双星の雫   作:千両花火

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Act.100 「あなたの足跡を辿る」

「うっ……とっ……!」

「そうそう、そんな感じ。体幹の安定を覚えさせれば疲労度が格段に低下するわ。もともとセンスはあるんだから案外いいリハビリになりそうね」

「はぁ、はぁ……」

「はい、深呼吸~。あと間接もほぐしておきなさい」

 

 そんな鈴の声を聞きながらアイズは未だ怪我からふらつく身体を必死に動かして前へと足を踏み出している。未だあの敗北から一週間も経過していないにも関わらずにアイズはベッドから這い出して必死に身体の復調に勤しんでいた。本当ならあと一週間はベッドの上にいるべきなのだが、アイズはそれを拒否。ラウラに半泣きに懇願されても、頑なに譲ろうとはしなかった。

 こうなったアイズは止められないと悟るや、鈴や雨蘭による気功による回復を取り入れつつ多少の無茶はしても無謀はしないラインでのリハビリを許可することになった。アイズに押し切られたかたちとなったが、必ず誰かしらがアイズの隣で補佐と監視を行うことが条件とされた。

 今日のそんな監視兼監督役は鈴であった。根性論肯定派の鈴はそんなアイズの気概をむしろ応援しており、今もリハビリがてら効率よく身体を使役するやり方を教えている。もともと束から合気道や柔術といったものを仕込まれていただけあって基礎は十分だったアイズはスポンジが水を吸うようにどんどん鈴の教えを学び、習得していった。これまで教えられる立場だった鈴も教える楽しさを見出したようで笑顔でそんなアイズを支えている。ラウラなどはハラハラして見守っていたが、アイズの決意を理解して渋々ながら納得したようだ。

 

「しっかし、あたしが言うのもアレだけど、アイズも無茶が好きねぇ」

「ボクは必要だと思ったら無茶でもなんでもやってみせるよ」

「そういう根性は好きよ」

「ありがとう……本当に、ありがとう。鈴ちゃんが後押ししてくれなかったら、病室に監禁されていたかも」

「みんな過保護だしね。あたしは【気合と根性は道理を吹っ飛ばす派】だから」

「【一念天に通ず】だっけ?」

「アイズの場合は【一意専心】じゃない?」

「そうありたい、ね」

 

 そう言って一度深呼吸をすると手に持った模擬刀を振るう。多少身体は痛むが、その振りは鋭く、十分に実戦レベルのものだ。剣の扱いなら鈴よりも数段上のアイズのその剣閃に、鈴は素直に美しいと感じた。剣道のような一途さはなく、ただただ己の反復訓練で磨き上げたであろうその振りは荒削りさを突き詰めれば滑らかにできると証明しているかのようだった。

 見れば見るほど、知れば知るほど不思議な少女だ。そう感じた鈴は思ったことをアイズに問いかけた。

 

「…………アイズ、ひとつ聞きたいんだけど」

「ん?」

「アイズは、どうして戦う道を選んだの? あたしは戦うことが好きだから。でもアイズはそういうわけでもないんでしょ?」

「ボクは……そうだね、好き嫌いじゃなくて、それしか道がなかったから、かな」

「そんなことはないでしょう? アイズなら戦う以外のことだって……」

「ボクはまともな教育もされていないし、今あるボクの知識もほとんどがセシィや束さんから教わったことばかり。ボクが持ってるものなんて、それこそこの呪いみたいな瞳くらい。でも、それもボクの一部だから、この瞳でできることを考えて我武者羅に走っていたら…………気がつけば、剣を取っていた」

 

 ただ夢を想い、追いかけるだけで届くのならアイズはきっと剣を取ったりはしなかった。でも、アイズが欲しいその夢へと至る道にはあまりにも障害がありすぎた。そしてそれらは言葉だけでどうにかなるものではなく、理不尽に自身を傷つける悪夢のようであることを、アイズは嫌というほど知っていた。

 アイズはそんな障害を打ち倒す術として戦う道を選んだ。立ち向かい、倒れてもその壁を超えるまで何度でも挑む。己を蝕むこの超常の瞳がもたらす呪いのような運命に負けないように、自分の願いを叶えるために、大事な人を守れるように、アイズとして生きるために。

 

 アイズにとって戦うことは、立ち向かうこと。

 

 物心ついたときから理不尽に運命を歪められてきたアイズにとって、与えられるものはその全てが奇跡に等しくて。

 その奇跡を、手放したくない。だからありとあらゆる苦難に立ち向かう力が欲しい。そのために、歪んだ運命の象徴であった悪夢のようなこの瞳すら使っている。

 

