双星の雫   作:千両花火

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Act.120 「龍」

 「なんだ、あれは……!?」

 

 ラウラは突如として現れた炎の柱に目を見開いた。まるで生きているように生命力と躍動感に溢れたその炎がまるで塔のように天へと昇っていく光景はここが戦場だからこそ現実離れしているように見えてしまう。

 

「まさか、鈴なのか……?」

 

 あの辺りでは鈴が単機で敵襲を足止めしているはずだ。あのような現象を引き起こす兵器に心当たりはないし、あの炎は普通では考えられない青い色をしている。あんな不可思議な炎を生み出すことができる存在など、セプテントリオンでも規格外といえる鈴しか思いつかない。なにより、あのように猛る炎は鈴の闘志を表現しているように見える。

 

「進化した? ………至ったのか、鈴」

 

 その兆候はあると束が零していたのを聞いていたラウラはとうとう鈴も到達したと半ば確信をもって炎を見つめた。

 しかし、それも数秒だ。ラウラは再び前を向くと未だに多数が群がっている無人機群に対し、斥力による壁をぶつけて弾き飛ばす。

 

「ここは通さん! 私が壁となる! シュバルツェ・ハーゼは確実に掃討しろ!」

 

 鈴の場所へと大型機が向かっていたが、ラウラが援護にきた方向からは大部隊の無人機が送り込まれていた。伏兵があるとは予想していたが、この数は完全に想定外だった。だからこそ、斥力操作という反則技ともいえる能力を持つラウラが援護に回ったのだ。ラウラ自身にも相当の負荷がかかるが、単一仕様能力【天衣無縫】なら広域の斥力結界で大多数を弾き返す壁を作り出すことができる。あとは落ち着いて数を減らせば、おそらくはここは抑えられる。

 しかし、そのために鈴を最も危険な場所へ残してしまった。ラウラでは質量差から斥力・引力操作の効果が薄いこともあって鈴だけを置いてきてしまったが、この敵増援を凌ぎ次第すぐに鈴の援護へ戻るつもりだった。結果としてそれは間に合わなかったが、鈴が進化へ至ったのならまだなんとかなるかもしれない。

 鈴の反応は一時は危険域にまで陥っていたが、確認すれば今はそのコンディションは回復している。ほぼ間違いなく形態移行したはずだ。

 

「だからといって任せっきりにするわけにはいかん! 全機、奮戦しろ! 迅速に撃破、殲滅しろ!」

 

 隊員たちに命令しながらラウラも完璧に侵攻をシャットアウトする。副作用ともいうべき負荷がラウラの体力をその都度奪っていくが、この程度で根を上げるようなヤワな訓練はしていない。

 

 

 

 

「――――それで、おまえはなんのつもりだ?」

 

 

 

 

 不意に、ラウラが虚空へと目線を向けて威嚇するように声を発した。

 傍目にはなにもいない、なにもない空間を睨むラウラだったが、よく観察すればその異常はすぐにわかる。その周囲にはなぜか破壊された無人機が転がっており、ラウラも、そして他の友軍機の誰もが破壊していないはずの機体が、的確に動力部を破壊されて沈黙しているのだ。

 

 それは、まるで見えない暗殺者にやられてしまったかのようで――――。

 

「援護のつもりか? 姿を見せろ、今ならまだ言葉を聞いてやる」

 

 ラウラが片手を向ける。少しでも動きがあれば斥力の壁を叩きつけることができるとアピールすると、そのなにもない空間が突如として歪み、浮き出るように一機のISが姿を現した。

 左右非対称のふざけたようなデザインにピエロを模したような仮面――――かつてIS学園を襲撃した機体と酷似した存在がラウラの前へと姿を現した。

 

 

 

 ***

 

 

 

 紅火凛は驚愕し、戦慄し、そして歓喜していた。

 一時は最悪の事態すら覚悟した鈴と甲龍の撃墜は、一転してその能力を完全に解放させることに成功していた。これまでもその予兆はあったし、土壇場でそこへ至る可能性もわかっていた。

