双星の雫   作:千両花火

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Act.103 「閉じられた宝箱」

 喧騒から外れた路地裏でその少女はうずくまっていた。汚れた毛布で全身を覆い、雪が降り始めた夜の寒さに耐えていた。

 少女がこうして路上で生活して既に半年以上が経過していた。数えて十にも届かない少女がこれまで無事にいたのはその妖しく光る両眼に依るものが大きい。

 

 人造魔眼――――ヴォーダン・オージェ。

 

 あらゆる視覚情報からすべてを見通す人が造った魔性の瞳。少女の眼と脳はこの魔眼に適合するため、未調整の危険なナノマシンに侵されている。命を削る激痛を代償に、少女が生き抜く力を与えるという少女にとって呪いそのものと言えるもの。ガラスに映った自身の姿を見るたびに、人外の怪しい輝きを宿すこの瞳に、そしてこの瞳を宿す自分自身に激しい憎悪と悲しみを抱いていた。

 

 幸せそうに歩く子供を見て妬む日々。

 

 家族と一緒に歩く子供を見て僻む日々。

 

 負の感情だけが激しく渦巻き、いつか暴発してしまうんじゃないかと怖がっていた。少女は復讐を願っていた。しかし、復讐を正当化しようとしても躊躇ってしまうほどに少女は優しすぎた。

 ――いや、少女は嫌だったのだ。誰かを傷つけ、陥れて、そして笑うような存在になれば、それは自分を苦しめた人間と同じになってしまう。大嫌いなものと同じになることが嫌だった。だから少女はどれだけ嫉妬しても、どれだけ憎悪を募らせても、どれだけその力があろうとも、この暗い感情を明かすことができなかった。ただただ自分の胸の奥底に押し込めるだけ。しかし、どれだけ力があっても未だ子供である少女の限界が訪れるのは必然であった。

 冬の寒さに身を震わせながら、自身の理不尽な境遇をいったいどうやって納得すればいいのかわからずにただただ苦渋を噛み締める。関係のない他人にこの怒りや憎しみをぶつけられたらどれだけ楽になるだろう。そしてそのあとにどれだけ後悔するのだろう。正しいことがわかっても感情の矛先が定まらない。

 

 そうして心が迷い、苦しいときには決まって空を見る。空は見るものすべてを情報化して脳を圧迫するこの瞳で、唯一安息と共に見つめることができるもの。少女にとってのゆりかごであった。

 そうして透き通った青空、夜空の星の輝き、夕焼けに染まるオレンジ色の空。いろんな表情を見せてくれる空だけが慰めだった。暗い感情に侵されていた少女に残された最後の純粋な憧れ。それが空だった。

 

 それなのに、その日は運がなかった。同じ場所に一週間といない放浪生活をしていた少女がその日にいたのはロンドン。霧の都と呼称されるように、霧の発生率が世界でも高い街だ。視界そのものを遮るかのような深い霧に遮られ、見えすぎるこの眼で見上げても空まで届かない。

 たったそれだけ。しかし、それが少女のストレスを加速させ、自制心が機能しなくなるほど少女の精神を追い詰めていた。

 

 それほどに、空が安らぎで。

 

 それほどに、少女は追い詰められていた。

 

 だから、そんな少女にかけられた声が善意のものでも、少女は感情のままに、敵意を宿して返してしまった。それは少女がはじめて行った“八つ当たり”だった。

 

 

「大丈夫ですの?」

 

 

 そう声をかけられ、少女が顔をあげる。超能力とも言えるほどの鋭敏になった直感が働かなかったことから、おそらく声をかけてきた人間には悪意はないのだろう。しかし、それで少女の溜まりに溜まって混濁した苛立ちが収まるはずがなかった。

 

「…………」

「どこか悪いの?」

「…………よ」

「え?」

「どっか、いけよ……」

「でも、あなたを置いては……!」

「何様だよおまえェ! ボクを見るな! そんな綺麗な眼で、ボクを見るなよ!」

 

