双星の雫   作:千両花火

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Act.111 「その細い糸の先に」

「愛って、なに?」

 

 それは如何なる問いかけだったのか。陳腐なようで、しかし真理を問いかけているような疑問に対する答えはおそらく人間の数だけ存在するのだろう。

 至高のもの。惰弱なもの。儚いもの。その全てがおそらくは正しく、そして独善的なものだ。

 

 そしてそれはそう問いかけた人間に近づいた機械である、進化したISコア――――個性を手に入れたルーアにとってもわかっていたことだった。そう、わからないものだと理解していた。

 

 ルーアにとって、愛とは定義できない未知数だった。

 

 ISコアネットワークから収集された人の情報。その中でも一際不規則で、安定しないものがそれだった。愛を糧に生きる人間もいれば、愛を信じてすらいない人間もいる。ISとしての身体の使い方、そして操縦者を生かし、活かす方法。それは個人差はあれど大差ないというのに、愛という感情のみが揺れ動く波のように次々とその色と形を変えていく。

 

 だからこそ、ルーアは知りたかった。

 

 祝福にも呪いにもなる、愛という人間の感情が知りたい。

 

 だからこそ。

 

 ルーアは、彼女に問いかける。

 

 母の愛に裏切られて、打ちのめされ。しかし友への愛で立ち上がったセシリア・オルコットにそう問いかける。

 

「愛ってなに? いいもの? わるいもの? どっちなの?」

「…………ずいぶんとおしゃべりになりましたね」

 

 セシリアは自分が半ば夢の中にいるのだと察しながら目の前の幼い自分の姿を模したようなコア人格との会話を楽しんでいた。第三形態移行〈サードシフト〉したとはいえ、アイズのようにコア人格と明確な対話ではなくおぼろげなイメージでの交信しかできなかったセシリアにとってルーアとの問答も新鮮味があり、また自分自身と語らっているようで楽しかった。アイズがレアのことを自慢げに話していたことも納得できる。

 

「アイズのおかげでセシリアのこと、たくさん知れたよ? 私はあなたの心を糧に人格を得た。あなたの過去を追体験して、私はレアと同じになった」

「同じ?」

「今まではまだ不完全だった第三形態移行も、今度は澱みなく行える。私はあなたの意思を反映する鏡でもある。あなたが望む姿を、持っている可能性を、そのすべてを表現することが私の……ううん、ISという存在の真価だから」

「束さんが目指したもの……ですね」

「それがお母さんの願いであり、私たちの望み。今はまだ私とレアくらいしかいないけど、でもきっとこれからどんどん私たちみたいな存在が生まれてくる。近いとこだと、甲龍あたりもそろそろかもね」

 

 ルーアの言うとおりなのだろう。ルーア自身も、つい今まではカタコトで話していたのに今は流暢に話している。ガラス玉のような目は青い輝きを宿してセシリアを見つめている。人形のような少女は、生気溢れる少女と変貌していた。

 

「お母さんはそういうプログラムを組んだ。でも、私たちはこう言う。………私たちは、お母さんの愛で生まれたんだって。愛はわからないけど、お母さんの愛はわかる。それが私たちを生んだから」

「……素敵なことですわ。羨ましいと思うほどに」

 

 それはセシリアの本心だった。アイズのおかげで立ち向かうことを決意しても、セシリアにはどういう意図があったにせよ、やはり母に裏切られていたという事実は堪えていた。その真実を知る勇気はもらっても、怖いことには違いない。

 そう、セシリアは、母の愛を求めているにもかかわらず、それが怖くてたまらない。

 

「それだよ。セシリアはお母さんの愛が怖いと思っている。私がお母さんに抱くこの感情は、そしてお母さんから向けられるものこそが愛なんだって思える。でも、セシリアは違う。同じお母さんとの絆のはずなのに、なんで愛は違うの? 愛は、唯一不変のものじゃないの? 人間は愛を賞賛しているのに」

