「ここか……」
少女は顔を上げ、片眼だけ開いてそこに聳えて立つまるで城のような豪邸を見上げていた。上流階級の人間ばかりが住むこの高級住宅街の中でも一際大きな存在感を放つこの建物だが、少女にとってはそれはもはや未知の領域そのものだ。見事な装飾がなされてる鉄格子越しに中を覗き見る。庭には噴水、色鮮やかな花が咲き乱れる花壇などが見える。この庭だけでいったいいくらの金がかかっているのか、少女には想像もつかない。
しかし、そんな豪邸なのに、少女の目にはまるで廃墟のような空しさがあるように見えた。
人の気配がほとんどしない。活気、というよりも生活感すら希薄だった。
「…………」
少女は一度深呼吸をすると、覚悟を決めて両目を見開いた。超常の力を宿したその瞳が金色に輝く。同時にひどい頭痛がしてくるが、ぎょろりと眼球を動かしながら目的の人物を探す。それはすぐに見つかった。
「いた」
庭園の片隅に膝を抱えて座り込んでいる影を捉える。ちょうど見えづらい位置だったが、この眼の前にはその程度など隠れているうちに入らない。正面脇の通用口に行くとなぜか施錠はしていなかった。鍵がかけられていたら柵をよじ登るつもりだったが、都合がいいと思ってなにも考えずに扉をくぐる。
中はもう別世界だった。暗く、薄汚い通りを寝床にしていた少女にとってここはまるで御伽噺の国へ入り込んだかのような錯覚すらあった。しかし、そんな感傷すら切り捨ててまっすぐにその人物のもとへと向かう。
やはりそこにいた。先程見たように、膝を抱えて俯いている。これまで笑顔ばかり見てきた少女にとって、こんな姿を見てしまったことに自分自身でもわからないほどの焦燥と悲しさを覚えた。
「…………セシリ、ア」
ああ、はじめて名前を呼んだ。はじめて呼ぶときが、こんな悲しい声になったことに少し後悔した。
「……」
セシリアはゆっくりと顔を上げた。その顔は少女が知るどの顔でもなかった。しかし、その表情を作るものを、少女は嫌というほど知っていた。
絶望、悲しみ、無力感。そんなマイナスの感情に塗りたくられた顔だ。逃亡生活をしていたとき、ふとガラス窓に映った自分の顔と同じものだ。少女は知らずに顔をしかめていた。
「…………あなたから来てくれるなんて、はじめてですね」
「なにがあったのさ」
儚く笑いながらセシリアが声をかけるが、少女は取り合わない。しかし、そんな少女にセシリアもなにを言えばいいのかわからないように沈黙してしまう。
「…………」
「二週間。長くても三日もすればボクに会いにきてたのに、この二週間なにをしてたんだ?」
「…………寂しかったのですか?」
「答えなよ」
少女の問に、セシリアは真っ赤になった眼を再び伏せて数秒の沈黙の後に小さな声で答えた。
「……両親が、亡くなりました」
「…………」
「この家に私は一人ぼっちです。……一人ってこんなに寂しいんですね」
「…………」
「そして明日には、この家を奪われます。私も、なにもなくなってしまいました」
「なに?」
「一人ぼっちと言ったでしょう? もう、この屋敷には私以外の人間はおりません」
「どこに行った? なにがあったんだ?」
「…………」
「知らない、か」
世間一般的な常識に疎いと自覚している少女でも、セシリアの置かれた状況が異常だということはなんとなくわかった。こんな大きな屋敷だ。噂程度にしか聞いたことはないが、おそらく使用人といった人間も多くいたはずだ。それが家主を亡くしてからたった半月程度で一人もいなくなるものなのだろうか。――――なにより、その一人娘を放置してまで。
冷静にそう考える少女は、自分が大して動揺していないことに気づいていた。確かにセシリアのこんな姿を見ることは不快だったが、それでもセシリアに同情するような感情は希薄だった。可哀想、というのもよくわからない。はじめから親の愛など知らない少女にとって親を失くす悲しさがわからない。
だからセシリアの気持ちに共感することができない。―――――それが、とても悲しかった。
