それは突如として現れた。アリーナの遮断エネルギーフィールドを突き破ってきた攻撃はビーム兵器によるもの。
ビームはエネルギーをバカ食いするため、いくらISといえどすぐにエネルギーが尽きてしまうという、実現はできるが現実的ではない兵装だ。しかし、その威力はもはや既存のIS兵器を過去の遺物にしてしまうほどの威力を持つ。それはいまだISの装備としては規格外な代物だった。
「なに!?」
「一夏、下がりなさい!」
会場のど真ん中に大穴を開ける砲撃。もし直撃ならば絶対防御があったとしても死ぬのではないかというほどの威力。競技用と表向き謳っているISにあるまじき、完全に兵器としての兵装。
そしてその攻撃によって開けられたフィールド上空から二機の正体不明のISが降りてくる。全身を黒い装甲で包み、人型はしているがそれは機械という印象を強く与えるものだった。その二機はさきほどのビームを放ったと思われる巨大な砲身を一夏と鈴に向けている。
「やばい!」
一機が牽制のつもりなのか、ミサイルを発射、突然の襲撃に二人の反応が鈍い。ギリギリで回避運動をしたために直撃こそしなかったが、二人は爆風の衝撃で吹き飛ばされ体勢を崩してしまう。そしてなおも二機が、ビーム砲で二人に狙いを定めていた。その銃口からは禍々しい光が漏れ始めていた。
このままでは直撃、…………死、というイメージが一夏の脳裏に走る。
だが、そのイメージが現実になることはなかった。
「Trigger」
まるで流星のように光の線が走る。その極光の矢は発射直前の二機のビーム砲を正確に撃ち抜いた。放たれることのないエネルギーが暴発、自らの武器のエネルギーによって装甲がひしゃげ、スパークを起こして動作不良のように各部間接から煙が上がった。
発射直前のビーム砲をたった一射で二枚抜きする狙撃。こんな神業のようなことができる人物は、一夏は一人しか知らない。
「セシリアか!?」
一夏が目を向けると、そこには射撃体勢のまま狙いをつけるブルーティアーズtype-Ⅲの姿があった。そして今度は素早く二発のレーザーを発射。動きの鈍った敵機の頭部を射抜く。完璧なヘッドショットに、敵機が黒煙を上げて墜落する。一機は爆発し、一機は四肢がバラけて動かなくなった。
「なっ……セシリア、あれじゃあ操縦者が……!」
「ご安心を。あれは無人機です。人など乗っていません」
「なに?」
一夏が墜落した機体を見る。確かに、爆発四散したそれは、機械であった。少なくとも、人間がいるようにはまったくみえない。
「どういうことよセシリア、あんたあれ知ってんの? 無人機があるなんて初耳なんだけど?」
「以前、ちょっとドンパチやらかしたことがあるだけですよ……それより、来ますよ」
二機目を牽制しながらセシリアが上空から近づく複数の機影を確認する。報告通りの数が向かってくる。観客席とを隔てる遮断シールドは一度は解除されたものの、再展開されている。しかもどうやら外部アクセスによってロックされたようだ。敵機の侵入と同時にシールド内部に突入して正解だった。でなければ今頃二機のビーム砲で最悪な事態になっていたことさえ考えられる。
問題は残りのやってくる十機だが、アイズが先行して迎撃している。早くこの遮断シールドを突破して援護に向かうべきだろう。本当ならセシリアもアイズとともに迎撃したかったのだが、戦闘でエネルギーが尽きかけている二人を放置することもできなかったためにセシリアがフォローへと回った。本当なら限定空間ならアイズのほうが適任なのだが、敵機がビーム砲を発射しようとしていたために素早く無力化するためにセシリアが狙撃での撃破を狙ったのだ。
しかし、こうしてフィールド内に閉じ込められるというのは想定内ではあるが、まずい事態だ。おそらくは本来は突入と同時にロックをかけ、中にいる二人を確実に仕留める算段だったのだろう。ターゲットは一夏か鈴か、もしくは専用機が狙いだったのか。拿捕か破壊か、そのあたりの推測はいくらでもできる。今はまずやることをやらねば、とセシリアは思考を切り替える。
「織斑先生、すぐに遮断シールドの解除を。アイズの援護に向かいます」
『すでにやっている。だがまだ時間がかかる、避難誘導が終了次第、こちらからも増援を出す』
「やめておいたほうがいいでしょう。あの武装は既存のISを破壊しうる威力です。絶対防御を過信する人間が出れば……最悪、死人が出ますよ」
千冬が苦い顔をしながらも、そのセシリアの意見を否定できずにいる。アリーナの遮断シールドを破壊するビーム砲を装備している時点で危険度は遥かに高い。それが十二機同時に襲来するなど、怪我人が皆無となるほうがおかしい。
「私とアイズで残りの十機を破壊します」
『おまえたちならできる、と?』