 金糸のような髪と白い肌。そして青い瞳。おおよそ、正しく人らしく美しいその姿に少女は嫉妬した。なにより、その瞳に、美しいと純粋に感じるそれに映った自身の見窄らしい姿が我慢できなかった。

 自身の眼が大嫌いな少女にとって、綺麗な瞳に映ること自体が耐え難い皮肉であり、屈辱であった。それを知るはずもない金髪の少女は少し怯えながらも必死に声をかけた。

 

「そんな、あなたの眼も、綺麗なのに……」

「……ッ!!」

 

 その言葉が引き金だった。

 今まで耐えてきたすべてがどうでもよくなるほどに、少女の感情の最後の枷を外してしまった。綺麗な身なりで、綺麗な瞳で、不自由なく育っているような同年代の少女にそんな言葉を言われることがこれほどまでに耐え難いなんて思っていなかった。

 金色に染まった瞳は少女にとって呪い。それは不幸の象徴だった。それを羨むように言う目の前の存在が許せなかった。

 感情が暴れ、顔を真っ赤にして立ち上がるとその感情のままに少女は右手を振り上げた。拳ではなく平手だったのは無意識にブレーキをかけようとした結果かもしれないが、それでも思い切り頬を打った。パチンと頬を打たれ、倒れる姿を見ても少女の怒りは収まらなかった。

 睨みつけるという行為だけで眼と頭に痛みが走る。そんな痛みも不快だった。しかし、その痛みでブレーキがかかった。八つ当たりをしてしまったことを後悔しながら、それでもどうしたらいいのかわからずに金縛りにあったように動けなくなった。

 

「…………」

 

 叩かれた金髪青目の少女はしばし呆然としていたが、やがてゆっくりと立ち上がると頬を腫らしたまま再び少女の目の前に立った。その表情には、少女を気遣う色がある。ここまでの暴挙をしたのに未だに心配されることが少女にとって酷く惨めに思えた。

 

「…………怖いんですの?」

「こわ、い?」

「それとも、悲しい……?」

 

 少女はなにを言われているのかわからなかった。怖い? 悲しい? いったいなぜそう思われたのだろう。こんな暴力を振るってしまったのに、どうして逆に心配されてしまうのだろう。どうして逃げないのだろう、非難しないのだろう。そんな疑問が溢れ出てくるが、なにひとつ答えを持ってはいなかった。

 しかし、その答えを示すように少女の頬に指が触れた。ビクッと怯えてしまう自分に情けなくなりながら、手を伸ばしている目の前の金髪青目の少女を見つめ返す。ちょうど眼の真下あたりに感じる自分ではない誰かのわずかな体温が、不思議とこの冷え切った身体に染みていくようだった。

 しかし、ほんの数秒でその指が頬から離れ、掲げられたその指に付着したそれが目に映る。

 

「あなた、泣いていますのよ」

 

 涙。それが自分の眼から流れ出たことを理解するのにさらに数秒の時間を要した。

 

 泣いている。この自分が。

 

 たったそれだけのことが、ひどく受け入れ難かった。

 

「ごめんなさい……辛かったんですね」

 

 わかったような口を利く目の前の存在が許せない。いったいなにがわかるんだ。辛い? そんな言葉で済むことじゃない。わかってほしいとも思っていない。だから、その顔をやめて。お願いだから。……そんな支離滅裂な思考がぐるぐると回り始める。

 

 

 

 ――――そんな顔で、ボクを見ないで。

 

 

 

 自分が惨めで、情けない。八つ当たりをしてしまった負い目もあり、少女は今度こそ後悔から顔を歪ませる。いつの間にか流れていた涙がその量を増していき、いったい自分が今、どんな感情で涙を流しているのかさえもわからなくなる。ぐちゃぐちゃになった思考が最後に出した結論は、実に情けないものだった。

 

「……ッ」

「あっ……!」

 

 背を向け、その場から走り去った。―――――逃げたのだ。

 

 善意で声をかけてくれた相手に対し、逆上して暴力を振るって、それでも気遣ってくれたことに対して行ったことが目を背けてその場から逃げることだった。

 善意に対し無自覚な悪意で返した挙句に逃げる。それは、とても情けないものだった。

 

