双星の雫   作:千両花火

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Act.104 「あなたに会いたい」

「美味しいですか?」

 

 横からかけられた声を無視しながら焼きたてのパンを無言で頬張る。これまでカビの生えかけた廃棄物同然のパンしか食べてこなかった少女にとってその柔らかい白パンはそれだけで贅沢の限りを尽くした馳走のようだった。温かく、柔らかいパン。たったそれだけで、少女は幸福と思えた。

 しかし、はじめは施しなど受けるものかと拒否していたのだ。そんな少女だったが、焼きたてのパンの誘惑に勝てずに一口だけ、と言い訳をして齧り付いた。そして一口食べただけであったはずの意地がすべて吹き飛び、気がつけば貪るようにパンを食らっていた。

 その様子は、おそらく行儀なんて概念を彼方へと投げ捨て、ただ貪るように口へと入れる、そんな無様といえる食事風景だったろう。

 

「ふふっ」

 

 そしてそんな少女の横で、なにが面白いのか微笑みながらじっと見つめてくる者がいた。金糸のような髪と白い肌。来ている服も丁寧に作られたオーダーメイドという、その姿はまさに人形のようだった。

 セシリア・オルコットと名乗ったその娘は、ただ抱えてきたバスケットいっぱいに詰められたパンを見せながら少女に笑いかけてきた。

 つい先日暴力を振るったというのに笑顔でまた会いに来るセシリアに少女ははじめは恐怖した。何度か攫われそうになった少女にとって、無償の善意は悪意と等しかった。綺麗事を言う者ほど裏では悪意に満ちていると実体験で知っていた少女にとって、なんの悪意もない少女のその優しさにただ戸惑うしかなかった。

 だからはじめこそ敵対心を隠そうともせずに近づいてくるセシリアを警戒していたが、今ではこうして隣に居ながら無防備な背すら見せている。セシリアを警戒することは無意味で無害だと判断した結果であり、決して餌付けされたわけではないと自分に言い聞かせる。

 しかし、それでも身体は正直だ。もぐもぐとリスのようにパンを頬張り続けている。

 

「…………」

「もっと食べますか?」

「…………」

 

 本当はもっと食べたいのに、プイッと顔を背けて反抗的な態度を取ってしまう。ある程度腹が膨れたことで頭が回り、思考が回復してきたために今更ながら施しを受けたことに情けなくなってきた。本当に今更だった。そんな不甲斐なさを誤魔化すように少女はそっぽを向きながらセシリアに問いかけた。

 

「……どうしてそんなにボクに構うのさ」

「理由が必要ですか?」

「あたりまえだろ。理由がないのに、ボクにこんなことする意味なんてないだろ」

 

 ありがとう、の一言すら言えない自分自身に嫌気がさしながら少女はツンとした態度でそう返す。しかし、そんな少女の態度に対してもセシリアは笑みを浮かべたままだった。

 

「理由、ですか。そうですね……どうしてでしょう? きっと、ただそうしたかっただけですわ」

「……哀れみ?」

「否定はしません。でも、もっと単純なことです。きっと、……私はあなたと友達になりたい。そう思ったからなんです」

「……!」

 

 ともだち。たった四文字のそれが持つ意味を少女はまだ知らない。しかし、それは少女が欲しかったもののひとつには違いない。

 でも、少女にはまだそれを知らない。どうすれば手に入るのかも、手に入れてどうしたいのかもわからない。

 

「そろそろ名前を教えてくれませんの?」

「……嫌だね」

 

 本当は名前すらないというのに。

 もし名前があるのなら、きっと自慢するように言えるのに。

 

「そうですか。お友達になるのは遠いですね」

「……?」

「お友達になる第一歩は、互いを名前で呼ぶところからと聞きましたの」

「じゃあ一生無理だ」

 

 自分には名前がない。名前がなければ呼ばれることもない。もし本当に名前を呼ぶことで友達になれるというのなら、自分は一生友達なんてできないだろう。そんな自棄になったような思考にうんざりしつつも、少女は表情をぶっきらぼうに歪めた。そんな少女の様子に気づいているのかいないのか、セシリアはいくつもの問を投げかける。

 

