双星の雫   作:千両花火

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Act.102 「diver」

 束は目の前に表示された調査結果を見て唇を嚙んだ。

 おかしいと思ったことはあった。アイズのこともあったし、なにかしらの処置をされている可能性も考えた。何度かこっそりと検査したこともあったが、結果はシロ。特に何かしら修正されたような形跡はなかった。

 しかし、ここにいたり治療の一環として徹底的に検査した結果、――――恐ろしいものに気がついてしまった。

 

 表示されているのはセシリアの精密検査結果だった。

 身体能力も年頃の少女と比べてもそのスペックは歴然としているが、そこはセプテントリオンや国家代表レベルの人間なら当然といえるので問題ない。問題は頭の中――――脳にあった。

 セシリアの代名詞ともいえるビット操作を可能とするマルチタスク。そのあまりの思考制御に束もこれまで何度も疑問を抱いた。いくらなんでも、ここまでのマルチタスクを人間がすることが可能なのか、と。

 天才を自認する束でも複数同時の並列思考能力という一点ではセシリアには遠く及ばない。しかしそれ以外なら束はセシリアの能力の上をいくが、そんな天然の天才から見てもセシリアの脳味噌には疑問を抱くほどに、セシリアは規格外だった。考えてみれば、外部からのバックアップを受けてヴォーダン・オージェを制御したアイズと同等の戦闘能力を発揮する事自体がおかしいのだ。すでにセシリア・オルコットとはそういう人間だという認識がされているためにあまり疑問に思う者も少ないが、それは明らかに人間のスペックを超えている。アイズのように人体修正をされたわけでもないのに、そこまでの能力が得られるものなのか。そう疑問に思った束やイリーナが密かに調べても結果はなにも得られなかった。アイズのようにナノマシンで侵されているわけではない。それは確実だ。

 

 だが、今回束はセシリアとISコアの同調係数の調査のために遺伝子調査にまで手を出した。そこまでする必要は普通ならばないのだが、コアとの意識の同調を行うために徹底的に調べようと思った結果だ。そしてそれはセシリアの中に潜んでいた恐ろしいものを発見するに至った。

 

「まさか、遺伝子レベルで手を加えていたとはね……さすがの束さんもびっくりだよ」

 

 出来うる限りの精密検査をした結果、セシリアの脳内にあるものが発見された。

 それはアイズやラウラにも見られるナノマシンによる脳処理速度を向上させる補助脳。しかし、それはアイズ達のものと違い、有機的な構成因子を持つ【生体ナノマシン】によるものだった。

 ヴォーダン・オージェを発現させるナノマシンは極小サイズの機器によるものだが、セシリアに仕込まれているものは成長とともに生成される有機ボトムアップ式生体ナノマシン――――つまり、幼少期から成長と共に脳内に情報処理を行うシステムを形成していくことでほぼ完全に脳と一体化する生体型だ。こんなもの、見つかる方がどうにかしている。

 アイズたちが持つヴォーダン・オージェのナノマシンの動力は脳内の情報伝達に伝われる生体電流が使われることで起動するが、生体ナノマシンの場合はそれがもっとナチュラルに脳内の作用に組み込まれている。束が気付けたのは、セシリアの脳内の情報処理の電位に複数の不自然な偏りがあることを観測したからだ。

 束にとって生体科学は畑違いなので正確にはわからないが、こんなものを仕込むにはそれこそ胎児になる前の段階での遺伝子操作が必須のはずだ。

 

「だからこそのコレってわけかぁ、……狂ってるにもほどがあるね」

 

 束が手にとっているのはアイズたちが見つけてきた膨大な量に及ぶセシリアの経過観察記録だ。これはおそらく生体ナノマシンの生成具合のチェックという意味合いが最も大きいはずだ。脳というデリケートな部分での人体改造行為に等しいのだ。詳細な経過チェックが必要なのも当然だろう。

