まるで異世界にでもつながっているのでは、と思うほどの暗闇だった。空気は澱み、光すらない奈落のようなそこにわずかな駆動音だけが響いていた。
人工物だとはっきりわかるその暗く長い道を疾走る影があった。
「しっかし、暗いわねぇ……そして長いわねぇ」
甲龍を纏った鈴がぼやくも、肩に乗せた師の雨蘭の叱責が飛ぶ。
「油断するな鈴音。常在戦場の心得を忘れたか?」
「わかってるってばお師匠。おとなしく運ばれてなって」
なんの命綱もないにも関わらずに平然と飛行するISの肩に乗る雨蘭もいろいろとおかしい。それなりに速度も出ているのでもし落ちれば普通ならば運が良くても骨折だ。しかし雨蘭はまるで緊張した様子を見せずに、むしろリラックスしたように甲龍の肩に半身だけで掴まっている。ISを纏っているわけではないので風圧で彼女の長い黒髪が大きくなびいているが、その身体はまったく揺らがない。
「ていうかお師匠なら走ればいいんじゃないの?」
「阿呆。さすがの私も暗闇の中を全力疾走は骨が折れる」
「あ、無理とは言わないんだ」
鈴とてISのセンサーがなければこんな光源のまったくない道を行こうとは思わない。わかっていたことだが、自分の師匠のぶっ飛び具合にもう驚くという行為すら無駄と悟っていた。
「でもお師匠、相手は軍隊かもって話よ? ほんとに大丈夫なの? さすがのお師匠も銃で撃たれたらやばいでしょ?」
「避ければ問題あるまい」
「その前提がおかしいんだけど。まぁお師匠は人間やめてるから今更か」
「お前も異常に片足突っ込んでるがな」
「失礼な! あたしはお師匠みたいに生身でISと戦えるほど化け物じゃないし。そんなの千冬ちゃんとかイーリスさんくらい………あれ? けっこういない?」
思った以上に規格外な人物を知っていることに少しショックを受けてしまう。やはり人外魔境に片足を突っ込んでいるのかもしれない、とどこか言いようのない複雑な心境になる。
確かに鈴にとって紅雨蘭という人物は目標であり尊敬する女性だが、鈴をして規格外の化け物と称される彼女はISや銃器の類を持たずに銃弾が飛び交う戦場を散歩できるおかしいレベルの超人だ。今回のことも彼女はISを使わずに自前の装束と暗器だけで占拠されたIS学園に殴り込むつもりだった。
黒い中華風の戦装束に身を包むその姿は暗殺者のようにも見える。長い髪は後ろで縛り三つ編みにしており、身体の至るところに暗器を仕込んでいる。弟子である鈴もほぼ同じ装備で身を包んでいるが、鈴には絶大な鎧であるIS【甲龍】がある。ISの有無はすなわち個人の戦力の絶対的な差に直結する。
それに当てはまらない規格外。それが織斑千冬や紅雨蘭といったごくごく少数の化け物たちだ。あまり戦う姿を見たことがないが、おそらくはイーリス・メイもそんな超人だろう。
凰鈴音の野望は世界最強の称号を手にドヤ顔で高笑いをすることだが、そこに至るまでの壁は厚い上に多いときたもんだ。
「それにしても、こんなトンネルがあったとはね」
IS学園のほぼ真下まで通じる巨大な地下道。潜入するのにこれほど都合のいいものはない。うまくいけば、発見されずに学園中心部へと入り込める。そしておそらくはこのルートは占拠している連中は知らないはずだ。通っていた鈴でさえ知らなかったのだから。
「知らないのも無理はないよ。私やおねえちゃんだっていざというときの退路を調べてたら偶然見つけただけだし」
「建造途中で破棄されたトンネルだっけ」
「IS学園を建てるとき、はじめは直通の地下鉄を通すプランがあったみたい。まぁ、立地とかコストの都合で結局はモノレールに成り代わったけど。でもそのときに建造された地下トンネルだけはそのまま破棄された」
「灯りはないけどある程度舗装されてるし、レールも敷いてある。ISで移動するにも十分な広さ。運が良かったわね」
「本当はこんな事態になったときの逃走ルートに使おうかって検討してたんだけどね。まさか逆に潜入ルートになるとは思ってなかったけど」
