(簪ちゃん、来たのね……!)
楯無がいるのはIS学園の管理棟にあるシステムすべてを統括するコントロールルームだった。後ろ手に手錠をかけられ、ISも奪われて拘束されていながら目と耳は自由にされていたために絶えず周囲の状況を把握していた楯無はコンソールパネルの隅に表示された小さな緑色に光る表示に気づいていた。
楯無と、もう一人……織斑千冬の二人は学園側の情報を得る人質として大層な装備で固めた武装集団に囲まれていた。それでも目と耳を封じていないあたり、おそらく二人からあわよくば学園側の情報を得ようとしていたのだろう。国家代表の楯無と、もはや伝説とも言っていい最強と謳われた織斑千冬をまるで恐怖するように常に銃を構えて威圧と警戒をしていたが、その程度の脅しで怯えるような二人ではない。生徒たちを盾に取られているために迂闊な行動はできないが、それでも相手に有益な情報など与えるつもりもなかった。のらりくらりと追求を躱していた楯無はそろそろ時間的に限界かと思ったそんな時に、ふと光の色が変化した様子を視界に捉えた。その意味を知っているのはこの場で楯無だけだろう。
それはとある場所のロックが解除されたことを示している。その場所とは、学生寮裏に廃棄されていた地下道へと通じる非常用通路の扉。ごくごく最近に楯無と簪、そして布仏本音と虚の四人で調べてとりあえずの開通をした非常退路だ。このロック解除コードを知っているのもこの四人。楯無はここで拘束されており、布仏姉妹はシェルターにいるはずだ。
と、なれば――――このロックを解除できる人間は更織簪を置いてほかにいない。
そう察したとき、楯無は拘束され、床に座らされた状態のまま後ろ手でわずかに自由になっている指を動かして静かに床を叩いた。
―――トン、コン、トン―――トン―――トン、コン、トン、トン――……
わずかに響きを変えたほんのわずかな音が鳴る。それに気づいたのは横で同じように拘束されている千冬だけだ。千冬は一度だけ視線を楯無へと向けるとすぐに視線を前へと戻した。
楯無からのメッセージだと理解した千冬は耳を澄まし、わずかな反響を聞き分けてその暗号を把握していく。モールス信号のサインによる暗号だった。内容はアルファベット。R、E、L、I、と聞き解いていくと、その意味が形成されていく。伝えられたのは短い英文だった。
【Relief has come.(救援が来た)】
それが伝わったことを視線を向けることで伝えると楯無も目線を合わせないままに一度だけ小さく頷いた。
残された生徒たちの安全を守るためにあえて拘束されたが、そろそろ脱出する用意が必要になりそうだ。さすがに二人だけの力でここを切り抜けることはかなり厳しいが、もし外部から突発的なアクシデントが起きればその混乱に乗じて脱出することができるだろう。
二人はそのときをただじっと待ち続けた。
***
「まさかみなさんが来てくれるなんて……」
「ご無事でなによりです、山田先生」
「篠ノ之さん。あなたも無事なようでよかったです」
シェルターを取り囲んでいた敵勢力をすべて制圧した後、簪が中の端末へと連絡を入れて無事に接触を果たせた。中にいたのはやはり大多数の生徒と、それをまとめるわずかな教職員。そこには一組副担任の山田真耶もいた。事情を聞けば彼女は千冬から生徒の混乱を抑えるよう指示されて大多数の生徒たちを連れてシェルターに避難したらしい。何機かフォクシィギアも持ち込めたので最悪は打って出る覚悟を決めていたところにこうして救助が来たという。
「まぁ、救助といってもまだあたしたちだけなんだけど」
「それにこのあと確実に盛大にドンパチがはじまるし?」
「しばらくはここにいたほうがいい。学園内でおそらくもっとも安全な場所だろうから」
