双星の雫   作:千両花火

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Act.118 「愚者の道連れ」

「ぐ、痛ッ……!!」

 

 左肩に直撃。ビームでなく実弾だったことが救いだった。肩に装備していたガトリングカノンが吹き飛ぶが、まだ腕は動く。ISの防御力であればこの程度で沈むことはないが、それでも操縦者にダメージを与えて体力を削る。

 

「シャル!」

「大丈夫、この程度っ! それよりシトリー、予想より敵が多い!」

「……正直かなりきつい。片っ端からスクラップを量産してるのに、減った気がしない……っ、どれだけの戦力を用意していたんだっての!」

「本気でIS学園を消すつもりなのかも。そんなことはさせないけどね!」

 

 左腕の装備も不具合を起こしていたために破棄。武装が半減したが構っていられる状況ではない。すぐさま別の武装を引っ張り出す。

 

「カノープスも残り四つ……シャル、このままじゃ押し切られるよ!」

「数の差が出たか……! 少数精鋭で防衛戦はやっぱり厳しい……!」

 

 数の暴力とはそれほどまでに恐ろしい。これまではISでの大規模戦は半年前のIS学園侵攻時くらいしかなかったが、あのときとは状況が違う。セプテントリオンが乱入したのは既に終盤戦に差し掛かる頃合、敵も増援はなく、言ってしまえば残敵処理だ。おそらく、仕掛けた亡国機業もIS学園を落とそうとしていたわけではないだろう。トップのマリアベルの人となりが多少は明らかになっている今、あれはおそらく彼女のきまぐれなお遊びという可能性のほうが高い。

 しかし、今回は敵も本気だ。亡国機業が絡んでいるかどうかは現段階では未確認だが、IS学園を占拠し、かつこれほどの戦力を投入していることを見れば、おそらくは狙いはIS学園の壊滅も視野に入れた敵勢力の殲滅。そしてこの場合の敵とはシャルロットたちセプテントリオンの可能性が高い。

 これは戦う前からわかっていたことだが、IS学園の占拠自体はセプテントリオンを介入させるための餌でしかない可能性が高い。それは占拠しておきながら生徒たちを積極的に人質にしようとせずに、簡単に学園の敷地内に侵入できたことからも考えられる。実行部隊には知らされていないかもしれないが、ここまでくればこの占拠そのものがセプテントリオンを誘引するための陽動というのが十中八九アタリだろう。

 だからこそ、これほどの戦力を外部に用意していたのだ。あわよくば学園へやってきたセプテントリオンを挟撃、包囲殲滅しようという狙いだったはずだ。

 

「一夏がいなかったら抜かれてた……でも、それは一夏がいなくなると抑えきれなくなるってこと……」

 

 今も前線で大暴れしている一夏であるが、あの無双状態は長く続かない。白兎馬の近接格闘モードは無人機がどれだけ数を揃えても無意味だ。一撃で敵を葬る攻撃力、すべての攻撃を無力化する防御能力。そんな一夏が敵の密集地帯を狙って暴れることで上手く攪乱ができている。そしてアレッタたちが一夏の討ち漏らしを丁寧に処理している。

 しかし、その中核となっている一夏の戦闘力は時間制限付きだ。白兎馬はあくまで白式の支援ユニット。白式の力を増幅させるという強力な能力を持つ反面、白式の限界を超えないようにリミッターが設けられている。初陣のときと違い調整も済んでいるとはいえ、それでもあの戦闘力を維持できるのは連続で三十分。それ以上は白式が負荷に耐えられない。白兎馬を作った束も「ドーピングに近い」と言うほどだ。一夏があの無双状態を維持できる時間は既に十分を切っている。限界時間が短くなることはあっても長くなることはない。それは機体特性ゆえに一夏の根性でどうにかなることではない。つまり、今の膠着状態を維持できるのは残り数分だ。

 

「くっそがァッ……!!」

 

 イリーナの影響なのか、苛立つと口調が汚くなる癖がついたシャルロットがイラただしげに口を開く。しかし思考は常にこの状況を打破できる策を模索している。追い詰められての思考放棄は愚行だとわかっているからだ。

 

「どうする……どうする……! せめてあと少しでも戦力があれば……!」

 

 シャルロットの機体は特性上、大多数の相手はできるが精密な狙撃には適していない。狙撃自体はできるが、セシリアのように抜き打ちのように正確に狙撃することは無理だ。照準に最低でも三秒が必要。射線が通ったと同時に狙撃できるセシリアと比べることすらできない腕前でしかない。