 裏に関わらせずに幼少期を過ごさせたところを見ると、脳にストレスを溜めないようにする配慮ゆえなのかもしれない。生憎とデータが不足しているために詳細は推測するしかないが、それはセシリア・オルコットという人間の人権を尽く無視していることに変わりはないだろう。

 

「結局、セッシーもアイちゃんと同じだったわけか」

 

 愛ではなく欲によって歪められた半生。そんな悪意の中でもがいてきたアイズと、知らずに培養されたセシリア。どちらが幸せで、どちらが不幸かという問は無意味だろう。しかし、それでもそんな二人が出会い、理不尽な運命に立ち向かっていたということは救いなのか、それとも呪いの延長でしかないのか。

 もしかしたらこの二人が出会わなければ、二人ともそんなひと握りの救いすら与えられずに深い絶望に沈んでいたかもしれない。そんなイフに意味なんてないことは束もよくわかっているが、この二人の周囲にはただひたすらに理不尽と悪意が取り巻いているように思えた。

 この世界に神様がいるのだとしたら、いったいこの二人にどんな運命を負わせようとしているのだろうか。

 

「それでも、アイちゃんは立ち向かうことをやめない。そしてそれは私も同じってね。私はアイちゃんの師匠で、おねえちゃんで、お母さんだからね!」

 

 束は誰に見せるでもなく、不敵に笑う。

 束は自己中心的で横暴、他人なんて、世界なんてどうなってもいい。ただ自分の夢を、願いを叶えられればそれでいい。そういう人間だと自認している。そしてそれが善いか悪いかなんて問答すら興味がない。

 今までも、そしてこれからも束はあくまで自分本位で全てを決める。

 

 だからこそ、束はアイズ・ファミリアという少女を全力で贔屓している。

 

 アイズは既に束にとって身内だ。箒や千冬、一夏といった限られた人間しかいなかった束の世界を広げてくれた恩人で、同じ夢を抱いた同士でもある。そんなアイズを束が気に入るまでそう時間はかからなかった。

 だから束はアイズのためならどんなことでもしてあげたい。アイズが望むものを与えてあげたい。アイズが幸せそうに笑うならいくらでも甘やかしたい。

 だからこそ、アイズが望むなら、眠り姫となったセシリアをたたき起こすことだって協力する。それが、どれだけのリスクを抱えていたとしても、アイズが望むものに手を届かせてやりたい。ほかでもない、天才である自分ならそれができるから。

 

「私もアイちゃんに甘いんだろうねぇ~、でもしょうがない。アイちゃんが可愛いのがいけない。それに私が一番アイちゃんを甘やかせるんだもの」

 

 一人で見る夢より、より多くの仲間と見る夢のほうが面白い。これはそれを教えてくれたアイズへの、恩返しだ。

 

「だから私が、アイちゃんの願いを叶えてあげるよ。コアネットワークを利用した精神同調……前代未聞の机上の空論なんだけど、アイちゃんのためならやってみせようじゃない。だから、アイちゃん」

 

 束は魅了されたように、頬を赤らめながら恋焦がれるように一人の少女を思い浮かべる。本人に自覚はまったくないが、アイズ・ファミリアという少女は束にとって自身が追い求めていた“可能性の具現者”だ。

 理論しかなかったISの可能性を次々に発現させていくアイズは、それでも自分がどれだけの偉業をしてきたのかわかってもいないだろう。

 

 世界最高峰のIS適合者。そんなアイズなら、また今回も束の予想を超えるものを見せてくれるかもしれない。

 

「アイちゃんも、また私に奇跡を見せてね」

 

 こんなときに不謹慎だとは思うが、それでも束は自身の胸の高鳴りを抑えられそうにはなかった。

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

「さて、アイズ。いろいろ聞きたいんだけどいいかしら?」

「なにかな、鈴ちゃん」

「どうやってセシリアの眼を覚ますの?」

「それはこのあと束さんが説明してくれるよ。専門的なことまではボクもわかってないし」

「ふむ、まぁそれはいいわ。でも問題は別よ」

「別?」

「セシリアの実家に行ったわけだけど、行きの片道に三時間、帰りの片道に五時間。この差はなに?」

「ああ、だって移動してるから」

「移動ってなにが?」

「この島が」

「またとんでもないことサラッと言ってんじゃないわよ! 移動? 動く島ってなによ! そんなの島じゃないわ! 船よ! 船が島ってなによ!?」

 

