双星の雫   作:千両花火

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Act.117 「天空回廊の天使」

 頭上に広がるは満天の星空。

 

 眼下に広がるは白雲の海。

 

 この光景を見ることができる、それだけで自分は幸せなんだろうと心の底から思いながら、アイズはその月を模したような金色の瞳を輝かせる。

 天上の神々の視点のような幻想的なこの景色はこれまでも何度か見ているが、その都度新しい発見と色が見える。

 月が太陽の光を反射し、そしてその光を受けて光の海のように流れる雲。その中を進む自分たちのなんと小さなことか。大地と空の間に広がるこの“空の海”は、果たしてどこまで続いているのだろうか。

 アイズの眼に宿る、この人造の魔眼をもってしてもそれは見えない、わからない。それがアイズには嬉しかった。

 

「綺麗。これしか言葉が出てこない………束さんは、ずっとこの場所を目指してたんですね」

「アイちゃんもね。これがすべてじゃないけど……この景色でさえ、私たちの目指したものの、ただの一端だから」

 

 アイズを背後から抱きしめながら耳元で優しく囁くように告げる、その束の声も、いつもの能天気なものと違って興奮が見え隠れしていた。星の宇宙の境界線ともいうべきこの場所でさえ、ここまで心を揺さぶられる。その先、その深淵にはこれ以上のなにかがある。

 この胸の高鳴りは、アイズと束の鼓動が共振でもしているかのようにぴったりと一致する。同じように空を見上げ、その先を見据え、その果てへと想いを馳せる。育ちも歳も違う二人が同じ景色を目指し、夢見たことが始まりだったのかもしれない。

 多くの柵や、それ以上に大切だと思えるものを取り巻きながら、それでも二人の中にある熱意の根源はここにあった。

 

「空って、宇宙って、どこまで広がっていて、なにがあるんだろう。私は、それが知りたい。だから世界を壊すことに賛同した。だって、今の世界は宇宙へ出ることを認めなかったから。だからイリーナちゃんの計画に協力した。その変革もあと少し……」

「…………」

「私はきっと悪人なんだろうね。自分の目的のために世界を変えて、何人も不幸にしてるんだもの」

「それを言ったらボクだって、夢のためと言いながら心の中では復讐したいとすら思ってました。シールに、それを思い知らされました」

「そっか」

「でも、それも含めてボクだから」

「………アイちゃんはホントーに鋼の精神……ううん、もうオリハル魂だね! 悩んでも迷っても、根本がまったく揺らがないからすぐに答えを見つけちゃう。それってすごいことだよ」

「それは、束さんを見てきたから。束さんがボクの目標だったからですよ」

 

 アイズにとって束はそういう存在だった。常に自分の前を歩き、どんな逆境でも諦めることなく夢へと突き進む束の背を追いかけてここまで来た。アイズにとって束は理想であり、目標とする女性だった。才能という点で束が自身より遥か先を往くと知りながらも、それでもずっと憧れてきた。そんなアイズが、諦めるなんてことがあるはずがなかった。

 

「それは違うよ、アイちゃん。私は、アイちゃんがいたからこうしてここまでやってこれたのだよ?」

「ほえ?」

「ウサギは寂しがり屋なのさ。一人で夢を見ることさえできないくらい。だから、一人だったらきっと諦めてた。諦めて、きっと八つ当たりで酷いことをしてたと思うな~」

 

 束は自分の性格をよくわかっていた。おそらく諦めた時点で束の夢は呪いへと変わり果て、自分を歪めた世界を滅茶苦茶にしてやろうとすら思っていただろう。あのマリアベルのように、世界を遊び場にして好き勝手やっていたに違いない。

 好き勝手やっているのは今もあまり変わりないが、諦めた天才の八つ当たりという時点でロクなことにはならなかっただろう。

 

「私は天才だけど、万能じゃなかった。悔しいけど」

 

 ISを作ったときは自分はなんでもできると本気で思っていた。自分以上の天才などいない。自分以上の人間などいない。自分が最高の人間で、世界だって自由にできると本気で思っていた。事実、束はそんな傲慢ともいえることを言えるほどの才覚があった。世界最高の頭脳を持つということは、おそらく間違いはない。