 もちろん、それは生半可なことではない。おそらく追い詰められたことで闘争と生存、二つの本能が爆発したのだろう。操縦者である凰鈴音とIS甲龍の意思がぴったり同じトリガーとなって限界突破へと至ったのだ。

 インフィニット・ストラトス。その可能性の発露である第三形態。人とIS、ふたつが揃って止揚へと至ることで顕現するISの可能性の到達点。限界という壁を突破した証であり、可能性を明確に形にした究極の形態。これまでアイズのレッドティアーズとセシリアのブルーティアーズしか存在し得なかった、世界で三番目の第三形態到達者となったのだ。

 

「これが、ISの可能性……」

 

 その進化をデータと映像で見ていた火凛はまざまざとその超常ともいえる現象に背筋を震わせていた。個々に進化の形は変わるだろうが、甲龍のコアは第二形態に移行したときとは比べ物にならないほどの変容を遂げていた。おそらく、本当の意味で鈴の専用機となったのだ。鈴の持つ可能性を余さず形へと昇華させ、鈴の持つ最強のイメージへとその姿を変え、内包する力もそれに恥じない膨大なものへと変質させていた。単純な出力比を比べても進化前の十倍以上。これがイコール強さとなるわけではないが、果たしてただでさえ屈指のパワーと頑強さを持っていた甲龍を傷つけることができるの存在がいるのか疑問に思わずにはいられないレベルだ。

 アイズの持つ眼と特異感覚を最大限に活かし、未来予知を実現させるレッドティアーズ。

 セシリアの情報処理能力を活かし光を操るブルーティアーズ。

 しかし、甲龍は違う。第三形態へと至った甲龍のその特性は、この二機のような技能的なものではなく、もっと単純なものだ。

 

「単純なパワーも、あの大型機でさえ雑魚扱いするほどだね……」

 

 大質量というアドバンテージがある大型機でさえ、今の甲龍にとってはまったく脅威とはならない。真正面からぶつかっても逆に跳ね飛ばし、綱引きをすればあっさりとその巨体ごと釣り上げることができる。それほどまでに甲龍のパワーは常軌を逸していた。

 単純明快に、基礎スペックの爆発的向上。もちろん、第三形態が一時的な進化である以上、それも時間制限付きのパワーアップとなるが、それでもたったそれだけが恐ろしい脅威となる。それに伴い、防御力も同じように跳ね上がっている。もともと頑強さも他の追随を許さないほどだった甲龍はもはや動く要塞といえるほどの難攻不落の不死身のような機体となっている。あれでは実弾ライフルなど豆鉄砲だ。

 

 それを成すのが、甲龍が纏う蒼い雷炎の鎧だった。

 

 各部の装甲もより強化されているが、中でも目を引くのが二つ。背部から伸びる機械で形成された巨大な“尾”。龍をイメージしたと見られる尾がゆらゆらと揺れており、その力強くしなる様はそれだけで威圧感を生み出している。それだけでなく全身がより龍を思わせるように装甲が変化しており、頭部の装甲にも力の象徴とも言われる角を二つ形成している。鈴の飽くなき最強のイメージである龍への渇望が感じられる。

 そしてなによりもそんな全身を覆うのは、蒼い炎だった。装甲の各部にはまるで傷のような裂け目があり、そこから湧き出るように炎が噴出している。それはまるで大地の裂け目から溶岩が湧き出るような力強い印象を見る者に与えている。

 雷を纏う炎。それ自体は本当の炎などではない。あれは炎の形をしたエネルギーそのものだ。雷もそのエネルギー同士の干渉から発生するプラズマに過ぎない。本来なら垂れ流しとなるコアから湧き出る余剰エネルギーが炎という形となって制御下に置かれている。意図的にオーバーフローとなった状態のまま安定させ、その莫大なエネルギーを転用させる。

