双星の雫   作:千両花火

122 / 163
Act.108 「世界は待たない」

 アイズたちがセシリアの精神世界から帰還するおよそ一日前。

 アメリカのとある辺境に位置する基地の司令室において、三人の男女が顔を合わせていた。そのうちの一人である女性は手に持った資料を青い顔で見て、その少し困惑したような顔を上げた。

 

「……これは本当なのですか?」

 

 かつて、ISの暴走事件に巻き込まれた被害者とされる女性―――ナターシャ・ファイルスは冷静にそう質問をしたが、その声はやはり震えていた。彼女の隣に立つイーリス・コーリングもまた苛立ちを隠せずに表情を歪めている。

  二人の目の前にいた男性である基地司令を務めるオリバー・クロムエルも同じように苛立ったようにもともと厳つい顔をさらに険しくして机の上に広げられた調査報告書を睨んでいる。

 

「まさかと思ったが……、いや、そんなわけがないと思いたかったが」

「……機密漏洩に、横領、物資や装備の横流し。ここまでくると感心してしまいそうですね」

「夏のナタルのISの暴走もそうだってのか?」

「間違いないでしょう。……(博士からの情報は間違いなかったようですね)」

 

 ナターシャは資料をぺらぺらとめくりながら、夏に起きたIS【銀の福音】の暴走事故に関しての報告書に目を通した。

 ISのプログラムからの信号を意図的に誤認させ、特定の行動を取るように強制するようにくまれたウィルスプログラム。この痕跡を探すことはほとんど不可能に近かったが、それは誰よりもISを知っている篠ノ之束によって直々にISコアに残されたデータログから抽出。丁寧にその証拠となるデータをナターシャ宛に送りつけてきた。

 これはあの銀の福音事件の際、ナターシャが束に銀の福音のコアを預けるという軍規違反に等しい行為を行ったその対価として要求したことだ。もちろん、これは束にとってはなんのデメリットもなく、うまくいけばアメリカ軍の中にいる草を駆除できることなので喜んで協力していた。

 そして束から軍内部のスパイがいる可能性を示唆されたことで秘密裏にそれに対抗する組織を作るよう働きかけた。これには上に行けばいくほどその危険が高くなるため、ナターシャの所属する基地司令を頼った。

 直属の上司にあたるオリバー司令に内密に処分覚悟で束から聞いた銀の福音事件の裏事情を話し、内部に多数のスパイがいる可能性を示したことでナターシャは内密に監査を行うように命じられた。相棒であるイーリス・コーリングをはじめとした少数精鋭チームで密かに事件の背後関係と背信行為をする人物の特定を行っていた。それだけでなく、オリバーのツテで他にもそうした内部調査が進められることとなり、その結果が今目の前にあった。

 

「……しかし、ここまでとは。世界がこんなときに、いえ、だからこそ、ですか」

 

 内部調査にあたり、束からも盛大に世界を揺るがすから上手く利用してね、と言われていたが、それはナターシャが思っていた以上の激震となってアメリカ軍を混乱させた。

 ISが世界の軍事バランスを変えたことは小学生でも聞かされることであるが、その影響をもっとも強く受けた軍は間違いなくアメリカ軍だ。国土は広大であるが軍事力とイコールとされるISそのものは有限。自国で数を増やすことができない以上、拠点防衛や特殊部隊の一部に配分されることになったが、それでも十分数があるわけではない。戦闘機や戦艦すら容易く凌駕する戦闘力を持つISは、はっきり言えばアメリカでさえ持て余していた。

 その混乱のうちに軍内部の勢力も塗り替えられ、多くの人間が軍から離れ、そして新たな人間が入った。ナターシャ・ファイルスやイーリス・コーリングもそうした人間であり、ISがなければ入隊していたかもわからない。

 古参と新参の人間という単純明快な線引きによってIS支持派と、反対派とまでは言わずとも慎重論を言う勢力による対立を生み出した。割合で見れば男女による対立ではなく、中堅以上の階級を持つ人間の中で現場を知る者と権力争いに精を出す者といえるだろう。

 ISは確かに凄まじい力を宿すが、数が揃えられない、そして女性しか扱えないという大きすぎる欠点がある。

 そんなISへの軍事力のシフトはメリットと同等のデメリットを生み出したことは今更言うまでもないことだった。

 