「私とアイズは、“アレ”と交戦経験があります。今はアイズが上空で抑えていますが、急がねばあの威力のビームが雨となって降るかもしれませんよ」
冗談にもならない軽口を叩くセシリアに一夏も鈴も冷や汗を流す。
「アイズは強いですが、それでも一人なのです。防衛戦はどうしても少数が不利になります。アイズだけでは厳しいです」
確かにアイズは強い。おそらく十機相手でも負けることはない。しかし、その十機から学園を守るとなれば敗北する可能性のほうが高い。それにアイズの駆るレッドティアーズtype-Ⅲは近接特化機だ。対多数戦は本来セシリアのブルーティアーズtype-Ⅲのほうが得意とするところだ。だからこそ、セシリアは決意する。
「最悪の場合、こちらで遮断シールドを破壊します。許可は申し訳ありませんが、事後承諾という形でお願いします」
「おい、なにをするつもりなんだ?」
「遮断シールドを破壊って、そんな威力の武器がそうそう………」
「はい、なので……これは見せたくなかったんですけど、ね」
セシリアは下降してアリーナの地面に足を付ける。スターライトMkⅣを収納、その後なにかのパスコードを入力する。
「解除コードSGEJ23UG………コール、戦略級超長距離狙撃兵装“プロミネンス”……展開」
セシリアの周囲の空間が歪む。それは武装展開による空間変動のためだが、その大きさが常識はずれであった。
まず現れたのは巨大なステークだ。それが展開されると同時に二本のステークが地面へと突き刺さる。次に展開されたのは二個の円柱状のもの、その外装が展開され、内蔵されていた何重にもなったフィンが凄まじい勢いで回転を始めた。
そして砲身が現れる。四角の長い筒のような砲身が伸び、そこからさらに円柱状の細長い発射口が現れる。最後にそれらを覆うような巨大な装甲と反動制御のためと思しき巨大なブースターが出現した。全長にして、それはおよそ10メートルはあろうかという巨体。セシリア自身がひとつの銃になったかのような姿に、傍で見ていた一夏と鈴が唖然とする。
そしてその中心に位置したセシリアはその異常な大きさのもはや砲台というべきもののトリガーに手をかける。狙撃用のバイザーが頭部を多い、背部の円柱状に重ねられたフィンが光を発しながらさらに回転を増していく。本来は重要拠点を超長距離のレーダー外から狙い撃つための戦略兵器を、至近距離といってもいいこの距離で放つつもりだ。
セシリアは仰向けに倒れるように身体を倒し、銃口を上空へと向ける。
「お二人とも、危ないので下がっていてください」
二人が慌ててその場を離れる。それを確認したセシリアが照準に集中する。
「Right on target」
それは呪いのように紡がれる。狙いはもうついている。回線を通じ、アイズに狙撃タイミングとコースを伝える。
はじめから遮断シールドが解除されるまで待つつもりもないセシリアは千冬の制止の声を聞き流しながらトリガーに指をかけた。
「Trigger」
あっさり引かれた引き金と裏腹に、光の奔流というべきエネルギーが放たれた。まるで光の塔が天に向かって伸びるように極光が空へ走る。同時に反動制御のためのブースターが激しい衝撃を周囲に撒き散らす。
光の奔流は一瞬でアリーナの遮断シールドに接触し、まるで融解させるようにそのシールドを突き破り、そして上空でアイズと戦闘中の未確認機四機を巻き込んで天へと消えていく。
役目を終えたバケモノライフルは膨大な蒸気を排出させ強制冷却を実行。セシリアはそれを待つことなく、すぐさまパージ、そのライフルのような過剰威力のなにかを捨て、即座に浮遊、最高速で飛翔する。
残された一夏と鈴は、そんなセシリアを呆然と見送っていたが、すぐに我に返るとセシリアを追っていった。
***
セシリアが遮断シールドを破壊する一分ほど前に遡る。
先行して襲撃してきた二機の相手をセシリアに任せ、アイズは上空へ飛翔して後続の十機の未確認機を確認する。黒い外装と、無機質な目の赤い光。装備や細部は違うが、アイズは過去、間違いなくあれと対峙している。
そう、アイズ・ファミリアはあれを知っている。あの機体がなにをしたのか、知っている。
「あのときの……無人機」
それはかつて、カレイドマテリアル社の施設に襲撃をかけた機体と同型機。
アイズはふつふつと頭に血が昇ってくるような感覚を覚えた。それほどまでにあの機体に敵意を持っていた。
なぜなら。
「セシィの敵……」
かつて、セシリアを殺しかけた機体。
「束さんの敵……」
かつて、束の夢を殺した機体。
「ボクの敵……」
かつて、この両目から光を奪った機体。
「みんなの、敵!」
ならばすべて破壊する。
あれは、存在してはいけないものなんだ――――。
アイズは思考を戦闘レベルからさらに高い殲滅レベルへとシフトさせる。考えることはただひとつ。敵機の確実なる撃破、迅速な撃破、容赦のない撃破。