 だからどうしても撃ち漏らしの処理が追いつけない。こういうときのためにバディのシトリーがいるのだが、現状はシトリーの援護だけでは間に合わない。ただでさえシトリーは自立誘導兵器のコントロールまで行っているのだ。とても手が回らない。最終防衛ラインを形成するシャルロットの援護にもう一機、正確にフォローできる機体がどうしても必要だ。

 

「シャル! 私が援護に……!」

「シトリーはカノープスの操作に集中! 上手く最適なタイミングで使わないと前線のみんなが危険! アレッタ!」

『余裕はありません!』

「わかってたよ畜生!」

 

 ダメージを受けた左腕の反応が鈍くなっている。照準が明らかにズレていることに舌打ちしながら応急処置で駆動系のOSをマニュアルで調整する。それでも戦闘中の調整など気休めでしかない。結果として弾幕が薄くなる。そしてその隙を突くようにして三機の無人機が防衛戦を突破する。

 

「しまっ……、くっ!?」

 

 慌てて攻撃しようとしても左腕の反応が追いつけない。シトリーも援護しようとするが前線への援護に誘導兵器を操作していたことで反応が遅れていた。

 

「抜かれる……!?」

 

 たった一機でも抜かれればそのまま戦線が崩壊する危険がある。もともと数で劣るシャルロットたちは一度穴が開けられればそれを埋めるほどの予備戦力は存在しない。それは結果としてIS学園で戦っている鈴やラウラたちに負担を強いることになる。なにより、IS学園が破壊されてしまう可能性が激増する。そうなってしまってはたとえ全滅させたとしてもシャルロットたちの“敗北”だった。

 

「くっそ……!」

「シャル!? 回頭は危険だよ!?」

 

 シャルロットはあろうことかその場で反転して抜けようとする機体に照準を定める。しかし、これはあまりにも迂闊すぎる行動だった。戦場で背後を安易に見せれば、その瞬間に死神の鎌が振り下ろされる。シャルロットとて、それがわからないはずはない。

 

「当たってもビームじゃなきゃ耐えられる!」

 

 シャルロットのISは火力特化ゆえに機動力を殺している機体のために装甲強度も高いという特徴がある。しかし、それはビームを防御できるものではない。せいぜい実弾ならなんとか、といった程度だ。膨大な熱量を持つビームを防ぐにはそれこそ【天照】の神機日輪や【白兎馬】の朧のような規格外の防御能力が必要となる。シャルロットの選択は明らかに無謀といえた。

 しかし、その無謀を通さなくてはならないと――――シャルロットは言いようのない悪寒を感じていた。ここで一機でも通せば、おそらくは負ける。そんな不安がぬぐいきれなかった。ただの杞憂かもしれない。しかし、アイズではないがシャルロットは自身の理由もわからない直感を信じた。

 運が悪ければここで落とされるかもしれない。そうなっては意味がないが、賭けに出るのならばここだという勘を優先した。

 

「行かせないッ!!」

 

 決死の覚悟で背後へと抜けた無人機に照準を向ける。それと同時に強烈な威圧感を背に感じ取ってしまう。おそらく背を見せたことでシャルロット自身もロックオンされたのだろう。恐怖を感じつつもシャルロットは振り返ることなくトリガーに指をかけた。

 

「えっ?」

 

 しかし、そのトリガーが引かれることはなかった。その必要もなかった。シャルロットが狙い撃とうとした機体は、その直前で爆散したのだから。

 破壊したのは側面から放たれた砲弾。正確に無人機の胴体部を射抜き、一発で機能停止に追い込んでいる。見事な狙撃であるが、いったい誰が―――?

 その疑問はすぐに解消される。弾道の元を辿れば、そこにいたのは一機のフォクシィギアが実弾式のバズーカ砲を構えて滞空していた。

 しかし、あれはセプテントリオンの機体ではない。機種こそカレイドマテリアル社製ではあるが、全身装甲へと改良され、さらに目立たない夜間迷彩色に彩られている。それに実弾式のバズーカ砲なんて武装はセプテントリオンではほとんど使用されていない。明らかに別組織の機体だ。

 

「っ!?」

 