 着替え途中の下着姿のまま鈴が脱いだ服を握り締めながら吠えた。

 女子更衣室内に響き渡る大声に何人かが顔をしかめながら耳を塞ぐ。その中でも比較的冷静な……否、感覚が既に麻痺しているラウラとシャルロットが口を開く。

 

「うるさいぞ鈴。島の機密さを考えればそのくらいの隠蔽は当然だろう」

「だまれ黒ウサギ! あたしはまだ新入りだからこの魔窟に完全に毒されてるわけじゃないのよ! 常識人舐めんな!」

「まぁまぁ、気持ちはわかるよ。……うん、よーっくわかるよ。でもしょうがないよ。ここはもう万魔殿みたいなとこだから」

「シャルロット! その悟ったような生暖かい目をやめろぉ! ついでにそのメロンを早く隠せ揉みしだくぞぉ!」

「ひぃッ!?」

 

 さっさとインナースーツに着替えればいいというのに鈴は下着姿のまま暴れている。ラウラを除き、他の面々は自身よりスタイルがいいこともありその中心にいる鈴はいろいろとストレスが溜まっているのかもしれない。特にシャルロット、箒には噛み付きそうなほどに威嚇している。

 

「鈴ちゃんは今日も絶好調だね」

「いつもああなのか?」

「ん、だいたいあんな感じかな?」

 

 箒の質問に答えながらよいしょ、と赤いスーツを着込む。アイズのパーソナルカラーである赤を基調としたスーツは束が用意したアイズ専用となる代物で、通常のスーツの十倍は高価なものだ。その分様々な耐性が付与された高性能品であり、セプテントリオンでは個人の適正に合わせた専用装備として支給されている。それだけでなく、通常品ではありえない機能も付与されており、バイタル管理、さらにISコアとのリンクを滑らかにする特殊加工もされている。

 今回やってきた一夏、箒、簪にもこのスーツが貸し出されている。

 

「鈴、いい加減にしてさっさと支度しろ」

「ったく、わかってるわよ。常識人代表としてつっこんでやっただけだっての」

「いや、おまえが常識人というのはおかしいだろう。問題児の中でも上から数えたほうが早い」

「セプテントリオンに入る人間に常識は必要ないって束さんが言ってた」

「一番常識を放棄してる人がなに言ってんだか、まったく」

 

 ブツブツ言いながらも鈴もちゃんとスーツと装備を整えていく。

 別に戦闘するわけでもないのにここまで完全装備をする必要があるのかという疑問もあるが、束がそうしろというのなら必要なことなのだろうと納得させる。

 

「それにしても島が船、か。なるほど、場所を攪乱するには確かに効果的だね。現実味はないけど」

「……わかってはいたが、姉さんが関わるととんでもないな」

 

 移動式の拠点。それは確かに効果的ではあるだろうが、島をまるごと要塞化しただけでなく移動させる改造までしているとはスケールが違い過ぎる。しかしスターゲイザーという規格外な宇宙船を知っているだけに驚愕する一線が曖昧になっている面々は「ああ、そうなんだ」と流してしまう。

 

「慣れって怖いね……」

 

 悟ったように言うシャルロットの言葉が全てを物語っているようだった。

 

 

 ***

 

 

「よしよし、みんな来たね!」

 

 大規模実験レベルの広大な隔離シュミレーションルームでは既に束や火凛をはじめとした技術スタッフ総出で準備を完了させていた。広大な実験室に所狭しと並べられたISハンガーが分厚いコードでつながれており、さらに奥では巨大なジェネレーターが稼働している。

 