 もちろん、それ自体に外部からの攻撃を防ぐ壁としても機能する。それはオーロラ・カーテンや朧といった特殊防御機能などではない、純粋な力による鎧だ。

 そんな“力”を象徴したかのような甲龍の進化。それはまさに天災を司るとされた龍の化身といっても過言ではなかった。

 

「すごい、すごい……! 鈴音、さぁ、あなたの可能性をもっともっと見せて、見せて!」

 

 火凛は我を忘れたようにはしゃぐ。

 

 それはまるで、憧れの存在を目にした子供のように―――。

 

 

 

***

 

 

「オオォォラァッ!!」

 

 遠距離にも関わらずに構わずに全力で正拳突きを放つ。当然、それが届くような距離ではない。しかし、渾身の力で繰り出されたその拳は、次の瞬間には宙を裂いた。

 拳に纏っていた炎がそのまま真正面へと放たれた。

 それはまさに砲弾。鈴の拳をそのまま飛ばしたような炎が高速で大型機の頭部へと突き刺さった。そして次の瞬間には頭部が跡形もなく粉砕される。威力もまったく遜色ない。さらに続けて右、左、と連続して拳を振るう。二発、三発と次々に炎の拳が突き刺さり、その度に頑強であるはずの大型機の装甲を抉り取っていく。素手のまま放てる遠距離攻撃としてはいちいちモーションが必要となることを差し引いても十分すぎる性能だろう。追尾性能は皆無で照準は荒いが、中距離の牽制としては破格の破壊力だ。

 この攻撃に機械である無人機側も焦ったように通常サイズの無人機数機が乱入してくる。大型機を援護するように鈴に向けてマシンガンなどの銃器を発砲してくるが、鈴は見向きもしない。その全てを炎の鎧で弾いている。高密度に圧縮されたエネルギーはそれだけで盾となる。しかし、それでも周囲の機体をうっとうしく思ったのか、鈴はその場で跳躍。誘い込むように無人機を中空へと誘う。

 

「さぁ、甲龍、エサが大量よ。すべて喰らいつくせ!」

 

 拳ではなく、今度は右足を振りかぶる。明らかに蹴りの体勢だが、これも距離が遠い。そしてその右足から蒼炎を大量に噴出。力を集約するように眩い炎が右足へと宿る。

 

「せぇぇいっ!!」

 

 綺麗に円を描く回し蹴り。その軌跡が鋭利な炎の刃と化した。

 龍が爪を振るう如くに放たれたその蹴りによって生み出された炎が巨大な刃となって大地を穿った。クレパスのように巨大な亀裂を刻み、その一閃に巻き込まれた無人機が真っ二つになって爆散する。切り裂く、というよりは一瞬で融解させて破壊するその一閃はまさに天災振りまく龍の爪だ。

 

「あはははッ! 本当に龍になった気分よ! 力があふれてしょうがない! でもまだ! まだまだ! こんなものじゃない!」

 

 背後から奇襲をしかけたつもりなのであろう無人機を背部の尻尾を振って弾き返す。太く、力強くしなる機械の尻尾はそれだけで凶器だ。

 

「お?」

 

 目の前から閃光。無人機も学習したのか、容易く弾かれる実弾ではなくビームによる集中砲火を選択。今の鈴と甲龍の尋常ではない防御を突破するためには確かに最善の選択だった。

 いくら第三形態の甲龍とはいえ、ビームの集中砲火が直撃すれば無傷とはいかないだろう。

 

 ――――無論、それは当たればの話だ。

 

「遅い遅い、遅すぎる!」

 

 一瞬で鈴の姿がぶれたかと思えば、次の瞬間には既に回避を完了していた。

 ラウラのオーバー・ザ・クラウドのような神速の機動力ではない。第三形態となっても速さに関しては甲龍はオーバー・ザ・クラウドには及ばない。しかし、鈴は甲龍のスペックを押し出しての力押しで非常識な速さを作り出す。

 鈴が移動したと思しき軌跡には、空間に炎を擦り付けたかのような焼け跡が残されていた。まるで見えない地面があるように灼かれた空間が、まるでひび割れるかのように亀裂が走っていた。それはすぐに霧散して消えてしまうが、それがいったいなんの痕跡なのかはすぐにわかるだろう。