 そうしているとその機体が手に持ったバズーカ砲を捨ててIS用アサルトライフルを構えてシャルロットへと向けてきた。慌てて構えるが、その前に放たれた銃弾はシャルロットの脇を抜けてその背後に迫っていた別の無人機へと降り注いだ。同時にシトリーからの援護射撃が放たれる。レールガンとアサルトライフルに曝された機体が四肢をバラバラにさせながら破片となって海へと落ちていく。

 助けられた、ということは理解してもその正体が不明な以上、警戒を解くわけにはいかない。シャルロットは半身になりながら正体不明機と無人機、両方への砲撃体勢を取る。しかし、正体不明機はそんなシャルロットの警戒を無視するように無人機へと襲いかかった。

 

「シャル、あれは?」

「わかんない……けど、援護してくれるみたい。警戒しつつ、周辺の無人機を掃討しよう」

「……了解。でも、あれって多分、そうだよね?」

「…………」

 

 このタイミングで介入し、かつセプテントリオンに味方する勢力の心当たりはひとつしかない。もっとも、セプテントリオンに味方、というよりは反乱したアメリカ軍に対する行動といったほうが正しいだろう。

 正体不明機はアサルトライフルとナイフを持ちながら無人機へと襲いかかっている。近接では徹甲効果のあるナイフを突き刺し、遠距離ではライフルで行動規制をしつつ的確に機能停止に追い込んでいる。戦い方は地味だが、その技量はセプテントリオンのメンバーと比較しても遜色ない。そうとうな実力者だ。その戦い方は少数精鋭ゆえに個々の特性を伸ばしているセプテントリオンとは違い、効率を突き詰めたような無駄がなく、汎用性に長けたものだ。

 あらかた周辺の敵機を撃破するとその正体不明機がシャルロットへと近づいてくる。敵対していないことを示すように武装解除して近づいてきた機体がそっとシャルロットの機体に触れて通信してくる。

 

「接触回線で失礼します。あなたが指揮官ですか?」

 

 まだ若い女性の声だ。

 

「……後方指揮を任されています。部隊全体の指揮は別にいますが、要件を聞きましょう。………アメリカ軍が、いまさらなんの用ですか?」

 

 相手の機先を制するようにシャルロットが答えた。この状況で正体を隠して介入する勢力など、アメリカ軍しか考えられなかった。このIS学園の襲撃にアメリカ軍の一部が加わっていることは間違いない。ならばそれに対処する部隊を送り込んでくる可能性も既に予測されていた。もっとも、この介入行動の如何によってはアメリカの威信も大きく揺らぐために内密に行いたいはずだ。それにただでさえ中立地帯同然のIS学園への侵攻を阻止するためとはいえ、正規軍として侵犯するわけにはいかない。だからこそ、その所属を隠す必要がある。

 それを言い始めたらセプテントリオンの介入行動も問題のある行為であったが、こちらはまだどうにかなる問題だった。セプテントリオンの所属するカレイドマテリアル社は、いまやIS学園の最大のスポンサーも同然だ。拡大解釈した自己防衛で押し通すこともできる。それくらいは“暴君”と称されるイリーナにとっては簡単なことだし、なによりこんな事態も想定内だ。

 

「今は私個人で介入させていただいています」

「わかりました。援護には感謝します。ですが、あなた一人だけですか?」

「他、七名が待機中です。我々の本来の任務は、反乱勢力となった部隊指揮官の確保、及び艦の奪還です」

「…………でも、動けない?」

「お察しの通り、様々な思惑があり、現状で我々が表立って動けない状況です。ある程度の無茶な上司が責任を取ると言ってくれていますが、予想以上の事態にその程度ではすまないという有様です」

「……アメリカ軍として処理するわけにはいかない。あくまでテロリストとして処理したい。だからアメリカの正規軍として介入はできない。そういうことですか? ……ああ、通信は秘匿回線にしています。ボクしかこの通信は聞いていませんし、ここ以外に口外しないことをお約束します」

「ご明察です」

 

 それはこの正体不明機の操縦者がアメリカ軍に属し、そして同じアメリカ軍に属する部隊がIS学園を襲撃したと認める答えだった。おおよその予想はしていたとはいえ、それが確定したことは大きい。問題も大きいが、その分対処法も確実性が増すし、選択肢も増える。しかし、それはあくまで裏方、イリーナの領分の話だ。この戦場において相手が誰かなどわかったところで意味はない。相手が襲いかかってくる以上、撃退するしか道はないのだ。

 

