双星の雫   作:千両花火

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Chapter12 IS学園解放編
Act.109 「解放作戦」


「あんだけ戦って守った学園を、今度はあたしたちが攻略することになるとはね……無情ってこういうことなのかしら」

「複雑ではあるよね」

 

 鈴の自嘲するかのように発せられた言葉にシャルロットも同意を示す。半年前、呆れるほどの数で攻めてきた無人機を相手にして死力を尽くして戦った記憶も新しい。特に鈴は一夏、簪と共に開戦から最前線で戦っていた。最後まで戦い抜くことができずに途中で気絶という鈴にとって屈辱ともいえる戦いであった。文字通りボロボロになるまで戦った鈴にとって、そうしてまで守り抜いたはずのIS学園をあっさり落とされたことに苛立ちを抑えることができない。もちろん、学園にいる楯無やかつての級友たちを悪く言うつもりはない。むしろその安否が気になるほどだ。

 

「あたしを怒らせたことを死ぬほど後悔させてやるわ」

 

 鈴が怒りを感じているのは、自分たちがそこまでするほど大切だと思っている場所をいともたやすく踏みにじる馬鹿どもに対してだ。絶対に潰してやる、と抑える気のない苛烈な気迫を見せる鈴に対し、その隣に立つシャルロットは冷静に思考を巡らせていた。

 IS学園の状況は未だよくつかめていない。IS学園を覆うようにジャミングフィールドが発生しているらしく、通常の通信はまったく役に立たない。

 しかし、このジャミングフィールドというのがクセもので、その発生装置は未だ大型のものしかない。ISに搭載できるサイズとなるとせいぜい周囲に通信障害を起こす程度でしかない。カレイドマテリアル社でもこの手の発生装置は戦艦クラスの移動手段があってはじめて戦略として成り立つ代物だ。そんな大掛かりな戦略兵器をもっている組織など、それこそカレイドマテリアル社か亡国機業しかないだろう。

 カレイドマテリアル社製のものは量子通信手段を搭載しているためにいくらでも対処が可能だが、それ以外、さらに言うならこの二つの組織を除く世界の技術レベルを考えるならこのジャミングフィールドだけでもうまく使えば一方的に蹂躙できるものだ。如何にIS学園とて、外部から完全にシャットアウトされた状態で物量に攻められれば陥落も当然だろう。

 狙ったのか、たまたまなのかは判断ができないが、今のIS学園には以前の襲撃時と違い、鈴も簪も一夏もいないのだ。

 おそらく、以前と同等規模だと仮定しても一時間ももたなかっただろう。

 

 しかし、それは亡国機業の仕業なのか、という疑問も残る。技術レベルとIS学園を攻める戦力を持ちつつ、そんな暴挙を行う組織などそれしか思いつかないが、しかし今のIS学園の状況が不明である以上、そう確定できる要素もない。無関係ということはないだろうが、主導しているのか、それともただ単に協力しているだけなのか、――――それがわからない。

 

「直接確かめるしかないか。どっちにしろ、僕たちの役目は変わらないわけだしね」

「シンプルなオーダーだったわね。IS学園を“奪還”しろとはね」

「“解放”しろだよ? 奪還じゃ意味が違うし」

「気持ち的には間違いないでしょーよ」

「それはそうだけど」

 

 鈴やシャルロットだけではない、セプテントリオンにはかつてIS学園に在籍していた人間が多くいる。そしてカレイドマテリアル社としても、このタイミングでIS学園が潰れればバベルメイカー計画は頓挫とまではいかなくてもかなりの遅延が発生してしまう。心情的にも、大局的にもIS学園をこのままにはしておけない。

 ならば話は早い。

 セプテントリオンの総力を上げての解放作戦である。

 