 それは、絶望を希望で塗り替えられる奇跡を知ったから。だからアイズは、今も剣を握るのだ。

 

 

「ロマンチストね」

「そうかな? ボクはリアリストなつもりだけどな」

「その考えをリアリストがしたのなら、それはきっとステキなことなのよ」

「ステキだっていうのなら、それはそんなリアリストにそう思わせることができた人が受けるべき言葉だよ」

「なるほどね」

 

 鈴はアイズが抱く想いを知る。とても自分では得られない考えだろうと思いながら、鈴はこれまで見てきたアイズ・ファミリアという人間の成り立ちがようやくわかったような気がした。

 

 つまり、こういうことなのだろう。

 

「アイズにとって、セシリアは奇跡の象徴……ううん、奇跡そのものなのね」

 

 鈴の言葉にアイズはただ微笑んだ。鈴はここまで純粋で無垢な笑顔を見たことがなかった。人間の醜い面まで知っているはずのアイズが誰よりも綺麗に笑うことに、しかし奇妙な寂しさを覚えてしまう。

 

「もちろん、鈴ちゃんもボクにとっては大事な奇跡だよ」

「光栄ね。青臭い台詞なのに、今はただただ嬉しいわ。そしてあんたのジゴロっぷりの原因もよくわかったわ。この人誑しめ」

「じごろ?」

「人気者ってことよ」

 

 ケラケラ笑う鈴につられ、最後にはやはりアイズも同じように笑うのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 アイズが鈴とともに医療区画の病室に戻るとちょうどシャルロットがやってきたところだった。二人に気付いたシャルロットはホッと安心したように笑って駆け寄ってきた。

 

「よかった、いないからまたアイズが抜け出したかと思ったよ」

「ひどいなぁ」

「ちゃんとあたしが監視してたわよ。ま、あたしがいなかったらどうしていたかはわかんないけど? アイズは無茶するのが好きみたいだし?」

「うー、鈴ちゃんもイジワル」

 

 鈴が拗ねるアイズの頭を撫でてあやす。最近はずっと鬼気迫るような雰囲気を醸し出していたアイズだったが、いつもの調子に戻ってきたようでシャルロットも心配なことは変わらないが少しは安心できそうだった。やはりアイズはこうしてみんなから甘やかされているような姿が一番似合っている。

 

「そうそう、シトリー達が戻ってきたよ。お客様連れで」

「お客様?」

「さっき島に入る手続きしてたから、そろそろ来るはずだけど……」

 

 そうしてシャルロットが振り返るとちょうどその一団が廊下の角から姿を現した。同時にアイズも現れた気配を察知してピクンと身体を震わせて反応する。やってきたのは六人、うち三人は同じセプテントリオンのシトリー達のものだ。

 残る三人は少し懐かしいと思える気配だった。その足音や歩くリズムでアイズは正確にその三人を認識した。その先頭にいて、駆け寄ってくる気配を察知してアイズは嬉しそうに笑って声をかけた。

 その人の気配はアイズが大好きなものだ。だから目を開かなくても間違えるはずもなかった。

 

「簪ちゃん」

「アイズっ……!」

 

 変わらず目を閉じているにもかかわらずにはっきりとわかってくれたアイズに嬉しくなり、簪がアイズを優しく抱きしめた。半年ぶりに触れるアイズのぬくもりに簪の手にもついつい力が篭る。アイズも簪との気持ちの共有を表現するようにぎゅっと簪の腰に腕を回す。

 

「久しぶり簪ちゃん。来てくれたんだ」

「うん、うん。……大丈夫? 大怪我したって聞いて……」

「みんな大げさなだけだよ。このとおりボクは平気だって」

 

 問題ないとアピールするアイズだが、鈴とシャルロットの目は胡散臭そうにそんなアイズを見つめている。相当な無茶をしていると知っている二人は口を出そうとも思ったが、感動の再会を演出している二人を見て、さすがにそれは無粋だと思ったのか仕方なく口を閉ざした。

 そうしていると後ろから残りの五人もゆっくりとやってきた。その中でものそのそと歩いてきたリタが同じように半目でアイズを見ながらシャルロットに声をかけた。

 

