ではっきりわかるほどの距離になると唐突にその殻が割れた。

 半球状の白い装甲が広がり、美しい鳥の羽のように大きく広がった。その翼からは青白いエネルギーを噴出し、推進力としてさらなる加速を行っている。

 

 そして、さらにもう一機。

 

 翼の中から現れたのは深紅色をしたISだった。白い翼を持つISに抱え込まれていたその紅いISが両手にブレードを展開する。そのまま白と紅の二機は速度を緩めることなく上空から無人機の一団に強襲を仕掛けた。

 

 たったの一合。

 

 傍目には通り過ぎただけのその一瞬で、実に五機の無人機が斬り裂かれていた。そのどれもが正確に胴体部を真っ二つにされており、完全に機能停止に追い込んでいる。

 そして崩れた陣形を立て直す暇も与えずに分離した二機が即座に追撃。極めて狭い範囲での乱戦となりながらもその二機はいっさいの被弾をせず、流れるように隙を縫って無人機を片っ端から屠っていく。

 それを見ていた一夏とマドカは味方だとわかっているのに背筋が寒くなるような思いを抱いていた。あの二人の前ではすべての行動が無意味だ。なにかしらのアクションを起こせば、次の瞬間には対処行動を起こされている。見切られているとか、そんな次元じゃない。未来予知をしていると錯覚するほどの早すぎる判断と対応。知ってはいたが、あの“魔眼”を相手にすることは脅威だ。

 その瞳で見るものすべてを解析し、他者とは違う速度域での思考をもたらす人造の魔眼―――【ヴォーダン・オージェ】。

 そんな眼を持つ二人を同時に接近戦で相手をするなど、悪夢以外のなにものでもない。

 おそらく一夏やマドカと同じように一時的に手を組んでいるのだろうが、それでも連携のレベルも高すぎる。まるで長年タッグを組んでいたと言われても信じるほどに神がかり的なコンビネーションを見せている。おそらくはそれもあの眼、そしてライバルであるからこそのものだろう。

 あっという間に陽動した敵機を駆逐した二機は目元を覆っていたバイザーを解除する。その下から現れたのは満月のような金色の瞳。その瞳自体が魔性の輝きを放ち、見る者を魅了するかのようだった。

 

「やぁ一夏くん、待たせちゃったかな?」

「ああ、待っていたぞ。セシリアも来ているんだな?」

「うん。もうセシィも大丈夫だから。あとでみんなに謝りたいって言ってたよ?」

「そこはありがとう、の一言で十分だ」

「さすがのイケメンだね!」

 

 ケラケラと屈託のない笑みを見せるアイズに、一夏の緊張しきっていた心中が柔らかくなるようだった。こうした魅力はアイズだからこそのものだろう。セシリアが倒れたときはどこか余裕もなく焦っていたアイズの姿を見ていただけに一夏もようやく安堵できそうだった。

 

「…………で、そっちもマドカと同じで今は味方、でいいんだよな?」

 

 やや疑念を孕んだ眼で一夏がシールを見やる。絵画の中に住んでいるかのような完成された美貌を持つシールが少し意外そうな顔でマドカへと視線を移す。

 

「マドカ先輩、呼び捨てを許したんですか? なんだかんだいって私のことを言えませんね」

「黙っていろ、むしろおまえが言うな」

「シールも敵のボクと仲良くしてるくらいだもんね!」

「それこそアイズが言わないでもらえますか、私としても不本意なんですよ。……その嬉しそうな顔をやめろと言っているのです!」

「亡国機業ってツンデレが多いんだね、一夏くん」

「俺にふるな」

 

 戦場のど真ん中、そして互いがこれまで幾度となく戦って来た敵同士にも関わらずに奇妙な友好があった。それはおそらくこの場限り、同じ敵を持ったがゆえの一時的な仲間意識かもしれない。

 それでも、アイズだけは心の底から楽しそうに笑っていた。

 

「IS学園のほうはもう大丈夫みたい。あとはここの戦力を駆逐すればこの戦いも終わるはずだよ」

「そうだな、アイズたちが来てくれれば心強い」

「と、いうか………もうすぐ終わる」

「え?」

「セシィが――――“狙っている”から」

 

 

 そして、星が落ちてきた。

 

 流星群。それを見た一夏が真っ先に思い浮かべたものがそうだった。上空から雨のように光が降り注ぐ。流れ星が群れとなって降り注ぐかのような光景はこの戦場という空間をどこか幻想的なものへと塗り替えてしまうかのようだった。

 そんなふうに呆けていた一夏がハッとなって上空を見上げる。

 降り注いでいるのは光でまちがいないが、そのひとつひとつが高い破壊力を秘めた収束レーザーだ。そのレーザーはひとつひとつが正確に無人機を射抜いており、よく見れば追尾するように曲がっていることも視認できた。

 なんとか回避できた少数の機体もすぐに追尾してくる他のレーザーに貫かれていた。そんな魔弾が次々に降り注いでいる。アイズとシールのときよりも、こんな光景のほうが悪夢のように思えた。少なくとも、こんな攻撃にさらされれば一夏では逃げることもできないだろう。

 

「こんな滅茶苦茶なことができるやつなんて……」

 

 その上空。月をバックに一機のISがそこにいた。

 それは一夏の知る機体と似ていたが、各部の形状や配色が変化していた。青を基調としたカラーリングは青と白のツートンカラーとなっており、十機のビットがまるで付き従う僕のように周囲に円形に配置されている。

 そして、その全身を守るのは光そのものを固めたような淡く光る装甲。単一仕様能力で作った光そのものを固定化した光装甲がまるでドレスのように広がっている。

 その周囲には無数の光る球体が形成されており、そこから今なおもレーザーが発射されている。

 

「…………機体負荷、能力継続に問題はありません。戦場リンク、ターゲット補足、誤差修正、すべてオールグリーン。――――この戦場のすべてを、狙い撃ちます」

 

 光を操る世界で僅かしか存在しない第三形態移行機の一機―――大破した機体そのものを再構築、発展させた最終進化形【ブルーティアーズtype-Ⅲ/evolution】。暫定名称で【type-evol】と呼ばれ、生まれ変わった愛機を駆るセシリア・オルコットが眼下に広がる戦場をその双眸で見据えていた。

 

「落ちて消えなさい――――雫のように」

 

 魔弾の射手、セシリア・オルコット――――復活。

 

 

 

 




ようやく更新できました。

ここまで戦力がそろえばあとは消化試合です。まぁむしろここからが本番ですが。そろそろマリアベルさんが派手に動きはじめます。

しかしブリュンヒルデ、更織姉妹、アイズ、セシリア、シールまで、さらに束も参戦するという過剰戦力にもはやイジメのような戦力差となってしまう。パワーバランスが完全にIS学園側に傾きました。それでも悪あがきするのが悪党ですが……。

そろそろこの戦いも終局です。でもまだアイズやセシリアの見せ場が残っているのでお楽しみに。

ではまた次回に!

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