「必要だと判断したら即決断、そして敵の規模がわからない以上、総力をあげての即時排除。ウチのボスは大胆ね」

「でも、確かにそれが一番効果的だと思うよ。だからこうして全員で殴り込むわけだし」

「中核の三人がいないけどね」

「痛いよね、あの三人がいないのは」

 

 そう、今の鈴たちには部隊の中核を担うはずのセシリア、アイズ、そしてバックアップを務める束の三人を欠いていた。

セシリアとアイズは未だ覚醒しておらず、束はそんな二人に付きっきりでバイタルチェックと、それに並行して二人の機体調整を行っている。セプテントリオンでも組めば最強の二人だ。そして指揮官であるセシリアと単機で遊撃をこなすアイズの二人がいないことは部隊規模としても痛い。

 束からはこの解放作戦に間に合うかは五分五分だと言われている。アイズはともかく、セシリアは長期間昏睡状態で機体も大破していたために即時復帰はかなり厳しいだろう。

 

 だが、敵はこちらの都合など考えるわけがない。むしろチャンスとすら思っているだろう。もし亡国機業が手を引いているのだとすれば、セシリアとアイズが落とされたこのタイミングを狙ってのIS学園占拠なのかもしれない。

 

 とにかく、今のセプテントリオンは単機でありながら後方援護を部隊規模でこなす指揮官と、どんな状況にも即時に対応する遊撃、そして部隊全てのバックアップを行う技術者がいないのだ。いずれにしても部隊の中核を担う人間である。はっきり言えば他のメンバーと違い、この三人の代役を勤められる人間はいないのだ。

 今回の解放作戦においてはアイズの遊撃をラウラが、束の技術的なバックアップの統括を火凛が行うことにしているが、肝心のセシリアの代役がいなかった。副隊長であるアレッタは前線指揮を行うために部隊全てのコントロールをするには不向きなポジションであるし、そもそも単機で小隊規模以上の働きをしていたセシリアの代役など用意できるはずもない。

 

「消去法であんたかしらね。同じ後方からブッパする感じだし」

「ちょ、僕にセシリアの代役とか無理に決まってるでしょ、砲撃と狙撃は別物なんだから………というか、あの代役なんて誰もできないよ」

「あの暴君から人心掌握術とか教わってんでしょ? それをちょっと応用させてさ」

「あのね、そんな人を人形みたいに操れるあの人と一緒にしないでよ。あの人のそれはもう黒魔術でも使ってるんじゃないかってくらい怖いんだから」

 

 昂る気を抑えるようにそんな他愛もない会話をしているとどこか呆れたような顔をしながらラウラがやってきた。ラウラはわざとらしくため息をつきながら二人を見やる。

 

「まったく、緊張感がないぞ。もうすぐブリーフィングだ。行くぞ」

「いよいよね」

「行こう」

 

 もうじきIS学園上空に到達する。この作戦のためにわざわざスターゲイザーを宇宙から呼び寄せていることから、どれだけこの作戦を重要視しているのかがわかるというものだろう。

 しかし、逆を言えばスターゲイザーを使わなければならないほど切迫した状況ともいえる。反則技とされるスターゲイザーの空間歪曲航法と光学迷彩とステルス機能から完璧な隠密行動ができる性能を持つIS母艦。この艦がなければセプテントリオンの行動も三日は遅れていただろう。宇宙における拠点のひとつとして使っていたがコアブロック式にすることでこうして有事の際には即座に艦としての役目を全うすることができる。イリーナも束も、ある程度こうした事態もおそらくは想定していたのだろう。

 とにかくとして、セプテントリオンはIS学園への即時強襲を行う準備を整えることができた。あとの問題はIS学園の現状把握だ。

 