 鈴は、ただ単純に走って回避したのだ。

 第三形態となっても単一仕様能力【龍跳虎臥】は健在。この能力によって空中でも地上と同等の動きが可能な鈴は短距離ならば飛翔するよりも自らの脚で走ったほうが早い。常に最速で空に足場を形成できる能力があればこそ、この鈴の瞬発力は刹那的にはオーバー・ザ・クラウドに匹敵する。

 そんな鈴が第三形態となった甲龍のスペックでもってそれを行えば、もはや縮地といえる“技”へと昇華する。まるで武装した軍馬が地面を駆け抜けたように空間を固めて形成した足場が割れるほどの力で踏み、駆け抜けたのだ。

 

「ちょっとまだ振り回されてるかな……でも大分慣れてきたわ」

 

 少しずつ試すように今の甲龍の力を確かめていた鈴がおおよそのスペックを身体で覚えたことで本格的に攻撃へと転じようとする。恐るべきことにこれまでの攻撃は鈴にとってジャブ程度の認識だった。幸い、この甲龍のスペックや新たな能力の特性は自然と理解できた。あとはそれを身体に覚え込ませるだけだった。知識だけで経験がない力ほど使えば足元を掬われることを鈴はしっかりと理解していた。そして、その確認ももう終わる。

 

「こう、ね」

 

 腕を振るう。明らかにこれまでの鈴の攻撃範囲外にいた無人機が一瞬で炎に呑まれて撃墜される。炎はそれ自体が蛇のように形を変えて周囲の敵機に襲いかかる。制御可能範囲は五メートルほど。近・中距離メインの鈴には十分すぎる距離だ。

 

「そしてこうね!」

 

 次は右手に力を集中させるように振りかぶる。炎が拳に収束していき、それを放つように再び拳を繰り出した。先ほどよりも威力が増した炎の砲弾が残っていた二機の大型機のうち一機の“半身”を吹き飛ばした。

 

「なるほど、なるほど。わかりやすい。汎用性も威力も申し分ないわ。つまりアレね。波動とかオーラとか、そんなもんでしょ」

 

 ――――第二単一仕様能力【セカンド・ワンオフアビリティー】。

 第三形態へと至った機体だけが獲得できる最上位の特異能力。甲龍に発現したこれは、実に単純明快なものだった。

 

 “余剰エネルギーを操作する”、ただこれだけだった。

 

 その余剰エネルギーとは第三形態に進化した甲龍のコアが吐き出す無尽蔵ともいえるエネルギーであり、そしてこの余剰エネルギーは雷を纏う蒼炎と言う形となって制御している。つまり、この雷炎そのものが甲龍の武器そのものといえる。それは身に纏うだけで龍の鱗のような硬い防御壁となり、放つだけで周囲に破壊を振りまく暴威そのものとなる。

 しかも一点集中させれば破壊力も倍増。それを放つこともできる。単純でありながら汎用性の高い、そして武道家である鈴との相性も抜群によかった。アイズのような未来予知やセシリアのような複雑極まる特異能力よりも単純であればあるほど鈴の底力が跳ね上がる。

 

 ただただ純粋な【力】の具現。それこそが甲龍の進化であり、鈴の相棒としての真価だった。

 

「さすが相棒ね、気に入ったわ。そうね…………第二単一仕様能力、【龍雷炎装】と名づけましょう」

 

 捻りのない見たまんまの名称だが、鈴にはそういったほうが好みだった。感覚的にこの能力を掴んだ鈴は、内心ではわくわくしながら構えを取る。その構えは慣れ親しんだものではなく、有用性よりも見た目がかっこいいという、本来なら無意味なものだった。それは昔読んだバトル漫画の必殺技のポーズによく似ていた。