「なんだかすごいな」

「しかし、なぜISに? やはりコアネットワークの利用とやらに必要なのか?」

「そういうことだね。コアの情報ネットワークをリンクさせて操縦者同士の精神リンクをするの。ただ、表層だけじゃなくて深層までリンクするにはそれなりの準備が必要でね」

「それがこんな規模の?」

「イグザクトリー。さ、みんな位置について、アイちゃんはここね」

 

 アイズが指定されたのは円形に配置された中心にあるハンガーだった。そしてその横には場違いなベッドが置かれており、そこには未だ意識を取り戻さないセシリアが寝かされていた。アイズは少しの間、眠るセシリアを寂しげに見つめてからISを起動させてハンガーへと機体を固定させる。

 そのアイズとセシリアのいる場所を囲むように均等に六つのISハンガーが設置されている。各々がISを起動させ、技術スタッフたちの手作業でハンガーへと固定される。さらにいくつものコードがダイレクトに接続され、中央のアイズへと繋がっていく。

 

「はい清聴~。今から君たちには死んでもらいます!」

「んなッ!?」

「あ、ごめん。緊張ほぐそうとした冗談だったんだけどそこまでマジ反応されると困っちゃうかも」

「束さんの冗談は境界線フリーだからわからないんですよ」

「あ、でも死ぬ危険性があるのはホントだよ?」

 

 何気なく言われた宣告に今度こそ一夏たちが絶句する。これも冗談かとも思ったが今度はそんな様子はない。既にそこまでの覚悟を決めているアイズを除き、全員が冷や汗を流す。

 

「まぁ、一番そのリスクがあるのはアイちゃんだけど」

「っ!? 姉様!?」

「アイズ!?」

「ごめんね、言ったら止められると思って」

 

 てへぺろ、と舌を出して謝るアイズにラウラと簪が目を見開く。そこまでのリスクがあるとはこの二人も聞いていない。そしてセシリアを救うためとはいえ、命まで賭けると知れば間違いなく止めに入っていただろう。

 

「はいはい、そのリスクを少なくするのが私の役目。私が天才なのは知っているでしょう君たち! スターゲイザーに乗ったつもりで安心しなさい!」

「ハイスペックな規格外すぎて逆に不安になるんですけど!?」

「んー、そうだねぇ。詳しく説明するのは面倒だから、とりあえずこれだけ覚えておけばいいよ。アイちゃんがセッシーの深層意識に入る。みんなはその手伝いをしてあげて」

「手伝いって?」

「そこは実際に見て、感じてもらったほうが早い。と、いうわけではじめるよ! 火凛ちゃん、スイッチオンだよ!」

 

 オーバーアクションな動きで束が制御盤前で待機していた火凛に指示をすると、火凛は対称的に冷静にその怪しげなボタンにかけた指に力を入れた。

 

「ポチっとな」

「ちょ、まだ説明が、………ッ」

 

 抗議の言葉を言い終える前に一夏の意識が途切れた。そしてそれは一夏だけでなく、全員が同じように意識を失ったように脱力してガクンと頭を垂れる。ハンガーに固定され、ISを纏ったまま気絶したことでまるで磔にでもされているかのような光景だったが、全員の意識はただひとつに収束していた。

 

「限定コアネットワーク、正常。全員のバイタル安定」

「意識リンク、適合レベルをクリア」

「多重リンクをレッドティアーズへと固定。……type-Ⅲリンクへとコネクト。ティアーズの同調開始」

「同調率70……80……90……98.55%で安定」

「シンクロを確認……IS全機のコアネットワーク、オールグリーン。マインドダイブ開始しました」

「ここまではよし、と」

 

 準備が整ったことで最終確認を行い、束自身もオペレーションのために自身のISであるフェアリーテイルを起動させる。

 ISネットワークを利用した擬似精神融合の人為的な発生。それは束をしても初の試みだった。言うなればアイズやラウラ、シールたちが引き起こす精神の共鳴現象を意図的に起こそうというのだ。そしてそれに必須となるヴォーダン・オージェの力を持つのはアイズとラウラだけで、そして肝心のセシリアにはない。この条件下でこの現象を引き起こすために相当の無理を押し通したが、そこは天才である篠ノ之束である。すべての条件をクリアし、アイズたちをセシリアの精神世界へと送り届けた。