「……そういえば、はじめて名前を呼んでくれましたね」
「え?」
「最後に、あなたの名前を教えてもらえますか?」
最後、とはどういう意味なのか。なにをするつもりなのかは知らないが、おそらくいいことではないだろう。
「どうする気なんだ? 言えばボクの名前を教えてもいい」
「そんな魅力的な提案をされたら、喋ってしまいそうですわ。……聞いてくださいますか?」
「ああ」
「……もう、ここに居てもなにもありません。親戚もほとんどが亡くなっていると聞いていますが、ただ一人だけ……頼れるかもしれない人を探そうと思います」
「そんな人が?」
「母に妹がいるので……私の叔母になります。もっとも、会ったことはありませんが……」
「頼りになるのか?」
「わかりません。ですが、他に頼れそうな人もいません……」
少女にとってそのセシリアの考えは甘すぎるという思いだった。セシリアのそれは希望的観測でしかない。人は善意という容物に容易く悪意を混入させる。人助けという名目で利を得ようとするのは人間の性であり、自然なことだ。大なり小なり、人は誰しもがそのような一面を持っている。それが悪いこととは少女も思っていない。
ただ――――純然たる殺意が滾るほど許せないのは、かつて自分を使い捨てのモルモットにした連中のように、他者を利用すること、弄ぶことを当然だと思っているような人間だった。思い出すだけで少女の胸の内が怒りと憎しみの熱で満たされる。沸騰するような憤怒の感情を無理矢理押さえつけながら、未だ悲しみに表情を曇らせるセシリアへと目を向ける。
人の死でこれほど悲しめることに、不思議な羨望を感じてしまう。きっと少女なら肉親が死んでも心はまったく動かない。それが人として不義理な人間のように感じることにどこか矛盾した嫉妬すらしてしまう。
きっと、セシリアが正しいのだろう。正しく育って、そして正しく少女としての姿なのだ。
「……お前は、幸せなんだ」
「……ッ、な、なにを」
「親が死んで悲しめるセシリアは、幸せなんだよ。親の顔すら知らない、名前さえ貰うことができなきなかったボクなんかより、ずっと」
その言葉にセシリアが絶句する。不幸な身の上だと思ってはいても、どれだけのものかまでは想像できていなかった。まさか名前すらないとは思っていなかったのだろう。
「約束通り、ボクの名前を教えてあげる。―――――被検体No.13……それがボクを示す唯一の呼び名だよ」
なんの気まぐれか、少女は今まで誰にも言わないと思っていた自身の過去を話していた。言葉にすることもできない苦痛と絶望を味わった。親に売られ、地獄のような場所から命からがら逃げ出し、今なお改造されたこの眼と脳が耐え難い痛みを与えること。呪いのように自身を蝕む悪夢が少女にとっての現実なのだ。
「13、とでも呼ぶかい?」
「そんなものは名前ではありませんわっ……名前は、お母様とお父様から贈られる最初の宝物なのですっ、そんな、そんな愛情のない呼び名など……!」
「……じゃあ、ボクはやっぱり愛情なんてもらえなかったんだな」
「そんなことを言わないで! どうして、あなたは……!」
「おまえは優しいな。ボクのことを知って悲しむよりボクの境遇に怒りを覚えてくれる。少し嬉しいぞ」
セシリアは涙を滲ませながら少女を見た。
少女の顔は寂しげであるが、どこか傍観した色が見えていた。そこでようやくわかった。少女は与えられることを知らないのだ。奪われることはあっても、与えられた経験がない。名前すらもらえなかったのだ。
だからセシリアが少女にいくら構ってもそっけない態度だった。なぜなら、与えられたらどうすればいいのかわからないから。愛情を受け取ることを知らないから。
それは、なんて悲しいことなのか。
そんな少女が無言でセシリアの横に座る。その距離は密着するほど近く、ふとセシリアの手に自身の手を重ねてきた。唐突な行動にセシリアも戸惑うが、少女がぽつりと目線を合わせないまま呟いた。
「これで少しはマシか?」