 両手を広げるように前へと掲げ、そのまま付き合わせるようにゆっくりと動かしていく。それはまるでボールを両手で持つような体勢であり、武道としては無意味な型だ。しかし、その両手に甲龍を覆っていた蒼炎がどんどんと収束していき、掌に挟まれた空間に圧縮されていく。純粋なエネルギーの塊となった炎の球体はプラズマを帯びながらその密度をさらに上げていく。エネルギーの制御という能力ひとつで鈴は感覚だけで恐ろしい破壊力を秘める事象を引き起こした。

 

「こういうのって憧れるのよねぇ。こういうのは、どうよ! えーと、……必殺、“甲龍波”よ!」

 

 鈴は嬉々として抱えた圧縮エネルギーを敵機に向かって全力で解放した。

 

 一瞬の無音。そして周囲すべてを食らい尽くすかのような轟音が衝撃とともになぎ払った。圧縮された蒼炎は解放されたことで触れるものすべてを消し去りながら一直線に空間を貫いた。それはまるで巨大なビームだ。ブルーティアーズの持つ武器のうち最大火力であるプロミネンスと遜色ない。実際、鈴はイメージとして同じものを参考にした。そしてただ能力を宿したその身だけでプロミネンスを再現したのだ。

 

「ぐうっ、さすがにハンパない反動ね……! しかし本当に出来るとは……最ッ高ね!」

 

 単純に力を収束して放っただけ。鈴の認識としてはその程度だが、予想以上の威力に鈴も流石に驚愕したように目をパチクリとさせている。それはそうだろう。炎の奔流ともいうべき破壊の光が過ぎ去った跡に残されていたのは巨大な上半身をまるまる消滅させた大型機だったのだから。

 

 それはまさに暴威を振りまく天災の化身―――“龍”の咆哮だった。

 

「さて、残るデカブツはあと一機……誰もあたしを止められないことを証明してやるわ!」

 

 狙いを最後に残った大型機へと向ける。周囲にはまだ通常の無人機もちらほらと見えるが、そんなものはもはや脅威でもなんでもない。大型機へと近づく片手間に文字通りに蹴散らしながら鈴は甲龍を手にしたときから変わらない最強の武器を構えた。

 最強の破壊力と絶対の信頼を持つ、その右腕へと滾る力を収束させていく。これまで幾度となく目の前の障害を、苦難を打ち砕いてきた自慢の拳が炎を纏って掲げられる。

 

「甲龍! あたしの最高の相棒よ! あたしと共に絶対の勝利を具現しろッ!」

 

 空を駆ける。その尋常ならざる力での踏み込みは一瞬で間合いをゼロにする。空間に刻み込まれた炎だけが鈴が駆けた軌跡を示していた。

 

「はあッ!」

 

 下から打ち上げ気味に放たれた左フック。あまりにも簡単に撃ち込まれたそれとは裏腹に、大型機がその一撃で“浮く”。装甲をひしゃげながら上空へと強制的に打ち上げられた機体がバランスを取ろうともがくが、こんな巨体にはそもそも空戦に対応できるはずもない。

 死に体を晒した大型機を鈴が追撃する。ISとしての機能ではなく、純粋な脚力で飛び上がった鈴がその巨体へと食らいつく。

 そして振るうのは師である紅雨蘭から教わってきた集大成ともいうべき武技。別流派の技を雨蘭流にアレンジした、数少ない名を冠する技。弓のように全身をしならせ、極限まで力を搾り出す。全身から溢れる炎がさらに激しくなり、甲龍そのものが燃えるかのように激しく猛る。そして、それがただ一点。鈴の最強の代名詞、右の拳へと集っていく。

 

 どんなに強くなっても、どれだけ進化しても、最後に頼るのはひたすら研磨を積み重ねてきたこの拳なのだから―――!

 

 そして、その拳にはもう一人の自分といっても過言ではない相棒も宿っている。これで砕けないものなど、鈴は認めない。

 だから鈴はその意思をただこの拳に乗せて放つ。

 

「これが、“龍”の具現!」

 

 “あたしたちこそが最強だ”―――その強靭な意思を宿した拳が、ついに龍へと至る―――!