 

 

――――ボクは、臆病だ。

 

 

 

 わかっていた。自分は幸運にも生き延びているちっぽけな存在だということくらい。

 それでも、それをまざまざと見せつけられた。これまで幾度となく死から逃げてきた少女は、はじめて今生きていることから逃げたくなった。

 名前も知らないあの金髪青目の少女の顔が忘れられない。すべてを受け入れるようなその慈愛に満ちた顔は、少女にとって眩しすぎた。

 

 

 

 

 これが、最初の邂逅。

 

 セシリア・オルコット。そしてまだ名前すらなかった後のアイズ・ファミリアの出会いだった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 それぞれの使用者に酷似した姿を持つ二人のコア人格の姿を見たせいだろうか。アイズは久方ぶりに昔のことを思い出していた。アイズ自身でも思い出すだけでも恥ずかしい。感情の整理もできないまま生きるだけで必死だったとき、そんなときに出会ったのがセシリアだった。今でこそ最高最愛の相棒となったセシリアであるが、はじめてあったときはアイズが一方的にセシリアに酷い仕打ちをしていたという、アイズにとって黒歴史ともいえる思い出だった。大切な思い出には違いないが、愛も友情も知らなかった頃のスレた自分の姿は思い出の中だとしても恥ずかしいと感じて知らずに俯いてしまう。

 

「アイズ、アイズ」

「ん?」

 

 名前を呼ばれて思考を中断する。顔をあげると手をつないで仲良さそうな二人がなにか期待を込めた眼で見つめてきていた。

 

「お願いがあるんだけど、この子に名前を付けて欲しいの」

「ボクが?」

「お母さんから言われたんだ。アイズに名前をつけてもらえって」

 

 お母さんというのはもちろんISの生みの親である篠ノ之束のことだ。束がそう言ったということは、そこになんらかの意味があると見るべきだろう。それにアイズとしてもレッドティアーズのコア人格にはしっかり【レア】という名前があるのに、ブルーティアーズだけそう呼ぶのはなんだか仲間はずれにしているみたいで嫌だった。本来なら乗り手であるセシリアがつけるべきなのだろうが、ここは代理として名前を考えることにした。

 うーん、と少しだけ考えて、結局レアのときと同じようにインスピレーションに任せて名前を決める。

 

「レッドティアーズでレアだから、ブルーティアーズで……………ルーア。ルーアはどうかな?」

 

 Red-TearsからアルファベットをもじってRea[レア]。

 Blue-Tearsから同じようにとってLure[ルーア]。

 単純でなんの捻りもないが、双子機として生み出された二人の名前にとってはこれが最もいいと思い、そう決めた。

 

「ルー、ア」

「よかったね、ルーア」

「うン。アリがとウ」

 

 うまくしゃべれないように少しカタコトの言葉だったが、それでもわずかに微笑んでブルーティアーズ……ルーアが感謝を示す。レアほどまだ完全に覚醒していないというので、感情表現といったものはまだ不得手に見える。それでもしっかり独自に考え、伝えようとする姿はやはり人間のようだ。第三形態に移行しているのは伊達ではないということだろう。

 

『へぇ~、ISのコアは成長すると本人そっくりのちびっ子になるのか。甲龍もいずれはこんな姿になるのかしら?』

「んー、データがまだ二例しかないからなんともいえないけど、そうなるんじゃないかな?」

『なるほどね、ISは奥が深いわ』

「ふふっ。ISは最高の相棒だからね!」

「それにアイズは私がいないとダメだし」

「レア~、なんかボクを妹みたいに思ってない? …………っと、そういえばみんなは? なんか鈴ちゃんの声しか聞こえないけど」

『ああ、……まぁ、その、ね?』

「んん?」

 

 アイズが頭の中を探ると、確かに他の皆の気配はする。頭の中に居るというのはなかなかアイズでも不思議で違和感を覚えるものだったが、やや手探りで詳細に気配を感じ取る。

 

『…………ぐすっ』

 