「なにも違いませんよ。少なくとも、私があの人に抱く感情は愛情です。そしておそらくは母が私に向けるものもそうなのでしょう」

「そんなに怖がっているのに? あなたとあの人の愛は、違うのに?」

「怖いと思っていることこそ、私が抱くものが愛情という証明です。愛ゆえに、それが崩れ去ることが怖いのです。あの人の愛は……どうなのでしょうね。それは私にもわかりません」

「……………人間ってやっぱり不思議。相反する感情のはずなのに、それがひとつになって抱えられるんだもの」

「それは人間にもわからないことなんです。そして、わからないから私は知りたいんです」

 

 そんな自分の気持ちに気付いたことも、アイズがいなければ無理だったかもしれない。本当にアイズには感謝しかない。

 やりたいこと、やるべきこと、それがはっきりとわかる。

 

「私は、お母様の真意が知りたい。それを確かめることが、………私の、私自身の戦いです」

「………愛だと信じて、なお愛を確かめるの?」

「それが人間の弱さであり強さなのです。アイズを見て、私はそう思いました」

 

 可愛らしく首をかしげるルーアを微笑ましく思いながら、セシリアは自分でも驚くほど素直に今の感情を言葉へと変えていた。

 

「人は、愛を求めてしまう生き物なのです。そして、愛がなくなることを恐るのです。だからこそ、愛のために強くあろうとする」

「だから絶望したのに?」

「そこから這い上がってきたアイズにああまで言われたのです。私が諦めるわけにはいきませんわ」

 

 そのセシリアの言葉のひとつひとつを噛み締めるように聞き入るルーアは、つい今まで膝を抱えて絶望の中にいたセシリアを支えているものをはっきりと理解した。

 愛によって心を折られ、それでも愛を求めようとする。それを支えているのもまた、愛情だった。

 

 なにがあっても、絶対にセシリアの味方で居続ける。それがアイズの本心。アイズの意思。アイズの愛。

 

 そんなアイズがいるから、セシリアは今にも切れそうな細い糸のような母の愛へと手を伸ばせるのだ。たとえもう一度裏切られようと、はじめから愛なんてなかったとしても、それでもそれを受け止める勇気を、決意を支えてくれる存在がいるから立ち向かえる。

 

 生みの親である束の愛情しか理解できないルーアにとって、セシリアの持つ愛はあまりにも多様的で、眩しくて、苦しくて、そしてアンバランスなのに確固としてあるその愛情のすべてを理解することができない。しかし、それでもルーアは思う。

 

 それが人間の抱く愛情なら、その果てを、その先にあるものを見てみたい。束の愛から生まれ、セシリアの心を糧に意思を宿したルーアは、その結末に並々ならぬ興味を持った。

 ルーアにとってセシリアは単なる自身を動かす操縦者ではない。セシリアの答えのその先に待つものが知りたい。

 

 それがISコア【ルーア】の個性であり、獲得した自我の出した最初の願い。

 

「私も」

「………?」

「私も、セシリアの結末が知りたい。願わくば、それがハッピーエンドになるように」

「……優しく、思いやりのある子ですね。あなたがバディで嬉しく思いますよ、ルーア」

「私はセシリアの鎧。心の鏡。セシリアが、自分の戦いを続けられるように私が守る。アイズのようにはなれないけど、私はあなたの鎧として、あなたの意思と力の具現として、最後まであなたと共に戦いたい」

「あなたに、精一杯の感謝を」

 

 微笑むルーアの姿が徐々にぶれていく。それだけでない、感覚そのものが遠くなっていくようだった。重力がないようなアンバランスな海に沈むようでありながら、それは逆に夢から醒めていく感覚だと理解したセシリアは徐にルーアへと手を伸ばす。

 そしてルーアも同じように伸ばしてくる手を軽く触れさせて、それでも途切れていく感覚を惜しむように指を絡ませる。

 

「がんばって」

「はい」

 

 そして本来は姿を持たないルーアが蜃気楼のように消えていく。それと反比例するようにセシリアの五感が夢から現実へと引き上げられていく。

 

 

―――――――。

 

 

――――。

 

 

……。

 

 

