双星の雫   作:千両花火

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Act.115 「ソードダンサー」

「ハロー。イリーナはいるかしら?」

 

 カレイドマテリアル社の受付嬢はその人物を前に困惑していた。入社して四年目。ハードな仕事も覚え、後輩に教えていけるようになった彼女からしてもこのような人物の来訪に対するマニュアルなど知らなかった。

 まるでモデルのような美人であり、身長もありスタイルも文句なし。おおよそ美しさを体現しているかのような妙齢の女性はフレンドリーな態度で柔らかく微笑んでいる。同性でありながらその笑みにはドキッとさせられたほどだ。しかし、着ている服もカジュアルであるが仕事着には見えないし、まるで友人に会いに来た大学生みたいな印象を受ける。

 

「え、っと……申し訳ありません。どの部署のイリーナでしょうか?」

「ああ、イリーナはたくさんいそうだもんね。イリーナ・ルージュよ。ここの社長していると思うけど?」

「社長ですか? 失礼ですが、アポイントメントは?」

「ないわ」

 

 これは冗談かドッキリなのだろうか、まさか自分の仕事の対応を見るための抜き打ち試験なのかと的外れなことさえ思いながら営業スマイルを崩さずに対応を続けている受付嬢だが、頬がひきつりそうになるのを必至に耐えていた。

 

「申し訳ありませんが……」

「ああ、私の名前を出せば会ってくれるからとりあえず聞いてもらえないかな?」

「ですが……」

「ね? お願いッ」

 

 茶目っ気のある笑みでお願いをされる。いかにも胡散臭いはずなのに、それには抗いがたいなにかがあり、受付嬢は思わず首を縦に振っていた。

 

「えと……お名前を伺っても?」

「ええ、もちろん」

 

 その美女はなぜか数秒考えるような仕草を見せてからにっこりと笑って名を告げた。

 

「マリアベルよ」

 

 

 

 ***

 

 

「いやぁ、さすが天下のカレイドマテリアル社! すっごいわねぇ」

 

 五分後、マリアベルは受付嬢から渡されたパスカードを使い社長室のあるフロアへと足を踏み入れた。このフロアに入るためには専用となる直通エレベーターに乗る必要があり、さらにそれを稼働させるにもパスカードが必要となる。これ以外の方法で侵入するにはそれこそ強行突破しかないだろうが、このカレイドマテリアル本社の、さらにいえば重要区画すべてには束によって魔改造された防御機構が組み込まれており、使用されたことはないがISの突撃にも耐えうる耐久度を持っている。

 このフロアに入ることができずに葬られた暗殺者やスパイは数知れず、まるで魔王の城の玉座の間のような場所をマリアベルは観光でもするかのようにウキウキと歩いていた。

 調度品や内装も素晴らしいの一言。マリアベルからみてもセンスの高さとかかっている金の多さもいい趣味と言えるものだ。

 

「それにしても身体検査もなく通すなんて、イリーナも図太いわねぇ、さっすが私の妹!」

 

 もしマリアベルがイリーナを殺そうと思えば容易くできるだろう。そのリスクを減らすためにも身体検査くらいはするだろうと思っていたが、そんな無粋な真似をするつもりもないようだ。

 

「私への意地かな? それとも、私の意図を理解してくれてるのかな? ま、どっちでもイリーナは私を理解してくれてるってことだよね! そうでしょう?」

 

 バン、と大きな音を立てて仰々しく扉を開けたマリアベルはその部屋の中にいた女性に向かい語りかけるように声を張り上げた。

 

「素晴らしい姉妹愛だわ! あなたもそう思うでしょう?」

 

 芝居がかった態度で入室してきたマリアベルに対し、どこまでも冷ややかな目を向けながら煙草に火をつける。ハイテンションなマリアベルとは真逆にゆっくりと紫煙を吐き出しながら、カレイドマテリアル社のトップ、イリーナ・ルージュが嫌悪感を明確にぶつけながら来訪者を迎え入れた。

 