 

 

 

 

「お師匠直伝――――――練功雀虎架推掌ォッ!!」

 

 

 

 

 これまでの鈴の人生の中でも間違いなく最高の一撃。ただ一点に集約された膨大な力がその瞬間に叩き込まれる。

 ただでさえ無人機には致命傷となる鈴の拳が、過剰威力ともいえるほどの膨大なエネルギーを伴って機体そのものを蹂躙する。内部機構は一瞬で焼き切れ、外部装甲は衝撃に耐え切れずに裂けて、抉れていく。そして逃げ場を失ったエネルギーが限界を超えて大型機すら簡単に飲み込むほどの規模と熱量の爆発を瞬時に引き起こす。

 蒼炎に飲まれた大型機は、もはや原型をとどめないほどに破壊され、かろうじて形をとどめていたのはもはやどこのパーツかもわからないほどに焼けた小さな欠片だけだった。その大部分は砕かれ、融かされ、消滅した。

 

「これがあたしたちの自慢の拳よ!」

 

 大型機を消滅させた蒼炎を再び取り込んだ鈴が天を衝くように拳を掲げる。その姿は威風堂々。その小柄な体格の鈴が、烈光のような気迫で畏怖すら感じさせるほどに大きく見せている。

 覚醒してからわずか数分で大型機四機をノーダメージで完全撃破。しかも、まだ余裕すらあるように見える。

 いくら第三形態に進化しても、これは異常ともいえる戦果だ。同じ第三形態へと到達しているセシリアやアイズでも鈴ほど戦闘能力に特化しているわけではない。

 甲龍の進化は、ただ単純に強い。

 全てを砕く破壊力。攻撃を弾く堅牢な防御力。炎を操り、暴威として周囲に振りまく姿はまさに龍そのものだ。

 

「ぐ、うう……ッ」

 

 しかし、その暴威の象徴だった蒼炎が次第に小さくなり、最後には蝋燭の火が消えうように霧散してしまう。そして甲龍の姿も第二形態のときの元へと戻っており、全身から蒸気を排出しながら脱力したように膝をついた。

 

「はぁ、はぁ……、なるほど、アイズたちが切り札というわけだわ。多用したら死ぬわね」

 

 全身に感じる脱力感が凄まじい。絶大な力を発揮する反面、それは長時間扱えるものではない。知識として知っていたために驚きはないが、予想以上の疲労に鈴は顔を顰めている。

 しかし、これで大きな脅威だった大型機の排除ができた。戦果としては上々だろう。決して万全ではないが、進化したことでシールドエネルギーも回復している。これならばまだ戦闘は可能だ。

 

「……さて」

 

 鈴が警戒を解かないまま振り返る。そこにいるのは、高みの見物を決め込んでいる一機のIS。アラクネ・イオスを駆るオータムを睨みつける鈴は腕を組んで挑発するように笑う。

 

「何しに来たのよオータム。さっきはなんか面白そうなこと言ってたみたいだけど?」

「ふん……仕事に決まってんだろ。でなきゃ誰がてめぇなんぞ助けたかよ」

「はぁ? 助ける? あんたが? あたしを? ……面白い冗談ね。あんたに世話になるようなあたしじゃないわ。恩着せがましいこと言わないでもらいたいわね」

「てめぇ……誰が死ぬ間際のおまえを生き延びさせてやったと思ってんだ? 調子にのってんじゃねぇぞ、小娘!」

「ふん、高みの見物しかしていなかったくせに偉そうに! しっかり聞こえてたんだからな! あたしのことを散々罵倒しやがって! 助けたっていうなら優しく抱き起こすくらいの……あ、いややっぱいいわ。キモチワルイ」

「喧嘩売ってんのかてめぇ!?」

「あら、言わなきゃわかんないの? 売ってんのよ、叩き売りでね! あんたらのボスがあたしたちの仲間になにしたかわからないとは言わせねぇぞ!!」

 