 そしたらなにやら嗚咽が聞こえてきた。声からして簪、そしてラウラ。それ以外の箒や一夏、シャルロットもなぜかしんみりとした雰囲気を醸し出しており、いったいなにがあったのかアイズは混乱した。

 

「え? え?」

『あー、その、ね。今のあたしたちってアイズと意識をリンクさせてるわけじゃない?』

「う、うん」

『だからさ、さっきあんたが思い出してたイメージが伝わってきたのよ』

「………………え?」

 

 それはつまり、アイズとセシリアがはじめて出会い、そしてアイズにとって恥ずかしい黒歴史であるアレを見られたというのか。そう理解したとき、アイズの心中が激しく揺れた。

 見られて嫌なわけじゃない。ただなんの覚悟もなく知られてしまったことで動揺してしまった。まるで不良時代の映像を公開されたかのようないたたまれなさを感じていた。

 

「うう~! は、恥ずかしい……!」

『いやぁ、痛ましくってさすがのあたしも……』

「もういいから黙ってて! お願いだから!」

『はいはい。…………あと、みんな失望したわけじゃないから安心しなさい。戻ってきたら簪とラウラあたりにたっぷり甘えてやりな』

 

 その言葉を残し、鈴の意識の気配がふっと薄らいだ。どうやらリンク状態での会話をするときに皆の意識気配が強くなるようで、ただの観客となっているときは頭の中が少しざらつくような、あまり気にならない程度の気配となるようだ。こうした細かいことも束の研究には重要な事例となるのでしっかり心にメモをしておく。

 それにしても、相変わらず鈴はよく気遣ってくれる。アイズが抱いたほんのわずかな不安を察してあんな言葉を言ってくれたのだろう。心配してくれる皆も同じだ。アイズは頼もしく、優しい友たちと出会えたことに感謝した。

 

「こッチ」

「あ、うん」

 

 ルーアに先導され、庭園を歩く。こんな綺麗な庭園を見たのはいつ以来だろうか。懐かしい気持ちになりながらアイズは昔のセシリアそっくりのルーアの小さな背を見つめた。

 そうして案内されたのは、やはり中央に聳える本邸だった。オルコット家の栄達を象徴するかのような大きくて豪華なその屋敷は、アイズもはじめて見たときはセシリアがどこかのお姫様なのかとも思ったくらいだ。

 

「今は入レナい」

「え?」

「コノ家はセシリアの深層ノ中心。今のセシリアはここに囚われている」

「囚われている?」

「見れバ、わカル」

 

 アイズは窓から屋敷の中を覗き込む。

 そこで見た光景は、幸せという言葉が形となったかのようなものだった。無邪気に楽しそうに笑う幼いセシリアと、そんな娘を微笑ましく見守るレジーナ。互いに笑い合うその光景は、きっと昔にあった出来事そのままの光景なのだろう。

 この母娘が銃を向け合い、そして母が娘を一方的に嬲って蹂躙したと聞いて果たして信じることができるだろうか。アイズですら、この光景を見ればその事実が間違いなんじゃないかと思ってしまう。そして実際に昏睡状態に陥ったセシリアは、それを間違いだとしたくてこんな意識の底で目と耳を塞いでいる。

 

「セシリアは、否定シテいる」

「否定……」

「自分を苦しめタ人が、母のわけがナイ。母は、コウいう優しい人なのダ、と。世界を閉ジて、ちっぽけな夢の中でまどろンでイる」

「…………」

 

 アイズは窓に手をかけ、開けようとするもビクともしない。まるで鋼鉄であるかのように小揺るぎもしない。まるで外からの干渉を一切遮るように。おそらくこの屋敷の扉や窓、壁にいたるまですべてそうなっているのだろう。ここはセシリアの精神世界。セシリアの心そのものといっていい場所だ。

 

「リンクしてイる私デモ、この屋敷の中には入れナイ。ただタだ、夢の中デ過去の幸福を繰り返シてイる」

「……幸福、か」

「人間って不思議。今より過去を守ろうとする。過去は今に続く原因で、未来への糧。私たちはお母さんにそう教わってきた。でも、そんな理屈じゃないところも人間なんだね」

 