「身内の恥を晒すことも覚悟ですが、我々も動けない状態です。なので、一時的に私をそちらの所属扱いにしていただきたい」

「どうしてそこまで? はっきり言わせてもらいますけど、あなた一人加わったところで逆転できるほどではない。そしてなによりそっちにはリスクが高すぎるのでは?」

「いくつかの思惑があることは否定しませんが、これは私の個人的な希望です」

「どういうことです?」

「………私の素性を明かします。私の名はナターシャ・ファイルス。かつて【銀の福音】のテストパイロットを務めていました」

「!!」

 

 銀の福音。それはシャルロットにとっても忘れられない名だ。未だIS学園に在籍していた時、臨海学校で遭遇したテスト機暴走事件。その解決に仲間と共に戦った記憶はシャルロットの脳裏に強く焼きついている。それはシャルロットが自身の甘さと弱さを痛感した事件であり、戒めのひとつでもあった。

 そしてカレイドマテリアル社が調査した事件報告書にも目を通したが、確かに操縦者の名はそんな名前だったはずだ。本人確認はできないが、この場でこんな嘘を言う理由はないだろう。

 そしてその資料に最重要項目として記載されていたのは、このナターシャ・ファイルスは第一級警戒対象。つまり、諜報部が距離を置いての監視を行う対象となっている人間だった。その理由は簡単だ。ナターシャは、篠ノ之束がカレイドマテリアル社にいることを知っているからだ。

 

「……あなたは」

「博士には恩ある身です。そしてあのとき、助力していただいた皆さんにも感謝しています」

「……あのときは、少なくともボクはまだ正式に所属していなかったけど」

「それでもです。そして私は博士に軍内部の草の存在を仄めかされました。軍に戻ってからは信頼できる筋で調査を行い、そして……」

「この暴挙を察知したってこと、か……」

 

 なるほど、それならば少数とはいえ、こんな短時間にこの場に駆けつけられた理由もわかる。軍を動かすには時間がかかるが、ある程度反乱勢力をマークしていたのならこの対応の速さも納得できる。

 

「できるなら、こうなる前にどうにかしたかったんですが、……ね。しかし、ここまできてなにもしないわけにはいきません。単刀直入に言いましょう。共闘を申込みます」

「それは僕たちもグレーな手段でこの戦いに介入していると知ってのことですね?」

「はい。ですが、あなたたちの場合は黒にはならないでしょう。我々の正体がバレれば、それは国に深刻なダメージを与えてしまいます。軍人としてそれはできません。しかし、国ではない企業であるあなたたちだからこそ、この介入行動をグレーのまま終わらせられるはずです」

 

 それも正しい。カレイドマテリアル社の今の立場を利用すれば多少の批難はあっても、しかしそれだけで終わる。それだけのものをカレイドマテリアル社は有している。新型コアだけでも脅威となるのに、量子通信システム、軌道エレベーターを建造可能とする技術、宇宙船であるスターゲイザーを運用するノウハウ、そして宇宙開拓事業によって得られる莫大な利益の演繹が期待されている。

 

 カレイドマテリアル社はセプテントリオンのような戦力こそ有しているが、その本質はあくまで利益団体。多くの益を生み出し、その恩恵を多くの人間へと普及する。軍隊のように生み出すのではなく破壊する組織と違い、その根本には新しいものを、利益を生み出す組織なのだ。

 だからこそ、世界の最先端を往き、その可能性を示したカレイドマテリアル社を“力”で潰すことはできない。

 なぜなら、世論がそれを許さないからだ。

 イリーナは既に軌道エレベーター建造後はその技術の多くを公開、技術指導を行い宇宙開拓事業の早期拡大のために尽力すると公言している。

 つまり、この未知のテクノロジーともいえる超技術が手に入るのだ。そこから得られる莫大な利潤は多くの人間の幸福へと還元されるだろう。言うなれば、今のカレイドマテリアル社は金の卵を産む鶏なのだ。

 それを潰すなど、もはや世界中の人間が許さない。

 委員会の人間は気づいていないが、その技術力だけを奪ってももはや意味はない。技術があっても使えないからだ。軌道エレベーターやスターゲイザーの運用など、どれかひとつだけではその価値は激減する。すべてがそろってはじめて意味がある計画なのだ。そして例えこの介入行動を理由にカレイドマテリアル社の技術を奪ったとしても、それを利用することはできない。そうしたロジックで数々のオーバーテクノロジーの産物を束が作り上げ、そしてイリーナがそれらすべてを統括し、支配する体制を十年もの時間をかけて造り上げたのだ。