 この場にセシリアとアイズがいない理由はそもそもオータムの上司にあたる亡国機業を統べる魔女マリアベルの暴虐によるものだ。そしてそれがセシリアにとって酷い裏切り行為だと知った鈴が憤慨するのは当然だった。あのときも鈴がシャルロットと共に倒れ伏す二人を救助したが、あのときに見たマリアベルの愉悦に染まった顔が憎かった。

 

「小娘が、わかったような口でボスを語るなよ……!」

「あんたらの上下関係なんか興味ないのよ。どうせやることは変わらないんだから」

「………いいぜ、気が変わった。その気はなかったけどよ………ここで決着をつけやろうか!?」

「上等よ!」

 

 二人はそれが当然というように向かい合い、拳を構えた。第三形態が解除されたとはいえ、甲龍の格闘能力は相手を粉々にするには十分すぎる。そしてオータムのアラクネ・イオスもその近接武装の凶悪さは健在だ。この二人がぶつかり合えば凄惨な殴り合いに発展するだろう。

 しかし、すっかりその気になっている鈴とオータムの背後から生き残っていた無人機が襲いかかる。背中を見せている二人は迫るその無人機に目線すら向けようとはしない。

 

 もはや、二人にとっては眼中にすらないのだから。

 

「邪魔よ!」

「どいてろ!」

 

 鈴は裏拳一発であっさりと返り討ちにし、オータムも触手のような脚で振り向きもせずに機能停止に追い込む。このときも二人はそのにらみ合う視線を外さない。

 

「あんたもスクラップにしてやるわ!」

「こっちのセリフだコラァッ!!」

 

 二人は群がってくる無人機を片手間で駆逐しながら激しい戦いを繰り広げる。結果的に陽動となっており、未だ敷地内に残る無人機の撃破に貢献しながらも二人は血走った目で互いを倒すことだけを考えて拳を振るい続けた。

 

「ウォォラッ!!」

「おらァッ!!」

 

 激しい衝突音を響かせながら二人が静止する。互いの額をぶつけ合った姿勢のまま至近からにらみ合う二人の顔は鬼気迫るものであったが、しかしどこか楽しそうに見える笑みも垣間見える。

 

「一応聞くけど、退く気はないのね?」

「誰にものを言ってんだ? 第三形態じゃねぇてめぇに勝機があると思ってんのか?」

「勘違いするんじゃないわよ。あたしたちは第三形態になったから最強なんじゃない。あたしたちが、あたしたちだからこそ最強なのよ!」

「減らず口を! その言葉、試してやるぜ!!」

「やってみろよ! あんたも、無人機も全部! このあたしが全部破壊してやるわ! あたしと甲龍に砕けないものなんかないんだからッ!!」

 

 決して万全ではない甲龍も鈴の気迫に応じるように出力が上がっていく。鈴の闘志に比例して強くなるIS―――それが甲龍という存在だった。たとえ第三形態でなくなっても、この一人と一機は確かに進化を遂げていた。

 

 人機一体。人とISがひとつとなって可能となる、進化の到達点。鈴は、確かにそのステージへと駆け上った。

 

 だからこそ力尽きるまで、―――いや、力尽きても龍は命ある限り戦い続ける。

 

 その周囲に、暴威という災厄を振りまきながら――――。

 

 

 

 

 

 




鈴ちゃん覚醒。これでめでたく作中でも上位に入るチートの仲間入り。

鈴ちゃんと甲龍の能力はズバリ「スーパー化」。某野菜人とか、Gガンのスーパーモードとかあんなノリ。シンプルで単純に強い。破壊力という一点では間違いなく作中で圧倒的に最強の鈴ちゃん。
戦闘シーンのリスペクトは主にヤルダバオト。射撃武装ナシでもとうとうビームすら撃てるようになった近接最強格となりました。

次回からは真打としてアイズ&セシリアが参戦。そして最終章へと繋がる最初で最後の亡国機業との共闘と相成ります。

そして丸分かりですが共闘タッグが最終決戦の対決カードとなります。


それではまた次回に!


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