「やっぱ早々にIS学園にも量子通信システムを導入するべきね」

「あれ、普通は国家予算から捻出するレベルのものなんだけど」

「ああ…………カレイド社製の機体には標準装備だから忘れてたわ」

「IS用となるとさらに高いんだけどね。まぁ、その技術はウチが独占してるし、一般販売してるフォクシィギアには搭載されてないけど」

「そうなの?」

「後付けで搭載はできるよ。ただ、本体より高いけど」

「あくどいわねぇ」

「それだけ最重要機密なんだよ。それだってブラックボックス化してるもの。だから鈴も鹵獲なんてされないでよ?」

「なんであたしに言うのよ」

「吶喊大好きな鈴が一番心配なんだよ」

「そんなヘマはしないわ。あたしに触れるやつはみんなスクラップになるんだからね!」

「フラグっぽいよ、それ」

 

 いつもの調子といえばそれまでだが、鈴のこうした自信は少し心配になる。しかし師匠である雨蘭や火凛の教育がいいのか、無茶はしても無謀はしないのが鈴である。ちゃんと戦略的撤退も行える冷静さを持っているから部隊の切り込み役を任されている。

 それを考慮しても鈴のドヤ顔を見ると不安になるのはきっと彼女の性格や気性のせいだろう。

 

「安心しろ。おそらくいきなりそんなことにはならないだろう」

「ん?」

「状況は思った以上に厄介なようだからな」

 

 そんなラウラの言葉とともにブリーフィングルームへと入れば、ほかのメンバーは皆揃っており、そんな隊員たちの中心にはホログラムが表示されている。立体映像化されたIS学園とその周辺地形だ。およそ十キロ圏内の観測情報からリアルタイムで合成して視覚化したものだった。

 

「全員そろったね。じゃあはじめよっか」

 

 束の代役としてスターゲイザーのコントロール、及び部隊の情報支援を統括する役目を担う紅火凛がハイテンションな束とは真逆にゆっくりとしたマイペースな声でそう告げる。さすがに火凛といえど束の代役を務めるのは荷が重いが、そこは技術スタッフが全員でフォローを行っている。

 そしてブリーフィングルームではセシリア、アイズを除くセプテントリオン隊と緊急時として一時的に部隊に組み込んだIS学園から来ていた三人、そして本日付でセプテントリオン隊の分隊として組み込まれた元黒ウサギ隊が勢ぞろいしていた。他にもスターゲイザーにはIS関係以外にもイーリス・メイや紅雨蘭といった潜入や白兵戦も想定した戦力が乗船している。

 

「さて、ここまでわかったことだけど………まぁ、見てもらったほうが早いかな」

 

 火凛がコントロールパネルを操作するとリアルタイム映像と思われる上空写真が空間ディスプレイに表示され、そこに映っていたものを見て周囲がざわめきに包まれる。

 

「あれって……!」

「いつぞやの大型機じゃない。あんなもんまで持ち出したっての?」

 

 かつてドイツにあった無人機プラントを強襲した際に交戦した大型無人機。同じく交戦したマドカがサイクロプスと呼称していた機体とよく似ている。

 

 確認できるだけでも、それが三機。

 

 都市制圧用と考えられるような機体を、IS学園を落とすために三機も投入することに呆れすら覚えてしまう。そしてほかにもIS学園周辺には無人機の姿が確認できるし、面した海にも水中型らしき機体の姿が垣間見える。

 そしてそれだけではなく、少数ではあるが有人機も確認できる。これまで交戦した亡国機業のメンバーまでは確認できないが、どうやら人間によって統制された無人機がIS学園を占拠しているようだ。

 

「……さすがにこれは正面突破は無理だ」

「やってやれないことはないかもしれないけど、そんなことしたらIS学園がなくなるわね」

「僕のカタストロフィ級兵装も、IS学園の敷地内じゃ使えないし」

 

 無人機を主力とした敵戦力を駆逐するだけなら、今ある戦力だけでも簡単ではないがおそらくは可能だろう。しかし、そのためには広範囲殲滅兵器や高威力兵装による範囲爆撃などが必要不可欠だ。そんなことをすれば奪還するべきIS学園すら瓦礫へと変えてしまうだろう。なにより、IS学園に残されている者たちの安全も保証できない。