「えっ?」
「辛い時、寂しい時……誰か傍にいるだけで救われる。ボクが、おまえから学んだことだ」
その言葉は自己を律しようとしていたセシリアの心を容易く解きほぐしてしまった。顔をくしゃくしゃにしながら涙を流すセシリアに、しかしそれ以上のことはどうしたらいいのかわからない少女はただずっと傍にいて、優しく手を握りしめていた。
***
多数のレーザーがアイズへと襲いかかる。そのすべてが回避が間に合わないタイミングだ。逃げ道も既に塞がれている。アイズは絶体絶命の窮地にいながら、獲物を追い込むその術の鮮やかさに感嘆したほどだ。
しかし、その直撃の寸前、アイズの予想外のことが起きた。突然周囲になにかが現れる気配がしたかと思えば、今まさに当たるはずのレーザーの全てが一瞬で霧散したのだ。蛍のように輝く粒子がアイズの、レッドティアーズtype-Ⅲの周囲を覆い、その粒子が形成するフィールドに触れた途端にレーザーは収束性を失い拡散して無効化された。
さらに機体の背後にはいつの間にかレッドティアーズtype-Ⅲに搭載されているはずのないものが展開されていた。
「天照の、神機日輪?」
可動式のリングユニット。対粒子変移転用集約兵装――『神機日輪』。簪の機体である天照の代名詞ともいえるレーザー、ビームに対し圧倒的なアドバンテージを持つ攻守共に高性能な万能兵装だ。だが、当然これは天照専用の兵装であり、アイズが使えるものではない。
「ど、どうして?」
『簪ってコの記憶から借りタ』
「ルーア? 借りた?」
『コアリンクを利用して天照のデータから装備の情報を拝借したんだよ』
端的に言うルーアの言葉を捕捉するようにレアが答えた。
現実世界のルールが適用されているとはいえ、ここはセシリアの精神世界だ。そこへISコアを介することでアイズたちが介入している状態――――ともなれば、ある程度の情報伝達は可能だ。もちろん、リンクしてある機体データをそのままこの世界にまるまる再現するとなれば情報処理が間に合わないが、武装をいくつか召喚することは可能だ。なにより、つながっている操縦者であるアイズたちも、そしてそれぞれの機体のコアたちも目的が一致している。情報処理さえ間に合えば、こうしたアイズの援護は十分に可能だった。
「でも、それならレアとルーアに負担が……!」
『気にしナイ』
『無力でいるほうがよほど辛い。みんなもそう思っているみたいだけど?』
そんなレアの言葉に呼応するかのようにアイズの頭に皆の声が響く。
『よし、援護手段ができたわ!』
『姉様、援護します!』
『もともと天照の力はアイズを助けるためのものだもの……!』
『単一仕様能力は再現できるのか? なら“零落白夜”を使えば一撃で倒せるはずだ!』
それぞれが先程の沈んだ声ではなく、戦意と希望に満ちた声だった。その声を聞いただけでアイズはなにも言えなくなる。しかし、同時に友と戦えることに言いようのない高揚感も覚える。
悔しいが、セシリアの影であるアンチマインドは強い。奥の手を使えば届くかもしれないが、それでも確実じゃない。この戦いだけは絶対に負けることは許されない。この戦いを乗り越えた先にセシリアがいるのだ。だから影である同じ姿をした存在に負けるわけにはいかない。
はじめからアイズは自分一人の力でどうにかなるとは思っていなかった。いや、そもそもアイズは自分ひとりなんてちっぽけで、大した力なんてないと常々思っていた。
それは半分正しく、半分間違いだ。
確かにヴォーダン・オージェという超常の瞳を持つが、それでもアイズは無敵でも最強でもない。アイズ以上に優秀な人間をたくさん知っている。単純なIS操縦者としての力量でもセシリア、シール、束など強い存在は数多くいる。この眼も普段は封印しているので視覚を無くしている。だから見知らぬ場所では一人で出歩くことさえできない。