 もはや世界の情勢はイリーナの味方だ。そうなるように、イリーナが調停してきたのだから当然だ。既にイリーナは本来の企業という形で世界を支配できるところまできているのだ。IS委員会が目論んだISによる支配ではなく、経済を味方につけての好意的な支配体制を確率しつつあった。

 イリーナにとってセプテントリオンを始めとした武力はただの抑止力のひとつだった。ISを戦うための道具とするのではなく、宇宙を切り拓くための存在として世界を変える。それがイリーナの推し進める変革だ。だからこそ、束はイリーナに協力している。もしイリーナがISで武力を振るうようなら束は離反している、いや、そもそも協力しようとすらしなかっただろう。

 イリーナの作り上げたこの情勢を覆すことはもはや不可能といっていい。カレイドマテリアル社以上の技術力を持つ組織は存在せず、武力というカードも自身の首を絞めることになる今、もし潰せるのだとしたら共倒れ覚悟でやるしかない。そしてそんな度胸は欲に目がくらんだIS委員会の俗物共にはなかった。

 

「だから、この事態になったんでしょう? “アメリカ軍を暴走させて、それを捨て駒にカレイドマテリアル社を潰すために”」

 

 シャルロットの言葉に、ナターシャが重苦しく唸って沈黙する。その反応だけで十分だった。 

 ナターシャとの会話で既にシャルロットの頭ではおおよそのシナリオが予想できていた。

 現状、暴力でも知恵でも潰すことのできないカレイドマテリアル社を抑えるために、直接的に保有戦力を排除して技術を搾取する。そのためには捨て駒が必要だ。セプテントリオンを道連れにできるほどの力を有する手駒な取り込んでいたアメリカ軍しかいなかった。それを使い潰すつもりでこの暴挙に踏み切った―――これがシャルロットがこれまでの推移とイリーナから聞いた情報を統合して出した結論だった。

 

「同情はしません。僕たちは、僕たちの倒すべき相手を倒します。そして、それがあなたたちの同僚だったとしても」

「元、です。気遣いは無用です。彼らはやってはいけないことをした。軍人として失格です。我々は、あなたたちとは違う正義で彼らを倒します」

「アテにしても?」

「援軍は私だけですが、残りのメンバーが実行犯を取り押さえるために動いています。時間を稼ぐ必要がありますが、少なくとも増援を止めることができるはずです」

「わかりました。ナターシャさんは僕の直援についてください。撃ち漏らしをお願いします」

「感謝します」

「名目は僕たちの部隊の新入りってことにしておきます。よろしく頼みますよ、ルーキー?」

「……ふふっ、先輩方に遅れは取りませんよ」

 

 最期は冗談を交えながらナターシャの参加を容認した。最低限なことだけをすぐに部隊情報として伝え、シトリーと共に最終防衛ラインの構築を行ってもらう。

 

 

 

 ―――それにしても、僕もますます腹黒くなったって自覚しちゃうなぁ、やだやだ。

 

 

 

 貴重な増援を得ながらもシャルロットは内心で自嘲する。先程のナターシャとの会話はおおよそシャルロットの狙い通りの展開だった。そしてナターシャに対し多少の敵対心を含ませつつも受け入れる度量を見せ、あくまでカレイドマテリアル社はそちらの不始末の尻拭いをしてやっているというニュアンスを持たせた。以前に救助対象であったということも幸いし、ナターシャにとってはこの戦いはカレイドマテリアル社に対しての恩返しと贖罪という二つの理由を持たせることができた。本人も義理堅く、正義感の強い女性だろう。だからこそ、この戦いに尽力してくれるはずだ。

 

 人をコントロールするには、まずその人の人柄を見て、そして理由を与えてやればいい。その理由を強くしたり、弱くしたりすることでその人の行動を掌握することができる。 

 

 イリーナから教わった人心掌握術のひとつだった。自身を産んでくれた母からはたくさんの愛情をもらったが、今の母であるイリーナからはこうしたどんなものも利用して生きる術を教わった。対極のような母の愛情も、そのどちらも今のシャルロットを支えるものだ。

 アイズほどではないにしろ、現実の厳しさを実感して育ったシャルロットにとって自身の願いを叶えるための手段は、たとえそれが腹黒いものだとしても渇望するほどのものだった。夢を見るだけではなにもできない。それを掴むためには力も必要となる。それを思い知っている。