 もともとIS学園に所属していた人間が多いために学園内の地理に関しては熟知しているが、そのIS学園を盾にされれば強引な突破も難しい。

 

「まずは生徒や先生たちの安否確認と救出が先かしらね」

「なら、陽動と潜入に分かれての対処が妥当か……」

「ところがそうもいかないんだよ」

 

 再び火凛が操作すると映像が変化する。IS学園を中心にさらに広い範囲を映し、IS学園から離れた海上、およそ十五キロ離れた位置に大きな反応が示されていた。

 

「まさか、敵さんの母艦?」

「艦隊規模……? あの大型機の輸送船か!」

「それだけじゃなくて潜水艦の反応もある。予備戦力があるのは間違いないだろうね」

 

 あれほどの規模の艦隊を運用することにいったいどれだけの力を持っているのだという驚きもあるが、これだけの戦力を動かすことに相手がどれだけ本気なのかがわかってしまう。あんな艦を持っているのはおそらくはアメリカ軍。様々な国に亡国機業の手が伸びていることは知っていたが、表立ってあんなものを動かせば正規の軍隊も黙ってはいまい。このままでは他国の軍も介入してくる可能性もある。

 後先考えていないようなこの暴挙に、その危険性をますます感じ取ってしまう。

 

「いや、こんなことすること自体が馬鹿なんだけど、いったいなにが目的なのよ?」

「この状況でIS学園を占拠しても、あとがないよ」

「どうだっていいぜ、今は学園を取り戻さなきゃな……!」

 

 理由は気になるが、一夏の言うように今できることはあの戦力を排除してのIS学園の解放だ。面倒な事情や政治的な判断などはイリーナに任せればいい。今のオーダーはIS学園の即時解放。そのために必要なのは如何にしてIS学園の被害を抑え、学園関係者の安全を確保して敵を排除すること。

 

「愚策に近いけど、部隊を分けるしかないね」

「まずは救出チームだね。室内戦を想定して、あとは学園内に精通していることが条件」

「あたしの参加は決まりね」

「じゃあ私も」

 

 鈴とリタが立候補する。確かにこの二人は生身でも接近戦が強く、ISも近接特化型なのでいざというときでも室内戦ができる。そして二人ともIS学園に通っていた経験があるために敷地内の地理にも詳しい。

 

「なら俺も……!」

「悪いけど一夏くんは別。君の白式と白兎馬は集団の乱戦に強いから艦隊の制圧チームに入ってもらうよ。あとこれにはアレッタさん、シャルロットさん、シトリーさん、レオンくんも」

「僕とシトリーを組ませるってことは……」

「うん。二人を中心に、艦隊からの増援を完全にシャットアウトしてもらう」

「うわ、相変わらずオーダー難易度が高いや」

「指揮はアレッタさんにお任せします」

「了解。海上戦ですか、レオン、働いてもらいますよ」

「任せな。いざとなれば艦底に風穴をあけてやるよ」

 

 多数の無人機を擁するであろう艦隊を相手にするにはあまりにも少数だが、それでも負ける気はなかった。

 シャルロットも苦笑しているが決して無理だとは言っていない。それができると自信をもっているようだった。

 

「そしてIS学園にいる機体の制圧は………ラウラさんを隊長にシュバルツェ・ハーゼに担当してもらう」

「お任せ下さい。キョウ、お前の力も借りるぞ」

「助力しますよ」

 

 もともとラウラが隊長として率いたメンバーだ。連携も問題ないし、強行ではあったがシュバルツェ・ハーゼにはフォクシィギアの慣熟訓練を施してある。もともとが優れた操縦者ばかりなので問題なく戦闘行動を行えるだろう。さらにキョウをはじめとしたセプテントリオンの約半数も同行する。これだけの戦力なら少なくとも時間稼ぎはできるだろう。