 ほんの少しの浮遊感。

 

 チャンネルが切り替わるように劇的にセシリアの意識が現実感のある感触を覚えた。少し鈍くなったと感じる瞼の筋を動かして目を開ける。

 まず見えたのは、月だった。丸く、淡く光る満月がまだ覚醒しきっていない茫洋としたセシリアの顔を映していた。長いこと眠っていたせいか生気がなく、瑞々しさもない。ああ、ひどい顔だ、とどこか客観的にそれを見ていたセシリアは、慣れ親しんだ匂いに気付いた。

 甘く、太陽のように暖かさのある匂いだった。

 そこではじめて、目の前にある月が二つあり、それが瞳であると気付いた。こんな満月のような瞳を持つのはセプテントリオンには二人だけ。そして両の目が金色に輝くものを持つのは一人だけだ。

 

 

「おはよう、セシィ」

「おはようございます、アイズ」

 

 

 至近距離からセシリアを見つめるアイズが花のような笑顔でセシリアの帰還を歓迎した。アイズはニコニコと笑いながら、愛おしそうにセシリアの顔を両手で包み込むように触れている。それに気付いたセシリアは寝起き同然の顔を見られている羞恥と、そして五感が覚醒していくにつれ、触れ合っているアイズの存在が否応無しに感じ取れてしまう。

 ほとんどセシリアに馬乗りになっているように覆いかぶさっているアイズが少し残念そうに眉を落とした。

 

「眠り姫を起こすのは王子様のキスって聞いたけど、する前に起きちゃった。やっぱりボクじゃ王子様なんて無理だったかな?」

「しようとしてたんですか? ならもうちょっと寝ておけばよかったですわ」

「してもいいよ」

「本当ですの?」

「したい?」

「はい」

「ボクもしたい」

 

 ここ最近はずっとしていなかったアイズとセシリアの甘すぎる会話だった。

 別に異常じゃない。二人が依存し合っていたときは毎日のように繰り広げていたこの砂糖を凝縮した甘いやりとりは、しかし二人にとって愛情を確かめる以上のものはない。互いに辛く、孤独だった幼少期にただひとりだけすべてを晒け出して甘えられる存在だったことが原因だろう。アイズにとってもセシリアにとっても、こうして心の欲ともいうべきことを隠さずに伝えることは、それだけで互いの絆の存在を証明する行為だった。

 アイズがなんの躊躇いもなくふっと顔を近づけて軽く触れる程度に唇を重ねる。まだずっと幼いときに覚えた愛情表現。それはアイズにとって愛を強請るようなものだった。恋をはじめから飛び越えて愛によって行われるアイズの好意の表現だ。

 世間一般的に浸透している意味や価値も、アイズのそれとは大きく違う。セシリアへ向ける唯一絶対の最初の愛情。アイズが抱く【愛】の原型ともいえる感情の発露だった。

 時間にしてほんの数秒、顔を離したアイズとセシリアはそのままじっと見つめ合う。それだけで意思疎通ができているように、時折ふっと笑みを浮かべていた。

 

「……? そのうしろにあるのはなんですの?」

 

 至近距離から見つめ合っていたセシリアがふとアイズの後ろにある色とりどりの何かに気付く。赤や青、黄色に緑。金や銀色も見える。それらはどうやら紙のようで、すべてが鳥を模したような形をしている。それらが束となってひとつのオブジェを作っている。

 

「あ、これ? えっとね、箒ちゃんや束さんに教えてもらったの。千羽鶴っていうんだって。早くよくなりますようにっていう願掛けだって。みんなで作ったんだ!」

 

 嬉しそうに束になったその千羽鶴を掲げて見せる。セシリアも聞いたことはあるが、本物を見るのははじめてだった。そしてこれを作るのに、どれだけの人間がどれほど手間をかけて作ってくれたのか察して、その気遣いに泣きそうになった。

 いったい自分がどれだけの人に心配をかけていたのか、それを見ただけでわかってしまう。結局は自分の勇気が無いゆえに閉じこもってしまったことを少し恥じながら、それでもこうして感じられる気遣いに精一杯の感謝をした。