「椅子を尻で磨くことが仕事のクソッタレどもの考えていることなど知ったことではないが、新型コアとその量産機、そしてなによりあの軌道エレベーターでかなり焦ったようだな。隙だらけだったとも報告を受けているぞ」

「確かにアメリカの面子に関わることなのは理解できますが、なにもここまで……」

「上にも良識を持つ信頼できる人間はいるが、そうではない連中との勢力が半々という時点で組織としては致命的だ」

「それだけならまだいいでしょう。問題は、そんな対立を煽る“第三者”ですか」

 

 それがナターシャたちのチームが調べていた目的だった。この対立云々に関しては今更なことだが、その対立に火を注ぐ勢力が隠れていることは今まで知られていなかった。その勢力は両派閥に入り込み、囁くように権力を持つ人間を扇動してその溝を深めている。

 

「国防長官、もしくはそれに近しい人間がその“第三者”…………亡国機業の人間である可能性。笑えないな」

「ですが、おそらくは間違いないかと。過去の不可解な案件を洗っていけば、間違いなく……」

「長官クラスの人間による隠蔽がされたことは間違いない、か」

 

 オリバーはそのがっしりとした身体を椅子にもたれかけさせる。この基地では国防とIS開発による試験運用が主目的だ。そうした権力争いから離れた場所にあったこともあり、なによりオリバー司令は現場から昇格した叩き上げの軍人だ。言葉よりも行動で示すことを信条としており、口の立つ者を信用するような人間ではない。そのため上のほうからは厄介者扱いされることも多い。

 しかし、そんな人間だからこそナターシャの言葉を信じ、動いてくれた。本来ならこうした内部調査さえ灰色だが、いざとなれば自分が辞表を書けばいいと言ってナターシャたちを支援してくれた。

 そんな司令だからこそ、ナターシャも信頼して束の名前を言わずともその存在を仄めかす内容を報告した。明言はしないというのが束との約束だが、逆を言えば明言さえしなければある程度の融通は利かせることができる。なにより篠ノ之束という存在を仄めかさなくてはその知った内容に信憑性を持たせることが難しかったということもある。そのあたりも束はある程度は容認していることも察しているので、ナターシャはそれを最大限に利用した。

 この行動も束に、ひいてはカレイドマテリアル社に利用されているだろうとは今になって気付いたが、ナターシャとしても必要と割り切って軍内部の洗い出しを優先した。

 

 そしてその結果は、冗談のような知りたくなかった事実だった。

 

「こんなんがバレたらスキャンダルどころじゃねぇな」

「アメリカそのものの権威に関わります。しかし、これは乗っ取りにも等しい行為です。放置しておくことはできないでしょう。内密に処理しなくては……」

「CIAにツテがある。信頼できる筋だ。大統領次第だが、おそらく今回のことで確証が得られた時点で動くだろう」

「下手をしたら真っ二つに割れますね。軍か、国かはわかりませんが」

「それをどうにかするのが、俺たちの仕事になるだろう。おそらく反乱分子……といっていいかは知らんが、間違いなく戦闘が起きるだろう」

「…………無人機、ですか」

 

 IS委員会とカレイドマテリアル社の対立は世界にとってさまざまな選択を迫るものだった。新型コアか、無人機か。これまでの女性限定のISに変わる新しい力としてこれらの確保が急務となる。そして大統領が選択したのはその両者。大国アメリカらしいともいうべき強欲な選択といえたが、これにも事情がある。将来性、そして雇用状況や偏重した女性重視の情勢の修正などを考えれば新型コアへの移行が必要不可欠だった。無人機の即戦力は確かに広大な国土を持つアメリカにとっても魅力的ではあるが、軍の縮小はさらに進み、そして権力の集中化が起きるリスクがある。

 しかし、だからといって量産されているとはいえ、新型コアの数も未だ十全とはいえない。国防を考えれば無人機の導入も少なくとも数年は必要になるという現実があった。

 そこで大統領は独自にイリーナと交渉。数年後を目処に新型コアへの転換を確約して特別に新型コア搭載型の取引を成立させた。これは悪い前例になりかねないため、ある程度イリーナも対策を講じている。裏では互いに悪くない条件で取引を表向きアメリカが金に物を言わせて強引に高値で買い取ったという悪評ともいえる措置を要求している。