 だが、それだけではダメだった。束は結局その才能を利用され、世界を歪める片棒を担がされてしまった。

 思い返すだけでも狂いそうになるほどの屈辱だったが、そんな経験があったからこそ、束ははじめて自身の限界を思い知った。

 そんなときにアイズと出会い、そしてイリーナと手を結んだことは束にとっての転機となった。イリーナのように、自身の力を最大限に活かせる環境を提供してくれる同志。そしてなんの見返りもなく一緒に同じ夢を、目標を共有して、慕ってくれる少女。多くのものに支えられ、束は個人の限界と組織の力を知った。

 だから今では、カレイドマテリアル社が、セプテントリオンが、多くの仲間が必要なんだと心から思える。

 

「そして、世界はあと少しで変わるところまで来た。軌道エレベーターを建造して、宇宙開拓事業を確固たるものにすれば、もう邪魔はなくなる」

 

 だから、こんなところで躓いてなどいられない。残る障害は亡国機業とIS委員会。この二つをどうにかすれば、あとは自然と宇宙への道が開かれる。束が目指した、正しいISの姿―――宇宙を切り拓くための力として、飛ぶことができる。

 

「そのためにも、今回のこともさっさと収めないとね」

「はい」

「……まぁ、でもちょっと見通しが甘かったか。さすがに試運転もしてない未完成の船を出すのはいろいろまずかったかな~」

「スターゲイザーも試運転はぶっつけだったんじゃ?」

「それはそれ。これはこれ。昔の人はいいこと言ったね!」

 

 おどけてみせる束であるが、内心ではけっこう焦っていたりする。現在束とアイズとセシリアのわずか三人を乗せている船はスターゲイザーの能力を受け継いだ二番艦だ。サイズはスターゲイザーと比べれば大分小さく、その分小回りと機動力に特化した性能となっている。もちろん、空間を歪曲させることで距離の概念を超越する束の開発した中でも最高峰のチート技術【SDD】を標準装備している。より戦略的な運用を想定して建造されていた艦であるが、完成度はおおよそ七割ほど。外装は仕上がっているが内装はまだ手付かずで、今も束やアイズの足元にはむき出しのコードやケーブルが露出しており、エンジンに火を入れることも今回が始めてという暴挙だった。それでも自信があった束としては大小様々なトラブルが起こりながらもなんとかIS学園へ到着できる見込みができたことにホッと安堵していた。もちろん、表に出すことなどせずにアイズやセシリアには自信たっぷりに振舞っている。

 しかし、これを持ち出さなければIS学園で戦っている皆の応援に行くことが間に合わないという事情もあった。問題がなければもう到着していてもおかしくないのだが、【SDD】システムのエラーや推進機能の不備などで二時間ほど足止めされてしまった。それでも常識から見れば異常なほどの短時間でイギリスから日本へ移動しているわけだから破格の性能といえるだろう。

 

「でもその時間でボクやセシィの調整もできたし、結果論だけどよかったんじゃないかな?」

「それも完璧とは言い難いけどね……ま、出来る限りのことはしたし、あとはなんとかなるでしょ」

 

 セシリアも当然そうだが、アイズとて万全とは言えない。無理を通しているだけでアイズもマリアベルから受けたダメージが回復しきっていないのだ。幸い、機体のほうはほぼ修復されており、ベストコンディションの七割程度の力は出せる程度までには調整している。

 問題はセシリアの方だが、覚醒してからというもの、驚く程ストイックに復調に努めたセシリアはなんとか動ける程度には回復している。普通なら一週間は間違いなく安静するような衰弱だったはずなのだが、病は気から、という言葉を証明するように凄まじい気迫で見違えるように回復していった。ただ、それでも普段の調子から見てもいいとこ五割といった程度だろう。高機動戦闘はまずできない。しかしセシリアは「後ろから狙撃することくらいはできる」と言い張ってついてきた。確かにセシリアの技量を考えればそれだけで強力な援護となるだろう。無理は絶対にしない、したら泣く、というアイズの説得と約束の上で同行することとなった。普段とは無茶をするほうと止めるほうが逆の光景に見ていた束は苦笑したほどだ。