 

 とにかくとして、これでもうしばらくは時間が稼げるだろう。それまでにナターシャの言うアテか、または鈴たちが学園の敵機を一掃すればおそらくは負けはなくなる。

 だが、油断もできない。指揮官適正があるとしてセシリアやアレッタと共に戦略、戦術スキルの習熟を行っていたシャルロットはこの嫌な空気をひしひしと感じ取っていた。

 押され気味だが、劣勢からは持ち直している。ナターシャの実力を見ても彼女の参戦は確実にプラスに働いている。

 

 だからこそ、ここが正念場だろう。油断なく戦場全体をじっと見据える。

 

「さぁ、なにか来る? 何が来る……?」

 

 もしシャルロットが敵だとしたら、切り札を切るタイミングはここしかないのだから。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「しぶとい! いい加減に落ちろ鉄屑がァッ!!」

 

 掌打ではなく、貫手を肩間接部の装甲の隙間に押し込むように放つ。既に何回かこの貫手を叩き込んでいるためにダメージをかなり蓄積させている。そしてとうとう押し切れると判断した鈴がそのまま腕をまるごとそのパワーで押し込んだ。超絶的なパワーを誇る甲龍が大型無人機のフレームを力づくで捻じ曲げる。もう片手で発勁を破損させたフレーム部に叩き込み、脆くなった箇所を一気に破壊する。どれほど装甲を固くしても内部だけはどうしようもない。力を押し込む隙さえできれば鈴の発勁で押し切れる。

 

「どぉっ、せぇいッ!!」

 

 ミシミシと軋む音が響いたかと思えば、一気に大型機の腕を力で引っ張りぬく。甲龍の何倍もある大きさの腕を抉り取って一時的に離脱する。

 巨大な腕を肩に抱えて地面へと降り立つ鈴が、毟り取ったその腕そのものを質量兵器として振り回す。既に武器のほとんどを失っている鈴は破壊した敵機そのものをオブジェクトとして武器代わりに使用している。

 

「ホォームランッ!!」

 

 これまで自身を守っていたはずの頑強な装甲が今度は破壊力に変換されて大型無人機に叩きつけられた。鈴が叫んだように、面白いようにそのひと振りで頭部が弾け飛んだ。

 しかし、頭を飛ばしただけでは止まらないのが大型機の怖いところだ。なおも残った腕を振り上げながら鈴を排除しようと突撃してくる。さすがに甲龍のパワーでもあれほどの質量の突撃を受け止めることは至難だ。鈴は空を蹴って回避する。

 大型機も既にボロボロだが、ここまでの継戦能力を発揮されるとさすがに鈴たちの消耗もバカにできない。鈴も戦意は高揚しているが、呼吸は目に見えて荒くなってきている。

 

「まだ動くか……ッ! ラウラ! 使いなさい!」

 

 槍投げでもするように巨腕を上空へと投げると、待ち構えていた機体―――オーバー・ザ・クラウドが出力を上げ、その蝶の羽のようなバーニア炎をさらに激しく噴出させる。能力発動に備えた姿勢制御を行いつつ、両手を眼下へと掲げる。掌部の能力発生デバイスを起動。全力で単一仕様能力【天衣無縫】を発動させる。

 

「これならひとたまりもあるまい? …………全力だ、くらえっ!! 天衣無縫“斥力結界”!!」

 

 直下へ向けて全力の斥力行使。鈴が投げた頑強で大質量の塊が斥力で押し出され、そして重力に引かれてて落下する。それは大岩を崖下へ落とすという古来からの戦術と等しい。大質量を落下させるという、それだけで莫大な破壊力を産むシンプルで確実な方法だ。それに現代の叡智の結晶であるISの能力を加えての攻撃だ。

 オーバー・ザ・クラウドの能力によって後押しされたそれは速度が一瞬で跳ね上がり、もはや隕石の落下と同じ惨状を生み出すほどの破壊力を生み出している。もはや回避することさえ許さないほどの速さと化して大型無人機を真上から押しつぶすように激突した。それだけで周囲は衝撃で薙ぎ払われ、近場にいた鈴でさえ吹き飛ばされそうになった。

 そんな鈴が【龍跳虎臥】によって中空を踏みしめて耐え、あらためて見た光景はまるで墓標のように鉄の腕が大型無人機に突き刺さっている光景だった。

 ただ斥力や引力を使うだけでは効果が薄かったが、こうして単純な使い方でこれだけの成果をあげられる。能力は使い方次第というのがよくわかる光景だった。

 