このルートを教えたのは簪だった。一度襲撃されたことでいざというときの避難経路をあらためて検討していたところ、たまたま建造途中で放棄されたこのトンネルの存在を知ったのだ。とはいえ、長いあいだ放置されていたことで避難経路とするにはいくらか手を入れなくてはならないこともあり、本当に最後の手段として認識していた程度だった。ISを使えば踏破は容易いが、足を使えばかなりの長距離を走ることになる。幸いレールは通っていたのでせめて避難用の車両でも用意できれば、と思っていたところだ。
「で、どこに繋がってるの?」
「寮の近くだね」
鈴は頭の中で学園内の地図を思い浮かべる。半年以上足を踏み入れていないが、それでも自らの足で動いた場所の位置関係は頭に入っている。
「まずは寮から調べますか。もし人質とかいたら確保場所としては期待できないけど、誰か隠れてるかもしれないし」
「情報が欲しいから期待だね」
「うっし、そこからね。聞いてたわね、箒、リタ?」
鈴が首だけ振り返って背後を見ると、少し距離を置いて追随してくる二機のISが見える。ともに量産機であるフォクシィギアを個人用にカスタマイズした、実質専用機といえる機体だ。脚部にローラーを装備し、飛翔している機体と違い滑るように地面を走る機体――――近接攻撃力と平面機動力に特化した機体を操るリタ。そして姉の過保護さをこれでもかと詰め込まれた近接寄りのハイスペック機、フォクシィギア紅椿を操る箒。箒は少し緊張しているようだが、リタは変わらずマイペースにその背にイーリスを載せながら暗闇の中を止まることなく疾走している。
「難しいことは任せるよ。私はとりあえず斬るから」
「前々から思っていたが、リタは大丈夫なのか? その、頭とか」
脳筋とまではいかなくても肉体派の箒に心配されるリタに鈴も簪も苦笑するしかない。まるで辻斬りのようなリタの問題児っぷりはイギリスにいたときからのものだ。実際接近戦は鬼のように強いのだが、いかんせん斬ることしか頭にない正真正銘の馬鹿である。その馬鹿を扱える人間がいたことがリタにとって、そして部隊にとっての幸運だっただろう。
「大丈夫ですよ、細かいことは私たちの仕事ですから」
朗らかにイーリスが言うが、たしかに彼女ほどの人間なら諜報関係の仕事をうまく片付けてくれそうだ。苦労人というイメージが強い彼女だが、あのイリーナが側近にしている人材だ。その能力の高さはもはや人外級といっていいだろう。
「イーリスさんって地味に優秀ですよね」
「そうだね、地味にすごい」
「地味なのも擬態か。有能だな、地味だが」
「みなさん、もっと素直に褒められないんですか?」
暴君のせいで弄られ慣れているのでこの程度のことでは揺ぎもしないが、内心では「そんなに地味かなぁ」と思っていたりする。
「そういえばイーリス・メイって偽名なんですよね。やっぱエージェントって本名は明かさないんですか?」
興味を持った鈴が雑談がてらそう聞いてくる。暗闇のトンネルをひたすら前進するだけなので暇になったのだろう。それでも目線はしっかり前を向いているのは流石といえた。
「そうですね、イーリスは五つ目の名前です。前に仕事で仲良くなった方の名前をお借りしました。無許可ですけど」
「仕事?」
「ちょっとアメリカの国防総省に潜入したことがありまして。そのとき知り合った方ですよ。今は軍のIS操縦者をしているはずです」
「サラッととんでもないこと言ったね………よく潜入できましたね?」
「プロですので」
簡単に言うがおいそれとできることではない。今も潜入するというのにフォーマルなスーツを纏っているだけだ。見た目はただのOLにしか見えないが、この面子の中ではもっともこうした任務の経験を積んでいることは間違いない。
「ところでアメリカの何を調べてたんです? やっぱ亡国機業関係ですか?」