 マリアベルの正体を知って弱りきっていた心を持ち直したセシリア。その立役者は間違いなくアイズだろう。そんなアイズはのほほんと無邪気に笑っている。おおよそ人畜無害に見えるその容姿からは想像がつかないほどアイズのやったことは賞賛され、誇るべきものだと束は感じていたが、その反面、それが友として当然のことだと思っているアイズの美徳はこうであってこそ、とも思っていた。

 しかし、それでも現実として問題はまだある。

 セシリアの機体――大破した【ブルーティアーズtype-Ⅲ】。束により装甲すべてを再構成し、さらに覚醒したコア人格【ルーア】によって最適化が施されているが、これはもはやまったく別の機体と言っていい。セシリアに適合するように造られたとはいえ、その調整には多くの時間と手間が必要だった。今もセシリアはハンガーで黙々と機体の調整を行っている。束による調整と最適化は既に済ませてあり、あとはセシリア次第だ。

 

「ほとんど別物……再誕って言ったほうがいい機体に変わってるから難儀してるだろうねぇ~」

「でもセシィはきっと大丈夫です。頼もしい相方もいるし」

「相方?」

「ルーア。あの子、レアと同じでとっても頼もしくて、しっかりしてるから」

「そっか。そうだね、もうセッシーもアイちゃんみたいにコアとリンクできるんだもんね」

「今までは不完全だったみたいだけど、もう今はそんなこともないみたい。第二単一仕様能力も、リスクが軽減されるんじゃないかな? 今までは条件がピーキー過ぎたし」

「だね。セッシーもなかなか興味深い、くふふ。アイちゃんと同じくらい研究しがいがあるね! アイちゃんもセッシーも、職に困ったら私の研究室に就職していいからね! 三食昼寝、あと解剖もつけちゃうよ!」

「いや解剖は勘弁してください。その代わり抱擁がいいです」

「よしよし、おいでおいで~」

「むきゅうっ」

 

 束に対してはセシリアとはまた違った甘え方をするアイズ。セシリアのときは対等だと思っているがゆえに意地を張ってしまうときのあるが、束には無条件で甘えてしまう。

 とはいえ、今は緊急事態の最中だ。二人ともやるべきことはわかっているから甘え、甘やかしながらも気を緩めずに緊張感を維持している。それでも過度の緊張はコンディションに悪影響を及ぼすのでこうして適度に息抜きをしている。アイズは素であろうが、束はそういうことも考えてアイズとじゃれている。

 

「……ん、あと三十分もかからずにIS学園上空まで行けるね」

「戦況は?」

「今は拮抗してるみたい。むこうも数が多いからね。質は上回っていても苦戦してる」

「そこでボクたちの出番ってわけですね!」

「そっ。万全じゃなくてもアイちゃんとセッシーなら戦況を傾かせることくらいできるでしょ。なにより、この束さんもいるんだからね!」

「おー、頼もし………ッ!」

「ん? どったのアイちゃん?」

 

 突如としてアイズがビクンと身体を跳ねさせた。これまでの穏やかだった雰囲気を一変させて目を見開きながら視線を泳がせている。まるでなにかに気づいて驚いているような反応に束もびっくりするが、アイズの様子から緊急性が高い何かが起こったのでは、と考えてすぐさま束も周囲の状況を確認しようとする。

 

「アイちゃん? なにか気づいたの?」

 

 アイズの直感の恐ろしさを知っている束はアイズのその反応を軽視しない。アイズの直感は理屈を超えたなにかがあることはよく知っていた。

 そんなアイズは艦橋から見える空を睨むように見つめている。束の肉眼ではなにか変わったものは見えないが、アイズの魔眼は束には気づけないなにかが見えているのかもしれない。

 

「―――――いる」

「え?」

「束さん、左15度……距離はおよそ1,500……雲の隙間」

 