「どうしていつも眼を閉じていますの?」

「見たくないからだよ」

「だから私の顔も見てくれないのですか?」

「別にいいだろ」

「じゃあ、どうして見ていないのに私が来たってわかるんです?」

「匂いと気配を覚えたんだ。いつもいつもボクのとこに来るから……なんで来るんだよ」

「迷惑ですか?」

「はじめからそう言ってるだろ」

「明日はサンドイッチを持ってきますね。ここのベーカリーはサンドイッチも美味しいんですの。私も作ろうとしたことはあるのですが、どうにもうまくできなくて……ああ、お母様に『うわ、不味ッ!?』って素で返されたときはさすがにショックで泣きそうになりました…………はぁ」

「話を聞けよ。あと手料理は絶対持ってくるなよ」

 

 勝手に思い出話を語りだすセシリアに少女が容赦のないツッコミを入れる。

 噛み合っていないのに、それでも不思議と意思疎通をしていた。セシリアはほとんど毎日少女を探して街を歩き、そして少女を見つけると嬉しそうに駆け寄ってくる。そのセシリアが駆け寄ってくる足音を少女はすぐに覚えてしまった。

 

「おまえこそ暇なのか? 毎日毎日飽きもせず……ボクと違って、普通はガッコーってとこに行くんじゃないの?」

「もちろん通っておりますわ。まぁ、私の場合は登校義務を免除していますので月に二、三回程度ですが」

「めんじょ? よくわからないけど、サボってるってことか」

「サボる……ふふ、そうですね。確かにそうです。私は悪い子かもしれません」

「ボクに構っている時点で、いい子ではないだろう」

 

 このときから既にセシリアはオルコット家の英才教育によって特例中の特例扱いで教育機関へは在籍のみで登校義務を免除。ほぼ家の中だけで教育をされていた。

 そして結果を残しているセシリアが少女に会いにいける時間は意外にもそれなりに確保できており、普通の学生よりも時間の融通は利くこともあって昼間のほとんどを少女との会話のためだけに費やしていた。

 

「私といるのはお嫌いですか?」

「好きだと思ってるのかよ」

「あなたは素直じゃないみたいですし、好意の裏返しかな、と」

「ばーか」

 

 そう言う少女だったが、その内心はどこか居心地の良さを感じていた。少女自身は気付いていなかったが、少女は飢えていた。誰かと触れ合うことに、誰かと話すことに、誰かとただ一緒にいることに。初対面こそ酷い対応をしてしまったが、それ以降はむしろ構って欲しいと悪戯をして強請る子猫みたいにぶっきらぼうな態度を取りながらセシリアを待っていた。

 

 たったそれだけのことで、少女の世界は確かに広がっていたのだ。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「ぐうう……!」

 

 迫り来る極光の矢を辛くも回避するも、アイズの回避コースを読みきったような二射目がすぐ目前まで迫っていた。タイムラグがほとんどないにも関わらずにその全てが急所を的確に捉えていた。

 回避が間に合わないと判断してすぐさまハイペリオンを盾としてレーザーを弾くも、ほぼ同じタイミングで今度は左側面から狙撃される。身をひねることで直撃こそ避けたが、絶え間なく襲いかかってくるレーザー狙撃に安堵する間もなく対処を強いられる。アイズでも完全回避は不可能で時折レーザーをかすめてしまう。じわじわとダメージを受けながらじっとチャンスを待って耐えていた。

 

 しかし、セシリアの影であるアンチマインドの猛攻は止まることなく徐々に、確実にアイズを追い詰めていた。

 

 ビットを使ったオールレンジ射撃。しかもそれはすべてが急所狙いのピンポイントショットとなる。一撃でも直撃を受ければレッドティアーズの装甲では大ダメージは必須、下手をしたらそれだけで意識を刈り取られる危険性があるほどその射撃には容赦がなかった。

 

『アイズ、背後と上!』

「く、……このぉっ!」

 

 レアの警告にアイズが両手にもったハイペリオンとイアペトスを振ってレーザーを切り払う。この“レーザーを切り払う”ということ自体アイズとレッドティアーズtype-Ⅲの凄まじいスペックを証明しているかのようだが、そんな絶技をもってしてもアイズは追い詰められていた。

 精神世界とはいえ、IS戦が成り立っている以上、現実世界におけるルールが適用されている。つまりアイズはその実力を十全に発揮しており、セシリアの影であるアンチマインドもそのオリジナルであるセシリア・オルコット本来の力を発揮している。これは純然なアイズとセシリアの実力差とイコールなのだ。