もちろん絶対的な安全圏など今のIS学園には存在しないが、シェルターという設備が一番防御力がある場所だろう。ビーム砲の集中砲火を浴びれば耐えられるとは思えないが、それでも多少の戦闘の余波には耐えられるだろう。脱出させられればいいのだが、今は生徒数が減っているIS学園でも多くの生徒がいる。シェルターにいる人数だけでも百名を超える。本格的な戦闘が始まるまでに脱出させることはほぼ不可能だろう。それならば戦闘中はここでおとなしくしてもらったほうがいい。
「プランはあるのですか?」
「状況がわかってなかったから、真耶ちゃんからの情報しだいだけど、とりあえず千冬ちゃんや会長と合流したい、かな?」
このような非常時でも変わらない態度を貫く鈴に苦笑しつつも真耶は知りうる限りのことを伝えていく。やはり千冬たちがいるのは管理棟の中央コントロールルーム。どこの所属か判別できるようなマークや言葉は確認できなかったが占拠した集団が英語で会話していたこと、少数の改造されたと思しきフォクシィギアと多数の無人機で学園を包囲していること、接敵から今に至るまで外部との通信手段の全てが遮断されていること、重要だと思われる要点に絞ってできる限り簡潔に、素早く伝える。外の警戒をイーリスと雨蘭に任せ、話を聞いていた面々は頷きながらそれらの情報を整理していく。
「正確な戦力はやっぱ不明みたいだね」
「こちらの戦力すべてを投入すれば大丈夫だとは思うけど、……なんにせよ、学園への被害がネックね」
「なるべく海上へ誘導したいけど、そうも言っていられない……」
「出たとこ勝負ね……そろそろ時間もまずいわ。こっちの潜入もそろそろバレる頃合よ。どうする?」
「…………まずは、やっぱり管理棟にいるおねえちゃん……会長と織斑先生と合流したい。でも同時にここの安全確保と、あと学園の敷地内にいる残った生徒たちも避難させないと」
「………仕方ない、チームを分けましょ。陽動している間に、残った生徒をここへ避難させましょう。救助チームの指揮は、簪。あんたがやりなさい」
「わかった」
学園内の情報を最も知っているのは簪だ。想定していた事態とは違うが、有事の際のための避難経路やセーフティスポットなどもすべて知っている。そして学園内のシステムを使って残った生徒を探索するにも簪が必要になる。
簪だけではもちろん手が足りないので潜入や工作のスペシャリストであるイーリスも当然動いてもらうことになる。ISを使わずに生身の雨蘭も同様だ。
「ってわけであたしは陽動で暴れてくるわ。最低でもラウラたちが来るまでは粘ってみせるから安心しなさい」
「お、戦闘するの? なら私もやる。斬る」
「はいはい、リタも陽動。あとは救助でいいわね?」
好戦的な性格の鈴とリタはそれが当然とばかりに絶望的な戦力差であろう戦場での陽動をかって出る。陽動とはいえわずか二機のみでは心もとないが、今ある戦力では贅沢を言っていられない。
しかし、思わぬところから声が上がった。
「私も加勢しよう」
そう言って陽動という危険な役を請け負うと言ったのは箒だった。全員が意外そうにそんな箒へと目を向けた。失礼な態度ではあったが、それほどまでに箒と他のメンバーとでは実力差がある。箒が弱いわけではないが、鈴やリタと比べれば技量もそうだが、なにより絶対的ともいえるほど経験の差があった。実際、リタがよく箒に付き合って模擬戦をしていたが一勝も上げていない。
「皆が言いたいことはわかるし、私自身未熟なことは承知している」
「なら言わせてもらうわ。はっきり言えばこの作戦で一番死ぬ確率が高い役目よ。どれだけ強いISだったとしても、数の暴力には敵わない。あたしたちの役目は“出来る限り生き延びること”と言い換えてもいいわ。わかってるの?」
「わかっている。そしてそれも覚悟の上だ」
「それだけの実力があると?」
「………ない、だろうな」
悔しいのだろう。箒は耐えるようにその言葉を搾り出す。しかし、箒も酔狂でこんなことを言ったわけではないし、英雄願望でも自己犠牲の精神から決意したわけでもない。
「確かに実力はせいぜい中堅といったところだろう。だが、私の機体は過保護な姉さんが作ってくれた、もっとも沈みにくい機体だ。そうだろう、簪?」