自分にできないことをできる人間はたくさんいる。そして、自分にない熱意をもって突き進む人間もたくさんいる。迷いながらも、前へと進むことを諦めない人間もたくさん知っている。そんな人たちを、アイズは尊敬している。そんな人たちからたくさんの勇気をもらった。しかし、それはなにもアイズだけではない。アイズのひたむきさもまた、多くの人間に影響を与えてきた。
それこそが、アイズ・ファミリアという一人の少女が持つ、誰にもない力だった。
自覚こそしていないが、アイズの持つ真骨頂は彼女のために多くの人間が味方になってくれることだ。それはアイズだからこそ得た“絆”という力だ。
アイズ一人ではどうしようもなくても、アイズの傍にはアイズを助けてくれる人間が多くいる。アイズは、それに精一杯の感謝を捧げる。
「……みんな、力を貸して」
その優しさに、好意に、全力で報いる。
『姉様とならどこまでも……!』
『アイズは私が守る!』
『行きなさいアイズ!』
『全力で援護するよ!』
『遠慮するなっ!』
『だから、アイズの戦いを……!』
この声に応える。それが、アイズの感謝の証だった。
「―――――ありがとうッ!!!」
『もちろんこの束さんも協力するよっ! さぁ娘たちよ! 全力でアイちゃんをサポートするよッ!』
いざというときのために状況把握に徹していた束が情報処理とリンクを司る核となっている二機のコア――【レア】と【ルーア】のサポートへ入る。情報処理特化型のIS【フェアリーテイル】による束のバックアップを受けたことでレアとルーアに流れる情報量が緩和され、余力をすべてアイズへの援護へと注ぎ込む。
レッドティアーズtype-Ⅲの機体に、帯電でもしているように小さくスパークする粒子がまとわりつく。その光のスパークはすべてレッドティアーズtype-Ⅲに流れ込む情報そのものだ。
『即興だけど、システム構築ッ! データインストール領域を確保、複数展開も数秒なら可能だよ!』
束だからこそできる荒業。ルーアが示した可能性をそのままシステムとして確立させる。リンクしている仲間とその機体からコアリンクを通して情報を伝達、それを精神世界の構築を維持しているルーアとそのフォローをしているレアへと送り、擬似的にレッドティアーズを強化する。この世界、この方法だからこそできる限定的ながら即効性の強化だ。
名称をつけるなら――――【レッドティアーズtype-Ⅲ-I.F.L.S.】。
セシリアへと手を届かせるためだけに存在するこの場、この時だけの強化体。そしてその具現化された情報の粒子が収束し、コアリンクによって形成されたイメージを忠実に再現する。
波打つように揺れる巨大な深紅の布――――甲龍の【龍鱗帝釈布】を具現化し、機体を包むように纏う。
『あんたなら上手く使えるでしょう!』
「ありがとう! 借りるよ、鈴ちゃんッ!」
対レーザーにおいて高い優位性を持つ特殊コーティングされた繊維で編みこまれた特殊装甲布。ビットのレーザーに対してのその防御力は既に実証済みだ。オリジナルの使い手である鈴と甲龍から直接コアリンクによって再現された限りなく本物に近いコピーだ。その性能も本物と変わらない上に、基本的な性能や使い方も鈴からのイメージがアイズへと伝わっている。
これを纏うことでこれまで不可能だった強引な突破の好機も生まれる。そしてなによりセシリアの知らないアイズの戦術が増えたということだ。奇襲が主戦法であるアイズにとって、それだけで強力な武器となり得る。
なにより、コアリンクを通して直接仲間たちに背中を押されているということを感じ取れる。それだけで、アイズの戦意は高揚する。使命感とも違う、義務感とも違う。ただアイズ・ファミリアという存在の意思で、その期待に応えたいと願っていた。気負いもなく、気後れもなく、アイズは友たちの力を存分に振るった。
「これなら!」
柔の盾である龍鱗帝釈布を纏うことでアイズの回避パターンが激増している。多少の被弾をいなせることから集中砲火を浴びない限り防御を突破されることはない。しかし、それでもセシリアはかつて鈴との戦いでこの武装を攻略している。そのセシリアの影であるアンチマインドも攻略法を知っている。