 アイズは【L.A.P.L.A.C.E.】こそ使っていないが、間違いなく全力だった。ヴォーダン・オージェは制御限界まで活性化し、視界に映るものすべてを解析し、この力で射線をすべて見切っていた。

 

 しかしそれでも、アンチマインドに押されていた。

 

 それも当然だろう。セシリアはアイズを一番知っている人物だ。そしてこれまでアイズと最も多く戦って来たIS操縦者でもある。だからデータだけでなく、実体験を含めた対アイズにおける経験値が誰よりも高いのだ。

 対シールにおいては未だにある程度のトリックスキルを隠し持っているアイズであるが、セシリアにはそれらはすべて知られている。しかもアンチマインドのセシリアは相手がアイズだからと手加減も容赦もしない。おそらく現時点ではシールと戦うよりも強敵なはずだ。アイズの手の内はすべて知られているだけでなく、癖もヴォーダン・オージェの限界も熟知している。

 なにより、既にセシリアは対ヴォーダン・オージェの戦術を確立させていた。もともとアイズと幾度も模擬戦闘を繰り返しており、さらに生真面目なセシリアはシールやクロエといった敵性体も現れたことでしっかり戦術プランを練り直していた。亡国機業のIS四機を相手にして、特に規格外のシールがいながら互角以上に戦えたのも事前対策を行っていたためというのもある。

 

 そしてセシリアとブルーティアーズtype-Ⅲはヴォーダン・オージェと相性が良い。すなわち、全方位の狙撃による死角からの強襲だ。

 視覚を介して解析するのなら死角から攻撃すればいいという、単純にして明快な攻略法だった。もちろん、ヴォーダン・オージェの力には高速思考などもありそれだけで勝てるほど容易ではないが、それでも反応が追いつかないほどの数で常に死角を狙えるとしたらどうだろうか。

 結果は、この状況を見れば一目瞭然だった。凌ぐだけで精一杯のアイズは、未だ攻撃を仕掛けることさえできない。粘ってはいるが、ほぼ完璧に封殺されていた。

 模擬戦の戦績はほぼ互角だというのに、この状況は泣きたくなる。どうやらセシリアはこれまでその実力を隠していたらしい。いや、本人は本気のつもりでも結局はアイズに甘かったということなのだろう。

 

「わかっていたけど! 強い……!」

『左下、上から二射!』

「くっそぉッ!」

 

 レアから索敵のバックアップを受けてようやく互角だ。あらためてセシリア・オルコットという存在の強大さを実感する。単体としてのスペックならアイズのほうが若干上だろう。しかし包囲している僕であるビットの存在がそれを覆している。それぞれが個別に操作されたそれはもはやセシリアに従う兵士といってもいい。隙を見せれば即座に狙撃を狙い、さらに特殊能力を付与されたそのビット群はアイズのさまざまな行動を阻害する。

 有視界戦闘であり、射撃兵装を持たないアイズにとってはジャミングビットの機能はほぼ無意味であり、ヴォーダン・オージェがあればステルスビットも確実ではないが看破が可能だ。

 スナイプビットも十分に注意すれば対処可能。しかし厄介なのはイージスビットとリモートビットだ。

 統率機であるアンチマインドの傍から離れない二機のビット――鈴の発勁すら防ぐエネルギーと特殊装甲の二重防壁を展開するこの盾がアイズに踏み込む隙を与えない。単純な攻撃力でいえば鈴より劣るアイズでは当然この盾を一撃で破壊することも難しい。

 そして怖いのはリモートビットによるノータイムでの高威力砲撃だ。リモートビットは単独で粒子変換した武装を召喚することが可能で、さらにあらかじめチャージを済ませておけば展開後即発射が可能という速攻と必殺、両タイプの能力を持つ。ピストルで撃たれるかと思ったら極大のビームが来た、なんてことになれば回避できない危険性もある。特に弾道を変化させる歪曲ビーム砲のアルキオネは事前察知無しで、しかも至近距離から撃たれればアイズの反応速度でも間に合わない。

 

「隙らしい隙もない……! こうなったら多少強引でも……!」

『……アイズ、罠!』

「うっぐ……!?」

 

 レアの声に慌ててその場から飛び去ると同時に激しくスパークするビームが目の前を横切った。アルキオネによるビームだ。常に注意していたことと、レアの索敵が間に合ったからなんとか回避はできたが、おそらくこの高威力ビームによる撃墜を狙っていたのだろう。アイズが踏み込むと同時に死角から撃ってきたのだ。もし直撃していればレッドティアーズの装甲ではとても耐えられなかった。