「あ、うん。たしかにそれは保証する」
箒の機体のメンテナンスを請け負っていた簪は箒の言葉を肯定する。確かに素体こそ量産型のフォクシィギアだが、箒の機体はもはや完全なワンオフ、生産性や互換性などを完全に度外視した実質的な箒専用機といえるものだ。その特徴はなんといっても姉の愛情が作り上げた高いサバイバリティ。その継戦力と操縦者を守る安全性でいえば、おそらくカレイドマテリアル社製の中でも上位に入る機体だろう。
「簪がいれば、私の補佐などなくても十分だろう。ならば、私が私に与えられた力をもっとも有効に使いたい」
「…………本気なのね」
「そうだ。私も、この学園を守りたい」
それはすれ違っていた姉と和解し、互いの本心を伝えたからこそ抱いた箒の願いだった。姉が目指した本来のIS、姉の夢を詰め込んだ、宇宙へと至るためのもの。それを本来の形にしたい。そして今までずっと苦しんできた姉を笑顔にしてあげたい。それが今の箒の願いだ。そしてそのためには、IS学園を失うわけにはいかない。それにはじめは無関心で入学した箒も、今ではこの学園に愛着もあるし、ずっと日本中を転々としてきた箒にとってはじめて得られた居場所ともいえるものだ。
今までどんなことにも卑屈になっていた箒にとって、そんな願いを持ったことそのものが大きな意味がある。この願いを貫くことが、今の箒の譲れない誓いであった。
「……わかったわ」
そんな箒の強い意思に鈴が折れた。確かに二機より三機のほうが生存率は上がるし、なにより根性肯定派の鈴は箒の内に秘める想いを察した以上、それを尊重してやりたかった。
「リタ?」
「私はいいよ。一緒に斬ろうぜ、レッツ斬!」
「だってさ。んじゃ、箒はリタとツーマンセルね」
二カッと笑って箒の参戦を認めた鈴は、そこでピリッとした空気を感じ取って振り返る。鈴が反応したのは外を警戒している雨蘭の気配が変わったためだ。師匠が警戒を強めたことを感じとった鈴は、そのときが来たのだと察して全員に目配せしてそれを伝える。
「来たみたいよ、行動開始ね」
「戦闘が始まればラウラさんたちが動く。それまでお願い」
「任せなさい。リタ、箒! 行くわよ!」
鈴の気合に呼応するかのようにISが起動。炎と雷を現したかのような色、そして生物を思わせる流動的な連なった装甲。猛々しさそのものが形となったかのような機体。
鈴のイメージする最強の生物である龍の具現といえる相棒、【甲龍】を纏う。
「全てを破壊する! 山河を砕く龍の力を思い知りなさい!」
「みんな斬る! さぁ、解体の時間だ!」
竜胆三節棍を振り回しながら向かっていく鈴とムラマサを構えながら追随していくリタ。セプテントリオン内でも屈指の戦闘狂の二人が嬉々として武器を振り回しながら笑っている様子を簪がものすごく心配そうに見やっていた。
「……やっぱり箒さんも行って正解かも。あの二人をくれぐれもよろしく」
「ぜ、善処はする」
「私たちも残った機体で戦闘できるように準備を進めます。それまでは……その、が、がんばってくださいね? あの二人の手綱をしっかり握ってくださいね!」
狂犬みたいな二人を抑えられるものか、と箒は引きつった顔で力なくうなだれた。将来、苦労性になりそうな予感さえする箒の姿に、簪は同情の視線を送るしかなかった。
***
シェルターへと続く地下への入口となる扉もそれなりに分厚い鋼鉄製の扉で覆われている。IS用の兵器や大火力に耐えられるほどの強度はないにしても、破壊には時間を稼げる程度の頑強さはある。ここを突破されれば、あとはシェルターまでの一本道。
侵入した際に内部からロックをかけ、さらに簪によって電子的にも封鎖したために外部から開けるには設定されたパスコードが必要となる。即席であるが簪が再設定したために現状では力づくで突破するしか手段はない。
「ちっ、籠城する気か?」