 レアの言葉にアイズはなにも言えない。ただ正論だけで、理屈だけで生きられるのなら、そもそもアイズもセシリアもこうしてはいなかったかもしれない。もしかしたら誰もが幸せになっていたかもしれない。でも、そうはならなかった。そうできないことも、人間ゆえに、なのだ。人格を形成し、人に近づいてももともとプログラムだったレアやルーアにはそんな人間の矛盾さが不思議に感じていた。

 

「セシリアを目覚メさせるってコトは、鍵のない宝箱を無理矢理開けて暴くようなモノ」

 

 それこそ、子供が大切にしている宝箱を無理矢理壊して中身を暴くような行為だとルーアは言う。うまい例え方にアイズが苦笑するも、ここまできてそんな言葉で動揺するアイズではなかった。茫洋とした眼を向けるルーアに、アイズもまっすぐにその金色の瞳を向ける。

 

「昔、ボクが腐ってたとき、無理矢理に手を掴んで引きずりあげてくれたのはセシィだった」

「…………」

「それまで、何度もセシィを悪く言って、ぶったり、石を投げたことだってあるのに、それでもセシィはボクを見捨てたりしなかった。……ボクはね、自分だけじゃどうにもできなかった殻をセシィに破ってもらって、ようやく立ち上がることができた」

 

 だから、これはその恩返しでもあるし、アイズ自身の願いでもある。それはもしかしたら一方的なものなのかもしれない。それでもアイズはこんな夢に沈むことは認められなかった。

 

「それに、こんな幻の幸せに浸ることは、セシィの幸せじゃない」

 

 そう言い切るアイズはキッとその母娘愛を表す母娘の姿を睨む。グッと腰を落とし、身体の中から力を練り上げる。鈴の加入以来教わった中で基礎的でありながら高い威力を持つ鈴直伝の発勁掌を躊躇いなく放った。

 ドン! という衝突音と共に、ビクともしなかった屋敷が揺れた。この屋敷そのものが拒絶の塊なら、アイズはその拒絶を拒絶するほどの“お節介”を込めてそれを揺らす。ここが精神の世界なら、単純な力ではなくそこにどれだけの思いを宿せるかでその強弱が決まる。それを本能的に悟ったアイズは目の前で繰り広げられている虚ろな幸せを破壊することも覚悟でさらに腕を振り上げる。

 ルーアは、揺るがないアイズを見てなにかを触発されたかのように表情を変えてそんなアイズを見つめていた。その瞳は、先程までのう虚ろさが弱まり、熱のようなものが宿っている。そんな変化の兆候が見られた姉妹を見ながら、レアが無言でいなかがらも嬉しそうに笑ってアイズを応援している。

 

 

 

 

 

 

 しかし、そこへソレは現れた。

 

 

 

 

 

「ッ!? アイズ、逃げて!」

 

 一番早くそれを察知したのはレアだった。レアは体当たりするようにアイズの身体を抱えてその場から跳躍する。体格差を考えればそれも驚くべき光景だが、そんな二人がいた場所に一筋の流星が落ちてきた。

 いや、それは流星ではない。レーザーの光だ。着弾したレーザーはしかし、なにも傷つけることなくそのまま消えるように霧散する。しかし、直撃していればアイズは大怪我どころか、致命傷を負っていただろう。

 

「な、なに?」

「…………来た。出てくるとは思ったけど」

「なんなの……!?」

 

 アイズはレーザーが発射された方向へと目を向け、そして息をのんだ。

 そこにいたのは青い装甲のISを纏った一人の少女。長大なライフルを持ち、背には十機にも及ぶビットが装備されている。間違いなく、あのISはセシリアの愛機……そしてルーアの身体でもあるブルーティアーズtype-Ⅲだ。

 しかし、それを纏う少女は―――――姿こそセシリアと酷似しているが、まったくの別人だった。顔や体つきはまったく同じ。しかし、その眼はまるでガラス玉のように生気がなく、ただ無機質な視線をアイズへと向けている。アイズには、それが人に見られているのではなくカメラを向けられているように感じてしまう。