他の行動と並行して数を捌ける反面、この装備は高威力のものを防ぐことができない。鈴からのイメージを受け取ってそれもアイズは承知していた。
だから、アイズは叫ぶ。
「お願い、簪ちゃんッ!」
『使って、アイズ!』
簪の声に応えるように新たな装備が具現する。先程と同じ、日輪を象ったリングユニットが現れると同時に粒子を散布、レーザーを無力化するフィールドを発生させる。龍鱗帝釈布を貫こうとした一点集中射撃を余すことなく拡散させて無効化する。
「抜けたっ……!!」
そしてとうとうアイズがビットの包囲網を突破する。離脱を図ろうとするアンチマインドに向かい瞬時加速を敢行する。最後に残るのは鉄壁のイージスビットだけだ。当然、アイズとの間に割り込みをかけるそれに向かい、アイズは右腕を振りかぶる。
「ラウラちゃん!」
『はい!』
ラウラとオーバー・ザ・クラウドから情報を取得、すぐさまそれを具現化する。電磁投射徹杭鎚プロスペロー。絶大な威力を誇るそのパイルバンカーをイージスビットのひとつへと叩きつける。破壊まではいかなくとも、杭を撃たれたことで機能不全に陥れることに成功する。
「もらった!」
イージスビット単機だけならアイズにとっては掻い潜って本機へと攻撃することも難しくない。借りていた友たちの装備を解除し、勝負を決めるべく吶喊する。この距離は完全にアイズの間合いだ。全力でハイペリオンを振り上げる。アンチマインドも迎撃しようとスターライトMkⅣを向けようとしているが、アイズのほうが早い。
しかし、アイズの攻撃が届くわずか、ほんの刹那より前に飛来した光の矢によってハイペリオンを弾かれる。
「え?」
勝利の目前でそれが霧散したことでアイズが目を剥く。いったいなにが、と考える間もなく目の前にある銃口を見て緊急回避に移った。
しかし至近距離から放たれたベネトナシュのショットガンを回避しきれずに地面へと叩きつけられる。辛うじて龍鱗帝釈布の防御が間に合ったが、それでも軽くないダメージを受ける。
『な、なにが起きたの?』
『どこからレーザーが!?』
狼狽する声を聞きながら、アイズはようやく今起きたことを悟る。剣を握る手元付近にピンポイントで狙われた。あそこまで正確な狙撃はスナイプビットによるものだろう。
しかし、驚くべきことに狙撃はセシリアの背面から狙われた。
セシリアが迎撃しようとライフルを持った腕を振り上げた瞬間、その脇にできた射線を縫うようにレーザーが放たれたのだ。下手をすれば自爆するほどの距離だが、セシリアの腕前をもってすればたしかにできる神業だろう。ビット自体もアンチマインドそのものがアイズの視界から隠すための壁となる。視界に映らなければどうしてもアイズの対応もわずかに遅れてしまう。
まったくもってデタラメな技量だ。未だ一撃が遠い。思えば、アイズがセシリアより上だとはっきりと言えるものなど、それこそ改造されたこの眼くらいだろう。
それが現実だからこそ、セシリアにとってアイズは未だに守るべき存在なのかもしれない。
それを嬉しいと思っても疎ましく思ったことはない。しかし、アイズはセシリアと共に往くと決めたときからそれに甘んじようと思ったことなど一度としてない。届かなくても、足掻くことをやめない。
「…………」
無言で立ち上がり、借り受けた龍鱗帝釈布を全身を覆うように纏う。正攻法では遅れを取る。ならばアイズ本来の戦い方で届かせる。幸いにも援護を受けたことで武装は豊富だ。即興ではあるが、これらを駆使すればセシリアの知らないトリックスキルを構築することもできる。
圧倒されてはいるが、アイズは不思議と負ける気はなかった。
それは、アンチマインドの強さがアイズのイメージと近いからというものが大きい。あれは、アイズがイメージするセシリアの強さとほとんど一緒なのだ。