 アイズがいうポイントへカメラをズームさせる。かなり見えにくいが、確かに雲の隙間になにかの影が映った。この距離で反応がなかったということはおそらくステルス装備をしているのだろう。その未確認反応も発見されたことに気づいたのか、まったく姿を隠そうともせずにその身を晒している。

 

 大きな鳥のような翼、そして真珠のような白亜の装甲を持つISを纏う一人の少女。

 

満月の光を受けて、その光をそのまま落とし込んだように映える銀色の髪が緩やかに靡いている。それはまるで絵画のような幻想的な光景をそのまま抜き出したかのように美しかった。美を体現しているかのようなその機械の翼を広げる天使は、その金色に輝く瞳をまっすぐに向けてきていた。

 

 これまで幾度となくアイズたちの前に立ちはだかってきた少女――――至高にして孤高の存在、シールがはっきりとその金色の視線を突き刺してくる。そしてそれは、間違いなくただひとりに向けられていた。

 

 

 

「――――――束さん、ハッチを開けてください」

 

 

 

 表情を険しくする束の腕の中でアイズが口を開く。束もアイズの意図はわかっていた。

 このルートで遭遇していることは決して偶然ではない。トラブルがあってこそ今、この時にここにいるが、問題なければもっと別の最短ルートで学園へ到達していただろう。おそらく、あの人造魔眼で見張りながら来るときを待っていたのだ。あの眼の精度は並のレーダーを軽々と凌駕する。ほんの少しでも視界に映ればすぐに気付くだろう。なにより、ここから先はIS学園までわずかしかない。

 増援に来ると踏んで待ち構えていたのだ。

 もちろん、この艦の性能をフルに使えればシールを振り切ることもできるだろうが、それでは戦闘が繰り広げられているIS学園へシールを連れて行くことになる。どういう思惑で立ちふさがっているのかはわからないが、乱戦域に不用意にシールの乱入を許すわけにはいかない。ここで戦うにしろ、どうあってもここでシールの思惑を確かめる必要がある。

 そして、その役目はアイズにしかできない。

 

 シールはアイズを求めているし、アイズ以外とは話すことすらしないだろう。

 

 それがわかっているからこそ、アイズは決意していた。

 

「アイちゃん」

「シールってけっこう寂しがりだから、ボクが構ってあげないとすねちゃうんです。だから、ボクが我侭をきいてあげなくちゃ」

 

 茶化して言うアイズだが、その表情を険しくして目を見開いている。よくよく見ればアイズの眼が異様に輝いており、瞳孔も大きく開いている。アイズが宿すヴォーダン・オージェが激しく活性化しているのだ。そしてそれはシールの持つヴォーダン・オージェとの共鳴のためだ。シールの存在に気づいた理由もこの共鳴現象のせいだろう。

 

「ボク一人で大丈夫です。セシィのフォローをお願いします」

「……しょうがないなぁ、まったくアイちゃんは。無理はダメだからね?」

「はい」

「いざとなったら、私がなんとかしてあげる。気をつけて」

「行ってきます」

 

 アイズは一度丁寧にお辞儀をしてハッチへと向かっていく。

 束がいれば強行突破もできるが、ここはアイズに任せることにした。それでもいざというときはすぐさま救援と突破ができるように準備を進める。アイズが無茶をするなら、それを助けることが束の役目だ。手のかかる子ほど可愛いというが、いつもいつも無茶をして焦らせるアイズのフォローはもはや束の特技で趣味だ。どんなことになっても、アイズが望む未来に導いてやる。束は、ずっとそうしてきたのだから。

 

「でも、その子との決着はアイちゃんがつけなきゃいけない、か。……運命の女神に愛されているのか、嫌われているのか………」

 

 愛機を纏い、飛翔していくアイズを見つめながら呟いた言葉はかすれるように消えていった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 じっと待ち構えているシールへと飛翔したアイズは、およそ五メートルほどの距離をあけて停止する。IS戦においてこの距離はすでにクロスレンジといっていい距離だ。共に近接戦を得意とするレッドティアーズtype-Ⅲとパール・ヴァルキュリアの性能なら一秒足らずで斬り掛かれる間合いだ。そんな間合いへとアイズは剣も持たずに無防備に侵入する。