「よく来たな。いや、よく私の前にその顔を出せたな」

「あらぁ、せっかくの姉妹水いらずなのに、そんなツンツンした態度なんて寂しいわ」

「よく回る口だ。まぁいい、せっかくだ。なにをしに来たのかおおよそわかっているが……まずは話を聞いてやろう」

 

 二人はテーブルをはさみ、向かい合ってソファへと腰を下ろす。もてなす気のないイリーナは飲み物ひとつ出さない。社会人としてマナーがなっていないが、そもそも相手はテロリストだ。もてなす必要などないどころか、こうして社長室に入れただけでも譲歩しているだろう。

 対して気にもせずにニコニコしたままのマリアベルを眺めつつ、イリーナは慣れた手つきで再び煙草に火をつける。

 

「それで? テロリストの親玉がなんのご用かな?」

「うふふ。あなたもわかってると思うけど………そろそろ邪魔なのよねぇ、あいつら」

「………」

 

 あいつら、というのが誰を示しているのか、イリーナにはわかっていた。マリアベルもそのつもりで話しているだろう。

 

「泳がせておいたほうが面白いのは確かなんだけど、ちょっと目に余ってきたからね。あいつらをいじめるより、あなたとじゃれあったほうが私としては楽しいの。だから邪魔なあいつらにはそろそろ退場してもらおっかなってね」

「……邪魔というのは同意だが、で? 具体的にはどうする気だ?」

「もちろん、皆殺しね」

 

 あっさりと物騒な言葉を口にするマリアベルに、しかしイリーナは眉一つ動かさない。目の前の魔女はどういう思考回路をしているのか、イリーナはよくわかっていた。面白そうなら生かしておくだろうが、邪魔になったと思えば躊躇いなく消そうとする。マリアベルとは、そういう女なのだ。

 

「それを私に言ってどうする。共犯になれとでも言うつもりか?」

「それはそれで面白いけど、断るでしょう?」

「ウチはまっとうな企業なんでな。おまえのとこのようなブラック企業とは提携する気はない」

「まっとう? うふふ、面白い冗談ね。確かにブラックじゃないけど、グレーしかないじゃない」

 

 イリーナとて、確かに裏ではいろいろとやっている身ではあるが、間違ってもマリアベルにそれを言われる謂れはない。人を陥れた数なら似たりよったりかもしれないが、利のために行うイリーナと違い、マリアベルは享楽のために行っている。イリーナ自身も自分が善人などとは思っていないし、むしろ悪人だろうとは思っているが、マリアベルほど無邪気に悪意を振る舞えるほど突き抜けてはいない。

 

「でも、あなたも目障りでしょう? あいつらのやることは否定しないけど、やり方は無粋極まるわ。美学の欠片もない。見ていて楽しくない侵略ほど滑稽なものはないわね」

「それで?」

「うふふ。今、ちょうどあいつらとドンパチしてるでしょ?」

「代わりに私たちで皆殺しにしろとでも?」

「まさか。あの子たちに殺しなんて真似はさせられないじゃない。そういうのはウチの領分だし?」

 

 一貫性がないような言葉を吐き続けるマリアベルであるが、しかしその実は極めてまっとうなことを言っているから余計にタチが悪かった。暴君と呼ばれるイリーナとて、セプテントリオンに人殺しなどという真似をさせる気はない。もしそうせざるを得ないのならばイーリスにやらせるだろう。

 

「だからね。こっちで殺してあげる。そのほうが都合がいいでしょう?」

「腐ってるな、その脳味噌をとっとと廃棄処分したらどうだ? そのほうが世の中のためだ」

「くキゃはッ、イリーナ、あなたはそんなこと言えないでしょう? …………死人のために、どれだけの人間を陥れてきたのかしら?」

 

 そこではじめてイリーナの表情が強ばった。明らかに動揺したとわかる態度に、マリアベルは優しく見守るような、慈悲の宿った目を向けていた。

 

「あなたって昔からそうよねぇ。大事なものはたとえ壊れてもずっと大切にして。そのために他人を陥れて、利用して、世界だってこんなにも混沌とさせて。その先にはなにもない、なにも取り戻せないとわかっているのに、どうしてそんな無駄なことをするのかしら? でもそれって素敵よ、健気ね。でもね、そんなイリーナだからこそ―――――」