 

「ごめんなさい……っ、そして、ありがとうございます……!」

 

 そんなセシリアの言葉にアイズは何も返さず、ただただ微笑んでセシリアを撫でた。セシリアをアイズが慰めるという、普段とは真逆の様子だがそれが当然のように二人は、二人だけの時間を過ごしていた。

 しばらく無言のまま時間だけが経過していったが、やがて落ち着いたセシリアが普段通りの冷静な顔付きとなってアイズへ問いかけた。

 

「……それで、なにが起きましたの?」

「あ、わかるんだ?」

「静か過ぎますし、どこかピリピリした空気を感じます。アイズならもっと鮮明にわかるんじゃないですか?」

 

 ここがアヴァロン内の病室ということはわかるが、それにしては周囲の様子がおかしい。いつもはもっと喧騒があって然るべきなのに、どういうわけか静寂といっていいほどに気配も音も感じない。気配察知に長けたアイズならセシリア以上に察しているだろう。

 

「ボクもさっき起きたとこだから詳しくはまだわかんないけど、ちょっと大変なことになったみたい。みんなはその対応に出たって」

「………なにがありました?」

「IS学園が、占拠されたって」

「………、そうですか」

「ボクは行く。セシィは?」

 

 ベッドから飛び降りたアイズが気遣うように見下ろしてくる。セシリアの体調を心配してのことだろうが、それでもセシリアの答えは決まっている。そしてそれはアイズもわかっているだろう。

 

「当然、私も行きます。身体は鈍ってますが、すぐにでもコンディションを整えてみせます」

 

 そういうセシリアだが、身体を起こしただけでベストコンディションとは程遠いとわかってしまう。まったく動けないというわけではないが、それでも間接や手足の感覚がひどく鈍い。

 だが、それがどうした。セシリア・オルコットはセプテントリオンの隊長だ。これほどの火急の際になにもせずに寝ていられるわけがない。自身の責務を放棄することなどできるわけがない。

 なにより、アイズが、仲間が戦っているというのに寝ているなど、そんなことはセシリア・オルコットではない。

 

「そう言うと思った」

「アイズ?」

「無理しないで、とは言わないよ。ボクも無理するつもりだから。……束さんが即席のフィッティングの準備をしてくれている。一時間で完遂してIS学園に向かおう」

 

 アイズが手を差し伸べる。強い意思の宿ったその金色の瞳が、その輝きが、セシリアの往くべき道を示す篝火のように向けられる。

 

「行こう、セシィ。立ち向かうこと、ボク達はそれを諦めない!」

「……はい!」

 

 こうして、セシリア・オルコットは立ち上がる。

 

 母への愛に怯え、友の愛に支えられ、それでも引き金を引く理由がある限り。

 

 どんなに惨めで残酷な結末しかなかったとしても、どれほどか細い糸に縋るようなことだとしても、セシリアは何度でもその手に銃を取る。

 

 それが、今のセシリアの愛に応えるための決意だった。

 

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 

 IS学園の校舎内へと侵入を果たした潜入チームは順調に地下シェルターへ向かっていた。徘徊している軍人であろう占拠したグループの構成員はできる限りやり過ごし、どうしても排除しなければならない場合はイーリスと雨蘭が音もなく意識を刈り取る。

 その二人の鮮やかな手並みはまさに暗殺者のそれだった。背後に音もなく忍び寄り、一撃で昏倒させるか首を絞めて数秒で意識を落とす。

 頼りになることこの上ないが、その技量には呆れすら覚えてしまうのは鈴たちがまだ若いからだろうか。こんな技が必要とされる仕事に複雑な思いを抱いてしまう。

 

「まぁ、知ってたけどさ。二人は化け物レベルって」

「私たちはいらないのでは……」

「と、とにかくもうすぐ入口だよ。でも……」

 