 そして待っていたシールも同じく、無手のままアイズを迎えた。

 

「……………」

「……………」

 

 互いに無言。しかし言葉よりもずっと力の込められた視線をぶつけ合う。満月のようだと称される活性状態となったヴォーダン・オージェの輝きが互いの姿を映している。

 そうして永遠のように長く感じる時間が過ぎていくが、意外にも先に声をかけたのはシールだった。

 

「こんばんは。よい月夜ですね」

「そうだね。こんな状況じゃなかったらお月見に誘ってたよ」

 

 その言葉にも、声にも刺はない。互いに、まるで友達と話すような気安ささえあった。しかし、それでも二人の視線は僅かも緩まず、むしろ相手の奥底を見ようとするように鋭くなっている。

 

「急いでるから単刀直入に聞くよ。………シール、あなたは敵?」

「………」

「ここでボクたちを待っていたのは、IS学園に行かせないため? 学園を襲ったのは、亡国機業なの?」

「その問に意味はあるのですか? あなたと私が出会うということは……こういうことでしょう?」

 

 シールが右手に細剣を展開する。それをまっすぐにアイズへと向けて戦意を放つ。それに反応するようにアイズもハイペリオンとイアペトスを展開する。一触即発へと変わる中、それでもアイズはどこか気がかりでもあるように眉をひそめている。

 

「………?」

 

 相変わらずに人形のような完成された美貌を持つシールであるが、その端正な顔がやや歪んでいるように見える。人間観察に長けるアイズがようやく気付くレベルの些細な程度だが、どこか考え事でもあるような、気がかりでもあるような、そんな複雑そうな色が垣間見える。

 しかし、そんな揺らぎもすぐになりを潜め、いつもの冷然とした闘気を向けてくる。

 

「少し、遊びましょうか」

 

 そう言った瞬間にシールが動く。剣を突き出した態勢のまま刺突を繰り出し、的確にアイズの頭を狙っている。しかし、アイズも両手に持つ剣を交差させるように構えて完璧にシールの刺突を受け止める。金属が磨り合うような耳障りな音が響き、アイズもその表情を引き締めた。

 本気ではないにせよ、手加減もしていない刺突。シールはここで戦うつもりだ。それを悟ったアイズが対話から戦闘へと意識を瞬時に切り替える。

 呼応するかのように互いのヴォーダン・オージェが加速度的に活性化していき、そしてこの二人だけに許された人間を超えた速度域へと突入する。脳を侵すナノマシンによって情報処理速度が高まり、体感時間が急激に増幅される。

 

「やあぁっ!!」

「はッ……!」

 

 真正面からの打ち込み。もちろんただの牽制だ。二人は同時にそのひと振りから様々な派生技を繰り出していく。剣を振り上げ、振り下ろす。たったその動作の間に十を軽く超える対処法を編み出し、最適解を選択して実行する。絶え間なく変化していく戦闘の中で常に状況に応じて最適な行動を導き出す。

 ジャンケンで例えるなら、互いが常に後出しをし合うように相手の行動、思考を読み、その後の先を取り合う。

 最高の性能を誇るシールのヴォーダン・オージェに劣るアイズはその類希な直感を掛け合わせることでその超常の力に対抗する。互いに未だ全力でないとはいえ、現状二人の力量はまったくの互角といっていい。

 

「……っ!」

 

 千日手を悟ったアイズが後退する。当然、やすやすと離脱を許すシールではない。本物の鳥のように翼を模したウイングユニットを稼働させ、滑らかに空を泳ぐかのように追撃する。しかし、ここでシールがほんのわずかだが驚いたように目を見開いた。

 アイズは、背後にあった雲の中へと瞬時に潜り込んだのだ。

 視覚が介して情報処理を行うこの魔眼の対抗策として最も単純かつ効果的なものが視覚に映らないこと。しかし、ほぼ全周に視界が広がるヴォーダン・オージェから逃げることは難しい。