近接武装を三つ、「ハイペリオン」「イアペトス」、そして脚部ブレード「ティテュス」を展開、そしてさらなる武装を開放する。
「……行け、レッドティアーズ!」
背部ユニットから二機のビットを射出。セシリアのように最大十機のビット操作なんてアイズにはできない。アイズはビット操作の最大数は二機。その二機を自分の左右に配置する。そのビットはレーザーを放つでもなく、ただただレッドティアーズtype-Ⅲの周囲を浮かぶように漂っているだけだ。
だが、それだけでいい。それがアイズの持つビットの使い方なのだから。
「まず一機」
左手に持つブレード「イアペトス」を投擲。攻撃体勢にあった一機の頭部に突き刺さる。無人機だとわかっているからなのか、恨みがある相手だからなのか、アイズの攻撃には一切の躊躇も容赦もない。
そしてブースト、頭部に突き刺さったイアペトスの柄を握ると、そのまま解体するように一閃。敵機の頭部が綺麗に二分割になる。そして止めに「ハイペリオン」で胴体を同じく真っ二つにする。
そして同時に遠隔操作していたビットが再び背部ユニットへと帰還してくる。アイズの背後から近づいてきた、敵機二体をバラバラにして―――。
それはまるで、気がついたらバラバラになっていた、というしかない現象だった。それを為したと思われるビットは、なにごともなかったかのように背部ユニットへ再接続された。
「これで三機」
しかし、そのときにはすでに敵機による包囲網が完成されつつあった。さすがのアイズも四方八方からあの威力のビームに狙われるとかなり厳しい。しかし、アイズに焦りはなかった。
なぜなら―――。
『アイズ、二秒後にそこから上方へ緊急離脱を』
「うん」
いつだって、頼れる相棒がいるのだから。
言われたとおりに二秒を数え、イグニッションブーストで上方へと脱出。それを追いかけようとする敵機の集団が光の奔流に飲み込まれた。
この馬鹿げた威力のビームは間違いない、束が作ったオーパーツとしかいえない戦略級超長距離狙撃砲「プロミネンス」だ。通常ISでは使用不可能なほどの大出力のビーム砲。一発撃てばその「プロミネンス」の機能の五割が使い物にならなくなる完全な使い捨ての兵器だ。
それが放った無人機の装備すら足元にも及ばないビームが四機の敵機を消滅させる。あっという間に残り三機となった無人機は、やはり機械でしかないようにただ同じように攻撃を仕掛けてくる。
「………おまえたちは嫌い」
アイズがさらに一機を切り捨てるときには、既に援護にやってきたセシリアが一機をスターライトMkⅣの狙撃で射抜き、最後の一機も一夏と鈴の連携攻撃の前に機能を停止させた。
呆気ないほどに殲滅された無人機の群れの大半は消滅、爆散し、何機かが残骸となって残っているだけであった。
「これで終わったのか?」
「みたい、ね。やれやれ、とんだ横槍が入ったわ。………ていうか、そこのあんたら、いったいどんなゲテモノ装備もってんのよ」
緊張から開放された二人が安堵して声をかけてくるが、セシリアは未だ残心をしており、周囲の警戒を怠らない。過去に一度、戦闘経験があることもあり、完全に無力化がなされるまで気を抜くつもりなどない。こうしたところも実戦経験のなせることだろう。
そして、それはアイズも同じだった。
「…………嫌な感じが消えない? ………誰がボクたちを見ているの?」
無人機はたしかに脅威であったが、所詮は機械だ。アイズが感じている敵意のある意識など持っているわけじゃない。実際、破壊した今でもその感じは消えていない。
でも、今ならわかる。誰かが、自分たちを見ている、と。
***
IS学園の遥か上空で一機のISが滞空していた。全身を包むのは純白の装甲。真珠のように艶のある光沢を持つ装甲と背部の羽のようなユニットはまるで天使を象った芸術品のようにも見える。それを纏うのは、小柄な女性、まだ少女といっていい年かもしれない。細い体躯は、それだけで折れそうだが、力強さが垣間見える瞳は、遥か下にいる自らが放った無人機を殲滅した四人に向けられていた。
「…………」
彼女の顔は完全に頭部装甲で覆われているために表情を読み取ることもできない。しかし、唯一露出している口元は、無感情にぴくりとも動かない。
しかし、それに反してISはその背部ユニットが展開し、文字通りのウイングとなるとその場から落ちるように動き出し、徐々に真下へと加速を始める。
その先にいるのは、四人。しかし、彼女が見ている人物はただ一人だけ。彼女の手に持つは細身の長剣。その剣の切っ先はただ一人……アイズ・ファミリアだけに向けられていた。
次回、最後の謎の人物との戦闘をもって第一章は終了となります。その後は男装女子と黒兎がやってくる第二章へと入ります。
第二章ではアイズの過去と主人公たちと敵対する存在が明かされていきます。