「ええ、どれくらい草が入り込んでいるのか実地調査を命令されまして」
「やっぱやばいんですか?」
「ヤバイです。まだ確定はしていませんが、今回のIS学園を占拠している人間も、十中八九アメリカ軍です」
「マジか……いや、こんな規模の戦力用意できるんだからそうじゃないかとは思ってたけど」
「まぁ、とっくに切られているでしょう。アメリカ軍すべてが腐ってるわけではありません。おそらく近いうちにアメリカ軍が介入してくるはずです」
「そりゃまた……いろいろ問題になりそうね」
「だから急いでいたのか?」
「そういうことです」
アメリカ軍の介入自体はいい。問題となるのはその後のことだ。結果的にIS学園が存続してもらわなくてはいけないカレイドマテリアル社としては、下手にアメリカ軍に介入されてその結果IS学園を確保されることを嫌ったのだ。アメリカ軍の中でも分裂状態にある二つの勢力による争いなど、結果的にはマッチポンプと変わらない。
亡国機業の手足となった勢力がIS学園を占拠しようが、正規軍がそれを制圧しようが、IS学園がアメリカに確保されることに変わりはない。もちろん後者のほうがマシといえるが、どちらにしてもうまくない事態になる可能性が高い。
だからイリーナは即決した。恩を売るつもりも意味もないが、それでも主導でIS学園を奪還する必要があったからだ。
「難しいことは上に任せればいいわ。あたしたちはとにかく、この事態を打破しましょう」
鈴の結論に異論はなかった。策謀が渦巻く裏事情はイリーナの舞台だ。そんな面倒なことは彼女に任せればいい。自分たちができること、しなければならないことはIS学園の解放、ただそれだけを考えていればいい。
「…………話はそこまで。終着だよ」
簪が減速すると同時に他の機体もゆっくりと制動をかける。あと二十メートルも行けば行き止まりの岩壁へと到達する。舗装されていたレールも不自然なように途切れており、地下鉄のホームがかろうじてその形だけが作られている。そのホームから幅の広い階段が見えるが、その先にあるのはただのコンクリートの天井しかない。
「管理者用の非常通路は一応上まで通じている。私が案内する」
ISを解除した簪がライトをつけながら備え付けてる無骨なドアへと近づいていく。脇に備え付けられていた操作盤を起動させ、コードを入力させていく。
「電気は通ってるのね」
「通したんだよ。さっき言ったけど、避難通路としての利用を考えてたから。ちなみに上に通じる扉のパスコードも私が設定したからすぐ開けられる」
「なにが幸いするかわからないものだな」
すぐにガシャン、とロックが外れる音が響き、その重厚な音とは裏腹にあっさりと扉が開いた。多少手入れをしたというように、非常通路内はわずかであるが非常灯があり、その狭い通路をわずかとはいえ照らしている。
「私が先頭だ。道案内を頼む」
「はい」
雨蘭が前へと出て次に簪が続く。その後ろから鈴、箒、リタと続き、殿にイーリスがついた。ここから先はISも使えない。ISは強力だが隠密には不向きだ。トリック・ジョーカーのような特化型ならまだしも、いくらステルス装備があろうと室内で使うには存在感がありすぎる。
つまり、監禁、または軟禁されているか、隠れているであろう生徒たちを見つけるまではISは使えない。生身で占拠された学園内を捜索するということだ。
そしてだからこそのこのメンバーだ。雨蘭は徒手空拳のままだが、簪はイーリスから借りた拳銃を構える。鈴は鎖で繋がれた棍……サイズダウンした竜胆三節棍を腰に備えた。リタはどう見ても真剣にしかみえない刀を鞘に入れて左手で持ち、箒は普段の鍛錬で使っている愛用の鉄心入りの木刀を携えた。そして最後尾のイーリスは素早く全身に隠している武器を確認してあくまで自然体を維持する。