「おひさ。……で、実際は?」

「相変わらず空気を読まないね、リタ。……本当ならあと一週間はベッドの上」

「さすが無茶に定評のあるアイズ。まぁ、おとなしくしてるほうが珍しいけど……ラウラでも止められなかったんだ」

「セシリアがああなって、最近までずっと怖いくらいの気迫でリハビリしてたくらいだもの」

「またラウラが泣くね。……で、そっちは噂の新入り?」

 

 不躾ともいえる視線を向けられる鈴だが、むしろ鈴も好戦的ともいえる目でその視線を跳ね返す。どうやら初対面で互いに似た者同士だと悟ったらしい。

 

「凰鈴音よ。よろしく」

「ああ、中国の候補生の」

「元、よ。やめてやったわ」

「そっか、うん。じゃ一時間後に訓練室」

「楽しみにしてるわ」

 

 ニヤリと笑ったリタが楽しそうに去っていく。そんなリタと同様に口元を釣り上げる鈴を見てシャルロットやシトリーは呆れたように眺めていた。

 

「あれって決闘の約束?」

「よく初対面で一分も経たないうちに決闘ができるものだよね。申し込むほうも、受けるほうも」

「二人とも脳筋だから」

「うるさいわよそこ! それに脳筋はお師匠で、あたしは頭脳派よ!」

「頭脳派ってなんだっけ?」

「戦うことしか頭にない脳筋のことじゃない?」

「息合わせて突っ込むんじゃないわよ!」

 

 シャルロットとシトリー。この二人もまた、セプテントリオンでコンビを組む二人だ。これまで任務で別行動であったが、久しぶりに会っても息はぴったりのようだ。

 そんなシトリーだったが、報告があるからとレオンとともにリタを追いかけていった。またあとで、と言いながらシャルロットがそれを見送った。

 そして一夏や箒といった懐かしい面々と顔を合わせ、まるで同窓会のような穏やかな会話が飛び交った。離れ離れになってからわずか半年ほどであるが、密度の濃い半年であったためか、全員が再会を心から喜んでいた。しかし、全員のその表情にはわずかに陰があることを全員がわかっていた。

 あらかた挨拶などをしてふと会話が途切れたとき、意を決したように一夏が口を開いた。

 

「それで、セシリアは?」

「怪我はそれほど深刻じゃない。でも、まだ意識は戻らない」

「セシリアさん……」

「……今回のことで、セシィにとって辛いことが大きすぎたんだ。だから、セシィは心のほうがずっとずっと傷ついちゃってるんだと思う」

「まさか、このまま目覚めないとか……」

「ありえる、って……」

 

 泣きそうに表情を歪めるアイズを見て、簪が心配そうに気遣うが、アイズはすぐに表情を引き締めて顔を上げる。弱気なところを見せてもそれに決して溺れない。簪にはそんな強くあろうと律するアイズの強さは、尊敬とともにわずかな切なさも感じられた。

 

「でも、そうはさせない。束さんからも許可が出たし、絶対にセシィをこのままにはさせない」

「許可? そういえば、なにか治療するとは聞いたが、……」

 

 その治療に一夏たちの協力がいると聞きやってきたのだ。現状を聞いてもどんな役に立てるのかもわからないが、もちろん一夏たちはできることはすべて協力すると決めている。

 

「そのことなんだけど……みんな、明日、ある場所まで一緒に来て欲しいんだ。簪ちゃん、一夏くん、箒ちゃん、鈴ちゃん、シャルロットちゃん、あと今は任務でいないけど今日の夜には合流するラウラちゃんと、……ボク。この七人で」

 

 唐突なアイズのお願いに全員が顔を見合わせる。こんなときに来て欲しいとはどういうことなのか。どうやらそれもIS学園から一夏たちを呼び寄せた理由のひとつでもあるようだが、セシリアが大変なときにいったいどこに行くというのか。まさか歓迎会というわけでもないだろう。アイズの表情は目を隠していてもわかるほど真剣なもので、冗談を言っているわけではないとわかっていた。

 

「正直、ボク一人の力じゃあセシィを助けられないかもしれない。だからみんなの力も貸してほしい」

「それは当然よ」

「そうだな。できることがあるならなんだって言ってくれ」

「ありがとう。でも、今回のことはちょっと特殊で……束さんも二の足を踏むような方法なんだ」

 

 あの束が躊躇う方法。想像もつかないが、それだけでどれだけのリスクを抱えるものなのか想像して少し嫌な汗が流れてしまう。しかし、もちろん「やめよう」などと言う人間はいない。そんなことをいうくらいならはじめからここにはいない。

 