 

 IS学園解放作戦。そのために大きく分けてこの三つに分かれることになる。

 まずは潜入チームがIS学園内に潜入し、敷地内を探索して残っている生徒たちの安全を確保。これにはイーリス・メイをはじめとした諜報部や白兵戦に絶大な信頼をおける紅雨蘭も同行する。

 そして安全を確保、または発見されて交戦になった場合、ラウラが率いるIS学園を占拠している無人機たちへ強襲をかける。ここで鈴たちもISを起動させ制圧に加勢する。できればそれまでに楯無といったIS学園側の戦力も確保したい。

 その段階でおそらく海上艦隊から増援が送られてくるだろう。下手をすれば挟撃されてしまうそれを、シャルロットたちが抑える。難しいが、できるなら艦隊そのものを制圧したいところだ。

 

「私と箒さんは?」

「簪さんと箒さんはどのチームに入っても問題ないよ。というか、一夏くんも含めて命令権もないんだけど。でも、できることならIS学園側の制圧に助力して欲しいところかな」

「なら、私も潜入で。学園内の地理は詳細まで知ってるし、これでも暗部の家の出身だからそれなりに隠行の心得もある」

「私も同行しよう。正直、IS戦ではまだ足でまといになりかねないが、学園内の道案内くらいはできる」

「俺もそれに同行したいが……確かに白兎馬を使うには不向きだ。言われたとおり、シャルたちと行くぜ」

 

 作戦、というにはシンプルなものだったが、複雑になればなるほど予想外の事態への対処が難しくなる。それに今回の作戦はスピード重視のため、もっともわかりやすく効率のいい作戦となった。問題は部隊を分けたことによる戦力バランスだ。しかし、同時に三つを対処しなければ逆に撃退される危険性が高くなる、あとは個々の力を信じるしかない。

 

「束さんもあの二人が目覚め次第援護に来るとは言っていたけど」

「今回はあたしたちに譲ってもらいましょ。セシリアとアイズの出番はないわ。あたしたちだけでやるつもりでいくわよ!」

「ああ、こんな暴挙、許せるわけない。絶対に皆を助け出すぞ!」

 

 気合の入った一夏の言葉に全員が頷き返す。

 おそらくはセプテントリオンを結成してから最大規模の作戦となるだろう。不安もあるが、それ以上に全員がこの事態を打破すべく高い士気で作戦に臨もうとしていた。

 

「作戦開始は三十分後。全員、しっかり準備と覚悟を決めてね?」

 

 不釣り合いに思えるマイペースな火凛の言葉で、IS学園をめぐる激動の作戦の幕が開ける。

 

 

 

 ***

 

 

 

 束は一人しかいなくなった研究室で黙々とキーボードを叩いていた。

 他の面々はIS学園への対応へと回しており、ここに残っているのは束ただひとりだ。イリーナの命令でセプテントリオンは総力をもってIS学園の解放作戦の準備を行っており、宇宙から呼び寄せたスターゲイザーに乗り込んで今頃はIS学園の近辺に到着しているころだろう。

 本来ならば束も同行するべきだった。スターゲイザーは束がいてはじめてその能力を完全に発揮できる。そしてISにおいて束以上の技術者など存在しない。生みの親にして、今なお世界を置き去りにするほどの革命レベルのものを生み出している束がバックアップとしているだけで作戦の成功率も大きく変わってくるだろう。

 それでも束が残ったのは、もうじき目覚めるであろう二人のためだった。

 

「ふふ、うふふ、ふふふふッ!」

 

 気がつけば笑っていた。

 束は自身が興奮状態にあると自覚し、そしてその感情を抑える気はまったくなかった。たしかに早急にIS学園を解放しなければ束やイリーナが推し進めている計画が遅れる恐れがあるが、それ以上に今は束しかこの役目を担うことができない。いや、束自身もほかの誰にもこの役目を任せる気はなかった。