既に潜入はバレていた。むしろジャミング圏内とはいえ、あれだけ暴れられておいて気づかなかったらそれは無能だろう。鈴たちも積極的に会敵したら打倒していたので隠し通すつもりがなかったこともあり、既にシェルターを奪還したことは知られていた。
そして今、シェルターを包囲するように多数の無人機が集結していた。ねずみ一匹逃がさないとでも言わんばかりの包囲網に、それらの無人機を統制していると思しき人間たちにも若干余裕が見られる。
標準的な無人機が一機だけでも並の操縦者なら凌駕する性能を持っているのだ。しかも無人機は集団戦に強い設計をされており、数を揃えることで国家代表クラスの人間にも簡単に対抗できる。しかもこれらの機体には奥の手であるVTシステムが搭載されており、一時的ではあるがその性能を跳ね上げる術もあった。
「しかし、いつまでここを占拠してればいいんですかね」
「文句を言うな。我々は命令を遂行すればいい」
「そりゃわかってますが……俺の従姉妹が来年ここに通う予定だったことを考えると複雑で……」
一人の兵士がぼやく目の前では無人機が力づくでその扉を開けようとしている。耳障りな音を立てながら徐々に扉が歪んでいく。
「それは気の毒だが、今は任務に集中しろ」
「わかりましたよ。しかし誰なんすかね、ここに潜入した連中って」
「想定されているのはふたつ……そのうち、カレイドマテリアル社の可能性が高いらしいな」
「あの魔窟っすか。あいつらのせいでうちの上司たちもストレスがヤバイって聞きますけど」
「そっちならまだいい。問題はもうひとつの可能性だ」
「もうひとつ? ………うええ、もしかしてあいつらっすか……!?」
「他にアメリカ軍が追ってくることも考えられるが、それはいい。上がどうとでもするだろう。とにかく、そのふたつが攻めてきた場合迅速に対処する必要がある」
「ここでドンパチすか?」
その兵士は甘いのか優しいのか、はたまた覚悟が足りないのか、学園を戦場とすることにあまりいい気はしていないようだった。それでも任務である以上、許容はしているのだろうが表情を曇らせている。
「仕方なかろう。それにどうせここは存続などできないだろうからな……」
「へぇ、その話、詳しく聞かせてもらいたいわね」
突如として少女の声が響き、壊れかけた扉の隙間から鋼鉄の腕が伸びて破壊作業を行っていた無人機の頭部を鷲掴みにした。そしてほんのわずかに力を入れただけでその頭部をあっさりと握りつぶした。不快な金属音を立てながら頭部を毟り取られた機体が崩れ落ちる。
まるで出来の悪いホラー映画のような光景に見ていた全員が唖然とする。
「っ!? さ、下がれ! 無人機に戦闘オーダーを出せっ!」
指揮官と思しき男が大声で叫ぶが、周囲の無人機が戦闘へと移行する前にまたも異変が起こる。なにかが煌めいたと思ったら鋼鉄製の扉がゆっくりと倒れていく。一瞬で扉に密接していた機体ごと切断されたのだ。
あっさりと扉を真っ二つに両断したであろう少女が子供みたいに目をキラキラさせながら顔を出した。
「わはっ、獲物がたくさん。これ全部斬っていい?」
「人じゃなきゃ構わないわ。人間は峰打ちにしときなさい」
「いや、ISで峰打ちなんてよくて複雑骨折だからな? 斬るなよ? 絶対斬るなよ!」
「フリ?」
「フリじゃない!」
現れたのは三機のIS。そのうちの一機、甲龍を纏った鈴が手に掴んだ無人機の頭部を握力だけで圧壊させて投げ捨てたのち、三節棍を風車のように回転させて構える。そしてゆっくり納刀したリタもまた柄に手を添えながらいつでも抜刀できる構えを見せる。そんな好戦的な姿を見せる二人の後ろでは基本に忠実な正眼の構えをする箒が控えている。
「さて、どこの誰でもいいけど、ここまでの暴挙をしたんだ。龍の餌になる覚悟はできてんでしょーねぇ?」
「それが嫌なら私の剣のサビになってもいいけど」
「……二人がこんなだから私が言おう。…………そこまでだ、悪党ども!」
***
「はッはぁっ! わたあめより甘いわ!」