 

「くそ……!」

『わかっていたけど、本当に強い。これで第二単一仕様能力まで使われていたらと思うと寒気がするね』

「それだけが救いだね……」

 

 当然アイズもブルーティアーズtype-Ⅲの第二単一仕様能力は知っている。光を操り、武器に変える能力【S.H.I.N.E.】。ピーキーさで言えばアイズの能力よりも激しいが、それでもその汎用性と威力の高さはまさに無敵といっても過言ではない。実際には条件が多すぎて難しいが、もしもこの能力を最大使用した場合、セシリア単機でセプテントリオンすべてを相手取ることさえできるだろう。

 しかし、このアンチマインドはその能力は使用しない。いや、できないと言うべきだろう。アンチマインドはあくまでセシリアの影。セシリアの能力と搭乗機であるブルーティアーズtype-Ⅲは使えても、コアの潜在能力を引き出さなければ第二単一仕様能力は使えない。コアであるルーアがアイズに味方する限り、この能力は完全に封じることになる。

 

 しかし、それはアイズも同じ。ただでさえコアのリンクという荒業を使っているのだ。それだけでレアにも相当の負担をかけている。もし【L.A.P.L.A.C.E.】を使ってもレアの負担が増えてリンクが切れるリスクがある。もしそうなれば他の皆はともかく、深層までつながっているアイズの精神がどうなるかわからない。少なくとも、今はまだそんな博打をするときではない。

 だが、こうして戦うことでさえレアに負荷をかける行為には違いない。アイズは申し訳なく思いながらも、それでも相棒を頼る。そしてレアも、アイズの力になることに、たとえ苦しくても一切の弱音を吐かなかった。

 

「レア、ごめんね。もうちょっと付き合ってもらうよ!」

『仕方ないなぁ。本当に私がいないとアイズはダメなんだから! ……でも、それが私の役目。私の負荷は気にしないで思いっきりやって!』

「ありがとう!」

 

 お礼の言葉を叫び、リミッターのひとつを外す。ヴォーダン・オージェの活性度を制御可能域から一歩踏み出し、アイズの眼と脳のナノマシンの処理能力を上昇させる。鈍い痛みが眼と頭に宿るが、意思だけでその痛みを無視する。もしかしたら、現実世界のアイズの本体では目から血涙でも流れているかもしれない。そんな考えも即座に切り捨て、ヴォーダン・オージェだけでなく、これまで培ってきた技術、直感をも駆使してアンチマインドへと挑む。

 アイズは、自分のことをあまり強者だと思ってはいなかった。セシリアと違って多芸とは言い難いし、結局この瞳がなければ戦うことさえ難しい。これまで幾度となく戦ってきたが、実戦で楽勝だった戦いなどひとつもない。自分にできることは、ただまっすぐに剣を振るうことだけ。その剣を届かせることだけを考えて、どれだけ泥臭くても惨めでも足掻く。それしかできずに、そしてそうやってここまで来たのだ。

 だからこそ、必ずこの刃を届かせる。その切っ先に不屈の思いを宿してアンチマインドのガラス玉のような眼を睨みつけた。

 

「セシィの影なら、わかるはずでしょう。……ボクは、絶体絶命でも諦めたりしないって! だからそこを退いて! そして……セシィに、会わせてよぉッ!!」

 

 それは、熱を持った悲鳴のような叫びだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 アイズとアンチマインドとの戦いはそれを見ていた面々の目を釘付けにしていた。

 今の彼女たちは意識のみアイズとつながっている状態なので、できることはせいぜい声援か助言程度だろうが、展開される高速戦闘にそんなものを挟み込む余地など一切なかった。はじめは声援を送っていた簪やラウラもそれを悟ったのだろう、今は耐えるようにその戦いを見つめていた。

 雨のように降り注ぐ無数のレーザー。それに囲まれながらも致命傷だけは確実に避けて切り抜けるアイズ。幾度も光の檻から脱出しながら本機であるアンチマインドに迫ろうとするアイズだが、そんなアイズを決して近づけさせずに多彩な武装で迎撃する。

 もし共に戦えたとしても、果たしてこの戦いに割ってはいる余地などあるのか、そんなことさえ思ってしまうほどにこの戦いは異常だった。そして何人かはそんな戦いをこれまで目撃したことがある。