ここまでのルートの安全確認は済んだためにあとで他の諜報部の人間も増援にくるだろう。その前にこの六人である程度の学園内の情報を入手しておきたい。いざというときにISを持つ四人がいるために強攻策になってもある程度は耐えられる。増援が来るまでにある程度の生徒たちの場所を把握してすぐに保護できればベストだ。
「たしか上は寮の近くだったな?」
「はい、裏手の雑木林近くに出ます」
「ならまずはそこからだな」
「ジャミングフィールド内は通常の回線は使えません。連絡はISの量子通信機能を利用してください」
「夜の闇に紛れられるのが幸いだな。よし、……行くぞ。冷静に、かつ迅速に。駆け抜けろ……!」
足音をまったくさせずに雨蘭が駆ける。他のメンバーもそのあとに続くように駆け出し、最後のイーリスが一度だけ背後を振り返ってから同じように気配を薄めながら駆けていく。身体能力という点では全員が標準以上、うち二人は超人クラスだ。薄暗い通路をほぼ全力疾走に近い速さで駆ける。一分もしないうちに地上へと繋がる梯子に到達すると、そのまま止まることなく上へ。簪が所持していたタブレットでパスコードを入力すると雨蘭が外に気配がないことを念入りに確認してゆっくりと重厚な扉を押し上げる。
情報取り、出たのは雑木林に囲まれた空白地帯だ。その木々の先に明かりが灯っていないが、学生寮と思しき建物が見える。すぐに全員が地上へ躍り出ると草むらに身を隠す。
「寮の裏手あたりか。ちょうどいいわね」
「気配はするが、遠いな。とりあえず敵と思しき存在はいない、が………」
「いますね。どう見ても軍人にしか見えない不審者が」
「なに? どこだ……?」
箒や簪が警戒して周囲を見渡すが、それらしい影は見えない。しかし、イーリスはしっかりとそれを捉えていた。
「九時方向におよそ八十メートルほど。アサルトライフルを持った人間が二人、徘徊しています」
「あー……動く影だけなんとなく見えた。よく見えますね。夜目でも厳しいですよ、あれ」
「私もちょっとあそこまでは無理かな」
「お師匠は?」
「気配でわかる」
「はいはい、人外人外……」
基本スペックからおかしい二人に呆れながら鈴は寮を見上げる。実に半年ぶりに訪れたIS学園であるが、かつてあったような生徒の笑い声や活気は微塵も感じられない。それに反してピリピリとした緊張感が学園を覆っている。頭は冷静になるように意識して保っているが、感情はどうしても苛立ちが募ってしまう。鈴としてもこんな形で訪れたくはなかった。
「ん?」
三階の窓に人影が見えた。時間にして二秒程度だったが、どこか怯えているような行動に、おそらく隠れていた生徒かもしれない。
「あの部屋は………」
「どうしたの?」
「隠れてる生徒がいるかも。ちょっと見てくる」
「え、どこ?」
「三階の右から五番目の窓の部屋」
「あそこか……だがどうやって?」
「侵入すると寮の表に行かなきゃいけないから見つかるかも……せっかく裏手の死角を取ってるんだからここから行こう。お師匠、フォローを」
「え、ちょっ……ッ?」
戸惑う簪や箒を他所に鈴は先行した雨蘭に向かいダッシュ。その勢いのままバレーのレシーブをするように待ち構えていた雨蘭の手を踏み台代わりにして一気に三階のベランダまで跳躍する。ベランダの手すりをしっかり掴んだ鈴はそのままベランダへと侵入を果たした。鮮やかな跳躍に簪と箒は口を半開きにして呆けてしまう。
「あいつも十分に規格外だな……」
「ま、まぁ鈴さんだし」
かつてIS学園に在籍していたときも身体能力がチートと言われていた鈴だ。あれくらいは朝飯前なのだろう。鈴本人は師匠の雨蘭を基準としているために自分が規格外だとは思っていないために常識との齟齬が生まれているようだ。今でも十代の女子としては恐ろしいレベルである。
やはりセプテントリオン……いや、カレイドマテリアル社に所属する人間はまともなほうが少なくて異常な人間ばかり集まっているのだろう。そう思わずにはいられない光景であった。