 もともとアメリカには量子通信機を卸しているため、イリーナもそれなりに発言する権力はあったこともそうだが、大統領とは知古という関係だったこともこうした交渉ができた理由だ。このあたりは当人たちや一部の関係者しか知らないことだが、なんにせよカレイドマテリアル社はアメリカのトップとは既に水面下で協力関係を結んでいることになる。

 

「しかし、内部に多くの不穏分子を抱えていることに変わりはない。大統領にも伝わっているはずだからそう遠くないうちに粛清をするだろうな」

「おそらく、軍内部の草も焦っているはず…………軌道エレベーターが建造されれば、間違いなく世界は変わる」

「動くなら今しかない、ってわけか」

「幸か不幸か、動けば我々が動く名分ができる。組織そのものがスパイに支配されかけていたというよりは一部の暴走を処理したとするほうがいい」

「ということは………暴発するのを待つということですか?」

「いつでも動けるようにしておけ。連中にもキナ臭い動きがあるとの情報もある。草がいる中央はおそらく迅速には動けまい。そうなればしがらみの少ないここの戦力を即座に動かすぞ」

「了解です」

「了解」

「フォクシィギアも多少は確保している。イーリスはともかく、ナターシャは慣熟を万全にしておけ」

「心得ております」

「しっかし、この情勢で新型機を手に入れるとは、さすが司令」

「俺よりも大統領の手腕だな。しかしそれだけ働きを期待されているということだ」

 

 かつてのナターシャの機体である【銀の福音】のコアは現在秘密裏にカレイドマテリアル社へと移されている。ダミーコアを搭載したハリボテだけは封印処置をされて隔離されているが、実情を知る者からすれば茶番もいいところだ。

 かつての相棒の現状を思いつつも、ナターシャは新たにカレイドマテリアル社製の機体を使っている。男女共用となってからはやはり身体能力の差から軍でも男性操縦者の育成が始められているが、それでも未だナターシャやイーリスはその経験から軍でも上位の操縦者として知らている。もっとも、そうでなければ試験運用のテストパイロットとして専用機を与えられるわけがない。

 

「へへっ、慣れない任務で鈍ってたとこだ。そんときは派手に暴れてやるぜ」

「イーリったら。事は国の威信に関わることなのよ?」

「わかってるよ。だからこそ遠慮なくぶっ飛ばせるんだろ」

 

 楽天的な物言いだが、そういうイーリスもその実力は疑う余地もない。頼もしさを覚えつつも、ナターシャは自分がしっかりと手綱を握らなくては、と思い苦笑する。

 

「しかしまぁ、まさかこんなことになるたぁな……もう一人のナタルが言ってた通りか」

「ああ、たしか数年前に会った人、だっけ? 軍内部におかしな動きがあるから注意しろとか言われたんだっけ?」

「そうそう。ナタルと同じ名前だったからよく覚えてるぜ。たしかナターシャ・エイプリルとか言ったっけ。あいつどうしてっかなぁ」

 

 その話はナターシャも聞いたことがある。まだ専用機を任せられる前から二人は同じ部隊の同僚だったが、イーリスがナターシャと別任務中に出会った情報局の人間らしい。親友と同じ名前ということもあって記憶にも残っており、さらに任務中はいろいろと世話になったそうだ。

 ちなみにその任務というのがテロ組織によるIS関連の違法取引の妨害であり、戦闘になる可能性が高いとして一時的な出向扱いでイーリスが協力したというものだ。その際にイーリスを手引きしたのがナターシャ・エイプリルである。

 

「でもあのあとすぐに連絡がつかなくなったからなぁ。今はなにをやっているやら」

「……そうなの?」

「ああ、すごい優秀なやつだったから名前も聞かなくなったのはおかしいとは思ったんだけどよ、まぁ情報局の人間だからそんなもんかもしれないが」

「…………そういえばイーリ、あなた、たしかその任務のあとくらいになにか始末書を書いてたわよね?」

「あ? あー……なんかデータベースに違法アクセスしたとかってな。言っとくがやってねぇぞ。ただそれに自分のパスコードが使われていたとかで、情報漏洩疑惑があるとかで厳重注意されただけだ」

「………それってそのナターシャさんと会った任務の前? それとも後?」

「えーと、……後だ、な……っ?」

 