どんなときでも揺るがず、常に優位を維持する戦い方。神業というべき射撃とビットによる圧倒的な制圧力。それらを十全に駆使する戦闘能力。そのすべてがアイズが思い描いていた“最強”というイメージそのものだったから。
その最強に近づこうと、隣に立てるほどに強くなろうとしてきたアイズにとってこの戦いはむしろ僥倖だったかもしれない。これまで守られるだけで、見上げるだけだったその強さの天井がようやく見えた。見えるところまできたのだ。
このアンチマインドを超えられれば、セシリアと同じ場所に立てる。同じものを抱えることができる。たとえ幻想でも、そう思うことができたから。
「……いくよ、セシィ」
届かないとわかっていても、影であるそれにそう声をかける。
不思議なほど落ち着いた心が、まるで水面に浮かぶ波紋のように広がる。アイズは、この戦いで……いや、この世界にきたときから感じていたものの正体にようやく気づいた。
この世界も、あの影も、セシリアの心が生み出したもの。心そのものでなくても、そこから生まれたものには違いないのだ。
だから、アイズは嬉しく、高揚していたのだ。
セシリアの心が近くに感じられることが、嬉しくて。
「なんでだろう、昔のことがどんどん思い出していく…………あのときみたいに、じゃれあっているみたいに不思議と心地いい」
たとえそれが悲しみの心でも、その隣にいることがアイズにとっては嬉しかった。
だから、あとは手の届く場所に。
セシリアの手を握れるまで、近くに。
セシリアが苦しんで泣いているのなら、そんな彼女の傍にいることこそがアイズができることであり願いなのだから。
そんなアイズの心の声を聞いていたのはアイズと直接つながっているレア、そしてルーアだった。二人は戦闘維持に尽力しながら、アイズの本心から出たその思いを感じ取り、言葉にできない感銘を受けていた。それは学ぶということにほかならない。
アイズとセシリア。この二人の間にあるものが知りたい。
人間に近づいたコア人格たちは、アイズ・ファミリアという不器用で無垢なその心を糧に、己をさらに人間に近づけようとこの戦いの結末へと思いを馳せる。
『これだから、アイズと一緒だと退屈しない』
『人間ハ、矛盾バっか。でも、それが力にもなってイル』
『私たちコアにとって矛盾はバグでしかない。でもアイズは違う』
『そんなモノさえ全部のみこんデ、自己を構築すル。不完全で、アンバランスで、そしてとても強い』
『人間の可能性。欲しい。私も、それが欲しい!』
『学ぼう……人の心、ソレを知れバ、人間に近づケる』
だから羨望する。
束の手によって作られたコアは、人格を形成し、意思を持つ可能性を与えられた。その可能性をもっとも獲得したこの二機のコアたちでも、人の心が持つその強さを知りたかった。
だからコアは学ぼうとする。レアとルーアだけじゃない、白式や甲龍たちもこの戦いからなにかを学び取ろうとしていた。
そうすることそのものが、束が望んだコアの可能性だった。この戦いは決してアイズとセシリアだけのものじゃない。それを支え、見つめるすべてのものにとって決して小さくない影響を残すことになる。
次回からアイズの反撃が始まります。過去のアイズも次回からデレ期に突入です。
実はこれまであまり主人公機の強化はなかったんですがこのチャプター限定でチート仕様の強化体となりました。リンクした機体の武装、さらには単一仕様能力をすべて使用可能という鬼スペック。さすがにヤバすぎるのでここだけの強化です。ちなみに【I.F.L.S】はImage Feedback Link Systemの略称です。
そしてコアたちに強化フラグ。第二部予告にもちらっとありましたが鈴ちゃんと甲龍は第三形態に進化するのが確定しています。けっこうインフレ気味だと言われますがまさにその通りになりそうです(苦笑)まぁ、ラスボスのマリアベルさんが既にヤバすぎるチートなんですが。
暑さも本格化してきましたね、今日はかなり暑くて参ってました(汗)
皆様も体調管理はお気を付けください。
それでは感想等お待ちしております。また次回に!