 簪が言い淀む。それも無理もない。そこは侵入するには最難関といっていい場所だ。

 シェルター内の人間と連絡を取るくらいなら分厚い扉をこじ開ける必要はないが、そのためにはその前に陣取っている集団を無力化しなくてはいけない。

 地下シェルターへの入口へと続く道は大階段をそのまま地下二階へと降りた先にある。避難しやすいようにもっとも大きな階段が設置されており、ゆえに見通しもよく、気づかれずに接近することが難しい。そしてなにより、見張りなのかそれなりの人数がシェルター前に居座っているのだ。しかもご丁寧に無人機が五機も待機している。

 

「……今すぐ破るってわけじゃなさそうだけど」

「でもその準備はしてるみたいね。なにかあればシェルターを力づくで破壊する気ね」

「無人機と、おそらくはISも持っているのだろうな。耐えられるのか?」

「耐えても数分、だね。さすがにIS相手じゃ厳しい」

「ならなおさらほっとけないわね。もしビームでも撃ち込まれたら目も当てられないわ。ここは絶対制圧しとかないとまずいわ」

 

 今はまだ動く様子はないが、それでも中にいる人間ごとシェルターを破壊できる戦力を集めている時点で危険すぎる。完全な隠密行動は無理だが、無理を押し通してもここはどうにかしておきたい。

 

「しっかし、テロリスト風情がいっちょまえに隙のない警戒してるわね、忌々しい」

「もともと軍人ですからこうした行為は手馴れているのでしょう。もっとも、制圧より解放を行ってもらいたいものですけどね」

「あ、イーリスさん。どこいって……ひぃっ!?」

 

 振り返った簪がどこかへ姿を消していたイーリスを見て小さく悲鳴を上げた。イーリスは顔にべっとりと付いた真っ赤な液体をハンカチで拭っており、人の良さそうな笑みとのギャップに恐怖心を煽られてしまう。

 

「あ、失礼。少々拷も……尋問してきたもので」

「拷問! 今拷問って言おうとした!」

「怖がらせてすみません。こういう仕事なもので」

 

 皆が顔を引きつらせる中、リタと雨蘭は平然と表情を変えていない。リタはおそらくどうでもいいと思っているのだろうが、雨蘭は明らかに場慣れしている感じだ。いったいどれほど修羅場を潜ってきたというのか。恐ろしくて聞く気も起きなかった。

 

「戦場なら血を見るのが当然だろう。勉強しておけ、ひよっこども」

「お師匠は自分が規格外って自覚してよ」

「とにかく、どうするか決めよう。できるなら制圧したいけど」

「この戦力なら可能だろう」

「でもISを使うには狭すぎる。無人機もいるし、下手したらビームで一掃されるかも……」

 

 懸念事項は上げればキリがないがそれでも行くしかないのだ。最適解をどうしても出す必要がある。こんな作戦の序盤で躓くわけにはいかない。

 

「んー、でもやっぱりここは強行突破でしょ。どうせここを制圧すればそう時間もかからずに潜入もバレる。そうしたらラウラやシャルロットたちも動く。そうなったら混戦になるし、時間との勝負になるわ」

「つまり、ここが開戦の狼煙になるというわけか」

「別働隊の準備はもうできてるはずだし、ここで時間をかけても意味はないわ。覚悟を決めましょう」

「鈴さんの言うとおりですね。対人戦はなんとかしますので、最悪無人機とISだけを潰していただけると助かります」

「銃を持ったあの人数をなんとかできるんですか?」

「お師匠もいるし、むしろ問題はあたしたちでしょ。とにかく、速攻で無人機を潰しましょう。あとはもし誰かがISを使ったら即撃破。これしかないわ」

 

 大雑把であるが方針を決める。あまり細かく決めすぎると想定外の対処が遅れるため、とにかく優先順位だけはしっかり決めてあとは個々の判断に任せることにする。

 後方の警戒を防御能力に長ける天照を持つ簪に任せ、残りの五人がタイミングを計りながら可能な限り接近する。この先は本当に長い通路のみ。猫一匹隠れる場所もない。

 