 だがアイズはこの天空というフィールドを最大限に活かしてシールの索敵圏内から逃れたのだ。

 

「舐められたものです。私にその程度の奇策が通じるとでも?」

「思ってないけど、足は止まったでしょ!」

 

 シールの右側面からアイズが現れる。雲の中から突然現れたアイズに、しかしシールはすぐさま反応する。右手でアイズの斬撃を受け止めながら、左腕のチャクラムを逆方向へと射出する。これに驚いたのはアイズだ。

 

「あっ!?」

 

 チャクラムが突如として逆方向から現れたビットへと命中して弾き飛ばす。雲の中でパージして挟撃を仕掛けたアイズの策をあっさりと破ったシールは鼻を鳴らしながら視線でアイズを挑発する。

 

「視覚さえどうにかすれば隙を突けると思いましたか? あいにく、私は耳もいいんですよ」

「空気との摩擦音で……! 本当に強いね! でも、ボクだって耳も鼻も自信があるよ!」

「犬ですか。まぁ、似合っていると思いますよ。鳴いてみたらどうです?」

「わんわん!」

「お座り」

 

 今度は脚部からブレードを展開してのラッシュを仕掛ける。ヴォーダン・オージェ攻略法の其ノ二だ。物理的に対処不可能なほどのラッシュ。しかし、生半可な攻撃ではシールは揺ぎもしない。乱雑になった攻撃の隙間を縫うような斬撃を繰り出し、強制的にアイズを守勢へと追いやって動きを止める。

 

「さぁ、次はどうします?」

「相変わらず皮肉ばっかり。少しはシールから攻めたらどうなの!」

「そうですか、ではそうしましょう」

 

 シールは背後の翼を大きく広げる。機械で造られた天使の羽が稼働する。油断なく構えていたアイズだったが、いきなりその翼―――羽から無数のビームが放たれたときにはさすがにギョッとしながら慌てて回避行動をとった。思い返してみれば以前もシールはウイングユニットから光の奔流のような攻撃をしていたときがある。それを低出力で、かつ連続して放出しているのだろう。絨毯爆撃のように絶え間なく連射されるビームの雨にさらされたアイズであるが、はじめは至近距離ゆえに回避しきれなかった二発が装甲をかすめたがそれ以降はすべて回避していた。もともとアイズはこうした弾幕をくぐり抜けることは得意だった。

 それを見たシールも少しだけ感心したようにくすりと笑いながら、今度は一転して翼を羽ばたかせながら雲の中へと飛び込んだ。それは明らかに先程のアイズの行動を模倣したものだ。対処してみろ、という挑発だろう。

 

「くっ……!」

 

 自分から仕掛けた戦法であるが、実際にやられてみると視界を塞がれるだけでこの瞳の能力の大半が無効化されることに焦ってしまう。基本的に通常の人間の視界とは比べ物にならないほどの高性能を誇るが、さすがに厚い雲の中まで見通すことは難しい。後の先狙いでシールが攻撃を仕掛けてきたときを狙うのもアリだが、反応速度でわずかに劣る分アイズのほうが不利だろう。

 ならば、やはり先手を取るしかない。こんなところで切り札の【L.A.P.L.A.C.E.】を使うわけにはいかないが、アイズ自身の能力でシールより勝るもので勝負するしかない。

 

「すー……はー……」

 

 大きく深呼吸をして精神を落ち着かせる。アイズの持つ五感を総動員し、さらに超能力級の第六感ともいうべき直感を信じてシールの動きを予測する。理屈を超えたアイズの感性は時として機械よりも勝るときがある。さらに相手がシールだからこそ、ヴォーダン・オージェの共鳴からある程度の位置はなんとなくだがわかる。

 さらにアイズは左手のイアペトスをストレージへと量子変換して格納すると新たな武装を召喚する。

 左腕をまるごと覆うような、まるで銃の形状をした特殊な武装だった。トリガーのついたグリップを握り締める。それを掲げるように無造作に突き出して徐にトリガーを引いた。

 

「うひゃっ……!」

 