***
「よ、っと」
軽い身のこなしで三階のベランダへと侵入した鈴はゆっくりと扉に手をかける。やはり鍵がかけられているが、部屋の中には気配がする。雨蘭までとはいかなくとも鈴も気配察知の訓練は受けているため、ここまで近い場所にいる気配を間違えるはずもない。中を見るが照明が消えているためかはっきりとはわからない。
あまり大きな音を立てないようにコンコンとノックをすると、中の気配が大きく動揺したことがわかった。それを確認した鈴が扉に顔を寄せて口を開いた。
「ニーハオ、ティナ」
そう呟くと中の気配の様子が変わる。警戒から困惑へ、そしてゆっくりとその気配が扉へと近づいてくる。
「………り、りん、なの?」
「そうよ、久しぶりね。ここ、開けてもらえる?」
「う、うん!」
泣きそうな、それでいて嬉しそうに姿を現したのはかつて鈴が在籍していたときにルームメイトだったティナ・ハミルトンだった。二組の中では鈴が最も親しく付き合っていた友人で、IS学園から離れてもメールでやり取りをしていたくらい親交もあった。ここにいる人間が彼女だと思った理由も、なによりここがかつての鈴の部屋だったためだ。
スっと素早く部屋に入り、念のため周囲に視線を巡らせる。周辺に気配もなし。とりあえずは大丈夫だろうと判断してようやくティナにケラケラとした笑顔を見せる。
「半年ぶりねティナ。ときどきメールは送ってたけど元気だったかしら?」
「う、うん。あの毎回送ってくるよくわからない写メも全部保存してるよ」
「さすがティナ。無駄に生真面目ね。さて……」
鈴の顔射付きが変わったことで緩んだ緊張感が再び高まる。ティアもビクッと身体を震わせながらも、こうした震えるような気迫を放つ鈴を見てどこか懐かしく感じて安堵してしまう。非常時でも変わらない鈴を見て逆に落ち着いたのかもしれない。
そしてそんな鈴は犬歯を覗かせて威圧的でありながらどこか愛嬌のある笑みを見せた。
「あの無粋な連中ぶっとばしにきたわ。そのためにいろいろ聞きたいんだけど、いいかしら?」
「だ、大丈夫なの?」
「任せなさい。退学してもあたしだってIS学園を愛する一人よ! 恩返しってわけじゃないけど、あたしたちが守ってみせるわ。とりあえずなにがあったか、あと他の生徒がどこにいるか、わかることを全部教えて」
***
「いろいろ聞いてきたわ」
十分後。何事もなかったかのように三階から飛び降りて着地した鈴がケロッとそう言いながら戻ってきた。いろいろ突っ込みたかった簪や箒もなにも言わずにその情報を聞くことを優先して黙して先を促した。
「連中が襲ってきたのは二日前……簪たちが離れた日の翌日ね。多数の無人機と大型機で包囲したそうよ。そのときにはすでにジャミングフィールドは展開済み。抵抗せずに降伏したみたいね」
「いい判断だな。もし抵抗していれば間違いなく死人が出ただろう」
「とはいえ、ほとんどの生徒はシェルターに避難したって。まぁ脱出経路も外部との連絡も取れないこの状況じゃ檻も同然だろうけど」
「でも、避難できなかった人もいるんだね?」
「ティナみたいにね。学生寮にも何人かいるみたい。ティナに頼んで一箇所に集まって動かないようにとは言っといた」
「けっこう杜撰だな。寮を囲むだけでそうした生徒を捕らえないのか?」
「ジャミングしてるから携帯電話も使えないし、有線を切断すれば結果的に閉じ込めてるようなものだからね。とはいえ、人質に使う素振りがないところを見るとなにか裏がありそうだけど」
人質をとってどこかと交渉する気かとも思ったが、そんな様子は見られない。IS学園を占拠した目的はまだ見えてこないが、これである程度の敵の規模はわかってきた。
「で、これが本命。生徒会長や千冬ちゃんは敢えて残って敵に捕まったみたいだって」
「……!」
「生徒たちの安全を確保するためでしょう。自ら捕虜となることで牽制にもなりますし」
「おねえちゃん……」