「もしかしたらここまでしなくてもセシィが目覚めるかもしれない。ボクたちはただ待っているだけでいいかもしれない。でも、……」

 

 これは完全にアイズのわがままだ。そしてそれはアイズ本人も自覚している。でも、どうしてもアイズにはこのまま待つだけではダメだと思っていた。おそらく、今も悪夢の中にいるであろう親友を救うために、アイズは出来うることすべてを捧げると決めているのだ。

 

「ボクは、今も苦しんでいるセシィを、迎えにいかなきゃいけないんだ。それが、ボクの、……セシィと一緒に半生を過ごしてきたボクのするべきことだと思うから」

 

 そこには一切の迷いもなかった。あるのは、ただ危険を伴う自分自身のわがままに皆を付き合わせようとする申し訳ない気持ちだけだ。

 しかし、そんなアイズの気持ちをよそに全員が同じほぼ即答でそれに応えた。

 

「わかった。明日だな」

「え?」

「え、じゃないわよ。連れて行きたいとこがあるんでしょ? どこへだって行ってやろうじゃない」

「明日までにいろいろ準備しなきゃね。お弁当もいるのかな?」

「ピクニックじゃないんだから」

「私は無理矢理ついてきたようなものだからな。姉さんに今日のうちに挨拶に行っておこう」

「よし、じゃあ明日の朝九時にロビーに集合にしましょう。それでいいわね、アイズ?」

「う、うん」

 

 既に行くことが決定しているらしい面々に、アイズがわずかに戸惑う。しかしすぐに全員の気持ちを悟ると、それ以上はなにもいわずにただ精一杯の感謝の気持ちを込めて、「ありがとう」という言葉へと宿した。

 本当にいい仲間を持った。そんな実感がアイズを笑顔にさせた。それは、幸せの証明だった。

 

「で、どこに行くって?」

 

 頃合を見て鈴がそう聞いてくる。一番ガサツそうに見えてこんなときの鈴は本当によく気配りをしてくれる。

 

「うん。セシィを助ける前に、みんなに知ってほしいことがあるの。そのために行くんだ」

 

 これから試そうとする方法にはそのほうが成功率も上がるし、なによりアイズもこの仲間たちには自分とセシリアのはじまりを話してもいいと思った。いや、知ってほしいとすら思ったのだ。

 だからそのために、かつての二人が、ともに歩み始めたはじまりの場所――――そこへ行くことが必要だった。

 

 

「ボクが【アイズ・ファミリア】になった場所。ボクとセシィの、はじまりの場所に」

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 夜も更けた時間、それでもいつもならまだ騒がしい音が響いている束の研究室では珍しく静寂に包まれていた。束の自室も兼ねるため、リビングやキッチンも用意されている中、二人の少女がテーブルで向かい合ったままなにかの作業を行っていた。

 その少し離れた場所では白衣をまとったままの束がパソコンデスクに突っ伏したまま眠っており、そんな束を気遣うように毛布がかけられている。

 束を起こさないように部屋の照明も最低限まで落とし、アイズが向かいに座る箒に時折なにかを聞きながら一生懸命手を動かしていた。

 

「んしょ、……こんなかな?」

「そうだな。なかなかうまい」

「ん、コツがわかってきた。はじめは難しかったけど」

「しかし眼を閉じてそれができるとはさすがに思わなかったぞ」

 

 箒は苦笑しながらアイズの手元にあるそれを見る。

 綺麗に作られたそれは作り方を教えた箒から見てもとてもうまく作られており、若干のおぼつかなさが見られるとはいえ、はじめに作ったときは正体不明の未知のなにかができたことを考えれば素晴らしい出来栄えだろう。

 アイズに請われ、この作り方を教えた箒もアイズがすぐに覚えたおかげでもう教えることもなさそうだった。最初は束も含めて三人で作っていた。しかし束は明日の準備があるからと別作業を行っていたのだが、いつの間にか眠ってしまっていたようだ。それだけ連日の作業で疲れていたのだろう。

 そんな束にもすぐ気付いたのは箒ではなくアイズのほうが早かった。束に毛布をかけながらアイズが口を開く。

 

「ボクって目が見えないぶん、他の感覚には自信があるんだ。特に耳と鼻は誰にも負けないよ!」

 

 小柄な割に存在感のある胸を反らせながら言うアイズに箒も微笑ましく思い笑ってしまう。しかしこういっては悪いが、まるで犬みたいだな、と思ってしまう。実際、アイズの聴力は小さな物音でも判別し、嗅覚だけで人の判別が可能というまさに犬もびっくりな性能を誇る。