 

『な、なんだ!?』

『セシリア? ……にしてはなんか変だけど』

『アイズ、大丈夫!?』

 

 アイズと意識を共有させている面々もこの人形のようなセシリアの搭乗に驚愕している。なにより、警告のひとつもなく攻撃してきたことに強い危機感を抱く。

 

「ルーア、あれは?」

「……セシリアの防衛本能、というベきモノ。今のアイズは深層意識に入り込んだ異物みたいなものだから心理的な抗体としてアレが生み出さレタ」

「じゃあ、セシィそのものじゃあないんだ?」

「姿は同じでもセシリアの心はやどってナイ。でも、実力は変わらナイ。むしろ心理的な抵抗が一切ナイから、かえって手ごわいかもしれない」

「この虚ろな宝箱を守る守護者ってわけか……」

 

 心理的な抗体。アンチボディ……いや、言うなればアンチマインド[anti-mind]といった存在だろう。

 そうしているとまたもそのセシリアの姿をしたアンチマインドがライフルを向けてくる。その動作には一切の迷いも躊躇いもない。アイズはレアを抱えながら距離を取るように後ろへと跳躍する。

 

「レア!」

「任せて!」

 

 着地と同時にレアが粒子になるように分解する。そして再び身体を再構築。アイズのための姿――アイズが戦うための鎧となるIS【レッドティアーズtype-Ⅲ】へと変化する。現実のときと同じ感覚でハイペリオンを展開して握り締めると、撃ち込まれたレーザーをその刀身で弾く。

 

「アイズ!」

 

 戦う姿勢を見せたアイズとレアに、ルーアが呼びかける。

 

「それはセシリアじゃナイけど、実力は同じ。セシリアの最強の自分というイメージで具現化しタ抗体だから、油断も、容赦も、手加減も、慢心も、慈悲も、躊躇いも、過信も、驕りもナイ」

「……………」

「だから、純粋な実力でセシリアを越えられナケレば……それには勝てナイ」

「そうなんだ……」

「でも、それに勝てなけレバ、結局セシリアには届かない。……アイズ、私モ信じテみる。……勝って、アイズ!」

「もちろん!」

 

 アイズは目の前のアンチマインドを見る。セシリアと同じ姿。そしてその強さも同じ。ちょうどいい。セシリアに並ぶために、セシリアを目覚めさせるためにも、ここでこのアンチマインドを超える。

 それが、アイズの覚悟と意思の証明になる。

 

「行くよ。ボクはあのときとは違うんだから。なにもできなかったボクは、もういない。それを証明する! だから、セシィ……!」

 

 握り締める剣に力が篭る。戦意を滾らせ、アイズはアンチマインドへと飛翔する。虚ろな幸せに囚われるのなら、それを破壊する。

 激しく意思を震わせながら挑むアイズに対し、アンチマインド――セシリアの影はなにも言わず、ただ無表情に引き金を引いた。寸分のズレもなくヘッドショットを狙ってくるアンチマインドに冷たい殺気を感じながら、アイズはさらにイアペトスとティテュスを展開。はじめから全力で戦闘態勢を取る。

 心の宿らないものだとしても、あれがセシリアと同じ強さを持っているのならアイズは自分の全てを賭けて挑まなければ勝てないとわかっていた。

 

「ボクを見ろッ!! ボクは、ここにいるんだ!」

「―――――」

 

 未来を求めるアイズの意思と、現実を拒絶するセシリアの影。二人の相反する願いが、銃と刃に宿されてぶつかった。

 

 

 




今回は早く更新できました。

メインバトルとなる、vsセシリアの影。アンチマインド戦の開始。この戦いを通してアイズとセシリアのこれまでとこれからの繋がりを描いていきます。

ちなみに純粋な実力はセシリアが上。アイズは主人公らしく、意思の力で戦っていきます。おそらくこの戦いが物語でもっともアイズが主人公っぽい戦いになりそう。普段はどちらかといえばヒロインみたいだし(苦笑)

次回も早めに更新……できればいいなぁ(汗)

感想等お待ちしております。それではまた次回に!

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