 

 

 

 

 

 ―――――――どうやって台無しにしてあげようか、考えるだけでワクワクしちゃう。

 

 

 

 

 

 空気が凍る。

 イリーナは動揺こそすぐに収めたが、その身から発する空気は警戒心を通り越して完全に殺気立っていた。視線だけで人が殺せるのなら、イリーナは既に目の前のマリアベルを惨たらしく殺しているだろう。それほどにイリーナは憤慨していた。口には出さずとも、その内に激っている憎悪の炎はその殺気立っている瞳からも見て取れる。

 しかし、それは裏を返せばマリアベルの言葉がイリーナの心の内に秘めていた核心を突いたことを証明していた。それがわかっているのだろう。マリアベルは真正面から純粋な殺気を浴びながらも、変わらずに優しげに微笑んでいる。

 この場で、まるで慈しむように微笑むことができる異常性こそがマリアベルの本質を表しているようで、イリーナは舌打ちしそうになりながら少しづつ冷静さを取り戻していく。

 ここで怒りに我を忘れるなど、マリアベルの挑発に乗ることになる。それは小さな、しかし確かな敗北だろう。強靭な精神力で半ば振り切れていた感情を強制的に冷却させる。

 マリアベルがそこで少し意外そうに、それでいて褒めるような視線を送る。それがまたもイリーナをイラつかせるが、完全に自己の精神を掌握したイリーナはもう表情一つ変えることはなかった。

 そして意趣返しでもするように、マリアベルを見下しながらそれを口にした。

 

「随分と知ったふうな口をきくな………レジーナ・オルコットの模造品如きが」

「お?」

 

 マリアベルがイリーナの核心を突いたように、イリーナにもマリアベルのその心の奥底に隠してあるもっとも柔らかい部分をわかっていた。

 だから、躊躇いも容赦もなく、蔑むようにマリアベルを否定する言葉をはっきりと口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「そうだろう? ただのクズを模しただけのお前が、いったいどうして…………セシリアに愛されると思うんだ?」

 

 

 

 

 

 

「――――――あ?」

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「右! 左! 上! そして後ろ! どれから斬っていいか、迷うね!」

「喚いていないで、前のやつを斬れ! 前だ、前!」

 

 怒号のような箒の声に従うようにリタが目の前の機体に向かって刃を振るう。一瞬で文字通りの真っ二つに両断された機体には目もくれずに、曲芸のように機体を反転させながら滑り、間一髪でビーム砲の直撃を回避。箒の援護により二射目が阻害され、その隙を逃さずにすかさず接近、そしてすれ違いざまに一閃して離脱する。

 リタと箒のタッグの戦法はわかりやすい一撃離脱。とにかく接近して、斬り捨てて、離脱する。その繰り返しだ。箒がリタの接近と離脱の援護を行いつつ、リタが確実に敵機を両断する。細かいことはない、その単純明快な戦法をとにかく目に映る敵機に向かって披露するだけだ。既に二人を追撃してくる無人機は十機を軽く超えている。一度でも足を止めればその瞬間に集中砲火を浴びて撃墜されるだろう。防御性能の高い箒の機体ならまだしも、回避重視で防御力は標準程度しかないリタの機体は確実に破壊される。

 リタは既に撃破されるまでにできるだけ敵機を屠ることだけを考えていた。マイペースでどこか掴みどころのない性格のリタであるが、こうした戦闘においてはリアリストだ。もちろんやられるつもりはないし、すべて斬ってやりたいという気概を持っているが、それでも自身の力量とその限界をちゃんと把握している。どこまでいけるのか、という境界をしっかりとわかっている。もともと短期決戦型のリタでは長時間の戦闘に適していない。ならば本隊が来るまでの露払いに全力を尽くすと決めていた。

 ただ、気がかりがあるとすれば。

 