 

「もっとも、こっからが問題なんだけど。深層の意識なんて、それこそ下手をしたら永久に精神を囚われる迷宮みたいなものだからね。さしずめ、私はクノッソスの迷宮に糸を垂らすアリアドネーってとこかな?」

 

 無事に精神同調領域から帰還できない可能性もある以上、冗談でもなんでもなく束たちのオペレートは迷宮の出口にほかならない。いくつもフィルターを通してリンクしている一夏たちならまだしも、ほとんどダイレクトにつながったアイズのリスクは一夏たちと比べて遥かに高い。

 

「さぁアイちゃん、いってらっしゃい。束さんはアイちゃんの帰りをいつまでも待ってるぞっ!」

 

 

 

 ***

 

 

 

 空に落ちる。

 この不思議な感覚を言葉にするなら、そういう表現になってしまう。上も下もわからない奇妙な空間に投げ出された身体が、まるで重力に引き寄せられるように落ちていく。

 かつて、ラウラやシールと起こしたヴォーダン・オージェの共鳴による精神干渉と似た感覚であるが、あのときと違うのは共鳴ではなく一方的な干渉であるという点だ。

 鏡写のように互いの精神を写し合って精神領域を形成する共鳴と違い、一人の人間が作る深層意識に異物を放り込むようなものだ。それはさながら広大な海に潜っていくようなもの。

 深海へと沈んでいくかのような恐怖感がアイズを襲う。しかし、それでもアイズはただまっすぐにその意識の海の底を見据える。

 

 ISコアを通じてリンクしたセシリアの精神の海に翻弄されながらも、アイズはその中心へ……今も眠り続けるセシリアの意識の中――――夢の中へと向かっていく。

 

「がっ、ごぼっ……!」

 

 アイズの呼吸が次第に乱れていく。それこそ、海の中で窒息するように息ができない。もちろん海に似ただけのこの場で窒息なんてありはしない。しかし、あまりの過密度の情報量に脳のほうが圧迫されそうになる。

 

「ぐっ、げほっ……う、うう!」

 

 それでもアイズは止まらない。頭蓋の中の脳とナノマシンが激しく熱を帯びている。人の心に踏み入るという代償なのか、絶え間無い苦痛がアイズに襲いかかる。まるで、このまま意識の海に沈没していくかのようにアイズの意識が混濁してくる。

 

「ぐぐっ……!」

 

 あと少し。殻に閉じこもったセシリアの深層まで、もうあと少し。少しでも気を緩めれば海の中に溶けていくような危機感すら抱きながら、アイズは手を伸ばす。

 

 

「あっ」

 

 

 そして、急激な落下感。

 同時に海中にような息苦しさも消失する。どしゃっと地面に倒れたことで、気付く。手に触れる感触は石畳。視線を上げれば、色とりどりの花が咲き誇る大きな花壇と、その向こうに広がる鮮やかな庭園。その中心にある噴水からは光に反射した水が湧き出ており、まるで御伽噺に出てくる楽園のようにも見える。

 そして、その庭園の真ん中に聳えるのはまるでお城のような立派な建物だった。

 

『アイちゃん? 無事かな?』

 

「束さん?」

 

 まるで空間そのものから響くように束の声が聞こえてくる。キョロキョロとあたりを見回すが、ここにはアイズ一人しかいない。

 

『同調が安定したね。セッシーの深層意識に入れたと思うけど、どうかな?』

「あ、はい。たぶん、そうだと思います。懐かしい場所です。昔の、セシィの家です」

 

 そう、つい先程訪れたばかりの、廃墟と化したオルコット邸。それが、まだ人の営みが感じられた頃の姿――――破壊される前の、セシリアとアイズが子供のとき一緒に駆けたオルコット邸の姿がそこにはあった。