「そのしぶとさには呆れるけどね」

 

 しかし、未だに動こうとする機体をどこか嘲るように見つめる鈴は、もはや意味をなさないほど装甲も内部機構も破壊され、むき出しになった動力部と思しき機関に即座に肉薄してドロップキック、そして虎砲というコンボ技をぶちかました。蹴りで破壊し、そして衝撃砲で吹き飛ばすという行程をワンアクションで可能とするお手軽、かつ使いやすいために鈴もよく好んで使う技だ。

 残心していた鈴が完璧に機能停止したことを確認してようやく溜め込んでいた力を解いた。

 

「ようやく沈んだか。まったく粘りやがって。前よりも頑丈だったわね」

「これで大型機は残り二機……一機はリタたちと交戦しているらしい。援護に向かうか?」

「いや、最後の三機目を自由にさせておくのはまずい。フォクシィギアだとちょっと打撃力不足だわ。あたしたちがやったほうが早い。まずは三機目を落としましょう」

「攻略法もわかった。手早く済ませるぞ」

「そうね、順調だけど、ちょっと気になるわ。なにかあったときのために、早めに邪魔は排除しておきましょう。どうにもこっちの予想以上にむこうも戦力を用意していたみたい。シャルロットたちもちょっと苦戦してるみたいだし……」

「さすがにまだこちらから援護にやる余裕はないぞ」

「こっちの戦いを終わらせることが最大の援護よ。でも、どうにもまだ攻め手が緩い……、あとひとつかふたつ、アクシデントが起こるつもりでいたほうがいいかもしれないわね……」

「おまえがそう言うと、本当にありそうで怖いな」

「アイズがいれば、あの子の直感を頼れるんだけどね、あれはもはや超能力だからね」

「姉様を便利屋扱いするな。あれでも姉様は繊細なのだ」

「その繊細さが今は欲しいんじゃない。……まぁいいわ。なにかあれば先生から連絡が―――」

 

 そう言いかけたとき、まるで図ったようなタイミングでセプテントリオン全機に一斉通信が入った。それは緊急度の高い案件を伝えるものであり、全員の表情が一瞬で強ばった。そしてすぐに全機にメッセージが送られてくる。

 それは学園の周囲、現在戦場となっている場所を中心とした作戦区域の俯瞰マップだ。そのデータとともに、【Emergency call】と題された内容が表示される。

 それを確認した鈴とラウラが目を見開き、顔を見合わせた。

 

「これは……!」

「来たわね……! くそったれが!! ラウラ、南西方面の援護に迎え! あんたじゃなきゃ間に合わない!」

「わかっている! おまえは!?」

「しょうがないからこっちのほうの足止めをしておく。なに、無茶はするけど無謀はしないから安心しなさい」

「単機でやるつもりか……?」

「それしかないのは、あんただってわかってんでしょうが。あたしの心配をするならさっさと援護にきてくれればいいわ」

「くっ……すまない、死ぬなよ!」

 

 ラウラは鈴を心配しつつも、ここで足を止めていることのほうが鈴にとっても不利益にしかならないと悟りすぐに機体出力を上げて一気に加速して戦場を切り裂くように飛翔していく。瞬きする間で姿が視界から消えたラウラを見送りながら、鈴はゆっくりと振り返って、未だ暗黒となっている夜の海を睨みつけた。

 そんな闇の中から、ぽつり、ぽつりと赤い光源が次々に浮かび上がる。それはつい先程倒した大型無人機のアイカメラと同じ光だった。続いてその体躯。倒した機体とは形状が違うが、その大きさは比類している。

 

 すべてを飲み込む深淵のような闇から、形となった脅威が群れとなって現れた。

 

 

 




こっから徐々に解放戦も終盤に向かっていきます。アイズたちの参戦や鈴ちゃんのパワーアップも秒読み段階です。

例年より雪は降らないけど例年より仕事が忙しいのはどういうことなのだろうか。出張を言われた翌日にそれどころじゃないとキャンセルになるとかどう思えばいいんだ(汗)
更新速度はいましばらくゆったりペースになりそうです。忙しくてなかなか更新できなかったら息抜きに書いた短編でも掲載するかもしれません(未定)。どちらにしろ気長にお待ちください。

ではまた次回に!

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