「まだけっこう距離がある………ISを使っても五秒はかかる」

「五秒も晒すのはリスクが高いけど……これ以上は」

「……ふむ。なら私が攪乱してやろう。鈴音、来い」

「はいはい、言うと思った。お供しますよ………リタ、箒、頃合を見て突撃しなさい」

「お、おいっ……!?」

 

 まるで散歩に出るようにふっと雨蘭が足を踏み出し、鈴もそのあとへと続く。隙だらけに身を晒して出て行った二人に箒はぎょっとするが、どこ吹く風で師弟はゆっくりと歩を進めていく。

 そして当然、それは気づかれる。いくつもの銃口が向けられて鈴は内心少しビビっていたが、持ち前の度胸でなんとか表面上は平静を貫く。

 

「止まれ!」

「…………」

「聞こえないのか!」

 

 警告を無視して雨蘭はどんどん足を進めていく。既に銃の引き金には指がかけられているにもかかわらずに表情一つ変えない胆力はもはや恐怖すら感じさせるほどだ。そんな雨蘭のプレッシャーに押されてか、少し後ろを追従している鈴への意識はやや散漫になっている。

 そんな鈴がそっと雨蘭と少しづつ距離を離していく。

 

「…………」

 

 全く口を開かないにもかかわらずに雨蘭は気迫だけで敵集団を威圧している。鈴はそんな師匠のピリピリとした気合を間近で感じて冷や汗を流しているが、こっそりと懐からスタングレネードを取り出してそれをキャッチボールでもするような気安さでぽいっと投げる。そしてすぐに特製のバイザーをつけて耳を塞いだところでそれが雨蘭の頭上を超えてちょうど中間地点にカタンと音を立てて落ちる。

 敵のリーダーを思しき男がそれに気づいて声を上げようとしたときには既に遅すぎた。

 視界全てが凄まじい閃光で塗りつぶされる。同時に脳に響くような不快な音が狭い通路に反響して襲いかかる。物陰に隠れていた箒たちでさえ耳を塞いでも顔をしかめるほどのものだ。

 カレイドマテリアル社の技術部のマッドたちが作った悪趣味溢れる特製の高性能スタングレネードである。目を閉じても瞼を通して眼球にダメージを与える光量と人が苦手とする高周波を発生させる凶悪極まる代物だ。

 しかし、相手も軍人。すぐさま目と耳を塞ぎダメージを最低限に抑えてすぐさま銃を構える。何人かはまともに受けて悶えているが、半数以上は的確な対処を行っていた。

 

 ――――が、しかし。それは雨蘭と鈴を前にしてあまりにも対処が遅すぎた。

 

 反射的に前方へ発砲するが、その銃撃はなにも捉えることができずに壁に銃痕を残すだけに終わる。目標を見失ったリーダーが慌てて周囲を見渡そうとするが、少し視線をずらした瞬間に視界が真っ暗に暗転した。同時に意識すらその闇に引きずられるように落ちていった。壁と天井を蹴って、足場として跳躍した雨蘭が常識外の動きと軌道で敵集団のど真ん中へと吶喊した。

 他の人間たちもそれを認識する間もなく、飛来した細長いなにかに足を取られて態勢を崩してしまう。

 竜胆三節棍をぶん投げた鈴が続けて凄まじい瞬発力で飛びかかり繰り出した飛び蹴りを放った。その蹴りは正確に頭を捉えて強制的に脳震盪を引き起こして瞬く間に一人を無力化する。銃には勝てない鈴も間合いに入ればその暴威を躊躇いなく振るう。防弾チョッキといった装備をしていようが浸透勁を得意とするこの師弟には無意味だ。そのすべてを貫いて内蔵をかき混ぜるような衝撃をぶち込んでいく。

 

「功夫が不足しているな」

 

 雨蘭の拳が脇腹へと突き刺さる。ある程度は寸止めにしたためにせいぜい肋骨にヒビが入った程度だが、発勁によって骨で守られた内部の臓器すべてに防御不可能のダメージを与える。崩れ落ちる姿を見ることもなく横にいた銃を構えた人間の腕を取り、片手で間接を極めてそのまま投げ飛ばす。そのまま壁に叩きつけられ、崩れ落ちてピクリとも動かなくなる。