 先端の銃口部から圧縮されたプラズマ弾が発射される。その反動に銃器に慣れていないアイズが間抜けな声を出してのけぞってしまう。

 

「えっと、こうだっけ?」

 

 しっかりと両手で構えて腰に力を入れる。射撃に関してはリタと並んでセプテントリオン内で底辺に位置するアイズはおっかなびっくりというようにトリガーを引いていく。その弾道はセシリアが評すれば「お粗末」としか言いようのないほど不出来な射撃だったが、しかしそれは恐るべきことに雲の中にいるシールの位置をほぼ完璧にトレースするように撃ち込まれていた。もちろん直撃することはないが、シールの回避運動の気配を感じとるには十分なアクションだった。

 何度か撃ってシールの位置に確信が持てたのか、アイズは勝負に出る。

 

「モードチェンジ」

 

 ガンモードからブレードモードへ。銃口から放たれるのは砲弾ではなく、光り輝く巨大な刀身だった。大型エネルギーブレードへと圧縮されたエネルギーがみるみる伸びていき、最大長の30メートルにまで巨大化する。

 ―――特殊対艦兵装【シャルナク】。剣と銃の二つの用途を持つ束の作った新発明品だ。もちろん、実戦で使用するのは初である。大型兵装であるため機動力を犠牲にするデメリットがあるが、“待ち”に徹している現状ではデメリットは少ない。その迸るほどのエネルギーを注がれて形成した巨大な剣をアイズは力いっぱいに振り抜いた。

 

「やあああああッ!!」

 

 一閃。それだけで、“雲を切り裂いた”。

 

 長大なエネルギーブレードが空間そのものを溶かすようにその軌跡にあるものすべてを薙ぎ払う。さらにその余波で周囲一帯の雲を晴らし、空気を溶かす。これまでのレッドティアーズtype-Ⅲにはなかった範囲攻撃を可能とした剣でありながら大火力を持つ特殊兵装。多少の誤差など関係なく対象を破滅させるであろうその剣の一閃を――――しかし、シールは何事もなかったかのように現れる。

 

「手応えなかったけど、やっぱり躱されてたか」

「さすがに肝を冷やしましたよ。よくもまぁいろいろな武器を持っているものです」

「ふふん、ボクの機体のコンセプトは【面白ドッキリ! ビックリ箱!】だからね」

「ふふっ、ならもっと驚かせてもらえるのですか?」

「当然!」

 

 シャルナクを格納し、ハイペリオンを両手で構える。それを見たシールがふっと目を細める。

 シールは一見するとただの大型剣のその真の姿が多段可変式ギミックが仕込まれた変形型複合兵装剣――ハイペリオン・ノックスということを知っている。あからさまにその剣を強調するように構えるアイズに対し、シールはあくまで自然体で構える。

 アイズはどんな状況でも奇襲や奇策を繰り出してくる。今度はいったいなにをしてくるのだろうか、と少し楽しみに思いながらシールは突撃してくるアイズを迎え撃った。

 

 

 

 ***

 

 

 

「まったく、なにをしているのやら……」

 

 そうつぶやくのはハッチから身を乗り出しながらシールの頭部にずっと狙いを定めていたセシリアだった。未だ調整中のブルーティアーズのパーツを最低限だけ具現化させ、スターライトmkⅣでアイズとシールが戦っている間、ずっとスコープ越しにシールを狙っていた。もちろん、不意打ちの狙撃がシールに通用するとは思っていない。それでも牽制くらいにはなるだろう。

 

「しょうがないでしょ。あっちがちょっかいかけてきたんだし」

「それはそうですが……」

 

 束の言葉を受けて渋々納得する。

 突然この艦が停止したときは何事かと思って警戒していたが、どういうつもりなのか、単機で現れたシールと、そんなシールに付き合って律儀に一対一で戦うアイズ。確かに無視できることではないにせよ、あまり時間もかけられない。戦いが長時間になりそうなら横槍を入れるつもりのセシリアであったが、どうやらその必要はなさそうだ。

 