 

 シール。アイズ以上のヴォーダン・オージェを持つ、単機としては規格外の脅威とされる存在。そんなシールとアイズがぶつかれば、それは高速思考と読み合いの応酬となり、そのあまりの規格外な速度域で展開させる戦闘は常人の反応速度では援護さえ至難という状況となる。この戦いはそれに酷似していた。

 高速思考と並列思考のぶつかり合い。極限まで高まったアイズの反応を、アンチマインドは十機のビットを操り封殺する。

 一見すればほぼ互角に見えるが、全員が気づいていた。

 

 このままなら、負けるのはアイズだと。

 

 凌ぐだけで精一杯のアイズに対し、アンチマインドは未だ余力を残している。様々な戦術を試していることから追い詰められているのではなく、むしろじっくりと確実にアイズを仕留めようと仕込みをしていると見るべきだ。長期戦は確実にアイズに敗北をもたらすだろう。

 

「まずいわ……これじゃ嬲り殺しになるわよ」

「だが、今の俺たちじゃあ……!」

「アイズ……!」

 

 なにもできない無力感に押しつぶされそうになる。しかし、そんな外野の感傷など知ったことではないというように戦いは続いていく。

 反応速度が増したアイズが徐々に押し返していくが、それは諸刃の剣となる力だ。短期決戦でなければアイズの勝利は訪れない。

 

「それでもセシリアに崩れる様子はないわ……あいつ、あたしと戦ったときよりずっと強いじゃない。ちくしょうめ……!」

 

 圧倒的な実力を見せつけるアンチマインドに鈴が苛立たしげに呻く。以前代表候補生の交流戦という名目で戦ったときはドローという結果に終わったが、おそらく時間制限がなければ八割以上の確率でセシリアが勝っていただろう。本物ではないにせよ、同じ実力だというのなら鈴は未だセシリアに追いついていないということを嫌でも思い知らされる。

 そんな不愉快な気分でいたところ、ふとその存在に気付いた鈴がじっとその姿を見つめた。

 

 セシリアをそのまま小さくしたような少女。ブルーティアーズのコアが人格を形成した姿という【ルーア】だ。彼女はじっとアイズの戦いを見つめており、未だ感情が薄い表情はしかし、どこか緊張しているように見えた。そんな鈴の視線に気づいたのか、ルーアも鈴に視線を返してきた。場所という感覚もよくわからない意識だけの状態で視線を交わすというのは筆舌にし難い感覚であったが、確かにその視線は交わされていた。

 するとほんのわずかな違和感と共に、鈴の脳裏に声が響いた。

 

『あなタはリン、だネ?』

「テレパシーで挨拶とは洒落てるわね。ええ、そうよ。いずれあなたとセシリアを倒す女よ。よろしく、おチビちゃん」

『あなタが一番冷静みたいだネ』

「あたしは修羅場ほど落ち着く性格でね。ま、お師匠にそう訓練されたからだけど。それより、このままだとまずいわ。火急と判断して率直に聞くわ。どうすれば助力できるの?」

『無理』

「そこをなんとかしなさい。あたしは努力と根性肯定派だけど、今のアイズには酷よ。あの子、まだ撃墜されたダメージが回復してないのよ。たとえ精神世界でもその影響はあるでしょう。動きがいつもより鈍いわ」

『……今の私にできルことはナイ』

 

 ルーアは諦めたように首を振る。ただ見守るしかないというルーアに、しかし鈴はそんな傍観を許さない。

 

「それをなんとかしろって言ってんの。少しでもいい、援護できる方法を教えなさい。なければ今考えなさい」

『無茶……それに、これは』

「セシリアとアイズの決闘とでも言うつもり? 笑わせるんじゃないわよ。あんなのはセシリアじゃないわ。冷静に見えて感情で動く。意外とメンタルが弱くて、それでもアイズのことになると途端に無敵になる。それがセシリアでしょう。あんな中身のない人形、見ていて不快なだけよ」

 

 鈴の言葉は容赦がない。しかし、その言葉の裏ではセシリアとアイズを思いやる気持ちがあることをルーアも感じ取っていた。

 

「セシリアがなにを考えて、どうしたいのかは知らないけど、そんなことは本人にさせなさい。あんなただ拒絶するだけで答えが出るんならはじめからアイズだって危険を冒してまでここには来ないわ」