 

「だから箒ちゃんの匂いも声もしっかりわかるよ」

「そ、そういうことは言うな!」

「ふふ、あとこうして……」

 

 不意に手を握られて箒が焦る。びっくりさせようとしたわけじゃない。ただ本当に自然と触れてくるアイズに箒の心臓が跳ねる。本人すら自覚のないアイズの特技は、こうしたパーソナルスペースに入り込んでしまうことだ。

 

「触ってるとその人のことがなんとなくわかる」

 

 緊張状態かどうか、焦っているか、なにか不安なのか、そんなことまで手を握るだけで悟ってしまう。超能力ではない、ただそれでもアイズにはそれがわかるのだ。手の温度、震え、伝わってくる心拍、それでその人がどんな精神状態なのか伝わるのだ。

 

「あ、箒ちゃん、今ドキドキしてる」

「……っ」

「あ、赤くなったよね? 見えなくてもわかるよ」

 

 そしてこれは別に箒を口説いているわけではない。アイズの素の姿だ。アイズはただ箒と仲良くしたいと思っているだけだ。下心なんて微塵もないが、それがかえって箒には気恥ずかしかった。

 アイズが無自覚で誰かを落とすのは大抵こうしたことが理由である。鈴に言われたように人誑しの面目躍如といったところだろうか。

 

「……アイズはずるいな」

 

 そして他者とずっと壁を作ってきた箒にとって自然と踏み込んでくるアイズはいい意味で苦手だった。どうしてか、アイズには不快感を抱けない。自分の心に入ってくることがくすぐったく感じてしまうためにまるで照れてどうしたらいいのかわからないという初心な反応しかできなくなってしまう。

 

「ずっと昔からそうなのか?」

「そう、って?」

「その、なんていうか……アイズは、誰とでもそうやっているのか?」

「んー……どうだろう。少なくとも、昔のボクは違ったかな」

「そうなのか?」

 

 それは意外な告白だった。アイズはどこまでも純朴そうで、まるで子供のまま成長したように思える少女だ。それが昔は違ったというが、いったいどんな子供だったのだろうか。

 

「そうだね……ちょっと説明するもの難しいというか、恥ずかしいというか……でも、近いうちに全部わかると思う」

 

 箒はその言い方に少し違和感を覚えた。アイズがこういうふうにもったいぶった言い方をするのはかなり珍しい。

 

「それは……明日行くという場所に関係があるのか?」

「……うん」

 

 アイズは箒に似合わない苦笑いを見せている。それが話しづらいことなのかとも思うが、それもきっと明日にはわかることなのだろう。こうした時、気の利いた言葉が思いつかない箒はただ困ったようにアイズを見つめ返すことしかできなかった。そんな箒に気付いたアイズは「ごめんね」と言い、再び作業に戻った。しかし、手を動かしたままポツリとこぼした言葉が箒の耳を打った。

 

「ボクはね、はじめはセシィのことが嫌いだったんだ」

「え?」

「石を投げたことだってある。ひどいこともたくさん言った」

「ほ、本当なのか?」

 

 箒から見ても、アイズとセシリアの仲の良さは親友を超えて家族同然のように見えた。この二人が険悪だったなどと想像もできなかった。今でさえ箒も長年すれ違っていた姉と和解したが、アイズとセシリアもそんなときがあったのかと驚いてしまう。

 

「束さんと会う前のことだから、そのときのことを知っているのは………イリーナさんが少し知ってるくらいかな」

 

 昔を思い出しているのだろうか、アイズはどこか懐かしそうにしみじみとそんなことを語っていた。箒も束との出会いの話は聞いたから知っているが、それ以前の……アイズとセシリアの出会いは知らなかった。いや、どうやらそれはほとんど誰も知らないのだろう。

 

「明日、行きたいって言ったのは、みんなに知ってほしいからなんだ。ボクとセシィのことを含めて、なにがあったのか」

「…………いいのか?」

「ん、なにが?」

「話しづらいこと、なのではないのか?」

「まぁ、ね。自慢することでもないし、不幸自慢をする趣味もないけど……でも、必要だから。それにみんななら話してもいいって思えるほどに、ボクはみんなが大好きだからね」

 

 そこで“信頼している”、ではなく“好きだから”といえるのはアイズだけだろう。箒はずっとアイズに不思議な魅力を感じていたが、その理由がこの言葉でわかったような気がした。