簪が姉の安否を心配するが、今は信じるしかない。更織楯無という人間の凄さは誰よりも知っている。きっと簪が思っている以上にうまく立ち回っているだろう。
最終的には助け出すとしても今は焦らず行動しなければダメだと深呼吸をして精神を落ち着かせる。
「どうする? 千冬さんなら大丈夫だとは思うが……」
「場所は?」
「そこまではわからないけど、まぁおそらくは……」
「管理棟か」
学園すべての状況把握をするのなら守るほうにしても攻めるほうにしても最重要拠点となるのはそこしかない。IS学園のほぼすべてのコントロールを行えるシステム管理室。楯無や千冬がいるとすればそこだろう。陥落しているのならそこが敵にとってのHQ(総合司令室)だ。当然、重点的に防衛網を敷いているだろう。
「ちょっと、まだ情報が足りないわね。生徒を半ば放置しているとはいえ、ここにいること自体が人質みたいなもんよ。今は無事でも、時間が経てばどうなるかわかんいないわ」
「いつ状況が動いてもおかしくない。こっちも悠長にはしていられないね」
「かといって管理棟を攻めるにはあっちの戦力がまだ不明な今では厳しいです。攻めるにしてもあと少し情報が欲しいです」
イーリスの言うように、ミスの許されないこの作戦では無謀な行動は取れない。潜入チームの戦力なら生半可な防衛網なら強行突破も可能だろうが、それで犠牲が出ないとも限らない。相手がどれだけの戦力を持ち、かつできれば目的も知っておきたい。
最悪の場合は特攻も覚悟だが、今はまだそんな博打をするときではない。忘れてはいけないが、すぐ近くの海上にはまだ予備戦力が控えているのだ。
そうなれば、選択はひとつだけだ。
「シェルターに行くか……」
「教職員もそっちにいるはず。生徒より情報を持っていそうな人を探したほうがよさそうね」
「だが、大多数の人間が避難しているならさすがにここみたいに放置はしていないのではないか?」
「そうだろうね。きっとそこそこの戦力を向けているはず……無人機はもちろん、人間もいるだろうね」
「ジャミング圏内ということを利用しましょう。私たちもそうですが、敵にとっても無線機の類は使えません。おそらく有線ケーブルを通しての通信システムを使っているはずです。迅速に制圧すれば増援を呼ばれる前になんとかできます」
全員が顔を見合わせて静かに頷く。
行動方針は決まった。敵もこの広いIS学園の敷地内全てを監視下に置いているわけではないだろう。監視カメラの位置や防衛システムも簪がいればほぼすべてを把握できる。うまくすればシェルターに避難したという生徒や教員を確保することもできるかもしれない。
無謀はできないがこの程度の無理は押し通せる。全員の意思が統一され、はっきりと第一目標を定めた。
「決まりね」
「まずは地下シェルターへ………邪魔な敵機や人間は孤立させて撃破しよう」
「全部斬ればいいんでしょ? ようやく出番」
「隠密作戦どころか完全に強襲作戦だな…………だが異存はない。私もできるだけのことをしよう」
「もともとそういうのも考慮した人選じゃない。さぁ、こっからが解放のための第一歩よ!」
鈴のその言葉を合図にして、六人が静かに夜の闇に紛れて動き出す。
こうしてIS学園解放のための戦いの幕が静かに上がっていった。
解放作戦開始。まずはこの六人による潜入と強襲から。どう考えても面子が潜入じゃなくて強襲メンバー(汗)
ISの二次創作ですが次回は生身の戦闘回になりそうです。鈴と雨蘭の無双回。というか雨蘭の無双回予定。あと箒さんも活躍します。
気がつけばもう八月も終わりですね。皆様は夏は有意義に過ごせましたでしょうか。
……………というか、もうじきこの投稿を始めて二年です。早いもの……ってか二年も書いてるのか! とふと気づいてびっくりしました(汗)
できるなら完結までもうしばらくお付き合いいただければ幸いです。
それではまた次回に!