 ここまで言ってイーリスも事に気付いたのだろう。みるみるうちに顔が青くなっていく。

 

「ちょ、待て……おいおい、まさか」

「…………事態は思っていた以上に深刻のようね。それが数年前なら、いったい今はどれだけいるやら」

 

 確定ではないが、見過ごせない可能性だった。しかし、既にそのもう一人の“ナターシャ”を追うことは不可能だろう。

 

「やべぇ、なにかまずいこと喋っちまったか? い、いやそんなことはないはず……せいぜいナターシャネタで盛り上がっただけだ」

「聞き捨てならない言葉が出てきたんだけど………、まぁいいわ。司令、一応情報局にそのような人物がいるか問い合せてみますか?」

「いや、俺から手を回しておく。おまえたちは……」

 

 と、そのときデスクの上の電話が着信を告げる音を響かせる。

 あまりにいいタイミングでの着信に一瞬室内が静寂に包まれ、すぐにオリバーが応答する。一言二言簡単に言葉を交わした後、数秒沈黙したかと思えば顔を険しくさせて静かに受話器を置いた。

 緊張感が高まった室内で二人が静かにオリバーを見つめていたが、その顔には不安が現れている。そしてその不安を肯定するように、オリバーが重い口を開いた。

 

「連中が動いた。しかも多数の無人機を搭載した艦が三日前から行方不明になっているようだ。すぐさま部隊を率いて追撃しろ。正式なオーダーはまだだが、大統領の許可も得ているそうだ。暴走した連中はすべて反逆罪で拘束。それが不可能ならば排除しろ。他国領域内での戦闘も限定的だが許可する。速やかに目標を処理しろ」

「……!」

「消えた艦の行方はまだわかっていないが、データの改竄が見つかったらしい。それを察知したCIAがデータの復元と足取りを追っているが…………行き先はおそらくは――――日本だな」

 

 他国領域内での戦闘行動の容認。

 それだけで、どれほど重大な事態になっているか嫌でもわかってしまう。アメリカの軍や政治の中枢にまで手を伸ばす亡国機業という結社によって引き起こされたテロ行為や損害を、今回のことですべて排除するつもりなのだろう。

 そうまでして早急に排除しようとするとは、いったい亡国機業はなにをしようとしているのか。その目的はわからないが、今の情勢を考えれば狙うべき場所というのは限られる。それが日本となれば、標的となるものはひとつしかない。

 

「十中八九………IS学園が目的だろう」

 

 亡国機業に内通している裏切り者がいるとはいえ、軍隊が名目上は未だ非干渉とされるIS学園を襲撃する。その意味がわからない人間はここにはいなかった。

 

「なんとしてでも止めてみせます」

「だが、最悪の場合はどうすれば?」

「状況判断は任せる。貴様らは最善と思う行動を取れ。責任は俺が取る」

「Aye Aye, Sir!」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 現実の時間ではおよそ一時間と少し程度だったが、それを体験した者たちはまるで一人の半生をずっと追体験していたかのように感じられた。

 

 他者の精神に入り込むという稀有な体験をした一夏たちはレストルームでドリンクを飲みながら疲れを癒していた。

 ISコアリンクを通して自己の意識を送り込むという、おそらく世界初の試みに図らずも参加した面々は今までに感じたことのない質の疲れに戸惑いつつも、それ以上に貴重な体験に思い思いに受け止めようとしていた。

 

「しかし、すごかったな」

「なにが?」

「そりゃ全部だろう。精神に入るってことも、記憶を見ることも、あの二人も」

 

 一夏の言葉に全員が納得して首肯する。

 なによりもアイズとセシリアの記憶を見たことで擬似的に二人のこれまでの軌跡を追体験したことになる。まだ他人を信じようともしなかったアイズと、母のようになりたかったセシリアの出会いから今に至るその変遷が途切れとぎれになりながらも要所は余さず見たために改めてあの二人が持つ絆の大きさと尊さに言葉にできない感情を宿していた。

 そんな当事者ともいえるアイズとセシリアの二人は今はぐっすりと眠っている。ここにいる面子とは違い、かなり強くリンクしていたことと、そんな状況下で擬似的にIS戦を行ったことで精神的な疲労はとても大きかったようだ。とはいえ、セシリアも昏睡状態というわけではなく、しばらく休めば自然と目を覚ますらしい。アイズも同様だ。