「……ホーキ、頃合を見て離脱して」

「なにを言う!?」

「そろそろ限界。私はできるだけ落とすから、ホーキは増援との合流を最優先に……」

「馬鹿を言うな! そんなこと、私が了承すると思っているのか!」

「思ってないからお願いしてるんじゃない」

「黙れ!」

 

 箒は頑なにリタの提案を拒む。不器用だが情に厚い箒はそんな言葉など聞きたくないとばかりにリタと並んで剣を力の限り振るう。

 リタにとってそんな箒の言葉は嬉しいような困るような、複雑な心境にさせられた。

 

「………ホーキの護衛の任務はまだ継続している」

「だから私に逃げろというのか!?」

「そう思ってたけど…………」

「そんなもの、私がついてきた時点で諦めろ!」

「………しかたないなぁ」

 

 箒の背後に迫っていた機体を斬り飛ばしつつ、リタも覚悟を決める。確かに箒の性格を知っていながら連れてきたのはリタのミスだ。想定以上に戦況が厳しいこともあるが、それならはじめから連れてこなければいいだけだ。しかし、ここに至ってはそんなことを言うよりももっと手っ取り早い手段がある。

 

「私がやられたら逃げてね。それが約束できるなら、最期まで一緒に斬ろう」

「そのときはおまえを担いで逃げてやるさ」

「そっか。なら、後先はもう微塵も考えない」

「お前はそれでいいだろう」

 

 めんどくさい理屈を彼方に投げ捨て、リタは先程までの己の思考を唾棄して気合を入れ直す。殊勝なことを考えて剣を振るうなど、自分らしくないだろうと自嘲しつつ、最もわかりやすく、最も馬鹿らしい道を選ぶ。箒を守りつつ敵機を打倒するのなら、早い話が全部斬ればそれで済む。もうじき来るであろう増援が間に合えば自分は生き残れるだろうし、それまで斬って斬って斬りまくればいい。もう、それしか考えない。

 

「ホーキは私のことわかってくれるんだね。じゃあ期待に応えよっかな」

 

 正直なところ機体もけっして万全ではないが、それすらも思考から外す。運がよければ増援が間に合ってくれる。悪ければその前に落とされる。あとは自分の運でどうとでも転がる。

 

「斬る」

 

 ただ、それだけをすればいい。リタは思考そのものを捨てるかのように、ただ目に映る敵と剣のことだけしか認識しない。その集中は一種の極限的な集中状態を生み出す。剣閃は鋭さを増し、機動や反応もこれまでよりも明らかに早くなる。そしてそれだけでなくリタは対集団戦に切り札を切る。

 

「リタ……ッ、二本目……!?」

 

 箒が驚いた声をあげるが、それすらもうリタは聞こえていても頭には入っていない。ストレージに備えていた二本目の【ムラマサ】を展開したリタは抜刀による神速の斬撃を捨て、両手に、しかも逆手に剣を構えて突撃していく。脚部のローラーによる加速と変幻自在の平面機動によって敵機の密集地帯の隙間を縫うように滑走していく。

 当然、そのすれ違いざまに容赦のない斬撃を叩き込む。抜刀よりも速さは劣るが、それでも十分に早い。抜刀が目にも映らない速さなら今の斬撃は目にも止まらぬ速さ、といったところだろう。その剣閃は竜巻のように周囲に暴威を振りまいていく。

 

「まだあんな隠し球を……ッ、だが、あれでは……!」

 

 力を振り絞るかのようなリタの猛攻だが、それは箒から見ても明らかに異常だ。おそらく、出力リミッターを解除している。機体の限界以上のパワーを放出するその戦い方を続けていたらすぐに過負荷で機体のほうが先に壊れてしまう。おそらく、リタは本当に後のことなど考えていないのだろう。

 

「まったく、これではどっちが御守かわかったものじゃないな!」

 

 敵の陣形を切り開いていくリタに追随するように箒も自らその危地へと踏み込む。機体の防御性能を信じて死線をくぐり抜けるようにリタの切り開いた道を進む。四方八方から雨のように銃弾やビームが降り注ぐ中、オーロラ・カーテンを展開しつつリタを追う。【空裂】の他にもうひと振りの箒の専用武装――突きにより剣先からレーザーを放つ特殊ブレード【雨月】を展開。リタと同じように両手の二刀として一心不乱にリタの援護のために斬撃や刺突を飛ばす。幸か不幸か、リタが暴れているおかげでほとんどの敵機は箒ではなくリタを狙っているために、箒は焦りはあるがなんとかリタの援護を継続できていた。