 

『ふむ、深層は安らぎを覚えている場所、と。新発見だね!』

「誰もこんな実験したことないですからね。……というか、死ぬかと思った。けっこう本気で。海に溺れた感覚そのままだったし……」

『それもニューディスカバリーだね!』

「まぁ、そのあたりの研究はあとにして……えっと、ラウラちゃんたちは?」

『ん? ああ、同調が安定したから今からそっちと繋がると思うよ』

「ん、むむむ? なんかキタ!」

 

 ざわざわと頭の中が揺れる。しかし、それは先程のような不快感はなく、まるで頭の中に直接声が響くような感じだった。

 

『ん、んん……ど、どうなってんのコレ!?』

『気がついたら豪邸が目の前に……え、手品?』

『と、いうかなんか目線が低いぞ、……それ以前に身体の感覚がないんだけど!?』

 

 それはラウラたちの声だった。そしてラウラたちの存在がアイズと重なるように感じられる、そんな不思議な感覚だった。

 

『はいはい、今説明するから静かにね~。まぁ、なんとなく感覚でわかるんじゃない?』

 

 それから束による簡単な説明が行われた。とはいえ、本当に簡単な説明だけで細かいことは省いている。

 世界初となる、ISのコアネットワークを利用した操縦者同士の意識リンク実験。机上の空論だったはずのそれを実現するために、世界で二つしか存在しない第三形態移行〈サードシフト〉した二機のティアーズを用いた人為的な意識融合。この二機のコアネットワークを媒体にして精神を干渉するというまさに未知の方法だった。

 本来ならともに意識がある状態で行うものであるが、今回は一方の受け手となるセシリアが昏睡状態ということで無理矢理に閉じられた意識の海へと潜っていくという強行手段となったが、いずれはこのネットワークを利用してどんな距離でも相互に意識疎通を可能とすることも束の研究テーマのひとつだった。

 

『じゃあ、私たちの意識もセシリアとリンクを?』

『ちょっと違う。リンクしたのはアイちゃんだけで、他のみんなはそのアイちゃんと繋がってる』

 

 つまりアイズを除く全員はただその意識をアイズに送り込まれているだけの状態だ。だから意識はあっても身体がない状態。この精神世界でもある程度自己判断で行動できるアイズと違い、ラウラたちはただそんなアイズというファクターを通してこの世界を見ているに過ぎない。

 

『みんなはそこに映された世界を見るだけのただの観客。でも、アイちゃんだけはその精神世界という舞台に上がることができる』

『んー、もしここがゲームの世界だとしたら、ゲームの中のキャラクターを操作するコントローラーをもってるのはアイズだけで、僕たちはそのゲームを見ているだけ……そんな感じですか?』

『そうそう、シャルるんのいった感じだね。口は出せるけど。さらにいえばアイちゃんはそのゲームの中に半分入っていて、みんなは現実寄りの位置から眺めているものだよ。リスクの違いもこれで理解できたかな?』

『なにかあってもあたしたちは現実にすぐ戻れるけど、アイズだけはその中から抜け出せないかもしれないってこと? リスクってそういう意味だったのね』

『なら、アイズの手伝いというのは? こんな状態ではなにかあっても力になることは……』

『大丈夫だよ箒ちゃん。みんなの存在そのものがアイちゃんにとって命綱だから』

『……? どういうことだ?』

『人間の意識ってそれこそ海みたいなものでね。そんなところに沈んだらもう浮かぶことができないかもしれない。だから、比較的表層のリンクしかしていないみんなの意識と繋がることでアイちゃんの精神が沈まないようにつなぎ止めているってわけだね』

 

 そうでなければアイズは二度とセシリアの意識の海から浮かび上がってこれなかったかもしれない。これは大袈裟でもなんでもない。それだけ人の精神は複雑怪奇なのだ。ヴォーダン・オージェの共鳴現象も似たようなものであるが、こちらのほうがまだリスクは低い。