「すぐ終わるよ。どうも向こうも交渉のつもりみたいだし、戦いを仕掛けたのは挨拶でしょ」

「あの二人の戦い……国家代表レベルを軽く超えるんですが」

「アイちゃんは自己評価が低いけど、十分規格外レベルだもんね」

「本気でなくとも、ヴォーダン・オージェ同士の激突です……傍から見れば恐ろしいですね」

 

 ずっと観察していてわかったが、確かにあの二人はどちらも本気ではない。ただ戦っているだけだ。じゃれあっている、と言ってもいい。

 

「おや……」

 

 しばらく剣戟を繰り返していた二人の動きがぴたりと止まる。

 

「さて、なにを言われることやら……」

「もう大丈夫でしょ、ほら、調整を続けるよ。こっから先はどうなっても戦闘になる。出来うる限り万全に近づけるよ」

 

 セシリアは銃を下ろし、戦闘態勢を解除する。あの二人ももう戦うつもりはないようだ。戦意がぴたりと止んでしまった。思った以上に混沌としそうな戦場を予感し、セシリアも気を引き締めてISの調整作業を再開する。

 青と白のツートンカラー、よりシャープになった装甲。それらを形成する特殊合金とその特性を利用した戦術構築。まだまだやることはたくさんある。セシリアは、その複雑怪奇にして超常の力を宿す新生した機体を見据え、束のバックアップを受けながら驚くほどの速さで最適化を行っていった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「はぁッ!」

「ふっ……!」

 

 ギィン、と剣と剣の衝突音が響き、交差した刃を挟んで二人がその金色の視線も交わらせた。互いに多少の傷を負ったが、致命的な損傷はなにひとつなく、未だにほぼ万全に近い。油断すれば大きなダメージを受けていたであろう戦いを繰り広げていながらも、二人はこの結果が当然のように受け止めている。

 

「……相変わらず強いね。ボク、切り札の一つまで使ったのに羽を焦がしただけなんてちょっとショックだな」

「それで私を相手に互角なのですからよくやっていると思いますよ。……体調はまだ万全ではないにせよ、戦闘勘は鈍っていないようですね。まぁ、私が手加減をしているというのも大きいですがね」

「皮肉なとこも相変わらずだね。それで? ボクのリハビリに付き合って、どういうつもり?」

 

 アイズもとっくに気づいていた。シールは、負傷したアイズの復調に協力するように戦っていた。手加減をしているのも確かだったが、それでもアイズの調子に合わせて戦っていたし、徐々に調子を上げてアイズの戦闘力を引き上げていた。まるでランナーが先導して後者を引っ張っていくようにアイズを高みへと引っ張り上げた。おかげで万全でなかったアイズも普段に近い程度にまで引き上げられ、十分にリハビリができた。シールと戦うだけでアイズは不調に近かったコンディションを見事に回復させていたのだ。

 

「プレジデントに手痛くやられていましたからね。しかし、手負いのままだと私が困るんですよ」

「ん? なんで?」

「万全でないアイズなど、意味がありません。しかし、それだけリカバリーできれば上出来でしょう」

「……結局、なにが目的なの?」

「私があなたに求めることなど、決まっているでしょう?」

 

 シールは鍔迫り合いをやめ、アイズから距離を取る。おおよそ戦う前と同じように対峙しながら、困惑の色を浮かべているアイズへ向けてはっきりと宣告した。

 

 

 

 

 

「私と戦ってもらいますよ、アイズ。―――――それが、私に課せられた命令です」

 

 

 




久しぶりに主人公が出せました。そしてここからシールも参戦します。亡国機業がどう動いていくのか、目的はなんなのか? うまいこと戦場を引っかきましてもらうことになりそうです。

それにしても年末に近づくにつれて忙しさが増して泣きそうです。しかもちょっとスランプ気味になってなかなか筆が進みませんでした(汗)
リハビリがてらに短編とか書いてたんですがそちらもそのうち公開するかも。今はとにかく本編を進めねば、とまたがんばっていきます。更新速度は少し落ちると思いますので気長にお待ちください。

ではまた次回に!

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