 

「アイちゃん、………君は奇跡を起こすことが得意だとは思っていたけど、まだ過小評価だったみたいだね~。私の予想をあっさりと超えてッ、あまつさえ机上の空論だったことまでやってッ、それがすべて当然のように! どこまで私をワクワクさせてくれるんだい、ひゃっほい!」

 

 抑え役がいないために束のテンションも留まることを知らない。目は血走り、口は狂気じみた笑みの形のまま固定されている。三日月型に歪んだ口からは笑い声と奇声が飛び出してくる。

 

「ふふふん、やっぱり思ったとおり、アイちゃんにマインドダイブさせる賭けは正解だったみたいだねっ、コアの成長が著しいよ! これなら機体の再構成も可能だね!」

 

 アイズは純粋にセシリアのことだけを考えていたが、束が狙っていたのはそれだけじゃなかった。アイズとセシリアの意識をISを通じてリンクさせることで、ブルーティアーズとレッドティアーズのコアに、二人のこれまでの軌跡を擬似的に追体験させたのだ。操縦者から学習して人格モデルを構築するコアにとって、これ以上に上質な情報はない。事実、アイズから名前をもらったこともありブルーティアーズのコア人格のルーアはこのマインドダイブの前後を比較すれば天と地ほどに情報獲得量が違う。それに伴い、レアほど人格構成が確固としていなかったルーアの人格も強固なものとなっている。

 そしてリアルタイムでルーアの成長をモニターしていた束は同時に大破したブルーティアーズ本体の再構成を行っていた。ルーアが心ならブルーティアーズは身体。その心を映すように最適な身体を造る。それがISの生みの親である束の役割だ。

 コアの自己進化の情報をそのままブルーティアーズの新たな機体へと最適化してフィードバックする。アイズのフォローを行いつつ、リアルタイムで膨大な情報量をフォーマット化して構築することができるのは世界でも束だけだろう。

 おかげでおおよその機体の再設計は完了している。今は吶喊で機体を作り上げている。もともとの素体は既にできていたし、あとはコアに最適な肉付けを行うだけだ。もともと考案していたシステムが流用できたのは幸運だった。これはもともとブルーティアーズの強化案として温めていた新システムだが、机上の空論だとして束も理論を組み上げるだけで放置していた代物だった。

 それは当時のセシリアとブルーティアーズでは到底成し得ないほどの規格外のハイスペックなシステムだったというものだ。昔から同世代と比較しても突出して優秀だったが、それでも届かないレベルのものだ。もしこれが実現できるのなら、おそらくは第四世代をすっ飛ばして第五世代相当の機体となるだろう。それこそ、先行試作型であるオーバー・ザ・クラウドを上回る世界最高峰の機体として生まれ変わる。

 そのためにバベルメイカー計画の際に世界から賛同をもぎ取るためにバラまいたカレイドマテリアル社にとっても切り札となるマテリアル――――通称で『オリハルコン』と呼ばれている金属、束が付けた仮称は【D-11.FbM】だが、呼びやすいので今では束もオリハルコンと呼称している――――を惜しまず投入することになる。金額換算すれば通常の専用機五十機分にも相当する。カレイドマテリアル社という後ろ盾がなければ束でも製造不可能だ。しかし、それに見合うだけの特性をこの特殊金属は宿している。

 

 このオリハルコンで装甲すべてを再構成する。これによりもたらされるであろう予測される機体スペックと第二単一仕様能力の向上による戦果。それらを思い浮かべるだけで身震いする。もしセシリアがこの機体のポテンシャルを完全に発揮したとき、おそらくブルーティアーズに勝てる機体はいなくなる。そう言えるほどの機体となる。

 しかし、もちろん油断はできない。戦闘データから確認したが、マリアベルが駆るあのネガ色の機体は束が見ても別格だ。シールのパール・ヴァルキュリアでさえ及ばないだろう。束が畏怖を覚える科学者など認めたくはないが、しかし事実としてマリアベルは脅威となる存在といえた。