 

「二人が信頼し合っているのはわかってたけど、…………なんだろう、どう言えばいいのかわからないけど、あの二人だからこそああまでして思い合えるのかな」

「セシリアが、アイズのことをすべてだって言ってた意味がわかったわ。なんの誇張もなかったわけね。今のセシリアはただそれだけのために尽くしてきた結果よ。形は違うかもしれないけど、ストイックな求道者みたいなもんね」

「姉様にとって、真に対等といえるのがセシリアなのだな…………いつか、私もあのようになれるだろうか」

「なる必要はないんじゃない? アイズにとってはみんなが特別みたいなもんじゃない」

「そうだな、実際、私にも何度も自慢してきたぞ? ボクの妹はすっごく自慢だ、とな」

 

 箒の言葉にラウラが照れるように頬を赤らめる。特別とか、そうじゃないとか、アイズにとってはそんな線引きに意味なんてないのかもしれない。もともと好意は素直に表現するような性格だ。

 アイズ・ファミリアという少女は多くの人間に好かれているが、それ以上にアイズも誰かを好きになることが、好きなのだ。

 

「ここまで純粋な好意ってわかると自分が少し恥ずかしい」

 

 簪が呟くように言った。簪は自分でも自分が持つアイズへの感情が過激なところがあると自覚している。嫉妬も多いし、下心もある。アイズにもっと見て欲しい、もっと話して欲しい、もっと触れてほしい。それはおそらく、あの二人のような純粋な愛情とは言えないだろう。

 

「簪のほうが普通でしょ。あの二人のアレは、ある意味狂気よ」

「え?」

「あたしもお師匠とかから精神鍛錬としていろいろ学んだけど、無邪気ってのは狂気みたいなものらしいわよ。人は清濁を兼ね揃えて人だって。純粋悪がいないように純粋善もいない。愛情は自分のためであり他人のため。善か偽善かなんて問はナンセンスなんだと」

 

 あいも変わらずに鈴の意見は単純明快でわかりやすく、そしてだからこそ納得できるものだった。簪だけでなく、ラウラとて姉のアイズには自分だけを可愛がって欲しいという独占欲が存在している。大なり小なり、それは誰にでも言えることであり、それは当然アイズにもセシリアにもある。

 しかし、あの二人は、あの二人の間にある繋がりを一切疑っていない。それがさも当然のように受け入れている。

 まるで、はじめから存在していた半身であったかのように、互いの存在のすべてを躊躇なく受け入れている。そこまでいけばもはや信頼や友情などではない。愛という言葉でも言い表せていないかもしれない。それだけのものが、二人にはあるのだ。

 

「あれは例外中の例外よ。きっと織姫や彦星なんかよりよっぽど純愛よ」

「まぁ、それはわかってたことなんだけどね。………それで、どう思う?」

 

 静観していたシャルロットが突如として口を挟む。簡潔に言っただけだが、なにを問いかけているのかは全員がわかっていた。

 

「あの二人の過去だけど………マリアベルがレジーナ・オルコットで、セシリアも脳内改造を受けていたと知った僕たちだから、あの二人の記憶には違和感を覚えたと思うけど」

「確かにね。主観的な記憶って信用度がどれくらいかはわからないけど、今回見たあの二人の過去の出来事はたぶん本当のことでしょ」

「レジーナ・オルコットが偽装自殺だったとしても、…………明らかにおかしいな」

「細かいとこはいろいろあるけど、集約すればこれね。“なんでセシリアを放置したのか?”」

 

 それこそが最大の疑問だった。

 レジーナ・オルコットが亡国機業のトップであるマリアベルであると仮定した場合、その行動に一貫性がなく、まるで気まぐれに行動しているかのように見えてしまう。

 セシリアにあれだけ手の込んだ細工をしておきながら、自身は偽装自殺を行って放置する理由がわからない。どう考えても不手際、愚策だ。その人体修正内容から考えてもおそらく当初はセシリアを亡国機業の尖兵として使うようなことさえ考えていたはずだ。それなのに、現状は亡国機業の敵として存在するカレイドマテリアル社のトップエースだ。その原因がただの放置なのだからミスではなく作為的なものすら感じてしまう。

 