 

「ぬるい」

 

 乱戦になればフレンドリーファイアを恐れて軽々と発砲できなくなる。それを理解している雨蘭と鈴も敵陣のど真ん中へと突っ込み、それでも拳銃を向けてくる相手には敵の仲間の腕をとって盾とする。背後からナイフを片手に襲いかかってきた者には首を振るって三つ編みに結った髪をまるで鞭のようにしならせて迎撃。髪すら武器にする雨蘭に不意を突かれ、一瞬怯んだ隙に横からの鈴の強襲によって、やはり他の人間と同じ結果を辿る。

 近接格闘では分が悪すぎると判断した一人が無人機を起動させようとコンソールに手を伸ばすが、その直前に激しい金属と空気の摩擦音が先のスタンのダメージから回復しかけていた聴力を直撃した。

 

「案山子を斬るだけなんてつまんないけど」

「動かない的など、私でも容易いッ」

 

 混乱した隙を付き、二機のISがそれぞれブレードを手に突撃する。

 ISを纏い、狭い通路内を猛然とローラーダッシュで距離を詰めたリタが起動前の無人機二体を狙い、すれ違いざまに抜刀。纏めてひと振りで綺麗に真っ二つに切断する。

 

「ふっ……!」

 

 さらについでとばかりに納刀するアクションの合間にもう一機の首を飛ばす。カキン、と小さく金属音を立ててブレードを鞘へと納めると同時に斬られた無人機が音を立てて崩れ落ちた。

 そして同時に突撃した箒もまっすぐに剣を振り下ろしでもっとも近くにいた機体をスクラップにする。さらに続けてもう一機を横薙ぎの一閃で破壊する。本来なら箒のISは二刀を操るがあくまで慣れ親しんだ剣道の型通りに剣を打ち込む。そしてその後も油断なく残心を行い、間違いなく機能停止していることを確認してようやく箒がほっと息を吐いた。

 虎の子であるはずの無人機を起動前に破壊されたことで呆然とする男は、いつの間にか残っているのは自分だけだと気付く。無人機は全機破壊され、他の人間はすべて昏倒して気を失っているか、手足の間接を破壊されて悶えているだけだった。

 ジャミングフィールド圏内であることが仇となり、従来の無線機の類は役に立たないために援護要請を出すことさえできない。ならばと非常用のアラームに手を伸ばしかけるが、そんな真似を許すわけがなかった。

 

「Freeze」

 

 男のすぐ背後から声が響く。同時に首筋に金属特有の冷たさが感じられた。後ろ手に腕を取られ、懐に忍ばせていた銃もあっさとと奪われた。

 リタのISにひっついていたイーリスが音もなく忍び寄り最後の一人を制圧した。

 

「抵抗は許しません。私は“本職”ですので、もし抵抗すれば足元に転がっているお仲間のような優しい対応なんて期待しないでくださいね? 私、拷問は嫌いなんですけど、困ったことに尋問より拷問が得意なんですよ……だから私に嫌なことをさせないでくださいね?」 

「やっぱ拷問って言ってるじゃん」

「泣いちゃいますよ?」

「そのほうが可愛いですよ」

「残念なことに涙より血のほうが役に立つ職場でして」

「ヘビィだわ」

 

 

 

 

 解放作戦フェイズ1――――IS学園潜入成功。地下シェルター前、敵勢力の制圧完了。学園関係者との接触へと移行。

 

 ――――損耗ゼロ。

 

 ――――作戦続行。

 

 

 




お久しぶりです。仕事に忙殺され気がつけば二週間も更新が空いてしまいました(汗)

次回からはまた大きく状況が動いていく予定です。いろいろとサプライズも用意しているのでうまく盛り上げていきたいです。
今はまだ潜入編ですが、すぐに本格的な衝突になりそうです。

まだしばらく忙しくなりそうなので次回更新がいつになるかわかりませんが……なるべく早く更新できるように頑張ります。

それではまた次回に!

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