 リタも箒が狙われないように積極的に無謀ともいえる突撃を繰り返しており、危ういバランスの上になんとか相互援護が成り立っていた。ごくごくわずかな時間しか通用しない戦法であるが、陽動とは思えないほどの殲滅力を持ってリタと箒はさらに敵機を引き付けていた。

 既にリタが斬った敵機の数は二十に届くかというところまで来ていたが、その目前で右手のムラマサが敵機を半ばまで斬ったところでパキンと音を立てて折れる。いくら特製の剣でも短時間で酷使しすぎたために耐久度が著しく減少していたのだろう。折れたムラマサの刀身を見れば確かに歪みが見て取れるほどだった。

 

「リタっ!?」

 

 箒が慌てて援護に向かうが、既に二人の周囲は完全に包囲されている。今さら箒が向かったところでなにができるというわけではなかった。それでも箒は機体の防御機構を全開にしてリタを抱えて離脱しようと飛び込んだ。

 しかし、それでも遅すぎた。

 

「………!!」

 

 この窮地においてもまったく戦意を衰えさせないリタが残った一刀を構えつつも、箒を庇うように前へと躍り出る。それは無意識での行動であったが、箒がそうしたようにリタも自身より箒の安全を優先した。それが何の意味もないことだと理解しながら、リタが箒へと向けられる砲口の間に立ちはだかる。

 そして包囲していたすべての無人機が一斉に砲口をリタと箒へと向ける。退路のない二人にとってそれは今まさに落とされるギロチンの刃に等しかった。

 

 

 しかし、その刃を振り下ろす死神がその寸前で斬り捨てられる。

 

 

 

『―――――左後方へ離脱を!』

 

 

 

 通信から聞こえてきたその声がなにか、と考えるより先に反射的にリタが動いた。箒を抱えるようにして強引に言われた方向へ強行突破を敢行する。当然、包囲されていたために離脱コースなどありはしないが、その進路上の機体はなぜか反応が鈍く、結果として迎撃行動に移る前にリタによって斬り捨てられた。

 突然のことに理解が追いつかない箒は抱えられながら不審な動きをしていた敵機を見た。そこで始めて、その機体に不自然な突起物があることに気づいた。剣だ。投擲することを前提とした、通常のブレードより小さく曲線を描いているその剣が無人機の背に突き刺さっていた。いったいいつの間にあんなものが、と思ったとき、先程の通信で聞こえた声の主が現れた。

 

「間一髪……、まったく無茶をするなと普段から言われているでしょうに」

 

 そして箒にとって聞きなれない声が響く。男の、まだ幼さの残る少年の声だった。振り返ると離脱する自分たちと入れ替わるように一機のフォクシィギアが密集していた無人機へと突撃していた。機体自体は大きなカスタマイズは見られないが、その機体を囲むように無数のブレードが浮遊している。その操縦者は周囲を覆うブレードの一本を無造作に掴むとそのまま投擲、こちらへ追撃しようとしていた機体の頭部へと突き刺さった。

 

「なんとか間に合ったか。私の運も、捨てたものじゃないね」

「あれは……?」

「ん、仲間」

 

 相変わらずマイペースになリタの簡潔な言葉を受けて箒は再び救援に来たその少年を見やる。一夏よりもひとつかふたつほど下だろうか。そのどこか可愛らしいとすら言える童顔の少年は展開した無数のブレードを使い捨てるかのように縦横無尽に放ちながら軽やかに密集地帯を跳ねるように攪乱している。さながら、八艘飛びでも見ているかのような軽い身のこなし。リタとは別の方向に突き抜けた機動に目を見張った。

 