 アイズとセシリアとの戦闘データから分析しても、まだ彼女のISの能力の詳細まではわからない。いくつかの仮説はできるが、それでもそれを証明するものがない。本来の力から半減していたとはいえ、セシリアの【S.H.I.N.E.】を完封するほどのものだ。アイズの【L.A.P.L.A.C.E.】と違い、セシリアのそれは火力と汎用性がそのまま高い攻撃性能に直結している。光そのものといっていい第二単一仕様能力を封殺できる能力などそうはあるまい。この進化したブルーティアーズでも勝てるという保証はできない。

 

 しかし―――――。

 

「これが最善だっていえる。だから私はそれを完璧にしてあげちゃおう」

 

 セシリアの心を映す鏡のようにその心を糧に成長していくコア。そしてそのコアに最適化していくように進化していくIS。操縦者、コア、機体。この三つのうちどれが欠けても束が目指したものには届かない。

 操縦者とコアが適合すればするほどにその潜在能力は高まっていく。その潜在能力がISという形となって具現される。それが束が目指した人とISの進化のシステム。

 だから、束ができることは操縦者とコアが、セシリアとルーアが通わせた結果を最適化してISへと反映させること。それ以上のことはむしろ正しい進化の妨げであるし、なにより無粋なことだと思っていた。

 

「ふふふ、ブルーティアーズの声が聞こえるよ……! わかってる、わかってる。セッシーの力になる、立ち向かうための鎧となる、そして葛藤しながら進む人間に憧れる! それがあなたの望みなんだね? うん、うん! お母さんであるこの束さんがその願いの叶え方を教えてあげる! その力を与えてあげる!」

 

 アイズとレッドティアーズはその特異性から例外的に異常といえる加速度的な進化を見せたが、セシリアとブルーティアーズは束が想定していた正しく操縦者とコアが共に成長していく姿だ。その過程を見守り、結果に助力できることが嬉しくてたまらない。

 

「だからあなたも好きなように、思うままに。それがISの正しい進化のコツだよっ」

 

 現状、事態は切迫している。IS学園の陥落は束にとっても無視できないことだし、大事な妹である箒も強い希望でセプテントリオンと共に解放作戦に参加している。束も早くその助けに向かいたいが、強い使命感のようなもので今、この時目の前の存在の進化を見届けるべきだと思った。

 

 そう、今まさに目の前でオリハルコンを取り込み、独自に身体となる機体を組み上げていくブルーティアーズ。かつての形を残しながら、それでいて可能性を模索するように形状を変化させながら徐々にシャープに、最も自己を表現できる姿へと変貌していく。それはコア人格であるルーアが、セシリアの心に触れて得たものを表現していくこととイコールだった。

 自己進化の機能の究極ともいえるその光景に、束はうっとりとして、その視線は釘付けにされる。それでも手は止まることなく、その変生を補うようにプログラムを走らせている。

 

 

 

「さぁ、セッシーとルーアが望む形をあげよう。ブルーティアーズtype-Ⅲ………いや、新生するあなたをこう呼ぼう、―――【ブルーティアーズtype-ⅢEvolution】!!」

 

 

 

 

 




今回から新章です。IS学園解放へ向けての戦いが始まります。

まずは学園潜入編から。アイズとセシリアは後半に加入します。そしてそれだけじゃなく今回は他にも援軍を用意しています。長丁場になりそうなチャプターですが、しっかりラストへつなげていきたいです。

そしてセシリアとブルーティアーズに強化フラグ。お披露目も後半になりますが、それだけじゃなくいろんなキャラの見せ場を考えています。

ようやく暑さも少しは緩和されてきましたが、まだまだ蒸し暑いですね、皆様も体調にはお気を付けください。

ではまた次回に!

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