『…………』

「それにね、あたしも言いたいことはあるのよ。なんだかんだいって、結局一人で背負い込もうとするあの馬鹿に文句のひとつやふたつ、言ったっていいでしょう? セシリアは、いったい自分がどれだけの人間に心配をかけているのか理解するべきよ。あたしたちは、そんな役目をアイズだけに任せてしまった」

 

 それは後悔の念に近かった。結局それを言わずに実行したアイズにももちろん説教をしたいが、アイズとセシリアの違いはそこにあった。

 アイズは、目的のためなら何の躊躇いもなく他者に頭を下げる。特に今回のように、友を助けるためならアイズはたとえ敵であるシールですら頼ろうとするだろう。それを英断か、愚行かを問う気はないが、それはアイズの美点ともいえる。

 しかし、セシリアは違う。セシリアはどんな困難があっても、自己の力で成し遂げようとする。それが鈴には気に食わない。

 

「アイズは意地になってるかもしれないけど、この戦いは全霊を賭すものじゃないはずよ。あたしも、皆だって、セシリアを助けたいって思いは同じなのよ。なら、あたしたちにできることは……ううん、しなくちゃいけないことは、アイズとセシリアを会わせること。そのために、あの子の力になること。違う?」

 

 ルーアは鈴の言葉をゆっくりと咀嚼し、その言葉に込められた思いをしっかりと納得してから返事をした。

 

『……違わナ、イ』

 

 そして、ルーアの茫洋とした眼に輝きが宿った。

 

『私も、セシリアを助けたイ』

 

 

 

 ***

 

 

 

「あ、危ないッ!!」

 

 

 悲鳴のような簪の声に鈴が意識を再び戦いへと向けると、ビットに包囲され、完全に逃げ道を潰された状態で一斉射を受ける直前だった。すべての回避コースを潰されてはいるが、それでもアイズならなんとか切り抜けられるかもしれない。だが、そんなアイズの背後の下方から一機のビットが強襲してきた。そのビットには近接銃槍であるベネトナシュが装備されていた。これまで射撃ばかりだった中で近接武装を使っての強襲。普通の操縦者なら反応することさえできないだろうそれを、アイズはすぐさま察知して振り返る。

 相変わらず恐ろしい危機察知能力に舌を巻く思いだが、その一瞬ののちに目を見開く。

 

 それに気付いたのは鈴、ラウラの二人だけだった。

 

「姉様、いけません!」

「迎撃するな、回避しろッ!!」

 

 二人が咄嗟に叫ぶが、既にアイズは対処行動を起こしていた。

 脚部に装備されているブレードであるティテュスを展開すると、足を突き出すようにして刺突を放ち強襲してきたビットを貫いた。

 

 だが、それこそが罠だった。そしてそのときにはアイズも既にそれに気づいていた。だが、そのビットの接近はあまりにも美味しすぎた。脅威となるビットを破壊する好機に、罠と気づいても身体がほとんど反射として反応してしまった。

 早すぎる反応速度を逆手に取られた。ビット一機を犠牲にすることでアイズに致命的な隙を作らせる。全ては計算し尽くされた戦術に見事に陥れられた。

 破壊され、スパークして爆発するビットにアイズの動きがわずかに止まる。そしてその隙を逃すはずもなく、爆煙に紛れさせることでアイズの眼を無効化したレーザー狙撃が放たれた。

 

 その数、五つ。そのすべてが急所をピンポイントに狙っていた。爆煙でほんの一秒足らずの間ヴォーダン・オージェを阻害されたアイズが気づいたときには、自身を貫こうと迫る極光が目の前に迫っていた。

 

「アイズゥッ!!」

「姉様ァ―――ッ!!」

 

 絶体絶命の窮地に、悲鳴だけが響き渡った。

 

 

 

 

 光が、迸った。

 

 

 

 

 




書いたあとで思ったこと。

「ウチの鈴ちゃんはマジでイケメン」

鈴ちゃんの存在感がヤバイ。というかパネェ。鈴ちゃんはとにかくストレートにかっこいいキャラにしたいと思ってますが、今回のイケメン度は一番かも。

そしてルーアも動きます。次回はこのチャプター限定のレッドティアーズの強化体を出す予定。今回はどストレートに熱血にしていきます。

このチャプターが終わればいよいよラストに向けて突っ走っていきます。

感想等お待ちしております。それではまた次回に!

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