「敵にしたかったのか?」

「まぁ、快楽主義者っぽいし、その可能性はあるかもしれないけど」

「腑に落ちないな。だとしても放置したのは保護者の助けがなければ生活すらままならない年頃のときだぞ。下手をすれば衰弱死の危険もあったはずだ」

「確かに。もしあえて敵としたかったとしても、いくらでも効率的なやり方はあるはず…………あ、簡単にそんなことが想像できちゃった自分の腹黒進行度にちょっと自己嫌悪ッ」

「落ち着けよシャル。…………あと、ISによる襲撃だが」

「それも謎ね」

 

 垣間見た記憶の中でももっとも鮮烈で激しいイメージがそれだった。炎に包まれ、焼けていく屋敷。地獄のような熱気の中を逃げ惑い、そして明確な殺意でもって命を脅かされた。

 

「アイズ主観の記憶だと、セシリアを狙ったっぽいけど?」

「で、その容疑者がまたもマリアベルなわけなのよね……」

「戦闘用のISを用意できる組織なんてそうそうないはずです。テロ行為となればなおさらです。今でこそ民間や裏に流れた機体がありますが、当時は……」

「それこそ、亡国機業クラスの結社じゃなきゃ難しい、か。うーん、だとしてもセシリアを殺そうとする理由がわからないわ。もしそうだとしたらさっきの推論が全部吹っ飛ぶわよ」

「それに、助けにきた……のだとは思うけど、もう一機のISも謎だな」

「生き延びたってことは、そうなんでしょうね。さすがのあの二人でも生身でISに襲われて逃げられるはずがないわ」

「じゃあ、あの機体はなんなんだ? 束さんがなにかしたのか?」

「いや、博士と会ったのはたしか姉様がカレイドマテリアル社への所属が内定した頃だったはず…………このときは知り合ってもいないはずだ」

「………これ以上は無理ね。判断できる材料が少なすぎるわ」

 

 家族として愛情に溢れていたはずなのに姿をくらまして放置する。ISを使ってまで命を奪おうとする。そして愛していると言いながらセシリアの心を深く傷つける。

 マリアベルの行動は一貫性などなく、ただ刹那的に行動しているようにしか見えない。そこになんの意味があるのかまるで見えてこない。もしそこになにかしらの目的があるのだとしたら、おそらくそれを知るためにはまだわからない“何か”があるのかもしれない。

 それらすべてが推測だ。これ以上の議論は不毛だろうし、なによりセシリアとアイズのいない場所で話していてもそれこそしょうがない。

 

「さて、それじゃあの二人の様子でも見に行こうかしらね? どうせ間抜け顔しながら仲良く眠って…………」

 

 

 

 

【緊急連絡! 緊急れんらーく! 待機中のセプテントリオン隊、総員集合! しゅーごーう!】

 

 

 

 

 

 間の抜けたような、それでいて焦ったような束の声が突如として施設内に響き渡った。館内放送を通じて束の焦燥が伝わってきており、いったい何事かと全員が目を見張った。

 しかし訓練されているメンバーたちはすぐさま表情を引き締めて立ち上がり、思考も戦闘へと切り替える。

 

【あとIS学園から来てる三名! すぐに来て!】

 

「な、なんだ? いったいなにが?」

「姉さん……?」

「なにかあったのかな?」

 

 セプテントリオンの招集ならわかるが、特別に滞在を許可されている一夏たちまで慌てて呼ぶ要件とはなんなのか。おそらくいいことではあるまい。そんな緊張する三人にとって、いや、この場にいる全員にとって無関係ではない、衝撃の事態が告げられた。

 

 

【IS学園と連絡がつかない。あらゆる情報・通信が完全に途絶してる! おそらく、いや、まず間違いなく、IS学園が落とされた……!!】

 

 

 

 

 

 




これでチャプター11は終了となります。
次回から新章突入。陥落したIS学園を舞台に大激戦を繰り広げる【IS学園解放編】へと移ります。

マリアベルさんの思惑や亡国機業そのものについて次のチャプターで少しづつ明かされていきます。

そしてほぼオールキャラによる大乱戦となります。いよいよラストにむけて急激に事態が動いていきます。

完結まであとチャプターは二つです。ようやく終わりが見えてきたような気がしなくもない、といったところでしょうか。二年近く執筆してようやくここまできたと実感が少しづつ湧いてきています。

では要望、感想等お待ちしております。また次回に!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。