「これで持ちなおせるね。…………あいつはキョウ。忌々しいことに私より接近戦が強い。セプテントリオンじゃあアイズの次に強い近接型。癪だけど頼もしいやつだから」

「複雑な言い方だな」

「キョウが来たなら陽動は終わりだね。後続もすぐに来るっぽいし、なら……大物を狙うか」

「大物?」

 

 リタが目線をずらし、それを追うように箒も目を向ける。その先にあるのは、建物のような大きさを持つ大型機。まだ多少距離があるのにはっきりと見えるほどの巨体だ。事前情報で知った、三機の大型無人機のうちの一体だろう。

 

「アレをやるのか……!?」

「なに? 自信ないの、ホーキ?」

 

 ニヤリと挑発するように笑うリタに、箒もついつい反応してしまう。

 

「なっ……馬鹿にするな! それに真っ先にやられそうになったリタが言えたことか!?」

「庇ってあげたんじゃん。未遂に終わったけど。いやほんと未遂でよかった。死ぬかと思った」

「ぐっ……とにかく、かなり無理をしただろう。まだ戦えるのか……!?」

「私は剣があれば、それで戦える。斬れる」

 

 躊躇いなく言うリタに箒は呆れや怒りよりも敬意を覚えた。剣士として、そしてこの場に立つ戦士として即答するリタにどこか憧憬すら感じた。そしてそれは箒の戦意の炎を再び点火するに余りあるものだった。

 

「もう一度言う。馬鹿にするな。私だって、剣を握る限り戦える」

「なら決まりだね。ま、キョウと三人がかりならなんとかなるでしょ」

 

 そう言うや否や、単機で突出するように走り出すリタを慌てて箒が追った。

 

「まったく、落ち着きのない……!」

「同僚がご迷惑をおかけしてますね」

「……! おまえは……!」

 

 いつの間にか箒の背後に京がいた。先程と変わらずに機体の周囲に無数のブレードを展開しており、それだけでかなり特殊な装備だとわかる。

 

「あの無人機らはどうしたのだ?」

「数が多かったので残りは後続に任せました。リタの言うことは無茶が多いですけど、確かにアレは落としておきたいですからこちらに助勢します」

「そう、か………篠ノ之箒だ。よろしく頼む」

「存じています。藤村京です。若輩ですが、最大限援護します」

「謙遜を言うな。私より遥かに強いだろう」

「今必要なのは前評判より結果です。期待しています」

「…………全力を尽くす。こちらこそ、よろしく頼む」

 

 セプテントリオンはカレイドマテリアル社の意向があるとはいえ、占拠されたIS学園の解放に見返りも言わずに尽力してくれている。この任務がどれほど危険なものかは箒も身をもってわかっているつもりだ。

 そんな危地において共に戦ってくれることのありがたさを実感しつつ、箒は頭を下げる。今はそうすることでしか感謝を示すものがなかった。

 しかし、それはそれこそ結果で返せばいい。ここまでしてくれたリタたちのためにも、IS学園に通う一人の生徒としてでも、今できる限りのことを尽くす。

 

「大丈夫だ、私だってできる」

 

 この機体は姉が作ってくれた箒の力を最大限に発揮できる実質的な専用機。そしてこの戦場に立つことも自らが選んだことだ。覚悟だってとっくに決まっている。

 両手に感じる剣の重みを再認識しつつ、箒はリタの背と、その先にある今の学園にとっての脅威そのものといっていい大型機を見据えた。

 

「リタではないが、確かに今することは決まっているな」

 

 ブン、と大きく剣を振って出力をあげる。戦闘機動へと移行しつつ、箒は刃の切っ先を大型機へと向けて自身を鼓舞するかのように叫んだ。

 

「叩き斬ってやるぞ!!」

 

 

 




設定の都合上、どうしても活躍の場が遅くなった箒さんがこの戦いでとうとう覚醒します。やっとかっこいい箒さんが書ける。
そしてマリアベルさんも動き出しました。彼女がなにをするのかはおいおい判明します。


しかし、もう十月も終わりですね。早いもんです。今年で完結まで行けるだろうとか言ってた去年の自分に言ってやりたい。

「そりゃ無理だ」と(汗)


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