開戦の狼煙とばかりに衝撃砲での威嚇射撃を放った鈴は、屋外へと飛び出るそのままもっとも無人機が密集している場所へと着地する。リタと箒はツーマンセルで別ルートでの陽動に向かったために鈴は単機での戦闘を強いられているが、そんなものは本人にとってはマイナスでもなんでもなかった。もともと鈴は単機の特攻がもっとも得意という規格外だ。
「選り取りみどりね!」
四方八方敵だらけの孤立無援の状態へと自らを追い込みながら鈴は鋭い犬歯を見せながら獰猛に笑う。既に起動している無人機が襲いかかってくるが、それも鈴にとって好都合。フレンドリーファイアを避けるためか、ビーム砲などの砲撃は使わずに近接戦を仕掛けてくる。しかしそれは悪手でしかない。鈴に対し接近戦を挑むくらいなら多少のフレンドリーファイアは容認して長距離から砲撃を放つべきだった。
数の暴力で押してくる無人機に対し、鈴は嬉々として迎え撃つ。はじめの一機を棍の突きで弾き返すとそのまま身体を軸にして全周囲に振り回す。まるで竜巻のように暴れまわる棍とは真逆に、それを操る鈴の身体はその場からまったく動かない。まるで磁石のように身体から離れず、それでいて襲いかかってくるブレードやパイルといった武器すべてを正確に捉えて弾き返す。人体と違い、武器を操る上でも邪魔な部位が多いISを纏っていながら完璧に棍を操る鈴は隙を縫うようにさらに武装を量子変換して具現化する。
出現させたのは双天牙月。二振りの青龍刀を上空へと投げると三節棍を胴体部にまとわせるようにして遠心力とバランスだけで保持する。ほんのわずかだけ空いた両手で双天牙月へと持ち替えた鈴はひとつを投擲、もうひとつを横薙ぎに振るう。投擲したひとつが見事に一機の無人機の胴体へと突き刺さり、同時に薙いだ二つ目が不用意に近づいてきた機体の頭を飛ばす。再び棍を手に取り、長いリーチを活かして投擲したほうの双天牙月の柄に引っ掛けて引き寄せる。
それはさながらフラフープをしながらジャグリングでもしているようだった。二つの腕で三つの武器を操るという曲芸のような戦い方を見せる鈴はさらにもうひとつ武器を追加し始めた。
四つ目の武器は龍鱗帝釈布。マフラーやマントのように靡く巨大な深紅の布を手にするとそれを双天牙月を繋ぎ、リーチ延長による攻撃範囲の拡大を図る。龍鱗帝釈布は変幻自在の衣。鈴の意思での操作も可能であるため、第三の腕といってもいい。
じわじわと攻撃範囲を広げていく鈴に対して無人機数体が強引に距離を詰めていく。リーチを伸ばした分、懐には若干の隙があるのは確かだが、それこそが鈴の絶対的な間合いだ。
「いらっしゃいッ、砕けろッ!」
鈴の代名詞と言える発勁掌。当たればそれだけで木っ端微塵という理不尽な威力を持つ鈴の基本戦術にして奥義。機械という特性上、内部破壊を引き起こすこの技は無人機に対して絶対的ともいえる効果を生み出す。
「さぁ、そのプログラムに恐怖を植え付けなさい! この、あたしが! アンタたちの天敵よ!」
目の前から突進してくる機体が二機。単純な質量による体当たりだ。原始的な攻撃手段とはいえ、ただでさえ通常のISよりも重い無人機がスピードに乗って激突すればそれは砲弾を受けることに等しい衝撃となる。単純な質量兵器と化した機体を目視した鈴は、しかしそれを避けようともせずに身体を地面と水平にして両腕を掲げて受け止める態勢を取る。
「ふんッ!!」
グシャッ!! という耳障りな破砕音が響き渡る。
単一仕様能力【龍跳虎臥】により虚空を足場にした鈴がしっかりと空を踏みしめて一ミリも押されることなく腕一本で一機分の質量を完全に受けきった。それどころか逆に激突してきた無人機のほうがひしゃげている有様だ。衝撃を受け流し分散させる【発勁流し】をはじめて完璧に行えたことに笑みを浮かべる鈴はお返しとばかりにそのまま密着状態から発勁を叩き込んで文字通りに四散させる。油断せずに周囲を警戒しつつも、これは使えると確かな手応えに気をよくしていた。