 だから比喩でもなんでもなく、アイズと繋がることそのものがアイズの命綱なのだ。

 それを知ったラウラたちは自分たちがいる意味を知って緊張を強めてしまう。特にラウラや簪はアイズが抱えるリスクを知って表情を引き釣らせている。

 

「大丈夫だよ。ちゃんと、セシィと一緒に帰るよ」

 

 そんなリスクを抱えながらも、それでも笑って迎えに行くというアイズ。なんのためらいもなくアイズにそこまでさせるセシリアという存在に、どこか嫉妬にも似た羨望の念すら抱いてしまう。

 

『あたしたちをあの家に連れて行ったのにはこういう訳もあったのね。……で、ホントに大丈夫なんでしょうね?』

「大丈夫だって。それに案内人もいるし」

『案内人?』

「うん。…………いるんでしょ、レア! レ~ア~!」

 

 アイズが声を張り上げる。その声に応えるように、どこからか足音が近づいてきた。アイズが目を向けると、そこにいたのはまるでアイズを小さくしたような少女。それこそ、アルバムで見たアイズの幼少期そっくりの姿をしている。アイズの頭の中では意識をリンクしているみんなが驚いていることがわかった。ただ、唯一アイズと違うところは、そのアーモンド型の大きな瞳の色が、深紅色だということだ。

 自意識を持つにまで覚醒したレッドティアーズtype-Ⅲのコア人格――レアであった。ISを通じた同調であるがゆえに、レアもこの世界では自らの個体イメージをはっきりと形成してアイズと同じようにこの世界に足をつけていた。

 

「聞こえてるよ。まったく、またこんな無茶をして。ホントにアイズは私がいないとダメなんだから」

「えへへ、ごめんね。でも頼りにしてる」

「しょうがないな。まぁ、姉妹の頼みでもあるしね。協力するよ」

「姉妹?」

「うん。紹介するね。まだ、うまく自己表現はできないけどとってもいい子だから」

 

 そうしてレアが背後に振り返ると、そこにはいつの間にいたのか、もう一人小柄な少女が立っていた。金色の髪と、青い瞳。やや虚ろなその表情を動かさずに、じっとアイズへと視線を向けている。

 

「…………」

「……この子は」

「私ほど自意識は覚醒してないけど、同じtype-Ⅲのコア人格。……私の姉妹の、ブルーティアーズだよ」

 

 その姿はまさにセシリアの生き写しのようだった。セシリアと繋がることで学習し、進化したことで彼女と似た容姿となったのだろう。それこそ、アイズに似た姿となったレアのように。

 そしてそんなレアと並ぶ様子は、アルバムにあった幼いアイズとセシリアの写真の光景そのものだった。アイズは、まるで過去の世界の自分たちを見ているような錯覚に息を呑んだ。

 

「…………ヨロシ、ク」

 

 そしてたどたどしく挨拶の言葉を発しながら、ブルーティアーズが儚げな笑顔を浮かべた。

 

 

 




セシリアの精神へと入りました。次回からセシリアの過去が明らかになっていきます。

精神に入る、というものはいろんな作品でも見られますが、かなり描写に悩みました。現実のようで現実ではない未知の空間。そんなものを表現することの難しさに難儀しました(汗)

ちなみに私は映画の「ザ・セル」が好きなんですが、あんなすごい表現を思いつくことがすごいとはじめて見たとき感動しました。


はやいとこアイズvsセシリアのメインバトルを描きたいですが、大事なとこなのでいつも以上に慎重に書いていきたいです。最近はまた仕事も忙しく、出張などもありちょっと更新速度がゆっくりとなってきてますが、のんびりとお待ち頂けると幸いです。

もはや原作乖離(今更ですが)したストーリーをうまくまとめられるよう頑張って完結させたいです。それに最近はシリアスばっかなのでセシリア復活のあたりでほのぼのやギャグ回とかも書いてみたいですね。

それでは感想などお待ちしております。また次回に!

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