 そして目を閉じているにもかかわらず、誰よりも嬉しそうに笑うアイズを見れば小さな悩みなど吹き飛んでしまうようにも思えた。箒自身、とても真似できないと思うような笑顔であるが、それに嫉妬したりせずにずっと見ていたいと思わせる不思議な魅力があった。

 そういえばラウラと簪が以前アイズの魅力について語り合っていたところに遭遇したことがあったが、たしかそのとき二人はこう言っていた。

 

 

 

―――アイズの笑顔は目隠ししていても最高に魅力的で。

 

 

―――しかし、目を開けたときのそれはそのさらに上をいく。

 

 

 

 そのときはなにをクソ真面目に語っているのかと思ったが、実際にこのアイズを見ればわかった気がする。ならば、目を合わせて笑顔を向けられたらどうなってしまうのか。

 

 ―――――と、ここまで考えて自らの思考が恥ずかしくなって箒が意味もなく視線を泳がせた。

 

 そんな箒の気配を感じてアイズが不思議そうに首をかしげるが、箒はいたたまれなくなって口を閉ざしてしまう。穏やかなはずなのになぜか居心地が悪くなった箒は誰か助けてくれないかと思うが、そんな願いが届いたのか、数人の気配が部屋に入ってきた。

 

「あ、いたいた」

「姉様~、探しましたよ~!」

 

 簪とラウラを先頭に鈴や一夏、シャルロットまでやってきた。なにかと思えば全員が手にあるものを持っていたために箒はその理由をすぐに察することができた。

 

「水臭いよアイズ。こういうことなら協力したのに」

「そうそう、あたしたちだってセシリアのためになにかしたいって思ってるしね」

「まぁ、随分久しぶりだけどな」

「僕は素人だから、教えてほしいけど」

 

 ワイワイとアイズと箒にまざって輪を作るとみんなが同じようにアイズと箒が行っていた作業を模倣するようにはじめていく。これはアイズの個人的な思いつきだったので言っていなかったはずなのだが、どこから聞きつけたのか全員が当たり前のように参加してくれた。

 それはセシリアのためでもあるし、アイズのためでもあるのだろう。いや、おそらく全員が思っていることはこうだろう―――――アイズとセシリアの二人のために。この二人だからこそ、こうしてみんなが集まってくるのだろう。

 こんなにも人が集まる中心にいるのは、間違いなくアイズだ。絆という、確かなアイズが持つ力の形なのだろう。

 嬉しそうに笑ってお礼を言うアイズを横目で見ながら、箒はそんなアイズが一瞬だけ、どこか寂しそうに表情を変えたことをしっかりと見ていた。

 

「アイズ?」

「……箒ちゃん。ボクだけじゃ、ダメかもしれない。だからみんなの力を借りたいんだ。箒ちゃんも、頼りにしてる」

 

 箒にだけ聞こえるほどの小声でアイズが言う。それは弱音なのかもしれない。しかし、迷いは感じられない。箒には、その言葉に宿るアイズの真意まではわからなかった。

 

「……いったい、どうするつもりなのだ?」

 

 どうやらアイズや束がしようとしていることは箒が思っている以上に突拍子もないことらしい。セシリアを目覚めさせるため、とは聞いているが、まだ具体的な方法は聞いていない。明日にはすべて説明すると言っていることからもったいぶっているというわけでもないだろう。

 アイズは寂しそうに笑いながら、それでも覚悟が込められた言葉でそれに答えた。

 

 

「過去と向き合う。それだけだよ」

 

 

 アイズとセシリア。箒たちがこの二人のはじまりを知るのは、この十二時間後のことであった。

 

 

 アイズに案内された場所にあったもの――――それは無残に破壊された、まるで廃墟のような豪邸、……セシリアが生まれ育った、かつてのオルコット邸であった。

 

 

 

 




今回はアイズというキャラクターの感受性や価値観に焦点を当ててみました。伏線回ですね。

次回からアイズとセシリアの出会いが明かされていきます。この物語でのセシリアの根幹を為すエピソードになります。

ほぼまるまる過去編のようなものですが、最後にはメインイベント。アイズvsセシリアを描く予定です。どういう形で戦うのかはもう少しだけお楽しみで。

オリジナルキャラであるアイズが如何にISという物語に溶け込ませていくか悩みながらも次回以降がんばって描いていきたいです。

それにしてもナンバリングでとうとう100話、通算でもこれで114話目になります。よくここまで続いたなぁと思います。


要望、感想等お待ちしております。

それでは、また次回に!

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