生身の場合、発勁流しを行うために必ず衝撃の逃げ場を作らなくてはならない。たとえるならアース線のような役割を作る必要がある。その場合、大抵は足を通じて地面へと逃がすか、もしくはそのまま相手と密着して跳ね返すかのどちらかだが、ISを纏うことで話は変わる。
甲龍を纏うとき、単一仕様能力を介することで衝撃を大気中へと流せるのだ。空間に圧力をかけて瞬時に足場を形成するこの能力を利用することで圧縮した空間そのものへと衝撃を流せるようになることを鈴は偶然発見したのだ。つまり、これにより本来ありえない“空中で衝撃を逃がす”ということを可能とした。空中戦が主戦場となるIS戦においてこれは凄まじいアドバンテージだ。まだ練習中ではあるが、これを体得したとき、単純な物理攻撃によるダメージを本来の半分以下にまで減衰させることができるだろう。
そしてそれが純粋な鈴の技量によって成り立つことがもっとも脅威だった。
つまり、別の誰かが甲龍を使っても同じことはできないし、武装や能力だけでは再現できないスキルなのだ。
それこそが鈴が目指した人機一体の可能性だった。
アイズのように、心を溶けあわせてISの可能性を生み出していくわけじゃない。鈴は、鈴がこれまで打ち込み、培ってきたものすべてをISを通じることで進化させたいのだ。ISにしかできないことでも、人間にしかできないことでもない。このふたつが揃ってはじめて可能となる技術。
これだけではない、電磁吸着や可動域の延長など、ISならではの機能を使えばこれまで成し得なかった武術のその先へと届くかもしれない。
誰も思いつかない、いや、思いついてもやろうとしないようなことを大真面目に実現させようとしてきた努力の結晶だ。
凰鈴音は、間違いなくそうした“IS武術”ともいうべき新境地の開拓者であり、先駆者だった。
「あッははは! 踏み台ご苦労様! さぁ、龍の餌になって消えなさい!」
戦えば戦うだけ強くなっていく実感が得られる。この高揚感こそ鈴が病みつきになっている熱だった。この熱があるから鈴はどんなときでも炎のような気迫で拳を握れるのだ。戦い、力といったモノに対してストイックな鈴は、こうした死地にいるからこそ得られる力の証明に歓喜し、酔いしれる。
もっと先へ、もっと強く、もっと、もっと。
この飽くなき渇望を潤すことができるのは、目の前に立ちふさがるものを破壊することのみ。
「さぁ、いったい何機であたしを倒せるの!? あたしの強さと限界を教えて頂戴、鉄くずども!!」
鈴は愚直なまでにまっすぐに進む。
進路はIS学園の中心部から離れるように海上へと向かっている。そんな鈴に釣られるように多くの無人機がまるで誘蛾灯に群がる蛾のように集まってくる。囮と陽動という役目を全うしつつ、鈴は笑みを崩さない。本当に僅かも揺るがずに直進する鈴は多勢に囲まれながらも逃げているようには見えず、むしろ逆に追い詰めているかのように錯覚してしまう。もちろん、現実は正反対だ。数の暴力に押され、少しづつダメージが蓄積されていっていることでこのままなら敗北は必至だろう。
しかし、――――。
「おおおおっ、らァッ!!」
吼える。
それが答えだというように滾る戦意を隠そうともせずに物言わない無人機に対して圧倒的な暴力を纏って薙ぎ払う。普通のISと比較しても異常な頑強さと耐久力、そして単純な暴力を技へと昇華して撒き散らすその姿はまさに龍の化身。
災害が形となったかのような龍の疾走を止められるものなどいない。
龍の通り道には、ただ餌となり喰いちぎられた無人機の残骸が無残に残されるだけであった。
鈴ちゃん無双回。次回はリタと箒、そしてラウラも参戦。とうとう本格的に戦闘行動が解禁されます。
ここからはこのチャプターのほとんどがバトルパートです。
鈴ちゃんもどんどんチート化が進んでいきますね。最終的に鈴ちゃんは物理系最強になる予定。強くなって物理で殴ればいい、を素で往くキャラになりそうです。そしてまだ第三形態移行というレベルアップを控えている鈴ちゃん。
鈴ちゃんのテーマが「機動武闘伝」だからしょうがないね!
ではまた次回に!